説明

音響エネルギ計測装置及び計測方法

【課題】同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在したり、音源と相関のある反射音が存在したりする任意の音場条件でも、任意の位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさを正確に計測することが可能な音響エネルギ計測装置及び計測方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法は、音波が伝搬する空気等の媒質の粒子変位分布の方向変化率、即ち、粒子変位ベクトルの空間微分を媒質のひずみとして検出し、ひずみテンソルに媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと粒子速度ベクトルとに基づいて、音響エネルギの流れの方向及び大きさを正確に検出するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3次元空間における音響エネルギの計測装置及び計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最初に、従来の音響エネルギ計測に用いられる音響インテンシティについて、図面を参照しながら説明する。
【0003】
図4は、従来の音響インテンシティ計測装置を示すブロック図である。尚、図4は、特許文献1(特開平5−79899号公報)の図1に示された音響インテンシティ計測装置のブロック図を、音響インテンシティ計測の基本原理が容易に理解することができるように書き改めた図である。
【0004】
図4において、マイクロホン101及びマイクロホン102は、距離がd[m]だけ離隔した2点に配置された無指向性のマイクロホンであり、それぞれ音圧信号p1(t)[Pa]及びp2(t)[Pa]を得る。二つの音圧信号は、双方ともに中心音圧算出回路200及び粒子速度算出回路300に入力される。
【0005】
中心音圧算出回路200は、マイクロホン101及びマイクロホン102の中間位置における音圧pc(t)を次式により算出し、音響インテンシティ算出回路400へ出力する。
【数1】

【0006】
粒子速度算出回路300は、音波の伝搬媒質である空気の粒子速度v(t)を次式により算出する。尚、粒子速度の正方向は、マイクロホン101からマイクロホン102へ向かう方向とする。
【数2】

【0007】
ここで、dは、二つのマイクロホン間の距離[m]、ρは、空気の密度[kg/m3]である。この粒子速度は、特許文献1に記載されているように、2点の音圧から上記計算により求めることが多いが、ベロシティマイクロホンやレーザ流速計等を用いて直接的に粒子速度を測定する方法もある。
【0008】
音響インテンシティ算出回路400は、中心音圧算出回路200が算出した音圧と粒子速度算出回路300が算出した粒子速度との積pc(t)×v(t)[W/m2]により表される瞬時音響インテンシティの時間平均を音響インテンシティIとして次式により算出する。
【数3】

【0009】
この音響インテンシティIは、音波の進行方向に垂直な単位面積を単位時間に通過する音響エネルギと定義されるベクトル量である。
【0010】
また、特許文献2(特開平7−198470号公報)に示されているような3個以上のマイクロホンを使用した3次元の音響インテンシティ計測装置も同様の原理に基づいている。
【0011】
図5及び図6は、x−y直交座標平面においてx方向へ進む平面波及びy方向へ進む平面波の二つの直交する平面波の干渉によって生じる音場の音響インテンシティの分布を矢印の方向及び長さにより表した図であり、非特許文献1(「サウンドインテンシティ」、F.J.Fahy著、橘 秀樹訳、平成10年5月20日 株式会社オーム社発行、第59頁、図4.7)に示された図と同等である。図5及び図6においてx方向の平面波の振幅を1とすると、図5におけるy方向の平面波の振幅は1/21/2であり、図6におけるy方向の平面波の振幅は21/2である。図5及び図6から判るように、二つの直交する平面波の干渉によって生じる音場の音響インテンシティの大きさ及び方向は、一様ではなく位置によって変化する。
【0012】
上述のような音響インテンシティ計測装置による音響エネルギの大きさ及びその伝搬方向の計測は、材料の吸遮音特性の測定や音源の位置同定等に応用されている。
【特許文献1】特開平5−79899号公報
【特許文献2】特開平7−198470号公報
【非特許文献1】「サウンドインテンシティ」(59頁、図4.7)、F.J.Fahy著、橘 秀樹訳、平成10年5月20日 株式会社オーム社発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、前述の音響インテンシティという概念には、同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在する音場、即ち、存在する複数の音波のコヒーレンスがゼロではない音場では、音響エネルギを正しく求めることができないという問題点がある。
【0014】
また、地面や壁等により音が反射してできる虚音源からの音波も実音源からの音波とコヒーレンスがゼロではない別の音源からの音波とみなせるので、音響インテンシティの上記問題点は、音が反射しない空間内で且つ音源の存在が一箇所のみであるか、又は、複数の音源が存在する場合はその複数の音源が発生する音波のコヒーレンスがゼロであるという条件でしか音響インテンシティは利用することができない、と言い換えることができる。
【0015】
音響インテンシティの上記問題点について、以下に説明する。
【0016】
例えば、x−y直交座標平面において、同じ周波数でx方向に伝搬する平面波とy方向に伝搬する平面波との二つの直交した平面波が干渉している音場を考える。音波の角周波数をω、時間をt、音波の伝搬速度即ち音速をcとして、x方向に伝搬する平面波の音圧pa、粒子速度va、y方向に伝搬する平面波の音圧pb、粒子速度vbが次式により表される場合、
【数4】

