説明

電気化学発光標識を持つ直鎖化合物

【課題】少ない量の消光剤で電気化学発光剤の励起を阻害することにより、DNAとのハイブリに影響を与えない標識剤を提供する
【解決手段】電気化学発光標識と電気化学発光消光部分を直鎖構造にすることによって、効率良く電気化学発光剤の励起を阻害し、DNAのハイブリに影響を与えない標識剤を提供することが可能となる。このときに、電気化学発光標識と電気化学発光消光部分が、距離によって発光量が異なるように構成する。また、この電気化学発光消光部分が、フェノール基、キノン基、ベンゼンカルボン酸基、及びフェロセン基からなる群から選択される少なくとも一の基を含む直鎖化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に存在する特定の物質を、電気化学発光標識及び電気化学発光消光剤を用いて測定する標識剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来生化学アッセイに用いられる光の測定法には、吸光・蛍光法や発光法等がある。この内発光法による測定は、高感度に測定が可能であることが知られている。この内電気エネルギーによって励起され発光する現象を、電気化学発光と呼ぶ。電気化学発光する物質としてルテニウム錯体やオスミウム錯体が挙げられる。
【0003】
電気化学発光の反応は、例えば電気化学発光を示す代表的な物質にルテニウムビピリジル錯体(Ru(bpy)3)2+ がある。電気化学発光の作用機序は、電極上でトリプロピルアミン等によりラジカルを発生させ、ルテニウムビピリジル錯体に電子を渡し、励起状態(Ru(bpy)3)3+となり、基底状態(Ru(bpy)3)2+に戻る時に発光を生じる(例えば、非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0004】
この様に電気化学発光は、電気化学エネルギーにより発光種を励起し、その励起状態が放射失括する際に可視光線を放出する。発光種の励起には電気化学エネルギーを利用するため、吸光法や蛍光法に比べバックグランドノイズを減らすことが可能である。このため、電気化学発光法は、吸光法や蛍光法よりも高感度に測定が可能となる。電気化学発光による測定は、DNA等の核酸測定や、抗原や抗体の測定として種々のアッセイに利用されつつある(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、アントラセンのような蛍光化合物を使用して電気化学発光を増大させ検出限界を向上させる方法や、電気化学発光物質を励起させるラジカル剤を阻害させる物質(例えば、フリーラジカルスカベンジャー)を溶液に添加することによって、電気化学発光を消光させる方法等が報告されている(例えば、特許文献2参照)。消光を用いて測定する方法は、目的物質が多く存在すると消光し、目的物質が少量の場合に発光する性質を用いる。
【非特許文献1】Anal.Chem.,2004,76,5379−5386
【非特許文献2】Chem.Rev.,2004,104,3003−3036
【特許文献1】特表平5−199898号公報
【特許文献2】特表2000−517058号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の構成では、電気化学発光を消光させる場合にフェロセン等の消光剤が大量に必要となる。このフェロセンが大量に有ると、DNA−DNAのハイブリを検出する場合には、フェロセンと測定すべきDNAとが結合してDNAのハイブリ検出が出来ないという課題を有していた。
【0007】
本発明は、前記従来の課題を解決するもので、少ない量の消光剤で電気化学発光剤の励起を阻害することにより、DNAとのハイブリに影響を与えない標識剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は前記課題を解決するため、本発明の電気化学発光標識を持つ直鎖化合物は、電気化学発光物質と電気化学発光消光部分とが下記の化学式(化1)を満足する直鎖化合物であることを特徴とする。
【0009】
【化1】

