説明

電波伝搬の推定プログラム、電波伝搬の推定方法、この方法を実行する装置

【課題】 比較的少ない計算量で、送信点から受信点までの電波伝搬経路を正確に求める。
【解決手段】 受信点を含む所定の広さの受信領域を定め(S8)、送信点から受信領域の電波伝搬経路をレイラウンチング法で求めて、この経路中に存在する物体面を抽出し(S9)、抽出した物体面のみを用いて、送信点から受信点までの電波伝搬経路をイメージング法で求める(S10)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線LANシステム、携帯電話・PHSシステム、放送システムなどにおける基地局の配置設計等に利用される、所定空間内の電波の伝搬経路を解析するための電波伝搬の推定プログラム、電波伝搬の推定方法、及びこの方法を実行する装置、さらに、受信点に到達する電波の電力を解析するための電波伝搬の推定プログラム、電波伝搬の推定方法、及びこの方法を実行する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話、PHS、無線LAN、DSRC(Dedicated Short Range Communication:専用狭域通信)等の無線ネットワークシステムは、インフラ設備の充足化、機器の低価格化に伴い、利用分野が広がってきている。このような無線ネットワークシステムでは、建物の配置、構造、材質、反射などの要因により、電波伝搬特性がデータ通信性能に大きく影響してくるため、無線電波が対象空間内でどのように伝搬するか、どこまで電波が届き得るのかを事前の予測することが必要である。
【0003】
一般に、ある空間内のある点に存在する送信アンテナから放たれた電波は、送信点を中心に放射状に直進する。その先に障害物が存在する場合は障害物での反射および障害物の透過、あるいは障害物による回折を経て、さまざまな方向に広がり、減衰していく。これらの電磁波に関する物理現象は、全てマックスウェルの方程式に従い発生する。計算機によってマックスウェル方程式を解くためには、その問題規模によって近似方法を変更する必要がある。
例えば、放送電波が届く範囲をシミュレーションするような場合には、数キロメートルから数百キロメートルの範囲を対象とする必要がある。さらに、このような場合には気象条件やその他確率的に電波伝搬に影響を及ぼす要件も多いため、従来手法では実測値から統計的に得られた数式を用いて、送受信点間の距離に応じて到達可能な電力を推定する方法が用いられている。
一方、DSRCや無線LANでは電波の到達する距離が比較的近距離に限られるため、DSRCや無線LANにおける電波伝搬経路をシミュレーションする場合には、上記のような確率的でなく、電波の伝搬経路を決定論的に求める方法が用いられる。この決定論的に求める方法としては、電磁波の伝搬を光の伝搬に近い形で計算するレイトレーシング法(光線追跡法)がある。このレイトレーシング法には、イメージング法(鏡像法)と呼ばれる手法とレイラウンチング法と呼ばれる手法とが知られている。
【0004】
イメージング法の計算原理について、図13を用いて説明する。
【0005】
仮に、対象空間内に電波反射が発生する物体面である天井面3及び床面4が存在するとした場合、送信点1から受信点2に至る電波の伝搬経路のうち、2回反射以内で受信点に到達する経路としては、1)送信点1から受信点2まで直接到達する経路、2)天井面3又は床面4で1回反射してから受信点2に到達する経路、3)天井面3で反射した後、床面4で反射して受信点2に到達する経路、4)床面4で反射した後、天井面3で反射して受信点2に到達する経路があり得る。
【0006】
そこで、ここでは、4)の床面4で反射した後、天井面3に反射して受信点2に到達する経路を求め方について説明する。
【0007】
まず、床面4を鏡面と考えたときに、受信点2および天井面3が鏡像として映る位置を求め、これらをそれぞれ、床面による受信点の鏡像5、床面による天井面の鏡像7とする。さらに、この天井面の鏡像7を鏡像面と考えたときに、床面による受信点の鏡像5が鏡像として映る位置を求め、これを床面・天井面による受信点の鏡像6とする。そして、送信点1から床面・天井面による受信点の鏡像6に対して直線を引き、この直線と、床面304との交点、床面による天井面の鏡像7との交点を求める。これら交点をそれぞれ受信点の鏡像を求める手順と逆に実像の世界に戻してやると、実像の世界における伝搬経路を求めることができる。
【0008】
以上のイメージング法で、実際に伝搬経路を求める場合には、以下の手順で行われる。
【0009】
まず、対象空間内の全物体面(m個)に対する反射候補のn個の物体面の順列を求め、これを反射経路候補とする。この順列の数、言い換えると反射経路候補の数は、mPnとなる。この反射経路候補に対して、前述の鏡像計算を行い、イメージ反射点を求め、このイメージ反射点から、逆鏡像計算を行って、実空間における反射点を求める。そして、この反射点を線分で結ぶと、イメージング法で求める伝搬経路となる。イメージング法では、以上の処理を反射回数1から予め定めた最大反射回数Nまで繰り返しておこなって、全ての伝搬経路を求める。
【0010】
次に、レイラウンチング法の計算原理について、図14を用いて説明する。
【0011】
レイラウンチング法では、送信点1から、様々な方向にレイ(光線)を発生させる。このレイ発生方法は、様々な方向に均一に光線を発生させても、送信アンテナの指向特性に応じて光線を発生させてもよい。レイラウンチング法では、これらの各レイについて、レイの先に存在する物体を検索し、物体が存在する場合は、当該物体との交点を求め、この交点を反射点として、鏡面反射方向にレイの向きを変えて、さらにその先に存在する物体の検索を繰り返す。図14示すレイ11,12は、その先に物体が何も存在しない。一方、レイ13は、床面4で反射した後、向きを変え、その先にある天井面3に再度反射し向きを変える。この際、ちょうど受信点2が存在するため、このレイ13が伝搬経路の一つであることが判明する。レイ14は、最初に発生した方向がちょうど受信点2に到達するため直接波となることがわかる。また、レイ15は、床面4で反射して方向を変えた先に何も存在しないため、ここでレイの探索を終了する。レイラウンチ法では以上のようにして伝搬経路を求める。
【0012】
このレイラウンチング法は、物体面の増加に対して計算負荷が線形的に増加するため、物体面の増加に対して計算負荷が指数関数的に増加するイメージング法に比べて、計算負荷が小さいものの、電波の伝搬経路を高精度で求めることができないという欠点がある。例えば、送信点から発生させたレイ間に、受信点に届くレイがある場合には、受信点に届くレイの経路を必ずしも見つけ出すことができない。そこで、受信点を含む広い受信領域8(図14)を設定し、この受信領域に届くレイを求めると、実際には受信点に到達しないレイの経路を求めてしまうことがある。このような精度低下は、送信点と受信点との距離に比例して増大する。
【0013】