【0017】
これらの二つの平面波が干渉したx−y直交座標平面の原点(x=0、y=0)における音圧p及びx方向粒子速度vは次式により表される。
【数5】

【0018】
従って、x方向の音響インテンシティIは、次式のように表される。
【数6】

【0019】
この式から、x方向の音響インテンシティは、y方向に伝搬する音波の音圧実効値Pbや位相φの影響を受け、音響インテンシティの正負もy方向の音波の条件によって変化することが判る。このことは、図5及び図6に示す音響インテンシティの分布図からも明らかである。
【0020】
しかしながら、波の性質である波の独立性から、x方向に伝搬する音響エネルギは、y方向に伝搬する音波の影響を受けることはあり得ないはずである。
【0021】
このように、影響を受けるはずのない直交方向の音波の影響を受ける音響インテンシティという概念は、同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在したり、反射音が存在したりする任意の音場条件では利用することができず、音の反射が無い空間内で同一周波数の音源が一箇所のみという限定された条件でしか利用することができない。
【0022】
本発明は、上述のような問題点に鑑みてなされたものであり、同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在したり、音源と相関のある反射音が存在したりする任意の音場条件でも、任意の位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさを正確に計測することが可能な音響エネルギ計測装置及び計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法は、音波が伝搬する空気等の媒質の粒子変位分布の方向変化率、即ち、粒子変位ベクトルの空間微分を媒質のひずみとして検出し、ひずみテンソルに媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと粒子速度ベクトルとに基づいて、音響エネルギの流れの方向及び大きさを正確に検出する点に主たる特徴を有するものである。
【0024】
本発明に係る音響エネルギ計測装置の一態様によれば、音波が伝搬する媒質空間内の任意の計測位置において音波による媒質の粒子変位を粒子変位ベクトルとして検出する粒子変位センサと、上記粒子変位ベクトルを空間微分してひずみテンソルに変換する粒子変位/ひずみ変換回路と、上記粒子変位ベクトルを時間微分して粒子速度ベクトルに変換する粒子変位/粒子速度変換回路と、上記ひずみテンソルに上記媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと上記粒子速度ベクトルとの内積の時間平均として定義されるベクトル量である音響エネルギ流束を、上記計測位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさとして算出する音響エネルギ流束算出回路と、を備えている音響エネルギ計測装置が提供される。
【0025】
本発明に係る音響エネルギ計測装置の上記一態様において、前記粒子変位センサは、音波が存在する前記媒質空間を3次元のx−y−z直交座標系とすると、前記媒質の粒子変位のx方向成分、y方向成分、z方向成分と同じだけそれぞれの方向に変位する3個の可動電極と、それぞれの前記可動電極に近接して設置された3個の固定電極とからなる3組の電極対を備え、前記可動電極と前記固定電極との間の静電容量の変化として前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを検出するものとするとよい。
【0026】
上記粒子変位/ひずみ変換回路は、上記粒子変位センサにより検出された上記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを空間微分して、次式
【数7】

により表される6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxへの変換を行うものとするとよい。
【0027】
上記粒子変位/粒子速度変換回路は、上記粒子変位センサにより検出された上記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを時間tにより微分して、次式
【数8】

により表される粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzへの変換を行うものとするとよい。
【0028】
上記音響エネルギ流束算出回路は、上記媒質の体積弾性率をκとすると、上記6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxと上記粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzとから、上記音響エネルギ流束を表すベクトルのx方向成分Ex、y方向成分Ey、z方向成分Ezを次式
【数9】

