説明

電池の製造方法

【課題】 電極の塗工層の剥離強度を十分に保つとともに,塗工層をより速く乾燥させてその生産性の向上を図った電池の製造方法を提供すること。
【解決手段】 粉末状の活物質を原材料の一つとして混練した塗工液を電極箔に塗工して,塗工した電極箔を乾燥炉内で搬送しつつ電極箔に塗工された塗工層を乾燥させて製造された電極を用いる。タップ密度の高い活物質を混練した塗工液を塗工した塗工層を乾燥させる場合に,単位時間当たりに塗工層に与える熱量を多くすることにより塗工層を乾燥させる時間を短くし,タップ密度の低い活物質を混練した塗工液を塗工した塗工層を乾燥させる場合に,単位時間当たりに塗工層に与える熱量を少なくすることにより塗工層を乾燥させる時間を長くする。その際に,塗工液の供給量や乾燥炉内の温度を乾燥時間に合わせて調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,電池の製造方法に関する。さらに詳細には,電極箔に塗工された塗工液を乾燥させた電極を用いる電池の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池等の電池には,電極箔に活物質を塗布した電極が用いられることがある。このような電極の製造においては,電極箔の両面に,活物質や結着剤(バインダ)を混練した塗工液を塗工した後,その塗工層を乾燥させる。そのために,塗工後の電極箔を乾燥炉中で搬送しながら乾燥することが一般的である。
【0003】
電極箔の乾燥において急激な乾燥を行った場合,塗工層の膜厚内部で塗工液の対流,あるいは気泡の発生が起こりうる。それらに伴って,塗工液の電極箔側に存在していた結着材(バインダ)が,塗工層の表面付近に移動することがある(マイグレーション)。このバインダは,電極箔に活物質の層を結着させるためのものである。マイグレーションが生じると,乾燥後の塗工層においてバインダが塗工層の表面付近に偏在することとなる。その結果,塗工層内部における電極箔との境目付近では逆に,バインダが不足することとなる。
【0004】
このようにバインダの偏析した電極は,その後の製造工程(捲回工程や缶挿入工程)において電極箔と塗工層との境目付近で剥離しやすい。その境目付近において,バインダの不足により剥離強度が低くなっているためである。塗工層が剥離すると,その剥離した塗工層と電極箔との間で電荷の授受がほとんど起こらなくなる。それに伴って,塗工層と電解液との間でリチウムイオンの授受がほとんど起こらなくなる。そのため,剥離した塗工層における集電性は著しく低下する。したがって,電極の塗工層はある程度の剥離強度を備えている必要がある。
【0005】
一方,塗工層内部では電池としての使用時に,イオンの吸蔵・放出により活物質の体積変化が繰り返し生じる。この剥離強度が低いと,製造工程において剥離しなかったとしても,この活物質の体積変化により活物質層の剥離が生じることがある。剥離した活物質の表面では化学反応がほとんど起こらないので,電池性能は低下する。
【0006】
よって,電池性能の確保のために,バインダのマイグレーションが起こらないように塗工層を乾燥させる必要がある。そのためには,膜厚内部の温度勾配が大きくならないように,また水蒸気の発生が急激になりすぎないように,ゆっくり乾燥させればよい。すなわち,十分な乾燥時間を確保して乾燥すればよいのである。
【0007】
また,電極箔の搬送において,乾燥前の塗工層にローラを接触させると,塗工液がローラに付着してしまう。このため,塗工後の電極箔は,未乾燥の塗工層の反対側の面のみでローラに接触するように搬送する必要がある。よって,電極箔は,乾燥炉内で一方向に向かって搬送されることが多い(特許文献1の図1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−141540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし,乾燥炉内で一方向に向かって搬送させつつゆっくり乾燥させるには,炉長の長い乾燥炉を用いる必要がある。また,長い乾燥時間を設定する必要があり,生産性が悪い。
【0010】
一方,塗工液のコンディション,例えば塗工液の粘性によってバインダマイグレーションの起こりやすさが左右される。つまり,塗工液の粘性が高いほうが,バインダのマイグレーションは起こりにくい。塗工液の粘性が高いほうが,バインダが移動しにくいからである。その他,塗工液の種々のコンディションに応じて,バインダのマイグレーションの起こりやすさ,すなわち剥離強度は異なることとなる。しかし,塗工液のコンディションは原材料の微小な品質の差異の影響を受ける。このように塗工液のコンディションは,不可避的に変化するものであり,そのコンディションを完全にコントロールすることは困難である。