一方、イメージング法は、原理的に送信点から受信点までの厳密な伝搬経路を求めることができ、極めて精度の高い計算方法であるが、その計算時間は、全物体面の数に対する反射候補の物体面の順列によって表される数に比例するため、物体面の数が多くなると、前述したように、計算時間が指数関数的に増大する。
【0014】
そこで、イメージング法による計算精度を確保しつつ、計算負荷を軽減するための技術として、以下の特許文献1に開示されているものがある。
【0015】
この技術は、対象空間内の物体面のうち、送信点と受信点の両方から見通せる物体面のみを対象として絞り込むことで、イメージング法の計算時間を削減する方法である。
【0016】
ところで、レイトレーシング法を用いた場合、送受信アンテナ間の距離が非常に大きくなった場合には、気象条件や移動物体など確率的に発生する事象や、地球の丸みによって発生する回折など、光線近似が成り立たない場合がある。
【0017】
このような場合には、前述したように、受信点での到達電力の実測値から統計的に近似式を求め、送受信アンテナ間に存在する条件(山岳・市街地等)によって近似式のパラメタや近似式そのものを変更することにより受信電力を求める手法が用いられる。しかしながら、このような手法では、受信点での到達電力を正確に求めることが難しい。
【0018】
そこで、到達電力をできる限り正確に求める手法として、以下の特許文献2には、レイトレーシング法による各伝搬パスに経験則による実験式を適用し、これをもとに受信点の電界強度を推定する方法が開示されている。
【0019】
【特許文献1】特開平10-62468号公報
【特許文献2】特開2001-28570号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、確かに計算負荷を軽減できるものの、送信点と受信点の両方から見通せる物体面のみを計算対象にしているため、受信点に届く経路を見出すことができないことがあり、計算精度があまり高くないという問題点がある。
【0021】
また、特許文献2に記載の技術では、経験則に基づく実験式にも、既にマルチパスによる影響が加味されているため、二重にマルチパスによる影響が加味されることになり、計算精度があまり高くないという問題点がある。
【0022】
そこで、本出願の発明は、電波伝搬経路を高い精度で計算しつつも、計算負荷を軽減できる電波伝搬の推定プログラム、電波伝搬の推定方法、及びこの方法を実行する装置を提供することを目的とする。
【0023】
また、本願の他の発明は、送信点から遠距離の位置に設置されている受信点での到達電力をより正確に推定することができる電波伝搬の推定プログラム、電波伝搬の推定方法、及びこの方法を実行する装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
前記目的を達成するための発明に係る電波伝搬の推定プログラムは、
電波の送信点から受信点までの電波伝搬経路を推定する電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記送信点の位置及び受信点の位置を受け付ける受付ステップと、前記送信点からの電波に影響を与える可能性のある物体面データを取得する物体面取得ステップと、前記受信点を含む所定の広さの受信領域を定める受信領域設定ステップと、前記物体面取得ステップでデータ取得した物体面を用いて、該送信点から前記受信領域への電波伝搬経路をレイラウンチング法で求めるレイラウンチング法経路推定ステップと、前記物体面取得ステップで取得して物体面のうちから、前記レイラウンチング法で求めた前記電波伝搬経路中に存在する物体面を抽出する物体面抽出ステップと、前記物体面抽出ステップで抽出された前記物体面のみを、電波が反射して経路の向きを変える物体面として、前記送信点から前記受信点までの電波伝搬経路をイメージング法で求めるイメージング法経路推定ステップと、をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【0025】
なお、前記目的を達成するための発明に係る電波伝搬の推定方法は、前記電波伝搬の推定プログラムの各ステップを実行することを特徴とする。また、前記目的を達成するための発明に係る電波伝搬の推定装置は、前記電波伝搬の推定プログラムを内蔵し、該プログラムを実行するコンピュータであること特徴とする。
【0026】
前記目的を達成するための他の発明に係る電波伝搬の推定プログラムは、
送信点からの距離が所定距離以上の遠距離領域内に存在する受信点の到達電力を推定する電波伝搬の推定プログラムにおいて、
予め準備してある経験式又は実験式を用いて、前記遠距離領域の前記送信点側の境界における、前記送信点からの到達電力を求める確率論的電力推定ステップと、前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記境界で前記到達電力が得られる前記送信点での送信電力を決定論的電力推定法で求める電力擬似変換ステップと、前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記送信点から前記遠距離領域内の前記受信点までの電波伝搬経路を求める経路推定ステップと、前記電力擬似変換ステップで求められた前記送信電力で前記送信点から電波が送信されるものとして、前記経路推定ステップで求められた前記電波伝搬経路を経て前記受信点に至る電波の到達電力を決定論的電力推定法で求める到達電力推定ステップと、をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【0027】
なお、前記目的を達成するための発明に係る電波伝搬の推定方法は、前記電波伝搬の推定プログラムの各ステップを実行することを特徴とする。また、前記目的を達成するための発明に係る電波伝搬の推定装置は、前記電波伝搬の推定プログラムを内蔵し、該プログラムを実行するコンピュータであること特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本願の発明によれば、レイラウンチング法で対象空間内の物体面を絞り込み、絞り込んだ物体面を用いて、イメージング法で経路を推定しているので、経路計算の負荷を抑えつつ、高い計算精度を確保できる。
【0029】
また、本願の他の発明によれば、遠距離領域内の受信点の到達電力に関しては、この受信点の比較的近傍の遠距離領域の境界まで、確率論的電力推定手法を用い、そこから受信点までは、決定論的電力推定手法を用いているので、二重にマルチパスの影響を考慮することなく、正確に受信点での到達電力を求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明に係る電波伝搬推定装置の各種実施形態について、図面を用いて説明する。
【0031】
「第一の実施形態」
まず、図1〜図9を用いて、本発明に係る電波伝搬推定装置の第一の実施形態について説明する。
【0032】
