説明

電気培養方法及び電気培養装置

【課題】微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を電気培養装置の外に漏洩させることなく微生物を培養することのできる電気培養装置を得る。
【解決手段】本発明の電気培養装置1は、イオン交換膜6によって仕切られ且つ開放された二つの槽(培養槽7と対電極槽8)と、作用電極9及び対電極10と、作用電極9と対電極10との間に電位差を与える電源12とを有し、培養槽7には酸化還元物質3を含む培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、対電極槽8には電解液4aが収容されると共に対電極10が電解液4aに浸され、培養液4に培養対象たる微生物2が添加されて、電源12により作用電極9と対電極10との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養装置において、培養槽7を、対電極槽8から発生するガスが培養槽7へ侵入するのを防ぐ密閉構造とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気培養方法及び電気培養装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、ガス状物質や揮発性物質を生産する微生物の培養に好適な電気培養方法及び電気培養装置、さらには、この電気培養方法を利用してガス状物質や揮発性物質を生産する方法、揮発性の有害物質を微生物により分解処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物の新たな培養技術として、電気培養技術の研究が進められている。電気培養とは、培養液の酸化還元電位を培養対象たる微生物の至適範囲に制御しながら微生物の培養を行う手法である(特許文献1参照)。培養液の酸化還元電位を培養対象たる微生物の至適範囲に制御することによって、その微生物のみを選択的に活性化させて、増殖の促進や物質分解能等といった微生物の諸機能を向上させることができる。また、電気培養には、微生物により酸化された物質を還元したり、逆に還元された物質を酸化したりすることにより微生物に必要な物質を再生し続けながら培養を行う方法も含まれる(特許文献2及び特許文献3参照)。
【0003】
電気培養手法を実施するための電気培養装置の具体例として、例えば図10に示す電気培養装置が知られている(特許文献1参照)。図10に示す電気培養装置101は、イオン交換膜106によって仕切られた二つの槽(培養槽107と対電極槽108)と、作用電極109及び対電極110と、作用電極109と対電極110との間に電位差を与える電源112とを有し、培養槽107には酸化還元物質103を含む培養液104が収容されると共に作用電極109が培養液104に浸され、対電極槽108には電解液104aが収容されると共に対電極110が電解液104aに浸され、培養液104に培養対象たる微生物102が添加されて、電源112により作用電極109と対電極110との間に電位差が与えられながら微生物102が培養される。尚、図10に示す電気培養装置101では、培養液104に参照電極111が浸され、作用電極109、対電極110及び参照電極111は3電極式の電位制御装置であるポテンシオスタット112に結線され、培養槽107内の培養液104の酸化還元電位を厳密に設定可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−54646号公報
【特許文献2】特開2006−55134号公報
【特許文献3】特開2007−89580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の電気培養装置は密閉構造とはなっていなかったことから、ガス状物質を生産する微生物を対象として電気培養を実施した場合、この微生物が生産するガス状物質が電気培養装置の外に揮散してしまい、この微生物が生産するガス状物質の量を正確に分析したり、漏れなく回収したりすることが困難であった。
【0006】
また、揮発性物質を生産する微生物を対象として電気培養を実施した場合にも、ガス状物質を生産する微生物を対象として電気培養を実施した場合と同様の問題が生じていた。即ち、この微生物が生産する揮発性物質が揮発して生じたガス成分が電気培養装置の外に揮散してしまう結果、この微生物が生産する揮発性物質の量を正確に分析したり、漏れなく回収したりすることが困難であった。
【0007】
さらに、揮発性の有害物質を分解する微生物を対象として電気培養を実施しながら、培養液に添加した揮発性の有害物質を分解処理する場合にも、分解対象物である揮発性の有害物質が電気培養装置の外に揮散してしまい、効率よく分解処理が行えないという問題があった。
【0008】
また、従来の電気培養装置は密閉構造とはなっていなかったことから、窒素ガス等を電気培養装置内に流してもガスが電気培養装置の外に揮散してしまい、微生物の培養環境を嫌気性に制御することが困難であった。そこで、従来は、例えばアクリル製の密閉構造の嫌気ボックスに電気培養装置を収容し、嫌気ボックスに窒素ガス等を流すことによって培養環境を嫌気性に制御していた。しかし、密閉構造の嫌気ボックス等に電気培養装置を収容してしまうと、電気培養装置そのものの管理、例えば培養液に物質を添加したりする処理が極めて煩雑になるという問題があった。また、電気培養終了後、再度培養を行う際には電気培養装置とともに嫌気ボックスも滅菌処理する必要が生じ、その手間が極めて煩雑なものとなっていた。
【0009】
そこで、本発明は、微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を電気培養装置の外に漏洩させることなく微生物を培養することのできる電気培養方法及び電気培養装置を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を電気培養装置の外に漏洩させることなく効率よく回収することのできる物質生産方法を提供することを目的とする。
【0011】
さらに、本発明は、揮発性の有害物質を電気培養装置の外に漏洩させることなく微生物を利用して効率よく分解処理することのできる物質分解処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、従来の電気培養装置を密閉して微生物を培養することについて検討を行った。その結果、従来の電気培養装置を単に密閉構造とするだけでは、微生物の生育状態に悪影響を及ぼす場合があることが判明した。本願発明者等はこの原因について検討を行った結果、電気培養装置の対電極槽から発生するガスが培養槽内の培養液に溶け込むことによって、微生物の生育状態に悪影響を及ぼす場合があることを突き止めた。
