説明

非晶質合金の製造方法

【課題】 非晶質合金の簡便で優れた製造方法を提供する。
【解決手段】 非晶質形成能をもつ合金の溶解から合金溶湯冷却時の雰囲気圧力を0.7〜200気圧に調整し、不活性ガス雰囲気に構成することにより、冷却時の核生成を抑制することで実質的に非晶質形成能を向上させ、また、機械的特性等の工業的な特性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性や機械的強度に優れる非晶質合金の効率的製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、溶融状態の合金を急冷することにより、薄帯状、フィラメント状、粉粒体状等の種々の形態を有する非晶質金属材料が得られることはよく知られている。これら非晶質合金は、Fe,Ni,Co,Pd,Cu,Zr,Hf,Ti,Mg基といった多くの合金系で製造されており、結晶質金属材料では得られない高耐食性、高強度、高磁気特性といった工業的に極めて重要な特性を示すために、新たな構造材料、医用材料、化学材料、電磁気材料等の分野への応用が期待されている。これまで、上記のような非晶質合金はその形態が、薄帯、細線、粉末等に限られており、その優れた性質にもかかわらず、工業的な応用が著しく制限されてきた。
【0003】
最近になって、上記非晶質合金の非晶質形成能の詳細な検討、最適組成化および製造方法の検討が精力的に行われ、構造材等の用途として十分な寸法をもった非晶質合金塊(以下、バルク状非晶質合金と表記)が多数開発されるようになってきた。例えば、Zr−Al−Ni−Cuの合金においては、直径30mm、長さ50mmのバルク状非晶質合金が得られている(非特許文献1)。これらのバルク状非晶質合金は1700MPa以上の引張強度と500以上のビッカース硬度を有しており、極めて高強度な構造材料として期待される。またFe系等のバルク状非晶質合金では、保磁力0.5A/m(非特許文献2)、最大透磁率25000、飽和磁化1.34T(非特許文献3)といった従来材にはない優れた特性も報告されており、電磁気材料部材としても非常に有望である。
【非特許文献1】日本金属学会欧文誌:1995年36巻179ページ
【非特許文献2】日本金属学会欧文誌:1997年38巻189ページ
【非特許文献3】日本金属学会欧文誌:1997年38巻577ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のバルク状非晶質合金は、より大きな形状の製造や製造条件にわずかな変動が起きると、十分な冷却速度が得られず、構造緩和や部分的な結晶化によって機械的性質や磁気的性質に著しい劣化が起き、工業的な信頼性が低いことが問題となっていた。そのためより冷却効率の優れた製造方法の開発が望まれていたが、これには多くの費用を要し、工業化の大きな妨げとなっていた。
【0005】
本発明はこのような問題点を解決するために、合金の核生成頻度の抑制によって実質的な非晶質形成能を向上させるという新しい観点を導入することで、冷却効率に優れた新しい製造装置の開発という高価な改善を必要とせず、安定した品質をもったバルク状非晶質合金を簡便に製造できる方法を案出したものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は特に、非晶質合金の効率的製造方法の目的を達成するため、製造条件を詳細に検討した結果、雰囲気圧を制御することにより、これまでの非晶質合金の製造における冷却能を改善し、より大きな寸法またはより安定な非晶質合金の製造を可能にしたことを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は非晶質合金製造時の雰囲気圧を0.7〜200気圧とし、この圧力中で溶解した溶湯を鋳型等へ射出するかまたは、溶湯を保持した容器ごと水冷等により冷却することを特徴とする。非晶質合金は通常、試料酸化等を防ぐため、いったん真空雰囲気にして酸素濃度を低減した後、アルゴン等の不活性ガスを0.5気圧程度以下まで導入した後、合金を溶解して鋳型やロールに噴出して製造する。または溶解した容器ごと水冷等により冷却し、製造する。この際、雰囲気圧力を真空か大気圧より相当に減圧された条件で行うのは、経験的にバルク状非晶質合金を製造する際の気泡等の巻き込みを抑制し、欠陥の少ない高密度の部材を製造するためであると考えられている。
