説明

顕微ラマン分光法による固体材料中の分散粒子の粒径の測定法

【課題】固体材料中の粒子の粒径を定量的に測定することができる、顕微ラマン分光法による測定方法を提供する。
【解決手段】固体材料中に分散した粒子に特異的なラマンシフトを得る第1工程と、該固体材料を顕微ラマン分光測定に付し、上記粒子に特異的なラマンシフトでの所定のラマン強度閾値に基づく2値化ラマンケミカルイメージングを行う第2工程と、該第2工程で得られたラマンケミカルイメージから上記粒子の粒径を算出する第3工程により、粒子の粒径を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微ラマン分光法による固体材料中の分散粒子の粒径の測定方法に関する。詳しくは、顕微ラマン分光法において粒子のラマンスペクトルに特異的なピークにおけるピーク強度の閾値を設定して固体材料中の分散粒子の粒径を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気体または液体材料中の粒子の粒径測定方法としては、例えば光散乱法、レーザー回折法、遠心沈降法等が広く知られている。しかし、固体材料中のミクロンオーダーの粒子の粒径の測定は、通常の画像撮影等によって測定対象粒子を撮像して行われるため、他の成分と見かけ上区別できない場合には行うことができない。また、物理化学的性質に基づいて粒径を測定するためには、固体材料を微粉砕したり、あるいは液体に溶解させる等して、気体または液体材料とした後に行われているため、粉砕または溶解工程において粒径が変化している可能性が強く疑われる。そこで、固体材料中のミクロンオーダーの粒子の粒径を、非破壊的に、すなわち固体材料それ自体として、当該粒子の物理化学的性質に基づいて測定する方法が必要とされている。
【0003】
このような測定方法の1つの試みとして、顕微ラマン分光測定を行うことによって、得られたスペクトルの特定のラマンシフト域もしくはラマンシフトにおけるピーク強度、面積をもとに、スペクトルの要因となる物質のラマンケミカルイメージを得て、当該イメージから粒径を求める方法が存在する。
【0004】
顕微ラマン分光測定はラマン効果を利用して、分子内の原子間の振動による分極率の変化に起因する微弱な散乱スペクトルを測定するものであり、ミクロンオーダーの物質のスペクトル測定が可能である。この測定はあらゆる状態、例えば気体、液体または固体の材料(サンプル)に適用することができ、該材料の組成もしくは不純物分析、または材料中の化学物質の同定等に利用されている。中でも固体材料においては、顕微ラマン分光測定によって固体材料表面及び内部の成分分析が可能であり、またラマンシフトから化学結合状態を解析することができ、したがって分子構造が解析できる。
【0005】
例えば、顕微ラマン分光法を用いた粒径測定方法として、ピークパターンの数学的アルゴリズム(多変量解析)で粒子の有無を検出する方法が提案されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】"Drug Characterization in Low Dosage Pharmaceutical Tablets Using Raman Microscopic Mapping", Applied Spectroscopy, Vol.60, No.11. 2006, p1247-1255
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記提案は、各成分のスペクトルのピーク強度を感度補正した解析解であるため、必ずしも真値を反映しない。また、これは定性的に結果を求めるため、例えば10μm以下の粒径を精度良く測定することはできない。
【0008】
このように、固体材料中のミクロンオーダーの粒子の粒径を、粒子の物理化学的性質に基づいて測定するための十分に具体的かつ有用な技術は、未だ存在しない。したがって本願発明は、固体材料中の粒子の粒径を、顕微ラマン分光法を用いて精度よくかつ定量的に測定できる測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、レーザーの試料面におけるスポット径や潜り込みが得られるラマンスペクトルのピーク強度に直接的に影響を与えることに着目し、鋭意研究の結果、驚くべきことにピーク強度の閾値を設定することで固体材料中の粒子の粒径が定量的に測定できることを見出し本発明に至った。
【0010】
