説明

顕微鏡観察用サンプル作製方法、及びそれに用いるキット

【課題】液体中に浮遊している浮遊細胞の中から、電子顕微鏡の観察対象とすべき細胞を、光学顕微鏡を用いて特定し、その特定した細胞を電子顕微鏡で詳細に観察する。
【解決手段】浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を、前記網目状高分子がゲル化しない温度で調製する第一工程と、前記混合液から、前記浮遊細胞と前記網目状高分子とを含む層を基板上に形成し、当該層をゲル状にする第二工程と、ゲル化した前記層を光学顕微鏡により観察して、電子顕微鏡観察の対象とすべき浮遊細胞を特定する第三工程と、ゲル化した前記層に対して細胞固定、及び包埋を行った後、電子顕微鏡観察用サンプルである超薄切片を、第三工程で特定した細胞の一部を含むように作製する第四工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体中で浮遊している浮遊細胞を顕微鏡により観察するためのサンプルを作製する方法、及び当該サンプルを作成するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞内の超微細構造を観察するための手段として電子顕微鏡がひろく使用されている。電子顕微鏡では数ナノメートルというオーダーの分解能で観察を行うために、その観察対象である細胞試料は固化した後、細胞試料の輪切りを含む厚みが100ナノメートル以下の極薄切片にする必要がある。このため電子顕微鏡で観察するためのサンプルは、再作製がきわめて困難であり、当該サンプルに含まれなかった細胞試料はサンプル作製時に破壊され廃棄されてしまうので、サンプル作製時には当該サンプルに目的細胞が確実に含まれるよう留意する必要がある。
【0003】
電子顕微鏡観察用のサンプルは、観察対象の細胞試料を化学固定剤により固定し、これを樹脂中に埋め込み(包埋し)、固化した試料をミクロトームにより超薄切片にスライスして得られる(例えば、特許文献1〜4及び非特許文献1を参照)。
【0004】
細胞のなかでも、ガラス板等の表面に張り付いて活動し得る付着性の細胞は、当該表面に位置座標を表示することによって目標細胞の位置決めが容易であるから、特定の細胞を電子顕微鏡により観察することが可能になる。すなわち、光学顕微鏡によって目的の細胞を探索、確認した後に、前述した方法によって固定・包埋を行い、位置座標を参考にして同一の細胞を探索し、これを含む電子顕微鏡観察用サンプルを調製できる。これによって、研究の目的とする反応を行っている特定の細胞を選び出し、電子顕微鏡により詳細に観察することができる。
【0005】
ところが、ゾウリムシや血液細胞等の、浮遊性の細胞は液体内で静止しておらず、自由に移動している。そのため、垂直、水平方向とも細胞の位置を特定することが難しく、また、たとえ光学顕微鏡による観察で目的の細胞を特定しても、浮遊状態の細胞に対して固定及び包埋を行うためにその位置が移動してしまい、光学顕微鏡で観察したのと同一の細胞を電子顕微鏡で観察することが極めて困難であった。
【0006】
特に近年、血球等への薬品の影響が社会的な問題となっており、液体中に浮遊している血球群の中から薬品の影響を受けている特定の細胞を選び出し、これを光学顕微鏡と電子顕微鏡の双方で観察することが危急の重要課題となっていた。
【0007】
また、生存している浮遊細胞は液体中を自由に動き回っているため、ひとつの生細胞を、光学顕微鏡により経時的に観察すること自体が困難であった。そのため、簡便な手法により、浮遊細胞を生存したままの状態で固定し、光学顕微鏡で観察できる方法の開発も望まれていた。
【特許文献1】特開2007−309872号公報
【特許文献2】特開平5−306979号公報
【特許文献3】特開2006−177692号公報
【特許文献4】特開2005−174657号公報
【非特許文献1】臼倉治郎、「構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術」、「1.基礎技術としての超薄切片法」及び「2.免疫細胞化学」、[online]、2007年、日立ハイテク、[平成20年2月12日検索]、インターネット<URL: http://www.hitachi-hitec.com/em/emworld/technique/index.html>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した現状に鑑み、液体中に浮遊している浮遊細胞の中から、電子顕微鏡の観察対象とすべき細胞を、光学顕微鏡を用いて特定し、その特定した細胞を電子顕微鏡で詳細に観察することを可能にする電子顕微鏡観察用サンプル作製方法を提供することを目的とする。
