飲料の飲用感覚の評価方法
【課題】飲料を飲用する際に感じる「コク」や「後味のすっきり感」等の飲用感覚を、客観的かつ正確に、しかも被験者に負荷を殆ど与えることなく評価する方法を提供すること。
【解決手段】試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程、得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程、および測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の飲用感覚を評価する工程を含む、飲料の飲用感覚の評価方法。
【解決手段】試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程、得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程、および測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の飲用感覚を評価する工程を含む、飲料の飲用感覚の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒトが飲料を飲用する際に感じる「コク」や「後味のすっきり感」等の飲用感覚を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶液に電極やコロイド粒子などの別の相が接触したとき、その界面では電荷分離が起こり、電気二重層が形成されて電位差が生じる。溶液に対して接触した相が相対的に運動しているとき、接触相の表面からある厚さの層にある溶液は粘性のために接触相とともに運動する。この層の表面(滑り面)と界面から充分に離れた溶液の部分との電位差を「ゼータ電位」という。
【0003】
ゼータ電位は界面の性質を評価する上で重要な値である。特にコロイドの分散・凝集性、相互作用、表面改質を評価するための指標となる。コロイド粒子は表面積をなるべく小さくした方が安定するが、これはコロイド粒子に凝集しようとする傾向を与える。一方、コロイド粒子は帯電しており、粒子間には静電的な反発が働くが、これはコロイド粒子に分散しようとする傾向を与える。ゼータ電位はこの静電的な反発の大きさに対応しているため、コロイドの安定性の指標となる。ゼータ電位がゼロに近づくとコロイド粒子の凝集する傾向が静電的反発に打ち勝つため、粒子の凝集が起こる。逆に、ゼータ電位の絶対値を大きくするような添加剤をコロイド表面に吸着させることで、コロイドの安定性を増すことが可能となる。
【0004】
以上のようなコロイド粒子の特性とゼータ電位との関係から、ゼータ電位の測定は、カーボンナノチューブ、フラーレンなどの新機能性材料、顔料や塗料などの色材、セラミックス、シリコンウェハーなどの半導体関連材料、接着剤・高分子電解質などの高分子材料、乳化剤・タンパク質・リポソームなどの医薬品および食品工業関連材料などの研究・開発・品質管理のために様々な分野において広く利用されている。しかしながら、飲料の官能評価に応用された例は報告がない。
【0005】
飲料を飲用する時の感覚(以下、「飲用感覚」ともいう)である「コク」や「後味のすっきり感」は、飲料の嗜好性を向上させるための重要なファクターであるため、それらを評価することは飲料開発の上で必須である。これまで、飲料飲用時の「コク」や「後味のすっきり感」などの飲用感覚の評価は、熟練したパネラーによる官能検査が主体となっている。しかしながら、パネラーによる官能検査による評価では、パネラーの体調や気分、あるいは、表現の個人差が、評価結果に影響を与えることもあり、客観性や再現性に乏しい。
【0006】
これまで「コク」を呈する物質としては、特定のペプチドが報告されているが(非特許文献1)、飲料の飲用感覚については十分検討されていない。「コク」などの飲用感覚を評価する方法としては、例えば、ヒトの舌を模倣した脂質膜センサーを利用する方法が報告されている(特許文献1、非特許文献2)。本方法は、飲料成分の脂質膜への吸着量を水晶発振子の振動数の変動により測定し、脂質膜への吸着量と味覚項目との相関関係に基づいて「コク」などの味覚を評価するものであり、例えば、脂質膜への飲料成分の吸着性が高い場合は、飲用時の飲料成分の口腔内への刺激量が多く、「コク」の強度が高いと判定する。しかしながら、この方法で用いている脂質膜センサーは、あくまでヒトの舌を模倣したものであり、実際にヒトが感じている感覚を反映することはできない。また、ヒトが飲料を飲用する際は、口腔内に分泌される唾液と飲料が混ざるため、飲用感覚には唾液が必ず影響を及ぼすことが推定されるが、この方法は唾液の影響を考慮していないため、脂質膜への物質吸着量を「コク」の指標として用いるには不十分である。
【0007】
一方、唾液とその他の成分の相互作用という観点からは、唾液中のタンパク質とリゾチームのエマルジョンの形成にイオン強度やpHが関与していることを示す報告がある(非特許文献3)。しかしながら、この報告は口腔内におけるエマルジョン形成について示したものであり、飲用感覚との相関については評価していない。また、唾液のゼータ電位を測定した例があるが(非特許文献4)、本文献では、ゼータ電位から唾液のエナメル表面への吸着力に関する情報を得ているだけであって、飲料を口に含んだ後に回収した飲料唾液混合液とゼータ電位の関係については何ら検討されていない。
【0008】
