説明

電磁式燃料噴射弁

【課題】2次噴射を抑制しつつ、微小な燃料噴射量のコントロールを可能とし、なお且つ閉弁後の可動子を素早く安定させ、短い噴射間隔での多段噴射ができるようにする。
【解決手段】弁体103に対して駆動手段による駆動力方向に相対変位可能な状態で保持された可動子102と、弁体103を駆動手段による駆動力の向きとは逆向きに付勢する第一の付勢手段106と、可動子102を駆動手段による駆動力の向きに付勢する第二の付勢手段106とを備え、第二の付勢手段の付勢力を、閉弁速度(m/s)と可動子質量(kg)の積に−7.5×103を乗じた値と可動子質量と弁体質量の和(kg)に2.6×103を乗じた値の和以下、且つ閉弁速度(m/s)と可動子質量(kg)の積を、2回以上の噴射を行う際に連続する噴霧がそれぞれ独立で存在しえる最小噴射間隔(s)で除した値に2.0を乗じた値以上に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に用いられる燃料噴射弁であって、コイルに電流を流すことにより可動子とコアとを含む磁気回路に磁束を発生させ、可動子をコア側に引き付ける磁気吸引力を作用させることにより、弁体の開閉を行う電磁式燃料噴射弁に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、可動子を弁体の駆動方向に相対変位可能な状態で弁体によって保持し、弁体を駆動力の向きとは逆向きに付勢する第1の付勢手段と、その付勢手段よりも小さい付勢力で可動子を駆動力の向きに付勢する第2の付勢手段と、可動子の弁体に対する駆動力の向きの相対変位を規制する規制手段とを備えた燃料噴射弁が開示されている。この燃料噴射弁では、開弁時には弁体の応答性を高めることが可能であり、閉弁時には弁体のバウンドによって燃料が噴射されてしまう二次噴射を抑制することができる。また、可動子と弁体とが分離しているため、開弁時の可動子の不安定なバウンドが抑制され、微小な燃料噴射量のコントロールを行い易い燃料噴射弁が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、圧縮空気通路の一端にノズル口を形成すると共に圧縮空気通路の途中に燃料供給口を形成し、弁体の先端部はノズル口を開閉する役割を担い、弁体の後端を可動子の一端に係合せしめ、弁体を駆動力の向きとは逆向きに付勢する付勢手段(第1の付勢手段)によって可動子に向かって付勢せしめてノズル口を閉弁せしめると共に、可動子を駆動力の向きに付勢する付勢手段(第2の付勢手段)によって弁体に向かって付勢せしめ、可動子を電磁的に駆動せしめることによって弁体を駆動力の向きとは逆向きに付勢する付勢手段の付勢力に抗して変位せしめてノズル口を閉弁せしめ、燃料供給口から圧縮空気通路内に供給された燃料を圧縮空気によってノズル口から噴出せしめるようにした燃料噴射装置において、弁体の質量をM1、可動子の質量をM2、ノズル口閉弁状態における駆動力の向きとは逆向きに付勢する付勢手段(第1の付勢手段)の付勢力をF1、およびノズル口閉弁状態における駆動力の向きに付勢する付勢手段(第2の付勢手段)の付勢力をF2とすると、(F1/F2−1)×M2/(M1+M2)によって算出される値が0.3以下である内燃機関の燃料噴射装置が開示されている。この燃料噴射弁では、上記算出値を0.3以下とすることにより、可動子に与えられる運動エネルギを低減せしめることにより、ノズル口が一旦閉弁せしめられた後、可動子のオーバーシュート後の弁体との再衝突によって発生する弁体の変位量を小さくすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−218204号公報
【特許文献2】特開平3−074568号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載された燃料噴射弁では、可動子と弁体が分離しているために、可動子がバウンドしている際には可動子には駆動力である磁気吸引力と駆動力の向きに付勢する付勢手段(第2の付勢手段)の付勢力のみが働く状態となり、可動子はコアに安定して密着しやすくなり、開弁時の可動子の不安定なバウンドを抑制することができる。また、閉弁時には弁体のバウンドによって燃料が噴射されてしまう2次噴射を抑制することが可能である。
【0006】
しかしながら、開弁時における可動子のバウンドを抑制しつつ、尚且つ閉弁時における可動子のオーバーシュート後の可動子の運動を素早く安定させ、再び弁体と衝突して生じる2次噴射を抑制するための、駆動力の向きに付勢する付勢手段(第2の付勢手段)の付勢力の設定方法については開示がない。