【0013】
そこで、本願発明者等はさらなる検討を行い、微生物が生産するガス状物質や揮発性物質を電気培養装置の外に漏洩させることなく、しかも対電極から発生するガス成分が培養槽内の培養液に溶け込むことのない新たな電気培養方法及び電気培養装置の構成を着想し、本願発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明の電気培養方法は、イオン交換膜によって仕切られ且つ開放されている二つの槽のうち、一方の槽を培養槽として酸化還元物質を含む培養液を収容すると共に培養液に作用電極を浸し、他方の槽を対電極槽として電解液を収容すると共に電解液に対電極を浸し、培養槽に培養対象たる微生物を添加して、作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養方法において、培養槽を密閉し、対電極槽から発生するガスが培養槽に侵入するのを防ぎながら微生物を培養するようにしている。
【0015】
したがって、本発明の電気培養方法によると、培養槽を密閉して、対電極槽から発生するガスが培養槽内の培養液に溶け込むのを防ぐようにしているので、培養槽内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)を培養槽の外に漏洩させることなく、しかも対電極槽から発生するガスにより微生物の生育状態に悪影響が及ぼされることがなくなる。
【0016】
次に、本発明の物質生産方法は、本発明の電気培養方法によりガス状物質を生産する微生物または揮発性物質を生産する微生物を培養し、ガス状物質または揮発性物質が揮発して発生したガス成分を培養槽内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留させ、これを回収するようにしている。
【0017】
上記の通り、本発明の電気培養方法によると、培養槽内で発生したガス状物質を培養槽の外に漏洩させることなく、しかも対電極槽から発生するガスにより微生物の生育状態に悪影響が及ぼされることがなくなる。したがって、本発明の物質生産方法によると、対電極から発生するガスによる培養対象微生物への悪影響を排除しながら、培養対象微生物により生産されたガス状物質や培養対象微生物により生産された揮発性物質が揮発して生じたガス成分を培養槽の外に漏洩させることなく培養槽の培養液の液面よりも上部の空間に滞留させて、効率よく回収することができる。
【0018】
次に、本発明の物質生産方法は、本発明の電気培養方法により揮発性物質を生産する微生物を培養し、微生物が生産する揮発性物質を培養槽内の培養液から回収するようにしている。
【0019】
上記の通り、本発明の電気培養方法によると、培養槽内で発生したガス状物質を培養槽の外に漏洩させることなく、しかも対電極槽から発生するガスにより微生物の生育状態に悪影響が及ぼされることがなくなる。したがって、本発明の物質生産方法によると、対電極から発生するガスによる培養対象微生物への悪影響を排除しながら、培養対象微生物により生産された揮発性物質を培養槽の外に漏洩させることなく培養槽の培養液から効率よく回収することができる。
【0020】
次に、本発明の物質分解処理方法は、本発明の電気培養方法により揮発性の有害物質を分解する微生物を培養し、培養槽内の培養液に添加された揮発性の有害物質を分解処理するようにしている。
【0021】
本発明の電気培養方法によると、培養槽内のガス状物質を培養槽の外に漏洩させることなく、しかも対電極槽から発生するガスにより微生物の生育状態に悪影響が及ぼされることがなくなる。したがって、本発明の物質分解処理方法によると、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養液に添加された揮発性の有害物質を培養槽の外へ漏洩させることなく効率よく分解処理することができる。
【0022】
次に、本発明の電気培養装置は、イオン交換膜によって仕切られ且つ開放された二つの槽と、作用電極及び対電極と、作用電極と対電極との間に電位差を与える電源とを有し、二つの槽のうちの一方の槽を培養槽として酸化還元物質を含む培養液が収容されると共に作用電極が培養液に浸され、二つの槽のうちの他方の槽を対電極槽として電解液が収容されると共に対電極が電解液に浸され、培養液に培養対象たる微生物が添加されて、電源により作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養装置において、培養槽を、対電極槽から発生するガスが培養槽へ侵入するのを防ぐ密閉構造としている。
【0023】
したがって、本発明の電気培養装置によると、培養槽を、対電極槽から発生するガスが培養槽へ侵入するのを防ぐ密閉構造としているので、培養槽内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)を培養槽の外に漏洩させることなく、しかも対電極槽から発生するガスにより微生物の生育状態に悪影響が及ぼされることがなくなる。
【0024】
本発明の電気培養装置は、例えば、密閉構造の容器を培養槽とし、容器に収容可能な密閉構造の小容器を対電極槽とし、小容器は少なくとも一部にイオン交換膜を備えると共にガスを容器の外に排出するガス排出管を備えるものとしている。
【0025】
また、本発明の電気培養装置は、上方が開放されている容器をイオン交換膜で仕切ることにより開放された二つの槽が形成され、培養槽としての一方の槽の上方開放部がガス不透過膜またはガス不透過部材により塞がれているものとしている。
【0026】
さらに、本発明の電気培養装置は、収容される液体の液面よりも下部に開口部を備える二つの容器がイオン交換膜を介して開口部で連結されてU字型あるいはH字型の容器が形成され、二つの容器のうちの一方の容器を密閉構造として培養槽とし、他方の容器を開放して対電極槽としている。
【0027】
尚、本発明の電気培養装置において、対電極槽に電解液を収容せずに対電極をイオン交換膜と接触させ、且つ対電極を多孔性とするようにしてもよい。この場合にも電気培養を実施することが可能である。
【0028】
ここで、本発明の電気培養装置において、培養槽内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段を備えるものとすることが好ましい。
【0029】
また、本発明の電気培養装置において、培養槽内の培養液を採取する培養液採取手段を備えるものとすることが好ましい。