本実施形態の電波伝搬推定装置は、機能的には、図1に示すように、電波伝搬の経路等を推定するにあたって必要な計算条件等を受け付ける受付部101と、レイラウンチング法で電波伝搬経路を推定するレイラウンチング法経路推定部102と、イメージング法で電波伝搬経路を推定するイメージング法経路推定部と、イメージング法での電波伝搬経路の計算時間を推定する計算時間推定部104と、受付部101で受け付けた構造物や自然物等の物体の形状及び位置から、この物体の表面を表す物体面(平面)のデータを求める物体面取得部105と、受付部101で受け付けた受信点のデータから受信点を含む受信領域を設定する受信領域設定部109と、受付部101で受け付けた計算条件等を記憶する記憶領域107と、各経路推定部102,103で推定した伝搬経路等を出力する出力部108と、これらを制御する制御部106と、を備えている。
【0033】
この電波伝搬推定装置は、コンピュータであり、ハードウェアー的には、コンピュータ本体、キーボードやマウス等の入力装置、プリンタやディスプレイ等の出力装置とを有して構成されている。前述した各経路推定部102,103、計算時間推定部104、物体面取得部105、受信領域設定部109、制御部106は、いずれも、コンピュータ本体のメモリと、このメモリに記憶されているプログラムを実行するCPUとを有して構成される。また、受付部101は、入力装置と、コンピュータ本体のメモリと、このメモリに記憶されているプログラムを実行するCPUとを有して構成される。記憶領域107は、コンピュータ本体のメモリ及び外部記憶装置を有して構成される。また、出力部は、出力装置と、コンピュータ本体のメモリと、このメモリに記憶されているプログラムを実行するCPUとを有して構成される。
【0034】
次に、図2〜図6に示すフローチャートに従って、電波伝搬推定装置の動作について説明する。
【0035】
ユーザは、本装置の入力装置を用いて、計算条件等を本装置に入力する。この計算条件等は、図2の全体フローチャートに示すように、本装置が受け付ける(S1)。より具体的には、計算条件等は、本装置の受付部101が受け付けて、記憶領域107に格納される計算条件等としては、RF周波数、送信出力、送信点の位置データ、送信アンテナ特性、受信点の位置データ、構造物や自然物等の物体の形状及び位置データ、レイラウンチング法による経路推定する際に送信点から発生させるレイの最大数、電波が受信点まで達するまでの最大許容反射回数、イメージング法での電波伝搬経路を計算する際の許容計算時間、イメージング法で電波伝搬経路の計算精度に対する計算時間の優先性、等がある。
【0036】
これらの計算条件等のうち、許容計算時間や計算精度の優先性の入力に際しては、図7に示すような計算条件入力画面50が出力装置であるディスプレイに表示され、この計算条件入力画面50中の許容計算時間入力欄51に許容計算時間を入力し、計算精度が落ちても許容計算時間を守るべきであると考える場合には、計算時間の優先性に関するチェックボックス52をマークする。
【0037】
電波伝搬推定装置の受付部101が計算条件等を受け付けると(S1)、物体面取得部105は、構造物や自然物等の物体の形状及び位置データから、実質的に平面であると考えられるレベルまで物体の表面を複数に分割し、これらを物体面とし、これら物体面のID番号と共に、これら物体面の位置データを記憶領域107に登録する(S2)。なお、ここでは、物体面取得部105が物体の形状及び位置データから物体面データを自動的に求めているが、入力装置等から物体面データを直接取得するようにしてもよい。
【0038】
次に、計算時間推定部104がイメージング法による計算時間を推定する(S3)。この計算時間の推定では、予め、後述の図3に示す「イメージング法による経路推定2」を実行した場合に、どの程度の時間がかかるかを、物体面の数と反射回数とをパラメータとしてテストで求め、物体面の数と反射回数と計算時間を関係付けて表にまとめ、この表を用いて計算時間を推定する。なお、この計算時間推定部104に学習機能を持たせておき、
図3に示す「イメージング法による経路推定2」が実行される毎に、計算時間を記憶しておき、この経路推定2が所定回数実行される毎に、前述の表を修正するようにしてもよい。
【0039】
イメージング法の計算時間の推定が終了すると(S3)、制御部106は、この推定計算時間が受付部101で受け付けた許容計算時間以内であるか否かを判断する(S4)。推定計算時間が許容計算時間以内である場合には、後述の図3に示す「イメージング法による経路推定2」をイメージング法経路推定部103に実行させて(S5)、処理を終了する。一方、推定計算時間が許容時間を越える場合には、制御部106は、受付部101が「計算時間を優先する」を受け付けたか否かを判断し(S6)、「計算時間を優先する」を受け付けていた場合には、後述の図4に示す「レイラウンチング法による経路推定2」をレイラウンチング法経路推定部102に実行させて(S7)、処理を終了する。
【0040】
ここで、ステップ5の「イメージング法による経路推定2」、及びステップ7の「レイラウンチング法による経路推定2」について、詳細に説明する。
【0041】
ステップ5のイメージング法による経路推定2では、図3のフローチャートに示すように、イメージング法経路推定部103が、まず、受付部101で受け付けた受信点データの一つを記憶領域107から読み込む(S20)。そして、送信点から受信点への直線経路を生成し(S21)、全物体面のうちでこの直線経路を遮蔽するものがあるか否かを判断する(S22)。この直線経路を遮蔽するものが無ければ、この直線経路を電波伝搬経路の一つとして、この経路データを記憶領域107に登録する(S29)。また、この直線経路を遮蔽するものがあれば、反射回数を1にして(S23)、この反射回数が受付部101で受け付けた最大反射回数N0(N0>2)以下であるか否かを判断する(S24)。反射回数1回の場合には、最大反射回数N0以下であると判断して、ステップ25に進む。ここでは、空間内の全物体面(m個)に対する反射候補のn個の物体面の順列を求め、これを反射経路候補とする。この順列の数、言い換えると反射経路候補の数は、mPnとなる。この反射経路候補に対して、図12を用いて前述した鏡像計算を行い、イメージ反射点を求め(S26)、このイメージ反射点に関して逆鏡像計算を行って、実空間における反射点を求めて、反射点を反射経路候補の物体面の順に線分で結んで(S27)、これら線分中に全物体面のうちで遮蔽するものがあるか否かを判断する(S28)。遮蔽するものがあれば、ステップ23に戻り、遮蔽するものが無ければ、これら線分が示す経路をイメージング法で求める伝搬経路として、これら線分のデータを登録し(S29)、ステップ23に戻る。
【0042】
再び、ステップ23に戻ると、反射回数を前回より一回増やして、以上と同様に、ステップ24〜S29を行い、ステップ24で反射回数が最大反射回数N0よりも大きくなるまで、ステップ23〜S29の処理を繰り返す。
【0043】
