説明

音場再生装置

【課題】バーチャル・サラウンドにおいて中央を外れた位置で受聴したときの定位感の劣化を抑える。
【解決手段】デコーダ11から出力されるマルチチャンネル信号のうち、リア側のLSチャンネルとRSチャンネルの信号は、それぞれリア定位付加部31、32で仮想スピーカ21、22に定位され、クロストーク・キャンセル部33に出力される。クロストーク・キャンセル部33は、フロントレフトスピーカ19及びフロントライトスピーカ20で再生された信号が受聴者100のスピーカ側の耳にのみ到達するようにクロストーク・キャンセル処理を行うが、このとき、各スピーカから受聴者の反対側の耳までのクロストーク経路の伝達関数として、各スピーカからの入射角の角度の頭部伝達関数と、該角度よりも大きい角度と小さい角度の頭部伝達関数を重みを付けて加算して得られた伝達関数を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、頭部伝達関数(HRTF:Head-Related Transfer Function)を利用して信号処理した後方チャンネルの信号を前方に配置された実スピーカから出力することにより、後方の仮想スピーカ位置に定位させる音場再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
受聴者の後方にスピーカを配置せず、前方に設置した複数のスピーカから後方のサラウンドチャンネルの音を発生させるいわゆるバーチャル・サラウンド再生を行う音場再生装置が知られている。(特許文献1、2、3)
ある方向に音源が存在するときに、人は、そのことを、左右の耳に入る音のレベル差、遅延差、周波数特性差により知覚することができる。バーチャル・サラウンドは、この人の両耳聴の特性を応用したもので、サラウンドチャンネルの信号が受聴者の後方の仮想スピーカから再生されたように音像を定位させる後方定位付加手段と、受聴者の前方に配置された2個の実スピーカからの音が、それぞれの側の耳にのみ到達するように制御するクロストーク・キャンセル処理手段を備え、仮想スピーカ位置から再生され受聴者の左右の耳に到達する信号と同じ信号が、受聴者の前方に配置された実スピーカから再生された信号により、受聴者の左右の耳に発生するようにするものである。
なお、クロストーク・キャンセル処理については、非特許文献1に詳しい。
【0003】
【特許文献1】特開平5−207597号公報
【特許文献2】特開平8−51698号公報
【特許文献3】特開平8−265899号公報
【非特許文献1】小林照二、”OSS−基準的音響伝送系−”、[online]、[平成18年10月24日検索]、インターネット <URL : http://www.noe.co.jp/news/04/04meca2.html>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のように、従来より種々の音場再生装置が提案されているが、いずれも、心理的にサラウンド効果が良く感じる受聴位置(以下、「スイートスポット」という。)が狭く、中央を外れて受聴したときに定位感が薄れるという問題点があった。
そこで、本発明は、スイートスポットをワイドスポット化することにより、中央を外れたときの定位感の劣化が抑えられ、複数人でバーチャル・サラウンドが視聴できる音場再生装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の音場再生装置は、後方チャンネルの信号に対し、受聴者の後方の仮想スピーカ位置に定位させるための信号処理を行って、受聴者の左前方に配置されたフロントレフトスピーカから出力させる左出力信号及び受聴者の右前方に配置されたフロントライトスピーカから出力させる右出力信号を出力するリア定位付加部と、前記リア定位付加部からの左出力信号及び右出力信号に対し、受聴者の左耳に前記フロントレフトスピーカから再生された前記左出力信号のみを到達させ、受聴者の右耳に前記フロントライトスピーカから再生された前記右出力信号のみを到達させるための信号処理を行って、前記フロントレフトスピーカから出力させる左出力信号及び前記フロントライトスピーカから出力させる右出力信号を出力するクロストーク・キャンセル処理部とを有する音場再生装置であって、前記クロストーク・キャンセル処理部は、前記受聴者の左耳に前記フロントレフトスピーカから再生された前記左出力信号のみを到達させ、受聴者の右耳に前記