説明

食品素材およびその製造方法

【課題】 原料蕎麦類のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化すると共に、ミネラル組成を改質し、栄養および食味を改善した食品素材およびその製造方法を提供することである。
【解決手段】 原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、また原料蕎麦類にマグネシウム、またはマグネシウムおよびナトリウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなることを特徴とする食品素材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料蕎麦類のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化すると共に、ミネラル組成を改質し、栄養および食味を改善した食品素材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
γ-アミノ酪酸(GABA、ギャバ)は自然界に広く分布しているアミノ酸の一種であり、その分子式はNH2CH2CH2CH2COOHである。γ-アミノ酪酸は、生体内において抑制系の神経伝達物質として作用すると共に、血圧降下作用、精神安定作用、腎、肝機能改善作用およびアルコール代謝促進作用等を有することが知られている。
【0003】
また、イノシトールはシクロヘキサン6価アルコールの総称であり、イノシトールの欠乏は、発育不良、脱毛(マウスによる実験)、脂肪肝(ラットによる実験)および中性脂質蓄積等を引き起こすことが知られている。
【0004】
フィチン酸(IP6)は上記イノシトールのヘキサリン酸エステルである。フィチン酸は、食品面では金属のキレート性およびこれに基づく抗酸化性を有するので、多くの食品保存性の向上に有効である。また、医療面では胃酸分泌を抑制し、胃炎、十二指腸炎、十二指腸潰瘍や下痢の抑制等に有効である。化粧品面では、経口投与によるニキビ治療、皮膚の美白効果、血行促進効果等がある。
【0005】
ナイアシンは体内で同じ作用をもつニコチン酸、ニコチン酸アミドの総称であり、酸化還元酵素の補酵素として生体の生理活性に深く関係している。また、ルチンは活性酸素を除去する酸化防止作用の他、毛細血管を強くしたり、血圧を下げたり、糖尿病を予防する働きなどが知られている。
【0006】
上記のように生体にとって非常に重要なγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンは、イネ科植物(例えば米、小麦、大麦、ライ麦、トウモロコシ、燕麦、蕎麦など)の種子等の食品に含まれているが、その含有量は微量であり、上記した薬理作用を発揮するのに必要な量を、通常の食品から摂取するのは困難である。
【0007】
前記イネ科植物のうち、特に蕎麦類は、たんぱく質が13〜15%と多く含有されていると共に、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンに加えてルチンが多く含有されているので、高血圧による血管損傷の予防によいことが知られている。一般に、蕎麦類は食用蕎麦麺として食されることが多いが、蕎麦麺のように加工した蕎麦を食しても、必要な量のルチンを身体に摂取することができないという問題がある。このため、イネ科植物のうち、特に蕎麦類のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンを富化する方法が望まれている。
【0008】
特許文献1には、胚芽を含むイネ科植物やマメ科植物の種子、またはこの胚芽を所定の温度で水に浸漬することで、フィチン酸、イノシトールおよびナイアシンを富化させた食品およびその製造方法が記載されている。しかしながら、特許文献1では、γ-アミノ酪酸およびルチンを富化することについては記載されていない。
【0009】
一方、蕎麦類には栄養機能性を有する成分が多数含まれており、ミネラルもその一つとして含有されている。このうちマグネシウムは、人体内に存在する酵素のうち少なくとも325種以上の活性化にあたり、アデノシン三リン酸(ATP)と共役することで補酵素(賦活成分)として機能していることが知られている。また、DNAおよびRNAの合成に寄与すると共に、細胞内外のカリウム、ナトリウムおよびカルシウム濃度差の調節に関与し、骨や歯の形成にも貢献するなど、極めて広範囲に分布し作用している。このため、マグネシウムの摂取不足による欠乏症状は糖尿病、心臓病、脳梗塞、さらには骨粗鬆症等として様々な形で表面化するという問題がある。
【0010】