【発明の効果】
【0030】
本発明の電気培養方法及び電気培養装置によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養槽内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)を培養槽の外に漏洩することなく、微生物の電気培養を行うことが可能となる。したがって、培養時に与えられた電位と培養対象微生物によるガス状物質や揮発性物質の生産量との関係を正確に分析することが可能になる。
【0031】
また、培養容器内の培養液の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段を備える本発明の電気培養装置によれば、培養槽内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)を無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0032】
さらに、培養容器内の培養液を採取する培養液採取手段を備える本発明の電気培養装置によれば、培養容器内で微生物が生産した揮発性物質を無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0033】
また、本発明の物質生産方法によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養槽内で発生したガス状物質(微生物が生産したガス状物質や微生物が生産した揮発性物質が揮発して生じたガス成分)を培養槽の外に漏洩することなく回収することができる。したがって、培養槽内で発生した微生物由来のガス状物質を無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0034】
さらに、本発明の物質生産方法によれば、対電極から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養槽内で微生物が生産した揮発性物質を培養槽の外に漏洩することなく回収することができる。したがって、微生物により生産された揮発性物質を無駄なく回収して回収効率を良好なものとすることができる。
【0035】
また、本発明の物質分解処理方法によれば、対電極槽から発生するガスによる微生物の生育状態への悪影響を排除しながら、培養液に添加された揮発性の有害物質を培養槽の外に漏洩することなく分解処理することができる。したがって、微生物による揮発性有害物質の分解処理効率を良好なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の電気培養装置の第一の実施形態を示す断面図である。
【図2】本発明の電気培養装置の第一の実施形態の他の例を示す断面図である。
【図3】本発明の電気培養装置の第二の実施形態を示す断面図である。
【図4】本発明の電気培養装置の第三の実施形態を示す断面図である。
【図5】本発明の電気培養装置の第四の実施形態を示す断面図である。
【図6】実施例において使用した電気培養装置を示す図である。
【図7】対電極槽としての小容器の形態を示す図である。
【図8】培養時間に対するセル密度を測定した結果を示す図である。
【図9】培養時間に対する培養液のエタノール濃度を測定した結果を示す図である。
【図10】従来の電気培養装置を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0038】
本発明の電気培養方法は、イオン交換膜によって仕切られ且つ開放されている二つの槽のうち、一方の槽を培養槽として酸化還元物質を含む培養液を収容すると共に培養液に作用電極を浸し、他方の槽を対電極槽として電解液を収容すると共に電解液に対電極を浸し、培養槽に培養対象たる微生物を添加して、作用電極と対電極との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養方法において、培養槽を密閉し、対電極槽から発生するガスが培養槽に侵入するのを防ぎながら微生物を培養するようにしている。
【0039】
本発明の電気培養方法は、具体的には以下の図1〜図4に示す電気培養装置により実施することができる。本発明の電気培養装置1は、イオン交換膜6によって仕切られ且つ開放された二つの槽(培養槽7と対電極槽8)と、作用電極9及び対電極10と、作用電極9と対電極10との間に電位差を与える電源12とを有し、培養槽7には酸化還元物質3を含む培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、対電極槽8には電解液4aが収容されると共に対電極10が電解液4aに浸され、培養液4に培養対象たる微生物2が添加されて、電源12により作用電極9と対電極10との間に電位差を与えながら微生物を培養する電気培養装置において、培養槽7を、対電極槽8から発生するガスが培養槽7へ侵入するのを防ぐ密閉構造としているものである。
【0040】
本発明の電気培養装置1は、特開2008−54646号公報に開示されている従来の電気培養装置(図10)を改良したものであり、イオン交換膜6によって仕切られ且つ開放された二つの槽(培養槽7と対電極槽8)と、作用電極9及び対電極10と、作用電極9と対電極10との間に電位差を与える電源12とを有し、培養槽7には酸化還元物質3を含む培養液4が収容されると共に作用電極9が培養液4に浸され、対電極槽8には電解液4aが収容されると共に対電極10が電解液4aに浸され、培養液4に培養対象たる微生物2が添加されて、電源12により作用電極9と対電極10との間に電位差が与えられながら微生物2が培養される電気培養装置である点においては、従来の電気培養装置と共通するものである。
【0041】
図10に示す従来の電気培養装置と本発明の電気培養装置との違いは、培養槽7を密閉構造としている点にある。これにより、対電極10から発生するガスが培養槽7内の培養液4に溶け込むことがなくなる。したがって、対電極10から発生するガスによる微生物2の生育状態への悪影響を排除しながら、培養対象微生物2が生産するガス状物質や揮発性物質、または培養槽7内への添加物(ガス状物質や揮発性物質)を培養槽7の外に漏洩することなく、培養対象微生物2の電気培養を行うことが可能となる。
【0042】
以下、本発明の電気培養装置の実施形態について、さらに詳細に説明する。
【0043】
本発明の電気培養装置の第一の実施形態を図1に示す。図1に示す電気培養装置1は、密閉構造の容器20を培養槽7とし、容器20に収容可能な密閉構造の小容器21を対電極槽8とし、小容器21は少なくとも一部にイオン交換膜6を備えると共にガス(対電極槽から発生するガス)を容器20の外に排出するガス排出管22を備えるものとしている。