フロントライトスピーカから再生された前記右出力信号のみを到達させるための信号処理を行うときに、前記フロントレフトスピーカから受聴者の左耳までの伝達関数及び前記フロントライトスピーカから受聴者の右耳までの伝達関数として、受聴者の正面と前記フロントレフトスピーカ又は前記フロントライトスピーカとのなす角度に対応する頭部伝達関数を使用し、前記フロントレフトスピーカから受聴者の右耳までの伝達関数及び前記フロントライトスピーカから受聴者の左耳までの伝達関数として、前記受聴者の正面と前記フロントレフトスピーカ又は前記フロントライトスピーカとのなす角度に対応する頭部伝達関数、前記角度よりも大きい角度に対応する頭部伝達関数及び前記角度よりも小さい角度に対応する頭部伝達関数を所定の重みを付けて加算した値を使用するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明の音場再生装置によれば、スイートスポットのワイドスポット化により、中央を外れた際の定位感の劣化が抑えられ、複数人で良好な定位のバーチャル・サラウンドを視聴できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
図1は、本発明の音場再生装置の一実施の形態の構成を示すブロック図である。
この図において、11はデコーダ部、12はポストプロセッシング部、13はコントローラ、14はメモリ、15はユーザーインターフェース部、16はD/A変換器、17は電子ボリューム、18はパワーアンプ、19は受聴者の左前方に設置されるフロントレフト(FL)スピーカ、20は受聴者100の右前方に設置されるフロントライト(FR)スピーカである。ここで、前記デコーダ部11及びポストプロセッシング部12は、DSP(Digital Signal Processor)により実現されている。
また、21はサラウンドレフト(LS)チャンネルの信号の仮想音源位置を示す仮想スピーカ(VL)、22はサラウンドライト(RS)チャンネルの仮想音源位置を示す仮想スピーカ(VR)であり、仮想スピーカVL21は受聴者100の左後方に、仮想スピーカVR22は受聴者100の右後方に、それぞれ位置するように設定されている。
本発明では、実際に設置されたFLスピーカ19及びFRスピーカ20から再生される音により、あたかも受聴者100の左後方の仮想スピーカVL21と右後方の仮想スピーカVR22からサラウンドチャンネルの音が再生されているように聞こえるように制御される。
【0008】
前記デコーダ部11は、DVDプレーヤー、スーパーオーディオCDプレーヤーなどのデジタルオーディオ機器やデジタル放送チューナなどからのオーディオ信号を入力して、例えば、5.1チャンネルのマルチチャンネル信号を出力する。すなわち、DIR(Digital Interface Receiver)からのビットストリーム信号、D/A変換器からのマルチチャンネルPCM信号、及び、HDMI(High Definition Multimedia Interface)端子からのマルチチャンネル・ビットストリーム信号を受け取り、ドルビーデジタル、DTS(Digital Theater Systems)、AAC(Advanced Audio Coding)などで圧縮されているデータは展開して、レフト(L)チャンネル、ライト(R)チャンネル、センター(C)チャンネル、サラウンドレフト(LS)チャンネル、サラウンドライト(RS)チャンネルの5つのチャンネルの信号を出力する。
【0009】
ポストプロセッシング部12は、LSリア定位付加部31、RSリア定位付加部32及びクロストーク・キャンセル処理部33を有し、前記デコーダ部11から入力されるリア側の2チャンネル(LS、RS)の信号に対し、リア定位付加処理とクロストーク・キャンセル処理を行った後、処理されたLSチャンネルとRSチャンネルの信号と前記Cチャンネルの信号を、前記LチャンネルとRチャンネルの信号にそれぞれ加算して、最終的にFLスピーカ19から出力される左出力信号と、FRスピーカ20から出力される右出力信号を出力する。
前記リア定位付加処理は、LSリア定位付加部31とRSリア定位付加部32において、前記リア側の2チャンネルの信号(LS、RS)が、受聴者の左右後方の位置21と22にそれぞれ位置していると人が知覚するための情報を与えるための処理であり、LSチャンネルの信号とRSチャンネルの信号に、レベル差、遅延差及び周波数特性差を付けて、出力する処理である。
