説明

音叉型水晶触覚センサの利用方法

【課題】音叉型の水晶振動子の共振時の等価直列容量の値の変化量から測定対象物のヤング率等の物理定数の測定を可能にする。
【解決手段】本発明に係る音叉型水晶触角センサの利用方法は、音叉型水晶触覚センサが備える音叉型の水晶振動子の基底部を測定対象物に接触させる前における水晶振動子の共振状態の等価直列容量Caと、前記水晶振動子の基底部を所定の荷重を加えて測定対象物に接触させた状態における水晶振動子の共振状態の等価直列容量Caとを測定し、前記等価直列容量Caと等価直列容量Caとの差に基づいて、測定対象物の物理定数を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は音叉型水晶触覚センサの利用方法に関し、より詳細には音叉型水晶触覚センサを用いて測定対象物のヤング率等の物理定数を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者は先に、音叉型水晶振動子の基底部を測定対象物に接触させ、その基底部下面への荷重によって発生する抗力により、音叉型水晶振動子の周波数を変化させ、その周波数の変化量からヤング率を求める方法を提案した(特許文献1、非特許文献3)。ヤング率の測定方法には、従来、プラスチックのような硬い物体においては引っ張り試験法が、ゴムのような粘弾性体においては回転式のレオメーター(非特許文献1)やDMA(Dynamic Mechanical Analysis)(非特許文献2)などが用いられてきた。
音叉型水晶振動子を測定対象物に接触させてその周波数の変化を検知してヤング率を測定する方法は、軟らかいものから硬いものまで、一つの装置によって幅広く測定することができるという利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−275153号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】松本孝芳:コロイド科学のためのレオロジー, 丸善株式会社, 平成15年,pp.57〜71.
【非特許文献2】Kevin P. Menard:Dynamic Mechanical Analysis,CRC Press, 1999,pp.2〜5.
【非特許文献3】Hideaki Itoh,et al:Model of ContactMechanism for Quartz-Crystal Tuning-Fork TactileSensor,Jpn.J.Appl.Phys.,Vol.43,No.5B, pp.2982〜2986,2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した音叉型水晶振動子を測定対象物に接触させてその周波数の変化から物質のヤング率を測定する方法は、水晶振動子の周波数の変化を検知することに基づくものであるが、その周波数の変化量は、例えば、プラスチックへ接触させたときには32.5kHzの音叉型水晶振動子で約7Hz程度上昇するのみであって、変化量を高精度に検知することが困難であるという問題と、水晶振動子を測定対象物に接触させる荷重を変えることによって周波数の変化量が変動し、測定条件が検知結果に影響を及ぼすという難点があった。
本発明は、音叉型水晶振動子を利用して測定対象物のヤング率等の物理定数を検知する場合に、より高精度に、かつ物質の本来的な性状に基づく的確な測定を可能にする音叉型水晶触覚センサの利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本出願に係る音叉型水晶触覚センサの利用方法は、音叉型水晶触覚センサが備える音叉型の水晶振動子の基底部を測定対象物に接触させる前における水晶振動子の共振状態の等価直列容量Caと、前記水晶振動子の基底部を所定の荷重を加えて測定対象物に接触させた状態における水晶振動子の共振状態の等価直列容量Caとを測定し、前記等価直列容量Caと等価直列容量Caとの差に基づいて、測定対象物の物理定数を算出することを特徴とする。
【0007】
また、本発明に係る音叉型水晶触覚センサの利用方法は、前記等価直列容量Caの逆数、及び等価直列容量Caの逆数の差が測定対象物のヤング率に相関することに基づいて、測定対象物のヤング率を算出することを特徴とする。
また、前記音叉型水晶触覚センサとして、支持片により水晶振動子の幅方向の両側面を挟圧して支持するとともに、水晶振動子の厚さ方向の両側面に、計測器に接続されるリード線と電気的に接続される電極を設けたものを使用することを特徴とする。