【0007】
また、特許文献2記載された燃料噴射弁では、弁体質量と可動子質量及び駆動力の向きとは逆向きに付勢する付勢力と駆動力の向きに付勢する付勢力から算出される値を上記数値範囲に設定することにより、閉弁時における可動子のオーバーシュート後の弁体との再衝突によって生じる2次噴射を抑制しようとしている。
【0008】
しかしながら、特許文献2に記載された方法では、弁体のリフト量がパラメータとして含まれていない。特に昨今の筒内噴射用の燃料噴射弁では、高い燃料圧力で高速な噴射を行わせるために、前記の従来公知となっている燃料噴射弁と比較して小さいリフト量を設定する必要がある。このため、噴射量に対するリフト量の感度が大きくなり、噴射量に応じてリフト量を変化させる必要がある。
【0009】
前記の2次噴射の発生条件は、弁体の閉弁速度の影響を受けるため、リフト量が小さく、値が変化した場合にも2次噴射を防止する条件を導く必要があった。このように、小さいストロークで、ストロークが変化する条件に対して適切な付勢力を設定する方法については開示がなかった。
【0010】
また、内燃機関の排気ガス抑制の観点から、噴射を一行程中に分割して行うことが有効であることが分かっている。このように噴射を分割した場合には、閉弁後に短期間で再び開弁させる必要が生じるが、特許文献1及び2には、素早い再開弁を安定して行わせるための付勢力の設定方法についても開示がない。
【0011】
本発明の第1の目的は、開弁時の可動子の不安定なバウンドを抑制しつつ、閉弁時の2次噴射の発生を防止することが可能な燃料噴射弁を提供することにある。本発明の第2の目的は、第1の目的に加えて、閉弁後の可動子を素早く安定させることにより、微小な燃料噴射量のコントロールが可能であり、短い噴射間隔での分割多段噴射可能な燃料噴射弁を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明の電磁式燃料噴射弁は、弁座と当接することによって燃料通路を閉じ弁座から離れることによって燃料通路を開く弁体と、前記弁体の駆動手段として設けられたコイル及び磁気コアを有する電磁石と、前記弁体に対して前記弁体の駆動力方向に相対変位可能な状態で前記弁体によって保持された可動子と、前記弁体を前記駆動手段による駆動力の向きとは逆向きに付勢する第一の付勢手段と、前記第一の付勢手段による付勢力よりも小さい付勢力で前記可動子を前記駆動力の向きに付勢する第二の付勢手段と、前記可動子の前記弁体に対する前記駆動力の向きの相対変位を規制する手段とを備えた電磁式燃料噴射弁において、前記第二の付勢手段の付勢力(N)を、弁体の閉弁速度(m/s:メートル毎秒)と可動子の質量(kg:キログラム)との積に−7.5×103を乗じた値と可動子の質量と弁体の質量との和(kg:キログラム)に2.6×103を乗じた値の和よりも小さな値に設定する。
【0013】
このとき、第二の付勢手段の付勢力(N:ニュートン)は、弁体の閉弁速度(m/s:メートル毎秒)と可動子の質量(kg:キログラム)との積を、2回以上の噴射を行う際に連続する噴霧がそれぞれ独立で存在しえる最小の噴射間隔(s:秒)で除した値に、2.0を乗じた値よりも大きく設定するとよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、2次噴射を抑制しつつ、閉弁後の可動子を素早く安定化させることが可能である。これにより、微小な燃料噴射量のコントロールが可能となり、2回以上の噴射を行う際に連続する噴霧がそれぞれ独立で存在しえる最小の噴射間隔以下での分割多段噴射が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る燃料噴射弁の実施形態を示す断面図。
【図2】本発明の第一実施例に係る燃料噴射弁の可動子及び弁体の衝突部近傍を拡大した断面図。
【図3】本発明の第一実施例に係る燃料噴射弁の開弁時の可動子及び弁体の運動の様子を表す模式図。
【図4】本発明の第一実施例に係る燃料噴射弁の閉弁時の可動子及び弁体の運動の様子を表す模式図。
【図5】本発明の第一実施例に係る燃料噴射弁のゼロ位置バネによる付勢力と弁体閉弁速度の設定範囲を表す図。
【図6】本発明の第一実施例に係る燃料噴射弁の分割多段噴射間隔とペネトレーションとの相関を表す図。
【図7】本発明の第一実施例に係る燃料噴射弁の開閉弁動作を示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に説明する燃料噴射弁は、開弁時の可動子の不安定なバウンドを抑制しつつ、閉弁時の2次噴射の発生を防止し、尚且つ閉弁後の可動子を素早く安定させることにより、微小な燃料噴射量のコントロールが可能であり、短い噴射間隔での分割多段噴射可能な燃料噴射弁を提供することにある。