上記のように、飲料飲用時の「コク」や「後味のすっきり感」などの飲用感覚を評価するための信頼性のある測定方法はいまだ確立されていないため、これらを測定データに基づいて客観的かつ正確に評価できる方法の開発が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001-215183号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J. Agric. Food Chem. 55(16), 6712-6719, 2007
【非特許文献2】バイオサイエンスとインダストリー 59, 6, 391, 2001
【非特許文献3】J. Colloid and Interface Science 313, 485-493, 2007
【非特許文献4】Colloids and Surfaces B: Biointerfaces 6, 51-56, 1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、飲料を飲用する際に感じる「コク」や「後味のすっきり感」等の飲用感覚を、客観的かつ正確に、しかも被験者に負荷を殆ど与えることなく評価する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、被験者が飲料を一旦口に含んだ後、唾液と共に回収した飲料唾液混合液のゼータ電位の絶対値が、飲料の「コク」または「後味のすっきり感」と相関性があり、これを飲用感覚の評価の指標として用いることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、以下の(1)〜(5)の発明を包含する。
(1) 以下の工程を含む、飲料の飲用感覚を評価する方法。
(A)試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程
(B)得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程
(C)測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の飲用感覚を評価する工程
【0014】
(2) 飲料が、ビール系飲料または清涼飲料である、(1)に記載の方法。
(3) 飲用感覚が、飲料の「コク」または「後味のすっきり感」である、(1)または(2)に記載の方法。
(4) ゼータ電位の絶対値が、飲料の「コク」と負の相関を示す、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) ゼータ電位の絶対値が、飲料の「後味のすっきり感」と正の相関を示す、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法によれば、これまで熟練した評価者(パネラー)の主観に頼っていた飲料の飲用感覚の評価を、ゼータ電位の絶対値を指標として客観的にかつ迅速に行うことできる。また、従来の脂質膜を利用した味覚センサーによる評価方法は、唾液の影響を考慮していないことから、正確性や官能評価との相関性に乏しかったが、本発明の方法は、飲用によって伴う唾液を含めて解析を行うために、飲用感覚がより正確に反映され、信頼性が高い。さらに、本発明の方法は、熟練した官能評価者は必要とせず、一般人であってもまた人員が限られていても評価が可能であり、また被験者に負担をかけないというメリットもある。よって、本発明の方法は、飲用感覚に着目した飲料の開発をより効率的に行うことを可能とし、また、従来行われていた官能検査による評価の補助手段として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明方法を実施する際のタイムスケジュールを示す説明図である。
【図2】飲料唾液混合液の典型的なゼータ電位解析出力結果を示す。
【図3】ビール類2種(発泡酒とビール)の官能評価結果を示す。
【図4】ビール類2種(発泡酒とビール)よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位測定結果を示す。
【図5】ビール類6種(発泡酒3種とビール3種)の官能評価結果を示す。
【図6】ビール類6種(発泡酒3種とビール3種)よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位測定結果を示す。
【図7】飲料唾液混合液のゼータ電位と飲用感覚「コク」との相関関係を示す。
【図8】チューハイ3種の官能評価結果を示す。
【図9】チューハイ3種よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位測定結果を示す。
【図10】ミネラルウォーター2種の官能評価結果を示す。
【図11】ミネラルウォーター2種よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位結果を示す。
【図12】ビール類(発泡酒とビール)そのもののゼータ電位測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の飲料の飲用感覚の評価方法は、(A)試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程、(B)得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程、および(C)測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の得られた飲用感覚を評価する工程を含む。
【0018】
以下、各工程について説明する。
工程(A)では、飲用感覚の評価対象となる試験飲料を、被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る。
