説明

音響校正装置

【課題】電気回路の補正によらないでECMの感度を校正することができる音響校正装置を提供すること。
【解決手段】音響校正装置10は、信号発生回路11、増幅回路12、所定音圧の音波を発する発音体13、電離放射線発生装置14、駆動回路15、直流電源16、マイクアンプ17、制御回路18、筐体19、ECM20を備え、電離放射線発生装置14が、ECM20が備えるECM素子21に向けて電離放射線を照射し、ECM素子21の振動板と背面板との間で発生した正負いずれかのイオンをECM素子21の誘電体膜に蓄積する構成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を校正する音響校正装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のマイクロホンの校正装置として、特許文献1〜4に記載されたものが提案されている。一方、非特許文献1に記載されているように、エレクトレット素子を利用したコンデンサマイクロホンが利用されている。
【0003】
従来、例えば騒音測定用途などにおいて、コンデンサマイクロホンの校正装置では、基準の音圧を発生する装置をコンデンサマイクロホンに取り付け、その基準音圧によってコンデンサマイクロホンが出力する信号レベルを読み取り、コンデンサマイクロホンに付属の電気回路を補正することにより校正を行っていた。
【0004】
同様に、誘電体に電荷を注入して製造するエレクトレット素子を利用したいわゆるECM(エレクトレットコンデンサマイクロホン)においても、特許文献5、6に記載されているように、電気回路を補正することにより校正を行っていた。ECMは、コンデンサマイクロホンで必要となるバイアス電圧の印加が不要であるという特徴を持つため広く利用されているが、エレクトレットに蓄積した電荷が、使用環境における湿度や熱の影響により徐々に減少するため、それに伴い感度も低下する。したがって、使用環境が過酷な屋外での用途や、電子回路基板の半田リフロー工程など、湿度や熱が加わる環境下では、初期に有していた電荷量が減少して感度が低下するため、これを電気回路の補正で補っていた。
【0005】
つまり、従来はコンデンサマイクロホンやECMの校正を行うことは、マイクロホンに付属の電気回路を補正することであった。しかしながら、この手法は、劣化したマイクロホンの感度を補うために電気回路の増幅率を上げることであり、SN比が悪くなるという課題があった。また、マイクロホンと電気回路とを別々に組み合わせて利用する場合などにおいては、その都度校正を行う必要があるという課題があった。
【0006】
なお、ECMでは電気回路による補正を行わなくても、ECM素子自身の劣化した感度を回復させて校正を行うこともできる。ただし、そのためには、特許文献7にあるような一部の特殊な材料を用いたECMを除き、素子を分解して再び電荷を注入する必要があるため、コスト高となるという問題が発生する。したがって、通常は部品交換による校正をせざるを得ないという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭49−106378号公報
【特許文献2】特開昭54−54619号公報
【特許文献3】特開平1−127918号公報
【特許文献4】特開平2−256398号公報
【特許文献5】特開2008−35310号公報
【特許文献6】特開2008−256433号公報
【特許文献7】特開2007−298297号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】高柳裕雄著「マイクロホンテクニカルハンドブック」、兼六館出版、p35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前述のような事情に鑑みてなされたもので、電気回路の補正によらないでECMの感度を校正することができる音響校正装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の音響校正装置は、互いに対向する第1電極及び第2電極のいずれか一方の電極の対向面側に電荷を蓄積可能な誘電体膜が設けられたエレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を校正する音響校正装置であって、前記第1電極及び前記第2電極のいずれか一方の電極を透過する電離放射線を照射する電離放射線照射手段と、前記電離放射線によって前記両電極間に発生する正イオン及び負イオンのうちいずれか一方のイオンを前記誘電体膜に蓄積させる電圧を印加する電圧印加手段とを備えた構成を有している。