また、前記計測器はインピーダンスアナライザを備え、等価直列容量Caと等価直列容量Caとは、前記インピーダンスアナライザを用いて、共振状態における水晶振動子の電気的等価回路における各パラメータの値から算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る音叉型水晶触覚センサの利用方法によれば、測定対象物のヤング率等の物理定数を、水晶振動子を測定対象物に接触させる前後における水晶振動子の電気容量の変化量から検知することができ、測定対象物の特性を高精度に検知することができる。また、本発明では測定対象物を振動させた状態での特性、いいかえれば測定対象物の動的な特性を検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】音叉型水晶触覚センサの構成を示す斜視図である。
【図2】音叉型水晶触覚センサを用いるヤング率測定装置の概略構成図である。
【図3】水晶振動子の共振時における電気的等価回路である。
【図4】水晶振動子の腕部分を示す説明図である。
【図5】張り合わせ屈曲モデルによる音叉型水晶振動子の腕の断面の電界分布を示す説明図である。
【図6】腕と基底部とを連結した音叉型水晶振動子の右半部のモデルである。
【図7】ゴムとプラスチックのサンプルについて測定した電気容量の変化とヤング率との関係を示すグラフである。
【図8】回転のウィンクラー係数Rと共振周波数との関係を示すグラフである。
【図9】容量変化の回転のウィンクラー係数R依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、ヤング率等の物理定数の測定に利用する音叉型水晶触覚センサの構造を示す。音叉型水晶触覚センサは、音叉型水晶振動子(以下、単に水晶振動子ともいう)の基底部の両側面がアクリルケースの支持片により両側から挟み込まれるようにして支持され、水晶振動子の厚さ方向の両側面に形成された電極にリード線がはんだ付けされ、リード線の端部がアクリルケースの表面上に引き出されて接着剤によって接着支持されている。水晶振動子の基底部の測定対象物に接触する面(接触面)面は、アクリルケースの支持部よりも下方(図1の下方)に若干突出する。音叉型水晶振動子には、一例として、発振周波数32.768kHzの時計用のものを用いることができる。
【0011】
図2に音叉型水晶触覚センサをヤング率の測定に利用する場合の測定装置の構成を示す。この測定装置は、音叉型水晶触覚センサの水晶振動子の基底部を測定対象物に押し当てるためのロボットアームと、水晶振動子の電極に電気的に接続され水晶振動子の共振周波数における等価直列容量を計測するインピーダンスアナライザと、音叉型水晶触覚センサの水晶振動子に所定の荷重を印加して測定対象物に接触させた際における等価直列容量の変化に基づいて測定対象物のヤング率を算出するコンピュータとを備える。
【0012】
具体的に説明すると、図2に示すように、音叉型水晶触覚センサは、圧力センサを介してロボットアームの先端に固定されている。ロボットアームは、可動アーム部に相当し、圧力センサの検出値に基づいて、所定の荷重、一例として10gの荷重で水晶振動子の基底部を測定対象物の表面に押接するように、トランスデューサを介してコンピュータにより帰還制御される。
【0013】
インピーダンスアナライザは計測部に相当し、水晶振動子の基底部を測定対象物に接触させた状態で、水晶振動子に印加する電圧振幅を一定にし、その周波数をスイープして、共振状態における図3に示す電気的等価回路における各パラメータの値を測定する。実際の測定は、測定対象物(サンプル)の中心位置に水晶振動子の基底部を接触させ、同一サンプルについて繰り返して5回測定した平均値を測定値とした。
【0014】
音叉型水晶振動子を用いてヤング率を測定する場合は、測定対象物に水晶振動子を接触させることによって生じる図3に示す等価直列容量Caの変化量に基づいてヤング率を求める。
以下では、音叉型水晶触覚センサを測定対象物に接触させた際に等価直列容量Caが変化する変化量から測定対象物のヤング率を検知できる原理について説明する。
はじめに、音叉型水晶振動子の1本の腕(水晶梁)に注目し、腕を圧電体としてその腕の動的容量を解析する方法(第1のモデル)について説明し、次に、音叉型水晶振動子が接触する対象物を弾性体とし、腕と基底部とを弾性的に(ねじりバネにより)連結させた構造から動的容量を解析する方法(第2のモデル)について説明する。第2のモデルにおいても、腕を圧電体として解析している。
【0015】
(第1のモデルによる解析)
図4に示すように、音叉型水晶振動子の1本の腕に注目し、図のように座標軸をとる。腕の断面の電界分布に張り合わせ屈曲モデル(「尾上守夫監修:電気電子のための固体振動論の基礎, オーム社, 昭和57年, pp.142〜148, pp.156〜157.」、「植田敏嗣:水晶のマイクロ加工と温度計への応用に関する研究, 昭和61年学位論文(東工大).」参照)を適用すると、水晶振動子の1本の腕をy軸の正方向から見たときの腕の断面の電界分布は図5のようになる。
【0016】
この水晶梁における圧電方程式は次式で表される。
【数1】