【0009】
さらに本発明は、浮遊細胞の浮遊又は移動を停止させて、光学顕微鏡で観察することを可能にする光学顕微鏡観察用サンプル作製方法を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、浮遊細胞をアガロース等の網目状高分子のゾルと混合し、得られた混合液を遠心機にかけたり当該混合物に上方から圧力を加えることで浮遊細胞を層状に配列した後、これを前記網目状高分子の作用によりゲル状にすると、浮遊細胞を静止させることができ、これによって浮遊細胞を詳細に、しかも経時的に光学顕微鏡観察できること、及び、上記で得られた層に対して、通常の細胞固定や樹脂への包埋を行うことにより電子顕微鏡観察用サンプルを作製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち第一の本発明は、浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を、前記網目状高分子がゲル化しない温度で調製する第一工程と、前記混合液から、前記浮遊細胞と前記網目状高分子とを含む層を基板上に形成し、当該層をゲル状にする第二工程と、ゲル化した前記層を光学顕微鏡により観察して、電子顕微鏡観察の対象とすべき浮遊細胞を特定する第三工程と、ゲル化した前記層に対して細胞固定、及び包埋を行った後、電子顕微鏡観察用サンプルである超薄切片を、第三工程で特定した細胞の一部を含むように作製する第四工程と、を含む、電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法に関する。
【0012】
第二の本発明は、浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を、前記網目状高分子がゲル化しない温度で調製する第一工程と、前記混合液から、前記浮遊細胞と前記網目状高分子とを含む層を基板上に形成し、当該層をゲル状にする第二工程と、を含む、光学顕微鏡観察用サンプルの作製方法に関する。
【0013】
第三の本発明は、浮遊細胞を光学顕微鏡で観察できるサンプルと、当該浮遊細胞を電子顕微鏡で観察できるサンプルとを作成するためのキットであって、網目状高分子と、凹凸による位置特定用の表示を有する基板と、を含む、キットに関する。
【発明の効果】
【0014】
第一の本発明によれば、液体中に浮遊している浮遊細胞の中から、電子顕微鏡の観察対象とすべき細胞を、光学顕微鏡により探索、特定し、この特定した細胞について、その超微細構造を電子顕微鏡で観察することが可能になる。
【0015】
第二の本発明によれば、極めて簡便な手法で、液体中に浮遊している浮遊細胞の浮遊又は移動を停止させて光学顕微鏡で観察することが可能になる。
【0016】
第三の本発明によれば、第一の本発明と第二の本発明に係る顕微鏡観察用サンプル作製方法を簡便に実施することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
まず、第一の本発明に係る電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法について詳細に説明する。第二の本発明に係る光学顕微鏡観察用サンプルの作製方法における各工程は第一の本発明における第一工程と第二工程と同じであるので、説明を省略する。
【0018】
第一工程においては、浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を、前記網目状高分子がゲル化しない温度で調製する。
【0019】
本発明において、浮遊細胞とは、ひとつの細胞が他の細胞や組織等に付着しておらず、液体内で自由に移動し得る状態で生存する細胞のことを意味する。具体例としては、例えば、赤血球や白血球等の血液細胞のほか、ゾウリムシやテトラヒメナ等の、細胞表面に生えた繊毛を動かして移動する自走性の単細胞生物等が挙げられる。第一の本発明では、浮遊細胞としては、グルタールアルデヒド溶液や、ホルムアルデヒド溶液、あるいは両者の混合溶液を使用して前固定されたものを使用してもよいし、生細胞を使用してもよい。いずれの場合にも、浮遊細胞を第三工程で光学顕微鏡により観察することによって、浮遊細胞のなかから、電子顕微鏡による観察が望まれる特徴を備えた細胞、あるいは、電子顕微鏡による観察が望まれる段階にある細胞を確認して、目標細胞として特定する。