【0011】
そのため従来においては,いかなるコンディションにおいても十分な剥離強度を確保するために,乾燥時間を十分に設ける必要があった。すなわち,より速く乾燥させても十分な剥離強度を確保できる場合であっても,最も悪いコンディション,すなわち最も長い乾燥時間を設定して乾燥させていたのである。これでは,設備が本来持つ電池の生産能力を活かせていない。
【0012】
本発明は,前記した従来の技術が有する問題点を解決するためになされたものである。すなわちその課題とするところは,電極の塗工層の剥離強度を十分に保つとともに,塗工層をより速く乾燥させてその生産性の向上を図った電池の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この課題の解決を目的としてなされた本発明の電池の製造方法は,粉末状の活物質を原材料の一つとして混練した塗工液を電極箔に塗工して,塗工した電極箔を乾燥炉内で搬送しつつ電極箔に塗工された塗工層を乾燥させて製造された電極を用いる電池の製造方法において,塗工液に混練した活物質のタップ密度に応じて塗工層に単位時間に与える熱量および塗工層を乾燥させる時間を定め,その定めた熱量および時間で乾燥させる方法であり,塗工液に混練した活物質のタップ密度が第1のタップ密度であった場合に,塗工層に単位時間あたりに与える熱量の程度として,第1のタップ密度に比べて密度の低い第2のタップ密度の塗工液を塗工した塗工層に単位時間あたりに与える熱量の程度よりも多い程度を定めるとともに,塗工層を乾燥させる時間として,第2のタップ密度であった場合に塗工層を乾燥させる時間よりも短い時間を定めるものである。かかる電池の製造方法は,設備の生産能力をより活かすことができるものである。
【0014】
上記に記載の電池の製造方法において,塗工液に混練した活物質のタップ密度が第1のタップ密度であった場合に,乾燥炉内での電極箔の搬送速度として第2のタップ密度であった場合より速い速度を設定するとともに,乾燥炉内の温度を第2のタップ密度であった場合より高い温度に設定するとよい。全体としての生産能力を向上させることができるためである。
【0015】
上記に記載の電池の製造方法において,塗工液に熱風を吹き付けるエアノズルを用い,塗工液に混練した活物質のタップ密度が第1のタップ密度であった場合に,エアノズルから噴出する熱風の温度として第2のタップ密度であった場合より高い温度を設定するようにしてもよい。全体としての生産能力を向上させることができることに変わりないためである。
【0016】
上記に記載の電池の製造方法において,塗工液に熱風を吹き付けるエアノズルを用い,塗工液に混練した活物質のタップ密度が第1のタップ密度であった場合に,エアノズルから噴出する熱風の風量を第2のタップ密度であった場合より多く設定するようにしてもよい。全体としての生産能力を向上させることができることに変わりないためである。
【0017】
上記に記載の電池の製造方法において,塗工液に熱風を吹き付けるエアノズルを用い,塗工液に混練した活物質のタップ密度が第1のタップ密度であった場合に,エアノズルから噴出する熱風の風速として第2のタップ密度であった場合より大きな値を設定するようにしてもよい。全体としての生産能力を向上させることができることに変わりないためである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば,電極の塗工層の剥離強度を十分に保つとともに,塗工層をより速く乾燥させてその生産性の向上を図った電池の製造方法が提供されている。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明により製造されるバッテリを説明するための斜視図である。
【図2】本発明により製造される電池セルを説明するための正面からの透視図である。
【図3】本発明により製造される電極捲回体を説明するための斜視図である。
【図4】本発明により製造される電極捲回体の構造を説明するための展開図である。
【図5】本発明により製造される電極の幅方向の断面を説明するための斜視図である。
【図6】本発明に係る電池の製造方法に用いる電極製造装置を説明するための正面からの投影図である。
【図7】負極の活物質のタップ密度とその活物質を含む塗工液を塗工した塗工層の剥離強度との関係を示したグラフである。
【図8】タップ密度の異なる活物質を混練した塗工液を塗工した塗工層について乾燥時間と塗工層の剥離強度との関係を示したグラフである。