【0019】
本工程(A)において、「被験者」は、任意の試験協力者であればよく、評価対象となる飲料の官能評価に対して優れた能力を有するエキスパートである必要はない。
ただし、被験者によって分泌される唾液の性質は一般的に異なるため、同一カテゴリーの飲料同士(たとえば、ビール系飲料のビールと発泡酒)を行なう場合は、同一の被験者によって行なうことが好ましい。
【0020】
被験者は、試験飲料以外の飲食物の影響を避けるために、試験開始1時間前から飲食禁止とし、試験開始前に予め脱イオン水で口をすすいでおく。被験者の口に含ませる試験飲料の量は、通常1〜20g程度であればよく、また、口に含んでいる時間は、唾液と混じれば特に制限はないが、例えば5〜30秒である。また、試験飲料を口に含んだ後、口中をすすぐようにして唾液と共に回収する。この操作を1〜10回繰り返して回収液をあわせて飲料唾液混合液を得る。
【0021】
飲用する飲料の種類によって分泌される唾液の性質が異なることが知られていることから(Biorheology 44, 141-160, 2007)、本発明の方法においては、上記のように、飲料唾液混合液を得るにあたって、飲料を一旦口に含んでから唾液と共に回収したもの、すなわち飲料によって刺激した後に回収した唾液(飲料刺激を与えた唾液)であることが好ましい。
【0022】
本発明において「飲用感覚」とは、飲料を飲む際の感覚をいい、本発明方法によって評価できる「飲用感覚」には、例えば、「コク」、「後味のすっきり感」、「きれ感」、「のどごし感」、「芳醇さ」などが挙げられるが、「コク」および「後味のすっきり感」が好ましい。
【0023】
本発明において「飲用感覚」の評価対象となる飲料としては、アルコール飲料および非アルコール飲料のいずれも含む。アルコール飲料としては、例えば、ビール、発泡酒、酎ハイ、ウイスキー、バーボン、スピリッツ、リキュール、ワイン、果実酒、日本酒、中国酒、焼酎などが挙げられる。また、非アルコール飲料としては、例えば、炭酸飲料、ミネラルウォーター(硬水・軟水)、スポーツドリンク、茶飲料(緑茶飲料・紅茶飲料・ウーロン茶飲料・麦茶飲料)、コーヒー飲料、乳飲料、果汁入り飲料、野菜汁入り飲料、果汁および野菜汁飲料などが挙げられる。
【0024】
上記飲料のなかでも、特に「コク」および「後味のすっきり感」の飲料感覚が重視される、ビール系飲料または清涼飲料が評価対象として好ましい。ビール系飲料としては、例えば、ビール、発泡酒、ビール風味の発泡アルコール飲料(いわゆる第3のビール)、ビール風味の発泡ノンアルコール飲料(ビールテイスト飲料)などが挙げられ、清涼飲料としては、例えば、炭酸飲料やミネラルウォーターなどが挙げられる。
【0025】
工程(B)では、工程(A)で得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する。ゼータ電位とは、液相中に分散した粒子の表面電位を表わす値あり、ゼータ電位の測定は、一般的には電気泳動と光散乱を組み合わせる方法、例えば、電気泳動光散乱測定法(レーザードップラー法)により行われる。本方法は、粒子に電場をかけて該粒子を移動(電気泳動)させ、移動する粒子にレーザー照射し、照射光と散乱光の周波数の変化から泳動速度を求めることによりゼータ電位を算出するものである(原文雄、古澤邦夫、尾崎正孝、大島広行、「Zeta Potentialゼータ電位:微粒子界面の物理化学」、サイエンティスト社、1995年1月発行)。
【0026】
ゼータ電位は以下の手順で測定、算出される。
まず、外部電場(E)によって泳動する微粒子に波長(λ)のレーザー光を照射し、散乱角(θ)で散乱する光の周波数変化(ドップラーシフト量Δν)を測定し、次式によって微粒子の泳動速度(V)を求める。
【0027】
【数1】
【0028】
次に、泳動速度(V)と外部電場(E)から電気移動度(U)を次式より求める。
【数2】
【0029】
得られた電気移動度(U)から下記のSmoluchowskiの式を用いてゼータ電位(ζ)を求める。
【数3】
【0030】
ゼータ電位の測定は市販のゼータ電位測定機器を用いて行なうことができ、例えば、大塚電子製ゼータ電位測定装置ELS−8000により、水系希薄溶液用のセルを用いて測定する方法が挙げられる。
【0031】
工程(C)では、工程(B)で測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の得られた飲用感覚を評価する。
【0032】
上記の手法で得た飲料唾液混合液のゼータ電位の絶対値は、飲料の飲用感覚と相関する。例えば、ゼータ電位の絶対値は、飲料の「コク」と負の相関を示し、飲料の「後味のすっきり感」と正の相関を示す。したがって、評価対象となる複数の飲料について、それらを被験者の口に含ませた後、唾液と共に回収した飲料唾液混合液のゼータ電位の絶対値を比較した場合、ゼータ電位の絶対値がより小さい飲料を、ゼータ電位の絶対値がより大きい飲料に比べて、「コク」の飲用感覚が強いと評価することができ、ゼータ電位の絶対値がより大きい飲料を、ゼータ電位の絶対値がより小さい飲料に比べて、「後味のすっきり感」の飲用感覚が強いと評価することができる。
【0033】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
(実施例1)ビール類の飲用感覚評価試験
1.方法
被験者が飲用感覚の異なる2種の試験飲料(飲料Aと飲料B)を一定時間口に含んでから唾液と共に回収した飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練パネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を以下に示す。