【数2】

【0017】
水晶梁が屈曲振動するとき、y軸方向に沿った変位をξとすると、ひずみS2と電界E3は次式となる。
【数3】

ただし、φはポテンシャルである。
【0018】
水晶梁内で電気変位は一定であるから、
【数4】

となり、
【数5】

となる。これよりポテンシャルφは、
【0019】
【数6】

と表すことができる(L1、L2は積分定数)。
【0020】
【数7】

となり、これを(1)式、(2)式にそれぞれ代入して整理すると応力T2と電束密度D3は次式となる。
【0021】
【数8】

【数9】

【0022】
梁の断面に働くモーメントMは(8)式を用いて、下記の(10)式のように求めることができる。
【数10】

【0023】
水晶梁における運動方程式は、ρを密度、A(=t0w0)を腕の断面積とすると、音叉断面でz軸方向に働くせん断力FはモーメントMを微分した形で与えられるので、(10)式を用いて次式で与えられる。
【数11】

この(11)式を変形すると、
【数12】

であり、Kl=α(αは片持ち梁の固有値で基本振動のとき1.875)とすると、
【数13】

となる。運動方程式の境界条件は、
【数14】

となり、(12)式の解は、
【0024】
【数15】

で表されるから、(14)式の境界条件を用いて、
【数16】

と求まる。Kl=αを用いて整理すると振動変位ξは次式となる。
【0025】
【数17】

【0026】
次に、入力アドミッタンスYを求める。電流Iは以下の関係式より求めることができる。
【数18】

【0027】
入力アドミッタンスY=-I/V=Y+Ymとすると、
【数19】

【数20】

となる。(19)式のjωを除いた項部分は図3の並列容量Cbに、(20)式のjωを除いた項部分は図3の等価直列容量Caにそれぞれ相当する。ここでは、共振状態における等価直列容量Caの値を導出したいため、(20)式を共振点展開する。Mittag-Lefflerの定理(「抜山平一:電磁気学 第2巻 電流論,丸善,昭和28年,pp50〜52.」参照)、
【数21】

を用いて、(20)式の右辺を展開し、
【数22】

とおくと、
【数23】

と求まる。Ca=1/(ω2L)であることから、(13)式と(23)式を用いて等価直列容量Caを求めると、
【0028】
【数24】

となる。これまでは音叉型水晶振動子の腕1本について解析してきた。ここで、音叉型水晶振動子の2本の腕は電気的に並列接続された構造をしているため、音叉型水晶振動子の2本の腕の部分における等価直列容量Caを求めると次式となる。
【0029】
【数25】

【0030】
この式に水晶のBechman定数(「R.Bechmann:Elastic and Piezoelectric Constants of Alpha-Quartz, Phys.Rev.110,
pp.1060〜1061,1958.」参照)を代入すると、3.57fFとなる。実験で用いた音叉型水晶触覚センサの等価直列容量の値は3.5〜3.7fFであった。仮定した張り合わせ屈曲モデルは触覚センサに用いた音叉型水晶振動子の振る舞いを良く記述していることが分かる。
【0031】
機械振動系の基本構成要素であるばねは電気系の基本構成要素であるキャパシタンス素子と対応関係があることは知られている(「古賀逸策:圧電気と高周波, オーム社, 昭和12年, pp.93〜98.」参照)。粘弾性体の挙動をばねとダンパを用いたモデルで表したとき、粘性部分を受け持つのがダンパ、弾性部分を受け持つのがばねであるため、この弾性部分がヤング率に相当すると考えれば容量変化からヤング率を推定できると考えられる。ばね定数は容量の逆数に対応するため、(25)式の逆数を考えると、下式となる。
【0032】
【数26】

【0033】
触覚センサを物体に接触させたときの等価直列容量の値をCa´、水晶のヤング率の値をE´とすれば、接触前後の等価直列容量Caの逆数の差Δ1/Caは、
【数27】