【0017】
以下、実施例を説明する。
【実施例1】
【0018】
図1は、本発明に係る燃料噴射弁100の断面図であり、図2は磁気吸引力を発生する磁気コア101(固定コア或いは単にコアとも言う)と可動子102(可動コアとも言う)の近傍を拡大した拡大図である。図1及び図2に示した燃料噴射弁は通常時閉型の電磁弁(電磁式燃料噴射弁)であり、コイル105に通電されていない状態では、スプリング106によって弁体103の先端部に設けられたシート部103aはノズル111に形成された弁座111aに密着させられ、弁は閉じた状態(閉弁状態)になっている。この閉弁状態においては、可動子102はゼロ位置バネ108によって開弁方向に付勢され、弁体103の衝突面201(図2参照;当接面とも言う)に接触しており、可動子102と磁気コア101の間には隙間がある状態となっている。この隙間の大きさが開弁時の弁体103のリフト量と一致し、これをストロークと呼ぶ。弁体103のシート部103aと衝突面201との間のロッド部103bをガイドするロッドガイド104が弁体103を内包するハウジング110に固定されており、このロッドガイド104がゼロ位置バネ108のばね座を構成している。なお、スプリング106による付勢力は、磁気コア101の内径(軸線A方向に貫通する貫通孔)101aに固定されるバネ押さえ107の押し込み量によって組み立て時に調整されている。
【0019】
コイル105と磁気コア101とは弁体103の駆動手段となる電磁石を構成する。第1の付勢手段となるスプリング106は駆動手段による駆動力の向きとは逆向きに弁体103を付勢する。また第2の付勢手段となるゼロ位置バネ108は付勢バネ106による付勢力よりも小さい付勢力で可動子102を駆動力の向きに付勢する。
【0020】
コイル105に電流が流れると、磁気コア101,可動子102,ヨーク109から構成される磁気回路に磁束が生じ、可動子102と磁気コア101の間の隙間にも磁束が通過する。この結果、可動子102には磁気吸引力が作用し、生じた磁気吸引力とゼロ位置バネ108による付勢力の和が、燃料圧力による力とスプリング106による付勢力を超えたときに可動子102はコア101の側に変位する。可動子102が変位する際には、可動子102側の衝突面202(図2参照;当接面とも言う)と弁体103側の衝突面201との間で力を伝達し、弁体103も同時に変位することで、弁体103は開弁状態となる。この開弁状態になると、弁体103のシート部103aが弁座111aから離れ、弁座111aとシート部103aとの隙間を通じて燃料噴射孔111bに燃料が供給され、燃料噴射孔111bから燃料が噴射される。
【0021】
開弁状態からコイル105に流れている電流を停止すると、磁気回路を流れる磁束が減少し、可動子102とコア101との間で働く磁気吸引力が低下する。ここで、弁体103にはたらくスプリング106による付勢力は可動子102側の衝突面201及び弁体側の衝突面202を介して可動子102に伝達される。このため、磁気吸引力とゼロ位置バネ108による付勢力の和を、燃料圧力による力とスプリング106による付勢力の和が上回ると可動子102および弁体103は閉弁方向に変位し、弁は閉弁状態となる。
【0022】
図1及び図2で示されているように、弁体103が段付の棒状に形成されて弁体103側の衝突面201を形成すると共に、可動子102側は中心に衝突面201の外径よりも小径の孔が設けられていることによって可動子102側の衝突面(当接面ともいう)202を形成する。この結果、弁体103側の衝突面201と可動子102側の衝突面202との間で力の伝達がなされるため、可動子102と弁体103が分離された別部品として与えられた場合であっても電磁弁の基本的な開閉動作を行うことができる。衝突面201,202は可動子102の弁体103に対する駆動力の向きの相対変位を規制する規制手段(規制部)となる。
【0023】
可動子102側の衝突面202はゼロ位置バネ108による付勢力のみで弁体103側の衝突面201に当接する。また、可動子102は、弁座111aと当接して静止した状態から駆動力を受けた場合、動き始めるよりも前に、可動子102側の衝突面202が弁体103側の衝突面201に当接している。このとき、弁体103は弁座111aから離れる向きの移動については特にストッパを設けておらず、スプリング106が縮みきった状態になったときそれ以上の移動を規制されることになる。すなわち弁座111aから離れる向きの移動をスプリング106によってのみ規制されている。