【図9】剥離強度を満足する負極の活物質のタップ密度とその活物質を含む塗工液を塗工した乾燥時間との関係を示したグラフである。
【図10】本発明の電池の製造方法と従来の電池の製造方法とで設定する搬送速度の比較を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下,本発明を具体化した実施の形態について,添付図面を参照しつつ詳細に説明する。本形態は,電極捲回体を備える非水電解液型リチウムイオン二次電池の製造方法について,本発明を具体化したものである。
【0021】
本形態の電池の製造方法は,粉末状の活物質を含有する塗工液を電極箔に塗工した塗工層を乾燥させる乾燥時間を,活物質のタップ密度に応じて変えるものである。よって,以下の項目について順に説明する。
1.バッテリ
2.電極
3.電極製造装置
4.電極の製造方法
5.電池の製造方法
6.活物質のタップ密度と塗工液のコンディション
7.搬送速度の設定方法
8.変形例
9.まとめ
【0022】
1.バッテリ
本実施の形態により製造されるバッテリ10は,リチウムイオン導電性の非水電解液を用いたリチウムイオン二次電池の電池セル50を,図1に示すように,複数個直列に接続した組電池である。電池セル50は,電極を捲回した扁平形状の電極捲回体を有する捲回型電極電池である。電池セル50の正面からの透視図を図2に示す。図2に示すように,電池セル50は,電池容器53と,正極端子51と,負極端子52と,電極捲回体60とを有している。また,電池容器53の内部には電解液が注入されている。
【0023】
本形態の電極捲回体60は,図3に示すように,セパレータを間に挟んだ正極及び負極を捲回した扁平形状の電極捲回体である。正極は,アルミ箔に正極活物質を塗布したものである。負極は,銅箔に負極活物質を塗布したものである。電極捲回体60は,正極端部61と,負極端部62と,中央部63とを有している。中央部63は,正極および負極の間にセパレータを挟んで捲回され,リチウムイオン二次電池としての使用時に実際に充放電に用いられる部分である。正極端部61は,正極のアルミ箔部分のみが図中左方向にはみ出したものであって正極端子51と接合するためのものである。負極端部62は,負極の銅箔部分のみが図中右方向にはみ出したものであって負極端子52と接合するためのものである。
【0024】
電極捲回体60の捲回構造を示す展開図を図4に示す。図4中ドットでハッチングされた領域が,それぞれ正極または負極の活物質の塗工層を塗工された領域である。電極捲回体54は,図4に示すように,内側から正極P,セパレータS,負極N,セパレータTの順に捲回されたものである。なお,図4中,正極Pのアルミ箔部分が図中左側に,負極Nの銅箔部分が図中右側にセパレータS,Tに対してはみ出している。
【0025】
電池セル50の電解液は,有機溶媒に電解質を溶解させたものである。有機溶媒として例えば,プロピレンカーボネート(PC)やエチレンカーボネート(EC),ジメチルカーボネート(DMC),メチルエチルカーボネート(MEC)等のエステル系溶媒や,エステル系溶媒にγ−ブチラクトン(γ−BL),ジエトキシエタン(DEE)等のエーテル系溶媒等を配合した有機溶媒が挙げられる。また,電解質である塩として,過塩素酸リチウム(LiClO)やホウフッ化リチウム(LiBF),六フッ化リン酸リチウム(LiPF)などのリチウム塩を用いることができる。
【0026】
2.電極
本形態の電池の製造方法により製造されるリチウムイオン二次電池用電極について説明する。本形態により製造される電極1は,図5に示すように,帯状の電極箔2の両面に塗工層3を塗工したものである。この構造は,正極であっても負極であっても同様である。よって,特に必要がない限り,両者を区別しないで説明する。ただし,その材質等に関しては,正極と負極とで異なっている。
【0027】
図5は,電極1の幅方向の断面を示す斜視図である。塗工層3は,塗工液を塗工した後に乾燥させることにより,電極箔2に結着されてできた活物質の層である。この結着のために,塗工液には結着剤(バインダ)が混入されている。そして前述したように,バインダの膜厚方向の疎密が,塗工層3の剥離強度に密接に関連している。
【0028】
図5に示すように,塗工層3は,電極箔2の幅方向の中心付近に塗工されており,幅方向の両端は塗工されていない。そして,図中上側の塗工層3の塗工幅は,図中下側の塗工層3の塗工幅と同じである。また,図中上側の塗工層3の幅方向の位置は,図中下側の塗工層3の幅方向の位置と同じである。すなわち,図中上側の塗工層3は,図中下側の塗工層3の真裏の位置にある。なお,図4に示した電極(正極Pおよび負極N)は,図5に示す電極1を幅方向の中央で裁断したものである。