となる。ここで、定数部分をA、水晶の見かけのヤング率減少分をΔE=E-E´とし、(27)式をΔEに関して書き換えると
【数28】

となる。式(28)は、水晶の見かけのヤング率の減少分が触覚センサを接触させた物体のヤング率の影響であると考えれば、Δ1/Caの測定結果から物体のヤング率を算出できることを表している。
【0034】
(28)式から、物体のヤング率が水晶のヤング率よりも十分に小さいときにはE´=E-ΔEであるからEE´≒E2とできるのでΔ1/CaとΔEは比例関係にあることが分かる。
【0035】
(第2のモデルによる解析)
第2のモデルによる解析においては、水晶振動子の腕の歪エネルギーと静電エネルギーとが等しいとするエネルギー保存則から等価直列容量Caを求める。このような解析方法を採用するのは、このモデルの場合は、第1のモデルの解析において利用したMittag-lefferの定理が、水晶振動子の共振点近傍で適用できないからである。
【0036】
i) 静電エネルギーの導出
水晶梁に誘起される電荷Qは、張り合わせ屈曲モデルを利用して得られた式(9)から次式で表される。
【数29】

となる。なお、(29)式では図6におけるt0をt、lをl20をw2とし、また、腕の屈曲変位をξではなくu2としている(以下、同様)。第2項は電極部直下に蓄えられる静的電荷で図3のCに対応するため以後無視することにする。すると腕部に蓄えられる動的な静電エネルギーP1は、
【数30】

【0037】
ii) 歪みエネルギーの導出
図6(a)に示すように、音叉型水晶振動子の右半分のモデルを考える。基底部を梁A、腕部を梁Bとし、二本の屈曲棒で近似する。基底部はアクリルケースからPtの力を受けるものとし、また、接触する物体からの反力ku1を導入することで、物体からの影響をも含めた歪エネルギーを導出する。ただし、kは物体のウィンクラー係数、u1は梁Aの屈曲変位である
この2本の棒の接合部に図6(b)に示すねじりバネのモデルを導入し、そのねじりバネの回転のウィンクラー係数をRとする。また、梁Aの左端を原点として右側を正とするx1軸と、梁Aと梁Bの接合部を原点として上側を正とするx2軸を導入する。
【0038】
すると、腕部に蓄えられる歪みエネルギーP2は以下の式により求めることができる。
【数31】

【0039】
iii) 等価直列容量の導出
エネルギー保存則から歪みエネルギーと静電エネルギーは等しいとすると、(30)、(31)式から
【数32】

となる。ただし、(32)式は振動子半分の値であり、この2倍の値が振動子全体の等価直列容量の値となる。
【0040】
(32)式において変数は梁Bの屈曲変位u2であるため、その導出方法を以下に示す。
図6(a)で梁Aの左側(x=0)を固定端と考えると変位及び回転角は零となるので、
【数33】

梁Bの上側(x2=l2)を自由端と考えると曲げモーメントM2及びせん断力は零となるので、
【数34】

【0041】
梁Aと梁Bの接合部においては、ねじりバネを導入するために梁Bの屈曲変位は零とし、縦振動の変位を無視する妹沢近似(「K.Sezawa and
K.Kanai: J.Earthquake Inst. 10(1932)767.」参照)用いた。接合部では梁Aと梁Bの曲げモーメントにねじりバネによるモーメントを含めたもの及び回転角が一致すると考える。
【数35】

