説明

食品機械用グリース

【課題】人体に対する安全性の高い原材料を用いて製品としての安全性も確保される食品機械用グリースとその食品機械用グリースの製造方法の提供。
【解決手段】グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルと、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類とで構成されその存在比が、脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である基油に、最大粒径が0.3mm以下の粉状ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤として、62℃〜100℃でステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌し分散させ、ステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成して食品機械用グリースを得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品衛生上人体に対する安全性が高く、主に食品機械等に好適に用いられる食品機械用グリースに関する。
【背景技術】
【0002】
小麦粉や卵、畜産物などの食品原料や、醤油、味噌などの食用製品を混合したり、加工したりする食品機械には、食品機械以外の他の機械類と同様に、軸受やその他の摺動部品が装着されている。こうした機械類の円滑な駆動のためにグリースや潤滑油などの潤滑材料が使われているが、この潤滑材料が食品機械を通じて食品原料や食用製品に混入するおそれがある。そのため、潤滑材料に人体に有害な物質が混入していると、人体に予期せぬ害毒を及ぼすおそれがある。
【0003】
こうした危険を予防するため、例えばアメリカ合衆国では、食品類の質に対する安全性の確保と維持を目的とした衛生基準が法律上定められており、FDA(米国食品医薬品局)やUSDA(米国農商務省)の認可基準がよく知られている。
USDAの規定下では、偶発的に食品に触れる可能性があるところで使用可能な潤滑油類等を、間接的な食品添加物類とみなし、ある種の認証を必要としている。こうした認証には、H−1やH−2があり、H−1は、偶発的に食品に触れる可能性がある箇所での使用が承認された潤滑油等に対するものであり、H−2は、食品に触れる可能性がない箇所でのみ使用することができる潤滑油等に対するものである。このUSDAのH−1は、FDAの規格に合格するものである。今日では、USDAでは、成分および組成物の新たな認証を行っていないが、NSF(国際衛生科学財団)がUSDAの認証プログラムを継承している。
【0004】
一方、日本では、食品機械に使用する潤滑材料に対する基準が設けられていないため、鉱油など経口すれば人体に対して決して安全ということはできない原材料を含んだグリースを用いても法律に違反することはない。しかしながら、社会的責任を果たすことが必要な食品製造業者にとって、自主的に安全性の高い商品を市場化することが責務となっている。
【0005】
従来技術の中にも、人体に安全な原材料を用いて製造した潤滑材料も知られている。
例えば、特許文献1には、人体に無害な物質としてUSDA H−1に合格した流動パラフィン油、ポリαオレフィン油、植物油および動物油を用いた潤滑油が記載されている。
また、特許文献2には、所定濃度未満であればUSDA H−1に合格したエステル油、シリコーン油およびポリアルキレングリコール油から選ばれる油を基油に用いたグリース状組成物が記載されている。
そして、特許文献3には、人体に無毒であるとするスクアレンやスクアランを基油とし、食品添加物に指定される第2リン酸カルシウム等を増ちょう剤とした食品加工機械用グリース状組成物が記載されている。
【特許文献1】特開2006−57774号公報
【特許文献2】特開2001−131569号公報
【特許文献3】特開平7−11280号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された潤滑油は、潤滑性はあるものの半固体形状を有するグリースとしての性質を有しない。
また特許文献2に記載のグリースでは、安全性の高い基油を用いているが、増ちょう剤は安全性が高いということができない。さらに、特許文献3に記載のグリース状組成物では、原材料とするスクアレンやスクアランが人体に無毒であるとはいっても指定を受けるほどに安全性が高い原材料ということはできない。
【0007】
そこで本発明者は、食用にも供される食用油脂であるキャノーラ油やコーン油を基油として、食品添加物として認められているステアリン酸カルシウムを増ちょう剤とするグリースであれば原材料の安全性が高いことから目的とする食品機械用グリースが得られると考えて検討を行った。
カルシウムせっけんを増ちょう剤とするグリースの製造方法には基油に脂肪酸、消石灰(水酸化カルシウム)、水を加え加熱けん化し、けん化終了後、所定の水分量になるまで加熱脱水する。しかしながらこの方法によるとせっけん繊維は簡単に生成するが、カルシウムせっけんを精製できないため未反応の脂肪酸や水酸化カルシウム、消石灰中の炭酸カルシウム等の不純物が残ってしまう危険性があった。