【0029】
リチウムイオン二次電池の正極には,電極箔2としてアルミ箔等を用いることができる。また,正極活物質は,ニッケル酸リチウム(LiNiO),マンガン酸リチウム(LiMnO),コバルト酸リチウム(LiCoO)等のリチウム複合酸化物などである。リチウムイオン二次電池の負極には,電極箔2として銅箔等を用いることができる。また,負極活物質は,非晶質炭素,難黒鉛化炭素,易黒鉛化炭素,黒鉛等の炭素系物質などの負極活物質である。なお,正極または負極の塗工液には,ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やスチレンブタジエンラバー(SBR)などの結着剤やカルボキシルメチルセルロース(CMC)などの増粘剤を適宜混入させるとよい。
【0030】
3.電極製造装置
本形態の電池の製造方法に用いる電極製造装置100について簡単に説明する。電極製造装置100は,電極箔2に塗工層3となる塗工液を塗工し,その塗工液を乾燥させて電極1を製造する装置である。電極製造装置100は,図6に示すように,巻出し部110と,塗工部120と,乾燥炉130と,巻取り部140とを有している。
【0031】
巻出し部110は,電極箔2をその長手方向に巻き出し,塗工部120に供給するための電極箔供給部である。塗工部120は,巻出し部110から搬送されてきた電極箔2に塗工液を塗工するためのものである。乾燥炉130は,塗工された電極箔2の塗工層3を乾燥させるための乾燥部である。巻取り部140は,塗工して乾燥させた後の電極箔2を巻き取るための電極回収部である。
【0032】
巻出し部110には,電極箔2をロール状に捲回した電極箔リール111を設置することができるようになっている。
【0033】
塗工部120には,塗工用ダイ121と,バックアップローラ122とが設けられている。塗工用ダイ121は,通紙された電極箔2に塗工液を塗工するための塗工液供給装置である。塗工用ダイ121は,単位時間当たりの塗工液の供給量を調整することができるようになっている。バックアップローラ122は,塗工用ダイ121が電極箔2に塗工液を所定の塗工厚で塗工することができるように,電極箔2を後ろから支持しつつ搬送するためのものである。そのため,バックアップローラ122は,塗工部120に対し,電極箔2の通紙経路をはさんで塗工用ダイ121と対面する位置に設けられている。
【0034】
乾燥炉130には,複数のエアノズル131が設けられている。エアノズル131は,電極箔2の長手方向に搬送される搬送経路に沿って配置されている。エアノズル131は,電極箔2に向けて熱風を噴出するためのものである。エアノズル131から噴出される熱風の風量は,電極箔2の幅方向に均一な分布となるようになっている。
【0035】
巻取り部140には,塗工液を乾燥させた電極箔2を巻き取る巻取りリール141を設置することができるようになっている。
【0036】
4.電極の製造方法
ここで,電極の製造方法について電極箔2の搬送経路に沿って説明する。まず,電極箔2を巻出し部110の電極箔リール111から塗工部120,乾燥炉130を経て巻取り部140の電極巻取りリール141に至るまでの搬送経路に沿って通紙する。次に,モータにより電極巻取りリール141を巻取り方向に駆動する。これにより,電極箔2は搬送経路に沿って図6の矢印Aの向きに搬送される。
【0037】
次に,塗工用ダイ121により電極箔2の第1面に塗工液を塗布する。このとき電極箔2は,テンションを加えられているため,バックアップローラ122に押し付けられている。その状態のまま,塗工用ダイ121は,塗工液を電極箔2の第1面に,所定の幅及び厚さで塗布する。
【0038】
続いて,第1面に塗工液を塗布された電極箔2は,図6の矢印Bの向きに乾燥炉130に搬送される。乾燥炉130では,エアノズル131から吹き付けられる熱風により,電極箔2及び第1面の塗工層3の温度は上昇する。これにより,塗工液の水分は蒸発する。それに伴って第1面の塗工層3は徐々に乾燥する。そして,エアノズル131から吹き付けられる熱風の温度や風量は,エアノズル毎に異なる値に調整されている。徐々に乾燥させるためである。この乾燥により,第1面の塗工層3は電極箔2に結着する。そして,この乾燥工程においてバインダの偏析は生じない。後述するように,バインダのマイグレーションが生じない乾燥速度で塗工液を乾燥させるからである。
【0039】
この後,電極箔2の第1面に塗工層3を塗工された電極1は,巻取り部140の電極巻取りリール141に巻き取られる。そして第1面を塗工した後に巻き取られた電極箔2を,再び巻出し部110に設置して第2面を塗工する。このように電極箔2の両面を塗工して乾燥させることにより,リチウムイオン二次電池用の電極が製造される。