ステップ24で反射回数が最大反射回数N0よりも大きいと判断すると、全受信点に対して経路推定を行ったか否かを判断し、行っていなければステップ20に戻って新たな受信点のデータを読み込み、行っていれば処理を終了する。
【0044】
このイメージング法は、「背景技術」の欄で述べたように、原理的に送信点から受信点までの厳密な伝搬経路を求めることができ、極めて精度の高い計算方法であるが、その計算時間は、全物体面の数に対する反射候補の物体面の順列によって表される数に比例するため、物体面の数が多くなると、計算時間が指数関数的に増大する。
【0045】
ところで、このイメージング法による経路推定2は、図2に示すステップ4で、イメージング法による推定計算時間が許容計算時間以内であると判断された場合に行われる処理であるから、このステップ5におけるイメージング法による経路推定2は、全物体面の数が少ない場合に実行される。
【0046】
次に、図2に示すステップ7での「レイラウンチング法による経路推定2」について、図4に示すフローチャートに従って説明する。
【0047】
レイラウンチング法による経路推定2では、レイラウンチング法経路推定部102が、送信点からの一つのレイを生成する(S31)。このレイは、送信点を始点として、送信点から任意の方向を向く半直線である。このレイの方向は、送信点を基準に空間角を等間隔に分割した方向でもよいし、送信アンテナの指向性を考慮して、所定の角度範囲内にレイの数が密になるようにしてもよい。
【0048】
レイラウンチング法経路推定部102は、ステップ31で生成したレイに関して、全物体面との交差計算を行い、このレイに対して交差する物体面があるか否かを判断し(S32)、交差する物体面があれば、この物体面での交点について反射計算を行い(S33)、交差する物体面がなければ直ちにステップ34に進む。ステップ33の反射計算では、図15に示すように、レイ15に対して、複数の物体面4,4b,4cが交差する場合には、各交点15a,15b,15cのうちで、レイ15の始点に最も近い物体面4との交点15aについて反射計算を行う。反射計算では、物体面4に入射したレイ15が交点15aで鏡面反射方向に向きを変えるものとして、交点15aからのレイ16の向きを定める。この計算が終了した時点で、レイの始点は、当該交点15aとなる。
【0049】
ステップ34では、レイが各受信点と交差するか否かを判断する。各受信点のうちでレイと交差する受信点があれば、この受信点に至るレイの経路を電波伝搬経路の一つであるとして記憶領域107に登録する(S35)。また、各受信点のうちでレイと交差するものが無ければ、レイの探索終了条件を満たすか否かを判断する(S37)。この探索終了条件としては、レイの反射回数が予め定めた許容最大反射数を超えているかや、レイの許容最小減衰値を下回っているか等がある。レイの探索終了条件を満たしていなければ、ステップ32〜ステップ34,ステップ37を繰り返し、レイの探索終了条件を満たしていれば、ステップ31に戻って新たなレイを生成する。なお、ステップ32〜ステップ34,ステップ37を繰り返す場合、ステップ33の反射計算で求めた交点を始点とするレイに関して、ステップ32〜ステップ34の処理を行う。
【0050】
ステップ35で、伝搬経路のデータを登録すると、レイの数が受付部101で受け付けた最大レイ数であるか否かを判断し(S36)、最大レイ数でなければステップ31に戻り、最大レイ数であれば処理を終了する。
【0051】
このレイラウンチング法は、「背景技術」の欄で述べたように、計算時間が短いものの、計算精度が低いという欠点がある。しかしながら、このレイラウンチング法による経路推定2は、図2に示すステップ6で、計算精度よりも計算時間を優先すると判断された場合に行われる処理であるから、ユーザの希望に沿った処理であると言える。
【0052】
次に、再び、図2に示す全体フローチャートの説明に戻る。
【0053】
ステップ6で、制御部106が「計算時間を優先する」を受け付けていないと判断した場合には、本願の発明の主要処理であるS8,9,10の処理を実行させる。
【0054】
ステップ8では、受信領域設定部109が受付部101で受け付けた受信点を含む受信領域を設定する。この受信領域は、図14に示すように、受信点を中心とした一定の半径の球8や、受信点を中心とした立方体等の空間とする。受信領域のサイズ、つまり球8の半径又は立方体の一辺の長さは、受信点のアンテナの能力等を考慮して定める。複数の受信点が例えば数十メートル以上の間隔で点在するような場合には、以上のような方法で受信領域を定める。また、携帯電話等を受信点として考え、例えば、携帯電話等の移動を考慮して、図8に示すように、数メートル間隔で複数の受信点2a,2b,…を設定する場合には、複数の受信点2a,2b,…を包含する空間9を想定し、この空間9を受信点2a,2b,…の数で分割し、各分割空間8a,8b,…の中心に各受信点2a,2b,…を位置させる。そして、各分割空間8a,8b,…を各受信点8a,8b,…の受信領域としてもよい。なお、受信アンテナは、一定の受信面積を有しているので、本願において受信点とは、実際の点ではなく、受信アンテナの受信面積を持つものであり、この受信点の位置は、受信アンテナの受信面積の中心である。
【0055】
受信領域設定部109が受信領域を設定すると(S8)、レイラウンチング法経路推定部102が、後述の図5に示す「レイラウンチング法による経路推定1」を実行し、この経路推定で求めた経路中に存在する物体面を抽出する(S9)。続いて、イメージング法経路推定部103が、ステップ9で抽出された物体面を用いて、後述の図6に示す「イメージング法による経路推定1」を実行して(S10)、処理を終了する。
【0056】
次に、前述のステップ9における「レイラウンチング法による経路推定1」について、図5に示すフローチャートに従って詳細に説明する。
【0057】
レイラウンチング法経路推定部102は、図4を用いて前述した「レイラウンチング法による経路推定2」と同様に、レイの生成(S31)、各物体面との交差判断(S32)、交差物体面に関する反射計算(S33)を実行する。レイラウンチング法経路推定部102は、この反射計算が終了した後、図2のステップ8で設定した各受信点を含む各受信領域のうちで、レイに交差する受信領域があるか否かを判断する(S34a)。このように、受信点を含む受信領域に対してレイが交差するか否かを判断することにより、実際には受信点に到達しないレイの経路を求めてしまうことがあるものの、受信点に届くレイを漏らす虞が極めて小さくなる。ステップ34aで、レイに交差する受信領域がないと判断した場合には、前述のステップ37に進み、レイに交差する受信領域があると判断した場合には、ステップ35aに進む。このステップ35aでは、レイに交差する各受信領域毎のレイ到達経路中に存在する物体面を抽出して、この物体面の番号を記憶領域107に登録する。その後、レイ数はレイ最大数であるか否かを判断して(S36)、レイ最大数でなければステップ31に戻り、レイ最大数であれば処理を終了する。なお、ステップ35aで物体面を登録する際、一つの受信領域に対して複数のレイの経路があり、各経路で同一の物体面を抽出することがある場合、この物体面を重複登録せずに、一次元化して登録する。