また、ステアリン酸カルシウムの固体を基油に溶解させてグリースを製造する方法は、カルシウムせっけんを融点以上の高温に曝す必要があり、酸化、分解等の変質が起こるおそれもあった。
こうした理由から、安全で、安定した高品質の食品機械用グリースを製造することが困難であった。
【0008】
このような背景のもとでなされたのが本発明である。すなわち本発明は、人体に対する安全性の高い原材料を用いて製品としての安全性も確保される食品機械用グリースを得ることを目的とする。
また本発明は、製造が簡単で、原材料が変質することなく安定して高品質の食品機械用グリースを得ることができる食品機械用グリースの製造方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルと、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類とで構成されその存在比が、脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である基油に、ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤とする食品機械用グリースを提供する。
【0010】
グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルは、全て食品添加物として認められた物質であり、万一、経口されたとしても人体に対する危険性は低い。また、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類も経口による安全性に問題はない。そして、こうした脂肪酸エステルと油類とで構成し、その存在比が脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である食品機械用グリースにおける基油は、常温で液状であるから、脂肪酸エステルが液状の場合には、これらを100%含み油類を含まない基油とすることができ、また、これらの脂肪酸エステルが固体の場合であっても油類と混合することで液状とすることができるため、潤滑性に優れた食品機械用グリースを得ることができる。
そして、ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤としたため、増ちょう剤も食品添加物に規定された安全な物質でなることから、原材料がすべて食品か食品添加物であり、人体への安全性が高い食品機械用グリースである。
さらに、上記脂肪酸エステルは、グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有しているため、水の沸点である100℃以下で食品機械用グリースを簡単に製造することができ、原材料の変性や副生成物の混入がない品質が安定したグリースを得ることができる。
【0011】
そして、ステアリン酸カルシウムが、ステアリン酸と水酸化カルシウムによる基油中の反応生成物ではなく、最大粒径が0.3mm以下の既存の紛状物とすることができる。ステアリン酸カルシウムが、ステアリン酸と水酸化カルシウムによる基油中の反応生成物ではなく、最大粒径が0.3mm以下の既存の粉状物としたため、所定の基油中でステアリン酸カルシウムを溶解させずに分散させてステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成させることができる。
また、基油と増ちょう剤とを含むスラリー中で、62℃〜100℃でステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌し、ステアリン酸カルシウムを分散させてステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成してなる食品機械用グリースとすることができる。そのため、副生成物や変質した原材料を含むことがなく、安定した品質を有する食品機械用グリースである。
【0012】
ステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌する温度は80℃〜90℃とすることができ、この温度範囲で攪拌することが好ましい。80℃〜90℃であると、増ちょう剤の繊維状構造が安定して形成されるからである。即ち、増ちょう剤の凝集したザラツキが発生することがなく、ザラツキの発生による食品機械用グリースの品質の低下や、ザラツキを取り除くことによる工程数の増加などの不都合が生じない。
【0013】
本発明はさらに、グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルと、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類とで構成されその存在比が脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である基油と、最大粒径が0.3mm以下の粉状ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤として含んでなるスラリーを形成し、このスラリーを62℃〜100℃でステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌し、ステアリン酸カルシウムを分散させて、ステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成する食品機械用グリースの製造方法を提供する。