【0024】
図3は、燃料噴射弁100の弁体103及び可動子102の開弁動作を示す模式図である。予めスプリング106によって付勢された弁体103は弁座111aに押し付けられ、弁は閉じた状態にある(図3(a))。磁気吸引力が磁気コア101と可動子102との間に生じて、磁気吸引力とゼロ位置バネ108による付勢力の和が、スプリング106による付勢力と燃料圧力による力の和に打ち勝つと、可動子102と弁体103は変位を開始する(図3(b))。
【0025】
可動子102は磁気コア101と衝突するとそれ以上上方には変位できないが、ここで弁体103は上方への移動をスプリング106によってのみ規制されているので更に上方に変位を続ける(図3(c))。このとき、弁体103には、スプリング106による付勢力と燃料圧力による力が下向きにはたらき、やがて弁体103は下方への変位を開始する(図3(d))。この弁体103のオーバーシュートが起こることにより、微小燃料噴射領域において、実際のストローク値が狙いとするストローク値と一致しないという問題が発生し、微小燃料噴射領域での噴射量の制御性が悪化する。従って、微小燃料噴射領域での噴射量特性を改善するためには、弁体103が短時間且つ小振幅にてオーバーシュートを終え、狙いストローク位置まで戻る必要がある。そこで、弁体103に対して、オーバーシュートを抑制する方向へと作用するスプリング106による付勢力を大きくし、弁体103の質量は軽くすることが望ましい。また、スプリング106による付勢力は駆動力と逆向きに弁体103に対して作用する力であるので、スプリング106による付勢力を大きくすることによって、閉弁時には弁体103が素早く閉弁し、閉弁応答特性の改善も期待できる。
【0026】
また、開弁時には、可動子102と弁体103が分離しているために、可動子102は磁気コア101と衝突したのち、弁体103と分離し下方へとバウンドする(図3(c))。このとき、バウンドした可動子102には、ゼロ位置バネ108による付勢力と磁気吸引力が上向きにはたらき、やがて可動子102は上方への変位を開始する(図3(d))。弁体103は開弁時のオーバーシュート後、下方へと変位を続け、磁気コア101との衝突によりバウンドし、変位を続ける可動子102と衝突することにより下方への変位を規制される(図3(e))。可動子102と磁気コア101間の衝突,可動子102と弁体103間の衝突を複数回繰り返したのち、可動子102,磁気コア101,弁体103が静止した安定開弁状態に達する(図3(f))。このような開弁時の可動子102のバウンドは、噴射パルス幅に対する噴射量の特性を、略比例の直線からかい離させるとともに、ばらつきの要因となることがある。したがって、噴射量特性を直線に近づけ、より微小な噴射量まで制御する場合には、可動子102のバウンド量を抑制することが有効である。
【0027】
すなわち、弁体103を素早く安定化させるためには、弁体103の下方向への変位を規制する、可動子102のバウンドを低減する必要がある。ここで、バウンド中の可動子302にはゼロ位置バネ108による付勢力と磁気吸引力が磁気コア101の方向に働くので、バウンド量低減には両者を大きくすることが有効である。特にゼロ位置バネ108のみによってバウンドを低減できると、駆動回路や電流波形とは独立して特性を改善できるので望ましい。従って、ゼロ位置バネ108による付勢力を大きくすることによって可動子102のバウンド低減を行うとよい。ここで、磁気吸引力の大きさは磁気コア101と可動子102の隙間の二乗に反比例するので、ゼロ位置バネ108を強化し、バウンド量を低減することによって、バウンド中の磁気吸引力の低下を抑制することが可能であり、効果が大きい。さらに、ゼロ位置バネ108による付勢力を大きくすることにより、スプリング106による付勢力を大きくセットすることができ、それによって、開弁時の弁体103のオーバーシュート低減という二次的な効果も期待できる。
【0028】
また、可動子102のバウンドを低減し、短時間で弁体103を安定化するために、可動子102と磁気コア101との衝突面203,204(図2参照;当接面とも言う)及び可動子102と弁体103との衝突面201,202は、耐久性を確保しつつ、反発係数が小さいことが望ましい。さらに、可動子102の質量は軽いほうがよい。尚、衝突面203は磁気コア101の可動子102側を向く端面であり、衝突面204は可動子102の磁気コア101側を向く端面に形成された凸部の頂面である。可動子102に設けた凸部は磁気コア101側に設けても良い。