すなわち第1の態様において本発明は、固体材料中に分散した粒子の粒径を顕微ラマン分光法で測定する方法であって、該粒子に特異的なラマンシフトを得る第1工程と、該固体材料を顕微ラマン分光測定に付し、上記粒子に特異的なラマンシフトでの所定のラマン強度閾値に基づく2値化ラマンケミカルイメージングを行う第2工程と、該第2工程で得られたラマンケミカルイメージから上記粒子の粒径を算出する第3工程を含むことを特徴とする粒径の測定方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の顕微ラマン分光法による粒径の測定方法は、以下の効果を奏する。(1)固体材料中の粒子の粒径を定量的に測定することができる。(2)粒子のラマンスペクトルに特異的なピークの強度の閾値を設定するという簡単な手法で粒径を定量的に測定することができる。(3)実体顕微鏡とほぼ同じ空間分解能で、例えば1〜5μmのレベルで顕微ラマン分光法により粒径を測定することが可能である。(4)観察領域内の最大ピーク強度が小さくても、閾値を適宜補正して測定が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ポリスチレン粒子のラマンスペクトルである。
【図2】製剤化前の原薬粒子の光学顕微鏡のCCDイメージ(左)とラマンケミカルイメージ(右)である。
【図3】実施例1における錠剤中の5、10、15μmのポリスチレン粒子のラマンケミカルイメージである。5μm粒子のラマンケミカルイメージでは凝集した部分が見られる。
【図4】実施例2における主薬成分、錠剤中の主薬成分以外の主な配合成分のラマンスペクトルである。上から順に、ステアリン酸マグネシウム、乳糖、D−マンニトール、ヒドロキシプロピルセルロース、エバスチンのラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0014】
本発明において、固体材料としては測定時に固体であればよく、無機物、有機物の別に限定されない。これはサンプルの作りやすさの面から有機物が好ましい。固体材料の例としては、例えば、切断または研磨などにより平滑な表面が得られるような、医薬品等の錠剤あるいは食品等が挙げられる。
本発明において、粒子としては固体粒子に適用され、無機物、有機物の別に限定されない。好ましくは、これは固体の有機物粒子である。粒子の例としては、例えば、医薬品等の錠剤における主薬成分等が挙げられる。
【0015】
本発明において、粒径は、例えば短軸径、長軸径、二軸平均径、円面積相当径、定方向径または定方向面積等分径等を含み、このいずれを測定するかは、測定目的および粒径算出に使用するソフトウェア等に応じて当業者が適宜決定することができる。典型的には円面積相当径、定方向径または定方向面積等分径、とりわけ好ましくは円面積相当径を粒径として測定する。
【0016】
本発明の方法において測定可能な粒径範囲は、使用する顕微鏡および顕微ラマン分光装置両方の分解能等を考慮して決められるが、例えば約0.1μm以上、典型的には約0.5〜1000μm、好ましくは約1〜100μm、より好ましくは約1〜50μmであるが、このような範囲に限定されない。顕微ラマン分光装置に備えられている実体顕微鏡が例えば0.5〜5μmの空間分解能を有し、そして顕微ラマン分光法の空間分解能が0.5〜1μm程度である場合、本発明の方法によって例えば0.5μm以上、例えば1μm以上の粒径を測定することが可能である。また、より空間分解能の高い顕微鏡および顕微ラマン分光装置を用いることで、本発明の方法は、上記測定可能な粒径範囲よりも小さい粒径を有する粒子の粒径を測定することが可能である。
【0017】
個数平均粒径(D50)等の平均粒径を求める場合は統計学上、測定個数が100個以上であるのが好ましく、200個、300個と多いほどより好ましい。平均粒径を求める場合には、測定箇所を変えて多数の粒子を測定することによって、より真値に近い平均粒径を得ることができる。また、本発明の方法によって一次的に算出される平均粒径は個数平均粒径であるが、数学的な処理を、例えば計算ソフトウェアプログラム等を用いて行って、他の平均、例えば体積平均、調和平均等を得ることもできる。
【0018】
本発明の方法の第1工程において、粒子に特異的なラマンシフトを得る。本明細書において、「粒子に特異的なラマンシフト」とは、固体材料中の粒子以外の他の成分は強度ピークを有さないか、または実質的に有さないが、粒子成分は強度ピークを有するレーリー線からの距離(ラマンシフト、単位:cm−1)またはその範囲を意味する。強度ピークを有さないとは、あるラマンシフトでのピーク強度が、およそピーク強度のバックグラウンド値以下、典型的にはバックグラウンド値の105%以下であることを意味する。また、強度ピークを実質的に有さないとは、例えば粒子を含む固体材料と粒子以外の成分を全て同一含有比率として含む固体材料のラマンスペクトルをそれぞれ測定したとき、あるラマンシフトにおける粒子を含まない固体材料のピーク強度が、当該ラマンシフトにおける粒子を含む固体材料のピーク強度の50%以下、好ましくは30%以下、より好ましくは20%以下、最も好ましくは10%以下である場合を意味する。