【0035】
(1)試験飲料
飲料A:市販発泡酒 H1
飲料B:市販ビール B1
【0036】
(2)被験者
任意に選択した被験者6名(20歳代から40歳代の男女)
【0037】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0038】
(4)測定方法
測定試料である飲料唾液混合液は、図1に示すタイムスケジュールに従い、被験者に脱イオン水20mLで30秒間口を濯いでもらい吐き出した後、試験飲料2gを15秒間口に含み飲料ごと口腔内の全液をカップに回収する操作を3回繰り返すことにより得た。被験者には試験1時間前から水を含み飲食禁止とした。飲料唾液混合液を100μmのフィルター(BD Falcon製)で簡単にろ過した後、標準セル内に気泡が残らないように注意して入れ、付属ソフト(ELSソフトウェア)を用いてゼータ電位の測定行った。
【0039】
また、同試験飲料の官能評価は、熟練したパネラー8名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0040】
2.結果
図2に、代表的な電気浸透プロットおよび代表プロットとして、飲料唾液混合液(市販発泡酒H1)のゼータ電位解析結果を示す。解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーによる評価値を平均値で図3に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図4に示す。
【0041】
図3の官能評価結果より、飲料B(市販ビールB1)は、飲料A(市販発泡酒H1)に比べて「コク」が高い一方、「後味のすっきり感」は低い評価となった。
【0042】
図4のゼータ電位絶対値結果より、飲料B(市販ビールB1)は飲料A(市販発泡酒H1)に比べてその唾液混合液のゼータ電位絶対値が0(ゼロ)に近い、すなわちコロイド溶液として不安定で凝集しやすい状態であると言える。また、ゼータ電位絶対値について対応ありのt検定により解析したところ、飲料Bより調製した飲料唾液混合液は飲料Aより調製した飲料唾液混合液に比べて有意に(p<0.001)値が低かった。
【0043】
図3および図4の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位は飲用感覚(コク、後味のすっきり感)と相関して変化することが示された。
【0044】
(実施例2)ビール類の飲用感覚評価試験
1.方法
本実施例では、実施例1で飲用感覚が異なる飲料のゼータ電位に変動が見られた市販発泡酒H1、市販ビールB1と同じカテゴリーの試験飲料をさらに4種類増やし、全6種類の飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練したパネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
【0045】
(1)試験飲料
市販発泡酒 H1
市販発泡酒 H2
市販発泡酒 H3
市販ビール B1
市販ビール B2
市販ビール B3
【0046】
(2)被験者
任意に選択した被験者5名(20歳代から40歳代の男女)
【0047】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0048】
(4)測定方法
6種の試験飲料を実施例1と同様に、図1に示すタイムスケジュールに従い回収した飲料唾液混合液のゼータ電位を測定した。
【0049】
また、同試験飲料の官能評価は、熟練したパネラー9名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0050】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーの評価値を平均値で図5に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図6に示す。
【0051】
図5の官能評価結果より、「コク」について市販ビールB1、B2は評価が高い一方、市販発泡酒H1、H2は低い評価となった。また、「後味のすっきり感」については市販発泡酒H1、H2は評価が高い一方、市販ビールB1は低い評価となった。
【0052】
図6に示す通り、飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は、市販発泡酒H1>市販発泡酒H2>市販ビールB3>市販発泡酒H3>市販ビールB2>市販ビールB1となった。
【0053】
図5および図6の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位は飲用感覚「コク」、「後味のすっきり感」と相関して変化することが示された。
【0054】
図7に示す通り、ゼータ電位と飲用感覚「コク」には高い相関が見られ、「コク」を感じる強度が増す飲料ほど飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は小さくなり、ゼータ電位絶対値は「コク」感と負の相関を示す指標となることが示された。
【0055】
(実施例3)チューハイの飲用感覚評価試験
1.方法
本実施例では、実施例2で飲用感覚とゼータ電位値に相関が認められたビール類とは異なる酒類カテゴリーの試験飲料(チューハイ3種)の飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練したパネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