【0029】
以上の結果、ゼロ位置バネ108による付勢力を強化することによって、駆動回路や電流波形とは独立して、開弁時における可動子102のバウンドを抑制することが可能であり、微小な燃料噴射量のコントロールがし易い燃料噴射弁を提供することができる。
【0030】
図4は、燃料噴射弁100の弁体103および可動子102の閉弁動作を示す模式図である。図4(a)は開弁状態にある弁の状態を示した図であり、磁気コア101と可動子102との間に磁気吸引力がはたらくことによって可動子102が引き上げられている。コイル105への通電が遮断され、磁気コア101と可動子102との間にはたらく吸引力が小さくなると、スプリング106によって弁体103は付勢力を受け、可動子102と共に閉弁方向に動作を開始する(図4(b))。更に弁体103が変位を続けると、図4(c)に示すようにやがて弁体103はシート部111aと衝突する。弁体103と可動子102とは分離可能な構造であるので、衝突後、弁体103がバウンドすることにより上方へと変位するのに対し、可動子102は下方へと変位を続ける。このとき、バウンドした弁体103には、スプリング106による付勢力と燃料圧力による力が下向きにはたらき、弁体103の質量は小さいのですぐに下方への変位をして閉弁する(図4(d))。この閉弁後の弁体103のバウンドを抑制するためには、弁体103に対してバウンドを抑制する方向へ作用するスプリング106による付勢力を大きくし、弁体103の質量を軽くすることが有効である。また、弁体103とシート部111aの衝突面は、耐久性を確保しつつ、反発係数が小さいことが望ましい。
【0031】
一方で、下方へと変位し続ける可動子102には、上向きにゼロ位置バネ108による付勢力がはたらき、やがて上方への変位を開始する(図4(d))。上方へと変位を続ける可動子102は、バウンド後の変位を続ける又は既に安定閉弁状態の弁体103と衝突することにより上方への変位を規制される(図4(e))。弁体103とシート部111a間の衝突、可動子102と弁体103間の衝突を複数回繰り返したのち、可動子102,弁体103が静止した安定閉弁状態に達する(図4(f))。このとき可動子102はゼロ位置バネ108との間でバネ−マス系を形成して運動する。ゼロ位置バネ108による付勢力が十分に小さいとき、可動子102が図4(f)に示すような位置に戻ってきた場合においても弁体103を再び開かせることがないか、あるいは再び開いたとしても影響を軽微に留めることができる。この結果、閉弁後の弁体103と可動子102の再衝突によるバウンドによって燃料が噴射されてしまう2次噴射を抑制することができる。そこで、閉弁時、可動子102のオーバーシュート後の弁体103との再衝突における、弁体103のバウンドを低減することが可能なゼロ位置バネ108の付勢力を設定するために、閉弁後、オーバーシュートから弁体103との再衝突までの可動子102の動きについて検討を行った。
【0032】
まず、閉弁後、可動子102のオーバーシュート中における運動方程式を考える。このとき、可動子102にはたらく力は、ゼロ位置バネ108による付勢力Fz[N]のみである。従って、可動子102の質量をma[kg]、加速度をa1[m/s2]とすると、運動方程式は次のようになる。
z=ma・a1 …(1)
【0033】
ここでは、各パラメータと2次噴射との相関関係の傾向を把握することを主目的としているため各摺動部の摩擦抵抗や流体抵抗等は無視した。
【0034】
次に、オーバーシュートした可動子102が再度弁体103と衝突する際の非弾性衝突について考える。このとき、弁体103の質量をmp[kg]、衝突前の可動子102と弁体103の速度をそれぞれvA1[m/s],vP1[m/s]とし、衝突後の速度をそれぞれvA2[m/s],vP2[m/s]とすると、非弾性衝突時の力積の式は次式で表される。ここで、可動子102と弁体103の反発係数をe1とする。
1=−(vA2−vP2)/(vA1−vP1) …(2)
z・Δt=ma(vA2−vA1)+mp(vP2−vP1) …(3)
【0035】
Δtは可動子102が弁体103に衝突する際の衝突時間[s]であり、ゼロ位置バネ108による付勢力が可動子102を介して弁体103に作用する時間を表している。可動子102との再衝突前に既に弁体103は安定化しているものと考え弁体103の速度vP1をゼロとし、さらに、衝突前の可動子102の速度vA1をオーバーシュート中のエネルギ保存則から可動子102,弁体103の閉弁速度v0[m/s]と等しいとする。(2)(3)式を連立して解き、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzに関して整理すると次式となる。
