説明

音響再生装置

【課題】 スピーカーの指向性を制御するための指向性制御部を備える音響再生装置であって、独立した2つの音声信号を再生する場合に、一方の音声信号を再生するスピーカーの正面位置では他方の音声信号の再生レベルが極めて低くなり、一方の音声信号による情報を聴き取りやすくできる音響再生装置を提供する。
【解決手段】 音響再生装置は、指向性制御部が、第1フィルタ回路と、第2フィルタ回路と、第1音声信号と第2フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第1加算器と、第2音声信号と第1フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第2加算器と、を含み、第1加算器の出力信号を第1スピーカーに出力し、第2加算器の出力信号を第2スピーカーに出力し、第1および第2フィルタ回路が、第1ならびに第2スピーカーの軸上正面方向音圧特性を基準とする90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピーカーの指向性を制御するための指向性制御部を備える音響再生装置であって、独立した2つの音声信号を再生する場合に、一方の音声信号を再生するスピーカーの正面位置では他方の音声信号の再生レベルが極めて低くなり、一方の音声信号による情報を聴き取りやすくできる音響再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
可聴音域の音波を再生するスピーカーを用いて方向による音響放射特性の変化(以下、「指向性」という)を制御する方法として、無指向性の2個のスピーカーを逆相で接続して双指向性にする場合、または、3個以上のスピーカーアレイにより単一指向性や指向性のビームをある方向に与える等の方法が提案されている。例えば、出願人は、2個のスピーカーを用いるだけで、明確な単一指向放射特性を得ることができる指向性制御装置およびこれを用いる遊技機を提案している(特許文献1)。具体的には、この指向性制御装置では、入力信号を前記2個のスピーカーの離間距離に応じた時間だけ遅延させて出力する遅延手段と、音源からの音響信号と前記遅延手段により遅延された前記音響信号とが互いに逆位相で前記2個のスピーカーから音響放射されるようにする位相反転手段とを設ける。
【0003】
従来の方法では、スピーカーの構造や信号処理によって基本的には時間的な遅延を各スピーカーに与えて、音波の空間的な位相干渉を利用することで所望の指向性を実現している。特に単一指向性を実現した場合には、音量が高いレベルで再生される方向(「ビーム方向」という)と低いレベルで再生される方向(「ゼロ点方向」という)とが生じるため、これらを利用した音響再生システムが提案されている。この場合、通常、ビーム方向におけるエリアは、リスナーが位置するエリアとして利用され、ゼロ点方向におけるエリアは、主に音量を下げる目的で利用される。
【0004】
また、従来には、第1のスピーカーと、第2のスピーカーと、前記第2のスピーカーから放射される音波を、音波同士の干渉によって打ち消す音波を前記第1のスピーカーから放射させる制御手段とを備えたスピーカー装置であって、前記第1及び第2のスピーカーが、制御される音波の周波数領域の1波長以下、8分の1波長以上の間隔に配置されていることを特徴とするスピーカー装置がある(特許文献2)。また、従来には、音響信号の周波数領域の音波の8分の1波長〜1波長の間隔で並置され、当該音響信号成分を含む音波を放射する2つのスピーカーと、音響信号源と一方のスピーカーとの間にそれぞれ介挿され、両スピーカーに対する聴取空間内において、両スピーカーから放射される音波を音波同士の干渉によって打ち消すためのフィルタと、音波が打ち消される位置を変えるために前記フィルタのフィルタ係数を変更するフィルタ係数変更手段とを具備することを特徴とする指向性拡声装置がある(特許文献3)。
【0005】
しかしながら、特許文献1の従来技術では、全ての周波数成分に一定の遅延時間を与えるので、2個のスピーカーの間の距離が再生する音波の波長に比べて相対的に長くなると、鋭いディップが生じてしまう周波数が存在し、その周波数では良好な単一指向特性が得られなくなるという問題がある。また、特許文献2または3の従来技術では、2つのスピーカーの間の距離を再生する音波の波長に対して制限しているので、広帯域な音声信号を再生するのに、中低音域用と高音域用のスピーカーを別個に用意しなければならず、実質的に良好な単一指向特性を得るのが困難であるという問題がある。単一指向特性が実現できないとゼロ点方向の再生レベルが大きくなるので、一方の音声信号に他方の音声信号が重畳して聴こえるようになり、独立した2つの音声信号を再生する場合でも一方の音声信号による情報が聴き取りにくくなるという問題がある。
【0006】
【特許文献1】特開2003−87888号公報 (第1図〜第7図)
