説明

飛行時間型質量分析装置

【課題】試料台上面の非平面性やサンプルプレートの変形などのために分析対象のサンプル上面の高さが変化し、それにより質量分析の結果求まる質量数誤差が生じる。
【解決手段】試料台1の移動により分析対象のサンプル3が測定位置に来たとき、変位センサ12はそのサンプル3上面の高さの変位量を計測し、変位量補正制御部17は計測値に基づいて変位駆動部16を駆動して試料台1をZ軸方向に微小移動させる。これにより、サンプルプレート2上のどのサンプルを分析する場合にも、サンプル上面とイオン引き出し用電極9との間の距離dが一定に保たれ、飛行距離のばらつきがなくなるとともにイオン引き出し電場の作用も同じになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばマトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI=Matrix-assisted Laser Desorption Ionization )飛行時間型質量分析装置(TOFMS=Time of Flight Mass Spectrometer)などの飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置として、イオン源にマトリクス支援レーザ脱離イオン化法を用いた質量分析装置(以下、MALDI−TOFMSという)がよく知られている。MALDIでは、レーザ光を吸収しにくい試料やタンパク質などレーザ光で損傷を受けやすい試料を分析するために、レーザ光を吸収し易くイオン化され易いシナピン酸などの物質をマトリクスとして試料に予め混合することでサンプルを調製しておき、これに短時間レーザ光を照射することで試料をイオン化する。
【0003】
一般にMALDI−TOFMSでは、図3に示すように、薄い平板状のサンプルプレート2の上に複数(多い場合には数百)の検体(サンプル)3をスポット状に設ける(例えば特許文献1など参照)。そして、このサンプルプレート2を水平な試料台の上にセットし、試料台をX軸方向及びY軸方向の二次元的に移動させることで分析対象のサンプルをレーザ光照射位置に移動させる(図3中のPの位置)。そしてレーザ光の照射により、サンプル中の分析目的である試料成分をイオン化させ、発生したイオンを飛行時間型質量分離器で質量分離した後に検出する。1つのサンプルの質量分析が終了したならば、次の分析対象のサンプルをレーザ光照射位置Pに移動させて同様に質量分析を実行する、という操作を繰り返すことで、多数のサンプルについての質量分析を実行することができる。
【0004】
MALDI−TOFMSでは、基本的に、レーザ光照射位置にあるサンプル上面と検出器との間の距離が飛行距離であるから、サンプルプレート2上に搭載された各サンプル3の高さにばらつきがあると飛行距離がばらついて質量数の算出誤差の原因となる。こうした観点から、従来、サンプル調製の際にサンプルプレート2上での各サンプルの高さのばらつきを抑える手法が提案されている(特許文献2参照)。
【0005】
しかしながら、サンプルプレートで各サンプルの高さを揃えたとしても、実際には分析するサンプルプレート内でのサンプルの位置によって同一イオン種に対する質量数にずれが生じ、質量数精度の低下を招くことがある。即ち、サンプルプレートをセットする試料台の上面は完全に水平であることが望ましいが、平面度を高くするほど加工コストが高くなるため、実際上数十μm以下の平面度を達成することは難しい。また、試料台を取り付ける際に上面が水平になるように調整を行うが、調整の限界により完全な水平を保つことは実質的に不可能である。また、仮に試料台の上面が完全に水平であったとしても、サンプルプレートの反りなどの変形によってもサンプル上面の高さはばらつく。こうした様々な要因のために、通常、試料台移動時のレーザ照射位置におけるサンプル上面の上下変動は数十μmから大きい場合には数百μmになる場合がある。
【0006】
【特許文献1】特開2002−156382号公報
【特許文献2】特開2004−347524号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したようにサンプルプレートの上面の上下変動があると、1枚のサンプルプレート上に用意された複数のサンプルを測定する際に、飛行距離が変わることによって質量数にずれが生じることになる。また、サンプルから発生したイオンはサンプルプレートと平行に設置されたイオン引き出し用電極で形成される電場により引き出されるが、サンプル上面の高さがばらつくとイオン引き出し用電極との間の距離が変化し、イオンに与えられる初期運動エネルギーがばらつくことで質量数精度を低下させることにもなる。