【0019】
したがって本発明の方法は、少なくとも粒子に特異的なラマンシフトを得ることが可能な程度に固体材料中の各成分が理解されていることが好ましい。典型的には、該第1の工程は固体材料に含まれる各成分のラマンスペクトルをそれぞれ測定し、各スペクトルを比較することによって粒子に特異的なラマンシフトを得ることを含む。あるいは、特異的なラマンシフトが予見可能であるとき、例えば既知の情報、例えばデータベースから特異的なラマンシフトが得られるとき、各成分のラマンスペクトルを測定することなく当該ラマンシフトを用いて本発明の方法を行ってもよい。
【0020】
あるいは固体材料がどのような成分を含むか不明であるとき、固体材料の成分を常套の方法に従って分析することができる。このような方法には当業者が利用可能なあらゆる方法が含まれる。当業者は、成分を分析するための最適な方法を、固体材料の性質等に基づいて適宜選択することができる。あるいは、固体材料中の未知成分が粒子に比較して微量、例えば約10重量%未満であることが判明しているとき、当該未知成分を無視して粒子に特異的なラマンシフトを得てもよい。
【0021】
例えば、固体材料が錠剤であり、粒子がその主薬である場合には、通常錠剤中には賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤等のベンゼン環を有さない化合物と、主薬として通常ベンゼン環を有する化合物が含まれているので、ベンゼン環のC=Cの伸縮振動に由来する1607cm−1のラマンシフトは上記賦形剤等のラマンシフトと重複しない、主薬に特異的なラマンシフトとなる。
【0022】
本発明の方法の第2工程において、固体材料を顕微ラマン分光測定に付すことを含むが、固体材料の観察箇所は、材料の表面であっても内部であってもよい。材料を破壊しないように測定するために、材料の表面を測定することができる。また、顕微ラマン分光測定において焦点を合わせやすいため、観察箇所が平滑な面であることが望ましい。平滑な面は、例えば固体材料を切断して作成する。切断は従来公知の切断技術を用いることができる。切断は材料の任意の面、例えば垂直面、水平面等に対して行うことができる。切断によって固体材料が壊れる場合には、固体材料を樹脂等で包埋して固定することができる。また包埋材料が固体材料中に浸潤する場合には、固体材料を予め金属等でコーティングして、樹脂等で包埋することができる。特に固体材料が錠剤の場合には、錠剤は切断時に壊れやすいため、例えば表面金属コート及び樹脂包埋固定を施した後、ミクロトーム切断等の手法を用いて切断して平滑な断面を得ることができる。
【0023】
使用可能な樹脂としては、可視光硬化樹脂、紫外線硬化性樹脂または熱効果性樹脂が含まれるが、これらに限定されない。特に好ましくは、可視光硬化樹脂(例えば商品名:D−800(東亞合成))または紫外線硬化性樹脂(例えば商品名:A−1864(テスク株式会社))を使用して固体材料を固定することができる。また、コーティングに使用可能な金属としては、金、白金、銀、アルミニウム等が含まれるが、これらに限定されない。特に好ましくは、金を使用して固体材料をコーティングすることができる。
【0024】
また、本発明の第2工程における所定のラマン強度閾値は、顕微ラマン分光測定においてレーザーの試料面におけるスポット径や潜り込みが得られるラマンスペクトルのピーク強度に直接的に影響を与えることに考慮して、真値を反映するように定める。設定した閾値が低すぎると観察領域におけるより多くのピーク強度を捉えることになるので、真値よりも大きな粒径となる。逆に設定した閾値が高すぎると観察領域におけるより少ないピーク強度を捉えることになるので、真値よりも小さな粒径となる。実際の粒径と同じ粒径を求めるには、適度な閾値を設定する必要がある。
【0025】
好適には、粒子に特異的なラマンシフトでの所定のラマン強度閾値を、固体材料中に分散する前の該粒子について実体顕微鏡画像における該粒子の位置及びサイズと顕微ラマン分光装置の該粒子に特異的なラマンスペクトルのラマンケミカルイメージにおける該粒子の位置及びサイズとが重なり合うように設定することができる(フィッティング閾値)。
【0026】