【特許文献2】特許第3422247号公報 (第1図〜第3図)
【特許文献3】特許第3422281号公報 (第1図〜第5図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の従来技術が有する問題を解決するためになされたものであり、その目的は、スピーカーの指向性を制御するための指向性制御部を備える音響再生装置であって、独立した2つの音声信号を再生する場合に、一方の音声信号を再生するスピーカーの正面位置では他方の音声信号の再生レベルが極めて低くなり、一方の音声信号による情報を聴き取りやすくできる音響再生装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の音響再生装置は、第1スピーカー取付面、および、第1スピーカー取付面と直交する配置に構成される第2スピーカー取付面を含むキャビネット部と、第1スピーカー取付面に取り付ける第1スピーカーと、第2スピーカー取付面に取り付ける第1スピーカーと同一構成の第2スピーカーと、第1スピーカーおよび第2スピーカーを駆動して単一指向放射特性を得る指向性制御部と、を備え、指向性制御部が、第1音声信号をフィルタ処理する第1フィルタ回路と、第2音声信号をフィルタ処理する第2フィルタ回路と、第1音声信号と第2フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第1加算器と、第2音声信号と第1フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第2加算器と、を含み、第1加算器の出力信号を第1スピーカーに出力し、第2加算器の出力信号を第2スピーカーに出力するとともに、第1フィルタ回路および第2フィルタ回路が、第1スピーカーならびに第2スピーカーの軸上正面方向音圧特性を基準とする90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性を有する。
【0009】
好ましくは、本発明の音響再生装置は、第1スピーカーと、第2スピーカーとが、長径方向長に比べて短径方向長が短い細長形の動電型スピーカーであり、第1スピーカーおよび第2スピーカーが、それぞれの長径方向が平行になり短径方向が略一致するように配置され、かつ、第1スピーカーおよび第2スピーカーの離隔距離と短径方向長とが略一致するように近接配置されている。
【0010】
また、好ましくは、本発明の音響再生装置は、指向性制御部に入力される第1音声信号および第2音声信号が、相互に非相関な独立の音声信号である。
【0011】
また、好ましくは、本発明の音響再生装置は、指向性制御部が、第1スピーカーと第2スピーカーとの離間距離に起因してキャンセルされる第1信号または第2信号の低周波領域のレベルを相対的に増大させる補償手段をさらに含む。
【0012】
また、好ましくは、本発明の音響再生装置は、指向性制御部は、第1加算器に入力する第2フィルタ回路の出力信号の音量レベル、あるいは、第2加算器に入力する第1フィルタ回路の出力信号の音量レベル、をそれぞれ調整して出力するレベル調整回路をさらに含む。
【0013】
また、好ましくは、本発明の音響再生装置は、指向性制御部は、第1加算器に入力する第1音声信号を遅延させる第1遅延回路と、第2加算器に入力する第2音声信号を遅延させる第2遅延回路と、をさらに含み、第1遅延回路および第2遅延回路の設定遅延時間を伝達関数特性の遅延時間と一致させる。
【0014】
以下、本発明の作用について説明する。
【0015】
本発明の音響再生装置は、第1スピーカー取付面、および、第1スピーカー取付面と直交する配置に構成される第2スピーカー取付面を含むキャビネット部と、第1スピーカー取付面に取り付ける第1スピーカーと、第2スピーカー取付面に取り付ける第1スピーカーと同一構成の第2スピーカーと、第1スピーカーおよび第2スピーカーを駆動して単一指向放射特性を得る指向性制御部と、を備え、独立した2つの音声信号を再生する場合に、一方の音声信号を再生するスピーカーの正面位置では他方の音声信号の再生レベルが極めて低くなり、一方の音声信号による情報を聴き取りやすくできる音響再生装置である。例えば、キャビネット部の第1スピーカー取付面および第2スピーカー取付面は、直方体の隣接する2面から構成しても良く、相互に直交する位置関係で配置構成されていればよい。
【0016】