一般に、蕎麦類を調理等のために水洗や水に浸漬した場合には、この蕎麦類に含まれるミネラルのうち、食味の点で好ましくないとされるカリウムが水相へ溶出すると共に、上記した人の栄養上重要な機能を有するマグネシウムも溶出することが知られている。カリウムの溶出は、食味のうえで好ましいが、マグネシウムの溶出は、上記した理由より好ましくない。したがって、蕎麦類を水洗や水に浸漬しても、マグネシウムの溶出を抑制し、かつカリウムを減少させる、すなわちミネラル組成を改質した食品素材の開発が望まれている。
【0011】
特許文献2には、原料米にマグネシウムやナトリウムを富化することによって、この米のカリウムの化学当量に対するマグネシウムの化学当量の比を所定の範囲としてなる、ミネラル組成を改質した食品素材およびその製造法が記載されている。しかしながら、特許文献2では、蕎麦類のミネラル組成を改質することについては記載されていない。
【0012】
【特許文献1】特開2004−65249号公報
【特許文献2】特開2004−33115号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、原料蕎麦類のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化すると共に、ミネラル組成を改質し、栄養および食味を改善した食品素材およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、イネ科植物のうち原料蕎麦類(例えば蕎麦殻を剥いた蕎麦の実、玄蕎麦、蕎麦米など)を所定の温度で水に浸漬した場合には、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類の富化される割合が大きく、さらに所定濃度の塩化マグネシウム水溶液や塩化ナトリウム水溶液に浸漬した場合には、マグネシウムが富化される割合が大きく、かつカリウムが減少するので、栄養と食味とが向上した食品素材が得られるという新たな事実を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明における食品素材は、以下の構成からなる。
(1)原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化したことを特徴とする食品素材。
(2)原料蕎麦類にマグネシウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
(3)原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化し、かつこの原料蕎麦類にマグネシウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
(4)原料蕎麦類にマグネシウムおよびナトリウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
(5)原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化し、かつこの原料蕎麦類にマグネシウムおよびナトリウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
【0016】
本発明の食品素材の製造方法は、原料蕎麦類を60℃以下の温度で、かつ塩化マグネシウム濃度0.01〜10.0%(重量/容量)の水溶液に浸漬することを特徴とする。
また、本発明の他の食品素材の製造方法は、原料蕎麦類を60℃以下の温度で、かつ塩化マグネシウム濃度0.01〜10.0%(重量/容量)および塩化ナトリウム濃度0.1〜20.0%(重量/容量)の水溶液に浸漬することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の食品素材およびその製造方法によれば、イネ科植物のうち原料蕎麦類(例えば蕎麦殻を剥いた蕎麦の実、玄蕎麦、蕎麦米など)を所定温度で水に浸漬することで、種々の薬理作用を発揮するγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類が多く富化された食品素材が得られるという効果がある。また、所定濃度の塩化マグネシウム水溶液や塩化ナトリウム水溶液に原料蕎麦類(例えば蕎麦殻を剥いた蕎麦の実、玄蕎麦、蕎麦米など)を浸漬することで、生理機能面で重要な栄養成分であるマグネシウムが多く富化されると共に、食味のうえで好ましくないカリウムが減少し、栄養と食味とが改善された食品素材を得ることができる。しかも、この食品素材は、調理後に感じられる食材に由来する特有の臭気が低減されるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化した食品素材は、原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬することにより得られる。
原料蕎麦類としては、特に限定されるものではないが、食用に供することを目的とするため、品種の特性や栽培上の理由等で不快な食味を呈するものや、品種の特性として苦渋味を呈する蕎麦類は避けるのが好ましく、例えば蕎麦殻を剥いた蕎麦の実、玄蕎麦、蕎麦米などが挙げられる。
【0019】
前記原料蕎麦類を水に浸漬する際の温度は60℃以下、好ましくは5〜50℃、より好ましくは10〜20℃である。水の温度が前記範囲にあることによって、原料蕎麦類中のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類が効率よく富化される。また、一般生菌数の増加が抑制される上でも好ましい。γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンが増加する原因としては、水への浸漬により蕎麦類の胚芽に含まれる内在性酵素が急激に活性化するためと推測される。
なお、浸漬時の水の量は、原料蕎麦類が水中に没する程度の量であれば特に限定されるものではなく、通常、体積比で原料蕎麦類の1〜10倍量程度であるのが好ましい。具体的には、水100リットルにつき原料蕎麦類100kg以下、好ましくは60〜30kgであるのがよい。
【0020】
浸漬時の水のpHは、特に限定されるものではなく、pH2.5〜10程度であればよく、通常pH4〜8程度、好ましくはpH5〜7程度であるのがよい。前記pH調整には、人体への安全性に問題ない限り、各種の酸やアルカリを使用することができる。前記酸としては、例えばリン酸や有機酸などが挙げられ、前記アルカリとしては、例えば水酸化ナトリウムなどが挙げられる。なお、この水には、殺菌のため適量のエタノールや次亜塩素酸ナトリウム等を加えてもよい。
【0021】
γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンの富化量は、浸漬時間が長くなる程、増加する傾向にある。したがって、浸漬時間は長い程好ましいが、通常、静置した状態で1〜48時間、好ましくは1〜24時間、より好ましくは3〜8時間であるのがよい。また、静置した状態の他、振とう機等を用いて振とうしたり、あるいは攪拌機で撹拌しながら浸漬してもよい。これにより、原料蕎麦類中のγ-アミノ酪酸の富化量は、重量比(富化後のγ-アミノ酪酸の含有量/富化前のγ-アミノ酪酸の含有量)で1.1以上、好ましくは1.3以上、より好ましくは1.5以上となる。また、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの富化量も、同様に1.1以上、好ましくは1.3以上、より好ましくは1.5以上となる。
【0022】
本発明のミネラル組成を改質した食品素材は、原料蕎麦類にマグネシウム、またはマグネシウムおよびナトリウムを富化させることにより得られる。このミネラル組成を改質した食品素材のマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)は1.5〜4.0、好ましくは1.8〜3.6の範囲である。
【0023】
本発明におけるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比は、以下のようにして求められる。まず、カリウムの含有量をその1化学当量である39.1で除して、カリウム(K)の化学当量(単位:mEq/100g)を求める。マグネシウムの含有量も、その1化学当量である12.16で除して、マグネシウム(Mg)の化学当量(単位:同前)を求める。ついで、Mg・mEq/100mgをK・mEq/100mgで除して、Mg/K・mEq比(マグネシウムとカリウムとの化学当量の比)を得る(以下、この比を「Mg/K化学当量比」と表記する)。
このMg/K化学当量比は、穀物種ごとに一定の範囲に収束する傾向にあり、さらに、穀物の食味が優れるとされる品種群は、Mg/K化学当量比が高まっていると報告されている。(堀野ら、日本作物学会紀事61巻1号、P29−33、1992)。
【0024】
前記原料蕎麦類にマグネシウムを富化させる方法としては、例えば所定濃度の塩化マグネシウムを含む水溶液に原料蕎麦類を浸漬する方法が挙げられる。この所定濃度の塩化マグネシウムを含む水溶液の調製方法は、特に制限されることはないが、例えば食品添加用の塩化マグネシウム含有物、塩化マグネシウム含有水などの他、好ましくは粉末ニガリまたは水ニガリ、より好ましくは塩田製法により塩酸カルシウムおよび塩化カリウムの含有比率を原海水における含有比率よりも少なくした精製ニガリを用いることができる。なお、深海水を脱NaClした、いわゆる海洋深層水も濃度的に見ると、本発明に使用することができる。
【0025】