【0011】
この構成により、本発明の音響校正装置は、電離放射線を照射して発生した正負いずれかのイオンを誘電体膜に蓄積するので、電気回路の補正によらないでECMの感度を校正することができる。
【0012】
また、本発明の音響校正装置は、前記エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を測定する感度測定手段と、予め定めた目標感度と測定によって求めた感度との感度差に応じて前記電離放射線照射手段を駆動制御する駆動制御手段とを備えた構成を有している。
【0013】
この構成により、本発明の音響校正装置は、エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を所望の目標感度にすることができる。
【0014】
さらに、本発明の音響校正装置は、前記感度測定手段は、予め定めた音圧の音波を発する発音体と、前記音圧の音波の放射により前記エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を測定する感度測定部とを備え、前記駆動制御手段は、前記電離放射線照射手段を駆動する駆動回路と、前記感度差を算出して前記電離放射線の照射時間を決定し、決定した照射時間に応じて前記駆動回路の駆動動作を制御する制御回路とを備えた構成を有している。
【0015】
この構成により、本発明の音響校正装置は、エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を高精度で所望の目標感度にすることができる。
【0016】
さらに、本発明の音響校正装置は、前記エレクトレットコンデンサマイクロホンは、前記正イオン及び前記負イオンのうちいずれか一方のイオンを前記誘電体膜に蓄積するイオン蓄積状態と前記感度の測定状態とを切り替える切替手段を備えた構成を有している。
【0017】
この構成により、本発明の音響校正装置は、エレクトレットコンデンサマイクロホンが備えるトランジスタ等に電圧印加手段からの電圧が印加されることを防止できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、電気回路の補正によらないでECMの感度を校正することができるという効果を有する音響校正装置を提供することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態における音響校正装置の概要構成を示す図
【図2】本発明の一実施形態における音響校正装置の校正対象であるECMが有するECM素子の概要構成図
【図3】本発明の一実施形態において、ECMが有するマイク回路の構成例を示す図
【図4】本発明の一実施形態において、ECMが有するマイク回路の構成例を示す図
【図5】本発明の一実施形態において、ECMが有するマイク回路の構成例を示す図
【図6】本発明の一実施形態における音響校正装置の動作を示すフローチャート
【図7】本発明の一実施形態における音響校正装置において、軟X線の照射時間と電荷蓄積量との関係の一例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。
【0021】
図1は、本実施形態における音響校正装置10の概要構成を示す図である。図1に示すように、音響校正装置10は、信号発生回路11、増幅回路12、発音体13、電離放射線発生装置14、駆動回路15、直流電源16、マイクアンプ17、制御回路18、筐体19、ECM20を備えている。
【0022】
ECM20は、音波に応じて振動する振動膜を有するECM素子21と、ECM素子21に接続されたマイク回路(後述)とを備えている。
【0023】
信号発生回路11は、例えば所定周波数の正弦波信号を発生し、増幅回路12に出力するようになっている。増幅回路12は、信号発生回路11の出力信号を増幅し、発音体13に出力するようになっている。ここで、増幅回路12の増幅率は、発音体13が発する音波の音圧に基づいて設定されるようになっている。なお、信号発生回路11及び増幅回路12は、本発明に係る感度測定手段を構成する。
【0024】