【0014】
グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルと、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類とで構成されその存在比が脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である基油と、最大粒径が0.3mm以下の粉状ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤として含んでなるスラリーを形成したため、これら原材料全てを攪拌装置で攪拌、混合することができる。また、このスラリーを62℃〜100℃でステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌し、ステアリン酸カルシウムを分散させるため、原材料を変性させず、また副生成物を生じさせることなくステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成することができる。したがって、品質が安定した食品機械用グリースを簡単に製造することができる。
【0015】
ステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌する温度は80℃〜90℃とすることができ、この温度範囲で攪拌することが好ましい。80℃〜90℃であると、増ちょう剤の繊維状構造が安定して形成されるからである。即ち、増ちょう剤の凝集したザラツキが発生することがなく、ザラツキの発生による食品機械用グリースの品質の低下や、ザラツキを取り除くことによる工程数の増加などの不都合が生じない。
【発明の効果】
【0016】
本発明の食品機械用グリースによれば、食品機械用グリース自体を経口しても人体に安全な原材料から構成されているため、食品機械用グリースとして好適に用いることができる。また、本発明の食品機械用グリースの製造方法によれば、副生物の生成や原材料の変質がなく安全性を確保できるとともに、安定した高品質の食品機械用グリースを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下本発明の食品機械用グリースをさらに詳細に説明する。この食品機械用グリースは、人体に対する安全性を確保するため、経口することが可能な安全性の高い原材料を用い、変質や変性を起こさず、原材料とは異なる物質が生成することがないように製造している。すなわち、原材料には食品として現実に使用され安全性が確認されている物質か、あるいは、食品以外の物質であっても食品添加物として認可され、安全性が確認、確保されている物質を用いることとしている。
なお、食品添加物とは、素材となる食品以外にその食品に加えられるものであるが、日本では(1)厚生労働大臣が安全性と有効性を確認して指定した「指定添加物」、(2)天然添加物として使用実績が認められ品目が確定している「既存添加物」、(3)「天然香料」、(4)「一般飲食物添加物」の4つの区分の何れかに含まれる物質の使用が認められており、食品機械用グリースに含まれる原材料は、この何れかに該当するものである。
【0018】
一方で、食品が国をまたいで取引され流通されている現在において、食品に対する安全性確保は世界各国の共通問題である。そこで、国連のFAO(食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)は、JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)を設けて食品添加物に対する安全性評価を行っており、JECFAによる基準も出されている。したがって、日本の食品添加物として認められていることに加え、JECFAによる基準に合致することがより好ましい。
【0019】
こうした原材料から形成する組成物は、“グリース”としての性質を備えている。グリースとは「液状潤滑油(基油)と増ちょう剤から成る半固体状または固体状の潤滑剤である」と定義(「潤滑グリースの基礎と応用」社団法人日本トライポロジー学会グリース研究会編、養賢堂発行)されており、常温において半固体状または固体状の物質である。したがって、粘稠性があるにすぎず定形性を有しない単なる油脂類とは異なる。
【0020】
以下、本発明の食品機械用グリースを形成する原材料について説明する。基油は、食品機械用グリースのベースとなるオイル分を構成するもので、低温での流動性に優れ、引火点が高く、摩擦係数が低い油であって、食用されるか食品添加物などに規定された安全性の高いものである。
より具体的には、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィン(以下、これらをまとめて、または個別に「油類」ともいう)と、グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、またはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステル(以下、これらをまとめて、または個別に「脂肪酸エステル」ともいう)とで構成され、この脂肪酸エステルと油類とを所定の存在比で含むものである。