前記所定濃度は、前記材料を用いて、塩化マグネシウム濃度が0.01〜10.0%(重量/容量、以下同様)、好ましくは0.3〜0.9%であるのがよい。これにより、原料蕎麦類に水相のマグネシウムが浸透し富化すると共に、カリウムが効率よく水相へ溶出することで減少し、ミネラル組成が改質される。例えば、後述する実施例3では、24時間浸漬後には、カリウムは浸漬前の約160mg減となる一方で、マグネシウムは浸漬時間の長短にかかわらず浸漬前の約160〜200mg増となり、Mg/K化学当量比は、浸漬前は0.16であったものが、浸漬後は2.28〜3.33へ上昇する。これに対し、塩化マグネシウム濃度が0.01%未満では、原料蕎麦類にマグネシウムを所定量富化することが困難であり、10.0%を超えると、得られる食品素材に塩化マグネシウム由来の苦渋味が生じるため好ましくない。特に、味覚を考慮した場合には、塩化マグネシウム濃度は0.9%以下であるのが好ましい。
【0026】
また、上記塩化マグネシウムを含む水溶液に原料蕎麦類を浸漬する際の水溶液の温度は、60℃以下、好ましくは5〜50℃、より好ましくは10〜20℃であるのがよい。これにより、上記したミネラル組成の改質と同時に、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類が富化され、効率よく本発明にかかる食品素材を得ることができる。
【0027】
前記マグネシウムおよびナトリウムを富化させる方法としては、例えば上記した塩化マグネシウムを含む水溶液に、さらに塩化ナトリウムを所定濃度加えた水溶液に原料蕎麦類を浸漬する方法が挙げられる。
前記所定濃度は、塩化ナトリウム濃度が0.1〜20.0%、好ましくは1.0〜4.0%であるのがよい。これにより、原料蕎麦類中のカリウムを、上記した塩化マグネシウムを含む水溶液のみに浸漬した場合に対して、より効果的に減少できると共に、得られる食品素材に所定の塩味を付与することができる。これに対し、塩化ナトリウム濃度が0.1%未満では、塩化ナトリウム由来の塩味を付与することができず、20.0%を超えると、得られる食品素材の塩味が強すぎるため好ましくない。
また、上記と同様の理由から、原料蕎麦類をこの溶液に浸漬する際の水溶液の温度は60℃以下、好ましくは5〜50℃、より好ましくは10〜20℃であるのがよい。
【0028】
前記塩化マグネシウムを含む水溶液、または塩化マグネシウムおよび塩化ナトリウムを含む水溶液に原料蕎麦類を浸漬する時間は、特に限定されるものではないが、静置した状態で1〜48時間、好ましくは1〜24時間、より好ましくは3〜8時間であるのがよい。これにより、マグネシウムが所定量富化されると共に、カリウムが所定量減少する。また、前記と同様に、静置した状態の他、振とう機等を用いて振とうしたり、あるいは攪拌機で撹拌しながら浸漬してもよい。
なお、上記した以外の構成は、前記γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化した食品素材で例示したものと同様の条件を用いることができる。
【0029】
本発明のγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類が富化され、ミネラル組成が改質された食品素材は、通常の原料蕎麦類と同様にして、蕎麦麺に加工して調理でき、また他の食品と混合して炊く、煮る、焼く、茹でる、揚げる、蒸す等して調理することができる。これにより、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンの体内吸収性を向上させることができ、これを含む食品の旨味もより向上させることができる。
【0030】
また、上記食品素材は必要に応じて粉状ないし粒状に加工してもよく、特に粉状に加工するのが好ましい。これにより、効率よくγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンが体内に吸収される。
上記食品素材を粉状ないし粒状に加工するには、公知の粉砕機(例えば、ダルトン社製のハンマーミル)を使用することができる。粉状に加工する際には粒度は特に限定されないが、200μm以上、好ましくは400μm以上であるのがよい。粒度がこれより小さいと、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンの一部が失われて、これらの含有量が低下するおそれがある。また、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンの体内吸収性を考慮すると、上限は1000μm、好ましくは800μm程度であるのがよい。粉砕する場合には、粉砕時に生じる熱等によって上記食品素材の温度が過度に上昇しないような条件で行うのが好ましい。
【0031】
