説明

電波暗室用電波吸収体

【課題】電波吸収特性に優れ、小型で高性能な電波暗室の設計に最適な電波吸収体を提供する。
【解決手段】Mn、Zn及びLiを含有するフェライト系電波吸収体の吸収体全量に対して、Liの含有量を0.005〜0.5質量%とする。Li含有量をこの範囲とすることにより、電波吸収体の複素比透磁率の虚数部の値μ" が 大幅に上昇する。これにより、電波吸収体の電波吸収量が最も高くなる板厚が、強度及び重量とコストの観点から理想的とされる吸収体の板厚に一致し、効率的な電波暗室の設計が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波暗室用の電波吸収体に関し、さらに詳しくは、30MHzから1GHzの周波数範囲で優れた電波吸収特性を示し、小型で高性能な電波暗室に適用可能な電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高度情報化の進展に伴い、各種通信機器や電子機器から発生する微弱電波がテレビ・ラジオ、通信、医療、船舶、及び航空機等の計器類等に誤動作を引き起こす電波障害が問題となり、国際的にも電磁波(EMI)の規制が求められている。そのため、電磁波障害等の原因となり得るノイズを発生する各種通信機器やパソコン等のメーカーには、電子機器から発生するノイズを正確に計測し、その対策を講じることが要求されている。即ち、電子機器等から発生する極微弱な電波を高性能な計測器で高精度に測定し、有害な電磁波の発生を防止する対策が求められている。ここで、問題となるのが、電波を計測する環境であり、極微弱な電波を正確に計測するためにはノイズ等外乱のない高性能な電波暗室が必要となる。
【0003】
従来の電波暗室では、主にMn-ZnフェライトやNi−Znフェライトなどの磁性材料が電波吸収体材料として用いられてきた。Mn-Znフェライトは、10kHzから30MHzの周波数で、一方、Ni−Znフェライトは、30MHzから300MHzの周波数で高い透磁率を示すため、これらの周波数範囲で多く使用されてきた。しかしながら、昨今、より微弱な電波への対応が求められ、より高性能な電波暗室が要求されている。一般的に、電波暗室の寸法を大きくすることにより、電波吸収性能を向上させることができる。このため、より高精度の計測を可能とするためには、従来のMn-ZnフェライトやNi−Znフェライト等の電波吸収体を用いて、電波暗室を大型化し、高性能化を図る方法も考えられる。しかし、施工の困難性や設備費等を考慮すると電波暗室の大型化には限界がある。
【0004】
非特許文献1では、透磁率の高いLi−Znフェライトを採用し、材料中のLi−フェライト含有量と複素透磁率スペクトルとの関係を評価し、単層型電波吸収体への応用を検討している。しかしながら、非特許文献1に記載されているフェライトの30MHzから1GHzの周波数範囲での複素比透磁率の虚数部の値μ"は100程度である(Fig.1 (b)参照)。このようなμ"値の電波吸収体を用いて、近年要求されている極微弱な電波に対応するためには、電波暗室の大型化は避けられない。さらに、非特許文献1に記載の範囲でLiを添加した場合には、フェライト焼結時の収縮率が大きくなり、焼結体に反りや割れ等が発生し、所望の寸法精度が得られない可能性もある。このように、現状では、極微弱な電波にも対応可能な、小型で高性能な電波暗室に適用し得る高い複素比透磁率の虚数部の値μ"を有する電波吸収体材料は得られていない。
【0005】
【非特許文献1】宮本剛、中村龍哉、山田義博、「リチウム亜鉛フェライトの複素透磁率スペクトル」、粉体および粉末冶金、社団法人粉体粉末冶金協会、2003年8月、第50巻、第8号、p.609-612
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、電波吸収特性に優れ、小型で高性能な電波暗室の設計に最適な電波吸収体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、Mn-Zn系フェライトにLiを添加すると、Liの含有量が極微量な範囲で、複素比透磁率の虚数部の値μ"(以下、「μ"」という)が大幅に増加することを見出し、本発明に想到した。即ち、本発明の電波暗室用電波吸収体はMn、Zn及びLiを含有するフェライト系電波吸収体であって、吸収体の全量に対して、Liの含有量が0.005〜0.5質量%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高いμ"を有する電波暗室用電波吸収体が得られ、小型で高性能な電波暗室が実現される。また、本発明の電波吸収体では、電波吸収量が最も高くなる吸収体の板厚(整合厚さ)が、吸収体の強度及び重量とコストの観点から理想的な厚さに一致する。このため、高性能な電波暗室を施工性よく、より低コストで製造することが可能となる。さらに、本発明の電波吸収体では、周波数によらず、整合厚さがほぼ一定に維持されるため、広い周波数範囲において、電波吸収特性に優れる電波暗室を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明の電波暗室用電波吸収体について詳細に説明する。