z=−(ma(1+e1)/Δt)v0+((ma+mp)/Δt)vP2 …(4)
【0036】
(4)式中で、2次噴射の発生に関わる項は衝突後の弁体103の速度vP2のみであり、2次噴射が発生しないようなゼロ位置バネ108の付勢力は、閉弁速度v0と線形関係があることが判明した。閉弁速度v0は弁リフト量や付勢バネの設定に応じて変化する。従って、弁リフト量やバネの設定が変化しても、閉弁速度に対してゼロ位置バネ108の付勢力を設定すればよいことが分かった。
【0037】
図5の実線は、実際に、可動子102の質量及び弁体103の質量を1kgと仮定した場合の閉弁速度v0とゼロ位置バネ108の付勢力Fz及び2次噴射発生有無の相関を調査した結果であり、実線は2次噴射発生有無の境界線を示している。実線より上側では2次噴射が発生し、下側では2次噴射は発生しない。図から、(4)式で示されたように、閉弁速度で整理できることが示されている。従って、2次噴射発生防止の観点から、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzは実線で表される関係式より下側で設定するとよい。ここで、図5の実線を数式化したところ、次のような関係であることが分かった。
z=−7.5×103×ma×v0+2.6×103×(ma+mp) …(5)
【0038】
本式における7.5×103という係数は、(4)式から可動子102と弁体103の反発係数と衝突時間のパラメータからなる係数であり、2.6×103という係数は可動子102と弁体103の衝突後の弁体103の速度と衝突時間のパラメータからなる係数である。(4)式に示したように、2次噴射が発生しないようなゼロ位置バネ108による付勢力が閉弁速度によって整理できるということを明らかにしたことにより、反発係数や衝突時間といった現実的には測定が困難な項目を含む関係式を(5)式の通り求めることが可能となった。
【0039】
以上より、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzを(5)式から設定される値以下にすることによって、閉弁時における弁体103の可動子102との再衝突によるバウンドを抑制することが可能であり、本バウンドにより発生する2次噴射量を低減することが可能である。尚、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzは、非通電状態時に可動子102の衝突面202を弁体103の衝突面201と接触した状態を維持できる大きさに設定される必要がある。このため、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzは、可動子102の質量と重力の加速度g(9.8m/s2)との積よりも大きな値に設定する。
【0040】
また、閉弁時の可動子102と弁体103の再衝突による二次噴射を抑制するためには、可動子102と弁体103の衝突面の耐久性を確保しつつ、反発係数を小さく設定することも有効である。
【0041】
2次噴射防止の観点からは、ゼロ位置バネ108による付勢力は上記の通り小さいほうがよいが、一方で、分割多段噴射の観点からは大きいほうが望ましい。以下、多段噴射の観点で、閉弁後における可動子102のオーバーシュートから弁体103との再衝突までの動きについて検討を行った。
【0042】
現在、エンジンのダウンサイジング化が進む中で、高負荷燃焼時に燃料が燃焼室壁面に付着することにより発生するすすが問題となっている。この問題を抑制するためには、燃料噴射時のペネトレーションを短縮し、燃焼室壁面付着量を低減することが有効である。ここで、燃焼の際にある燃料噴射量が必要であるとするとき、単噴射ではペネトレーションを低減することが難しい。しかしながら、エンジンの1行程中に燃料を複数回に分割して噴射する分割多段噴射とすることによって、必要な燃料噴射量は確保しつつ一回に噴射する燃料噴射量を低減することができるので、ペネトレーションを短縮することが可能である。また、二回目以降の噴射時には前の噴射から一定間隔が空くため、単噴射する場合と比較して抵抗が大きくなり、ペネトレーションが短縮される。従って、ペネトレーションの短縮には、分割多段噴射化が有効である。
【0043】