上記食品素材は、例えば粉状ないし粒状に加工して食品添加物として他の食品に添加することもできる。食品添加物は、粉状ないし粒状形態の他、顆粒、カプセル、シロップ、ゲル状、液状、固形状等に調製された形態であってもよい。この食品添加物を添加する食品には、特に制限はなく種々の調理食品や加工食品が挙げられる。
なお、上記食品素材を食品や食品添加物として使用する場合には、富化された食品素材からγ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンの各成分を公知の方法により単離精製して使用してもよい。
【0032】
以下、実施例をあげて本発明の食品素材について詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
原料蕎麦(日本産の蕎麦)を7群に分け、それぞれを15℃に設定した脱イオン水1リットルに500gずつ投入し、表1に示した設定時間で浸漬した。その後、ステンレス製のざるに揚げて水切りをし、4℃の低温室内で通風乾燥して含水率を約12.5%に調整した。ついで、各々30gを粉砕して、蕎麦粉1.0gを秤り取った。この蕎麦粉を用い、この蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量およびカリウム(K)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)の含有量をそれぞれ測定した。各測定方法を以下に示すと共に、その測定結果を表1に示す。なお、表中の含有量は原料蕎麦100g中のmgとして示し、ミネラルは元素記号でK、Mg、Naと表記し、Mg/K化学当量比はMg/K(mEq比)と表記した。
【0034】
<γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量>
上記蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸およびルチンの含有量は高速液体クロマトグラフ法により測定した。また、イノシトールおよびナイアシンの含有量は微生物定量法により測定した。
<カリウム、マグネシウム、ナトリウムの含有量>
上記蕎麦粉を1%塩酸溶液100mlに投入し、よく振とうしてミネラルを抽出し、適宜希釈して原子吸光光度計(日立製作所製のHITACHI Z8200 型)により、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)およびナトリウム(Na)の含有量をそれぞれ測定した。なお、Mg/K化学当量比は下記式より算出した。
【数1】

【0035】
【表1】

【0036】
表1から明らかなように、水に浸漬した蕎麦のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量は、水に浸漬していない対照蕎麦に比べ、明らかに増加し、浸漬時間が長くなるほど増加度を増した。反対に、KおよびMgの含有量は、対照蕎麦に比べて明らかに減少し、浸漬時間が長くなるほど減少度を増した。Mg/K化学当量比は0.15〜0.16で、多くは0.2未満であった。
【実施例2】
【0037】
7群に分けた原料蕎麦を、それぞれ脱イオン水1リットルに塩化ナトリウム40gを溶解させた水溶液に浸漬した他は、実施例1と同様にして蕎麦粉1.0gを秤り取った。ついで、この蕎麦粉について、実施例1と同様にして、この蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量およびK、MgおよびNaの含有量をそれぞれ測定した。その結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表2から明らかなように、浸漬した蕎麦は、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量が対照蕎麦に比べて明らかに増加し、浸漬時間が長くなるほど増加度を増した。反対に、KおよびMgの含有量は、水に浸漬することによって明らかに減じ、実施例1より減少した。また、浸漬時間が長くなるほど、その度合を増し、特にK含有量の減少が顕著であった。
【実施例3】
【0040】
7群に分けた原料蕎麦をそれぞれ脱イオン水1リットルにつき塩化マグネシウム3.0gを溶解させた水溶液に浸漬した他は、実施例1と同様にして蕎麦粉1.0gを秤り取った。ついで、この蕎麦粉について、実施例1と同様にして、この蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量およびK、MgおよびNaの含有量をそれぞれ測定した。その結果を表3に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