電波暗室の設計においては、コスト及び施工性の観点から電波吸収体となるフェライト(タイル)の厚さ(板厚)が重要である。フェライトの厚さが増せば、材料コストが上昇し、また、電波吸収体の重量が増加し、施工性が悪化する。このため、電波吸収体の厚さは7.5mm以下であることが好ましい。一方、フェライトタイルが薄いと強度が不足し、施工中に破損などの問題が発生し、電波暗室の製造に支障を生じる恐れがある。上記の理由から電波吸収体の厚さは3mm〜7.5mmに設計するのが望ましい。
【0010】
一方、電波吸収体の電波吸収特性は、電波吸収体の厚さに依存する。フェライトタイルに金属板を裏打ちした電波吸収体を想定した場合、電波吸収体の電波吸収量が最も大きくなる時の電波吸収体の厚さ(整合厚さ)dは、電磁気学の理論より下式で表すことができる(清水康敬編,「最新 電磁波の吸収と遮蔽」,日経技術図書(株),p. 120-121)。
d=λ/(2πμ") -------------------(1)
λは自由空間の波長:λ=300/f、 fは周波数(MHz)
(1)式を変形すると、
μ"=λ/(2πd) -------------------(2)
となる。
【0011】
上述した電波吸収体の厚さ 、即ち、3mm〜7.5mmが整合厚さとなる電波吸収体を用いれば、最も効率的な電波暗室を設計することができる。ここで、(2)式のdに3mm〜7.5mmを代入すると、周波数30MHzにおけるμ" = 213〜530となる。従って、周波数30MHzにおけるμ" が 213〜530の電波吸収体を用いれば最も効率的な電波暗室の設計が可能となる。しかしながら、従来のフェライト系電波吸収体ではこのようなμ"を有する材料は得られていない。
【0012】
図1にMn-Znフェライト吸収体(厚さ7.0mm)のLi含有量と周波数30MHzにおけるμ"との関係を示す。なお、Li含有フェライトの作製及びμ"の算出は以下の通りに行った。
Li含有量が所望の値になるように調整した濃度の異なる硝酸リチウム水溶液中に所定量のMn-Znフェライト粉末(フェア・ライト社製)を浸漬し、攪拌した後、80℃で乾燥した。得られた粉末をそれぞれ型に入れ、2t/cm2の圧力下で加圧成型した後、電気炉中で、300℃/hrで昇温し、1250℃で1時間焼成した。ここで、焼成雰囲気は、常温から600℃までは大気中、600℃から1250℃までは窒素中、1250℃保持中は10Paの酸素下、1250℃から900℃の降温時は50Paの酸素下、900℃から室温までは大気中とした。得られたLi添加Mn-Znフェライト焼結体をそれぞれ100×100×7mmの板状に加工し、評価用試料とした。なお、原子吸光法により、各試料のLi含有量が所望の値となっていることを確認した。
【0013】
各試料の透磁率の測定は、ネットワーク・アナライザー(HEWLETT PACKARD社製8753A)を用いて同軸管法により行った。評価用試料を外形38.8 mm、内径16.9mm(厚さ7mm)のドーナツ状に加工し、図2に示すように同軸管内にセットし、ネットワーク・アナライザーで反射波・透過波の振幅及び位相を測定し、μ"を求めた。
【0014】
図1より、Li含有量が0.005〜0.5質量%と極微量の範囲で、μ"が大幅に上昇し、優れた電波吸収特性が得られることが確認された。この時のμ"は213〜530の範囲となり、コスト及び施工性の観点から算出された理想的なフェライトの厚さ(3mm〜7.5mm)が、電波吸収体の整合厚さとなることがわかる。従って、Mn-Znフェライト中のLi含有量を0.005〜0.5質量%とすることにより、小型で電波吸収特性に優れた電波暗室を低コストで効率的に製造することが可能となる。また、Li含有量がこのように微量な範囲では、焼結時の収縮が問題となることはなく、反りやクラックの発生も抑えられ、優れた寸法精度で、フェライト焼結体を製造できる。
電波吸収体中のLi含有量は、0.007〜0.1質量%が好ましく、0.01〜0.05質量%が、より好ましい。この範囲では、さらにμ"が上昇するため、より薄い電波吸収体での対応が可能になるため、電波暗室の低コスト化、小型化及び高性能化に有効である。
【0015】