【0008】
これまでも、単ロール法等の非晶質合金の製造方法では、雰囲気圧力を上げることは冷却時の伝熱による熱伝達を向上させることで冷却能の向上が期待されるとの予想のもとに検討はされてきたが、冷却時間がおよそ百万分の1秒程度であることから、実質的な効果を上げるには至っていなかった。またバルク状部材の製造においては、冷却が鋳型の接触による熱伝達によって支配されているとの観点から雰囲気圧力の影響は考慮されていなかった。
【0009】
本発明では、非晶質合金製造時の雰囲気圧力を0.7〜200気圧の範囲で行う。これは圧力を上げることで、冷却時の伝熱の効果を向上させることによる冷却能の効率向上を目指すものではなく、非晶質合金の製造時に重要な融点以下に冷却された液体状態(過冷却液体状態)での結晶相の核生成を抑制する効果をもたらすことを見いだしたためである。
【0010】
溶液中の過飽和固溶体から凝集分離相の核生成頻度はその静水圧の影響を受けることを示唆する考察はこれまでも認められた。これは溶液中で核生成に必要となる体積変化(活性化体積)過程が外圧によって大きな抵抗を受け、その結果、結晶の析出挙動が抑制されるとの考察に基づくものであった。しかし、液体金属からの結晶相生成においては、取り扱っている時間スケールが全く異なるため、このような影響については明らかにされてこなかった。
【0011】
また、過飽和固溶体からの凝集分離相析出と液体金属の凝固過程が必ずしも同一に考えることができないとの推論によっていた。しかし、発明者らは合金溶湯(液体金属)からの冷却過程においても雰囲気圧力(外圧)の上昇によって結晶相析出の核生成頻度抑制の効果があることを明らかにした。このような核生成抑制のためには、雰囲気圧力は高いほど効果があることが示唆されるが、高い雰囲気圧力下では、装置の制約を受けるため非常なコスト上昇をもたらす。
【0012】
本発明にあるように、圧力が0.7〜200気圧の範囲であれば、容易に雰囲気圧力を得ることができ、このような雰囲気の中で合金を溶解、冷却することで上記のような問題点を解決し、核生成が抑止された結果、実質的に高い冷却速度をもった非晶質合金の形成が可能となった。また本発明では、雰囲気は特に制限を受けるものではないが、溶湯の酸化が懸念されるような合金系においては不活性ガス雰囲気が望ましい。
【0013】
本発明では、0.7〜200気圧の圧力に保持された雰囲気で合金を溶解した後、銅製等の鋳型に射出するか、または溶解した合金を保持している容器ごと水等に焼き入れを行うことで冷却を行う。これらの発明においては、合金組成、合金系、部材形状および工業的用途等の制限を受けるものではないが、特に、過冷却液体領域から準安定非平衡相が析出する合金においては、初晶の核生成に寄与する活性化体積が増大する傾向が認められるため、結果として高い非晶質合金形成能を達成できる。
【0014】
以上のように、非晶質合金の製造時の雰囲気圧力を0.7〜200気圧の範囲で、さらに望むべくは、不活性ガスを用いて圧力を制御することにより、耐食性、機械的性質や電磁気特性に優れた非晶質合金を簡便に製造でき、工業的用途は極めて大きい。
【0015】
<実施例1>
以下本発明の実施例について説明する。銅鋳型鋳造法により本発明によって製造したバルク状非晶質合金の評価を表1に示す。また、本発明によらない製造例の評価もあわせて示す。
【0016】
表1より明らかなように、本発明によって非晶質合金の形成条件を著しく向上させることができる。
【0017】
従ってこれらの結果から、本発明による非晶質合金の製造方法で製造された材料は冷却速度が優れていることがわかる。またこの中で、過冷却液体から準安定非平衡相が析出する合金としてZr65Al7.5Ni10Cu12.5Pd5およびCu60Zr30Ti10があり、これらの合金では、これまで結晶質合金しか得られていなかったが、本発明による雰囲気圧力の増加によって非晶質単相試料が得られており、特に雰囲気圧力の増加による非晶質形成能の顕著な向上が認められた。
【0018】
【表1】