指向性制御部は、第1音声信号をフィルタ処理する第1フィルタ回路と、第2音声信号をフィルタ処理する第2フィルタ回路と、第1音声信号と第2フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第1加算器と、第2音声信号と第1フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第2加算器と、を含む。また、指向性制御部は、第1加算器の出力信号を第1スピーカーに出力し、第2加算器の出力信号を第2スピーカーに出力する。さらに、指向性制御部では、第1フィルタ回路および第2フィルタ回路が、第1スピーカーならびに第2スピーカーの軸上正面方向音圧特性を基準とする90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性を有する。なお、指向性制御部は、第1加算器に入力する第1音声信号を遅延させる第1遅延回路と、第2加算器に入力する第2音声信号を遅延させる第2遅延回路と、をさらに含んで、第1遅延回路および第2遅延回路の設定遅延時間を伝達関数特性の遅延時間と一致させるようにしてもよい。
【0017】
本発明の音響再生装置は、キャビネット部におけるスピーカーの構成(第1スピーカー、第2スピーカー、および、第1スピーカー取付面、第2スピーカー取付面)を反映した指向性制御部を備えるので、良好な単一指向放射特性を実現することができる。つまり、第1音声信号に関しては、第1スピーカーから放射される音波と、90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性を施されて位相反転して第2スピーカーから放射される音波と、によって、第2スピーカーが取り付けられる第2スピーカー取付面の正面方向をゼロ点方向とする単一指向性の音響放射特性が実現される。同様に、第2音声信号に関しては、第2スピーカーから放射される音波と、90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性を施されて位相反転して第1スピーカーから放射される音波と、によって、第1スピーカーが取り付けられる第1スピーカー取付面の正面方向をゼロ点方向とする単一指向性の音響放射特性が実現される。
【0018】
その結果、単一指向性のゼロ点方向では、一方の音声信号に他方の音声信号がほとんど重畳して聴こえないようになるので、2つの音声を再生しても、一方の音声信号による情報だけを聴き取り易くなる。指向性制御部に入力される第1音声信号および第2音声信号が、相互に非相関な独立の音声信号である場合には、一方の音声信号よりも著しく再生レベルが低い他方の音声信号が存在しても、マスキング効果ならびにカクテルパーティー効果によりレベルの低い音声は実質的に聴こえないようになるので、2つの音声を再生しても、一方の音声信号による情報だけを聴き取り易くなる。上記のように、本発明の音響再生装置では、第1スピーカー取付面の正面方向が第2音声信号のゼロ点方向になるので、その方向では第1音声信号による情報だけを聴き取り易くなる。また、音響再生装置では、90度方向の異なる第2スピーカー取付面の正面方向が第1音声信号のゼロ点方向になるので、その方向では第2音声信号による情報だけを聴き取り易くなる。したがって、通常の無指向性のスピーカーシステムで2つの音声を再生する場合に比較して、90度方向の異なる2つの方向に、独立した2つの音声を空間的に分離して再生することができる。
【0019】
音響再生装置では、特に好ましくは、第1スピーカーと、第2スピーカーとが、長径方向長に比べて短径方向長が短い細長形の動電型スピーカーであればよい。第1スピーカーおよび第2スピーカーが、それぞれの長径方向が平行になり短径方向が略一致するように配置され、かつ、第1スピーカーおよび第2スピーカーの離隔距離と短径方向長とが略一致するように近接配置されていれば、丸型の通常のスピーカーに比較して、スピーカー同士の間隔を狭くすることができる。第1スピーカーおよび第2スピーカーの実質的な離間距離が短くなると、遅延手段での遅延時間を短くできて、高い周波数まで単一指向性制御が可能になる。さらに、細長形の振動板を備えるスピーカーは、長径方向に指向性が狭くなり、短径方向に指向性が広くなり無指向性に近づく放射指向特性を有している。したがって、長径方向に関しては単一指向性におけるゼロ点方向に幅が出来ることになるので、一方の音声信号による情報だけが聴き取り易くなる範囲が広くなるという利点がある。
【0020】
また、指向性制御部が、ほぼ逆位相で駆動される第1スピーカーおよび第2スピーカーの離間距離に起因してキャンセルされる第1信号または第2信号の低周波領域のレベルを相対的に増大させる補償手段をさらに含むものであれば、単一指向性制御により失われる低音成分を補うことができる。第1スピーカーに対して近接配置された第2スピーカーとの間で低音成分がキャンセルされる低音成分を相対的に強調して、再生音声のバランスを良くすることができる。
【0021】