【0008】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、上述したような試料台やサンプルプレートの寸法精度や機械的精度の限界の影響を軽減し、質量数精度を高めることができる飛行時間型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料保持部の試料装着面上に二次元的に配置された複数のサンプルについて、前記試料保持部を試料装着面の延展方向に移動することで分析対象のサンプルを所定の測定位置に移動させ、該サンプルから発生した各種イオンを引き出して飛行空間型質量分離器に導入し、イオンの質量数に応じて分離して検出する飛行時間型質量分析装置において、
a)前記試料保持部の試料装着面に対向するように配設されたイオン引き出し用電極と、
b)前記試料保持部が移動されたときに、前記測定位置に来たサンプル表面又はその周囲の試料装着面の、イオン引き出し用電極によるイオン引き出し方向における変位量を検出する変位量検出手段と、
c)前記試料保持部を前記イオン引き出し方向に変位させる変位手段と、
d)前記変位量検出手段による検出結果に応じて、前記測定位置に来たサンプル表面と前記イオン引き出し用電極との間の距離が一定になるように前記試料保持部の位置を調整するべく前記変位手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0010】
変位量検出手段としては例えばレーザ式、LED式、超音波式など様々な方式の非接触型変位センサを利用することができる。
【0011】
変位手段としては大きな変位量は不要であるものの高精度や応答の迅速性が要求さるため、例えばピエゾ素子などを用いたアクチュエータが有用である。
【0012】
また、試料保持部とは、例えば上述のように複数のサンプルがスポット状にサンプルプレート上に形成される場合にはサンプルプレートであり、また例えば試料台上に載置された平面状に広い検体の中に二次元的に複数の測定点(この場合には測定点をサンプルと言い換える)を設定する場合には試料台である。
【0013】
また、本発明に係る質量分析装置では、サンプルに含まれる試料成分をイオン化する方法として、MALDIのほか、同様にレーザを用いた、シリコン上脱離イオン化法などの表面支援レーザ脱離イオン化法や、その他の各種レーザイオン化法、或いは、レーザでなく高速原子線、イオン線、X線、電子線など他の粒子線やエネルギー線をサンプルに照射してイオン化を行うイオン化法、など各種の方法を用いることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の飛行時間型質量分析装置では、例えば多数用意されたサンプルの中の分析対象である任意のサンプルが測定位置に移動されると、変位量検出手段がその測定位置に来ているサンプル表面又はその近傍の試料装着面の変位量を検出する。この変位量は例えば予め設定された基準位置に対する差分として表すことができるし、イオン引き出し用電極との間の距離として表すこともできる。試料装着面上のいずれのサンプルが測定位置に来たときにも上記変位量は一定であることが望ましいが、試料装着面の平面度の低さなどの要因により上記変位量は一定とならない場合がある。そこで、制御手段は変位量検出結果を受けて変位手段を駆動することにより試料保持部のイオン引き出し方向における位置を変化させ、測定位置にあるサンプル表面とイオン引き出し用電極との間の距離が略一定になるように調整する。このような調整の後に、例えばレーザ光が測定位置にあるサンプルに照射されて、該サンプルから発生したイオンの質量分析が実行される。
【0015】
この発明に係る飛行時間型質量分析装置によれば、二次元的に広い範囲に散在しているサンプルの質量分析を行う際にそのサンプルの位置に関係なく飛行距離をほぼ一定に保つことができる。また、イオン引き出し用電極との距離が一定になるために該電極による電場によるイオン引き出し作用が常に同じ状態になる。それによって、同一質量電荷比m/zのイオンについての飛行時間のばらつきが軽減され、該飛行時間に基づいて算出される質量数の誤差を少なくして質量数精度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の一実施例であるMALDI−TOFMSについて図面を参照して説明する。図1は本実施例のMALDI−TOFMSの要部の全体構成図である。
【0017】
上述したように、薄い平板状のサンプルプレート2の上面には、マトリクスが混合されて調製された多数のサンプル3が二次元的にそれぞれ離してスポット状に付着されている。サンプル3の調製方法は特に限定されない。このサンプルプレート2は上面が略水平である試料台1上にセットされる。試料台1はモータ等を含む試料台駆動部4によりX軸方向、Y軸方向の二次元的に移動可能となっている。
【0018】