また、クロストーク・キャンセル処理は、前記LSリア定位付加部31及びRSリア定位付加部32から出力された信号に対し、それらの信号が、前記FLスピーカ19及びFRスピーカ20から出力されたときに、それぞれのスピーカからの出力が受聴者100のそれぞれのスピーカ側の耳に到達するように、スピーカのクロストークを排除するための処理である。このクロストーク・キャンセル処理は、左チャンネル(Lch)ダイレクト補正部34、Lchクロストーク補正部35、右チャンネル(Rch)クロストーク補正部36、Rchダイレクト補正部37、前記Lchダイレクト補正部34の出力と前記Rchクロストーク補正部36の出力とを加算する加算器38、前記Rchダイレクト補正部37の出力と前記Lchクロストーク補正部35の出力とを加算する加算器39を有するクロストーク・キャンセル処理部33において実行される。
【0010】
前記クロストーク・キャンセル処理部33の加算器38の出力と前記センター(C)チャンネルの1/2のレベルとされた信号は、加算器40に供給され、ここで、前記Lチャンネルの信号と加算され、前記FLスピーカ19から出力される左出力信号とされる。また、前記加算器39の出力と前記センター(C)チャンネルの1/2のレベルとされた信号は、加算器41で前記Rチャンネルの信号と加算され、前記FRスピーカ20から出力される右出力信号とされる。
この左出力信号と右出力信号は、D/Aコンバータ16でアナログ信号に変換され、電子ボリューム17及びパワーアンプ18を介して、対応するFLスピーカ19又はFRスピーカ20から再生される。
これにより、受聴者100は、左右のサラウンドチャンネルの信号が、あたかも仮想スピーカVL21及びVR22から再生されているように聞こえることとなる。
前記コントローラ13は、この音場再生装置全体の制御を行うものであり、ユーザーインターフェース部15から入力されるユーザーの指示に基づいて、前記各部における処理を制御する。
また、メモリ14は制御に用いる各種データやプログラムを記憶するものであり、前記ポストプロセッシング部12による定位付加処理及びクロストーク・キャンセル処理に用いられるFIRフィルタの係数データもメモリ14に記憶されている。
【0011】
図2を参照して、前記リア定位付加処理及びクロストーク・キャンセル処理について説明する。図2の(a)は、受聴者100、FLスピーカ19、FRスピーカ20、仮想スピーカVL21及び仮想スピーカVR22の位置関係、及び受聴者100の両耳と各スピーカ及び仮想スピーカ間の伝達関数を示す図であり、(b)は、前記ポストプロセッシング部12の内部構成を示す図である。
図2の(a)に示すように、FLスピーカ19から受聴者100の左耳101までの伝達関数をHLD(ω)、受聴者100の右耳102までの伝達関数をHLC(ω)、FRスピーカ20から受聴者100の左耳101までの伝達関数をHRC(ω)、受聴者100の右耳までの伝達関数をHRD(ω)とする。また、受聴者100の左後方に設定されるLSチャンネルの仮想スピーカVL21から受聴者100の左耳101までの伝達関数をHRLD(ω)、右耳102までの伝達関数をHRLC(ω)、受聴者100の右後方に設定されるRSチャンネルの仮想スピーカVR22から受聴者100の左耳101までの伝達関数をHRRC(ω)、右耳102までの伝達関数をHRRD(ω)とする。
前記仮想スピーカVL21でサラウンドレフト(LS)チャンネルの音が再生され、前記仮想スピーカVR22でサラウンドライト(RS)チャンネルの音が再生されたときに、受聴者100の左耳101に生じる音Lと右耳102に生じる音Rは、次の式(1)で表される。
【数1】

【0012】
前記LSリア定位付加部31と前記RS定位付加部32は、上記式(1)の処理を行うものであり、図2の(b)に示すように、FIRフィルタ51〜54と加算器55及び56を有している。