【発明の効果】
【0010】
本発明の電気化学発光標識を持つ直鎖化合物によれば、電気化学発光標識と電気化学発光消光部分を直鎖構造にすることによって、効率良く電気化学発光剤の励起を阻害し、DNAのハイブリに影響を与えない標識剤を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明の免疫測定装置の実施の形態を図面とともに詳細に説明する。
(実施の形態1)
まず、本発明の電気化学発光標識と電気化学発光消光部分の合成した直鎖物化合物の製造方法を説明する。
【0012】
標識剤は、以下のようにして得る。まず、THF60.0mLに溶解させた4,4’−ジメチル−2,2’ビピリジン2.50g(13.5mmol)溶液を窒素雰囲気の容器に注入した後、リチウムジイソプロピルアミド2M溶液16.9mL(27.0mmol)を滴下し、冷却しながら30分撹拌した。一方、同様に窒素気流中で乾燥させた容器に、1,3−ジブロモプロパン4.2mL(41.1mmol)とTHF10mLとを加え、冷却しながら撹拌させた。
【0013】
この容器に、先程の反応液をゆっくり滴下させて2.5時間反応させた。反応溶液は2Nの塩酸で中和し、THFを留去した後、クロロホルムで抽出した。溶媒を留去して得た粗生成物をシリカゲルカラムで精製し、生成物Aを得た(収率47%)。窒素雰囲気の容器に、前記生成物A1.0g(3.28mmol)、フタルイミドカリウム0.67g(3.61mmol)、及びジメチルホルムアミド(脱水)30.0mLを加え、オイルバスで18時間還流した。
【0014】
反応後、クロロホルムで抽出し、0.2N水酸化ナトリウム50mLで蒸留水洗浄した。溶媒を留去して酢酸エチルとヘキサンから再結晶を行い、生成物Bを得た(収率61・5%)。塩化ルテニウム(III)(2.98g、0.01mol)、及び2,2’−ビピリジン(3.44g、0.022mol)をジメチルホルムアミド(80.0mL)中で6時間還流した後、溶媒を留去した。その後、アセトンを加え、一晩冷却することで得られた黒色沈殿物を採取し、エタノール水溶液170mL(エタノール:水=1:1)を加え1時間加熱還流を行った。ろ過後、塩化リチウムを20g加え、エタノールを留去し、さらに一晩冷却した。析出した黒色物質は吸引ろ過で採取し、生成物Cを得た(収率68.2%)。窒素置換した容器に、前記生成物B0.50g(1.35mmol)、前記生成物C0.78g(1.61mmol)、及びエタノール50mLを加えた。9時間窒素雰囲気で還流した後、溶媒を留去し、蒸留水で溶解させ、1.0Mの過塩素酸水溶液で沈殿させた。
【0015】
この沈殿物を採取し、メタノールで再結晶を行い、生成物Dを得た(収率81.6%)。さらに、前記生成物D1.0g(1.02mmol)、及びメタノール70.0mLを1時間還流した。室温まで冷却した後、ヒドラジン一水和物0.21mL(4.21mmol)を加え再び13時間還流した。反応後、蒸留水を15mL加え、メタノールを留去した。
【0016】
次に、濃塩酸を5.0mL加え、2時間還流して得られた反応液を一晩冷蔵し、不純物を自然ろ過で除去した。これを炭酸水素ナトリウムで中和した後、水を留去し、無機物をアセトニトリルで除去した。溶媒を留去して得た粗生成物をシリカゲルカラムで精製し、生成物Eを得た(収率71.4%)。アルミホイルで遮光した容器に、前記生成物E0.65g(0.76mmol)を加え、アセトニトリル10mLに溶解させた。次に、トリエチルアミン0.23g(2.29mmol)を加えた後、アセトニトリル20mLに溶解したグルタル酸無水物0.87g(7.62mmol)を滴下した。9時間反応後、エバポレーターでアセトニトリルを留去して得た粗生成物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で精製し、下記化学式(化2)に示す電気化学的に活性である物質を得た(収率87.5%)。
【0017】
【化2】