【0056】
(1)試験飲料
市販チューハイ C1
市販チューハイ C2
市販チューハイ C3
【0057】
(2)被験者
任意に選択した被験者5名(20歳代から40歳代の男女)
【0058】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0059】
(4)測定方法
3種の試験飲料を実施例1と同様に、図1に示すタイムスケジュールに従い回収した飲料唾液混合液のゼータ電位を測定した。
【0060】
また、官能評価は熟練したパネラー8名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0061】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーの評価値を平均値で図8に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図9に示す。
【0062】
図8の官能評価結果より、「コク」について市販チューハイC3、C2は評価が高い一方、市販チューハイC1は低い評価となった。また、「後味のすっきり感」については市販チューハイC1のみ高い評価となった。
【0063】
図9に示す通り、飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は市販チューハイC1>市販チューハイC2>市販チューハイC3となった。
【0064】
図8および図9の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位はビール類だけでなくチューハイ飲料においてもゼータ電位は飲用感覚「コク」、「後味のすっきり感」と相関して変化することが示された。
【0065】
(実施例4)ミネラルウォーターの飲用感覚評価試験
1.方法
本実施例では、清涼飲料カテゴリーの試験飲料(ミネラルウォーター2種)の飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練したパネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
【0066】
(1)試験飲料
市販ミネラルウォーター(硬水)
市販ミネラルウォーター(軟水)
【0067】
(2)被験者
任意に選択した被験者4名(20歳代から40歳代の男女)
【0068】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0069】
(4)測定方法
2種の試験飲料を実施例1と同様に、図1に示すタイムスケジュールに従い回収した飲料唾液混合液のゼータ電位を測定した。
【0070】
また、官能評価は熟練したパネラー8名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0071】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーの評価値を平均値で図10に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図11に示す。
【0072】
図10の官能評価結果より、「コク」については硬水が高い評価である一方、軟水では評価が低く、「後味のすっきり感」については軟水が高い評価である一方、硬水では低い評価となった。
【0073】
図11に示す通り、飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は軟水>硬水となった。また、ゼータ電位絶対値について対応ありのt検定により解析したところ、硬水より調製した飲料唾液混合液は、軟水より調製した飲料唾液混合液に比べて有意に(p<0.01)値が低かった。
【0074】
図10および図11の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位は酒類だけでなく清涼飲料においてもゼータ電位は飲用感覚「コク」、「後味のすっきり感」と相関して変化することが示された。
【0075】
以上、実施例1から4の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位を測定することにより、複数の同一カテゴリーの飲料(酒類、清涼飲料)の比較において、その飲料を飲用した際の感覚、特に「コク」、「後味のすっきり感」を評価できることが示された。
【0076】
(比較例1)
1.方法
本比較例では、実施例1で飲用感覚とゼータ電位値に相関が認められたビール類を用いて、唾液と混合しないビール類そのもののゼータ電位に差があるかを検討した。試験飲料、測定装置および測定方法を次に示す。
【0077】
(1)試験飲料
飲料A:市販発泡酒 H1
飲料B:市販ビール B1
【0078】
(2)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0079】
(3)測定方法
測定試料であるビール類を脱気後、標準セル内に気泡が残らないように注意して入れ、付属ソフト[ELSソフトウェア]を用いてゼータ電位を測定した。
【0080】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。図12の結果より、飲料そのもののゼータ電位は差がなく、評価系として用いることはできないことがわかった。実施例1の図4、および比較例1の図12の結果より、飲料そのものの測定では不可能であるが、飲料と唾液が混合されることで初めて「コク」、「後味のすっきり感」を評価できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、飲料類の製造分野において飲料類の開発や品質管理のための試験に利用できる。