表3から明らかなように、浸漬した蕎麦は、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量が対照蕎麦に比べ、明らかに増加し、浸漬時間が長くなるほど増加度を増した。また、K含有量は減少し、さらに浸漬時間が長くなるにしたがって一層減少した。これに対し、Mg含有量は、浸漬時間の長短にかかわらず約160〜180mg増となった。
すなわち、塩化マグネシウム水溶液に浸漬することにより、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンが富化された。さらには蕎麦中のK含有量が減少する一方で、浸漬時間1時間以上においてMg含有量を明確に増加させ、Mg/K化学当量比は、原料蕎麦の0.16より上昇して2.28〜3.33に高められ、本発明の課題を解決した食品素材が得られた。
【実施例4】
【0043】
7群に分けた原料蕎麦をそれぞれ脱イオン水1リットルにつき塩化ナトリウム40gおよび塩化マグネシウム3.0gを溶解させた水溶液に浸漬した他は、実施例1と同様にして蕎麦粉1.0gを秤り取った。ついで、この蕎麦粉について、実施例1と同様にして、この蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量およびK、MgおよびNaの含有量をそれぞれ測定した。その結果を表4に示す。
【0044】
【表4】

【0045】
表4から明らかなように、浸漬した蕎麦は、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量は、対照蕎麦に比べ、明らかに増加し、浸漬時間が長くなるほど増加度を増した。反対に、蕎麦中のK含有量は、塩化マグネシウムおよび塩化ナトリウム混合水溶液への浸漬によって明らかに減少し、浸漬時間が長くなるにしたがって一層減少し、その減少度合いは実施例1よりもさらに大きかった。
すなわち本例では、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンが富化された。さらには浸漬時間1時間以上でK含有量を減じ、浸漬時間が1〜24時間、好ましくは3〜8時間の範囲内においてMg含有量がより増加し、よってMg/K化学当量比は、原料蕎麦の0.16より上昇して1.87〜3.30に高められ、本発明の課題を解決した食品素材が得られた。
【実施例5】
【0046】
実施例2に準じ、塩化ナトリウム濃度を0.1〜20.0%間の7段階とした水溶液に原料蕎麦を5時間浸漬した他は、実施例2と同様にして、この蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量およびK、MgおよびNaの含有量をそれぞれ測定した。その結果を表5に示す。なお、表5中の「対照」は、上記水溶液に浸漬していない蕎麦を示している。
一方、浸漬処理した蕎麦を乾燥処理し、250μm〜450μmまで粉砕処理した後、7名のパネラーに試食してもらい、食味を調べた。その結果を表6に示す。
なお、試食試験の結果は、調理後の食材の臭気、甘味および塩味について「無、微、弱、中、有、強」の6段階で評価し、試食者7名の平均値で示した。
【0047】
【表5】

【表6】

【0048】
表5から明らかなように、塩化ナトリウム水溶液に5時間浸漬した蕎麦は、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量は、対照蕎麦に比べ、明らかに増加しているのがわかる。また、蕎麦のK含有量は約50〜270mgが減少し、液中塩化ナトリウム濃度とは反比例の傾向を示した。また、Mg含有量も各濃度において約1mg減となり、実施例2でも見られた通り、Mg富化という観点からは塩化ナトリウム水溶液への浸漬は好ましくないが、K含有量を効率よく減少させる上では好ましいのがわかる。
【0049】
また、試食結果から明らかなように、対照蕎麦では食材特有の臭気を明瞭に感じたのに対して、浸漬蕎麦では、7名の試食者のうち7名が臭気を感知せず、この浸漬条件は、臭気の除去の面で好ましい効果をもたらした。
次に、甘味評価は、対照蕎麦で「微」、本群中の塩化ナトリウム濃度0.1%および同0.4%でも「微」であった。しかし、同1.0%では「弱」、さらに同4.0%では「中」、同6.0%〜20.0%では明瞭に「有」と判定された。
さらに、塩味については、対照蕎麦で「無」であるのと同様に、本群においても、塩化ナトリウム水溶液に浸漬したにもかかわらず、塩化ナトリウム濃度0.1%〜4.0%で「無」であった。しかし、同6.0%では「弱」、さらに同10.0%では「有」、同20.0%では明瞭に「強」と判定された。