【0018】
表1は、前述のようにして得た化学式(化2)に示す物質の1H‐NMR結果である。
【0019】
【表1】

【0020】
表1のNMRの結果より、化学式(化2)に示す化合物が得られたことが分かる。続に、標識剤(化2)と消光剤との結合の方法を示す。まず、消光剤であるフェロセン酢酸283μg(29.7pmol)を蒸留水0.2mLに溶解させ、1mMに調製した(化1)の水溶液に、N−ヒドロキシスクシンイミド0.3mg(2.6μmol)、WSC5.1mg(26.7μmol)、0.1Mトリエチルアミン0.9μL(90.0pmol)を添加して室温にて2日間反応させた。反応物を、HPLCで精製後、目的物のフラクションを採取した。このフラクション溶液を留去して標識剤と消光剤が直接結合した(化3)を得た(収率49.8%)。
【0021】
【化3】

【0022】
表2は、前述のようにして得た化学式(化3)に示す物質の1H‐NMR結果である。
【0023】
【表2】

【0024】
表2のNMRの結果より、化学式(化3)に示す化合物が得られたことが分かる。次に得られた(化3)に示す化合物による発光物質の消光効果を確認した。
【0025】
電気化学発光の測定には、次のような方法を用いた。図1に測定用に用いた測定プレートの金電極を示す。この金電極は、ガラス基板上にスパッタ装置(アルバック製SH−350)によりチタン10nmを下地に金200nmを形成し、フォトリソグラフィ工程により電極パターンを形成することで準備した。さらに、電極表面をピラニア溶液(過酸化水素:濃硫酸=1:3)で1分間洗浄し、純水ですすいだ後、窒素ブローで乾燥させた。
【0026】
この金電極の作用極に(化3)を5μL滴下(最終濃度:1E−7 M)し、60度中で5分静置させ、乾燥させた後、作用極に電解液をそれぞれ75μL滴下した。その後、電圧を印加し、この時に生じた電気化学発光の測定を行った。なお、電圧の印加は、0Vから1.3Vまで走査し、3秒間電気化学測定を行った。電気化学発光量の測定は、光電子増倍管(浜松ホトニクス製H7360−01)を用いて行い、電圧掃印中における最大発光量を測定した。電解液の組成はリン酸緩衝液(0.1M pH7.4)に0.1Mのトリエチルアミンを溶解させたものを使用した。
【0027】
本実施例では金電極を用いたが、特に限定されず、例えば、金、白金、白金黒、パラジウム、ロジウムのような貴金属や、グラファイト、グラシーカーボン、パイロリティックグラファイト、カーボンペースト、カーボンファイバーのような炭化物や、酸化チタン、酸化スズ、酸化マンガン、酸化鉛のような酸化物や、Si、Ge、 ZnO、 CdS、TiO、GaAsのような半導体等が挙げられる。この電極に、(化3)を滴下し固定させる。固定化手法は特に限定されず、電極上で乾燥させる手法や、電極上に導電性のある樹脂をコーティングし、その樹脂と物理吸着させる手法、カチオン若しくはアニオン性の樹脂を電極に塗布し、静電的に吸着させる手法、電極に正若しくは負電荷を帯びさせて、電気的に吸引させる手法等が挙げられる。また、前記電気化学活性物質由来の電気化学的な信号は、添加する種類により異なるが、酸化還元電流を生じる電気化学活性物質を用いた場合には、ポテンショスタット、ファンクションジェネレータ等からなる計測系で測定できる。一方、電気化学発光を生じる電気化学活性物質を用いた場合には、フォトマルチプライヤー等を用いて計測が可能である。
【0028】
図1に本発明で用いられる電極を示す。電極の形成方法及びその材料は、該構造を構成でき、且つ電気化学的検出に適用できるものであれば限定されるものではないが、例えば、ステンレス鉄線全般、純ニッケル、モネルメタル、チタニウム、銅、真鍮、アルミニウム及び同合金線、鉄線、亜鉛めっき鉄線などで作製されたメッシュ金網や、該メッシュ金網を金、白金、ニッケル、パラジウム、ロジウム、銅、銀、クロム、亜鉛、錫、半田、鉛などのメッキが可能な単一金属やこれらの合金で被覆するのでもよい。また、電鋳法により作製することも可能であり、例えば金、ニッケル、銅、鉄、銀、コバルト、亜鉛などの単一金属やそれらの組み合わせでもよい。また被覆の方法としては他に、真空蒸着法または浸漬法なども挙げられる。