【0040】
ここで,比較のために,電極箔2に塗工した塗工液を急激に乾燥させた場合について簡単に説明する。この場合,塗工層におけるバインダの膜厚方向の分布が不均一となるおそれがある。塗工層3の膜厚内部において,塗工層3と電極箔2との境目付近に存在していたバインダが,塗工層3の膜厚の表面付近に移動するためである。これは,塗工層3の膜厚内部の領域で,対流が生じたり,蒸発による気泡が発生したりすることにより生じる。このような条件下で乾燥された電極1においては,バインダが塗工層3の表面に偏析している(バインダマイグレーション)。
【0041】
このようにバインダマイグレーションが生じている電極の塗工層3の剥離強度は低い。剥離強度の低い電極の塗工層3は,電極の捲回時や電極捲回体の缶挿入時に剥離するおそれがある。また,製品としての電池使用時にリチウムイオンの吸蔵・放出に起因する塗工層3の体積変化に耐えられなくなり,塗工層3が電極箔2から剥離するおそれがある。これでは,十分な電極反応が行われず,満足な電池性能を発揮できなくなってしまう。
【0042】
5.電池の製造方法
ここで,上記の電極の製造方法により製造された電極1を用いた電池の製造方法について簡単に説明する。まず,前述のように製造された電極1をロール状の電極捲回体とする。その際に,図4に示すように,正極P,セパレータS,負極N,セパレータTの順に内側から捲回する。続いて,ロール状の電極捲回体に扁平プレスを施して,図3に示した電極捲回体60とする。
【0043】
次に,電極捲回体60の正極端部61に正極端子51を溶接し,負極端部62に負極端子52を溶接する。この後,電極捲回体60を電池容器53に挿入する。そして,電池容器53に電解液を注入して封入する。これにより,図2に示すような電池セル50が製造される。また,複数の電池セル50を接続することにより図1のバッテリ10が製造される。
【0044】
6.活物質のタップ密度と塗工液のコンディション
リチウムイオン二次電池の負極の活物質には,前述したようにグラファイトが用いられる。しかし,製造環境により,グラファイトの大きさや凹凸などの粒子形状は変化しやすい。つまり,一定の品質を保って生産することが困難なのである。したがって,活物質の粉末密度には,ロット毎にばらつきがあることがある。とはいえ,ばらつきの幅の中で一定の粉末密度の範囲内にあるもののみを選択して使用するのは,現実的でない。
【0045】
活物質の品質の指標とする粉末密度として,本形態ではタップ密度を採用する。ここでタップ密度とは,粒状の物体を容器に詰めた場合の密度である。その際に,容器を叩いたり揺すったりして,粒状の物体間に生じる隙間をある程度埋めて測定する。表面に凹凸や突起がある活物質のタップ密度は低い。逆に,表面が球形に近い活物質のタップ密度は高い。
【0046】
本形態でタップ密度とは150cmの容器に試料を充填し,300回タップした後の密度のことをいう。予め定めた一定の方法で容器中の活物質に衝撃や振動を規定回数だけ繰り返し与えた後に測定した容器中の活物質の密度であれば,この測定方法以外の方法で測定した密度を用いてもよい。
【0047】
表面に凹凸や突起がある活物質の表面積は,表面に凹凸のないものの表面積に比べて大きい。表面に凹凸や突起がある活物質はタップ密度が低い。よって,タップ密度の低い活物質は,電池性能において有利である。しかし,タップ密度の低い活物質を用いて製造された電極の剥離強度は,タップ密度の高い活物質を用いて製造された電極の剥離強度に比べて低い。
【0048】
それは,タップ密度の低い活物質を混練してできた塗工液の粘性は,タップ密度の高い活物質を混練してできた塗工液の粘性に比べて低いからである。塗工液の粘性が低いと,塗工液の乾燥時にバインダが電極箔付近から塗工層の表面に移動しやすい。このようにバインダの移動(バインダマイグレーション)が生ずると,製造した電極におけるバインダの少ない箇所の剥離強度は低い。したがって後述するように,タップ密度の低い活物質を原材料として製造した電極の剥離強度は,タップ密度の高い活物質を原材料として製造した電極の剥離強度に比べて低い傾向がある(図8参照)。
【0049】
電池の製造工程において電極の活物質層が剥離しやすい工程は,電極の捲回工程や電極捲回体の容器への挿入工程である。塗工層における剥離強度の値が2.0N/m以上であれば,これらの工程において塗工層が電極箔から剥離しにくい。ただし,この値は電極の捲回工程や電極捲回体の容器への挿入工程に用いる具体的設備や方法に依存して変わる値である。
【0050】
