説明

非低水素系被覆アーク溶接棒

【課題】 溶接作業性などの良好な諸性能を維持しつつ、高電流の溶接条件で溶接しても優れた耐棒焼け性を確保できる非水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】 鋼心線に被覆剤が塗装されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、MnCO3およびFeCO3の1種または2種の合計を0.3〜1.8質量%、TiO2を12〜30質量%、SiO2を15〜30質量%、CaCO3を5〜15質量%、有機物を2〜5質量%、鉄粉を20〜45質量%含有し、その他は脱酸剤、スラグ生成剤、アーク安定剤および不可避不純物からなることを特徴とする非低水素系被覆アーク溶接棒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高電流の溶接条件で使用しても溶接作業性などの諸性能を満足しつつ耐棒焼け性に優れる非低水素系被覆アーク溶接棒(以下、非低水素系棒という。)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
非低水素系棒は、低水素系被覆アーク溶接棒に比べ、溶接金属中の拡散性水素量が多いことから拘束の大きい被溶接構造物での耐割れ性や衝撃靱性は劣るものの溶接作業性が良いことから、一般軟鋼の溶接用として幅広く使用されている。
【0003】
非低水素系棒は、溶接作業能率のさらなる向上が強く要求されることから、高電流の溶接条件で使用される場合が多い。高電流の溶接条件で溶接すると、深い溶け込みが得られる反面、溶接の後半部において鋼心線が発熱し、被覆剤中の有機物がジュール熱で分解燃焼して溶接棒が焼けた状態、即ち、棒焼け現象を起こし易くなる欠点がある。この棒焼けを生じた溶接棒を使用すると、溶接時にアークが不安定となり、溶接作業性の劣化を招くばかりかブローホールや溶け込み不足などの溶接欠陥が発生する。
【0004】
このような非低水素系棒の問題に対して、種々の提案がされている。例えば、固着剤としての水ガラスにおけるSiO2/Na2Oのモル比を2.8〜3.8にした珪酸ソーダを用いて棒焼け現象を低減している発明がある(例えば、特許文献1参照)。ところが、この手段では溶接棒の生産時に被覆の乾燥速度が速くなり、被覆の乾燥割れが生じ易くなり、さらに、Na2Oの含有量が減少するためアーク状態が劣化し、スパッタ飛散が多くなるという問題がある。
【0005】
また、非低水素系棒に一般的に使用されるルチールに含まれるSn量を限定して耐棒焼け性を改善している発明があるが(例えば、特許文献2参照)、天然鉱物であり、Sn含有量が安定しないことや、耐棒焼け性に効果が見られるまでSn含有量を多くすると溶接金属の高温割れが発生し易いという問題があった。さらにSnを含有するルチールは産地が特定され、粒度が細かいという特徴があるため、溶接棒の生産時に被覆の乾燥割れやガス膨れが生じるという問題もある。
【0006】
また、被覆剤の気孔率を限定することにより耐棒焼け性を改善している発明があるが(例えば、特許文献3参照)、耐棒焼け性に効果が見られるまで被覆剤の気孔率が高くなると耐吸湿性が劣化するため、アークが強くなりすぎビード形状が不良となるという問題があった。
【0007】
このように、従来の非低水素系棒においては、溶接作業性などの諸性能を満足しつつ高電流の溶接条件での溶接時の耐棒焼け性を安定して優れたものにすることは困難であった。
【0008】
【特許文献1】特開昭57−206595号報
【特許文献2】特開2001−259889号公報
【特許文献3】特開昭61−129298号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、高電流の溶接条件で溶接しても溶接作業性などの諸性能を満足しつつ耐棒焼け性に優れる非低水素系棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、非低水素系被覆アーク溶接棒の耐焼付け性について鋭意研究し、特に被覆剤中に放熱作用に有効な特定のガス発生剤を含有させることで、耐棒焼付け性が改善できることを見出して本発明を完成した。
【0011】
本発明の要旨は、鋼心線に被覆剤が塗装されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、MnCO3およびFeCO3の1種または2種の合計を0.3〜1.8質量%、TiO2を12〜30質量%、SiO2を15〜30質量%、CaCO3を5〜15質量%、有機物を2〜5質量%、鉄粉を20〜45質量%含有し、その他は脱酸剤、スラグ生成剤、アーク安定剤および不可避不純物からなることを特徴とする非低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0012】
本発明の非低水素系被覆アーク棒によれば、耐棒焼け性を著しく改善し、併せて良好な溶接作業性などの諸性能を確保できる溶接棒を提供でき、溶接施工においては高電流の溶接条件が使用できるので溶接作業能率向上に大いに貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
非低水素系棒の棒焼けは、前述の通り、被覆剤中の有機物のジュール熱による分解燃焼が主原因となり、被覆剤が熱劣化するものである。したがって、耐棒焼け性を改善するには、ジュール熱を抑制する必要があり、そのためには溶融速度を速くすることや被覆剤からの放熱作用を活発にすることが重要である。そこでガス発生剤の放熱作用に着目し、金属炭酸塩における炭酸ガスの分解温度が耐棒焼け性におよぼす影響について種々実験した。
【0014】
非低水素系棒の被覆剤中に添加する金属炭酸塩の炭酸ガス分解温度は、CaCO3が800〜1000℃、MgCO3が600〜700℃であり、これらの含有量を増加することで耐棒焼け性は改善されるが、アークが強くなると共にスラグ生成剤が不足するためビード形状が不良となる問題があった。そこで、その他の金属炭酸塩(BaCO3、MnCO3、K2CO3、FeCO3、Li2CO3、SrCO3など)について検討した結果、分解温度の低いMnCO3およびFeCO3が耐棒焼け性に極めて有効であることを見出した。
【0015】
棒焼け時における被覆剤の温度は600℃前後まで上昇するが、MnCO3およびFeCO3は炭酸ガスの分解温度が低く、MnCO3が300〜500℃、FeCO3が400〜500℃であるため、被覆剤からの放熱作用を促進させると同時に、アーク電圧が更に上がり溶融速度を速くするので耐棒焼け性が著しく向上することが判った。また、BaCO3、K2CO3、Li2CO3、SrCO3など炭酸ガスの分解温度が600℃を超える金属炭酸塩については、被覆剤からの放熱作用が得られず耐棒焼け性を改善するには至らなかった。
【0016】
まず、MnCO3およびFeCO3の適正含有量を調査するため、次のような実験を行った。表1に示す非低水素系棒の被覆剤にMnCO3およびFeCO3の1種または2種の含有量を0〜3.5質量%(以下、%という。)まで変化させたときの耐棒焼け性および溶接作業性について調査した。なお、心線は軟鋼の直径3.2mm、長さ350mmを用いた。
【0017】
【表1】