【0020】
浮遊細胞は培養液中のものをそのまま使用してもよいが、培養液を遠心装置にかけて浮遊細胞を濃縮したものを採取して使用することが好適である。
【0021】
網目状高分子とは、共有結合による三次元的な網目状のネットワークを有する高分子のことを意味し、水系媒体に分散することにより高温ではゾルの状態(流動性を示す)になり、低温ではゲルの状態(流動性を示さない)になるものをいう。具体的な材料としては、アガロース等の天然高分子や、ポリアクリルアミド等の合成高分子が挙げられるが、細胞毒性の観点から、アガロース等の天然高分子が好ましい。また、網目状高分子としては、顕微鏡観察に支障がないよう、ゲル化した際にある程度の透明性を保持し得るものを選択することが望まれる。
【0022】
第一工程で使用する網目状高分子のゾルは、網目状高分子を水等の水系媒体に分散し、これをゲル化温度以上に加熱することによって得られる。例えば、ゲル化温度が30℃程度の場合には、60℃程度に加熱すれば、容易に当該網目状高分子のゾルを得ることができる。なお、ゲル化温度は網目状高分子の濃度によって変動するので、その点を考慮して加熱時の温度を決定する。
【0023】
第一工程では浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を調製するが、その調整時の温度としては、前記網目状高分子がゲル化しないような温度を採用する。すなわち、前記混合液が流動性を保持している状態で浮遊細胞と網目状高分子とを十分に混合し、混合液中で浮遊細胞と網目状高分子とを均一に分散させる。
【0024】
浮遊細胞として前固定された細胞を使用する場合には、浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合を、浮遊細胞の超微細構造が破壊されない範囲の温度で行う。
【0025】
一方、浮遊細胞として生細胞を使用し、生きた状態のままで光学顕微鏡観察の対象とする場合には、浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合を、当該浮遊細胞が生存可能な温度で行う。前述のようにゾル化のために60℃程度まで加熱した場合には、浮遊細胞が生存可能な温度まで当該ゾルの温度を低下させた後、浮遊細胞と混合する。例えば、浮遊細胞として、通常の外気温度下で活動している単細胞生物(例えばゾウリムシやテトラヒメナ)を使用する場合には、混合時の温度を10〜30℃程度にすることが好ましい。また、浮遊細胞として血液細胞を使用する場合には、混合時の温度を36℃付近にすることが好ましい。
【0026】
このため、使用する網目状高分子としては、このような低い温度であっても、ゲル化(固化)しない性質を有するものが好ましい。この観点から、網目状高分子がアガロースである場合には、「低融点アガロース」として市販されているもの、例えばCambrex社製のSeaPlaque(登録商標) Agaroseを好適に使用できる。
【0027】
網目状高分子の使用量や濃度については、網目状高分子が適切な温度でゲル化し、またそのゲル化によって浮遊細胞を、網目状高分子のネットワークに絡めて静止させることができるよう調整する。
【0028】
第二工程では、第一工程で得た浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液から、前記浮遊細胞と前記網目状高分子とを含む層を基板上に形成し、当該層をゲル状にする。浮遊細胞を含む層が網目状高分子の作用によりゲル化することで、網目状高分子のネットワークに浮遊細胞が絡まるようになり、浮遊細胞の動きを停止することが可能になる。これによって、静止している浮遊細胞を観察することが可能となる。また、浮遊細胞として生細胞を使用した場合においても、当該細胞は、ゲル化した層内において生存し得るので、生きている浮遊細胞を静止させて観察することが可能となる。
【0029】
本発明の一実施形態によると、当該層の形成は、前記混合液を遠心操作に付して前記浮遊細胞が濃縮された層を形成することにより達成することができる。当該混合液を容器に入れて遠心操作に付すると、混合液の最下部に浮遊細胞が濃縮されるが、この最下部が前述の層に相当し、容器の底壁が前述の基板に相当する。この最下部においては上下方向で浮遊細胞同士が重なり合っておらず、浮遊細胞がほぼ1層で配列しているため、光学顕微鏡観察用のサンプルとして好適に利用できる。遠心操作の際の回転数や時間は、当該最下部が光学顕微鏡の観察に適したもの(細胞の配列、層の厚みや細胞濃度)になるよう調整すればよいが、具体例としては、回転数3000rpmで1分間程度である。