各FIRフィルタ51〜54は、それぞれの伝搬経路のインパルス応答を係数とするFIRフィルタであって、FIRフィルタ51はLSチャンネルの信号と前記仮想スピーカVL21から受聴者100の左耳101までの伝達関数HRLD(ω)のインパルス応答との畳み込み演算を行い、FIRフィルタ52はLSチャンネルの信号と仮想スピーカVL21から受聴者100の右耳102までの伝達関数HRLC(ω)のインパルス応答との畳み込み演算を行い、FIRフィルタ53はRSチャンネルの信号と仮想スピーカVR22から受聴者100の左耳101までの伝達関数HRRC(ω)のインパルス応答の畳み込み演算を行い、FIRフィルタ54はRSチャンネルの信号と仮想スピーカVR22から受聴者の右耳102までの伝達関数HRRD(ω)のインパルス応答との畳み込み演算を行うものである。そして、加算器55により前記FIRフィルタ51と53の出力を加算して、仮想スピーカVL21及びVR22から受聴者100の左耳101に到達する音(L)を得、加算器56により前記FIRフィルタ52と54の出力を加算して、受聴者100の右耳102に仮想スピーカVL21及びVR22から到達する音(R)を得る。
【0013】
前記加算器55及び56の出力L、Rは、クロストーク・キャンセル処理部33に入力される。
図示するように、クロストーク・キャンセル処理部33は、Lchダイレクト補正部34、Lchクロストーク補正部35、Rchクロストーク補正部36、Rchダイレクト補正部37、Lchダイレクト補正部34の出力とRchクロストーク補正部36の出力を加算する加算器38及びLchクロストーク補正部35とRchダイレクト補正部37の出力を加算する加算器39を有している。ここで、Lchダイレクト補正部34とRchダイレクト補正部37はFIRフィルタにより構成されており、Lchクロストーク補正部35はFIRフィルタ61とその出力の位相を反転する符号反転器62により構成されており、Rchクロストーク補正部36はFIRフィルタ63とその出力の位相を反転する符号反転器64により構成されている。
前記Lchダイレクト補正部34、Lchクロストーク補正部35、Rchクロストーク補正部36、Rchダイレクト補正部37及びLchダイレクト補正部34の伝達関数を、それぞれ、G11(ω)、G12(ω)、G21(ω)及びG22(ω)とすると、前記加算器38の出力SFLと前記加算器39の出力SFRは、次の式(2)で表される。
【数2】

【0014】
前記クロストーク・キャンセル処理部33からの左出力信号SFL及び右出力信号SFRを、それぞれ、前記FLスピーカ19及びFRスピーカ20から再生したとき、受聴者100の左耳101に到達する音PLと右耳102に到達する音PRは、前記FLスピーカ19及びFRスピーカ20から前記次の式(3)で表される。
【数3】

【0015】
ここで、受聴者100の左耳101に到達する音PLが、SLチャンネルの信号が仮想スピーカVL21から再生され、SRチャンネルの信号が仮想スピーカVR22から再生されたときに受聴者の左耳101に生じる音Lと等しく(PL=L)、受聴者100の右耳102に到達する音PRが、SLチャンネルの信号が仮想スピーカVL21から再生され、SRチャンネルの信号が仮想スピーカVR22から再生されたときに受聴者の右耳102に生じる音Rと等しい(PR=R)ときには、SLチャンネルとSRチャンネルの音が前記仮想スピーカVL21とVR22に定位される。そのためには、前記クロストーク・キャンセル処理部33内の各補正部34〜37の伝達関数G11〜G22からなる行列が、前記各スピーカから受聴者の両耳までの伝達関数HLD、HLC、HRC、HRDからなる行列の逆行列であればよい。
【数4】

【0016】
すなわち、Lchダイレクト補正部34はHRD/H00、Lchクロストーク補正部35は−HLC/H00、Rchクロストーク補正部36は−HRC/H00、Rchダイレクト補正部37はHLD/H00の伝達関数を有するものであればよい。ここで、H00=HLD・HRD−HLC・HRCである。FIRフィルタであるLchダイレクト補正部34、Lchクロストーク補正部35のFIRフィルタ61、Rchクロストーク補正部36のFIRフィルタ63及びFIRフィルタであるRchダイレクト補正部37は、それぞれに対応する上記伝達関数を逆フーリエ変換して得られたインパルス応答が係数として設定され、それぞれの入力信号に対する畳み込み演算を実行する。
そして、前記Lchダイレクト補正部34の出力と、前記FIRフィルタ63の出力が符号反転器64により逆相とされたRchクロストーク補正部36の出力とが加算器38で加算されて左出力信号SFLとされ、前記D/A変換器16、電子ボリューム17及びパワーアンプ18を介して、FLスピーカ19から再生される。また、前記FIRフィルタ61の出力が符号反転器64により逆相とされたLchクロストーク補正部35の出力と前記Rchダイレクト補正部37の出力とが加算器39で加算されて右出力信号SFRとされ、D/A変換器16、電子ボリューム17及びパワーアンプ18を介して、右チャンネルの実スピーカFR20から再生される。