また、音響再生装置は、指向性制御部が、第1加算器に入力する第2フィルタ回路の出力信号の音量レベル、あるいは、第2加算器に入力する第1フィルタ回路の出力信号の音量レベル、をそれぞれ調整して出力するレベル調整回路をさらに含んでいれば、音声の放射特性を単一指向性と無指向性との間で切り替えることができる。第1フィルタ回路または第2フィルタ回路の出力信号の音量レベルを小さくすれば、単一指向性から無指向性に近づくことになる。したがって、単一指向性制御により90度方向の異なる2つの方向に独立した2つの音声を空間的に分離して再生する場合と、無指向性制御により2つの音声が混じって全方向に放射して再生する場合と、を使い分けることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の音響再生装置は、スピーカーの指向性を制御するための指向性制御部を備え、簡易な構成によって、独立した2つの音声信号を再生する場合に、一方の音声信号を再生するスピーカーの正面位置では他方の音声信号の再生レベルが極めて低くなり、一方の音声信号による情報を聴き取りやすくできる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1について説明する図である。(実施例1)
【図2】本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1を構成するスピーカーシステム3について説明する図である。(実施例1)
【図3】本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1のスピーカーシステム3を構成する細長形の動電型スピーカー20について説明する図である。(実施例2)
【図4】本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1により再生される単一指向性の放射特性および再生音場を概念的に説明する図である。(実施例1)
【図5】本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1を構成するスピーカーシステム3の指向性特性を説明するグラフである。(実施例1)
【図6】本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1により再生される単一指向性の放射特性を説明するグラフである。(実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の好ましい実施形態による音響再生装置について説明するが、本発明はこれらの実施形態には限定されない。
【実施例1】
【0025】
図1は、本発明の好ましい実施形態による音響再生装置1について説明する図である。具体的には、図1は、音響再生装置1の構成を示すブロック図である。また、図2は、音響再生装置1を構成するスピーカーシステム3と、について説明する図であり、図2(a)はスピーカーシステム3の斜視図であり、図2(b)はスピーカーシステム3を構成するsp1およびsp2を説明する平面図である。さらに、図3は、音響再生装置1のスピーカーシステム3を構成するsp1およびsp2の具体例となる細長形の動電型スピーカー20について説明する図である。また、図4は、音響再生装置1により再生される単一指向性の放射特性および再生音場を概念的に説明する図であり、図4(a)は音声信号a1を再生する場合であり、図4(b)は音声信号a2を再生する場合である。なお、説明に不要な一部の構造や、内部構造等は、図示ならびに説明を省略している。
【0026】
音響再生装置1は、指向性制御回路2と、スピーカーシステム3と、から構成される。音響再生装置1は、独立した2つの音声信号a1およびa2を再生する場合に、指向性制御によって方向によって音響放射特性が異なり、音声再生レベルが異なるように音声再生が可能である。本実施例の場合には、一方の音声信号a1を再生するスピーカーsp1の正面方向d1では、他方の音声信号a2の再生レベルが極めて低くなり、その方向に位置する(図示しない)リスナーにとって一方の音声信号a1による情報を聴き取りやすくできる。同様に、他方の音声信号a2を再生するスピーカーsp2の正面方向d2では、一方の音声信号a1の再生レベルが極めて低くなり、その方向に位置するリスナーにとって他方の音声信号a2による情報を聴き取りやすくできる。
【0027】
指向性制御回路2は、2つの音声信号a1およびa2を入力して信号処理するDSP(デジタルシグナルプロセッサ)5と、DSP5の3チャンネル分の出力を受けてアナログ信号に変換するD/A変換器6、および、これらのアナログ信号をそれぞれ増幅してスピーカーシステム3へ出力するアンプ回路7と、を少なくとも含む。2つの音声信号a1およびa2は、ステレオ信号(左信号Lおよび右信号R)としてDSP5に供給されてもよい。指向性制御回路2は、音声信号a1およびa2入力する入力端子Input1およびInput2と、2つのアンプ回路7の出力を出力する出力端子Output1およびOutput2を有する。具体的には、指向性制御回路2は、マルチチャンネル音声に対応したDSPおよびマルチチャンネルアンプ回路を内蔵するAVレシーバー等により構成し得る。もちろん、指向性制御回路2は、DSPと、D/A変換器と、アンプ回路と、を含む他の音響再生装置により構成してもよい。