注)構造評価においてAは非晶質、A+Cは非晶質+結晶質、Cは結晶質を示す。

<実施例2>
本発明および本発明によらない方法で作製した直径3mmのZr55Al5Ni10Cu30とCu60Zr30Ti10(いずれも原子%)の2種類の非晶質合金の表面ビッカース硬さ(Hv)、引張破断強度(σf)、曲げ強度を表2に示す。
【0019】
【表2】

これらの結果から本発明の非晶質合金の製造方法による材料は、機械的性質に優れていることがわかる。
<実施例3>
過冷却液体から準安定非平衡相としてナノスケールの準結晶相が析出するZr65Al7.5Ni10Cu14.5Pd3(原子%)合金を、反応を防ぐため内面を窒化硼素(BN)でコーティングし、一端を封じた種々の粒径の鉄製パイプに入れて真空に減じた後、アルゴンガスを導入して種々の圧力にした後、高周波炉で合金を溶解し、水焼き入れを行った例を図1に示す。ここでは、非晶質構造が得られた最大直径と雰囲気圧力の関係をグラフ化しているが、雰囲気圧力が大きくなるのに従って、非晶質合金を製造できる最大直径も大きくなっている。このことより、求める最大直径に応じて製造装置の雰囲気圧力を選定して良いことが判る。雰囲気圧力の低くても良い装置は装置設備費を軽減する効果がある。
尚、雰囲気圧力の上限を200気圧として説明しているが、本発明の原理においては上限を設けるもので無いことは明らかである。産業上、設備費用の費用対効果の面から200気圧までのデータを示し説明したものである。
【0020】
<実施例4>
直径3mmのZr55Al5Ni10Cu30とCu60Zr30Ti10(いずれも原子%)非晶質合金の製造において、雰囲気圧力を1気圧とした。雰囲気をアルゴンガスと空気の2種類とした試料のビッカース硬度、引張破断強度および曲げ強度を表3に示す。
【0021】
【表3】

これらの結果は不活性ガス中で作製した試料の方が機械的性質に優れていることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0022】
以上のように、非晶質合金製造時の雰囲気圧を制御し、冷却過程での結晶相の核生成を抑制することで実質的に非晶質合金の形成能を向上させる事が出来る。即ち、得られた非晶質合金の機械的および電磁気的特性を簡便に改善させることができる。これらの発明は実用材料として信頼性に富んだ非晶質合金材料を提供することができるため、工業化の寄与は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例3の評価をまとめたグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質形成能をもつ合金の溶解から該合金の溶湯冷却工程を、雰囲気内の気圧一定以上の中で行うことを特徴とする非晶質合金の製造方法。
【請求項2】
前記一定以上の気圧を0.7気圧以上とすることを特徴とする請求項1記載の非晶質合金の製造方法。
【請求項3】
前記一定以上の気圧を0.7気圧以上、200気圧以下とすることを特徴とする請求項1記載の非晶質合金の製造方法。
【請求項4】
前記雰囲気内を不活性ガスで構成したことを特徴とする請求項1記載の非晶質合金の製造方法。
【請求項5】
非晶質合金として準安定非平衡相が初晶として析出する合金を用いることを特徴とする請求項1記載の非晶質合金の製造方法。
【請求項6】
求める非晶質合金の最大直径に応じて、前記雰囲気内の気圧を変えることを特徴とする請求項1記載の非晶質合金の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−68756(P2006−68756A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−253092(P2004−253092)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】