【0044】
また、図1に示す電気培養装置1は、培養槽7内の培養液4の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段15と、培養槽7の培養液4を採取する培養液採取手段16とを備えるものとしている。
【0045】
培養槽7としての密閉構造の容器20は、対電極槽8としての密閉構造の小容器21を収容可能な大きさの容器であり、形状は特に限定されない。容器の材質としては、例えば、ガラス、プラスチック、絶縁処理を施した金属、コンクリート等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。また、ガス不透過性の膜材をヒートシール等により袋状に形成した容器を培養槽7として用いるようにしてもよい。
【0046】
対電極槽8としての密閉構造の小容器21は、培養槽7としての容器20に収容可能な大きさの容器であり、少なくとも一部にイオン交換膜6を備えるものとしている。ここで、本実施形態では、小容器21全体をイオン交換膜6で形成した袋状の容器としているが、小容器21はこの形態に限定されるものではない。例えば、袋状の容器の片面だけをイオン交換膜6で構成してもよいし、一つの面のさらに一部分をイオン交換膜6のみで構成してもよい。部分的にイオン交換膜6を用いる場合には、その他の部分は容器20と同様の上記材質で構成してもよいし、イオン交換膜6以外の膜材、例えばガス不透過性の膜材により構成し、小容器21からのガス(対電極槽8から発生するガス)が容器20の内部に漏洩しないようにしてもよい。
【0047】
容器20に小容器21を収容することで、容器20に収容されている培養液4に小容器21が浸され、小容器21の少なくとも一部に備えられているイオン交換膜6と培養液4とが接触する。したがって、培養液4に浸されている作用電極9と、電解液4aに浸されている対電極10との間に電位差を与えた際に、作用電極9と対電極10との間でイオン電流が発生し、培養液4の酸化還元電位を制御することが可能となる。
【0048】
尚、本発明において使用する作用電極9は、従来の電気培養装置と同様、培養液4に浸され、酸化還元物質3の酸化還元反応を可逆的に進行させるものである。本実施形態において、作用電極9は板状の炭素電極としているが、作用電極9の形状と材質はこれに限定されるものではなく、要は、培養液4中の酸化還元物質3の酸化還元反応を可逆的に進行させ得る電極とすればよい。
【0049】
本発明において使用する対電極10は、従来の電気培養装置と同様、作用電極9における酸化還元反応に対して電子の授受を補完する反応を進行させるものである。本実施形態において、対電極10は板状の炭素電極としているが、対電極10の形状と材質はこれに限定されるものではなく、要は、作用電極9における酸化還元反応に対して電子の授受を補完する反応を進行させ得る電極とすればよい。
【0050】
尚、本実施形態では、培養槽7の内部に参照電極11(例えば銀・塩化銀参照電極)を配置して、参照電極11を培養液4に浸し、従来の電気培養装置と同様に、作用電極9と対電極10と参照電極11とを3電極式の電位制御装置(ポテンシオスタット)に結線して、培養液4の電位を厳密に制御可能としているが、図2に示すように、参照電極11を備えることなく、作用電極9と対電極10との間に電源12により電位差を与えさえすれば、培養液4の電位の制御は可能である。
【0051】
本発明において使用するイオン交換膜6は、従来の電気培養装置と同様、培養液4に含まれる酸化還元物質3を対電極10側に透過させることなく培養液4中に留まらせ、且つ培養液4に含まれるイオンを対電極10側に透過させるものである。具体的には、一価の陽イオンのみを透過する膜であるナフィオン膜等が挙げられるがこれに限定されるものではない。尚、一価の陽イオンのみを透過する膜であるナフィオン膜を用いることで、例えば酸化還元物質3として鉄イオンを用いる場合に、二価の鉄イオンや三価の鉄イオンは透過しないことから、酸化還元物質3を対電極10側へ透過させることなく、培養液4中に留まらせることができる。また、培養液4には通常、水素イオン、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)などの一価の陽イオンが含まれていることから、これらの陽イオンが対電極10側へ透過し、作用電極9と対電極10との間でイオン電流が生じる。その結果、作用電極9において生じる反応における電子の授受を補完する反応が対電極10で生じ、培養液4の酸化還元電位が一定に制御される。例えば、作用電極9で酸化反応が生じた場合には、対電極10で還元反応が生じ、培養液4の酸化還元電位が一定に制御される。
【0052】
対電極槽8に収容される電解液4aは、作用電極9と対電極10との間におけるイオン電流の発生を可能なものとできる組成のもの、例えばナトリウムイオンやカリウムイオン等を含むことが好ましい。尚、通常、培養液4にはナトリウムイオンやカリウムイオンが含まれていることから、電解液4aとしてこれらのイオンを含む培養液4を用いるようにしてもよい。
【0053】
本発明において使用する酸化還元物質3は、従来の電気培養装置と同様、培養液4に浸されている作用電極9と可逆的に酸化還元反応を生じ得る物質であり、且つ、培養対象たる微生物2に対して毒性を呈さない物質を用いることができる。例えば、上記のように、土壌成分として一般的な鉄イオンが挙げられる。ここで、鉄イオンを培養液中で安定に存在させるためには、鉄イオンをキレート剤に配位させて培養液中に添加することが好ましい。キレート剤としては、鉄イオンを配位しうるものであれば任意のキレート剤を用いることができるが、例えばジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメルおよびエデト酸トリエンチンを挙げることができる。また、鉄イオン以外にも、フェロシアン化カリウム、アントラキノンジスルホン酸ナトリウムなどのキノン化合物、メチルビオロゲンを用いることができる。これらの物質も酸化還元反応により、酸化体と還元体に可逆的に変化する。特に、キノン化合物は土壌成分の一つとして知られている物質であり、好ましい。つまり、土壌そのものを培養液に添加することで、土壌に含まれている酸化還元物質3により培養液の酸化還元電位が制御できる場合がある。但し、酸化還元物質3は上記した物質に限定されるものではない。
【0054】