【0021】
油類について、より具体的には、菜種油、ピーナッツ油、コーン油、綿実油、キャノーラ油、大豆油、ヒマワリ油、パーム油、やし油、ベニバナ油、ツバキ油、オリーブ油、落花生油、などの食用植物油(天然植物性油)や、ラード、牛脚油、サナギ油、イワシ油、ニシン油などの食用動物性油(水産動物油)の他、食品として経口される中鎖脂肪酸トリグリセリドや、食品添加物であるジグリセリンカプリル酸エステル、ジグリセリンカプリル酸オレイン酸エステル、ジグリセリンオレイン酸エステル、デカグリセリンカプリル酸オレイン酸エステル、デカグリセリンオレイン酸エステルなどの合成油や半合成油である。流動パラフィンは既存添加物に含まれる。
【0022】
脂肪酸エステルは、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される少なくとも一以上の物質である。
日本では、「グリセリン脂肪酸エステル」「プロピレングリコール脂肪酸エステル」として指定添加物に定められており、ポリグリセリン脂肪酸エステルについても、「グリセリン脂肪酸エステル」に含まれる。
ポリグリセリン脂肪酸エステルを構成するポリグリセリンの重合度は、平均重合度が2〜10である。10を超えると、粘稠になりすぎて潤滑性能が悪くなるからである。
グリセリン脂肪酸エステルや、ポリグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルを構成する脂肪酸は、炭素数が8〜22の脂肪酸であり、例えば、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、エルカ酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、イソステアリン酸、アラキン酸、リシノール酸、12ヒドロキシステアリン酸等が挙げられ、これらの1種若しくは2種以上を混合して用いることができる。
したがって、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルには例えば次に挙げられるような個別の脂肪酸エステルが含まれる。
【0023】
グリセリン脂肪酸エステルには、例えば、グリセリンモノオレエート、グリセリンモノステアレート、グリセリンモノカプリレート、グリセリンモノ・ジオレエート、グリセリンモノ・ジステアレートなどが挙げられる。
ポリグリセリン脂肪酸エステルには、例えば、ジグリセリンモノオレエート、ジグリセリンモノイソステアレート、ジグリセリンジオレエート、ジグリセリントリオレエート、ジグリセリンモノステアレート、ジグリセリンジステアレート、ジグリセリントリステアレート、ジグリセリントリイソステアレート、ジグリセリンモノカプリレート、ジグリセリンジカプリレート、ジグリセリントリカプリレート、トリグリセリンモノオレエート、トリグリセリンジオレエート、トリグリセリントリオレエート、トリグリセリンテトラオレエート、トリグリセリンモノステアレート、トリグリセリンジステアレート、トリグリセリントリステアレート、トリグリセリンテトラステアレート、トリグリセリンモノカプリレート、トリグリセリンジカプリレート、トリグリセリントリカプリレート、トリグリセリンテトラカプリレート、ジグリセリンモノオレイン酸モノステアリン酸エステル、ジグリセリンモノオレイン酸ジステアリン酸エステル、ジグリセリンモノカプリル酸モノステアリン酸エステル、トリグリセリンモノオレイン酸モノステアリン酸エステル、トリグリセリンジオレイン酸ジステアリン酸エステル、トリグリセリンジオレイン酸モノステアリン酸エステル、トリグリセリンモノオレイン酸モノステアリン酸モノカプリル酸エステル、ジグリセリンモノ・ジラウリレート、トリグリセリンモノ・ジ・トリラウリレート、ジグリセリンモノ・ジミリスチレート、トリグリセリンモノ・ジ・トリミリスチレート、ジグリセリンモノ・ジリノレート、トリグリセリンモノ・ジ・トリリノレート、デカグリセリンモノオレエート、デカグリセリンモノステアレート、デカグリセリンモノカプリル酸モノオレイン酸エステルなどが挙げられる。
プロピレングリコール脂肪酸エステルには、例えば、プロピレングリコールモノオレエート、プロピレングリコールモノステアレート、プロピレングリコールモノカプリレート、プロピレングリコールモノラウリレートなどが挙げられる。
【0024】
脂肪酸エステルは、常温で液体ならば単独で、固体であれば油類と所定の混合比で混合して用いることで、常温で液体の基油とすることができる。
こうした脂肪酸エステルは、グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有する脂肪酸エステルであることが必要である。こうしたヒドロキシ基を有しないと、以下に説明する本発明の食品機械用グリースの製造方法(以下「低温分散法」ともいう)によりグリースが形成しないからである。
【0025】
脂肪酸エステルと油類との混合比は、脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%の範囲である。脂肪酸エステルが0.5重量%を下回ると、低温分散法でグリースが得られないからであり、100重量%まで含むこととしたのは、脂肪酸エステル単独で常温で液状であれば、低温分散法によって食品機械用グリースを得ることができるからである。