本発明の電波暗室用電波吸収体は、Mn、Zn及びLiを含有するフェライト系電波吸収体であって、吸収体の全質量に対して、Liの含有量が0.005〜0.5質量%であればよい。これらのフェライトの中でも、特に、Mnを10〜20質量%、Znを10〜20質量%含有するMn-Znフェライトが好ましい。
【0016】
次に、本発明の電波暗室用電波吸収体の電波吸収特性の周波数依存性について検討する。電波暗室はその使用目的から、所定の周波数範囲の電磁波を効果的に吸収することが求められており、当然、電波吸収体にもその性能が要求される。波長λは周波数fに反比例するため、(1)式において、μ"が周波数に反比例しなければ、整合厚さdは、周波数により変化することとなる。電波吸収体の厚さを、周波数によって変えることは現実的にはできないため、整合厚さが周波数によらず一定に維持されることが望ましい。
【0017】
(1)式より30MHzでの整合厚さd30MHzは次式で表される。
d30MHz =(300/30)/(2πμ"30MHz)
=5/(πμ"30MHz)
これを(2)式に代入して
μ"=λ/(2πd30MHz)
=λμ"30MHz /10
=(300/f) μ"30MHz /10
=30μ"30MHz/f
ここで、M =μ"30MHzとおくと、
μ"=30M/f -------------------(3)
となる。
【0018】
従って、電波吸収体がこのような周波数特性を有していれば、整合厚さdは周波数によらず一定となり、広い周波数範囲において優れた電波吸収特性を発揮し得る効率のよい電波暗室を設計できる。 電波暗室の性能は、低周波数側の方が問題になることが多い。このため、30〜70MHzの周波数範囲において、(3)式の5%以内となるのが望ましい。 即ち、

μ" = 28.5M/f〜31.5M/f -------------------(4)
となり、μ"が上記の範囲であることが望ましい。
ここで、Liを添加していない従来のMn-Znフェライトではμ"の周波数特性が32.7M/fとなり、上記周波数範囲外となる。一方、Liを0.02質量% 含有する本発明のMn-Znフェライトは、μ"の周波数特性が30.4M/f となり、(4)式の範囲となり、上記周波数範囲で、優れた電波吸収特性が得られることがわかる。
【0019】
また、電波吸収体が最も電波吸収性能を発揮し得る電波吸収体の厚みは(1)式より、以下の通り求められる。
d=(300/30)/(2πM)
=1.59/M -------------------(5)
ここで、M:30MHzにおける複素比透磁率の虚数部
電波吸収体の厚みは(5)式の5%以内であることが望ましく、
d=1.51/M〜1.67/M (m) -------------------(6)
となる。
【0020】
本発明の効果を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。
実施例
上述の方法でフェライト吸収体全量に対するLi含有量が0.02質量%となるようにMn-Znフェライト粉末を調整し、加圧成型した後、焼成した(実施例)。得られたLi添加Mn-Znフェライト焼結体を加工し、ネットワーク・アナライザー(HEWLETT PACKARD社製8753A)を用いて同軸管法により透磁率を測定した。また、比較例としては、Mn-Znフェライト(10kHzから30MHz)より高周波数側で高い透磁率を示すNi−Znフェライト(30MHzから300MHz)を用いて、同様に評価を行った。
【0021】
図3(A)に、30MHzから300MHzの周波数範囲における実施例の電波吸収体のμ"の周波数依存性を評価した結果を示す。また、図3(B)には、同様に比較例の電波吸収体のμ"の周波数依存性を評価した結果を示す。ここで、直線は式(3)、即ち、
μ"=30M/fを示す。前述の通り、電波吸収体が、(3)式を満たす電波吸収特性を有していれば、周波数に依存せず、整合厚さが一定となるため、広い周波数範囲で効果的に電波を吸収できる。図3より、比較例の電波吸収体では、(3)式との間にずれが生じるが、実施例の電波吸収体では、(3)式にほぼ一致することが確認された。このことから、本発明の電波吸収体では、従来の電波吸収体に比べ、より広範囲で、優れた電波吸収特性を発揮できることがわかる。
【0022】
図4には、実施例及び比較例の電波吸収体の周波数と整合厚さとの関係を示す。比較例では、30MHzから300MHzの周波数範囲において、整合厚さが7.8mm〜6.2mmと25%程度変化している。一方、実施例では、6.2mm〜6.5mmと5%程度しか変化しないことが確認された。
【0023】