すなわち、塩化ナトリウムに関しては、濃度約5.0%を境界として、それ以下では塩味を感じることはまれであり、それ以上では塩味を明瞭に感じるという傾向が特徴的であった。これを食品素材中のNa含有量で見ると、約50mg以下ではほとんど甘味を認めず、約96〜295mgでは甘味を感じ、約134mg以上では甘味および塩味を明瞭に感じたことを意味する。これらの効果を利用して、「甘味単独」もしくは「甘味及び塩味」を付与した食品素材を得ることができる。
【実施例6】
【0050】
実施例4に準じ、塩化マグネシウム濃度を0.15〜1.2%間の7段階とした水溶液に原料蕎麦を5時間浸漬して得た他は、実施例4と同様にして、この蕎麦粉中のγ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量およびK、MgおよびNaの含有量をそれぞれ測定した。その結果を表7に示す。また、浸漬処理した蕎麦を実施例5と同様にして処理し、ついで実施例5と同様にして7名のパネラーに試食してもらい、食味を調べた。その結果を表8に示す。
【0051】
【表7】

【表8】

【0052】
表7から明らかなように、塩化マグネシウム水溶液に5時間浸漬した蕎麦は、γ-アミノ酪酸、フィチン酸、イノシトール、ナイアシンおよびルチンの含有量は、対照蕎麦に比べ、明らかに増加しているのがわかる。また、K含有量は、塩化マグネシウム水溶液への浸漬で平均約200mg減少し、塩化マグネシウム濃度に反比例した。また、Mg含有量は液中塩化マグネシウム濃度に比例して増加し、Mg富化という観点から見れば、塩化マグネシウム濃度は高いほど好ましく、濃度0.15%〜1.2%の水溶液に5時間浸漬した場合、Mg/K化学当量比は、原料蕎麦の0.16より上昇して1.87〜3.53に高められ、本発明の課題を解決した食品素材が得られた。
【0053】
また、表8から明らかなように、対照蕎麦では、一般に食材を調理した際に発生する食材特有の臭気、すなわち嚥下直後に感じられる弱い「胸やけ感」と鼻腔に抜ける「戻り臭」を明瞭に感じたのに対し、本例では7名の試食者のうち6人が臭気を感知しなかったことより、本例の浸漬蕎麦は、食味の面でも従来に例を見ない明らかに好ましい効果をもたらした。
次に、甘味評価は、対照蕎麦で「微」、本群中の塩化マグネシウム濃度0.15%においても「微」と判断された。しかし、同0.30%〜0.45%で甘味が「弱」、さらに同0.45%〜1.20%では明確に甘味が「有」と判断され、本来は苦渋味を有するはずの塩化マグネシウムであるが、適切な濃度の希薄溶液に浸漬した場合には、甘味を呈することが認められた。ただし1.20%では、塩化マグネシウムに由来する特有の苦渋味も共存して「有」となった。従ってその添加量には味覚的上限があって0.30〜0.90%範囲で製造された食品素材が好ましかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化したことを特徴とする食品素材。
【請求項2】
原料蕎麦類にマグネシウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
【請求項3】
原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化し、かつこの原料蕎麦類にマグネシウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
【請求項4】
原料蕎麦類にマグネシウムおよびナトリウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
【請求項5】
原料蕎麦類を60℃以下の温度で水に浸漬し、γ-アミノ酪酸、イノシトール、フィチン酸、ナイアシンおよびルチンのうち少なくとも1種類を富化し、かつこの原料蕎麦類にマグネシウムおよびナトリウムを富化させることによって、この原料蕎麦類に含有されるマグネシウムとカリウムとの化学当量の比(マグネシウムの化学当量/カリウムの化学当量)を1.5〜4.0の範囲としてなるミネラル組成を改質したことを特徴とする食品素材。
【請求項6】
原料蕎麦類を60℃以下の温度で、かつ塩化マグネシウム濃度0.01〜10.0%(重量/容量)の水溶液に浸漬することを特徴とする請求項2または3記載の食品素材の製造方法。
【請求項7】
原料蕎麦類を60℃以下の温度で、かつ塩化マグネシウム濃度0.01〜10.0%(重量/容量)および塩化ナトリウム濃度0.1〜20.0%(重量/容量)の水溶液に浸漬することを特徴とする請求項4または5記載の食品素材の製造方法。

【公開番号】特開2006−166804(P2006−166804A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−364376(P2004−364376)
【出願日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(502328558)株式会社グリーン (1)
【Fターム(参考)】