7.搬送速度の設定方法
本形態の電極の製造方法は,活物質のタップ密度に応じて電極箔に塗工した塗工液の乾燥速度を設定するものである。すなわち,速く乾燥させても十分な剥離強度を保つことができるコンディションの塗工液に対しては,電極製造装置100に速い搬送速度を設定して速く乾燥させ,そうでないものに対しては,遅い搬送速度を設定してゆっくり乾燥させるのである。
【0051】
本形態の電極の製造方法は,以下に示す手順で行われる。
1)タップ密度の測定
2)タップ密度に応じた搬送速度の設定
3)設定した搬送速度で乾燥
これらを説明した後に,4)従来との比較,について説明する。
【0052】
以下負極を例にとって説明する。負極に剥離が生じると,負極での電極反応が抑制され,電解液内のリチウムイオンの濃度が上昇する。このようなリチウムイオンの濃度の上昇により,電解液の粘性は高くなる。このため,イオン伝導度が低下することとなる。また,リチウムイオンがデンドライト状に析出してセパレータを突き破ることがある。これ
により,正極と負極とは短絡する。したがって,負極の塗工層の剥離を回避することは極めて重要である。ただし,本形態の電極の製造方法は,正極にも用いることができるものであり,負極に限定されるものではない。
【0053】
7−1)タップ密度の測定
まず,活物質のタップ密度を測定する。測定された活物質のタップ密度と,その活物質を用いて製造された電極の剥離強度には関連性がある。図7に,負極についての活物質のタップ密度と剥離強度との関係を示す。活物質のタップ密度が高いほど,その活物質を塗工して乾燥させた塗工層の剥離強度の値は大きい。前述したように,負極の剥離強度が2.0N/m以上の値であれば,電池性能を満足するものであるとする。
【0054】
図7は,乾燥時間を25秒としたときの,負極の活物質のタップ密度と剥離強度との関係を示したものである。乾燥時間を25秒としたとき,タップ密度の値が1.0g/cm以上である場合に剥離強度の値が2.0N/m以上となる。タップ密度の値が1.0g/cm未満の場合であっても,乾燥時間を25秒よりも長くすれば,2.0N/m以上の剥離強度を確保することができる。
【0055】
なお,活物質のタップ密度の値が予め分かっていれば,その測定を省略してよい。例えば,原材料の納入元が活物質のタップ密度を予め測定して納入している場合には,活物質のタップ密度を改めて測定する必要はない。
【0056】
7−2)タップ密度に応じた搬送速度の設定
図8に,負極についての塗工液の乾燥時間と剥離強度との関係を示す。乾燥炉の炉長は一定であるため,搬送速度を速くすれば乾燥時間は短い。逆に,搬送速度を遅くすれば乾燥時間は長いこととなる。塗工液の乾燥時間を長くとった場合,剥離強度の値は大きい。一方,塗工液の乾燥時間を短くとった場合,剥離強度は小さい。また,タップ密度1.0g/cmの活物質を用いた場合の剥離強度は,タップ密度0.9g/cmの活物質を用いた場合の剥離強度よりも大きい。すなわち,タップ密度が高いほど,剥離強度は大きい。
【0057】
図9に,負極の剥離強度の値が2.0N/m以上となるような乾燥速度について示す。タップ密度が高い活物質を用いて塗工した塗工層ほど剥離強度は大きいので,乾燥時間は短くてよい。すなわち,活物質のタップ密度が高いほど,速い搬送速度の値を設定することができる。一方,タップ密度が低い活物質を用いて塗工した塗工層ほど剥離強度は小さい。よって乾燥時間は長くとる必要がある。したがって,活物質のタップ密度が低いほど,遅い搬送速度の値を設定する必要がある。
【0058】
したがって,表1にあるように,測定した活物質のタップ密度に応じて,それに対応する搬送速度を設定する。本形態では,この設定した搬送速度で電極箔を搬送する。表1にあるように,負極のタップ密度の値が大きいほど,搬送速度の値を大きいものに設定する。ここで,搬送速度を速くしても,電極の塗工層の剥離強度は2.0N/m以上である。すなわち,本形態では,剥離強度の値が2.0N/m以上となるように,速く乾燥することのできるものについては,設定する搬送速度の値を大きいものとするのである。なお,表1では,0.90g/cm以上0.92g/cm未満の場合に,30m/分の搬送速度で電極箔を乾燥させることを意味している。
【0059】
【表1】

【0060】
7−3)設定した搬送速度で乾燥
続いて,表1に示した搬送速度で塗工液を塗工した電極箔を乾燥炉中に通過させる。このように,負極の活物質のタップ密度に応じて搬送速度を設定すると,その生産性は表2のようになる。ここで,生産性とは,搬送速度に頻度を掛け合わせたものである。頻度とは,原材料である負極の活物質のタップ密度が,その範囲に入っている割合のことである。