ここで、分割多段噴射を行う際には、二回目以降の噴射時に前の噴射から一定の時間間隔より近接させ過ぎると、単噴射しているのと同等の現象となってしまい、分割多段噴射によってペネトレーションが短縮するという効果が得られない。
【0044】
図6は、分割多段噴射間隔とペネトレーション短縮効果の相関を示した図である。本図から、多段噴射間隔に応じてペネトレーション低減効果は3つの領域に分けられる。まず、多段噴射間隔が非常に短い(A)の領域(噴射間隔がt1以下)で、噴射間隔が非常に短いため多段噴射を行っても単噴射を行っているのとほぼ同等の挙動となり、ペネトレーション短縮の効果がない。次に(B)の領域(噴射間隔がt1以上t2以下)では、(A)の領域と比較して噴射間隔が空くため、ペネトレーション短縮の効果が現れるが、限定的である。そして噴射間隔t2以上の領域(C)では、噴射間隔を十分に確保できているため、ペネトレーションの低減効果を発揮できるようになる。このように2回以上の噴射を行う際に、噴射間隔を十分に確保できているため連続する噴霧がそれぞれ独立で存在可能である領域において、分割多段噴射の効果が十分に発揮できるということが新たに分かった。
【0045】
以上のことから、エンジン使用上は可能な限り多段噴射間隔を短縮したい一方で、ペネトレーション低減効果は、2回以上の噴射を行う際に連続する噴霧がそれぞれ独立で存在しえる最小の噴射間隔t2以上とすることが有効である。従って、燃料噴射弁としては、噴射間隔t2以下までは多段噴射できる性能を有することが望ましい。
【0046】
ところで、燃料噴射弁として安定して対応可能な多段噴射間隔は、閉弁後の可動子102のオーバーシュートからの復帰時間に依存する。従って、オーバーシュート時に可動子102に作用する力はゼロ位置バネによる付勢力のみであるので、多段噴射間隔を短縮するためにはゼロ位置バネ108による付勢力を強化する必要がある。ここで、オーバーシュート時の可動子の運動方程式は(1)式で表され、オーバーシュート量y[m]はオーバーシュート時間をt[s]として次式で表される。
y=v0×t−(1/2)×a1×t2 …(6)
【0047】
また、可動子102がオーバーシュート後に再度弁体103に衝突する際にはこの一回目の衝突で可動子102の動きはおおよそ安定化するため、噴射間隔より短い時間で可動子がオーバーシュート後復帰していれば、多段噴射が可能となる。そこで、オーバーシュート時間tに分割多段噴射が有効である噴射間隔t2[s]を代入し、オーバーシュート量yとして0を代入して、(1)(6)式を連立して解くと、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzは次式で表される。
z=2.0×ma/t2×v0 …(7)
【0048】
従って、ゼロ位置バネ108による付勢力Fzを(7)式以上に設定することによって、分割多段噴射間隔をt2以下とすることが可能である。図5の破線は、可動子102の質量を1kgと仮定した場合の閉弁速度v0とゼロ位置バネ108の付勢力Fz及びt2以下となる領域の関係を示したものである。破線より上側の領域で、分割多段噴射間隔t2以下に対応可能となる。
【0049】
以上から、図5において、実線より下側の領域、且つ破線より上側の領域にゼロ位置バネ108による付勢力を設定することにより、2次噴射の発生を防止しつつ、分割多段噴射間隔t2以下に対応する燃料噴射弁を実現することが可能である。
【0050】
以上、弁体103,可動子102が開弁時に動き始めてから、閉弁後、安定状態に達するまでの一連の動きをタイムチャート形式で描いたものが図7である。噴射制御パルスの入力(時刻a)に対して僅かな遅れ時間を伴って時刻bのように可動子102・弁体103共に変位を開始し、可動子102が所定のストロークStに達すると可動子102は磁気コア101との衝突によって時刻cのようにバウンドする。このとき弁体は時刻c〜dのようにオーバーシュートしたのち、時刻dのように可動子102と衝突し、可動子102とともにストローク位置まで戻る(時刻e)。ここで、再び初期開弁時と同様に可動子102が磁気コア101と衝突することによって、弁体103のオーバーシュートと、可動子102のバウンドを、時刻e〜fのように繰り返し、最終的に時刻gのように安定開弁状態となる。噴射制御パルスが終了すると(時刻h)、弁体と可動子は同時に閉弁方向に変位し始める。時刻iで弁体はシート部との接触により、所定量だけバウンドし、その後変位を停止する。可動子はオーバーシュート後、ゼロ位置バネの付勢力により、やがて弁体と衝突し、両者はバウンドする(時刻j)。衝突を複数回繰り返すことにより、最終的に弁体及び可動子が静止した安定閉弁状態となる。