【0058】
以上のように、このステップ9での「レイラウンチング法による経路推定1」は、伝搬経路を求めるものの、伝搬経路中に存在する物体面を全物体面から抽出することが主要目的である。
【0059】
次に、前述のステップ10における「イメージング法による経路推定1」について、図6に示すフローチャートに従って詳細に説明する。
【0060】
イメージング法経路推定部103は、図3を用いて前述した「イメージング法による経路推定2」と同様に、一つの受信点の読込(S20)、送信点から受信点への直線経路の生成(S21)、遮蔽物体面の有無の判断(S22)、反射回数の変更(S23)、許容最大反射回数かの判断(S24)を実行する。イメージング法経路推定部103は、この許容最大反射回数かの判断が終了した後、ステップ20で読み込んだ一つの受信点を含む受信領域に関連付けられて登録されている全ての物体面を記憶領域107から読み込んで(S31)、これら物体面、つまり先のステップ9で抽出された全物体面に対する反射候補の物体面の順列を求め、これを反射経路候補とする。この順列の数、言い換えると反射経路候補の数は、「背景技術」の欄で述べたように、全物体面の数をm、反射候補の物体面の数をnとした場合、mPnとなるが、ここで対象となる全物体面の数mが、対象空間内に存在する全物体面から絞り込まれて少なくなっており、この関係で、反射候補の物体面の数nも少なくなっているので、ここで対象となる全物体面の数mが対象空間内に存在する全物体面とする場合よりも、順列の数、つまり反射経路候補の数を遥かに少なくすることができる。
【0061】
以下、図3を用いて前述した「イメージング法による経路推定2」と同様に、鏡面計算によるイメージ反射点の算出(S26)、実空間への逆変換(S27)、遮蔽物体面があるかの判断(S28)、経路等の登録(S29)を行い、再び、ステップ23に戻り、このステップ23〜ステップ29までの処理を繰り返す過程で、ステップ24で反射回数が最大反射回数を超えると、全受信点に対する経路推定を実行したか否かを判断し(S30)、実行していなければステップ20に戻り、実行していれば処理を終了する。
【0062】
この「イメージング法による経路推定1」では、前述したように、図2に示すステップ9の処理で、対象となる物体面の数が少なくなっているので、対象空間内の全物体面を対照とするよりも遥かに計算時間を短くすることができる。しかも、ステップ9の処理では、実際には受信点に到達しないレイの経路も求めているが、イメージング法により、このような経路を排除することができ、結果として計算精度を高めることもできる。
【0063】
ここで、以上で説明した計算時間の短縮化及び計算精度の向上の効果について、図9を用いて説明する。
【0064】
仮に、対象空間内に物体面として、天井側に物体面3,3a,3b,3c,3dがあり、床側に物体面4,4a,4b,4cがあり、送信点1に対して、二つの受信点2A,2Bがあるものとする。
【0065】
まず、図2の全体フローチャート中のステップ8の処理で、受信点2Aに対して、この受信点2Aを含む受信領域8Aが設定され、受信点2Bに対して、この受信点2Bを含む受信領域8Bが設定される。
【0066】
次に、ステップ9の「レイラウンチング法による経路推定1」で、送信点1からの複数のレイ16a,16b,16c,…が生成され、受信領域8A,8Bに到達するレイ16a,16b,16c,…の経路が求められる。そして、各受信領域8A,8B毎に、当該受信領域に到達するレイ16a,16b,16c,…の経路中に存在する物体面が抽出される。具体的には、この場合、受信領域8Aに関しては、当該受信領域8Aに到達するレイ16a,16b,16cの経路中に存在する物体面3,3a,4が抽出される。また、受信領域8Bに関しては、当該受信領域8Bに到達する16d,16eの経路中に存在する物体面3,3b,3c,3d,4,4bが抽出される。なお、この「レイラウンチング法による経路推定1」では、受信点2Aを通過するレイ16bの経路の他に、受信点2Aの近くを通過するが、受信点2Aを通過しないレイ16a,16cの経路も求められ、これらの経路中に存在する物体面3,3a,4が抽出される。
【0067】
次に、ステップ10の「レイトレーシング法による経路推定1」では、受信点2Aに関して、伝搬経路を変える物体面としてステップ9で抽出された物体面3,3a,4が用いられて、伝搬経路17a(≒16b),17bが求められ、受信点2Bに関して、伝搬経路を変える物体面としてステップ9で抽出された物体面3,3b,3c,3d,4,4bが用いられて、伝搬経路17c(≒16d),17d(≒16e)が求められる。
【0068】
この結果、ステップ9で求めた、受信点2Aを通過しないレイ16a,16cの経路が排除される一方で、ステップ9で求めることができなかった、経路17bが追加され、受信点2A,2Bに到達する電波伝搬経路17a,17b,17c,17dを正確に求めることができる。また、繰り返すことになるが、ステップ10のレイトレーシングによる経路推定1では、対象空間内に存在する全物体面を対象にして経路計算を行わなくてすむので、全物体面を対象にして経路計算を行うよりも短時間で計算することができる。
【0069】
ところで、以上の本実施形態において、ステップ9の処理内でのステップ35aで、物体面を登録する際、一つの受信領域に対して登録する物体面の数が予め定めた値よりも少ない場合には、再度、ステップ8に戻り、このステップ8で受信領域を所定量だけ拡大した後、再び、このステップ9を実行するようにしてもよい。また、本実施形態では、ステップ9で、レイ経路中に存在する物体面のみを登録しているが、さらに、経路に沿った各物体面の順列も登録し、ステップ10の処理内でのステップ25aの物体面の順列生成の際には、ステップ9で登録した順列のみを用いるようにしてもよい。この場合、計算精度の低下は否めないが、計算時間をより短くすることができる。また、本実施形態では、ステップ9の処理内でのステップ35aで、物体面の抽出及び登録を行っているが、このステップ35aでは、到達経路の登録に留め、ステップ9の終了後、ステップ10の前に、この到達経路から物体面を抽出及び登録を行うようにしてもよい。
【0070】
さらに、本実施形態では、ステップ7では、レイラウンチング法で受信点に到達する電波の経路を求めているが、このステップ7の前に、ステップ8と同様の受信領域設定処理を行い、ステップ7では、この受信領域設定処理で設定された受信領域を通過する経路を求めるようにしてもよい。
【0071】
また、ステップ4で、推定計算時間が許容計算時間を越えていると判断した場合には、S6,7の処理を省略して、直ちに、ステップ8を行ってもよいし、ステップ2の後、ステップ3,4,5の処理を省略して、直ちにステップ6を実行してもよいし、さらには、ステップ2の後、ステップ3,4,5,6,7の処理を省略して、直ちに、ステップ8の処理を実行してもよい。
