説明

風味評価方法

【課題】官能評価等に基づく欠点を解決し、光トポグラフィ装置を使用し、飲食物を飲食する際の脳血流の変化を測定して飲食物の風味の適性を評価する方法を提供すること。
【解決手段】飲食物を飲食する際に、匂いを嗅ぐ段階(フェーズ1)、口に含む段階(フェーズ2)および飲み込む段階(フェーズ3)の各フェーズごとの脳血流の変化を測定することにより風味の適性を評価することを特徴とする飲食物の風味評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、風味評価方法に関する。さらに詳しくは、飲食物を飲食する際に、匂いを嗅ぐ段階(フェーズ1)、口に含む段階(フェーズ2)および飲み込む段階(フェーズ3)の各フェーズごとの脳血流の変化を測定することにより風味の適性を評価することを特徴とする飲食物の風味評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食物の風味の評価方法としては、もっぱらヒトの感覚にたよった官能評価が重用されている。官能評価は、総合的な評価には適しているが個人差、感覚疲労、体調変化などの主観的要素が影響する欠点がある。その主観的な評価に客観性を与えた手法としてQDA法(定量的記述分析法)があるが、共通用語の選定やパネルの訓練などに時間を要する。
【0003】
また、液体クロマトグラフをはじめとする種々のクロマトグラフや匂いセンサ、味センサなどの機器による評価が利用されている。液体クロマトグラフなどの機器による評価は客観的であるが、対象項目ごとの分析が必要であり総合的な評価を行うにはかなりの時間を要する。そして、ヒトの嗅覚、味覚を代用したセンサは、測定時間は短いが、安定性や再現性、被験者による官能評価との相関性に問題がある。
【0004】
そこで、ヒトによる主観評価を客観化するために、これらに加えて、生体内に生じている生理応答を観察・計測する精神生理学の手法を採用することが試みられている。精神生理学とは、瞳孔の大きさ、心拍数、血圧、脳波、脳磁波、脳血流、ストレスホルモン濃度など計測できる生体反応の指標を手がかりにして、心の状態や動きを研究する心理学の新しい領域である。ヒトは匂いを嗅ぐことによって感覚や情動が変化すると同時に、血圧の変動や心拍数、唾液中ストレス物質の変化といった生理応答を示す。これらの生理応答の観察・計測は、従来の機器分析や官能評価とは異なった角度から風味を評価する方法であり、新たな風味評価の一手法となる。
【0005】
ほとんどの感情情報を最終受容する場、演算処理の場、対応する出力を指示する場である大脳皮質には毛細血管が密に存在しており、血液中のヘモグロビンには近赤外線を吸収しやすいという性質がある。これを利用して近赤外線を頭皮上に照射して反射光を検出すれば、大脳皮質の血流量がわかり、ひいてはその活性の状態もわかることとなる。
【0006】
非特許文献1は、近赤外線を使用してヘモグロビン量を計測する装置(以下、光トポグラフィ装置という)を開示している。この計測装置は、特定の波長域にある近赤外線(NIR)を光ファイバーを用いて被験者頭部の一方の側から入射する。被験者の頭部内に入射された近赤外線は一部が頭部内の組織により吸収され、残の部分は大脳皮質を経由して頭皮上の検出器で検出される。検出された近赤外線の強度を測定して被験者頭部内の吸収率が測定される。光トポグラフィ装置は、陽電子放射断層撮影法(PET法)や機能的磁気共鳴画像法(fMRI法)のように大がかりで拘束性が強いものではないという利点がある。
【0007】
非特許文献2には、光トポグラフィ装置を用いて茶のフレーバーを官能評価する際の脳活動をモニタリングし、脳のどの部位が活動しているかを開示している。
【0008】
【非特許文献1】電気学会誌,Vol.123,No.3,2003,160−163頁
【非特許文献2】Appetite,Vol.7,2006,220−232頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、官能評価等に基づく欠点を解決し、上記した光トポグラフィ装置を使用し、飲食物を飲食する際の脳血流の変化を測定して飲食物の風味の適性を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、先に、光トポグラフィ装置の有する上記特性に着目し、該光トポグラフィ装置を使用し、風味改良剤を添加した味覚物質又は飲食物を飲食したときの脳血流の変化を測定し、該測定結果に基づいて該風味改良剤の種類若しくは添加量を選択する味覚物質又は飲食品の風味改良方法を提案し、同じ試料を連続して飲用するとその順応性により前頭葉機能の賦活は次第に小さくなる傾向があることを開示した(特願2006−84781)。