【0030】
当該最下部は、浮遊細胞だけではなく、ゲル化するのに十分な濃度で網目状高分子をも含有している。この遠心操作の間、及びその終了後に、当該混合液の温度が低下することで、網目状高分子がゲル化し、最下部を含めた混合液全体が固化する(混合液の流動性が失われる)。こうして固化した混合液において最下部を、光学顕微鏡による観察対象とする。
【0031】
遠心操作の際に混合液を収容する容器としては、その底壁の内面に、凹凸による位置特定用の表示を有することが好ましい。これによって、第三工程の光学顕微鏡観察により目標細胞を特定した際に、その位置を簡便に記録しておくことができる。そのため、第四工程で超薄切片を作製する際に、特定した目標細胞の一部が当該超薄切片に含まれるようにすることが容易になる。このような容器としては、市販されている番地つきディシュを使用することができる。
【0032】
別の実施形態によると、第二工程における層の形成は、第一工程で得た浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液に上方から圧力を加えて展開して(引き伸ばして)基板上で薄膜化することにより達成することができる。具体的には、上記の番地つきディシュやガラス板等の基板上に前記混合液を載せ、この上に、例えばプレパラート等をのせて混合液をうすく引き伸ばせばよい。引き伸ばした後、プレパラートは取り外せばよい。この実施形態によると、垂直方向から観察したときに浮遊細胞同士が重なり合っておらず、ほぼ一層に配列しているので、好適に光学顕微鏡観察用のサンプルとすることができる。また、この形態では、浮遊細胞を強力に押さえ込めるので、テトラヒメナ等の、活発に泳ぎ回っている自走性の細胞の動きを比較的容易に止めることができる。
【0033】
形成する薄膜の厚みとしては、浮遊細胞の大きさを考慮して決定すべきであり、例えば縦横に50μm、高さ30μm程度の大きさを持つテトラヒメナを使用する場合には、厚みが100μm程度の薄膜を形成すればよい。このように薄膜の厚みをうすくすることによって、光学顕微鏡による観察が容易になる。
【0034】
また、基板としては、上述と同様、表面に、凹凸による位置特定用の表示を有するものを使用すると後の工程で便宜である。この圧力印加の間、及びその終了後に薄膜の温度が低下することで、網目状高分子がゲル化し、薄膜が固化する(薄膜の流動性が失われる)。こうして固化した薄膜を光学顕微鏡による観察対象とする。
【0035】
第三工程では、第二工程でゲル化した層を光学顕微鏡により観察して、このなかから、電子顕微鏡による観察の対象とすべき浮遊細胞を探索、選出する。ここで選出する細胞は、電子顕微鏡でその超微細構造を観察することが望まれる特定の細胞、または、同様の観察が望まれる特定の段階にある細胞である。なお、光学顕微鏡による観察ではマイクロメートルオーダーの分解能での観察が可能である。
【0036】
第二工程で得られた層はゲル化しているが、光学顕微鏡で観察できる程度の透明性を保持している。これを光学顕微鏡により観察すると、前記浮遊細胞を、静止した状態で観察できる。これは浮遊細胞が生きている細胞であっても同様である。ただし、浮遊細胞のなかの全ての細胞が静止していることが光学顕微鏡観察に必要ではなく、一部の細胞が静止していればよい。本発明の手法により浮遊細胞が静止するのは、ゲル化した網目状高分子のネットワークに浮遊細胞が絡まるようになることが原因と考えられる。特に浮遊細胞がテトラヒメナ等の自走性の細胞である場合には、細胞分裂の途上で2つの細胞が接合した状態にあるものが、網目状高分子のネットワークに絡まりやすく、静止した状態を捉えやすい。
【0037】
本発明で使用する光学顕微鏡としては蛍光顕微鏡を使用することができる。この際には、浮遊細胞は、第一工程の前に、予め蛍光試薬により染色しておけばよい。これによって、電子顕微鏡による観察の目的とする特定の反応を行っている細胞を分子特異的に探索することが可能になる。蛍光顕微鏡による細胞探索にあたっては、例えば細胞核内の反応を蛍光像の形状やサイズ等を手がかりに探索すればよい。このような蛍光試薬としては細胞核を染色できるものであれば特に限定されないが、例えば、Hoechst 33342、又はDAPIを使用すればDNA部分を染色できる。
【0038】