発音体13は、例えば小型スピーカーやイヤホン等で構成され、予め定めた基準音圧、例えば94dBの音圧の音波をECM20に向けて発するようになっている。なお、発音体13に替えて、例えばピストンホンを使用することもできる。この場合、基準音圧としては例えば114dBとするのが好ましい。また、必要があれば基準音圧を1種類に限定せず、増幅回路12の増幅率の設定により複数の基準音圧の音波を放射できる構成としてもよい。また、信号発生回路11により複数の周波数を設定する構成としてもよい。なお、発音体13は、本発明に係る感度測定手段を構成する。
【0025】
電離放射線発生装置14は、駆動回路15の駆動動作に基づき、電離放射線をECM20に向けて照射するようになっている。電離放射線としては、例えば空気の各成分により吸収が可能なエネルギー範囲を有するものが適している。好ましくは、3keV〜9.5keVのエネルギーを有する軟X線がよい。軟X線のエネルギーは軟X線照射物と被照射物との距離の二乗に反比例して減衰するため、電離放射線発生装置14はできる限りECM素子21に近づけるのが好ましい。ただし、ECM素子21の振動膜の材料によっては軟X線により物性が劣化することがあるため、両者間の距離は10mm〜20mm程度が好ましい。なお、電離放射線発生装置14は、本発明に係る電離放射線照射手段を構成する。
【0026】
駆動回路15は、制御回路18が出力する制御信号に基づき、電離放射線発生装置14を駆動するようになっている。この駆動回路15は、本発明に係る駆動制御手段を構成する。
【0027】
直流電源16は、後述するECM素子21の電極にバイアス電圧を印加するようになっている。この直流電源16は、本発明に係る電圧印加手段を構成する。
【0028】
マイクアンプ17は、ECM20の出力電圧を増幅し、制御回路18に出力するようになっている。このマイクアンプ17は、本発明に係る感度測定手段を構成する。
【0029】
制御回路18は、例えばコンピュータで構成され、ECM素子21の感度の算出や、駆動回路15の制御信号を生成するためのプログラムに基づいて動作するようになっている。また、発音体13の発する音波の音圧データや、ECM素子21の感度を校正するために必要なデータ等を予め記憶したり、通信によって取得したりできるようになっている。図示を省略したが、筐体19の外部には、前述のデータを入力する入力デバイスや、音響校正装置10の動作状態や、制御回路18の制御状態等を示すディスプレイが配置されている。また、制御回路18が、例えば、発音体13が発する音波の音圧の制御や、直流電源16の動作制御を行う構成としてもよい。なお、制御回路18は、本発明に係る感度測定手段及び駆動制御手段を構成する。
【0030】
筐体19は、軟X線を外部に透過させないための材料、例えばアルミニウムで構成されている。この構成によれば、軟X線のエネルギー範囲が、前述した3keV〜9.5keV程度であれば、筐体19の厚さを2ミリ程度とすることにより、軟X線の透過率を0.1%以下とすることができる。また、筐体19には、ECM20がセットされたことや、筐体19の蓋(図示省略)が完全に閉じていることを使用者に提示するためのセンサーや提示手段等が設けられていることが好ましい。
【0031】
次に、本実施形態における音響校正装置10の校正対象であるECM20について説明する。
【0032】
ECM20は、例えば、図2に示すようなECM素子21を備えている。すなわち、本実施形態において、ECM素子21は、半導体プロセスで用いられているシリコンの微細加工技術を適用して形成されるECM型のシリコンマイクで構成されている。
【0033】
図2に示すように、ECM素子21は、音波によって振動する振動板220が形成されたシリコン基板211と、音孔235が形成された背面板230と、シリコン基板211と背面板230との間に設けられたスペーサ212とを備えている。
【0034】
振動板220は、図中上部の拡大図に示すように、シリコン221と、この上面に形成された振動板220の電極であるアルミニウム薄膜222とを備えている。
【0035】