固体材料中に分散する前の粒子の実体顕微鏡写真による粒子と、顕微ラマン分光法のラマンケミカルイメージにおいて実体顕微鏡による粒子のサイズとそれと同じ位置にある粒子のサイズが重なる時のピーク強度の閾値を固体材料中に分散した粒子を測定する時の閾値とするので、当該閾値を用いた顕微ラマン分光法により測定した固体材料中に分散する粒子の粒径は、その実体顕微鏡で観察した粒径と同等である。該閾値を決定する際、好ましくは、分散する前の粒子、例えば100〜1000個についてフィッティングを行い、得られた閾値の平均を採用することができる。通常顕微ラマン分光装置には実体顕微鏡が通常併設されるため、顕微鏡観察およびラマンケミカルイメージングは同一装置内で行うことが可能である。フィッティングは目視によって行うことができるが、画像解析ソフトウェア等を用いて行うこともできる。
【0027】
さらに好適には、(a)粒子に特異的なラマンシフトのピーク強度の最大値が式(1)
ピーク強度=フィッティング閾値×2/A (1)
から計算されるピーク強度の値と等しいか、もしくは大きい場合、上記フィッティング閾値を用い、あるいは(b)観察領域内のピーク強度の最大値が、上記式(1)から計算されるピーク強度の値未満の場合は、式(2)
閾値=最大ピーク強度×(1/2)×A (2)
(ここで、上記式(1)および(2)において、Aは顕微ラマン分光装置で使用する対物レンズのx-y方向の空間分解能/顕微ラマン分光装置のマッピングサイズである)
で得られる閾値(式(2)閾値)を用いることができる。
【0028】
上記式において、最大ピーク強度は、観察領域内における粒子に特異的なラマンシフトのピーク強度の最大値である。また、ラマンスペクトルのピーク強度は測定におけるz方向の焦点をわずかにずらしただけでも変化するので、最大ピーク強度の(1/2)程度まで焦点範囲内とする。上記式(2)における(1/2)はこのことを意味する。z方向の高分解能測定を行う場合は、高倍率の対物レンズを使用することが望ましい。
【0029】
Aは顕微ラマン分光装置のマッピングサイズと使用する対物レンズのx-y平面の空間分解能の比を示す。例えば典型的な例において、用いた光学顕微鏡の使用対物レンズのx-y方向における空間分解能が約0.5μmであり、ラマン分光装置のマッピングサイズが1μmであるので、その比Aは(1/2)である。0.5μm角は1/4ピクセルに相当する。ここでマッピングとは、顕微ラマン分光装置において、観察領域のx-y方向の一定間隔にレーザーを照射し、照射箇所のラマンスペクトルを取得していく操作のことである。また、ピクセルとは、顕微ラマン分光装置のCCD検出器の単位であり、マッピング操作における1照射箇所のスペクトル情報は1ピクセルに蓄積される。
【0030】
かくして得られた閾値を用いて、本発明の方法の第2工程において、2値化ラマンケミカルイメージングを行う。2値化ラマンケミカルイメージングは、所定の閾値以上のピーク強度を示す照射箇所については粒子が存在し、所定の閾値未満のピーク強度を示す照射箇所については粒子が存在しないとする処理(2値化)によって、観察領域内の粒子の形状および分布を画像として得ることを意味する。このようにして得られた画像は、ラマンケミカルイメージと称する。2値化処理およびイメージング処理は、画像処理ソフトウェア、典型的には使用する顕微ラマン分光装置に付属の画像処理ソフトウェアを用いることによって行うことができる。したがって、顕微ラマン分光装置から出力されたデータに閾値を入力してラマンケミカルイメージングを行うことができ、あるいは顕微ラマン分光装置に予め閾値を入力しておいてラマンケミカルイメージを出力させることもできる。
【0031】
本発明の方法の第3工程において、かくして得られたラマンケミカルイメージから粒子の粒径を算出する。粒径の算出は、当業者に既知の方法で行うことができ、典型的には画像処理ソフトウェアを用いて行うことができる。
【0032】
以上より、本発明は、第2の態様において、所定のラマン強度閾値が、固体材料中に分散する前の粒子について実体顕微鏡および顕微ラマン分光装置で得られる各画像を比較して、実体顕微鏡画像における該粒子の位置及びサイズと顕微ラマン分光装置の該粒子に特異的なラマンスペクトルのラマンケミカルイメージにおける該粒子の位置及びサイズとが重なり合う閾値である、上記本発明の粒径の測定方法に関する。
【0033】
本発明は、第3の態様において、所定のラマン強度閾値が、(a)粒子に特異的なラマンシフトのピーク強度の最大値が式(1)
ピーク強度=フィッティング閾値×2/A (1)
から計算されるピーク強度の値と等しいか、もしくは大きい場合、上記フィッティング閾値であり、あるいは(b)観察領域内のピーク強度の最大値が、上記式(1)から計算されるピーク強度の値未満の場合は、式(2)