に従って算出するものとするとよい。
【0029】
また、本発明に係る音響エネルギ計測装置の上記一態様において、上記音響エネルギ流束算出回路が算出した上記音響エネルギ流束の値を外部へ出力する出力装置をさらに備えているものとするとよい。上記出力装置は、表示装置若しくは印刷装置であるものとするとよい。又は、上記出力装置は、アナログ若しくはディジタルの電気信号として上記音響エネルギ流束の値を出力する装置であるものとしてもよい。
【0030】
また、本発明に係る音響エネルギ計測装置の上記一態様において、上記音響エネルギ流束算出回路が算出した上記音響エネルギ流束の値を記憶する記憶装置をさらに備えているものとするとよい。
【0031】
一方、本発明に係る音響エネルギ計測方法の一態様によれば、音波が伝搬する媒質空間内の任意の計測位置において音波による媒質の粒子変位を粒子変位ベクトルとして検出する粒子変位検出過程と、上記粒子変位ベクトルを空間微分してひずみテンソルに変換する粒子変位/ひずみ変換過程と、上記粒子変位ベクトルを時間微分して粒子速度ベクトルに変換する粒子変位/粒子速度変換過程と、上記ひずみテンソルに上記媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと上記粒子速度ベクトルとの内積の時間平均として定義されるベクトル量である音響エネルギ流束を、上記計測位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさとして算出する音響エネルギ流束算出過程と、を含む音響エネルギ計測方法が提供される。
【0032】
本発明に係る音響エネルギ計測方法の上記一態様において、前記粒子変位検出過程は、音波が存在する前記媒質空間を3次元のx−y−z直交座標系とすると、前記媒質の粒子変位のx方向成分、y方向成分、z方向成分と同じだけそれぞれの方向に変位する3個の可動電極と、それぞれの前記可動電極に近接して設置された3個の固定電極とからなる3組の電極対を設け、前記可動電極と前記固定電極との間の静電容量の変化として前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを検出する過程であるものとするとよい。
【0033】
上記粒子変位/ひずみ変換過程は、上記粒子変位検出過程により検出された上記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを空間微分して、次式
【数10】

により表される6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxへの変換を行う過程であるものとするとよい。
【0034】
上記粒子変位/粒子速度変換過程は、上記粒子変位検出過程により検出された上記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを時間tにより微分して、次式
【数11】

により表される粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzへの変換を行う過程であるものとするとよい。
【0035】
上記音響エネルギ流束算出過程は、上記媒質の体積弾性率をκとすると、上記6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxと上記粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzとから、上記音響エネルギ流束を表すベクトルのx方向成分Ex、y方向成分Ey、z方向成分Ezを次式
【数12】