背面板230は、図中下部の拡大図に示すように、シリコン231と、この上面(振動板220と対向する面)に順次形成されたシリコン酸化膜232及び防湿膜としてのシリコン窒化膜233と、シリコン231の下面に形成された背面板230の電極であるアルミニウム薄膜234とを備えている。ここで、シリコン酸化膜232は、本発明に係る誘電体膜を構成するものであり、正極性又は負極性の電荷が蓄積されるとエレクトレットとしての機能を有するものとなる。なお、本実施形態では、シリコン酸化膜232は、負極性の電荷を蓄積するものとする。
【0036】
以上のように構成されたECM素子21に対し、前述の電離放射線発生装置14は、軟X線を振動板220の板厚方向に透過する方向に照射するようになっている。振動板220の厚さは1μm〜5μm程度であり、軟X線は振動板220を容易に透過することができる。その結果、振動板220と背面板230との間に入射した軟X線により、両者間の空気が電離され、正イオン及び負イオンが発生することとなる。
【0037】
そこで、直流電源16(図1参照)によって、振動板220側の電極であるアルミニウム薄膜222に負電位、背面板230側の電極であるアルミニウム薄膜234に正電位のバイアス電圧を印加した状態で軟X線を照射すると、軟X線によって発生した正負の両イオンが分離され、正イオンが振動板220側に、負イオンが背面板230側に引きつけられる。その結果、背面板230側に設けた誘電体膜としてのシリコン酸化膜232に負電荷を蓄積することができる。
【0038】
次に、ECM20が備えるマイク回路について説明する。通常、ECMはインピーダンス変換素子としてFET(Field Effect Transistor)を備えている。一般的な構成として、振動板又は背面板のいずれか一方の電極にFETのゲート電極が接続され、他方の電極は接地されている。また、FETのドレイン電極は負荷抵抗を介して電源に接続され、FETのソース電極は接地されている。前述のように、本実施形態における音響校正装置10は、ECM20にバイアス電圧を印加する構成となっているので、FETの耐圧を考慮する必要がある。以下、FETの耐圧を20Vとし、20V以下のバイアス電圧で校正する場合と、20V以上のバイアス電圧で校正する場合とにおけるマイク回路の構成例を説明する。
【0039】
最初に、FETの耐圧が20Vで、20V以下のバイアス電圧で校正する場合のマイク回路について説明する。ここで、マイク回路の構成例として、図3に示す構成例1、図4に示す構成例2を挙げる。
【0040】
まず、図3(a)に示した構成例1のマイク回路30は、ECM素子21、FET31、スイッチ(以下「SW」と記す。)32、入出力端子33、電圧印加端子34、接地端子35、負荷抵抗R、容量Cを備えている。
【0041】
SW32は、ECM素子21の例えば背面板230(図2参照)側の電極と容量Cとの間を切り替えるようになっている。入出力端子33は、SW32が選択した側と接続されるようになっている。このSW32は、本発明に係る切替手段を構成する。
【0042】
また、後述するように、入出力端子33にはSW38が接続され、電圧印加端子34にはSW39を介して駆動電圧(例えば2V〜3V)を印加する駆動用直流電源37が接続される(図3(b)参照)。
【0043】
続いて、マイク回路30の感度測定時と、バイアス電圧印加時とにおける回路構成について説明する。
【0044】
マイク回路30において、ECM素子21の感度測定時には、図3(b)に示す構成とする。すなわち、SW39をオン状態にして駆動用直流電源37からの駆動電圧を負荷抵抗Rを介してFET31に印加し、FET31の出力がSW32及び38を介してマイクアンプ17に出力される構成とする。その結果、ECM素子21の静電容量の変化に応じた交流信号がマイクアンプ17によって増幅され、制御回路18(図1参照)に出力される。
【0045】
一方、マイク回路30において、ECM素子21のバイアス電圧印加時には、図3(c)に示す構成とする。すなわち、SW39をオフ状態にして駆動電圧を印加せず、ECM素子21の背面板230側の電極と直流電源16とを接続する構成とする。その結果、この状態で軟X線を照射することにより、背面板230側に設けたシリコン酸化膜232に負電荷が蓄積される。
【0046】
次に、図4(a)に示した構成例2のマイク回路40は、ECM素子21、FET41、バイアス端子42、出力端子43、電圧印加端子44、接地端子45、負荷抵抗R、容量Cを備えている。図4(b)に示すように、バイアス端子42にはSW38、出力端子43にはSW46がそれぞれ接続され、電圧印加端子44にはSW39を介して駆動用直流電源37が接続される。