【0072】
「第二の実施形態」
次に、図10〜図12を用いて、本発明に係る電波伝搬推定装置の第二の実施形態について説明する。
【0073】
本実施形態の電波伝搬推定装置は、図10に示すように、第一の実施形態の電波伝搬推定装置の構成に、さらに、予め定められた方法で対象空間を分割する空間分割部112と、空間分割部112で分割された分割領域内の所定箇所への到達電力を求める到達電力推定部110と、送信点での送信電力を擬似変換する送信電力擬似変換部111と、を備えている。なお、これら部位110,111,112は、いずれも、第一の実施形態で前述した制御部106等と同様に、メモリと、このメモリに記憶されているプログラムを実行するCPUとを有して構成される。
【0074】
次に、本実施形態の電波伝搬推定装置の動作について、図11に示すフローチャートに従って説明する。
【0075】
ユーザは、本装置の入力装置を用いて、計算条件等を本装置に入力する。この計算条件等は、受付部101が受け付けて、記憶領域107に格納される(S40)。受付部101が受け付ける計算条件等としては、第一の実施形態で説明したものの他に、空間を分割するための基準距離L等がある。
【0076】
電波伝搬推定装置の受付部101が計算条件等を受け付けると(S40)、空間分割部112が対象空間を分割する(S41)。空間分割部112は、受付部101で受け付けた基準距離Lを用いて、図12に示すように、送信点1からの距離がL未満の近距離領域20、送信点1からの距離がL以上2L未満の領域、送信点1からの距離が2L以上3L未満の領域に分割する。さらに、送信点1から距離がL以上2L未満の領域を、近距離領域20との境界線の長さがLになるように分割して、これらを第一遠距離領域21,22,23,24とし、送信点1からの距離が2L以上3L未満の領域を、第一の遠距離領域との境界線の長さがLになるように分割して、これらを第二遠距離領域31,32,…,38とする。なお、図12では、送信点1から距離がL以上2L未満の領域を4つに分割して、これを第一遠距離領域21,22,23,24とし、送信点1からの距離が2L以上3L未満の領域を8つに分割してこれを第二の遠距離領域31,32,…,38としているが、これはあくまでも図を見やすくするための便宜上の理由によるもので、各領域の周方向の分割は、Lを基準として分割する。また、ここでは、送信点1からの距離に応じて、遠距離領域を第一の遠距離領域と第二の遠距離領域とに分けているが、対象空間が狭い場合には、第一の遠距離領域のみを設定し、また、対象空間が広い場合には、さらなる遠距離領域を設定することになる。また、以上では、近距離領域20を分割していないが、送信アンテナの指向特性等により、近距離領域20を円周方向に分割してもよい。
【0077】
ここで、対象空間を分割する際に用いる基準距離Lについて説明する。距離Lは、送信点1からの距離がL以上の場合に、使用するRF周波数における電波の波長に対して、伝搬距離が非常に大きく、確率的要因を考慮する必要があり、逆に、送信点1からの距離がL未満の場合に、確率的要因を考慮せずとも到達電力を推定できる距離で、例えば、使用周波数の100倍から数百倍の値である。このため、基準距離Lは、使用周波数等を考慮して、ユーザが適宜決める必要がある。
【0078】
空間分割部112による対象空間の分割が終了すると(S41)、制御部106は、一つの近距離領域20を抽出する(S42)。続いて、レイラウンチング法経路推定部102やイメージング法経路推定部103等により、第一の実施形態における図2のステップ2〜ステップ10の処理が実行され、送信点1から近距離領域20内の受信点までの電波伝搬経路が求められる(S43)。電波伝搬距離が求められると、到達電力推定部110は、自由空間における伝搬損失およびフレネルの反射・透過係数等による決定論的伝搬損失推定方法を用いて、経路にそって伝搬して受信点に到達してときの電力を求め(S44)、この値を受信点に対応付けて記憶領域107に登録する(S45)。一つの近距離領域20の到達電力の登録(S45)が終了すると、制御部106は、全ての近距離領域内の到達電力を推定したか否かを判断し(S46)、全ての近距離領域内の到達電力を推定していなければステップ42に戻り、全ての近距離領域内の到達電力を推定していればステップ46に進む。なお、図12の場合、近距離領域20は一つしかないので、ステップ42に戻ることはない。
【0079】
全ての近距離領域内の到達電力の推定が終了すると、制御部106は、複数の遠距離領域のうちの一つを抽出する(S47)。なお、ここでは、以下の説明の都合上、図12に示す第二の遠距離領域31を抽出したものとする。次に、到達電力推定部110が、この第二の遠距離領域31の送信点1側の境界線30上への到達電力を、確率論的電力推定手法を用いて求める(S48)。
【0080】
この電力推定手法には、「背景技術」欄で述べた特許文献2の特開2001-28570号公報に示されるような実験式が適用可能である。あるいは、リアライズ社「電波伝搬ハンドブック」に記載されるような、奥村カーブによる電力推定方法や、仲上・ライスフェージングの式や、山岳の回折等のナイフエッジ回折等の計算が適用可能である。もしくは実測値から求められた経験式等を用いてもよい。
【0081】
具体的には、例えば、「電波伝搬ハンドブック」に記載されている以下の数1を用いて、境界線30上の到達電力を求める。
【0082】
【数1】

【0083】
なお、特許文献2に記載されている方法では、送信点から電力の推定点までの伝搬パスとして、マルチパスを考慮しているが、本実施形態では、送信点から推定点(境界線)までの電力推定には、直接両者を結んだ伝搬パスのみを用いており、これにより、本来経験式に確率的に含まれるマルチパスの影響の2重考慮を防いでいる。
【0084】
第二の近距離領域31の境界線30上の到達電力が求められると(S48)、送信電力擬似変換部111が、決定論的電力推定手法を用いて、境界線30上で上記到達電力が得られるための送信点1での送信電力を求め、これを擬似的に設定した送信電力とする(S49)。具体的には、送信点1における送信出力をP0[dBm]、送信点1からの境界線30までの距離を(L+L)[m]、境界線30の到達電力をPa[dBm]、送信点1から見た当該境界領域の方角をθであるとすると、送信アンテナのθ方向への指向特性D(θ)[dB]は、以下の数2で求められ、この数2から送信点1での擬似的な送信電力を求める。なお、この場合、送信点1と境界線30との間には、物体面が存在しないものとして、以上の計算を行う。
【0085】
【数2】

【0086】
次に、レイラウンチング法経路推定部102やイメージング法経路推定部103等により、第一の実施形態における図2のステップ2〜ステップ10の処理が実行され、送信点1から第二の遠距離領域31内の受信点2までの電波伝搬経路が求められる(S50)。なお、この場合も、前述と同様に、送信点1と境界線30との間には、物体面が存在しないものとし、第二の遠距離領域31内にのみ物体面4a,4bがあるものとして電波伝搬経路を求める。なお、この第二の遠距離領域31内に複数の受信点がある場合には、各受信点毎の電波伝搬経路を求める。