に従って算出する過程であるものとするとよい。
【0036】
本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法の上記一態様において、上記媒質は、最も典型的なものとしては空気である。
【発明の効果】
【0037】
本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法は、上記各構成により、同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在したり、音源と相関のある反射音が存在したりする任意の音場条件でも、任意の位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさを正確に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法の実施の一形態について、図面を参照しながら説明する。
【0039】
図1は、本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置の構成を示すブロック図である。
【0040】
本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置は、音波が伝搬する空気等の媒質空間内の任意の計測位置において音波による媒質の粒子変位を粒子変位ベクトルとして検出する粒子変位センサ1と、粒子変位ベクトルを空間微分してひずみテンソルに変換する粒子変位/ひずみ変換回路2と、粒子変位ベクトルを時間微分して粒子速度ベクトルに変換する粒子変位/粒子速度変換回路3と、粒子変位/ひずみ変換回路2が変換したひずみテンソルと粒子変位/粒子速度変換回路3が変換した粒子速度ベクトルとから、ひずみテンソルに媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと粒子速度ベクトルとの内積の時間平均として定義されるベクトル量である音響エネルギ流束を、計測位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさとして算出する音響エネルギ流束算出回路4と、を備えている。
【0041】
本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置は、さらに、音響エネルギ流束算出回路4が算出した音響エネルギ流束の値を外部へ出力する出力装置5を備えているものとするとよい。出力装置5は、音響エネルギ流束算出回路4が算出した音響エネルギ流束、より正確には音響エネルギ流束ベクトルの値を外部へ出力する。
【0042】
また、本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置は、さらに、音響エネルギ流束算出回路4が算出した音響エネルギ流束の値を記憶する記憶装置6を備えているものとするとよい。
【0043】
本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置が備える各構成要素について、さらに具体的に説明する。
【0044】
音波による空気等の媒質の粒子変位を検出する粒子変位センサ1は、音波が存在する媒質空間を3次元のx−y−z直交座標系とすると、媒質粒子、即ち、空気粒子の粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを検出する。
【0045】
以下、音波の媒質を、最も典型的な媒質である空気として説明する。但し、音波の媒質は、通常の空気とは異なる成分を有する任意の気体であってもよく、また、任意の液体又は固体であってもよい。
【0046】
粒子変位ベクトルのx方向成分は、例えば、音波による空気粒子の変位のx方向成分と同じだけ変位する、質量が十分に小さい、x方向に可動である可動電極と、当該可動電極に近接して設置された固定電極との間の静電容量の変化として検出することができる。y方向、z方向についても同様にして、可動電極と固定電極との組合せからなる電極対を3組設けることにより、粒子変位ベクトルの各方向成分ux、uy、uzを検出することができる。
【0047】
粒子変位センサ1によって検出された粒子変位は、粒子変位/ひずみ変換回路2及び粒子変位/粒子速度変換回路3へそれぞれ入力される。
【0048】
粒子変位/ひずみ変換回路2は、粒子変位を空気のひずみに変換する。空気のひずみとは、空気の弾性波動現象である音波伝搬によって空気粒子に生じた粒子変位分布の方向変化率(空間微分)であり、材料力学や弾性力学における弾性体のひずみと同様の定義である。
【0049】
また、ひずみは2階のテンソル量であり、3次元空間ではひずみテンソルは6個のテンソル成分を持ち、粒子変位/ひずみ変換回路2は、粒子変位をこの6個のひずみテンソル成分に変換する。
【0050】
粒子変位/粒子速度変換回路3は、粒子変位を時間微分して粒子速度ベクトルに変換する。
【0051】
音響エネルギ流束算出回路4は、粒子変位/ひずみ変換回路2が変換したひずみテンソルと粒子変位/粒子速度変換回路3が変換した粒子速度ベクトルとから、音響エネルギ流束を算出する。この音響エネルギ流束の定義については、以下に詳述するが、本発明において定義される音響エネルギの大きさ及び方向を表すベクトル量である。
【0052】
次に、本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置の動作、即ち、本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測方法の手順について説明する。
【0053】
音波が存在する空間を3次元のx−y−z直交座標系とすると、粒子変位センサ1が検出する媒質即ち空気の粒子変位ベクトルの各方向成分をux、uy、uzとして、粒子変位/ひずみ変換回路2は、空気の粒子変位ベクトルの各方向成分ux、uy、uzを空間微分して、次式により表される6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxへの変換を行い、それらのひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxを音響エネルギ流束算出回路4へ出力する。
【数13】

【0054】
粒子変位/粒子速度変換回路3は、空気の粒子変位ベクトルの各方向成分ux、uy、uzを時間tにより微分して、次式で表される3個の粒子速度ベクトルの各方向成分vx、vy、vzへの変換を行い、それらの粒子速度ベクトルの各方向成分vx、vy、vzを音響エネルギ流束算出回路4へ出力する。
【数14】

【0055】
音響エネルギ流束算出回路4は、空気のひずみと粒子速度とから、即ち、6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxと3個の粒子速度ベクトル成分vx、vy、vzとから、音響エネルギ流束ベクトルのx、y、z方向成分Ex、Ey、Ezを次式に従って算出する。
【数15】

【0056】
ここで、κは空気の体積弾性率である。この式により表される音響エネルギ流束ベクトルの定義について説明する。
【0057】
体積弾性率とひずみテンソルとの積は、弾性力学において応力テンソルと定義される単位面積あたりに働く力であり、また、力に速度を乗じた値は、単位時間当たりのエネルギ(仕事)である。従って、ひずみテンソルに体積弾性率を乗じた応力テンソルと粒子速度ベクトルとの内積は、単位時間当たりに単位面積を通過するエネルギを表すベクトル量であり、この量を瞬時音響エネルギ流束と定義する。さらに、この瞬時音響エネルギ流束の時間平均を音響エネルギ流束と定義し、そのベクトル成分が前述のEx、Ey、Ezとなる。尚、式の右辺にマイナスの符号が付くのは、圧縮ひずみを負のひずみとしているので、力の向きと粒子速度の向きとが逆方向になるためである。
【0058】
次に、本実施の形態のより具体的な例を示す。3個の同一周波数の音源があり、それぞれの音源が、x−y−z直交座標系の3次元空間において、x軸、y軸、z軸の方向にそれぞれ次式により表される粒子変位ux、uy、uzを発生させる平面波音源であるとする。
【数16】