サンプル3中の試料をイオン化するためのレーザ光7はレーザ照射部6から出射し、反射鏡8を介してサンプルプレート2上の所定位置に照射されるようになっている。試料台1の上方には、レーザ照射位置にあるサンプル3から発生したイオンをその発生位置の近傍から上方に引き出すための電場を形成するイオン引き出し用電極9が試料台1及びサンプルプレート2の上面に対向するように配設されている。このイオン引き出し用電極9の上方には、イオンの広がりを抑えるための静電レンズなどのイオン光学系10と、イオンを飛行させる飛行空間を持つ飛行時間型質量分離器(TOF)13と、TOF13により質量分離されたイオンを検出する検出器14とが、ほぼ一直線上に配置されている。
【0019】
即ち、このMALDI−TOFMSの構成では、TOF13はリニア型であり、サンプル3から出射したイオンの飛行経路は図1中の符号Cで示すように鉛直方向に設定されている。但し、TOF13はリニア型に限るものではなく、リフレクトロン型など周知の別の形態にすることができる。
【0020】
検出器14は入射したイオン量に応じた検出信号を出力し、データ処理部15はこの検出信号を受けて各イオンの飛行時間を求め、飛行時間から質量数への換算を行う。そして、横軸を質量数、縦軸を相対強度とする質量スペクトルを作成する。
【0021】
さらにまた、本実施例のMALDI−TOFMSに特徴的な構成として、測定位置にあるサンプル3の上面の高さの変位量を計測するための変位センサ(本発明における変位検出手段)12と、試料台1(又はサンプルプレート2のみ)をZ軸方向(図1では上下方向)に微小範囲(例えば最大数百μm〜数mm程度)内で移動させる変位駆動部(本発明における変位手段)16と、変位センサ12より計測値を受けて変位駆動部16に制御信号を送る変位補正制御部(本発明における制御手段)17と、が設けられている。
【0022】
変位センサ12は非接触型のものであり、例えば微弱なレーザ光を測定位置にあるサンプル3に照射し、サンプル3上面から反射するレーザ光を反射鏡11を介してCCDイメージセンサで受け、そのレーザ光の受光スポットの位置の変位により、Z軸方向のサンプル3上面の変位量を算出する。この変位量は或る基準位置を決めておいて該基準位置に対する相対的な変位量としてもよいし、或いは、位置が固定しているイオン引き出し用電極9との間の距離dに換算してもよい。いずれにしても、例えば試料台1を二次元的に移動させた際に測定位置にきたサンプル3上面の高さが変動すれば、その変動が変位量に反映されて変位補正制御部17に送られる。
【0023】
また変位駆動部16としては微小な変位が可能であり且つ応答の迅速性が必要であるから、例えばピエゾアクチュエータ等を用いることができる。この場合、変位駆動部16による試料台1のZ軸方向への変位量は変位補正制御部17により与えられる駆動電圧の大きさにより決まる。また、CPUを中心に構成される制御部18は分析動作全体を制御する機能を有し、試料台駆動部4、レーザ照射部6、変位補正制御部17などをそれぞれ制御する。
【0024】
次に本実施例のMALDI−TOFMSの特徴的な動作を、図2に示す動作フローチャートに従って説明する。制御部18は予め指定された順序でサンプルプレート2上の各サンプル3の分析を遂行するものとする。
【0025】
まず制御部18は最初の分析対象であるサンプル3が測定位置、つまりレーザ照射位置に来るように試料台駆動部4に制御信号を送る。これにより、試料台駆動部4は試料台1をX軸方向及びY軸方向にそれぞれ適宜移動させて、分析対象のサンプル3を測定位置にセットする(ステップS1)。
【0026】
次に、変位センサ12がその時点での測定位置に存在するサンプル3上面のZ軸方向の変位量を計測し、その計測値を変位補正制御部17に送る。ここでは変位量計測値は予め決められた基準値をゼロとしたときの相対量で表すものとする(ステップS2)。変位補正制御部17は変位量計測値を受けると、その変位量をゼロにするための駆動電圧を計算し、変位駆動部16に駆動電圧を印加する。例えば、サンプル3上面の位置が基準位置よりも上にある場合をプラスの変位量、下にある場合をマイナスの変位量と規定し、いま変位量計測値が+Aである場合には、試料台1をAだけ下げるように変位駆動部16を駆動する。上記駆動により試料台1及びサンプルプレート2はZ軸方向に微小移動する(ステップS3)。
【0027】
上述のようにして変位補正を行った後に、制御部18はレーザ照射部6に制御信号を送り、サンプル3に対し短時間レーザ光7を照射してサンプル3からイオンを発生させる。発生したイオンはイオン引き出し用電極9により形成されている電場により上方に引き出されて飛行を開始し、イオン光学系10で絞られた後にTOF13に導入されて飛行を続け、質量電荷比に応じて遅滞が生じることで分離される。そして質量電荷比の小さなイオンほど早く、質量電荷比が大きなイオンは遅れて検出器14に到達してそれぞれ検出される。このようにして測定位置にあるサンプル3に対する質量分析が実行される(ステップS4)。
【0028】