図5には、実施例及び比較例の電波吸収体について、それぞれ30MHz及び300MHzにおける整合厚さの試料を作製して電波吸収特性を評価した結果を示す。ここで、実施例の電波吸収体の整合厚さは、30MHzで6.5mm、300MHzで6.2mmであり、比較例の電波吸収体の整合厚さは、30MHzで7.8mm、300MHzで6.2mmである。
実施例の電波吸収体では、整合させる周波数によって、電波吸収量(図中には反射量として示す))が大きく変化した。一方、実施例の電波吸収体では、いずれの周波数に整合させた場合も電波吸収特性に大きな変化は認められず、殆どすべての周波数範囲において、比較例の吸収体より、優れた電波吸収特性を示した。なお、図5では、周波数30MHz〜300MHzまでの評価結果を示すが、実施例の電波吸収体では、周波数300MHz〜1000MHz(1GHz)においても良好な電波吸収特性が得られることを確認した。
【0024】
図6に、実施例及び比較例の電波吸収体を用いて、電波暗室を設計した場合の、それぞれの電波暗室の性能を計算した結果を示す。ここで、電波暗室の長さLは 21m、高さHは 8.5m、測定距離は、10m、ターンテーブルの直径は、3mとして、部屋の幅Wを12m〜17mの間で変えて、計算を行った。電波暗室性能は、オープンサイト理論値との偏差が小さいほど良好となる。
図6より、W=12mの場合、オープンサイト理論値との偏差は、比較例の電波吸収体を用いた場合は約4dB、実施例の電波吸収体を用いた場合は、約2dBであった。従って、同一サイズの暗室であれば、実施例の電波吸収体を用いた方が、比較例の電波吸収体を用いた場合に比べ、約2倍の性能が得られることがわかる。
逆に、実施例の電波吸収体を用いたW=12mの電波暗室と同等の性能を、比較例の電波吸収体を用いて得ようとすると、W=17mが必要となる。その結果、暗室体積を40%増加させ、フェライト使用量を20%増加させなければならない。上記の結果から、実施例の電波吸収体を用いた場合には、建設費用も含めると、比較例の電波吸収体を用いた場合に比べ、約30%のコスト低減が可能となることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】Mn-Znフェライト吸収体中のLi含有量と30MHzにおけるμ"との関係を示す図である。
【図2】透磁率の測定に用いた装置の概略図である。
【図3】実施例(A)及び比較例(B)の電波吸収体のμ"の周波数依存性を示す図である。
【図4】実施例及び比較例の電波吸収体の整合厚さの周波数依存性を示す図である。
【図5】30MHz(A)及び300MHz(B)における整合厚さとしたときの実施例及び比較例の電波吸収体の電波吸収特性を示す図である。
【図6】実施例及び比較例の電波吸収体で電波暗室を設計した時のオープンサイト理論値との偏差を計算した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0026】
10・・・試料
20・・・ネットワーク・アナライザー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn、Zn及びLiを含有するフェライト系電波吸収体であって、前記吸収体の全量に対して、Liの含有量が0.005〜0.5質量%であることを特徴とする電波暗室用電波吸収体。
【請求項2】

周波数30MHzにおける複素比透磁率の虚数部の値μ" が 213〜530であることを特徴とする請求項1に記載の電波暗室用電波吸収体。
【請求項3】

周波数30MHz〜70MHzにおける複素比透磁率の虚数部の値μ" が 28.5M/f〜31.5M/f[ただし、Mは30MHzにおける複素比透磁率の虚数部、fは周波数(MHz)である]を満たすことを特徴とする請求項1又は2に記載の電波暗室用電波吸収体。
【請求項4】

前記電波吸収体の板厚が、1.51/M〜1.67/M (m)(ただし、Mは30MHzにおける複素比透磁率の虚数部である)を満たすことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の電波暗室用電波吸収体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−117719(P2009−117719A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291275(P2007−291275)
【出願日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【出願人】(000139023)株式会社リケン (101)
【出願人】(507369914)株式会社リケン環境システム (2)
【Fターム(参考)】