本発明によると、浮遊細胞が生きている細胞の場合には、光学顕微鏡により浮遊細胞の細胞内活動を経時的に観察することが可能になる。浮遊細胞、なかでも自走性の浮遊細胞は、静止している生細胞の細胞内活動を経時的に観察することが非常に困難であったので、本発明により経時的観察が可能になった意義はきわめて大きい。また、生細胞の経時的観察によって、構造又は機能的な観点から最も変化が顕著な細胞分裂の瞬間など、学術的に極めて重要な段階にある細胞を見極めたうえで、その段階で後述の細胞固定や包埋を行うと、このような段階における細胞の超微細構造を電子顕微鏡により観察することができる。
【0039】
上述のように基板がその表面に、凹凸による位置特定用の表示を有する場合、目標細胞を特定した際に、その近傍にある前記表示を記録しておけばよい。第四工程でこの記録された表示を目印にすると、特定した細胞を含む超薄切片を作製することが容易になる。
【0040】
第四工程では、第三工程で目標細胞を特定した後、ゲル化した前記層に対して、細胞固定、及び包埋を行った後、電子顕微鏡観察用サンプルである超薄切片を、第三工程で特定した目標細胞の一部を含むように作製する。電子顕微鏡による観察ではナノメートルオーダーの分解能での観察が可能である。
【0041】
前述の細胞固定とは、細胞を生きている状態の構造と物性を可能な限り維持することを目的とし、一方、包埋とは、細胞の輪切りを含んだ超薄切片を作製できるよう、細胞内部に樹脂を浸透させて硬化させることを目的とする。細胞固定や包埋は、通常の電子顕微鏡観察用サンプルを作製する際に使用するものとして一般的に知られているものであり、その使用薬剤や条件等は特に限定されない。
【0042】
透過型電子顕微鏡を使用する場合には、第三工程で特定細胞を選出した後のサンプルを、オスミウム酸溶液に浸漬することによって細胞と網目状高分子を化学固定することができる。(ただし、浮遊細胞として生細胞を使用した場合には、オスミウム酸溶液への浸漬の前に、グルタールアルデヒド溶液やホルムアルデヒド溶液、あるいは両者の混合溶液に浸漬して前固定を行う。)この後、エタノールを用いてサンプルの脱水を行った後、当該サンプルに対して、エポキシ樹脂等の硬化性樹脂を十分に浸透させる。次いで、加熱又は紫外線照射によって硬化性樹脂を硬化させる。これによって、網目状高分子及び細胞と樹脂とが融合したうえで、サンプルが固化する。第二工程で遠心操作を使用した場合、網目状高分子に含まれた浮遊細胞を含む層が、基板の表面にほぼ接するような状態で、前記層を含む混合液全体が固化する。また、第二工程で圧力を印加した場合、浮遊細胞と網目状高分子からなる薄膜が固化する。
【0043】
この後、固化物を、ディシュの底壁等の基板から剥離する。基板の表面が凹凸による位置特定用の表示を有すると、剥離した固化物の、基板に接していた表面には、凹凸が反転した前記表示が刻印されている。前記の細胞固定や包埋を行っても、網目状高分子で静止させられている浮遊細胞の位置は変動していないので、サンプル表面に刻印された表示を目印にして、第三工程で特定した目標細胞を簡単に発見できる。
【0044】
次いでサンプル表面に刻印された表示を実体顕微鏡で確認しながら、剥離した固化物から、第三工程で選出した特定の細胞を含む部位を削りだすために、ヤスリやカミソリを用いてトリミングをする。トリミング後、削りだした部位をミクロトームで薄切りにして、電子顕微鏡観察用サンプルである超薄切片を削りだす。これによって、第三工程で特定した細胞の一部(細胞のスライス)が含まれる超薄切片を作製できる。ただし、サンプル表面に刻印された凹凸表示を含む部位は廃棄して、電子顕微鏡観察用サンプルたる超薄切片に含まれないようにする。
【0045】
こうして作成された超薄切片は、第三工程で特定した目標細胞の一部を含んでいるので、必要な処理を経た後、電子顕微鏡で観察することによって、第三工程で光学顕微鏡により特定した目標細胞の超微細構造を観察することができる。
【0046】
第三の本発明である顕微鏡観察サンプル作製用のキットについて説明する。このキットは、浮遊細胞を光学顕微鏡で観察できるサンプルと、当該浮遊細胞を電子顕微鏡で観察できるサンプルの双方を作成するためのものであり、第一の本発明及び第二の本発明を実施するのに使用できる。
【0047】