酸化還元物質3の培養液4への添加量は、培養液4の酸化還元電位を制御できる量であれば特に限定されないが、培養液4中の酸化還元物質濃度を0.1〜100mmol/Lとすることが好適である。酸化還元物質濃度が低すぎると酸化還元電位の制御を十分に行うことができない可能性があり、酸化還元物質濃度が高すぎると酸化還元物質3が培養液4に完全に溶解できなかったり、微生物2の生育阻害を生じる可能性がある。
【0055】
尚、培養液4の酸化還元電位は、数式1に示すネルンストの式により表される。
[数式1] E=E+RT/nF×ln(Cox/Cred
【0056】
数式1において、Eは溶液の酸化還元電位、Eは酸化還元物質の標準酸化還元電位、Rは気体定数、Tは絶対温度、nは反応電子数、Fはファラデー定数、Coxは酸化体の濃度、Credは還元体の濃度であり、培養液4中に含まれる酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位を制御することができる。つまり、酸化還元物質3が培養液4の酸化還元電位を決定する要素であり、培養液4の組成は酸化還元電位にほとんど影響を与えることがない。
【0057】
3極式の電位制御装置12では、作用電極9と参照電極11間の電位差を測定し、測定した電位差が設定電位に達するように作用電極9と対電極10との間に電流を流し、基準となる参照電極11には一切電流が流れないようにしている。このようにして作用電極の電位9を一定の電位に制御し、酸化還元物質3の酸化体の濃度と還元体の濃度の比を一定に制御することにより、培養液4自体の酸化還元電位を一定に制御している。ここで、培養液4の酸化還元電位は、作用電極9の電位に相当する。したがって、設定電位、つまり、参照電極11に対する作用電極9の電位が培養液4の酸化還元電位に相当することとなる。但し、培養液4の酸化還元電位を設定するために必要な作用電極9と対電極10との間の電流量が予め分かっている場合には、図2に示すように、参照電極11を設けることなく、培養液4の酸化還元電位を制御することができる。また、微生物により酸化された物質を還元したり、逆に還元された物質を酸化したりすることにより微生物に必要な物質を再生し続けながら培養を行う場合には、培養液4の酸化還元電位を制御する必要はなく、微生物により酸化または還元された物質を還元または酸化して再生するために必要な電位差を作用電極9と対電極10との間に与えればよい。
【0058】
培養槽7内の培養液4の酸化還元電位を制御しながら微生物2を培養することで、微生物2が活性化される。即ち、微生物の増殖が促進されることにより微生物群の機能が高まったり、機能している微生物の割合が増えることにより微生物群の機能が高まったりする。また、微生物の代謝機構そのものが変化した結果として代謝物が増加する場合もある。
【0059】
したがって、本発明の電気培養方法及び電気培養装置により微生物2を培養することで、微生物2の活性化を促すことができる。そして、培養槽7を密閉構造とすることによって、対電極10から発生するガス成分が培養液4に溶け込むことがなくなり、微生物2の生育状態を良好なものとすることができる。
【0060】
例えばガス状物質を生産する微生物を培養対象微生物2とした場合、この微生物2を活性化させることによりガス状物質生産量(生産速度)を高めながらも、生産されたガス状物質を培養槽7の外部に漏洩させることがなくなる。そして、ガス状物質は、培養槽7内の培養液4が存在しない空間、例えば図1における培養槽7の培養液4の液面よりも上部の空間(ヘッドスペース)に滞留するので、このヘッドスペースからガス状物質を回収することができる。したがって、微生物2により生産される物質を効率よく回収することができる。
【0061】
ガス状物質を生産する微生物としては、例えば、水素と二酸化炭素からメタンガスを生産するメタン酸化菌が挙げられるが、本発明において培養対象とする微生物はこれに限定されるものではない。
【0062】
また、例えば揮発性物質を生産する微生物を培養対象微生物2とした場合、この微生物2を活性化させることにより揮発性物質の生産量(生産速度)を高めながらも、生産された揮発性物質を培養槽7の外部に漏洩させることがなくなる。そして、揮発性物質は培養液4に溶け込むと共に、一部は揮発して培養槽7内の培養液4が存在しない空間、例えば図1における培養槽7の培養液4の液面よりも上部の空間(ヘッドスペース)に滞留する。したがって、培養液4を回収し、培養液4から例えば蒸留等により揮発性物質のみを分離して回収することにより、あるいは揮発してガス状物質としてヘッドスペースに滞留する揮発性物質を回収することにより、微生物2により生産される物質を効率よく回収することができる。
【0063】
揮発性物質を生産する微生物としては、例えばグルコースからエタノールやブタノール、アセトンを生産するClostridium acetobutylicumが挙げられるが、本発明において培養対象とする微生物はこれに限定されるものではない。
【0064】
さらに、本発明の電気培養装置は、微生物により物質を生産させる場合以外にも用いることができる。例えば、環境汚染物質等の有害物質を微生物により分解処理を行う場合、この有害物質が揮発性を有すると、微生物を培養しながら有害物質を分解処理する際に、有害物質が培養槽7の外に揮散してしまう。そこで、培養槽7を密閉構造としている本発明の電気培養方法及び電気培養装置により、培養液4に揮発性の有害物質を添加して微生物2を培養することで、揮発性の有害物質を培養槽7の外部に漏洩させることなく、微生物2により分解処理することが可能になる。
【0065】
揮発性の有害物質を分解する微生物としては、揮発性を有する有機塩素化合物を分解する微生物、例えばテトラクロロエチレン(PCE)脱塩素微生物(例えばDesulfitobacterium, Dehalococcoides, Dehalobacter, Geobacter等)、ジクロロエチレン(DCE)脱塩素微生物(例えばDehalococcoides等)、ビニルクロライド(VC)脱塩素微生物等(例えばDehalococcoides等)が挙げられるが、本発明において培養対象とする微生物及び分解対象とする有害物質はこれに限定されるものではない。
【0066】
尚、揮発性物質を培養槽7内で揮発させることなく、その全量を培養液4から回収したい場合や、揮発性の有害物質を分解処理する場合には、培養槽7内にガス状物質が滞留する空間を形成することなく、容器20内を培養液4で完全に満たすようにしてもよい。
【0067】