【0087】
第二の遠距離領域31内の各受信点2までの電波伝搬経路が求められると(S50)、到達電力推定部110が、送信点1からステップ48で求めた擬似的な送信電力で電波が送信されるものとして、この電波伝搬経路に経て第二の遠距離領域31内の各受信点2での到達電力を、決定論的電力推定手法により求め(S51)、この計算結果を記憶領域107に登録する(S12)。
【0088】
一つの遠距離領域内の到達電力の登録が終了すると(S52)、制御部106は、全ての遠距離領域内の各受信点での到達電力を推定したか否かを判断し、推定していなければステップ47に戻り、推定していれば処理を終了する。
【0089】
以上のように、本実施形態では、遠距離領域内の受信点の到達電力に関しては、この受信点の比較的近傍(実施形態では境界)まで、確率論的電力推定手法を用い、そこから受信点までは、決定論的電力推定手法を用いているので、二重にマルチパスの影響を考慮することなく、正確に受信点での到達電力を求めることができる。
【0090】
なお、以上の実施形態のステップ43,50の伝搬経路推定処理では、いずれも、第一の実施形態で示した手法で伝搬経路を推定しているが、当該実施形態に係る発明では、これに限定されるものではなく、単なるレイラウンチング法や単なるイメージング法等で伝搬経路を推定してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】第一の実施形態における電波伝搬推定装置の機能ブロック図である。
【図2】第一の実施形態における電波伝搬推定装置の動作を示す全体フローチャートである。
【図3】図2のステップ5におけるイメージング法による経路推定2の手順を示すフローチャートである。
【図4】図2のステップ7におけるレイラウンチング法による経路推定2の手順を示すフローチャートである。
【図5】図2のステップ9におけるレイラウンチング法による経路推定1の手順を示すフローチャートである。
【図6】図2のステップ10におけるイメージング法による経路推定1の手順を示すフローチャートである。
【図7】第一の実施形態における許容時間入力画面を示す説明図である。
【図8】第一の実施形態における受信領域の設定方法の説明図である。
【図9】第一の実施形態の効果を説明するための説明図である。
【図10】第二の実施形態における電波伝搬推定装置の機能ブロック図である。
【図11】第二の実施形態における電波伝搬装置の動作を示すフローチャートである。
【図12】第二の実施形態における対象空間の領域分割方法を示す説明図である。
【図13】イメージング法による伝搬経路の推定原理を示す説明図である。
【図14】レイラウンチング法による伝搬経路の推定原理を示す説明図である。
【図15】レイラウンチング法による反射物体面の求め方を示す説明図である。
【符号の説明】
【0092】
1…送信点、2…受信点、101…受付部、102…レイラウンチング法経路推定部、103…イメージング法経路推定部、104…計算時間推定部、105…物体面取得部、106…制御部、107…記憶領域、108…出力部、109…受信領域設定部、110…到達電力推定部、111…送信電力擬似変換部、112…空間分割部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波の送信点から受信点までの電波伝搬経路を推定する電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記送信点の位置及び受信点の位置を受け付ける受付ステップと、
前記送信点からの電波に影響を与える可能性のある物体面データを取得する物体面取得ステップと、
前記受信点を含む所定の広さの受信領域を定める受信領域設定ステップと、
前記物体面取得ステップでデータ取得した物体面を用いて、該送信点から前記受信領域への電波伝搬経路をレイラウンチング法で求めるレイラウンチング法経路推定ステップと、
前記物体面取得ステップで取得して物体面のうちから、前記レイラウンチング法で求めた前記電波伝搬経路中に存在する物体面を抽出する物体面抽出ステップと、
前記物体面抽出ステップで抽出された前記物体面のみを、電波が反射して経路の向きを変える物体面として、前記送信点から前記受信点までの電波伝搬経路をイメージング法で求めるイメージング法経路推定ステップと、
をコンピュータに実行させることを特徴とする電波伝搬の推定プログラム。
【請求項2】
請求項1に記載の電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記受付ステップでは、前記送信点からの電波に影響を与える可能性のある物体の形状及び位置を受け付け、
前記物体面取得ステップでは、前記受付ステップで受け付けた前記物体の形状及び位置から、該物体の面を定める前記物体面データを取得する、
ことを特徴とする電波伝搬の推定プログラム。
【請求項3】
請求項1及び2のいずれか一項に記載の電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記受付ステップでは、許容計算時間を受け付け、
前記物体面取得ステップでデータ取得した前記物体面の数から、イメージング法による電波伝搬経路の計算時間を求める計算時間推定ステップと、
前記計算時間推定ステップで求めた前記計算時間が前記許容計算時間以下であるか否かを判断する計算時間判断ステップと、
前記計算時間判断ステップで、前記計算時間が前記許容計算時間以下であると判断された場合に、前記物体面取得ステップでデータ取得した前記物体面を、電波が反射して経路の向きを変える物体面として、前記送信点から前記受信点までの電波伝搬経路をイメージング法で求める第二イメージング法経路推定ステップと、
を前記コンピュータに実行させることを特徴とする電波伝搬の推定プログラム。
【請求項4】
請求項3に記載の電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記受付ステップでは、計算時間を優先するか計算精度を優先するかを受け付け、
前記計算時間判断ステップで、前記計算時間が前記許容計算時間を越えると判断され、且つ前記受付ステップで計算時間を優先する旨を受け付けた場合に、前記物体面取得ステップでデータ取得した物体面を考慮して、該送信点から前記受信点又は前記受信領域への電波伝搬経路をレイラウンチング法で求める第二レイラウンチング法経路推定ステップを前記コンピュータに実行させることを特徴とする電波伝搬の推定プログラム。
【請求項5】
電波の送信点から受信点までの電波伝搬経路を推定する電波伝搬の推定方法において、
前記送信点の位置及び前記受信点の位置を受け付ける受付工程と、
前記送信点からの電波に影響を与える可能性のある物体面データを取得する物体面取得工程と、