【0059】
ここで、Ax、Ay、Azは、それぞれ粒子変位ux、uy、uzの変位振幅である。定義に従い、粒子速度及びひずみの各成分は、次式により表される。
【数17】

【0060】
以上の条件から、音響エネルギ流束を算出すると、次式のようになる。
【数18】

【0061】
上式から、この音響エネルギ流束は、前述の音響インテンシティのように直交方向の音源の影響を受けることはないことが判る。
【0062】
また、音源として、x方向に平面波を発生させる一つの音源のみが存在する場合は、音圧p=−κ×εxxとして音響インテンシティを求めることができ、その値は、上式により求められる音響エネルギ流束と一致する。
【0063】
音響エネルギ流束算出回路4は、以上のようにして音響エネルギ流束ベクトルの各成分を算出し、ここでは、出力装置5及び記憶装置6へ出力する。
【0064】
出力装置5は、音響エネルギ流束算出回路4が算出した音響エネルギ流束、より正確には音響エネルギ流束ベクトルの値を外部へ出力する。出力装置5は、音響エネルギ流束の値を数値を用いて表示するものであり、例えば、表示装置であってもよいし、印刷装置であってもよい。但し、出力装置5は、アナログ又はディジタルの電気信号として音響エネルギ流束の値を出力する装置であってもよい。
【0065】
記憶装置6は、音響エネルギ流束の値を磁気媒体等に記憶する装置であり、音響エネルギ流束の値の記憶データは、計算機に読み込んで解析処理等に利用することができる。
【0066】
以上のようにして、同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在したり反射音が存在したりする任意の音場条件において、任意の位置における音響エネルギの方向及び大きさを正確に計測することができる。
【0067】
図2及び図3は、図5及び図6に示した音響インテンシティの分布図と同様の条件で、直交する平面波の音響エネルギ流束を示す分布図である。即ち、図2及び図3は、x−y直交座標平面においてx方向へ進む平面波とy方向へ進む平面波との二つの直交する平面波が存在する場合における音響エネルギ流束の分布を矢印の方向及び長さにより表した図であり、図2及び図3においてx方向の平面波の振幅を1とすると、図2におけるy方向の平面波の振幅は1/21/2であり、図3のy方向の平面波の振幅は21/2である。
【0068】
音響インテンシティの分布と比較すると、音響エネルギ流束は、音響インテンシティとは異なり、空間的に一様な分布となる。図2と図3とでは、x方向の音波の振幅は同一であるので、音響エネルギ流束のx方向成分の大きさは同一であり、y方向成分の大きさのみが異なっている。音響エネルギ流束を表す上述の式と同様に、図2及び図3の分布図からも、音響エネルギ流束のx方向成分とy方向成分とが互いに影響を及ぼし合っていないことが判る。
【0069】
即ち、本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法において導入された音響エネルギ流束は、波の性質である波の独立性に照らし合わせてみても矛盾のない概念であることが判る。
【0070】
従って、本発明に係る音響エネルギ計測装置及び計測方法は、同一周波数の音波を発生する複数の音源が存在したり、音源と相関のある反射音が存在したりする任意の音場条件でも、任意の位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさを正確に計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の実施の一形態に係る音響エネルギ計測装置の構成を示すブロック図である。
【図2】直交平面波音場における音響エネルギ流束の分布図である。
【図3】直交平面波音場における音響エネルギ流束の分布図である。
【図4】従来の音響インテンシティ計測装置を示すブロック図である。
【図5】直交平面波音場における音響インテンシティの分布図である。
【図6】直交平面波音場における音響インテンシティの分布図である。
【符号の説明】
【0072】
1 粒子変位センサ
2 粒子変位/ひずみ変換回路
3 粒子変位/粒子速度変換回路
4 音響エネルギ流束算出回路
5 出力装置
6 記憶装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
音波が伝搬する媒質空間内の任意の計測位置において音波による媒質の粒子変位を粒子変位ベクトルとして検出する粒子変位センサと、
前記粒子変位ベクトルを空間微分してひずみテンソルに変換する粒子変位/ひずみ変換回路と、
前記粒子変位ベクトルを時間微分して粒子速度ベクトルに変換する粒子変位/粒子速度変換回路と、
前記ひずみテンソルに前記媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと前記粒子速度ベクトルとの内積の時間平均として定義されるベクトル量である音響エネルギ流束を、前記計測位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさとして算出する音響エネルギ流束算出回路と、
を備えていることを特徴とする音響エネルギ計測装置。
【請求項2】
前記粒子変位センサは、音波が存在する前記媒質空間を3次元のx−y−z直交座標系とすると、前記媒質の粒子変位のx方向成分、y方向成分、z方向成分と同じだけそれぞれの方向に変位する3個の可動電極と、それぞれの前記可動電極に近接して設置された3個の固定電極とからなる3組の電極対を備え、前記可動電極と前記固定電極との間の静電容量の変化として前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを検出するものであることを特徴とする請求項1に記載の音響エネルギ計測装置。
【請求項3】
前記粒子変位/ひずみ変換回路は、前記粒子変位センサにより検出された前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを空間微分して、次式
【数1】