【0061】
表2の最下欄に,本形態の製造方法を用いた場合の合計生産性について示す。合計生産性とは,タップ密度毎に求めた生産性の総和である。つまり,合計生産性は,表2において,合計生産性を表示する欄の上にある全ての値の和である。いいかえると,タップ密度毎に搬送速度を設定する本実施の形態において,単位時間当たりに生産される電極の長さの平均値である。
【0062】
また,本形態では,タップ密度の高い活物質を原材料とする塗工液を塗工した塗工層を乾燥させる場合に,乾燥炉内でその電極箔を速く搬送させる。電極箔の搬送速度を速くするに伴って,単位時間当たりに塗工層に与える熱量の程度を多くする。乾燥時間を短くするためである。そのために例えば,乾燥炉中の炉内温度を上昇させるとよい。より具体的には,エアノズルから噴出されるエアの温度を高く設定することができる。また,塗工層に当てるエアの風量や風速等の値を大きいものに設定してもよい。これらの設定により,電極箔に塗工された塗工液をより速く乾燥させることができるからである。
【0063】
一方,タップ密度の低い活物質を原材料とする塗工液を塗工した塗工層を乾燥させる場合に,乾燥炉内でその電極箔を遅く搬送させる。電極箔の搬送速度を遅くするに伴って,単位時間当たりに塗工層に与える熱量の程度を少なくする。乾燥時間を長くとるためである。そのために例えば,乾燥炉中の炉内温度を下降させるとよい。より具体的には,エアノズルから噴出されるエアの温度を低く設定することができる。また,塗工層に当てるエアの風量や風速等の値を小さいものに設定してもよい。これらの設定により,電極箔に塗工された塗工液をより遅く乾燥させることができるからである。
【0064】
なお,搬送速度に応じて設定する炉内温度,風量,風速等の値の組み合わせは,一通りに限らず,適宜設定することができる。また,実際の設備によってその設定値は異なる。よって,その詳細の記載は省略する。
【0065】
また,電極箔の搬送速度を速くするに伴って,塗工用ダイ121における塗工液の供給量を増加させるとよい。例えば,電極箔の搬送速度をそれまでの2倍の速度に設定した場合,単位時間当たりの塗工液の供給量を2倍にするのである。これにより,電極箔の搬送速度を速くした場合においても,電極箔に塗工される塗工層の厚みを一定に保つことができるからである。
【0066】
【表2】

【0067】
7−4)従来との比較
ここで,比較のために従来の電極の製造方法について説明する。従来においては,表3に示すように,負極の活物質のタップ密度によらず,一律に搬送速度を決定する。その際に,いかなる場合でも剥離強度の値が2.0N/m以上となるように,最もタップ密度の低い0.90g/cmのものに合わせた搬送速度により,電極箔に塗工した塗工液を乾燥する。
【0068】
【表3】

【0069】
表4に,従来における搬送速度で電極を製造した場合の生産性について示す。生産性は,毎分当たり30mである。表2に示した本形態の製造方法の場合の生産性は,毎分当
たり40.5m程度である。つまり,本実施の形態に係る電極の製造方法は,従来の電極の製造方法に比べて,1.35倍程度生産性を向上させるものである。
【0070】
【表4】

【0071】
図10は,従来における電極の製造方法と,本形態に係る電極の製造方法とで採用される搬送速度の違いを示す。この違いは,前述したようにタップ密度のばらつきに起因するものである。
【0072】
8.変形例
本形態では,乾燥炉130において塗工層3を乾燥させるために,乾燥炉130の内部にエアノズル131を配置した。しかし,エアノズル131を設ける代わりに,もしくはエアノズルとともに,赤外線加熱器やその他の加熱器を設けてもよい。塗工層3を加熱して乾燥させることに変わりないからである。また,電極箔リール111や電極巻取りリール141を複数設置できるようにしてもよい。
【0073】
本形態では,電極箔2の一方の面である第1面のみを塗工する片面塗工装置である電極製造装置100を用いた。しかし,電極箔2を巻き出してから巻き取るまでの間に,第1面を塗工して乾燥させるとともに第2面を塗工して乾燥させる電極製造装置を用いることもできる。また,可能であれば,両面を同時に塗工するものであってもよい。また,熱風を電極箔2の上下面に交互に配置してエアフローティングにより搬送するようにしてもよい。
【0074】
9.まとめ
以上,詳細に説明したように,本実施の形態に係る電池の製造方法は,電極の原材料となる活物質のタップ密度に応じて,その活物質を混練した塗工液を塗工した塗工層の乾燥時間を設定するようにした。このようにしても,剥離強度の低い電池が製造されるおそれはほとんどない。乾燥時間の短縮のため,全体の生産性が35%程度向上した。これにより,電極の剥離強度の値が一定値以上を保ちつつ,電池の生産性を向上させることのできる電池の製造方法が実現されている。