当該キットは、網目状高分子と、凹凸による位置特定用の表示を有する基板とを含むものであるが、これらについては上述した。網目状高分子は、水系媒体に分散すると高温ではゾルの状態になり、低温ではゲルの状態になるものであるが、そのゲル化温度が、当該浮遊細胞が生存可能な温度領域にあるものを選択することが好ましい。これによって、浮遊細胞が生存可能な温度領域において第一の本発明及び第二の本発明の第一工程と第二工程を実施できるので、生きている浮遊細胞を静止させた状態で光学顕微鏡観察が可能になる。凹凸による位置特定用の表示を有する基板は、当該表示を底壁の内面に有する容器であってもよいし、当該表示を有するガラス板等であってもよい。
【0048】
本発明に係るキットは、網目状高分子と基板の他に、光学顕微鏡観察用サンプル、又は電子顕微鏡観察用サンプルの作製に必要な試薬や器具(例えば、細胞固定や包埋に使用する試薬)を備えていてもよい。
【0049】
当該キットはすでに上述した内容に基づいて使用可能であるが、使用者の便宜のために、網目状高分子の種類や性質に応じて、水性媒体に懸濁する際の当該高分子の濃度、ゾル化又はゲル化させるための温度制御、浮遊細胞の前処理方法、遠心装置の回転数や時間等について仕様書を添付するとよい。これによって再現性よくサンプルを作製できる。なお、これらの条件は以上の説明や、以下の実施例の記載に基づいて当業者が適宜決定可能なものである。
【実施例】
【0050】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0051】
実施例1
<前固定した細胞をアガロースに埋め込む場合の電子顕微鏡観察の手順>
テトラヒメナ細胞を遠心処理に付し沈殿させ、上澄み液を取り除いた。沈殿した細胞に固定液(4%パラホルムアルデヒド及び2.5%グルタールアルデヒドの10mM Tris−HCl(pH7.5)溶液)を加え、2時間、4℃で静置し、前固定を行った。なお、パラホルムアルデヒドとしては、電子顕微鏡用特製試薬パラホルムアルデヒド粉末(ナカライテスク株式会社)を使用し、グルタールアルデヒドとしては、電子顕微鏡用特製試薬グルタールアルデヒド(25%水溶液)(ナカライテスク株式会社)を使用した。
【0052】
前固定した細胞を延伸して回収し、沈殿した細胞をリン酸緩衝液で洗浄した。細胞核の形態を蛍光顕微鏡で観察するために、DAPI(4′,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール)で細胞核を染色した。
【0053】
アガロース(SeaPlaque(登録商標) Agarose、Cambrex社製)を0.5%になるようにリン酸緩衝液に加えた。これを電子レンジで温めて完全に溶解し、37℃に冷やした。
【0054】
細胞懸濁液と0.5%アガロース溶液を体積比1:4の割合で混合し、混合物を得た。10Lの混合物を番地付きディシュ(35mm Glass Base Dish with Grid、Grid Size:175μm、IW AKI社)に載せ、速やかにディシュごと遠心処理に付した(遠心条件:遠心機LC−21(TOMY社)、回転数3000rpm、遠心時間1分)。このとき細胞はディシュの底に沈降し、アガロースは冷やされて固化した。
【0055】
細胞とアガロースが乾燥しないようにリン酸緩衝液を100ml添加し、蛍光顕微鏡(OLYNPUS社製IX70)で細胞の形態と細胞内構造(特に細胞核)を観察した。細胞の全体像とディシュの番地は透過光で観察し、細胞核はDAPIで染色してあるので蛍光で観察した。
【0056】
リン酸緩衝液を除き、1% OsO4を含むリン酸緩衝液を細胞に添加して1時間、室温で化学固定を行った。OsO4を除き、細胞を超純水で洗浄後、エタノールを添加し脱水した。
【0057】
細胞内にエポキシ樹脂(TAAB EMBEDDING MATERIALS社製EPON812 RESIN EMBEDDING KIT)を浸透させた。インキュベーター(60℃)に入れて、16時間静置して樹脂を硬化させた。また、このとき樹脂を入れたカプセルをサンプル上に載せておいた。
【0058】
樹脂が硬化していることを確認して、ディシュより剥離した。このとき細胞は樹脂に包埋されているので一緒に剥離された。
【0059】
剥離物を、細胞が包埋されている面を上にしてミクロトーム(Leica社製EM UC6)にセットした。カミソリにより目的の部位以外を削り落とした後、ダイヤモンドナイフにより超薄切片を作成した。
【0060】
切片はグリッド(網)にのせた。このグリッドごと電子顕微鏡(JEOL社製のJEM−2000EX II)の試料台にセットし、電子顕微鏡観察を行った。
【0061】
以上の蛍光顕微鏡観察及び電子顕微鏡観察により得られた写真を図1に示す。図1中、Aは明視野による観察像であり、Bは蛍光による細胞核の観察像であり、CはAとBを重ね合わせた像であり、Dは、C中の白い四角で囲んだ箇所を電子顕微鏡により観察した像である。