また、本実施形態では、培養槽7内の培養液の液面よりも上部の空間(ヘッドスペース)に滞留するガス状物質を培養槽の外(電気培養装置の外)へ導くガス排出管15aを備え、このガス排出管15aをバルブ15bにより開閉可能としたガス回収手段15により、培養槽7内のガス状物質を回収するようにしている。しかしながら、ガスの回収方法は、この方法に限定されるものではない。例えば、培養槽7の上部に開口部を設けて合成ゴム等(例えばシリコーンゴム)の弾性材料でこの開口部を塞ぎ、開口部を塞ぐ弾性材料に注射器の注射針を刺してヘッドスペースからガス状物質を回収するようにしてもよい。合成ゴム等の弾性材料は、注射針を引き抜くと孔が塞がるので、ガス状物質の回収を行わないときには、注射針を引き抜いておいても、培養槽7の密閉状態が維持される。
【0068】
さらに、本実施形態では、培養槽7内の培養液4の液面よりも下部に、培養槽7内の培養液4を培養槽7の外に導く培養液排出管16aを備え、この培養液排出管16aをバルブ16bにより開閉可能とした培養液採取手段16により、培養槽7内から培養液4を採取するようにしている。しかしながら、培養液4の採取方法は、この方法に限定されるものではなく、上記と同様、培養槽7に開口部を設けて合成ゴム等の弾性材料で塞ぎ、注射器の注射針を刺して培養液4を採取するようにしてもよい。または両端が開口された管をの一端の注射器に接続し、他端を培養液4に浸けて、管を介して培養液4を採取するようにしてもよい。
【0069】
また、ガス回収手段15や培養液採取手段16とは別に、培養液4に物質を添加・供給する手段を設けるようにしてもよい。具体的には、培養槽7の外部から培養液4に物質を添加・供給することのできる開閉可能な物質導入管を備えるようにしてもよい。この場合には、微生物2に必要な栄養源や、微生物2が目的の物質を生産するのに必要な物質、微生物2の増殖や代謝に伴い変動する培養液4の状態を一定の状態に維持するための中和剤、培養液4そのもの等を必要に応じて添加することができる。また、培養環境を嫌気性や好気性に維持するためにガスを供給することもできる。しかしながら、培養液に物質を添加・供給する手段は必ずしも備える必要はなく、ガス回収手段15や培養液採取手段16を培養液に物質を添加・供給する手段として併用するようにしてもよい。また、上記のように注射器の注射針を弾性材料に差し込んで培養液4に物質を添加・供給するようにしてもよい。
【0070】
本発明の電気培養方法及び電気培養装置によれば、培養槽7を密閉構造としていることから、培養槽7内に供給したガス等が培養槽7の外に漏洩することが無い。したがって、培養環境を嫌気性や好気性に制御しやすく、従来のように電気培養装置自体をボックスに収容することなく、培養槽7内の培養液4の培養環境をそのまま管理することができる。したがって、電気培養装置自体をボックスに収容していた従来法と比較して培養環境の管理が容易になると共に、再度培養を行う際にボックスを滅菌する手間を省くこともできる。
【0071】
次に、本発明の電気培養装置の第二の実施形態について説明する。尚、以降の実施形態では、参照電極11は省略しているが、参照電極11を用いて培養液4の酸化還元電位を厳密に制御可能としてもよい。図3に示す電気培養装置1aは、上方が開放されている容器23をイオン交換膜6で仕切ることにより開放された二つの槽が形成され、培養槽7としての一方の槽の上方開放部がガス不透過膜またはガス不透過部材24により塞がれているものとしている。この場合には、従来の電気培養装置に若干の改変を加えるだけで、対電極槽8から発生するガスが培養槽7に侵入するのを防ぎながら、培養槽7から発生する微生物由来のガス状物質が培養槽7から漏洩するのを防ぐことができる。
【0072】
ガス不透過膜またはガス不透過部材としては、各種分野で一般に用いられているものを適宜用いることができる。例えば、ガス不透過部材としては、ガラス、プラスチック、絶縁処理を施した金属、コンクリート等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。また、ガス不透過膜としては、例えばイオン交換膜6を用いることができるがこれに限定されるものではない。
【0073】
尚、対電極槽8については、開放したままでもよいが、培養槽7と同様に密閉構造とし、対電極槽8において発生するガスを対電極槽8の外に排出するガス排出管を備えるようにしてもよい。この場合には、対電極槽8から発生するガスを所望の位置から排出させることができるので、これを回収して再利用することが可能となる。
【0074】
次に、本発明の電気培養装置の第三の実施形態について説明する。図4に示す電気培養装置1bは、収容される液体の液面よりも下部に開口部を備える二つの容器25aと25bがイオン交換膜6を介して開口部で連結されてU字型の容器25が形成され、一方の容器25aを密閉構造として培養槽7とし、他方の容器25bを開放して対電極槽8としている。
【0075】
この場合、培養液4と電解液4aがイオン交換膜6を介して接触すると共に、培養槽7の培養液4の液面よりも上部の空間と対電極槽8の電解液4aの液面よりも上部の空間とが容器25自体のU字型構造によって隔てて配置される。そして、一方の容器25aが密閉構造とされていることから、対電極槽8から発生するガスが培養槽7に侵入するのを防ぎながら、培養槽7から発生する微生物由来のガス状物質が培養槽7から漏洩するのを防ぐことができる。
【0076】
尚、本実施形態における他方の容器25bの開放とは、例えば他方の容器25bの端部を完全に開放した場合は勿論のこと、一方の容器25aと同様に密閉構造としつつ、対電極槽8において発生するガスを対電極槽8の外の排出するガス排出管を備える場合も含むことを意味している。ガス排出管を備える場合には、対電極槽8から発生するガスを所望の位置から排出させることができるので、これを回収して再利用し易くなる。
【0077】
次に、本発明の電気培養装置の第四の実施形態について説明する。図5に示す電気培養装置1cは、収容される液体の液面よりも下部に開口部を備える二つの容器26aと26bがイオン交換膜6を介して開口部で連結されてH字型の容器26が形成され、一方の容器26aを密閉構造として培養槽7とし、他方の容器26bを開放して対電極槽8としている。
【0078】
この場合にも、培養液4と電解液4aがイオン交換膜6を介して接触すると共に、培養槽7の培養液4の液面よりも上部の空間と対電極槽8の電解液4aの液面よりも上部の空間とが容器26自体のH字型構造によって隔てて配置される。そして、H字型容器26の一方の容器26aが密閉構造とされていることから、培養槽7は密閉構造となる。したがって、対電極槽8から発生するガスが培養槽7に侵入するのを防ぎながら、培養槽7から発生する微生物由来のガス状物質が培養槽7から漏洩するのを防ぐことができる。