【0051】
ここで、ゼロ位置バネ108による付勢力をより大きな値に設定することによって、図7に示した可動子のバウンド量(A)を低減することが可能であり、バウンドが終わるまでに要する時間(時刻c〜g)も短縮される。また、閉弁時における可動子102のオーバーシュートの際には、オーバーシュートを抑制する方向にゼロ位置バネ108による付勢力が作用するので、オーバーシュート量(A)が低減され、オーバーシュートが終わるまでに要する時間(時刻i〜j)も短縮される。さらに、ゼロ位置バネ108による付勢力を大きくすることにより、スプリング106による付勢力を大きくすることが可能となり、それによって、開弁時の弁体103のオーバーシュート量(B)及び閉弁時の弁体103とシート部111aの衝突によるバウンド量(B)を低減し、その周期を短縮することができる。
【0052】
一方で、ゼロ位置バネ108による付勢力(N:ニュートン)を弁体103の閉弁速度(m/s:メートル毎秒)と可動子102の質量(kg:キログラム)の積に−7.5×103を乗じた値と可動子102の質量と弁体103の質量の和(kg:キログラム)に2.6×103を乗じた値の和よりも小さく設定することによって、図7に示した弁体103と可動子102の衝突によるバウンド量(C)を低減することが可能であり、バウンドが終わるまでに要する時間も短縮され、2次噴射レス化することが可能である。
【0053】
また、ゼロ位置バネ108による付勢力(N:ニュートン)を強化することによって、閉弁時の可動子102のオーバーシュートからの復帰時間(図7−i〜図7−j)を短縮でき、弁体103の閉弁速度(m/s:メートル毎秒)と可動子102の質量(kg:キログラム)との積を、2回以上の噴射を行う際に連続する噴霧がそれぞれ独立で存在しえる最小の噴射間隔t2(s:秒)で除した値に、2.0を乗じた値よりも大きく設定することによって、噴射間隔t2以下で、内燃機関の一行程中に2回以上噴射することが可能となる。
【0054】
以上のような実施形態によれば、開弁時に安定した弁体の動作が可能であり、閉弁時には弁体103の再バウンドを抑制して二次噴射を抑えることが可能である。従って、微小燃料噴射量の制御がより精密に行えるようになり、燃料噴射量の可制御範囲を拡大することが可能となる。さらに、閉弁後の可動子102の挙動が素早く安定化し、多段噴射が可能となることにより、実用の際には燃焼時のすすの発生を抑制できる。
【符号の説明】
【0055】
100 燃料噴射弁
101 磁気コア
101a 磁気コアの内径
102 可動子(アンカ)
103 弁体
103a シート部
103b ロッド部
104 ロッドガイド
105 コイル
106 スプリング
107 バネ押さえ
108 ゼロ位置バネ
109 ヨーク
110 ハウジング
111 ノズル
111a 弁座
111b 燃料噴射孔
201 弁体側衝突面
202 アンカ側衝突面
203 磁気コア側衝突面
204 可動子側衝突面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弁座と当接することによって燃料通路を閉じ、弁座から離れることによって燃料通路を開く弁体と、前記弁体の駆動手段として設けられたコイル及び磁気コアを有する電磁石と、前記弁体に対して前記弁体の駆動力方向に相対変位可能な状態で前記弁体によって保持された可動子と、前記弁体を前記駆動手段による駆動力の向きとは逆向きに付勢する第一の付勢手段と、前記第一の付勢手段による付勢力よりも小さい付勢力で前記可動子を前記駆動力の向きに付勢する第二の付勢手段と、前記可動子の前記弁体に対する前記駆動力の向きの相対変位を規制する手段とを備えた電磁式燃料噴射弁において、
前記第二の付勢手段の付勢力(N)は、弁体の閉弁速度(m/s)と可動子の質量(kg)との積に−7.5×103を乗じた値と可動子の質量と弁体の質量との和(kg)に2.6×103を乗じた値の和よりも小さく設定されたことを特徴とする電磁式燃料噴射弁。
【請求項2】
請求項1に記載の電磁式燃料噴射弁において、
第二の付勢手段の付勢力(N)は、弁体の閉弁速度(m/s)と可動子の質量(kg)との積を、2回以上の噴射を行う際に連続する噴霧がそれぞれ独立で存在しえる最小の噴射間隔(s)で除した値に、2.0を乗じた値よりも大きく設定することを特徴とする電磁式燃料噴射弁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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