【0017】
このようにして、受聴者100の両耳101及び102には、前記仮想スピーカVL21から発生されたLSチャンネルの信号による音圧と前記仮想スピーカVR22から発生されたRSチャンネルの信号による音圧が再生される。
これにより、DVDやデジタル放送などのマルチチャンネル(5.1チャンネル)コンテンツをフロント2チャンネルのスピーカで視聴するときに、受聴者の前方に設置された2個のスピーカを使用して、あたかも、受聴者の左右後方に配置された2個のサラウンドスピーカ(仮想スピーカ)から音が発せられているように、感じることができる。
【0018】
ここで、本発明においては、前記クロストーク・キャンセル処理部33における各補正部34〜37に用いる伝達関数として、ダイレクト経路とクロストーク経路とで、異なる頭部伝達関数を用いるようにしている。
図3は、本発明のクロストーク・キャンセル処理で用いる頭部伝達関数を従来の場合と比較して説明するための図であり、(a)は従来のクロストーク・キャンセル処理において用いる頭部伝達関数を示し、(b)は本発明のクロストーク・キャンセル処理で用いる頭部伝達関数を示す図である。
図3の(a)は、従来のクロストーク・キャンセル処理に用いられている頭部伝達関数について示す図であり、スピーカ2本を基準となるスピーカの配置法であるITU−R勧告のBS.775-1規格に従って配置し、中央、すなわち、左右のスピーカの見開き角度が60°となる位置で視聴する場合である。この場合には、クロストーク・キャンセル処理は、直接経路(ダイレクト経路、実線)、間接経路(クロストーク経路、破線)とも、受聴者の正面方向を示す直線103とスピーカの方向との間の角度である30°又は−30°(時計回りを+、反時計回りを−とする。)の位置の頭部伝達関数(HRTF:Head-Related Transfer Function)を用いていた。
【0019】
これに対し、本発明においては、図3の(b)に示すように、ダイレクト経路(実線)、すなわち、左側のFLスピーカ19から受聴者100の左耳101までの経路の伝達関数HLD、及び、右側のFRスピーカ20から受聴者100の右耳102までの経路の伝達関数HRDは、従来と同様に、受聴者の正面方向を示す直線103とスピーカの方向との間の角度(±30°)の位置のHRTFを用いているが、クロストーク経路(破線)、すなわち、左側のFLスピーカ19から受聴者100の右耳102までの経路の伝達関数HLC、及び、右側のFRスピーカ20から受聴者100の左耳101までの経路の伝達関数HRCは、複数の角度の頭部伝達関数(インパルス応答)を荷重加算した伝達関数を用いるようにしている。
図示する例では、15°と30°と45°のそれぞれの位置の頭部伝達関数を所定の重みを付けて加算した値を用いる場合を示している。なお、この図においては、煩雑さを避けるために右側のFRスピーカ20から受聴者100の左耳101までの伝達関数HRCについては記載していないが、HRCについても、同様に、15°と30°と45°の位置の頭部伝達関数を所定の重みを付けて加算した値を用いる。なお、重みは、15°、30°、45°に対し、1:1:1の割合でもよいし、1:0.5:0.5、1:0.25:0.25など、任意の割合とすることができる。
この重みの割合は、あらかじめ決定されている値を用いるようにしても良いし、ユーザーが前記ユーザーインターフェース部15を用いて任意に設定することができるようにしてもよい。
【0020】
図4は、前記クロストーク経路の伝達関数として荷重加算される複数の角度(15°、30°及び45°)のインパルス応答の時間波形を示す図であり、(a)は約500msecまでのインパルス応答を示し、(b)はピーク値付近の時間軸を拡大して示す図である。
図4の(b)において、Aは角度が30°、Bは角度が15°、Cは角度が45°の位置の頭部伝達関数のインパルス応答を示している。
図5は、15°、30°及び45°の位置のインパルス応答を重みを付けて加算することにより得られたクロストーク経路の伝達関数の時間波形を、30°の位置の頭部伝達関数のインパルス応答の時間波形とともに示す図であり、(a)は約500msecまでを示す図、(b)はピーク値付近の時間軸を拡大して示す図である。