【0018】
耐棒焼け性試験は、板厚9mm、幅100mm、長さ450mmの軟鋼板を用い交流溶接機を使用して、電流は高電流条件である180Aとした。判定方法は、非低水素系棒特有に生じる溶接現象を活用した。即ち、非低水素系棒は有機物を含有するため高電流で溶接を行うと未溶接部の被覆剤が変質して被覆筒が急激に形成されなくなり、かつ、アーク状態も急変してアーク力が低下し始める部分が生じる。よって、その位置でアークを消弧させ、残りの溶接棒長、つまり正常な溶接ができない残棒長を測定し、各試験の溶接棒10本の平均値が80mm以下を良好とした。
【0019】
また、溶接作業性の調査は、板厚4.5mm、幅75mm、長さ450mmの軟鋼板をT型に組み、交流溶接機を用い、電流は水平すみ肉溶接が140A、立向姿勢溶接が100Aの溶接条件で、それぞれのアーク状態、スラグ状態、再アーク性、ビード形状などを調査した。その判定は水平すみ肉と立向姿勢溶接の溶接作業性を総合判定した。以上の試験から得られた結果を図1に示す。
【0020】
図1は、被覆剤中のMnCO3およびFeCO3の添加量と残棒長さの関係を示したもので、MnCO3およびFeCO3の1種または2種の合計添加量が2%以上では、スラグ生成剤の不足およびアーク電圧が高くなることからビード形状を満足することができないため、微量添加であることが極めて重要であることが判った。さらに適正添加量の検討を進めた結果、1.8%を超えるとビード形状が劣化した。また、MnCO3およびFeCO3の1種または2種の合計添加量が0.3%未満では、残棒長さが長く耐棒焼け性を改善することができない。したがって、良好な溶接性能を確保しつつ優れた耐棒焼け性を得るには、MnCO3およびFeCO3の1種または2種の合計を0.3〜1.8%にすべきであることが判った。
【0021】
次に、TiO2は、スラグ生成剤およびアーク安定剤として添加する。TiO2が12%未満であるとスラグの流動性が劣化し、ビード外観が不良となる。一方、30%を超えるとスラグが緻密になりすぎスラグ剥離性が不良となる。
【0022】
SiO2もスラグ生成剤およびアーク安定剤として添加する。SiO2が15%未満であるとアークが弱く適度な溶け込み深さが得られず、また生成したスラグのガラス質が少なく良好なスラグ剥離性が得られない。一方、30%を超えるとアークが強くなりすぎてビード形状が不良となる。
【0023】
また、ガス発生剤として前記MnCO3およびFeCO3の他にCaCO3を添加することが有効である。CaCO3が5%未満では耐棒焼け性が劣化し、ガス発生量が少ないことから溶着金属や溶融スラグを十分に保護できず、ビード形状が不良となる。一方、15%を超えるとアークが強くなると共にスラグ生成量が少なくなりビード形状が不良となる。
【0024】
有機物は、再アーク性を向上することができ、被覆筒の強化(耐棒欠け性)およびアーク力の確保に有効である。有機物が2%未満であると良好な再アーク性が得られず、また耐棒欠け性が不良となる。一方、5%を超えると耐棒焼け性が劣化し、またアークが強くなりすぎビード形状が不良となる。なお、有機物としてセルロース、デキストリン、小麦粉澱粉、リグニン、コーンスターチなどを使用することができる。
【0025】
鉄粉は、良好な再アーク性が得られると同時に作業能率を向上させるために必要である。鉄粉が20%未満であると良好な再アーク性を得ることはできない。一方、45%を超えると被覆筒が浅くなりアークが不安定で短絡し易く、被覆の電気伝導性が過剰に高くなり被覆筒以外でもアークが発生しする場合があり好ましくない。
【0026】
本発明の非低水素系棒は、その他の成分として脱酸剤であるFe−MnやFe−Siを15%以下、スラグ生成剤であるMgO、Al23、FeOなどを5%以下、アーク安定剤であるNa2OやK2Oを4%以下の範囲で含有することができる。
【実施例】
【0027】
次に実施例により本発明の効果を更に具体的に説明する。
表2に示す成分組成の被覆剤を直径3.2mm、長さ350mmの軟鋼心線に被覆塗装して12種類の溶接棒を試作し、交流溶接機を使用して、前述した溶接条件および判定方法により耐棒焼け性、溶接作業性について調査した。更に、再アーク性についても調査した。
【0028】
【表2】