【0047】
続いて、マイク回路40の感度測定時と、バイアス電圧印加時とにおける回路構成について説明する。
【0048】
ECM素子21の感度測定時には、図4(b)に示す構成とする。すなわち、SW38はオフ状態にし、SW39をオン状態にして駆動用直流電源37からの駆動電圧を負荷抵抗Rを介してFET41に印加し、SW46をオン状態にしてFET41の出力をマイクアンプ17に出力する構成とする。その結果、ECM素子21の静電容量の変化に応じた交流信号がマイクアンプ17によって増幅され、制御回路18(図1参照)に出力される。
【0049】
一方、ECM素子21のバイアス電圧印加時には、図4(c)に示す構成とする。すなわち、SW38をオン状態にすることにより、ECM素子21の背面板230側の電極と直流電源16とを接続し、SW39及び46をオフ状態にする構成とする。その結果、この状態で軟X線を照射することにより、背面板230側に設けたシリコン酸化膜232に負電荷が蓄積される。
【0050】
次に、FETの耐圧が20Vで、20V以上のバイアス電圧で校正する場合のマイク回路について説明する。
【0051】
図5に示した構成例のマイク回路50は、ECM素子21、FET51、SW52、バイアス端子53、出力端子54、電圧印加端子55、接地端子56を備えている。
【0052】
SW52は、例えばリレースイッチで構成され、バイアス端子53に電圧が印加されていないときオン状態、バイアス端子53に電圧が印加されたとき、このバイアス電圧によってオフ状態となるよう動作するものである。なお、SW52をFET51の接地経路57上に設ける構成としてもよい。また、SW52は、本発明に係る切替手段を構成する。
【0053】
各端子への接続は、前述の図4(b)及び(c)に準じた構成となるので図示を省略したが、バイアス端子53にはSW38(図4(b)参照)を介して直流電源16を接続し、出力端子54にはマイクアンプ17を直接接続し、電圧印加端子55には駆動用直流電源37を直接接続する。
【0054】
マイク回路50において、ECM素子21の感度測定時には、図4(b)及び図5を参照しながら説明すると、バイアス端子53にはバイアス電圧が印加されないのでSW52はオン状態のままであり、駆動用直流電源37からの駆動電圧がFET51に印加され、出力端子54を介してFET51の出力をマイクアンプ17に出力する構成とする。その結果、ECM素子21の静電容量の変化に応じた交流信号がマイクアンプ17で増幅され、制御回路18(図1参照)に出力される。
【0055】
一方、マイク回路50において、ECM素子21のバイアス電圧印加時には、図4(b)及び図5を参照しながら説明すると、バイアス端子53にはバイアス電圧が印加されるので、このバイアス電圧によってSW52がオフ状態になり、FET51にはバイアス電圧が印加されない構成となる。その結果、この状態で軟X線を照射することにより、背面板230側に設けたシリコン酸化膜232に負電荷が蓄積される。
【0056】
次に、本実施形態における音響校正装置10の動作について、図1及び図6に基づき説明する。以下の説明では、ECM素子21の感度が出荷時に対して劣化した状態にあるとし、劣化した感度を出荷時の感度(以下「初期感度」という。)に戻す例を挙げる。なお、図3〜図5で説明した各SWの動作については説明を省略する。
【0057】
感度が劣化したECM20を筐体19内の所定の固定治具にセットし(ステップS11)、ECM20の出力端子をマイクアンプ17に接続する。
【0058】
ECM20に印加するバイアス電圧の極性を決定し、直流電源16をECM20に接続する。その後、発音体13から基準音圧の音波を放射する(ステップS12)。
【0059】
マイクアンプ17は、ECM20の出力電圧を増幅し、その増幅信号を制御回路18に出力する。制御回路18は感度を算出し、発音体13からの基準音圧の音波の放射を停止する(ステップS13)。
【0060】
制御回路18は、ステップS13において得られた感度と、劣化前の初期感度とを比較する(ステップS14)。初期感度が不明な場合は、ECM20の例えば規格シートやカタログに記載の感度を参考にし、初期感度を決定することができる。
【0061】
制御回路18は、ステップS14における結果から初期感度に戻すために必要な軟X線を照射する時間を計算し、感度不足の場合は照射時間を決定する(ステップS15)。