ここで、Dは15°、30°及び45°の各角度の位置の頭部伝達関数を1:1:1の重みで加算した場合、Eは1:0.707:0.707の重みを付加して加算した場合、Fは1:0.5:0.5の重みを付加して加算した場合、Gは従来用いられていた角度が30°の位置の頭部伝達関数の時間波形を示している。本発明によるA〜Cの場合は、クロストーク経路の伝達関数として、従来のDの場合よりも、ピークが低いインパルス応答に対応する伝達関数が使用されることとなる。
【0021】
このように、本願発明においては、クロストーク・キャンセル処理において、スピーカからそれと反対側の耳までのクロストーク経路の伝達関数(逆位相とされる。)として、複数の角度の頭部伝達関数を所定の重みを付けて加算することにより得られた値を用いるようにしている。これにより、複数の角度に対応する各位置に仮想音源が定位されることとなり、受聴者には、サラウンドチャンネルの音が従来よりも拡がって聞えることとなる。
このことにより、サラウンド効果がよく感じられるスイートスポットが広くなり、複数人でバーチャル・サラウンドを楽しむことができるようになった。
【0022】
図6は、中央から左にずれた位置における、定位に重要な寄与のある500Hz〜5kHzのクロストーク・キャンセル量(両耳差)を測定した結果を示す図である。ここで、縦軸はダイレクト経路を通って耳に到達する音圧とクロストーク経路を通って耳に到達する音圧の差を示し、横軸は周波数を示している。この音圧差が大きい方がクロストークが抑圧されていて仮想スピーカの定位がよいことを示している。音圧の差が+∞で、フラットな特性となるのが理想であるが、現実には5dB以上あれば良いといわれている。
図中、Hはクロストーク経路の伝達関数として角度30°の位置の頭部伝達関数を使用した場合(ノーマル)、Iはクロストーク経路の伝達関数として角度15°と30°と45°の頭部伝達関数のインパルス応答を1:0.3:0.3の重みを付加して加算した場合、Jはクロストーク経路の伝達関数として角度15°と30°と45°の頭部伝達関数のインパルス応答を1:0.6:0.6の重みを付加して加算した場合を示している。
この図に示すように、BとCの本発明の場合には大きな差はないが、AとB又はCとを比較すると、BとCの本発明の場合の方が、全体的にクロストークのキャンセル量(音圧差)が大きく、また、音圧差が5dB以上となる周波数領域の幅も大きくなっている。さらに、クロストーク抑圧性能が悪くなっているディップの部分の深さも浅くなっていることがわかる。
この測定結果からも、本発明により、中央からずれた位置における定位が改善されていることが裏付けられる。
【0023】
このような本発明の音場再生装置は、AVレシーバ、AVアンプ、アンプ、テレビなど2本のスピーカが左右に存在しているものにおいて、スピーカをバーチャル再生するシステム全てに適用することができる。
なお、上記においては、基準となる角度である30°とそれに対しプラスマイナス15°である15°と45°の角度の位置の頭部伝達関数を加重加算した場合について説明したが、30°の角度の位置の頭部伝達関数に重みを付けて加算する角度は、これに限られることはなく、10°、20°、40°、50°など各種の角度とすることができ、また、3つの角度位置の頭部伝達関数ではなく、2つの角度位置の頭部伝達関数や、4つ以上の角度位置の頭部伝達関数を加重加算した値を用いることもできる。
さらに、クロストーク経路の伝達関数として用いる頭部伝達関数の角度位置は、前記ユーザーインターフェース部15を用いてユーザーが任意に設定することができるようにしてもよい。
さらにまた、上記においてはダイレクト経路の角度を30°としたが、30°に限らず、実際のスピーカの見開き角度におうじて、10°、20°、40°、50°など各種の角度を設定することができる。
さらにまた、上記においては、5.1チャンネルの再生の場合を例にとって説明したが、これに限られることはなく、7.1チャンネルなど他のマルチチャンネル再生にも同様に適用することができる。
さらにまた、上記においては、リアチャンネル(LS、RS)を対象としていたが、これに限られることはなく、他のチャンネルについても、同様に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の音場再生装置の一実施の形態の構成を示すブロック図である。