【0028】
スピーカーシステム3は、樹脂等で形成される縦長の略直方体形状のキャビネット30と、その底面側に転倒防止のための幅広の足部33とを備える。キャビネット30は、その一方の側面側にスピーカー取付面31と、スピーカー取付面31に対して直交する関係になるスピーカー取付面32と、を含む。スピーカーsp1は、スピーカー取付面31に取り付けられ、また、スピーカーsp2は、スピーカー取付面32に取り付けられる。本実施例のスピーカーsp1およびスピーカーsp2は、細長形の矩形平面振動板を有する動電型スピーカーであり、それぞれの矩形平面振動板が同じ直交する関係で近接するようにスピーカー取付面31ならびにスピーカー取付面32に取り付けられている。これら2つのスピーカーは、ほぼ同じ音響放射特性を有するものが好ましく、同一のものが最も好ましい。2つのスピーカーは、音声信号が同位相で放射されるように、磁気回路およびボイスコイルへ信号供給する端子の正負を揃えておくのがよい。
【0029】
スピーカーsp1およびスピーカーsp2に用いる動電型スピーカー20は、図3に図示するように、細長方形の平面振動板25と、平面振動板25の周囲を振動可能に支持するエッジ26と、平面振動板25の背面側に固定されるボイスコイル組立体21と、ボイスコイル組立体21を振動可能に支持するダンパー24と、フレーム27と、マグネットを含む複数の磁気回路28と、を備える全面駆動の平面薄型スピーカーである。ボイスコイル組立体21は、3つのボイスコイル23をボビン22により格子状に連結しており、スピーカー20は、3つのボイスコイル23に対応する3つの磁気回路28を備える。細長方形のスピーカー20は、長径方向daの長さdaLが約12.5cm、短径方向dbの長さdbLが約4.8cmである。
【0030】
図示するように、スピーカーsp1は、スピーカー取付面31のなかでスピーカー取付面32寄りになるように取り付けられる。また、スピーカーsp2は、スピーカー取付面32のなかでスピーカー取付面31寄りになるように取り付けられる。2つのスピーカーから見ると、それぞれの長径方向の中心線の間の距離dは、それぞれの中心線の位置とスピーカー取付面31ならびにスピーカー取付面32が構成する角部とを頂点とする二等辺三角形の等しい長さの二辺の長さに相当する関係になる。本実施例の場合には、それぞれのスピーカー間の離隔距離dは、約5cmである。つまり、2つのスピーカー間の離隔距離dは、それぞれの振動板の中央位置の間の距離により算定できる。
【0031】
本実施例の場合には、スピーカーsp1およびスピーカーsp2に長径方向長daLに比べて短径方向長dbLが短い細長形の動電型スピーカー20を用いているので、これらを配置する場合に、スピーカーsp1およびスピーカーsp2が、それぞれの長径方向daが平行になり、かつ、これらの短径方向dbが略一致するように配置すれば、スピーカーsp1およびスピーカーsp2の離隔距離d(=5.0cm)を、実質的に短径方向長dbL(=4.8cm)とほぼ一致する程度まで短くできる。つまり、細長形の動電型スピーカー20のフレーム27同士が干渉しないように短径方向に隣り合わせて近接させれば、単一指向性の音響放射特性を実現するのにスピーカーsp1およびスピーカーsp2の離隔距離dを短くしてこれらを近接配置できるので、従来の丸型の通常のスピーカーに比較して、スピーカー同士の間隔を狭くすることができる。
【0032】
なお、キャビネット30は、それぞれのスピーカーの最低共振周波数付近および以下の低音域の増大を図るために、その内部に音響容量を規定する空間を有する。キャビネット30の内部は、それぞれのスピーカー毎に内部が区切られて、コーン振動板の背面側に放射される音波が相互に干渉しないようにするのが好ましい。キャビネット30は、密閉型、バスレフ形、ケルトン型、等の諸方式のキャビネットを採用することができる。なお、スピーカーシステム2のキャビネット3は、露出するスピーカー10を保護するように、(図示しない)前面グリル、パンチングネット、等を設けてもよい。また、スピーカーsp1およびスピーカーsp2は、複数の細長形の動電型スピーカー20を長径方向が一致するように並べたスピーカーアレイでそれぞれ構成してもよい。スピーカーsp1およびスピーカーsp2をスピーカーアレイで構成する場合には、複数の細長形の動電型スピーカー20を直列接続および/または並列接続すればよい。
【0033】