【0011】
本発明者らは、匂いと味の調和による「おいしさ」について、光トポグラフィ装置を用いて計測できないかと考え、鋭意検討した結果、今回、飲食物を飲食する際の各段階(匂いを嗅ぐ、口に含む、飲み込む)ごとの脳血流の変化量が、匂いと味が調和した飲食物と不調和な飲食物では異なり、匂いと味(以下、風味ということがある)の調和の適性を脳血流の変化量を測定することにより評価することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、飲食物を飲食する際に、匂いを嗅ぐ段階(フェーズ1)、口に含む段階(フェーズ2)および飲み込む段階(フェーズ3)の各フェーズごとの脳血流の変化を測定することにより風味の適性を評価することを特徴とする飲食物の風味評価方法を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、脳血流が、大脳皮質の血流である前記の風味評価方法を提供するものである。
【0014】
本発明はさらに、脳血流の変化が、血液中のヘモグロビン量の変化を近赤外分光法により測定する前記の風味評価方法を提供するものである。
【0015】
本発明はまた、風味の適性が、匂いと味の調和である前記の風味評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、飲食物などの風味の適性を効率的かつ客観的に評価することができる風味評価方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明において、評価対象となる「風味」とは、特に制限されるものではなく、甘味、酸味、苦味、旨味、辛味などの味覚や香りなどが挙げられ、これらの「風味」を発現する物質として具体的には、甘味物質としては、砂糖などの糖類、カンゾウ抽出物、ステビア抽出物、ラカンカ抽出物等、あるいはアスパルテーム、スクラロース、アセスルファムカリウムなどの人工甘味料等が挙げられる。酸味物質としては、レモン等に含まれる有機酸等であり、苦味物質としては、ホップ抽出物(フムロン類)、カフェイン、キナ抽出物(キニン)、ナリンジン、テオブロミン、ニガキ抽出物、ニガヨモギ抽出物、ゲンチアナ抽出物などの食品に使用されるもの、オウレンのベルベリン、センブリのスエルティアマリン、ニガキのカシン、ゲンチアナのゲンチオピクロシド、キハダのオバクノンなどの生薬中の苦味物質、アルカロイドなどの医薬用途の物質、ポリフェノール類(カテキン、イソフラボン、クロロゲン酸)などの食品含有物質などがあり、さらに香料成分の中でもメントール、ハッカ油などは後味に苦味を感じるものもある。旨味物質としては、イノシン酸、グアニル酸などの核酸類、グルタミン酸、アラニン、グリシン、アルギニンなどのアミノ酸類等が挙げられ、辛味物質としては、唐辛子中のカプサイシン、胡椒中のピペリン、生姜中の6−ジンゲロールなどを挙げることができる。また、香りを発現する物質としては、天然香料、合成香料、並びにこれらの香料成分を含有する香料組成物(調合香料等)などを挙げることができる。
【0018】
「風味の適性の評価」とは、例えば、飲食物の匂いと味が調和しているかどうかを評価することをいう。
【0019】
本発明の風味評価方法は、被験者が風味物質を希釈した飲食物を官能評価している際に、被験者に装着した光トポグラフィ装置を用いて脳血流量の変化を測定することにより行うことができる。具体的には、被験者に、匂いと味の調和した試料または不調和な試料を呈示し、被験者が官能評価している際の脳血流量の変化を測定することにより行うことができる。測定は、1日に数回連続して行うことができ、日を代えて測定する場合は、同一時間帯に測定することが好ましい。このようにして得られる光トポグラフィ装置の各チャンネル(CH)ごとの脳血流量のデータを統計処理することにより試料の風味の良否を評価することができる。本発明で使用する光トポグラフィ装置としては、例えば、日立ETG−4000型光トポグラフィ装置(日立メディコ(株)製:片側26チャンネル,合計52チャンネル)を例示することができる。
【実施例】
【0020】
実施例1
本実施例では、砂糖に調和するフレーバーと不調和なフレーバーを添加した試料について、「匂いを嗅いで口に含むか判断する段階」(フェーズ1)、「口に含んで飲み込むか判断する段階」(フェーズ2)および「飲み込み後の後残りを味わう段階」(フェーズ3)の各段階で、脳血流がどのように変化するかを検討した。なお、砂糖に調和すると思われるフレーバーとしてシュガーフレーバー(以下、FLA−Iとする。長谷川香料社製)を、砂糖に不調和と思われるフレーバーとしてウーロン茶フレーバー(以下、FLA−Jとする。長谷川香料社製)を選択した。試料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