前記受信点を含む所定の広さの受信領域を定める受信領域設定工程と、
前記物体面取得工程でデータ取得した物体面を考慮して、該送信点から前記受信領域への電波伝搬経路をレイラウンチング法で求めるレイラウンチング法経路推定工程と、
前記物体面取得工程で取得して物体面のうちから、前記レイラウンチング法で求めた前記電波伝搬経路中に存在する物体面を抽出する物体面抽出工程と、
前記物体面抽出工程で抽出された前記物体面のみを、電波が反射して経路の向きを変える物体面として、前記送信点から前記受信点までの電波伝搬経路をイメージング法で求めるイメージング法経路推定工程と、
を含むことを特徴とする電波伝搬の推定方法。
【請求項6】
電波の送信点から受信点までの電波伝搬経路を推定する電波伝搬の推定装置において、
前記送信点の位置及び前記受信点の位置を受け付ける受付手段と、
前記送信点からの電波に影響を与える可能性のある物体面データを取得する物体面取得手段と、
前記受信点を含む所定の広さの受信領域を定める受信領域設定手段と、
前記物体面取得手段がデータ取得した物体面を考慮して、該送信点から前記受信領域への電波伝搬経路をレイラウンチング法で求めるレイラウンチング法経路推定手段と、
前記物体面取得手段が取得して物体面のうちから、前記レイラウンチング法で求めた前記電波伝搬経路中に存在する物体面を抽出する物体面抽出手段と、
前記物体面抽出手段が抽出した前記物体面のみを、電波が反射して経路の向きを変える物体面として、前記送信点から前記受信点までの電波伝搬経路をイメージング法で求めるイメージング法経路推定手段と、
を備えていることを特徴とする電波伝搬の推定装置。
【請求項7】
送信点からの距離が所定距離以上の遠距離領域内に存在する受信点の到達電力を推定する電波伝搬の推定プログラムにおいて、
予め準備してある経験式又は実験式を用いて、前記遠距離領域の前記送信点側の境界における、前記送信点からの到達電力を求める確率論的電力推定ステップと、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記境界で前記到達電力が得られる前記送信点での送信電力を決定論的電力推定法で求める電力擬似変換ステップと、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記送信点から前記遠距離領域内の前記受信点までの電波伝搬経路を求める経路推定ステップと、
前記電力擬似変換ステップで求められた前記送信電力で前記送信点から電波が送信されるものとして、前記経路推定ステップで求められた前記電波伝搬経路を経て前記受信点に至る電波の到達電力を決定論的電力推定法で求める到達電力推定ステップと、
をコンピュータに実行させることを特徴とする電波伝搬の電力推定プログラム。
【請求項8】
送信点から受信点に至る電波の到達電力を推定する電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記送信点からの距離が所定距離未満の近距離領域と、該所定距離以上の遠距離領域とに分割する空間分割ステップと、
予め準備してある経験式を用いて、前記遠距離領域の前記送信点側の境界における、前記送信点からの到達電力を求める確率論的電力推定ステップと、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記境界で前記到達電力が得られる前記送信点での送信電力を決定論的電力推定法で求める電力擬似変換ステップと、
前記近距離領域内に受信点が存在する場合に、前記送信点から該近距離領域内の該受信点までの電波伝搬経路を求め、前記遠距離領域内に受信点が存在する場合に、該遠距離領域の前記境界と該送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、該送信点から該遠距離領域内の該受信点までの電波伝搬経路を推定する経路推定ステップと、
前記近距離領域内に受信点が存在する場合には、前記経路推定ステップで求められた前記電波伝搬経路を経て、該受信点に至る電波の到達電力を求め、前記遠距離領域内に受信点が存在する場合には、前記電力擬似変換ステップで求められた前記送信電力で前記送信点から電波が送信されるものとして、前記経路推定ステップで求められた前記電波伝搬経路を経て該受信点に至る電波の到達電力を求める到達電力推定ステップと、
をコンピュータに実行させることを特徴とする電波伝搬の推定プログラム。
【請求項9】
請求項7及び8のいずれか一項に記載の電波伝搬の推定プログラムにおいて、
前記経路推定ステップでは、請求項1から4のいずれか一項に記載の電波伝搬の推定プログラムを前記コンピュータに実行させる、
ことを特徴とする電波伝搬の推定プログラム。
【請求項10】
送信点からの距離が所定距離以上の遠距離領域内に存在する受信点の到達電力を推定する電波伝搬の推定方法において、
予め準備してある経験式又は実験式を用いて、前記遠距離領域の前記送信点側の境界における、前記送信点からの到達電力を求める確率論的電力推定工程と、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記境界で前記到達電力が得られる前記送信点での送信電力を決定論的電力推定法で求める電力擬似変換工程と、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記送信点から前記遠距離領域内の前記受信点までの電波伝搬経路を求める経路推定工程と、
前記電力擬似変換工程で求められた前記送信電力で前記送信点から電波が送信されるものとして、前記経路推定工程で求められた前記電波伝搬経路を経て前記受信点に至る電波の到達電力を決定論的電力推定法で求める到達電力推定工程と、
を含むことを特徴とする電波伝搬の推定方法。
【請求項11】
送信点からの距離が所定距離以上の遠距離領域内に存在する受信点の到達電力を推定する電波伝搬推定装置において、
予め準備してある経験式又は実験式を用いて、前記遠距離領域の前記送信点側の境界における、前記送信点からの到達電力を求める確率論的電力推定手段と、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記境界で前記到達電力が得られる前記送信点での送信電力を決定論的電力推定法で求める電力擬似変換手段と、
前記遠距離領域の前記境界と前記送信点との間に物体面が存在しないと仮定して、前記送信点から前記遠距離領域内の前記受信点までの電波伝搬経路を求める経路推定手段と、
前記電力擬似変換手段が求めた前記送信電力で前記送信点から電波が送信されるものとして、前記経路推定手段が求めた前記電波伝搬経路を経て前記受信点に至る電波の到達電力を決定論的電力推定法で求める到達電力推定手段と、
を備えていることを特徴とする電波伝搬推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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