指向性制御回路2のDSP5は、デジタル信号である音声信号a1およびa2を信号処理して出力する。DSP5は、入力端子Input1に入力される音声信号a1をフィルタ処理するフィルタ回路11aと、入力端子Input2に入力される音声信号a2をフィルタ処理するフィルタ回路11bと、音声信号a1とフィルタ回路11bの位相反転出力とを加算する加算器12aと、音声信号a2とフィルタ回路11aの位相反転出力とを加算する加算器12bと、を含み、加算器12aの出力信号をスピーカーsp1にD/A変換器6およびアンプ7を介して出力し、加算器12bの出力信号をスピーカーsp2にD/A変換器6およびアンプ7を介して出力する。また、DSP5には、後述する他の実施例で説明するように、フィルタ回路11aならびにフィルタ回路11bのそれぞれの出力信号のレベル調整を行なうレベル調整回路13aおよび13bを含む。レベル調整回路13aおよび13bは、加算器12aおよび12bでの位相反転を代用して含むように、−1.0〜1.0の範囲内の数値を乗算する乗算器であっても良い。また、DSP5は、音声信号a1およびa2の低周波領域のレベルをそれぞれ相対的に増大させる補償フィルタ14aおよび14bと、加算器12aに入力する音声信号a1を遅延させる遅延回路15aと、加算器12bに入力する音声信号a2を遅延させる遅延回路15bと、をさらに含む。
【0034】
2つのD/A変換器6は、それぞれアンプ回路7に接続し、それぞれのアンプ回路7は、電力増幅した信号を出力端子Output1およびOutput2に出力する。2系統のD/A変換器6およびアンプ回路7は、ほぼ同一の出力特性を有している。このように指向性制御回路2は、低周波領域のレベルを相対的に増大させて遅延させた音声信号a1と、低周波領域のレベルを相対的に増大させて特定のフィルタ特性を与えられて位相反転された音声信号a2と、を加算して出力端子Output1へ出力し、同様に、周波領域のレベルを相対的に増大させて遅延させた音声信号a2と、低周波領域のレベルを相対的に増大させて特定のフィルタ特性を与えられて位相反転された音声信号a1と、を加算して出力端子Output2へ出力する。
【0035】
図5は、スピーカーシステム3の指向性特性を説明するグラフである。具体的には、スピーカーシステム3のスピーカー取付面31に取り付けられたスピーカーsp1のみを用いて音声信号a1を再生する場合に、その正面方向d1における音圧周波数特性(実線)と、その90度方向d2における音圧周波数特性(点線)と、を重ね書きしたグラフである。スピーカーsp1は、細長方形の平面振動板25を備える全面駆動の平面薄型スピーカーであるので、波長の長い約400Hzまでの低い周波数領域ではほぼ無指向性であり、それ以上の高い周波数領域において正面方向d1よりも90度方向d2でレベル低下するという指向特性を有する。
【0036】
音響再生装置1は、スピーカーシステム3のキャビネット部30における具体的な構成として、スピーカーsp1、スピーカーsp2、および、スピーカー取付面31、スピーカー取付面32の取り付け条件を反映した指向性制御部2を備える。つまり、指向性制御回路2のDSP5のフィルタ回路11aおよびフィルタ回路11bは、スピーカーsp1ならびにスピーカーsp2の軸上正面方向音圧特性(図5:d1)を基準とする90度方向指向特性(図5:d2)と略同一な伝達関数特性H(=d2/d1)を有する。フィルタ回路11aおよびフィルタ回路11bは、所定以上のtap数を有するFIRフィルタ(有限インパルスレスポンスフィルタ)により実現するのが好ましい。伝達関数特性Hを導出する場合には、因果律を満たすように所定の遅延を与えて逆特性を計算する場合があるので、そのような場合には、遅延回路15aおよび遅延回路15bは、それぞれの設定遅延時間をフィルタ回路11aおよびフィルタ回路11bの伝達関数特性Hの遅延時間と一致させるのが好ましい。
【0037】
その結果、図4の概念図に示すように、音響再生装置1は、良好な単一指向放射特性を実現することができる。つまり、音声信号a1に関しては、スピーカーsp1から放射される音波と、90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性Hを施されて位相反転してスピーカーsp2から放射される音波と、によって、スピーカーsp2が取り付けられるスピーカー取付面32の正面方向d2をゼロ点方向とする単一指向性の音響放射特性が実現される。同様に、音声信号a2に関しては、スピーカーsp2から放射される音波と、90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性Hを施されて位相反転してスピーカーsp1から放射される音波と、によって、スピーカーsp1が取り付けられるスピーカー取付面31の正面方向d1をゼロ点方向とする単一指向性の音響放射特性が実現される。
【0038】