【0026】
こうして得られる基油の動粘度は、40℃において、10mm/s〜500mm/sであり、好ましくは20mm/s〜300mm/sである。動粘度が10mm/sより小さいと油分の滲み出しが生じ、500mm/sを超えると硬すぎて食品機械用グリースとしての特性が悪くなるからである。また、20mm/s〜300mm/sとすると、食品機械用グリースの形成、食品機械用グリースの流動性が好ましい。
基油の流動点は、0℃以下であり、好ましくは−5℃以下、より好ましくは−10℃以下である。流動点が0℃を超えると低温での使用で基油が固化してしまうおそれがあり、食品機械用グリースとしての使用温度範囲が狭くなり、低温で使用できなくなるからである。
特にアイスクリーム製造機や、冷蔵庫内などの低温域で用いられる食品機械では、低温で駆動しても潤滑性が劣ることがないように、−20℃程度でも潤滑性を失わない流動点が−20℃以下の基油を用いるとことが好ましい。
【0027】
増ちょう剤には、ステアリン酸カルシウムを用いる。ステアリン酸カルシウムは、指定添加物に分類されている物質である。
原材料として用いるステアリン酸カルシウムは、その最大粒径が0.3mm以下の予め微粉砕されたものであり、好ましくは最大粒径が0.1mm以下、より好ましくは最大粒径が0.01mm以下である。最大粒径が0.3mm以下であれば、低温分散法によってステアリン酸カルシウムが繊維化し、食品機械用グリースを得ることが可能となる。
一方、0.3mmより大きい粒状やフレーク状などのステアリン酸カルシウムを用いると、分散が困難なだけでなく、繊維状構造が得られずグリース化しない。
ステアリン酸カルシウムの最大粒径が上記範囲内で細かいほど、増ちょう剤の重量が少なくても硬い食品機械用グリースを得ることができ、増ちょう剤の重量を減らす分だけ基油の重量を増やすことができて潤滑性が向上するからである。
ステアリン酸カルシウムの最大粒径は、光散乱法に基づいて測定した結果である。
【0028】
基油と増ちょう剤の組成比は、グリース全量に対し、増ちょう剤であるステアリン酸カルシウムが5重量%〜30重量%、好ましくは8重量%〜25重量%である。
増ちょう剤の配合量が5重量%より少ない場合は、グリース状とならないか、またはグリースが得られてもちょう度が軟らかくなりすぎる。また、30重量%よりも多い場合は、ちょう度が硬くなりすぎる。8重量%〜25重量%であれば、好ましい潤滑性を保ちながら用途に合わせてちょう度を調整することができる。グリースとして用いられる機械の種類や温度にもよるが、混和ちょう度は、150〜480の範囲内であることが好ましい。
【0029】
本発明においては、基油と増ちょう剤とをそれぞれ所定量配合することで、食品衛生上安全性が高く、所定のちょう度を有し、熱安定性、耐酸化性、耐水性に優れた食品機械用グリースを得ることができるが、その性能を高める目的や、別の機能を付加する目的で、必要に応じて、酸化防止剤、油性剤、抗菌剤などの種々の添加剤を添加することができる。
こうした添加剤は、具体的には以下のような物質が挙げられる。まず、酸化防止剤として、L−アスコルビン酸、L−アスコルビン酸ステアリン酸エステル、d−α−トコフェロール、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソールなどがある。これらはすべて指定添加物に規定されている
錆止め兼油性剤としては、ステアリン酸、オレイン酸、ベヘニン酸などの脂肪酸を用いたソルビタン脂肪酸エステルを単独で、また2種類以上組み合わせて使用することができる。ソルビタン脂肪酸エステルは指定添加物に規定されている。
抗菌剤としては、キトサン類、カテキン類、ワサビ抽出物を用いることができる。これらは既存添加物に挙げられている
こうした添加剤の添加量はグリース性能を維持したままで添加剤の添加効果が得られる量が好ましく、通常その合計添加量は食品機械用グリースの全体に対して20重量%以下、好ましくは10重量%以下、より好ましくは5重量%以下である。
【0030】
食品機械用グリースの製造方法は次のとおりである。以下本発明の低温分散法について説明する。
油類と脂肪酸エステルと増ちょう剤、必要によりその他の添加剤を、グリース製造釜である攪拌装置に投入し、攪拌、混合することでグリース化したグリース組成物が得られる。攪拌装置は、アンカー型(碇型)や糸巻型、H型などの攪拌翼のように、粘性の高い物質でも攪拌釜内の隅まで攪拌可能となるような大きな翼のついた装置が好ましい。常温での原材料投入後、所定の温度に昇温するまでゆるやかに攪拌を開始する。
食品機械用グリース製造のための所定温度は62℃〜100℃の範囲で基油ごとにより好ましく選択される温度にて攪拌を行う。80℃〜90℃がより好ましい温度範囲である。100℃を超えると、基油と増ちょう剤が分離してグリース化せず、90℃を超え、100℃以下であると部分的に基油と増ちょう剤とが分離する場合があり、増ちょう剤の凝集したザラツキが発生しうるからである。また、80℃未満だと増ちょう剤が繊維化せずグリースにならない場合があり、62℃より低いと増ちょう剤が繊維化せずに全くグリースにならないからである。