閾値=最大ピーク強度×(1/2)×A (2)
(ここで、上記式(1)および(2)において、Aは顕微ラマン分光装置で使用する対物レンズのx-y方向の空間分解能/顕微ラマン分光装置のマッピングサイズである)
で得られる閾値である、上記本発明の粒径の測定方法に関する。
【0034】
本発明において使用する実体顕微鏡、顕微ラマン分光装置は特に限定されないが、市販のものを用いることができる。本発明の方法によって測定することができる粒子の下限値は顕微ラマン分光装置の空間分解能に依存するため、より小さな粒子について測定するためには、空間分解能の高い装置、例えば開口数が大きい対物レンズを備えたものを用いることが好ましい。
【0035】
以下実施例において本発明の態様を具体的に説明するが、当該実施例によって本発明の範囲が実施例の範囲に限定されることを意図しない。
【実施例1】
【0036】
錠剤中の粒子の粒径を顕微ラマン分光法により測定した。使用した粒子は粒度分布測定の校正用標準粒子として使用されるポリスチレン粒子(Duke Scientific社製:「DRI−CAL」 Praticle Standards)であり、5、10、15μmの3種を用いた。各粒径のポリスチレン粒子に対して、乳酸水和物、結晶セルロース、ヒドロキシプロプルセルロース、カルメロースカルシウム、ステアリン酸マグネシウム及び軽質無水ケイ酸を用いて常法に従い各素錠を製造した後、ヒプロメロース、マクロゴール6000、酸化チタン及びタルクを用いて各フィルム錠を製造した。
まず錠剤を金でコーティングした後D−800(東亞合成)で固定化し、ミクロトームで切断し、顕微レーザーラマン分光装置にセットし、錠剤断面を下記の測定条件で観察した。
【0037】
装置名:LabRAM ARAMIS(堀場製作所社製、レーザーラマン分光装置)
レーザー波長:633nm
レーザー強度:6mW
スリットサイズ:100μm
ピンホールサイズ:200μm
ステップサイズ(ステージ):1μm
対物レンズ:100倍(開口数0.9)
照射時間:0.5秒
積算回数:1回
【0038】
測定ピークとして、主薬以外の配合成分のピークと重複しないベンゼン環のC=Cの伸縮振動に由来する1607cm−1の特異的なラマンシフトを選定した。図1にポリスチレン粒子のラマンスペクトルを示す。このピークについて錠剤断面の表面の広域マッピングを行い、ポリスチレン粒子が存在するところを目視で探索し、その箇所について局所マッピングを行った。局所マッピングは対物レンズ100倍を用い、100μm×100μmの領域数箇所に対し行った。
【0039】
一方、製剤化する前のポリスチレン粒子について、顕微ラマン分光装置の光学顕微鏡で観察し、それと同じ観察領域についてレーザーラマン分光法によりラマンケミカルイメージを形成し、二つの画面を比較して、両者の粒子の位置とサイズが重なる時のピーク強度の閾値として200を決めた(図2)。
用いた光学顕微鏡の使用対物レンズのx-y方向における空間分解能が約0.5μmであり、ラマン分光装置のマッピングサイズが1μmであるので、その比Aは(1/2)である。0.5μm角は1/4ピクセルに相当する。この値と上記の決定した閾値200を上記式(1)に入れるとピーク強度は1600となった。錠剤中測定領域の1607cm−1の最大ピーク強度が1600以上のときは閾値を200とし、最大ピーク強度が1600未満のときは上記式(2)に従って計算した閾値を用いてラマンケミカルイメージングを行った。そして、このラマンケミカルイメージに基づいて粒径を測定した。この結果に基づいて計算した平均粒径D50(個数平均粒径;円面積相当径)を他の結果と共に表1に示す。10、15μm粒子の場合は顕微鏡法による値に近い値を示しているが、5μm粒子の場合はやや乖離した値になっている。これは図3に示すように、5μm粒子の凝集した部分がラマンケミカルイメージに見られ、その部分が一つの粗大粒子として評価されたためであり、分散が良好な観察領域を測定すれば良好な結果が得られていたと予想される。
【0040】
本発明の方法によって測定すると、標準偏差値がやや大きいものの、平均粒径としては、表示値と同様の値を示すことから、固体材料中の粒子の粒径を定量的に、精度よく測定できることがわかる。
【表1】

【実施例2】
【0041】
錠剤「エバステル錠」(商品名、大日本住友製薬社製)中の主薬成分〔4−ジフェニルメトキシ−1−[3−(4−ter−ブチルベンゾイル)プロピル]ピペリジン、通称エバスチンという〕粒子の粒径を顕微ラマン分光法により測定した。