【0062】
直流電源16は、ECM素子21にバイアス電圧を印加し、軟X線の照射を、ステップS15で得られた時間行う(ステップS16)。
【0063】
制御回路18は、駆動回路15に軟X線の照射を停止させ、直流電源16によるバイアス電圧の印加を停止して(ステップS17)、ステップS12に戻る。
【0064】
ステップS14において、感度差が予め設定した誤差以内であれば、筐体19からECM20を取り出して(ステップS19)、校正を終了する。また、ステップS14において、感度が必要以上に大きくなった場合には、直流電源16の極性を反転して(ステップS18)、ステップS15に進む。
【0065】
以上の動作を行うことにより、音響校正装置10は、ECM20の感度の校正を行うことができる。
【0066】
なお、前述の工程では、感度が必要以上に大きい場合には直流電源16からのバイアス電圧の正負の極性を入れ替えることとしたが、バイアス電圧を印加せずに軟X線をECM20に照射しても構わない。この場合、ECM素子21において軟X線により正負のイオンが発生して除電が行われるため、ECM素子21の蓄積電荷が減少する。
【0067】
次に、前述のステップS12〜S15における処理を図1、図2及び図7に基づいて具体的に説明する。
【0068】
校正の基準となる初期感度がa[dBV]の場合、測定結果が例えばa−6[dBV]であったとする。初期感度に相当するシリコン酸化膜232(エレクトレット)の表面電位が例えば−32Vであるとすると、測定結果から現在の表面電位は−16Vであると推測することができる。このため、さらに−16V分の電荷をシリコン酸化膜232に蓄積させる必要がある。そこで、軟X線の照射時間と電荷蓄積量との関係を予め調べておき、この関係のデータを制御回路18のメモリに記憶しておき、制御回路18が、このデータに基づいて算出した照射時間だけ軟X線を照射するのが好ましい。
【0069】
図7は、図2に示したECM素子21の構造を模した実験から得られた結果の一例を示している。図7に示すように、前述の測定結果では、さらに260秒間の軟X線の照射が必要であることが分かる。したがって、例えば、振動板220の電極に−50Vを印加し、背面板230の電極をアースに接続して、この状態で軟X線を照射することにより、振動板220と背面板230との間で発生した正負のイオンが分離され、背面板230側に負イオンが引きつけられてシリコン酸化膜232が目標の表面電位に帯電される。
【0070】
なお、前述の説明では、目標の表面電位である−32Vを得るために、−16V分の帯電を追加する処理をしたが、この手法に限定されない。例えば、シリコン酸化膜232の表面電位を一旦0Vに戻してから、改めて−32V分の電荷をシリコン酸化膜232に帯電させてもよい。シリコン酸化膜232の表面電位を0Vに戻すためには、バイアス電圧を印加せずに軟X線の照射を1分〜5分程度行うことが好ましい。
【0071】
電荷の蓄積は、雰囲気とする気体のイオン生成が関与するため、照射時間と表面電位との関係は、筐体19内の湿度や温度などによって、微妙に変化するケースがある。予めこれらの影響をデータとして保管し、これらの影響を考慮した照射時間を制御回路18に算出させることもできる。その場合には温度計や湿度計を筐体19内に設置することが好ましい。
【0072】
また、こうした諸々の影響を受けて、例えば照射時間が長過ぎることで目標の感度をオーバーした場合には、印加するバイアス電圧の極性を入れ替えて軟X線を照射することで、背面板230側に正イオンが引き寄せられ、シリコン酸化膜232の表面電位を下げることもできる。
【0073】
以上のように、本実施形態における音響校正装置10によれば、ECM20が備えるECM素子21に向けて電離放射線発生装置14が電離放射線を照射し、ECM素子21の振動板220と背面板230との間で発生した正負いずれかのイオンを誘電体膜であるシリコン酸化膜232に蓄積する構成としたので、シリコン酸化膜232の電荷蓄積量を適切な量に回復させることができ、電気回路の補正によらないでECM20の感度を校正することができる。
【0074】
また、本実施形態における音響校正装置10によれば、ECM素子21の振動板220を容易に透過する電離放射線を用いる構成としたので、ECM素子21を分解する必要がない。
【0075】