【0079】
尚、本実施形態における他方の容器26bの開放とは、容器26を完全に開放した場合は勿論のこと、一方の容器26aと同様に密閉構造としつつ、対電極槽8において発生するガスを対電極槽8の外の排出するガス排出管を備える場合も含むことを意味している。ガス排出管を備える場合には、対電極槽8から発生するガスを所望の位置から排出させることができるので、これを回収して再利用し易くなる。
【0080】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、図1〜図5に示す電気培養装置においては、作用電極9と対電極10とをイオン交換膜6から離して配置しているが、作用電極9と対電極10のイオン交換膜6に対する位置は、特に限定されるものではない。例えば、作用電極9と対電極10のいずれか一方あるいは双方をイオン交換膜6に接触させて電気培養を行うようにしてもよい。例えば、イオン交換膜6を作用電極9と対電極10とで挟持するようにしても、培養液4の電位制御を行うことが可能である。尚、作用電極9と対電極10をイオン交換膜6に接触させる場合には、作用電極9とイオン交換膜6と培養液4との接触面積、対電極10とイオン交換膜6と電解液4aとの接触面積を増大させて電気化学反応の進行状態を良好なものとするために、電極を多孔質体とすることが好適である。
【0081】
また、イオン交換膜6と対電極10とを接触させる場合には、電解液4aを用いずとも電気化学反応を進行させることができる。したがって、この場合には電解液4aを用いることなく電気培養を行うようにしてもよい。尚、電解液4aを用いずに電気培養を実施する場合には、対電極10を多孔質体として、イオン交換膜6と対電極10との接触面で発生したガスを対電極10の反対側の面に通過しやすくすることが好適である。
【0082】
さらに、微生物2を通過させないメンブレンフィルタを培養液採取手段16の培養液排出管16の途中に設け、培養槽7内の微生物2を培養槽7外に排出することなく、培養液4のみを培養槽7外に排出するようにしてもよい。この場合には、培養槽7内の微生物2を長期間保持しつつ、培養液4中に含まれる揮発性物質、即ち微生物2が生産した揮発性物質を回収することが可能になる。また、培養槽7内の微生物2を長期間保持することができるので、微生物2の物質の分解処理能力を長期間発揮させて、揮発性物質の分解を長期にわたり効率よく実施することが可能となる。
【0083】
また、本発明の電気培養装置において培養しうる微生物は、上述の微生物には限定されない。例えば、ガス資化性細菌である水素細菌、光合成細菌等の培養が可能である。本発明の電気培養装置は、培養対象微生物を収容する培養槽を密閉構造としているので、生育の際にガス状物質や揮発性物質を必要とする微生物を培養する際にも、これらの物質を培養槽の外へ漏洩させることなく、無駄なく微生物に供給することができるという優れた利点を有する。尚、水素細菌は、好気条件下において水素を酸化し、その反応によって生じるエネルギーを用いて二酸化炭素を固定しながら生育する微生物であり、二酸化炭素からの有用物質生産に利用することができる。また、光合成細菌は、硫化水素やメルカプタン(悪臭の原因)を電子供与体とし、二酸化炭素を炭素源として生育する微生物である。尚、光合成細菌は有機物(廃棄物)を炭素源として水素生産を行うことも可能である。さらに、揮発性有害物質分解菌として、メタン、エタン、プロパンといったガス状アルカンを分解する微生物や、メタン、メタノール、シックハウス症候群の原因物質であるホルムアルデヒドのようなC1化合物を分解する微生物も、本発明の電気培養装置において培養することが可能である。
【実施例】
【0084】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0085】
(実験装置)
図6に示す電気培養装置1により実験を行った。培養槽7としての容器20は250mL容のガラスバイアル瓶(Duran製)とした。培養液4は容器20の八分目程度まで入れた。容器20には蓋30をした。蓋30の上面30aにはシリコーンゴム栓を設けて、配線や電極、管と通した際の密閉性を確保した。また、シリコーンゴム栓を設けることにより注射針の突き刺しを可能とし、且つ注射針の差し込みにより生じた孔が注射針を抜いた際に塞がるようにした。
【0086】
対電極槽8としての小容器21は、イオン交換膜6を成型して袋状(以下、袋21と呼ぶ)とした。実験で用いた小容器21の形態を図7に示す。具体的には、陽イオン交換膜(ナフィオンK)をヒートシーラーで熱圧着により加工して上部が開口した袋状の容器21とし、袋21の内部には電解液4aを収容すると共に炭素電極(対電極10)を収容して電解液4aに浸した。そして、対電極10と電位制御装置12を結線するための配線31をガス排出管22に通した。ガス排出管22は両端が開口されており、一端を小容器21の内部に、他端を容器20の外側に配置するようにして、小容器21内で発生するガスが容器20の外側に排出されるようにした。袋状の小容器21の上部の開口部は、シリコン接着剤32で塞いだ。
【0087】
小容器21と作用電極9(板状の炭素電極)とを培養液4に浸漬し、小容器21のガス排出管22と作用電極4の配線は蓋30に設けたシリコーンゴム栓に通して容器20の外側に引き出した。参照電極11(RE-1B, ビー・エー・エス株式会社)は容器20の外側からシリコーンゴム栓に通して差し込むことにより培養液4と接触させた。培養液採取管16は容器20の外側からシリコーンゴム栓に通して差し込むことによりその一端を培養液4と接触させた。作用電極9と対電極10と参照電極11とを3電極式の電位制御装置(ポテンシオスタット)12に結線して、培養液4の電位を厳密に制御可能とした。培養液採取管16の他端は注射器と接続して培養液を採取可能とした。
【0088】
(実施例1)
微生物2として、Clostridium acetobutylicum NBRC13948(以下、単にクロストリジウムと呼ぶ)を用いた。この微生物は、無酸素条件下でグルコースからエタノール、ブタノール、アセトン、酢酸、酪酸を生成することのできる偏性嫌気性微生物である。培養温度は30℃とした。また、酸化還元物質3としてFe(III)−EDTAを用い、培養液4の酸化還元物質濃度は2mMとした。実験に使用した培養液4の構成成分を表1に示す。また、電解液4aの組成は、表1の組成からFe(III)−EDTAを除いたものとした。尚、培養液4は攪拌子34で攪拌し、蓋30に備えられたシリコーンゴム栓に注射針を2本刺し、一方の注射針からNガスを1時間通気することにより、ヘッドスペースをNガスで置換した。