まず錠剤を金でコーティングした後D−800(東亞合成)で固定化し、ミクロトームで切断し、顕微レーザーラマン分光装置にセットし、錠剤断面を下記の測定条件で観察した。
【0042】
装置名:LabRAM ARAMIS(堀場製作所社製、レーザーラマン分光装置)
レーザー波長:633nm
レーザー強度:6mW
スリットサイズ:100μm
ピンホールサイズ:200μm
ステップサイズ(ステージ):1μm
対物レンズ:100倍(開口数0.9)
照射時間:0.5秒
積算回数:1回
【0043】
測定ピークとして、主薬以外の配合成分のピークと重複しないベンゼン環のC=Cの伸縮振動に由来する1607cm−1の特異的なピークを選定した。図4に主薬成分、主薬以外の配合成分のラマンスペクトルを示す。図4から、1607cm−1のピークが錠剤中の他の成分のラマンスペクトルには存在しないことがわかる。
【0044】
一方、実施例1と同様に製剤化する前の主薬成分である原薬粒子について、顕微ラマン分光装置の光学顕微鏡を観察し、閾値は200であった。
実施例1と同様にして(1)のピーク強度は1600となった。測定領域中の1607cm−1の最大ピーク強度が1600以上のときは閾値を200とし、最大ピーク強度が1600未満のときは上記(2)に従って計算した閾値を用いてラマンケミカルイメージングを行った。そしてこのラマンケミカルイメージに基づいて粒径を測定した。試料の測定領域数箇所を測定したところ、粒子の個数は合計733個であった。この測定値に基づいて計算した平均粒径D50(個数平均粒径;円面積相当径)は2.96μmであった。
【0045】
表2に主薬成分の原薬粒子について他の粒度分布測定方法による結果と錠剤中の測定結果を示す。錠剤中の平均粒径は原薬粒子に比較してやや小さい値を示している。これは錠剤断面の結果では必ずしも粒子の最大粒径が見えていないためと予想されるが、ほぼ原薬粒子に近い値が得られた。また、本方法により、同じ錠剤をさらに3回評価した。従来の数学的アルゴリズムを用いた方法では、この様に再現よく、かつ定量的に測定することはできない。また、固体材料中に分散する前の通常の粉末粒子の測定による標準偏差と同レベルの標準偏差である。したがって、本発明の方法は、通常の粉末粒子を測定する従来の精度の良好な測定方法同様の精度を有することが分かる。したがって、本発明の方法を用いれば、固体材料中の粒子の粒径を精度よくしかも定量的に測定できることがわかる。
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体材料中に分散した粒子の粒径を顕微ラマン分光法で測定する方法であって、該粒子に特異的なラマンシフトを得る第1工程と、該固体材料を顕微ラマン分光測定に付し、上記粒子に特異的なラマンシフトでの所定のラマン強度閾値に基づく2値化ラマンケミカルイメージングを行う第2工程と、該第2工程で得られたラマンケミカルイメージから上記粒子の粒径を算出する第3工程を含むことを特徴とする粒径の測定方法。
【請求項2】
所定のラマン強度閾値が、固体材料中に分散する前の該粒子について実体顕微鏡画像における該粒子の位置及びサイズと顕微ラマン分光装置の該粒子に特異的なラマンスペクトルのラマンケミカルイメージにおける該粒子の位置及びサイズとが重なり合う閾値(フィッティング閾値)であることを特徴とする、請求項1に記載の粒径の測定方法。
【請求項3】
所定のラマン強度閾値が、(a)粒子に特異的なラマンシフトのピーク強度の最大値が式(1)
ピーク強度=フィッティング閾値×2/A (1)
から計算されるピーク強度の値と等しいか、もしくは大きい場合、請求項2に定義の閾値であり、あるいは(b)観察領域内のピーク強度の最大値が、上記式(1)から計算されるピーク強度の値未満の場合は、式(2)
閾値=最大ピーク強度×(1/2)×A (2)
(ここで、上記式(1)および(2)において、Aは顕微ラマン分光装置で使用する対物レンズのx-y方向の空間分解能/顕微ラマン分光装置のマッピングサイズである)
で得られる閾値であることを特徴とする、請求項2に記載の粒径の測定方法。
【請求項4】
固体材料が錠剤であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の粒径の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−22014(P2011−22014A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−167532(P2009−167532)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】