【技術分野】
【0001】
本発明はヒトが飲料を飲用する際に感じる「コク」や「後味のすっきり感」等の飲用感覚を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶液に電極やコロイド粒子などの別の相が接触したとき、その界面では電荷分離が起こり、電気二重層が形成されて電位差が生じる。溶液に対して接触した相が相対的に運動しているとき、接触相の表面からある厚さの層にある溶液は粘性のために接触相とともに運動する。この層の表面(滑り面)と界面から充分に離れた溶液の部分との電位差を「ゼータ電位」という。
【0003】
ゼータ電位は界面の性質を評価する上で重要な値である。特にコロイドの分散・凝集性、相互作用、表面改質を評価するための指標となる。コロイド粒子は表面積をなるべく小さくした方が安定するが、これはコロイド粒子に凝集しようとする傾向を与える。一方、コロイド粒子は帯電しており、粒子間には静電的な反発が働くが、これはコロイド粒子に分散しようとする傾向を与える。ゼータ電位はこの静電的な反発の大きさに対応しているため、コロイドの安定性の指標となる。ゼータ電位がゼロに近づくとコロイド粒子の凝集する傾向が静電的反発に打ち勝つため、粒子の凝集が起こる。逆に、ゼータ電位の絶対値を大きくするような添加剤をコロイド表面に吸着させることで、コロイドの安定性を増すことが可能となる。
【0004】
以上のようなコロイド粒子の特性とゼータ電位との関係から、ゼータ電位の測定は、カーボンナノチューブ、フラーレンなどの新機能性材料、顔料や塗料などの色材、セラミックス、シリコンウェハーなどの半導体関連材料、接着剤・高分子電解質などの高分子材料、乳化剤・タンパク質・リポソームなどの医薬品および食品工業関連材料などの研究・開発・品質管理のために様々な分野において広く利用されている。しかしながら、飲料の官能評価に応用された例は報告がない。
【0005】
飲料を飲用する時の感覚(以下、「飲用感覚」ともいう)である「コク」や「後味のすっきり感」は、飲料の嗜好性を向上させるための重要なファクターであるため、それらを評価することは飲料開発の上で必須である。これまで、飲料飲用時の「コク」や「後味のすっきり感」などの飲用感覚の評価は、熟練したパネラーによる官能検査が主体となっている。しかしながら、パネラーによる官能検査による評価では、パネラーの体調や気分、あるいは、表現の個人差が、評価結果に影響を与えることもあり、客観性や再現性に乏しい。
【0006】
これまで「コク」を呈する物質としては、特定のペプチドが報告されているが(非特許文献1)、飲料の飲用感覚については十分検討されていない。「コク」などの飲用感覚を評価する方法としては、例えば、ヒトの舌を模倣した脂質膜センサーを利用する方法が報告されている(特許文献1、非特許文献2)。本方法は、飲料成分の脂質膜への吸着量を水晶発振子の振動数の変動により測定し、脂質膜への吸着量と味覚項目との相関関係に基づいて「コク」などの味覚を評価するものであり、例えば、脂質膜への飲料成分の吸着性が高い場合は、飲用時の飲料成分の口腔内への刺激量が多く、「コク」の強度が高いと判定する。しかしながら、この方法で用いている脂質膜センサーは、あくまでヒトの舌を模倣したものであり、実際にヒトが感じている感覚を反映することはできない。また、ヒトが飲料を飲用する際は、口腔内に分泌される唾液と飲料が混ざるため、飲用感覚には唾液が必ず影響を及ぼすことが推定されるが、この方法は唾液の影響を考慮していないため、脂質膜への物質吸着量を「コク」の指標として用いるには不十分である。
【0007】
一方、唾液とその他の成分の相互作用という観点からは、唾液中のタンパク質とリゾチームのエマルジョンの形成にイオン強度やpHが関与していることを示す報告がある(非特許文献3)。しかしながら、この報告は口腔内におけるエマルジョン形成について示したものであり、飲用感覚との相関については評価していない。また、唾液のゼータ電位を測定した例があるが(非特許文献4)、本文献では、ゼータ電位から唾液のエナメル表面への吸着力に関する情報を得ているだけであって、飲料を口に含んだ後に回収した飲料唾液混合液とゼータ電位の関係については何ら検討されていない。
【0008】
上記のように、飲料飲用時の「コク」や「後味のすっきり感」などの飲用感覚を評価するための信頼性のある測定方法はいまだ確立されていないため、これらを測定データに基づいて客観的かつ正確に評価できる方法の開発が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001-215183号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J. Agric. Food Chem. 55(16), 6712-6719, 2007
【非特許文献2】バイオサイエンスとインダストリー 59, 6, 391, 2001
【非特許文献3】J. Colloid and Interface Science 313, 485-493, 2007
