説明

電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法

【課題】電磁クラッチの磁気回路を構成する磁性体部材を鉄系金属の鋳造によって成形する電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、ひけ巣の発生を抑制する。
【解決手段】溶かした鉄系金属を1600℃以上、1650℃以下の温度で鋳型に流し込む工程を備える。磁性体部材は、例えば、電磁コイル17の発生する電磁吸引力によりアーマチャ23を吸着するロータ11や、電磁コイル17を収納するハウジング16である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁クラッチの磁気回路を構成する磁性体部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電磁クラッチは、鉄系金属(磁性体)で形成されたロータにより磁気回路を構成し、電磁コイルの発生する電磁吸引力によりロータがアーマチャを吸着するようになっている(例えば、特許文献1)。
【0003】
また、従来、電磁クラッチ用ロータの製造方法として、低炭素鋼の熱鍛造によりロータを成形する方法が知られている。
【特許文献1】特開平11−132256号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来の熱鍛造による電磁クラッチ用ロータの製造方法では、熱鍛造の成形精度が劣ることから、熱鍛造品で大まかな形を成形した後に、熱鍛造品を切削加工してロータを成形している。このため、切削加工時の切削取り代が大となってしまい、製造コストが高くなってしまう。
【0005】
そこで、本発明者は、熱鍛造に比べて成形精度の高い鋳造によってロータを成形することを検討した。これによると、鋳造品を精度良く成形できるので、切削加工時の切削取り代を小さくすることができる。
【0006】
しかしながら、鋳造品にはひけ巣が発生するおそれがあり、ひけ巣が発生した鋳造品を用いるとロータの強度が低下してしまうという問題がある。
【0007】
なお、この問題は、電磁クラッチ用ロータの製造方法のみならず、電磁クラッチの磁気回路を構成する電磁クラッチ用磁性体部材(例えば、電磁コイルを収納するハウジング等)の製造方法において同様に発生する。
【0008】
本発明は上記点に鑑みて、電磁クラッチの磁気回路を構成する磁性体部材を鉄系金属の鋳造によって成形する電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、ひけ巣の発生を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、溶かした鉄系金属を1600℃以上、1650℃以下の温度で鋳型に流し込む工程を備えることを特徴とする。
【0010】
これにより、鋳型内において鉄系金属を良好に凝固させることができるので、ひけ巣の発生を抑制することができる。
【0011】
請求項2に記載の発明のように、請求項1に記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、鉄系金属を、炭素の含有率が0.05%以上、0.01%以下の鉄にすれば、磁性体部材(11、16)の靭性を向上することができる。
【0012】
請求項3に記載の発明のように、請求項1または2に記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、鋳型を、新砂のみで作られた砂型にすれば、鋳型内において鉄系金属をより良好に凝固させることができるので、ひけ巣の発生をより抑制することができる。なお、本発明における「新砂」とは、使い始めの真新しい砂のことを意味するものである。
【0013】
請求項4に記載の発明のように、請求項1または2に記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、鋳型を、新砂と再生砂との混合砂で作られた砂型にし、
混合砂における再生砂の含有率を1%以上、20%以下にしてもよい。なお、本発明における「再生砂」とは、砂型を崩して再生利用(リサイクル)する砂のことを意味するものである。
【0014】
請求項5に記載の発明では、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、磁性体部材は、電磁コイル(17)の発生する電磁吸引力によりアーマチャ(23)を吸着するロータ(11)であることを特徴とする。
【0015】
これにより、ロータ(11)の強度を確保しつつ、ロータ(11)の製造コストを低減することができる。
【0016】
請求項6に記載の発明では、請求項1ないし5のいずれか1つに記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法において、磁性体部材は、電磁コイル(17)を収納するハウジング(16)であることを特徴とする。
【0017】
これにより、ハウジング(16)の強度を確保しつつ、ロータ(11)の製造コストを低減することができる。
【0018】
なお、上記各手段および特許請求の範囲の各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(第1実施形態)
以下、本発明の第1実施形態を図1〜図4に基づいて説明する。図1は車両空調用冷凍サイクルの冷媒圧縮機1に装着される電磁クラッチ10の片側断面図である。図2(a)は図1の電磁クラッチ10のロータ11単体の断面図であり、図2(b)は図1の電磁クラッチ10のハウジング16単体の側面図である。
【0020】