攪拌時間は、原材料の投入からグリースが形成されるまでの30分〜12時間程度までの時間であり基油ごとに異なるが、好ましくは1時間〜10時間である。さらに好ましくは2時間〜8時間である。30分より短いと完全にグリース化せずに一部にステアリン酸カルシウムの粉体が残ってしまう場合があるからであり、12時間を超えて攪拌してもグリース化しにくい場合は、攪拌時間が長くなりすぎて時間と費用が無駄になるからである。
加えられたステアリン酸カルシウムの粉体が繊維化することによって“グリース化”したことの判断基準としている。
基油と増ちょう剤以外の添加剤を加える場合には、その添加剤が溶解または分散可能な時間だけ攪拌すればよく、基油や増ちょう剤と一緒に攪拌装置に加えても良いし、その後に加えることも可能である。
【0031】
従来の製造方法がけん化脱水による反応法やステアリン酸カルシウムを加熱溶融する混合法であるのに対し、低温分散法では100℃以下という低温で攪拌・混合しているため、化学反応が生じることがなく副生成物が発生しないし、原材料が変性することもない。また、製造工程が少なく製造が容易で低コストである。
【実施例】
【0032】
さらに具体的な例に基づいて本発明を詳細に説明する。
グリース組成物の製造
グリース反応釜(万能混合攪拌機)に、最大粒径が所定の大きさのステアリン酸カルシウム(試料18のみステアリン酸リチウム)、油類、脂肪酸エステル、場合により必要な添加剤をそれぞれ所定の割合で投入し、攪拌翼の回転速度を110rpmとして所定温度で所定時間攪拌を行った。こうして表1〜表6に示す試料1〜試料32のグリース組成物を製造した。原材料名および混合比(配合比)は、表中に示すとおりである。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
【表4】

【0037】
【表5】

【0038】
【表6】

【0039】
所定の条件については、表中に記述がある場合についてはその表に従うが、表中に記述のない場合のステアリン酸カルシウムの最大粒径は0.01mmであり、製造温度(攪拌温度)は85℃である。
また、表中の記載において、最大粒径0.01mmの「ステアリン酸カルシウム」には太平化学産業社製のステアリン酸カルシウム(植物性)を、最大粒径0.07mmの「ステアリン酸カルシウム」には日油社製カルシウムステアレートGFを、最大粒径0.3mmの「ステアリン酸カルシウム」には日油社製カルシウムステアレートGPを、最大粒径1.0mmの「ステアリン酸カルシウム」には日油社製カルシウムステアレートGを、「ステアリン酸リチウム」には堺化学工業社製のステアリン酸リチウムを最大粒径0.07mmに粉砕したものを、「キャノーラ油」には日清オイリオグループ社製の食用なたね油を、「ひまし油」には伊藤製油社製ヒマシ油工1を、「流動パラフィン」にはWitco-Sonneborn社製のKAYDOLを、「グリセリン」には鹿1級試薬を、「グリセリンモノオレエート」には理研ビタミン社製リケマールOL-100(E)(但し、試料30〜試料32の「グリセリンモノオレエート」については花王社製レオドールMO-60である)を、「グリセリンモノステアレート」には理研ビタミン社製リケマールS-100を、「グリセリンモノカプリレート」には理研ビタミン社製ポエムM-100を、「ジグリセリンモノオレエート」には理研ビタミン社製ポエムDO-100Vを、「デカグリセリンモノオレエート」には理研ビタミン社製ポエムJ-0381Vを、「グリセリンモノ・ジオレエート」には理研ビタミン社製ポエムOL-200Vを、「プロピレングリコールモノオレエート」には理研ビタミン社製リケマールPO-100Vを、「ジグリセリンオレエート」にはジグリセリンとオレイン酸をエステル化反応した合成油脂(表中にも注があるように、このジグリセリンオレエートはヒドロキシ価から計算してジグリセリントリオレエートが35重量%、ジグリセリンテトラオレエートが65重量%の混合物である)を、「ジブチルヒドロキシトルエン」は日揮ユニバーサル社製の製品をそれぞれ用いた。
【0040】
原材料投入後攪拌開始から攪拌終了までの攪拌時間は1時間〜12時間である。この時間内でステアリン酸カルシウムの繊維形成が観察できればこの時間内で攪拌を中止した。ステアリン酸カルシウムの繊維形成が観察されればグリースができているものとして表中の「グリース化」の項目を“○”としたが、12時間たっても繊維ができなかった試料については、グリース組成物であってもグリースができていないものとして「グリース化」の項目を“×”とした。
混和ちょう度については、JIS K 2220 7に規定されるちょう度測定方法によるものである。
【0041】
グリース組成物の性質
表1〜表5で示される結果から次のことがわかる。まず表1と表2、表4で示す例を見ると、オレイン酸の多いトリグリセリン脂肪酸エステルを主成分とする「キャノーラ油」のみを基油とする試料19や、脂肪酸の中間にヒドロキシ基(OH基)のあるリシノール酸を多く含むトリグリセリン脂肪酸エステルを主成分とする「ひまし油」のみを基油とする試料20、流動パラフィンのみを基油とする試料21、そして、ジグリセリンの4つのヒドロキシ基のうちその4つともほとんどカプリル酸かオレイン酸でエステル化されている「ジグリセリンカプリル酸オレイン酸エステル」のみを基油とする試料23からはグリースが生成しなかったことから、グリセリン由来のヒドロキシ基がなければグリースができないことがわかる。