【0029】
再アーク性試験は、二次側無負荷電圧が60Vの小型溶接機を使用して10秒間溶接し、溶接棒先端の被覆部が常温になった後、溶接棒の被覆筒を板厚9mmの軟鋼板をT型に組んだ試験体のすみ肉部へ軽く接触させて各20本調べた。直ちにアークが発生したものを合格と判定し、合格本数が16本以上を良好とした。それらの結果を表3にまとめて示す。
【0030】
【表3】

【0031】
表2および表3中溶接棒No.1〜No.6が本発明例、溶接棒No.7〜No.12は比較例である。
【0032】
本発明例である溶接棒No.1〜No.6は、炭酸ガスの分解温度が低いMnCO3およびFeCO3の添加量が適正であるので、耐棒焼け性が優れ、TiO2、SiO2、CaCO3、有機物および鉄粉の添加量も適正であるので、再アーク性および溶接作業性も良好で、極めて満足な結果であった。
【0033】
比較例中溶接棒No.7は、MnCO3およびFeCO3の合計添加量が少ないので被覆剤からの放熱作用が得られず、また溶融速度が遅くなり耐棒焼け性が不良であった。さらに、有機物が多いのでビード形状も不良となった。
【0034】
溶接棒No.8は、MnCO3およびFeCO3の合計添加量が多いのでアークが強くなりすぎビード形状が不良となった。また、有機物が少ないので再アーク時に被覆欠けが発生し溶接棒が短絡した。
【0035】
溶接棒No.9は、CaCO3が少ないので耐棒焼け性およびビード形状が不良であった。また、鉄粉が多いのでアークが不安定で短絡しやすくなった。
溶接棒No.10は、SiO2が多いのでアークが強くなりすぎてビード形状が不良であった。また、鉄粉が少ないので再アーク性も不良であった。
【0036】
溶接棒No.11は、CaCO3が多いのでアークが強くなりスラグ生成量が少なくなってビード形状が不良となった。また、TiO2が多いのでスラグ剥離性も不良であった。
【0037】
溶接棒No.12は、TiO2が少ないのでスラグの流動性が劣化してビード外観が不良であった。また、SiO2が少ないのでアークが弱くスラグが結晶化してスラグ剥離性も不良であった。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】被覆剤中のMnCO3およびFeCO3の添加量と残棒長さによるビード形状の劣化、溶接棒焼付けの関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が塗装されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、MnCO3およびFeCO3の1種または2種の合計を0.3〜1.8質量%、TiO2を12〜30質量%、SiO2を15〜30質量%、CaCO3を5〜15質量%、有機物を2〜5質量%、鉄粉を20〜45質量%含有し、その他は脱酸剤、スラグ生成剤、アーク安定剤および不可避不純物からなることを特徴とする非低水素系被覆アーク溶接棒。

【図1】
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【公開番号】特開2008−6446(P2008−6446A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−176230(P2006−176230)
【出願日】平成18年6月27日(2006.6.27)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】