ロータ11は、電磁クラッチ10の磁気回路を構成する磁性体部材であって、従動側機器(回転機械)である圧縮機1の回転軸2に連結されて回転軸2と一体に回転する。ここで、圧縮機1は自動車用空調装置の冷凍サイクルの冷媒圧縮用のものであって、公知の斜板型、ベーン型、スクロール型等のいずれのタイプでもよい。
【0021】
ロータ11は、断面コの字形状の2重リング部12と略円筒形状のボス部13とに大別され、低炭素鋼のような鉄系金属(強磁性体)で一体成形されている。2重リング部12とボス部13は同軸状に配置されている。ボス部13の外径は2重リング部12の内径よりも小さくなっている。そのため、2重リング部12の内周部とボス部13の外周部との間に径方向に延びる側板部14を一体に形成することにより2重リング部12とボス部13とを繋いでいる。
【0022】
2重リング部12の外周円筒部12aと内周円筒部12bとの間には環状の凹部12cが形成されている。この凹部12cは、開口部が圧縮機1側(図1の右方側)を向いている。2重リング部12の外周円筒部12aと内周円筒部12bとを繋ぐ側面には摩擦面12dが形成されている。
【0023】
ボス部13は、2重リング部12よりも圧縮機1と反対側(図1の左方側)に突き出すように配置されている。ボス部13の内周面にはスプライン嵌合部13aが形成されており、このスプライン嵌合部13aにおいて圧縮機1の回転軸2がロータ11にスプライン嵌合にて回り止めされている。そして、ボス部13の端面に配置したワッシャ3を介在して、ナット4を回転軸2の先端部の図示しないネジ部に締結することにより、ロータ11が回転軸2に一体に締結されている。
【0024】
ステータ15は、ハウジング16内に電磁コイル17を収納してなり、圧縮機1にボルト締結等の手段により固定される部材である。ハウジング16は、ロータ11と同様に、電磁クラッチ10の磁気回路を構成する磁性体部材であって、低炭素鋼のような鉄系金属(強磁性体)で一体成形されている。
【0025】
ハウジング16は、断面コの字形状の2重リング部18と鍔状のフランジ部19とに大別される。2重リング部18の外周円筒部と内周円筒部との間に形成された環状凹部に、電磁吸引力を発生する電磁コイル17が収納される。電磁コイル17は図示しない樹脂製の巻枠上に巻線された状態で、2重リング部18の環状凹部に対して図示しない樹脂部材により絶縁固定されている。
【0026】
フランジ部19は、2重リング部18よりも圧縮機1側にて2重リング部18の径方向内側から外側に向かって延びており、電磁クラッチを圧縮機1に取り付けるための取り付け面を構成する。2重リング部18とフランジ部19との間には、軸方向に延びる円筒部20が一体に形成され、この円筒部20によって2重リング部18とフランジ部19とを繋いでいる。
【0027】
ボス部13の外周側に配置されるプーリ21は、図示しない多重Vベルトを介して自動車エンジンから回転力を受けて回転する部材であり、その外周部に形成された多重V溝に多重Vベルトが係合される。
【0028】
軸受22はプーリ21をロータ11のボス部13の外周上に回転自在に支持するための部材である。この軸受22は、本例では図1に示すようにプーリ21の内周部に固定された外輪22aと、ロータ11のボス部13の外周上に固定された内輪22bと、この両者14a、14bの間に転動自在に保持されたボール22cとを有する転がり軸受から構成されている。
【0029】
アーマチャ23はロータ11とプーリ21との間においてロータ11の摩擦面12dに対向配置される部材で、鉄系金属(強磁性体)にてリング状の平板形状に形成されている。このアーマチャ23は電磁コイル17の非通電時にはロータ11の摩擦面12dから所定の微小距離離れた位置(図1に示す位置)に板バネ24のバネ力で保持されるようになっている。
【0030】
この板バネ24は細長の薄板状のものであり、アーマチャ23の円周方向に複数個配置され、各板バネ24の一端部はリベット25によりアーマチャ23に連結され、各板バネ24の他端部は図示しないリベットによりプーリ21に連結されている。
【0031】
軸受22のうち圧縮機1と反対側の端面(図1の左端面)には、環板状のスナップリング26が組み付けられている。ロータ11のうち圧縮機1と反対側の端面(図1の左端面)には、円板状のプレッシャープレート27が組み付けられている。プーリ21のうち圧縮機1と反対側の端面(図1の左端面)には、円板状のダストカバー28が組み付けられている。
【0032】
次に、上記構成において作動を説明する。プーリ21およびアーマチャ23を含む一体ユニットは、軸受22によりロータ11のボス部13の外周面上で回転自在に支持されているので、図示しない自動車エンジンが運転されると、エンジンのクランクプーリの回転がベルト(図示せず)を介してプーリ21に伝達され、上記一体ユニットは常時回転する。
【0033】
一方、アーマチャ23がロータ11の摩擦面12dから開離しているので、ロータ11は停止しており、従って、圧縮機1の回転軸2も停止している。上記の状態において、圧縮機1を作動させるため、電磁コイル17に通電すると、ロータ11の摩擦面12dとアーマチャ23との間に電磁吸引力が発生するので、アーマチャ23は板バネ24の弾性力(図1の左方向への力)に抗して摩擦面12dに吸引、吸着される。
【0034】
この結果、ロータ11がアーマチャ23を介してプーリ21と一体となって回転するので、圧縮機1の回転軸2にプーリ21の回転が伝達され、圧縮機1が作動する。一方、圧縮機1を停止するときは、電磁コイル17への通電を遮断する。これにより、電磁吸引力が消滅するので、アーマチャ23は板バネ24の軸方向弾性力によりロータ11の摩擦面12dおよび摩擦板13から離れ、圧縮機1の回転軸2への回転伝達が遮断されるため、圧縮機1が停止する。
【0035】
次に、ロータ11およびハウジング16の製造方法の概略を図3に基づいて説明する。まず、ロータ11およびハウジング16を鋳造で作り(鋳造工程)、次に、鋳造工程で鋳造されたロータ11およびハウジング16を切削し(切削工程)、さらに、切削されたロータ11およびハウジング16にめっきによる表面処理を行う(表面処理工程)。