すなわち、本実施形態における音響校正装置10は、従来のものよりもSN比を向上させ、ECM素子21を分解することなく、シリコン酸化膜232のエレクトレット機能を回復させ、ECM20の感度を校正することができる。
【0076】
なお、前述の実施形態では、校正の対象としてシリコンマイクを例に挙げて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、コンデンサの構成をなす有機系高分子等のマイクにおいても同様に、エレクトレット機能を回復させることにより校正を行うことができる。
【0077】
また、前述の実施形態では、電離放射線として軟X線を例に挙げたが、本発明はこれに限定されるものではなく、X線やγ線等を用いても同様の効果が得られる。
【符号の説明】
【0078】
10 音響校正装置
11 信号発生回路(感度測定手段)
12 増幅回路(感度測定手段)
13 発音体(感度測定手段)
14 電離放射線発生装置(電離放射線照射手段)
15 駆動回路(駆動制御手段)
16 直流電源(電圧印加手段)
17 マイクアンプ(感度測定手段)
18 制御回路(感度測定手段、駆動制御手段)
19 筐体
20 ECM
21 ECM素子
30、40、50 マイク回路
31、41、51 FET
32、52 SW(切替手段)
33 入出力端子
34、44、55 電圧印加端子
35、45、56 接地端子
37 駆動用直流電源
38、39、46 SW
42、53 バイアス端子
43、54 出力端子
57 接地経路
211 シリコン基板
212 スペーサ
220 振動板
221、231 シリコン
222 アルミニウム薄膜
230 背面板
232 シリコン酸化膜(誘電体膜)
233 シリコン窒化膜
234 アルミニウム薄膜
235 音孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向する第1電極及び第2電極のいずれか一方の電極の対向面側に電荷を蓄積可能な誘電体膜が設けられたエレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を校正する音響校正装置であって、
前記第1電極及び前記第2電極のいずれか一方の電極を透過する電離放射線を照射する電離放射線照射手段と、前記電離放射線によって前記両電極間に発生する正イオン及び負イオンのうちいずれか一方のイオンを前記誘電体膜に蓄積させる電圧を印加する電圧印加手段とを備えたことを特徴とする音響校正装置。
【請求項2】
前記エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を測定する感度測定手段と、予め定めた目標感度と測定によって求めた感度との感度差に応じて前記電離放射線照射手段を駆動制御する駆動制御手段とを備えたことを特徴とする音響校正装置。
【請求項3】
前記感度測定手段は、予め定めた音圧の音波を発する発音体と、前記音圧の音波の放射により前記エレクトレットコンデンサマイクロホンの感度を測定する感度測定部とを備え、
前記駆動制御手段は、前記電離放射線照射手段を駆動する駆動回路と、前記感度差を算出して前記電離放射線の照射時間を決定し、決定した照射時間に応じて前記駆動回路の駆動動作を制御する制御回路とを備えたことを特徴とする請求項2に記載の音響校正装置。
【請求項4】
前記エレクトレットコンデンサマイクロホンは、前記正イオン及び前記負イオンのうちいずれか一方のイオンを前記誘電体膜に蓄積するイオン蓄積状態と前記感度の測定状態とを切り替える切替手段を備えたことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の音響校正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−268315(P2010−268315A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119218(P2009−119218)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【出願人】(000115636)リオン株式会社 (128)
【出願人】(000173728)財団法人小林理学研究所 (15)
【出願人】(591053926)財団法人エヌエイチケイエンジニアリングサービス (169)
【Fターム(参考)】