図6は、音響再生装置1により再生される単一指向性の放射特性を説明するグラフである。具体的には、図6は、上記の音声信号a1に関して単一指向性の放射特性を実現する場合に、スピーカー取付面31の正面方向d1での音圧周波数特性(実線)と、スピーカー取付面31の90度方向d2(スピーカー取付面32の正面方向でもある。)での音圧周波数特性(点線)と、を重ね書きしたグラフである。本実施例の音響再生装置1は、正面方向d1に比べて90度方向d2では、約200Hz以上の全音声帯域に渡って約15〜20dBもレベル低下する良好な単一指向放射特性を実現することができる。なお、音声信号a2に関しても、同様に良好な単一指向放射特性を実現することができる。
【0039】
したがって、スピーカー取付面31の正面方向d1では、音声信号a1の再生音圧レベルが、音声信号a2の再生音圧レベルよりも約20dB近くも大きくなる。同様に、スピーカー取付面32の正面方向d2では、音声信号a2の再生音圧レベルが、音声信号a1の再生音圧レベルよりも約20dB近くも大きくなる。このように、単一指向性のゼロ点方向では、一方の音声信号に比べて他方の音声信号が小さくなる。約20dBの再生レベル差があれば、2つの音声を再生しても、一方の音声信号による情報だけを聴き取り易くなる。
【0040】
指向性制御部2に入力される音声信号a1およびa2が、例えば、音声信号a1が女性のアナウンス音声であり、音声信号a2が音声信号a1とは内容の異なる男性のアナウンス音声であるなど、相互に非相関な独立の音声信号である場合には、一方の音声信号よりも著しく再生レベルが低い他方の音声信号が存在しても、マスキング効果ならびにカクテルパーティー効果によりレベルの低い音声は実質的に聴こえないようになる。上記のように、音響再生装置1では、スピーカー取付面31の正面方向d1が音声信号a2のゼロ点方向になるので、方向d1では音声信号a1による情報だけを聴き取り易くなる。また、音響再生装置1では、90度方向の異なるスピーカー取付面32の正面方向d2が音声信号a1のゼロ点方向になるので、方向d2では音声信号a2による情報だけを聴き取り易くなる。
【0041】
なお、本実施例の指向性制御回路2のDSP5では、入力された音声信号a1およびa2はそれぞれ補償フィルタ14aおよび14bに入力されているが、補償フィルタ14aおよび14bは、2つの出力信号に対してそれぞれ設けるものに代えることができる。補償フィルタ14aおよび14bは、スピーカーsp1とスピーカーsp2の離間距離dに起因してキャンセルされる左信号Lまたは右信号Rの低周波領域のレベルを予め相対的に増大させるものであればよい。補償フィルタ14aおよび14bは、近接配置された2つのスピーカー間で低音成分がキャンセルされる低音成分を相対的に強調して、リスナーにとって遠方に感じられる音像のバランスを良くすることができる。音声信号a1およびa2が、相互に相関を有するモノラル成分を含むステレオ音声信号である場合には、補償フィルタ14aおよび14bは、近接配置されたスピーカーsp1とスピーカーsp2との間で低音成分がキャンセルされやすくなる逆相成分(例えば(L−R))についても補償するので、ステレオ音場の広がり感を保つことが出来る。
【0042】
本実施例の音響再生装置1のように、スピーカーシステム3でのスピーカー間の実質的な離間距離dを短くできる場合には、指向性制御回路2のDSP5のフィルタ回路11aおよびフィルタ回路11bでのフィルタを短くできて、高い周波数まで単一指向性制御が可能になる。離隔距離dが約1/2になると、単一指向性制御が可能な周波数帯域(ディップが生じる周波数)も約2倍にできる。また、本実施例の音響再生装置1は、スピーカーシステム3に平面振動板25およびボイスコイル組立体21を備える動電型スピーカー20を2つ用いている。動電型スピーカー20のボイスコイル組立体21は、3つのボイスコイル23をボビン22により格子状に連結しており、平面振動板25での分割振動が抑制できるので、動電型スピーカー20は、極めてピストン振動再生領域が広い。その結果、従来技術に比較して、より簡易な構成によって良好に、単一指向特性を得ることができる。
【0043】
本実施例の音響再生装置1では、通常の無指向性のスピーカーシステムで2つの音声を再生する場合に比較して、90度方向の異なる2つの方向d1およびd2に、独立した2つの音声信号a1およびa2を空間的に分離して再生することができる。通常の無指向性のスピーカーシステムを用いるとスピーカー配置が限定される場合があるが、本実施例の音響再生装置1では、指向性制御を用いた音声再生によって、方向d1に位置するリスナーと、異なる方向d2に位置する別のリスナーと、にそれぞれ異なる音声信号を再生し、異なる音声コンテンツを提供できる。
【0044】