[試料]
試料A:砂糖6%水溶液
試料AI:砂糖6%+FLA−I0.05%水溶液
試料AJ:砂糖6%+FLA−J0.002%水溶液
[被験者]
男性2名、女性3名
[測定装置]
日立ETG−4000型光トポグラフィ装置(日立メディコ(株)製:片側26チャンネル、合計52チャンネル)
[測定方法]
光トポグラフィ装置に連結された多数のセンサを備えたプローブを被験者の頭部に装着した後、各試料を呈示し、測定を行った。図1に示すタイムスケジュールに従って1分間の安静後、くんくん積極的に匂いを嗅ぐ(フェーズ1)、口の中で味わう(フェーズ2)、飲み込み後の後残りを味わう(フェーズ3)の各段階での脳血流の変化量を測定した。さらに、脳血流量測定終了後に、呈示した試料のフェーズごとの風味について図2に示したアンケート表により評価した。被験者による測定は、日を代えて、かつ同じ時間帯で行った。
[結果]
図3には、試料A、AIおよびAJのフェーズごとの被験者の官能評価の平均値集計結果を示している。
【0021】
AIとAJの比較において、フェーズ1の「香り」には差がなかった。フェーズ2の「香り」は若干AIが低くAJが高い傾向が見られ(有意差なし)、「おいしさ」はAIが高くAJが低く(有意差あり)、「違和感」はAIが低くAJが高かった(有意差あり)。フェーズ3の「香り」に差はなく、「後残り」はAIが高くAJが低く(有意差あり)、「おいしさ」はAIが高くAJが低く(有意差あり)、「違和感」は若干AIが低くAJが高い傾向が見られた(有意差なし)。
【0022】
これらの結果を総合すると、AIはおいしさが高く違和感が低いので匂いと味が調和していると考えられ、AJはおいしさが低く違和感が高いので匂いと味が不調和であると考えられる。以上から、FLA−Iは砂糖に調和しており、一方、FLA−Jは砂糖に不調和であることが示唆された。
【0023】
図4には、試料A、AIおよびAJのフェーズごとの光トポグラフィ装置で測定した酸素化ヘモグロビンの経時的な変化量を示している(被験者No.1の実験1日目のチャンネル(CH)40)。
【0024】
図より、フェーズ1に相当する0〜30秒間に見られるピークについて、その変化量はAIよりもAJが大きく、フェーズ2に相当する30〜60秒に見られるピークについて、その変化量はAJよりもAIが大きい。このような傾向が、AIを調和、AJを不調和と評価した被験者の左右側頭部のCHにおいて多く観察された。この事から、AIを調和と評価する事によりフェーズ2での脳血流変化量が増加し、AJを不調和と評価する事によりフェーズ1での脳血流変化量が増加したのではないかと考察される。
【0025】
以上の結果より、フェーズごとの脳血流の変化割合により試料の風味の適性を評価できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】試料を呈示するときのタイムスケジュールを示す説明図である。
【図2】試料を飲用したときのアンケート表である。
【図3】試料A、AIおよびAJのフェーズごとの被験者の官能評価の平均値集計結果を示す説明図である。
【図4】試料A、AIおよびAJのフェーズごとの光トポグラフィ装置で測定した酸素化ヘモグロビンの経時的な変化量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲食物を飲食する際に、匂いを嗅ぐ段階(フェーズ1)、口に含む段階(フェーズ2)および飲み込む段階(フェーズ3)の各フェーズごとの脳血流の変化を測定することにより風味の適性を評価することを特徴とする飲食物の風味評価方法。
【請求項2】
脳血流が、大脳皮質の血流であることを特徴とする請求項1記載の風味評価方法。
【請求項3】
脳血流の変化が、血液中のヘモグロビン量の変化を近赤外分光法により測定することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の風味評価方法。
【請求項4】
風味の適性が、匂いと味の調和であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の風味評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−281386(P2008−281386A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−124543(P2007−124543)
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【出願人】(000214537)長谷川香料株式会社 (176)
【Fターム(参考)】