【0062】
実施例2
<生細胞をアガロースに埋め込む場合の電子顕微鏡観察の手順>
以下に記載する点以外は実施例1と同様にした。濃度が3%のアガロース溶液を30〜33℃程度に冷やした後、細胞懸濁液と混合した。
【0063】
細胞とアガロースの混合物を番地付きディシュに載せ、アガロースを固めた後、細胞の培養液を添加した。この際、アガロース中の細胞が呼吸をしやすいようにディシュ上でアガロースを薄く固化した。薄くする方法としては、実施例1と同様の遠心処理、または、アガロースをカバーガラスなどで押さえる方法を用いた。
【0064】
同様に蛍光顕微鏡で観察した。これによって、生きている浮遊細胞を静止させて経時的に観察することができた。
【0065】
次に、実施例1で用いた固定液を用いて、アガロース内の細胞を固定した。その後、超純水で洗浄し、OsO4での固定以後は実施例1と同様に行い、超薄切片を作成し、電子顕微鏡観察を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明によれば、浮遊性の細胞を光学顕微鏡によって観察し、目標細胞を特定した後、その超微細構造を電子顕微鏡によってさらに観察することが可能になるので、血球等の浮遊細胞の内部構造やその機能を解明するにあたって電子顕微鏡観察を効率よく、かつ確実に実施できるようになる。そのため、遺伝子デリバリティ等の細胞機能の解明を加速化でき、また、医薬・農業分野での創薬事業に不可欠な、細胞への薬効を判断する際にも大幅な効率化を期待できる。
【0067】
さらに本発明によって、血球等を対象とした検査装置に、新たな検査機能を付与することも期待され、環境・高齢化等の危急な重要課題が山積しているライフサイエンス分野での電子顕微鏡観察用サンプルの作製に対してきわめて効率的な手段を提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】実施例1で得られた蛍光顕微鏡写真及び電子顕微鏡写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を、前記網目状高分子がゲル化しない温度で調製する第一工程と、
前記混合液から、前記浮遊細胞と前記網目状高分子とを含む層を基板上に形成し、当該層をゲル状にする第二工程と、
ゲル化した前記層を光学顕微鏡により観察して、電子顕微鏡観察の対象とすべき浮遊細胞を特定する第三工程と、
ゲル化した前記層に対して細胞固定、及び包埋を行った後、電子顕微鏡観察用サンプルである超薄切片を、第三工程で特定した細胞の一部を含むように作製する第四工程と、を含む、
電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項2】
前記浮遊細胞が生細胞であり、かつ、第一工程における混合液調製は、当該浮遊細胞が生存可能な温度で行う、請求項1に記載の作製方法。
【請求項3】
前記網目状高分子がアガロースである、請求項1又は2に記載の作製方法。
【請求項4】
前記基板が、その表面に、凹凸による位置特定用の表示を有するものである、請求項1〜3のいずれかに記載の作製方法。
【請求項5】
第二工程における層形成は、前記混合液を遠心操作に付して前記浮遊細胞が濃縮された層を形成することにより達成する、請求項1〜4のいずれかに記載の作製方法。
【請求項6】
第二工程における層形成は、前記基板上に位置する前記混合液に上方から圧力を加えて当該混合液を展開することにより達成する、請求項1〜4のいずれかに記載の作製方法。
【請求項7】
第一工程で使用する前記浮遊細胞は蛍光試薬により染色されており、前記光学顕微鏡は蛍光顕微鏡である、請求項1〜6のいずれかに記載の作製方法。
【請求項8】
浮遊細胞と網目状高分子のゾルとの混合液を、前記網目状高分子がゲル化しない温度で調製する第一工程と、
前記混合液から、前記浮遊細胞と前記網目状高分子とを含む層を基板上に形成し、当該層をゲル状にする第二工程と、を含む、
光学顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項9】
浮遊細胞を光学顕微鏡で観察できるサンプルと、当該浮遊細胞を電子顕微鏡で観察できるサンプルとを作成するためのキットであって、
網目状高分子と、
凹凸による位置特定用の表示を有する基板と、を含む、キット。

【図1】
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