【0029】
以上説明した金電極を持つ測定プレートを用いて、上記の方法により次の5種類の物質の最大発光強度(RLU)を測定した。
(1)Ru錯体からなら従来の標識剤。
(2)フェロセン酢酸単体。
(3)本発明の(化3)で示される直鎖化合物。
(4)(化3)で示される直鎖化合物とフェロセン酢酸との混合比を1:1とした混合物 。
(5)(化3)で示される直鎖化合物とフェロセン酢酸との混合比を1:10とした混合 物。
【0030】
結果を図2に示す。(1)のRu錯体単体(最終濃度:1E−7 M)の最大発光量と比較すると、(2)の本発明の(化3)で示される直鎖化合物(最終濃度:1E−7 M)の最大発光量は、約1/3となり、消光効果が高いことを示している。また、(4)および(5)で示した(化3)で示される直鎖化合物とフェロセン酢酸との混合物においても(3)と同程度の最大発光量となっている。これは、Ruの電気化学発光の阻害が、本発明の(化3)で示される直鎖化合物によるもので、溶液中に存在する遊離フェロセンによるものではないことを示している。
【0031】
次にRu錯体とフェロセン酢酸との混合比を変えた次の5種類の溶液を用意して、先と同様に最大発光強度(RLU)を測定した。
(1)Ru 最終濃度:1E−7 M、フェロセン酢酸
(2)Ru 最終濃度:1E−6 M、フェロセン酢酸
(3)Ru 最終濃度:1E−5 M、フェロセン酢酸
(4)Ru 最終濃度:1E−4 M、フェロセン酢酸
(5)Ru 最終濃度:1E−3 M、フェロセン酢酸
結果を図3に示す。フェロセン酢酸の濃度が高くなるにつれ、最大発光量が減少する傾向にある。図2の結果と比較すると、(化3)の濃度(最終濃度:1E−7 M)と同等の消光作用を示すフェロセン酢酸の濃度は1E−5Mとなる。従って、本発明の直鎖化合物を用いれば、消去剤を約1/100に減らすことが可能である。このため、本発明を利用するとDNAのハイブリに影響を与えない標識剤を提供することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明にかかる電気化学発光物質とラジカル消去物質とを直鎖化合物とする(化3)は、DNAハイブリに影響を与えない標識剤を提供することが可能となり、特定の配列を有する遺伝子を高感度に検出することができ、遺伝子診断、感染症診断、ゲノム創薬等の用途に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】電気化学発光の測定に利用した電極図
【図2】発光強度と発光阻害剤との関係を示す図
【図3】Ru錯体と濃度を変えたフェロセン酢酸とを反応させた際の発光強度を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学発光物質と電気化学発光消光部分とが下記の化学式(化1)を満足する直鎖化合物。
【化1】

【請求項2】
前記電気化学発光標識と前記電気化学発光消光部分との距離に応じて発光量が異なる請求項1に記載の直鎖化合物。
【請求項3】
前記電気化学発光消光部分が、フェノール基、キノン基、ベンゼンカルボン酸基、及びフェロセン基からなる群から選択される少なくとも一の基を含む請求項1に記載の直鎖化合物。
【請求項4】
前記電気化学発光標識がルテニウムを含む請求項1に記載の直鎖化合物。
【請求項5】
前記電気化学発光標識がオスミウムを含む請求項1に記載の直鎖化合物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−40721(P2009−40721A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−207608(P2007−207608)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】