その後、制御部18は全てのサンプル3の分析が終了したか否かを判定し(ステップS5)、未だ分析すべきサンプル3が残っている場合にはステップS1に戻り、次に分析すべきサンプル3を測定位置に移動させてステップS2〜S4の処理を実行する。このような処理を全てのサンプル3の分析が終了するまで繰り返し、全サンプルの分析が終了したならば処理を終了する。
【0029】
以上のようにサンプルプレート2上で二次元的に散在した各サンプル3を分析する際に、そのサンプル3が測定位置に来たときに該サンプル3上面の変位量に応じた高さの補正を行うので、どのサンプル3に対してもイオン引き出し用電極9との間の距離dはほぼ一定に維持されることになる。試料台1自体の上面の平面度が良好でない場合、サンプルプレート2に反りなどの変形がある場合、或いはサンプル3の盛り上がりにばらつきがある場合、などのいずれの要因についても上記処理により変位が補正される。
【0030】
これにより、イオンが出発してから検出器14に到達するまでの飛行距離のサンプル毎のばらつきが軽減されるため、質量数精度を向上させることができる。また、イオン引き出し用電極9と測定位置にあるサンプル3上面との距離dが一定に保たれることで、サンプル3から発したイオンに対する引き出し電場の作用が一定になり、イオンに与えられる初期運動エネルギーが揃う。したがって、この点でも質量数精度の向上に寄与する。
【0031】
なお、上記実施例では測定位置にきたサンプル3上面の変位量を検出していたが、例えば変位量検出のためのレーザ光を直接サンプル3に照射するのが好ましくない場合には、測定位置付近のサンプルプレート2上面の変位量を検出してもよい。この場合には、各サンプルの盛り上がりのばらつきは補正できないが、一般に、このばらつきは試料台1やサンプルプレート2に起因する変位よりも小さいため、サンプルを避けて変位量を求めてもほぼ同等の効果を達成することができる。
【0032】
また上記実施例では、水平に載置した試料台1の上にサンプルプレート2を載せて鉛直上方にイオンを引き出す構成としたが、例えば、垂直に起立させた試料台1によりサンプルプレート2を垂直に起立させて保持し、イオンを水平方向に引き出す構成としてもよい。
【0033】
また、上記実施例は本発明をMALDI−TOFMSに適用したものであるが、イオン源はMALDIに限るものではなく、例えばシリコン上脱離イオン化法(Desorption/Ionization on (porous)Silicon:DIOS)などの公知の表面支援レーザ脱離イオン化法(Surface Assisted Laser Desorption/Ionization:SALDI)や、その他の公知のレーザイオン化法、さらにはレーザの代わりに高速原子線など他の粒子線やエネルギー線をサンプルに照射してイオン化を行うものにも適用可能である。
【0034】
さらにまたそれ以外の点においても、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施例によるMALDI−TOFMSの要部の全体構成図。
【図2】本実施例のMALDI−TOFMSにおける特徴的な動作を説明するためのフローチャート。
【図3】MALDI−TOFMSに使用されるサンプルプレートの斜視図。
【符号の説明】
【0036】
1…試料台
2…サンプルプレート
3…サンプル
4…試料台駆動部
6…レーザ照射部
7…レーザ光
8…反射鏡
9…イオン引き出し用電極
10…イオン光学系
11…反射鏡
12…変位センサ
13…飛行時間型質量分離器(TOF)
14…検出器
15…データ処理部
16…変位駆動部
17…変位補正制御部
18…制御部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料保持部の試料装着面上に二次元的に配置された複数のサンプルについて、前記試料保持部を試料装着面の延展方向に移動することで分析対象のサンプルを所定の測定位置に移動させ、該サンプルから発生した各種イオンを引き出して飛行空間型質量分離器に導入し、イオンの質量数に応じて分離して検出する飛行時間型質量分析装置において、
a)前記試料保持部の試料装着面に対向するように配設されたイオン引き出し用電極と、
b)前記試料保持部が移動されたときに、前記測定位置に来たサンプル表面又はその周囲の試料装着面の、イオン引き出し用電極によるイオン引き出し方向における変位量を検出する変位量検出手段と、
c)前記試料保持部を前記イオン引き出し方向に変位させる変位手段と、
d)前記変位量検出手段による検出結果に応じて、前記測定位置に来たサンプル表面と前記イオン引き出し用電極との間の距離が一定になるように前記試料保持部の位置を調整するべく前記変位手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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