により表される6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxへの変換を行うものであることを特徴とする請求項2に記載の音響エネルギ計測装置。
【請求項4】
前記粒子変位/粒子速度変換回路は、前記粒子変位センサにより検出された前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを時間tにより微分して、次式
【数2】

により表される粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzへの変換を行うものであることを特徴とする請求項3に記載の音響エネルギ計測装置。
【請求項5】
前記音響エネルギ流束算出回路は、前記媒質の体積弾性率をκとすると、前記6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxと前記粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzとから、前記音響エネルギ流束を表すベクトルのx方向成分Ex、y方向成分Ey、z方向成分Ezを次式
【数3】

に従って算出するものであることを特徴とする請求項4に記載の音響エネルギ計測装置。
【請求項6】
音波が伝搬する媒質空間内の任意の計測位置において音波による媒質の粒子変位を粒子変位ベクトルとして検出する粒子変位検出過程と、
前記粒子変位ベクトルを空間微分してひずみテンソルに変換する粒子変位/ひずみ変換過程と、
前記粒子変位ベクトルを時間微分して粒子速度ベクトルに変換する粒子変位/粒子速度変換過程と、
前記ひずみテンソルに前記媒質の体積弾性率を乗じた応力テンソルと前記粒子速度ベクトルとの内積の時間平均として定義されるベクトル量である音響エネルギ流束を、前記計測位置における音波が有する音響エネルギの流れの方向及び大きさとして算出する音響エネルギ流束算出過程と、
を含むことを特徴とする音響エネルギ計測方法。
【請求項7】
前記粒子変位検出過程は、音波が存在する前記媒質空間を3次元のx−y−z直交座標系とすると、前記媒質の粒子変位のx方向成分、y方向成分、z方向成分と同じだけそれぞれの方向に変位する3個の可動電極と、それぞれの前記可動電極に近接して設置された3個の固定電極とからなる3組の電極対を設け、前記可動電極と前記固定電極との間の静電容量の変化として前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを検出する過程であることを特徴とする請求項6に記載の音響エネルギ計測方法。
【請求項8】
前記粒子変位/ひずみ変換過程は、前記粒子変位検出過程により検出された前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを空間微分して、次式
【数4】

により表される6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxへの変換を行う過程であることを特徴とする請求項7に記載の音響エネルギ計測方法。
【請求項9】
前記粒子変位/粒子速度変換過程は、前記粒子変位検出過程により検出された前記粒子変位ベクトルのx方向成分ux、y方向成分uy、z方向成分uzを時間tにより微分して、次式
【数5】

により表される粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzへの変換を行う過程であることを特徴とする請求項8に記載の音響エネルギ計測方法。
【請求項10】
前記音響エネルギ流束算出過程は、前記媒質の体積弾性率をκとすると、前記6個のひずみテンソル成分εxx、εyy、εzz、εxy、εyz、εzxと前記粒子速度ベクトルのx方向成分vx、y方向成分vy、z方向成分vzとから、前記音響エネルギ流束を表すベクトルのx方向成分Ex、y方向成分Ey、z方向成分Ezを次式
【数6】

に従って算出する過程であることを特徴とする請求項9に記載の音響エネルギ計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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