【0089】
【表1】

【0090】
培養液4の通電電位、即ち酸化還元電位は、+0.4V、+0.1V、−0.2V、−0.5V、−0.8Vとした。また、対照実験として、通電を行わない場合についても実験を行った。
【0091】
培養を60時間行った際のセル密度の経時変化を図8に示す。図8において、◆が通電なしの実験結果を示し、■が+0.4Vの実験結果を示し、▲が+0.1Vの実験結果を示し、×が−0.2Vの実験結果を示し、*が−0.5Vの実験結果を示し、●が−0.8Vの実験結果を示している。図8に示す結果から、培養液の電位を制御することでC. acetobutylicumの増殖をコントロールできることが明らかとなった。
【0092】
次に、培養液のエタノール濃度を装置名:液体クロマトグラフィー(HITACHI, ELITE Lachrome)で測定した。結果を図9に示す。図9に示す結果から、特に+0.4Vの場合には、通電を行わない場合と比較して、エタノール生産量を向上できることが確認された。そして、図8に示す増殖結果と図9に示すエタノール生産量の測定結果とを総合的に判断すると、+0.4Vでは、クロストリジウムの細胞内の代謝をコントロールして細胞当たりのエタノール生産量を向上できることが明らかとなった。以上、本発明の電気培養装置を用いることで、揮発性物質であるエタノールの生産量と、培養液の酸化還元電位との関係を十分に分析可能であることが確認された。
【0093】
以上の結果から、本発明の電気培養装置が、密閉性を有しながらも酸化還元電位を制御しながら微生物を培養できるものであることが確認された。
【符号の説明】
【0094】
1,1a,1b,1c 電気培養装置
2 培養対象微生物
3 酸化還元物質
4 培養液
4a 電解液
6 イオン交換膜
7 培養槽
8 対電極槽
9 作用電極
10 対電極
12 電源(電位制御装置)
15 ガス回収手段
16 培養液採取手段
20 容器
21 小容器
22 ガス排出管
23 容器
24 ガス不透過膜、ガス不透過部材
25 U字型構造の容器
25a U字型構造の容器を構成する一方の容器
25b U字型構造の容器を構成する他方の容器
26 H字型構造の容器
26a H字型構造の容器を構成する一方の容器
26b H字型構造の容器を構成する他方の容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換膜によって仕切られ且つ開放されている二つの槽のうち、一方の槽を培養槽として酸化還元物質を含む培養液を収容すると共に前記培養液に作用電極を浸し、他方の槽を対電極槽として電解液を収容すると共に前記電解液に対電極を浸し、前記培養槽に培養対象たる微生物を添加して、前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与えながら前記微生物を培養する電気培養方法において、前記培養槽を密閉し、前記対電極槽から発生するガスが前記培養槽に侵入するのを防ぎながら前記微生物を培養することを特徴とする電気培養方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電気培養方法によりガス状物質を生産する微生物または揮発性物質を生産する微生物を培養し、前記ガス状物質または前記揮発性物質が揮発して発生したガス成分を前記培養槽内の前記培養液の液面よりも上部の空間に滞留させ、これを回収することを特徴とする物質生産方法。
【請求項3】
請求項1に記載の電気培養方法により揮発性物質を生産する微生物を培養し、前記微生物が生産する前記揮発性物質を前記培養槽内の前記培養液から回収することを特徴とする物質生産方法。
【請求項4】
請求項1に記載の電気培養方法により揮発性の有害物質を分解する微生物を培養し、前記培養槽内の前記培養液に添加された前記有害物質を分解処理することを特徴とする物質分解処理方法。
【請求項5】
イオン交換膜によって仕切られ且つ開放された二つの槽と、作用電極及び対電極と、前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与える電源とを有し、前記二つの槽のうちの一方の槽を培養槽として酸化還元物質を含む培養液が収容されると共に前記作用電極が前記培養液に浸され、前記二つの槽のうちの他方の槽を対電極槽として電解液が収容されると共に前記対電極が前記電解液に浸され、前記培養液に培養対象たる微生物が添加されて、前記電源により前記作用電極と前記対電極との間に電位差を与えながら前記微生物を培養する電気培養装置において、前記培養槽を、前記対電極槽から発生するガスが前記培養槽へ侵入するのを防ぐ密閉構造としたことを特徴とする電気培養装置。
【請求項6】
密閉構造の容器を前記培養槽とし、前記容器に収容可能な密閉構造の小容器を前記対電極槽とし、前記小容器は少なくとも一部に前記イオン交換膜を備えると共に前記ガスを前記容器の外に排出するガス排出管を備えるものとしている請求項5に記載の電気培養装置。
【請求項7】
上方が開放されている容器を前記イオン交換膜で仕切ることにより前記開放された二つの槽が形成され、前記培養槽としての前記一方の槽の上方開放部がガス不透過膜またはガス不透過部材により塞がれている請求項5に記載の電気培養装置。
【請求項8】
収容される液体の液面よりも下部に開口部を備える二つの容器が前記イオン交換膜を介して前記開口部で連結されてU字型あるいはH字型の容器が形成され、前記二つの容器のうちの一方の容器を密閉構造として前記培養槽とし、他方の容器を開放して前記対電極槽としている請求項5に記載の電気培養装置。
【請求項9】
前記対電極槽に前記電解液を収容せずに前記対電極を前記イオン交換膜と接触させ、且つ前記対電極を多孔性としている請求項5に記載の電気培養装置。
【請求項10】
前記培養槽に収容されている前記培養液の液面よりも上部の空間に滞留するガス状物質を回収するガス回収手段を備える請求項5に記載の電気培養装置。
【請求項11】
前記培養槽に収容されている前記培養液を採取する培養液採取手段を備える請求項5に記載の電気培養装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図10】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−207192(P2010−207192A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−59786(P2009−59786)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】