【0042】
x1=l1におけるせん断力は梁Bの慣性力と等しいとする妹沢近似より、
【数36】

【0043】
また、基底部における運動方程式はアクリルケースからの軸力Ptと接触させた物体からku1の反力を受けるから、
【数37】

【0044】
(37)式において、
【数38】

とおくと、
【数39】

【数40】

となる。よって、特性根は、
【数41】

となる。(41)式の特性根は二重根号を含むため、数値計算を行うには以下のように場合分けする必要がある。
【0045】
【数42】

それぞれの場合について、変位u2を導出する。
【0046】
【数43】

【数44】

とおくことができる。すると、梁Aの屈曲変位は、
【数45】

と表せる。
【0047】
また、梁Bの運動方程式は、
【数46】

であるから、
【数47】

【数48】

とおくと、梁Bの屈曲変位は、
【数49】

となる。(45)、(49)式の変位を(33)〜(36)式の境界条件に代入すると以下の行列式が得られる。
【数50】

ただし、
【数51】

【0048】
(50)式より梁Bの屈曲変位u2は次式で表される。
【数52】

ここで、
【数53】

【数54】

【数55】

である。
【0049】
【数56】

【数57】

とおくことができ、梁Aの屈曲変位は、
【数58】

となる。
【0050】
以下[1]の場合と同様にして以下に示す行列式が得られる。
【数59】

ただし、
【数60】

である。
【0051】
(59)式より梁Bの屈曲変位u2は次式となる。
【数61】

ただし、
【数62】

である。
【0052】
【数63】

【数64】

となり、これを解くと、
【数65】

となる。これより、
【数66】

とおく。この2式の和をとると、
【数67】

差をとると、
【数68】

となるので、(68)式を(67)式に代入して、
【数69】

となる。
【0053】
梁Aの屈曲変位は、
【数70】


【数71】

ただし、
【数72】

【数73】

である。(71)式より梁Bの屈曲変位u2は次式となる。
【0054】
【数74】

ただし、
【数75】

である。
こうして、式(32)によって与えられる等価直列容量Cは、式(52)、(61)、(74)から求められることになる。
【0055】
(実験結果)
図7は、硬さが異なる複数種のゴムとプラスチックをサンプルとし、図1に示す音叉型水晶触覚センサを、10gの荷重でサンプルに接触させる前後の等価直列容量の逆数の差Δ1/Caを測定し、サンプルのヤング率と等価直列容量の逆数の差Δ1/Caとの関係を示したグラフである。表1に実験に使用したサンプルの種類と大きさ、ヤング率を示す。表1中でシリコンゴムの#はJIS硬度を示す。JIS硬度20、50、60、70のサンプルは厚みが0.2mmと薄かったため、半分に折り重ね、厚さを0.4mmとし、下地の影響が出ないようにして測定した。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に示すヤング率は、シリコンゴムとネオプレンゴムについては、曲げ法により実際のサンプルについて測定して得たヤング率、PVC、PC、アクリルは引っ張り試験機を使用して実際のサンプルを測定して得られたヤング率である。
【0058】
図7に示す測定結果は、ヤング率が大きくなると、等価直列容量の逆数の差Δ1/Caも大きくなる傾向を示している。
また、図7には、前述した式(28)と式(32)に基づき、ウィンクラー係数と物体のヤング率とを等価とみなして、理論的に等価直列容量の逆数の差Δ1/Caを数値計算により求めた曲線を示している。理論値は、式(32)のCaの値を2倍した。式(27)は音叉型水晶振動子の腕部分のみを考慮して等価直列容量を求めたものであり、式(32)は音叉型水晶振動子の基底部(腕を連結している部分)についても考慮して等価直列容量を求めたものである。図7の実験結果は、音叉型水晶振動子の基底部からの寄与を考慮して得られた理論値はプラスチックのサンプルについては、実験値によく一致することを示している。
【0059】
なお、プラスチックのにおいて理論値と実験値とで生じている差はプラスチックの動的なヤング率と静的なヤング率の差に起因していると考えられる。
また、本発明においてヤング率の測定に用いている音叉型水晶触覚センサは、約32.5 kHzで振動している状態で測定対象物に接触する。したがって、センサの基底部には測定対象物の動的ヤング率による反力を受けている。いいかえれば、上述した電気容量の変化量から得られるヤング率は、動的な電気容量の変化量に基づく測定結果である。本方法による場合は、このように動的なヤング率を測定している点で特徴的である。
【0060】
図7のヤング率が小さいゴムのサンプルについては、容量変化の測定結果が理論値よりも大きく表れている。これは、粘弾性体であるゴムの32.5 kHzでの粘性の影響と考えられ、粘性の影響を考慮することによって、より実験値に近づけることができると考えられる。いいかえれば、実験値についての解析をさらに進めることにより、容量変化についての測定結果に基づいて測定対象物の粘性についての知見を得ることも可能である。このように、本発明に係る音叉型水晶触覚センサは測定対象物のヤング率を検知する他に測定対象物の粘性等の物理定数を検知する方法として利用することが可能である。
【0061】
音叉型水晶振動子を図6(a)の解析モデルで表したときの共振周波数を数値計算で求めると回転のウィンクラー係数Rと共振周波数との間には図8のような関係が見られる。これは回転ウィンクラー係数Rの値が約80付近でねじりバネが共振するからで、このねじりバネの存在によって周波数が音叉の腕のみを片持ち梁モデルで計算した周波数約39.5 kHzより音叉構造の周波数に近づく。今回計算で使用した回転ウィンクラー係数Rは、図8より、周波数が32.768kHzとなるときの値R =76.1 [N・m]である。
【0062】
図9は、図7に示したサンプルについての等価直列容量の逆数の差Δ1/Caとヤング率との関係を示す測定結果のグラフに、水晶振動子の回転ウィンクラー係数Rを変えたときのΔ1/ Caの理論値を重ねて示したものである。ウィンクラー係数Rを与えるねじりバネは図6(a)に示す2本の屈曲棒で音叉構造を表した時の共振周波数を音叉型水晶振動子の実測周波数に合わせるために2本の屈曲棒の結合部に導入したモデルである。いままで、回転のウィンクラー係数Rは音叉構造で周波数を合わせるための単なるパラメータと考えていた。しかしながら、今回求めた(32)式に基づく電気容量は回転のウィンクラー係数Rの値を変えると変化し、図9のようにRの値を大きくすると電気容量の変化率が大きくなることが分かる。
【0063】
ねじりバネを長方形の板バネによって近似したときの回転のウィンクラー係数Rは以下の式で与えられる(「H.Itoh, Y.Aoshima, and
Y.Sakaguchi : Jpn.J.Appl.Phys.42(2003)3110」参照)。
【数76】