【図2】リア定位付加処理及びクロストーク・キャンセル処理について説明する為の図であり、(a)は受聴者100と実スピーカ19、20及び仮想スピーカ21及び22の位置関係、及びそれらの間の伝達関数を示す図であり、(b)はポストプロセッシング部12の内部構成を示す図である。
【図3】本発明のクロストーク・キャンセル処理で用いる頭部伝達関数について説明するための図であり、(a)は従来のクロストーク・キャンセル処理において用いる頭部伝達関数、(b)は本発明のクロストーク・キャンセル処理で用いる頭部伝達関数を示す図である。
【図4】15°、30°及び45°の各角度の位置の頭部伝達関数のインパルス応答の例を示す図である。
【図5】15°、30°及び45°のインパルス応答を重みを付けて加算することにより得られたクロストーク経路の伝達関数の時間波形を、30°の位置の頭部伝達関数のインパルス応答の時間波形とともに示す図である。
【図6】中央から左にずれた位置における、定位に重要な寄与のある500Hz〜5kHzのクロストーク・キャンセル量(両耳差)を測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0025】
11:デコーダ部、12:ポストプロセッシング部、13:コントローラ、14:メモリ、15:ユーザーインターフェース部、16:D/A変換器、17:電子ボリューム、18:パワーアンプ、19:左(L)チャンネルスピーカ(FL)、20:右(R)チャンネルスピーカ(FR)、21:サラウンド左(LS)チャンネルの仮想スピーカ(VL)、22:サラウンド右(RS)チャンネルの仮想スピーカ(VR)、31:LSリア定位付加部、32:RSリア定位付加部、33:クロストーク・キャンセル処理部、34:左チャンネル(Lch)ダイレクト補正部、35:Lchクロストーク補正部、36:右チャンネル(Rch)クロストーク補正部、37:Rchダイレクト補正部、38,39,40,41:加算器、51,52,53,54:FIRフィルタ、61,63:FIRフィルタ、62,64:符号反転器、100:受聴者、101:受聴者の左耳、102:受聴者の右耳、103:受聴者の正面方向を示す直線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
後方チャンネルの信号に対し、受聴者の後方の仮想スピーカ位置に定位させるための信号処理を行って、受聴者の左前方に配置されたフロントレフトスピーカから出力させる左出力信号及び受聴者の右前方に配置されたフロントライトスピーカから出力させる右出力信号を出力するリア定位付加部と、
前記リア定位付加部からの左出力信号及び右出力信号に対し、受聴者の左耳に前記フロントレフトスピーカから再生された前記左出力信号のみを到達させ、受聴者の右耳に前記フロントライトスピーカから再生された前記右出力信号のみを到達させるための信号処理を行って、前記フロントレフトスピーカから出力させる左出力信号及び前記フロントライトスピーカから出力させる右出力信号を出力するクロストーク・キャンセル処理部とを有する音場再生装置であって、
前記クロストーク・キャンセル処理部は、前記受聴者の左耳に前記フロントレフトスピーカから再生された前記左出力信号のみを到達させ、受聴者の右耳に前記フロントライトスピーカから再生された前記右出力信号のみを到達させるための信号処理を行うときに、前記フロントレフトスピーカから受聴者の左耳までの伝達関数及び前記フロントライトスピーカから受聴者の右耳までの伝達関数として、受聴者の正面と前記フロントレフトスピーカ又は前記フロントライトスピーカとのなす角度に対応する頭部伝達関数を使用し、前記フロントレフトスピーカから受聴者の右耳までの伝達関数及び前記フロントライトスピーカから受聴者の左耳までの伝達関数として、前記受聴者の正面と前記フロントレフトスピーカ又は前記フロントライトスピーカとのなす角度に対応する頭部伝達関数、前記角度よりも大きい角度に対応する頭部伝達関数及び前記角度よりも小さい角度に対応する頭部伝達関数を所定の重みを付けて加算した値を使用するものであることを特徴とする音場再生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−154083(P2008−154083A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−341456(P2006−341456)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】