また、脂肪酸エステルからなる脂肪酸エステルを含まずにグリセリンを含む試料22からもグリースができないことから、グリセリン由来のヒドロキシ基があってもグリセリン脂肪酸エステルまたはポリグリセリン脂肪酸エステル中にグリセリン由来のヒドロキシ基を含まなければグリースができないことがわかる。
これに対し、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、またはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルを含み、かつグリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有する脂肪酸エステルを含む試料1〜試料11ではグリースを形成することがわかる。
【0042】
表2で示す例を見ると、ステアリン酸カルシウムの最大粒径が、0.3mm以下である試料1、試料12、試料13についてはグリースを形成しているが、最大粒径が0.3mmを超える試料14ではグリースができないことがわかる。
【0043】
表3で示す例を見ると、ステアリン酸カルシウムの混合比は、グリース組成物全量に対し30重量%である試料15や、5重量%である試料16では混和ちょう度がそれぞれ195と430であり、食品機械用グリースとして好ましい範囲にある。また、添加剤として酸化防止剤を含む試料17もグリースを形成することがわかる。
【0044】
表3の試料18から、増ちょう剤としてステアリン酸カルシウムに代えてステアリン酸リチウムを用いた場合はグリースができないことがわかる。
【0045】
表5、表6から、グリセリンモノオレエートと油類でなるキャノーラ油とで基油を構成する試料24〜試料29を比較すると、110℃で攪拌、混合する試料29ではグリースにならなかったが、75℃〜100℃の温度範囲で攪拌、混合する試料1、試料24〜試料28では、グリースを形成することがわかる。但し、95℃や100℃とした試料27、試料28では、ステアリン酸カルシウムの凝集が発生することがわかる。
また、グリセリンモノオレエートのみで基油を構成する試料30〜試料32を比較すると、54℃で攪拌、混合する試料30では、グリースにならなかったが、62℃、100℃で攪拌、混合する試料31および試料32では、グリースを形成することがわかる。但し、100℃とした試料32では、ステアリン酸カルシウムの凝集が発生することがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルと、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類とで構成されその存在比が、脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である基油に、ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤とする食品機械用グリース。
【請求項2】
前記ステアリン酸カルシウムが、ステアリン酸と水酸化カルシウムによる前記基油中の反応生成物ではなく、最大粒径が0.3mm以下の既存の紛状物である請求項1記載の食品機械用グリース。
【請求項3】
前記基油と前記増ちょう剤とを含むスラリー中で、62℃〜100℃でステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌し、ステアリン酸カルシウムを分散させてステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成してなる請求項1または請求項2記載の食品機械用グリース。
【請求項4】
ステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌する温度を80℃〜90℃とする請求項3記載の食品機械用グリース。
【請求項5】
グリセリン由来またはプロピレングリコール由来のヒドロキシ基を少なくとも1つ以上有するグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルまたはプロピレングリコール脂肪酸エステルから選択される脂肪酸エステルと、食品であるか食品添加物である動物油、植物油、合成油、半合成油または流動パラフィンから選択される油類とで構成されその存在比が脂肪酸エステル:油類=0.5重量%:99.5重量%〜100重量%:0重量%である基油と、最大粒径が0.3mm以下の粉状ステアリン酸カルシウムを増ちょう剤として含んでなるスラリーを形成し、
このスラリーを62℃〜100℃でステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌し、ステアリン酸カルシウムを分散させて、ステアリン酸カルシウムの繊維状構造を形成する食品機械用グリースの製造方法。
【請求項6】
ステアリン酸カルシウムを溶解させずに攪拌する温度を80℃〜90℃とする請求項5記載の食品機械用グリースの製造方法。

【公開番号】特開2009−91502(P2009−91502A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−265335(P2007−265335)
【出願日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【出願人】(390025472)中央油化株式会社 (3)
【Fターム(参考)】