ここで、tは板バネの厚さ、wは板バネの幅である。(76)式の板バネの幅wは音叉型水晶振動子基底部の長さのほぼ2倍に相当し、このことから電気容量の変化率を大きくするにはRを大きくすること、すなわち、音叉型水晶振動子の基底部の長さを大きくすればよいことが分かる。
図9に示す解析結果は、音叉型水晶触覚センサの容量変化には音叉構造の基底部が深く関わっていることを示している。回転のウィンクラー係数Rが小さくなるということは、音叉の腕が片持ち梁の棒のように振舞うことであり、そのときは音叉型水晶振動子の容量変化はほとんど生じなくなる。
【0064】
本発明に係る音叉型水晶触覚センサを用いて物体のヤング率を測定する方法と、従来の音叉型水晶触覚センサの周波数変化量からヤング率を測定する方法の変化率を比較するため、アクリルのサンプルについて変化率を比較測定したところ、従来の周波数を測定する方法の場合の周波数の変化率が0.02%であったのに対して、本発明の容量変化による場合は変化量が0.5%となり、容量変化を測定する方法による場合の方が変化率が大きくなる結果が得られた。測定結果に基づいて得られる容量は実際にはfFのオーダーであり、きわめて微小であるが、周波数の変化率にくらべて変化率が大きくあらわれることから、より高精度の測定が期待できる。
【0065】
また、上記実施形態ではサンプルに10g重の荷重を印加して、そのときの容量変化を求めた結果を示したが、容量変化を測定する方法による場合は、サンプルに印加する荷重を変えても、得られる容量値がほとんど変わらないという測定結果を得ている。このことは、容量変化に基づいてヤング率等の物理定数を検知する方法は、荷重等の測定系に起因するばらつきが測定結果に影響を与えないこと、いいかえれば測定対象物固有の物理定数を、より正確に求めることができる点で有効であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
音叉型水晶触覚センサが備える音叉型の水晶振動子の基底部を測定対象物に接触させる前における水晶振動子の共振状態の等価直列容量Caと、前記水晶振動子の基底部を所定の荷重を加えて測定対象物に接触させた状態における水晶振動子の共振状態の等価直列容量Caとを測定し、
前記等価直列容量Caと等価直列容量Caとの差に基づいて、測定対象物の物理定数を算出することを特徴とする音叉型水晶触覚センサの利用方法。
【請求項2】
前記等価直列容量Caの逆数、及び等価直列容量Caの逆数の差が測定対象物のヤング率に相関することに基づいて、測定対象物のヤング率を算出することを特徴とする請求項1記載の音叉型水晶触覚センサの利用方法。
【請求項3】
前記音叉型水晶触覚センサとして、支持片により水晶振動子の幅方向の両側面を挟圧して支持するとともに、水晶振動子の厚さ方向の両側面に、計測器に接続されるリード線と電気的に接続される電極を設けたものを使用することを特徴とする請求項1または2記載の音叉型水晶触覚センサの利用方法。
【請求項4】
前記計測器はインピーダンスアナライザを備え、等価直列容量Caと等価直列容量Caとは、前記インピーダンスアナライザを用いて、共振状態における水晶振動子の電気的等価回路における各パラメータの値から算出することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の音叉型水晶触覚センサの利用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−33614(P2011−33614A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−115269(P2010−115269)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】