【0036】
このようにして成形されたロータ11およびハウジング16に電磁コイル17等の部品を組み付けて電磁クラッチ10が完成する。
【0037】
次に、ロータ11およびハウジング16を鋳造する鋳造工程を図4に基づいて具体的に説明する。まず、砂型(鋳型)を新砂のみで作成する。ここで、新砂とは、使い始めの真新しい砂のことを意味している。これに対し、砂型を崩して再生利用(リサイクル)する砂を以下、再生砂と言う。
【0038】
次に、炭素の含有率が0.05%〜0.1%の鉄を溶かし、溶かした鉄を1600℃〜1650℃の温度で砂型に流し込む。次に、砂型の中で鉄を冷却して固めた後に、成形されたロータ11およびハウジング16を砂型を崩して取り出す。
【0039】
そして、砂型から取り出されたロータ11およびハウジング16を880℃〜900℃で熱処理(焼きならし)して、鋳造工程が完了する。
【0040】
本実施形態では、鋳造工程において、溶かした鉄を1600℃〜1650℃の温度で砂型に流し込むことにより、砂型内において鉄系金属を良好に凝固させることができるので、ひけ巣の発生を抑制することができる。
【0041】
しかも、砂型を新砂のみで作成しているので、砂型内において鉄系金属をより良好に凝固させることができ、ひけ巣の発生をより抑制することができる。
【0042】
また、炭素の含有率が0.05%〜0.1%の鉄によってロータ11およびハウジング16を成形しているので、ロータ11およびハウジング16の靭性を向上することができる。
【0043】
(第2実施形態)
上記第1実施形態では、砂型を新砂のみで作成しているが、本第2実施形態では、図5に示すように、新砂と再生砂とを混合した混合砂で砂型を作成している。
【0044】
より具体的には、混合砂における再生砂の含有率を1%以上、20%以下にしている。これにより、砂型内において鉄系金属を良好に凝固させることができるので、ひけ巣の発生を抑制することができる。
【0045】
(他の実施形態)
なお、上記各実施形態では、鋳型として砂型を用いているが、これに限定されるものではなく、砂型以外の鋳型を用いてもよいことはもちろんである。
【0046】
また、上記各実施形態では、圧縮機1に固定されたハウジング16に電磁コイル17を収納するコイル固定型の電磁クラッチに本発明を適用しているが、ロータ11またはプーリ21に電磁コイル17を取り付けて電磁コイル17をロータ11またはプーリ21と一体に回転させるコイル回転型の電磁クラッチにも本発明を適用することができる。
【0047】
また、上記各実施形態は、車両空調用冷凍サイクルの冷媒圧縮機に装着される電磁クラッチに本発明を適用した例を示しているが、これに限定されるものではなく、種々の用途の電磁クラッチに本発明を適用できることはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の第1実施形態による電磁クラッチの片側断面図である。
【図2】(a)は図1のロータ単体の断面図であり、(b)は図1のハウジング単体の側面図である。
【図3】ロータおよびハウジングの製造方法等を示すフローチャートである。
【図4】図3の鋳造工程を示すフローチャートである。
【図5】本発明の第2実施形態による鋳造工程を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0049】
11 ロータ(磁性体部材)
16 ハウジング(磁性体部材)
17 電磁コイル
23 アーマチャ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁クラッチの磁気回路を構成する磁性体部材(11、16)を鉄系金属の鋳造によって成形する電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法であって、
溶かした前記鉄系金属を1600℃以上、1650℃以下の温度で鋳型に流し込む工程を備えることを特徴とする電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法。
【請求項2】
前記鉄系金属は、炭素の含有率が0.05%以上、0.01%以下の鉄であることを特徴とする請求項1に記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法。
【請求項3】
前記鋳型は、新砂のみで作られた砂型であることを特徴とする請求項1または2に記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法。
【請求項4】
前記鋳型は、新砂と再生砂との混合砂で作られた砂型であり、
前記混合砂における前記再生砂の含有率が1%以上、20%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法。
【請求項5】
前記磁性体部材は、電磁コイル(17)の発生する電磁吸引力によりアーマチャ(23)を吸着するロータ(11)であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1つに記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法。
【請求項6】
前記磁性体部材は、電磁コイル(17)を収納するハウジング(16)であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1つに記載の電磁クラッチ用磁性体部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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