【0075】
なお,本実施の形態は単なる例示にすぎず,本発明を何ら限定するものではない。したがって本発明は当然に,その要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良,変形が可能である。例えば,本実施の形態に係る電池の製造方法により製造される電池は,リチウムイオン二次電池に限らない。また,非水電解液型電池に限らない。また,捲回型電極電池に限らない。電極箔に塗工材を塗工した後に乾燥させて製造される電極を用いる電池であれば,その他の電池であってもよい。その際,塗工する面は両面に限らない。
【0076】
また,各々のエアノズル131は,その設置箇所に応じて異なる温度,異なる風量の熱風を電極箔2に送風することができるようにしてもよい。塗工層3の塗工液の温度または水分率等に応じて,好適な乾燥条件の下で塗工層3の乾燥を行うことができるからである。
【符号の説明】
【0077】
1…電極
2…電極箔
3…塗工層
10…バッテリ
50…電池セル
60…電極捲回体
100…電極製造装置
110…巻出し部
120…塗工部
121…塗工用ダイ
122…バックアップローラ
130…乾燥炉
131…エアノズル
140…巻取り部
P…正極
N…負極
S,T…セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末状の活物質を原材料の一つとして混練した塗工液を電極箔に塗工して,前記塗工した電極箔を乾燥炉内で搬送しつつ前記電極箔に塗工された塗工層を乾燥させて製造された電極を用いる電池の製造方法において,
塗工液に混練した活物質のタップ密度に応じて塗工層に単位時間に与える熱量および塗工層を乾燥させる時間を定め,その定めた熱量および時間で乾燥させる方法であり,
塗工液に混練した活物質のタップ密度が第1のタップ密度であった場合に,
塗工層に単位時間あたりに与える熱量の程度として,前記第1のタップ密度に比べて密度の低い第2のタップ密度の塗工液を塗工した塗工層に単位時間あたりに与える熱量の程度よりも多い程度を定めるとともに,
塗工層を乾燥させる時間として,前記第2のタップ密度であった場合に塗工層を乾燥させる時間よりも短い時間を定めることを特徴とする電池の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電池の製造方法において,
塗工液に混練した活物質のタップ密度が前記第1のタップ密度であった場合に,
前記乾燥炉内での前記電極箔の搬送速度として前記第2のタップ密度であった場合より速い速度を設定するとともに,前記乾燥炉内の温度を前記第2のタップ密度であった場合より高い温度に設定することを特徴とする電池の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電池の製造方法において,
前記塗工液に熱風を吹き付けるエアノズルを用い,
塗工液に混練した活物質のタップ密度が前記第1のタップ密度であった場合に,
前記エアノズルから噴出する熱風の温度として前記第2のタップ密度であった場合より高い温度を設定することを特徴とする電池の製造方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の電池の製造方法において,
前記塗工液に熱風を吹き付けるエアノズルを用い,
塗工液に混練した活物質のタップ密度が前記第1のタップ密度であった場合に,
前記エアノズルから噴出する熱風の風量を前記第2のタップ密度であった場合より多く設定することを特徴とする電池の製造方法。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の電池の製造方法において,
前記塗工液に熱風を吹き付けるエアノズルを用い,
塗工液に混練した活物質のタップ密度が前記第1のタップ密度であった場合に,
前記エアノズルから噴出する熱風の風速として前記第2のタップ密度であった場合より大きな値を設定することを特徴とする電池の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−96458(P2011−96458A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−248085(P2009−248085)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】