なお、音響再生装置1での単一指向性を無指向性に変えるには、指向性制御回路2のレベル調整回路13aおよび13bを、出力が0になるように調整すればよい。指向性制御回路2のフィルタ回路11aおよびフィルタ回路11bの出力が、加算器12bならびに加算器12aに入力しなければ、音声信号a1がスピーカーsp1から無指向性で再生され、音声信号a2がスピーカーsp2から無指向性で再生されるからである。レベル調整回路13aおよび13bは、上記実施例で述べたように、音声信号a1およびa2に対するフィルタ回路11aおよびフィルタ回路11bの出力の相対的なレベルを調整して出力するものであればよい。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の音響再生装置は、単独でステレオ音声信号を再生するステレオ装置、あるいは、マルチチャンネルサラウンド音声再生装置のみならず、ディスプレイ等の映像・音響機器に内蔵するスピーカー、または、音声を再生するスピーカーを内蔵するキャビネットを有するゲーム機、スロットマシン等の遊戯機にも適用が可能である。また、本発明の音響再生装置は、音声を再生する一方の方向にコンテンツ音声を再生し、他方の方向にコンテンツ音声とは異なる呼びかけ音声を再生するデジタルサイネージにも適用が可能である。
【符号の説明】
【0046】
1 音響再生装置
2 指向性制御回路
3 スピーカーシステム
30 キャビネット
31、32 スピーカー取付面
32 スピーカー取付面
33 足部
5 DSP
6 D/A変換器
7 アンプ回路
11a、11b フィルタ回路
12a、12b 加算器
13a、13b レベル調整回路
14a、14b 補償フィルタ
15a、15b 遅延回路
20 スピーカー
21 ボイスコイル組立体
22 ボビン
23 ボイスコイル
24 ダンパー
25 平面振動板
26 エッジ
27 フレーム
28 磁気回路
sp1 スピーカー
sp2 スピーカー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1スピーカー取付面、および、該第1スピーカー取付面と直交する配置に構成される第2スピーカー取付面を含むキャビネット部と、該第1スピーカー取付面に取り付ける第1スピーカーと、該第2スピーカー取付面に取り付ける該第1スピーカーと同一構成の第2スピーカーと、該第1スピーカーおよび該第2スピーカーを駆動して単一指向放射特性を得る指向性制御部と、を備え、
該指向性制御部が、第1音声信号をフィルタ処理する第1フィルタ回路と、第2音声信号をフィルタ処理する第2フィルタ回路と、該第1音声信号と該第2フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第1加算器と、該第2音声信号と該第1フィルタ回路の位相反転出力とを加算する第2加算器と、を含み、該第1加算器の出力信号を該第1スピーカーに出力し、該第2加算器の出力信号を該第2スピーカーに出力するとともに、該第1フィルタ回路および該第2フィルタ回路が、該第1スピーカーならびに該第2スピーカーの軸上正面方向音圧特性を基準とする90度方向指向特性と略同一な伝達関数特性を有する、
音響再生装置。
【請求項2】
前記第1スピーカーと、前記第2スピーカーとが、長径方向長に比べて短径方向長が短い細長形の動電型スピーカーであり、該第1スピーカーおよび該第2スピーカーが、それぞれの長径方向が平行になり短径方向が略一致するように配置され、かつ、該第1スピーカーおよび該第2スピーカーの離隔距離と該短径方向長とが略一致するように近接配置されている、
請求項1に記載の音響再生装置。
【請求項3】
前記指向性制御部に入力される前記第1音声信号および前記第2音声信号が、相互に非相関な独立の音声信号である、
請求項1または2に記載の音響再生装置。
【請求項4】
前記指向性制御部は、前記第1スピーカーと前記第2スピーカーとの前記離間距離に起因してキャンセルされる前記第1信号または前記第2信号の低周波領域のレベルを相対的に増大させる補償手段をさらに含む、
請求項2または3に記載の音響再生装置。
【請求項5】
前記指向性制御部は、前記第1加算器に入力する前記第2フィルタ回路の出力信号の音量レベル、あるいは、前記第2加算器に入力する前記第1フィルタ回路の出力信号の音量レベル、をそれぞれ調整して出力するレベル調整回路をさらに含む、
請求項1から4のいずれかに記載の音響再生装置。
【請求項6】
前記指向性制御部は、前記第1加算器に入力する前記第1音声信号を遅延させる第1遅延回路と、前記第2加算器に入力する前記第2音声信号を遅延させる第2遅延回路と、をさらに含み、該第1遅延回路および該第2遅延回路の設定遅延時間を前記伝達関数特性の遅延時間と一致させる、
請求項1から5のいずれかに記載の音響再生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−74459(P2013−74459A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−211943(P2011−211943)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(710014351)オンキヨー株式会社 (226)
【Fターム(参考)】