【非特許文献4】Colloids and Surfaces B: Biointerfaces 6, 51-56, 1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、飲料を飲用する際に感じる「コク」や「後味のすっきり感」等の飲用感覚を、客観的かつ正確に、しかも被験者に負荷を殆ど与えることなく評価する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、被験者が飲料を一旦口に含んだ後、唾液と共に回収した飲料唾液混合液のゼータ電位の絶対値が、飲料の「コク」または「後味のすっきり感」と相関性があり、これを飲用感覚の評価の指標として用いることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、以下の(1)〜(5)の発明を包含する。
(1) 以下の工程を含む、飲料の飲用感覚を評価する方法。
(A)試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程
(B)得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程
(C)測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の飲用感覚を評価する工程
【0014】
(2) 飲料が、ビール系飲料または清涼飲料である、(1)に記載の方法。
(3) 飲用感覚が、飲料の「コク」または「後味のすっきり感」である、(1)または(2)に記載の方法。
(4) ゼータ電位の絶対値が、飲料の「コク」と負の相関を示す、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) ゼータ電位の絶対値が、飲料の「後味のすっきり感」と正の相関を示す、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法によれば、これまで熟練した評価者(パネラー)の主観に頼っていた飲料の飲用感覚の評価を、ゼータ電位の絶対値を指標として客観的にかつ迅速に行うことできる。また、従来の脂質膜を利用した味覚センサーによる評価方法は、唾液の影響を考慮していないことから、正確性や官能評価との相関性に乏しかったが、本発明の方法は、飲用によって伴う唾液を含めて解析を行うために、飲用感覚がより正確に反映され、信頼性が高い。さらに、本発明の方法は、熟練した官能評価者は必要とせず、一般人であってもまた人員が限られていても評価が可能であり、また被験者に負担をかけないというメリットもある。よって、本発明の方法は、飲用感覚に着目した飲料の開発をより効率的に行うことを可能とし、また、従来行われていた官能検査による評価の補助手段として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明方法を実施する際のタイムスケジュールを示す説明図である。
【図2】飲料唾液混合液の典型的なゼータ電位解析出力結果を示す。
【図3】ビール類2種(発泡酒とビール)の官能評価結果を示す。
【図4】ビール類2種(発泡酒とビール)よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位測定結果を示す。
【図5】ビール類6種(発泡酒3種とビール3種)の官能評価結果を示す。
【図6】ビール類6種(発泡酒3種とビール3種)よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位測定結果を示す。
【図7】飲料唾液混合液のゼータ電位と飲用感覚「コク」との相関関係を示す。
【図8】チューハイ3種の官能評価結果を示す。
【図9】チューハイ3種よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位測定結果を示す。
【図10】ミネラルウォーター2種の官能評価結果を示す。
【図11】ミネラルウォーター2種よりそれぞれ調製した飲料唾液混合液のゼータ電位結果を示す。
【図12】ビール類(発泡酒とビール)そのもののゼータ電位測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の飲料の飲用感覚の評価方法は、(A)試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程、(B)得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程、および(C)測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の得られた飲用感覚を評価する工程を含む。
【0018】
以下、各工程について説明する。
工程(A)では、飲用感覚の評価対象となる試験飲料を、被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る。
【0019】
本工程(A)において、「被験者」は、任意の試験協力者であればよく、評価対象となる飲料の官能評価に対して優れた能力を有するエキスパートである必要はない。
ただし、被験者によって分泌される唾液の性質は一般的に異なるため、同一カテゴリーの飲料同士(たとえば、ビール系飲料のビールと発泡酒)を行なう場合は、同一の被験者によって行なうことが好ましい。
【0020】
被験者は、試験飲料以外の飲食物の影響を避けるために、試験開始1時間前から飲食禁止とし、試験開始前に予め脱イオン水で口をすすいでおく。被験者の口に含ませる試験飲料の量は、通常1〜20g程度であればよく、また、口に含んでいる時間は、唾液と混じれば特に制限はないが、例えば5〜30秒である。また、試験飲料を口に含んだ後、口中をすすぐようにして唾液と共に回収する。この操作を1〜10回繰り返して回収液をあわせて飲料唾液混合液を得る。
【0021】
飲用する飲料の種類によって分泌される唾液の性質が異なることが知られていることから(Biorheology 44, 141-160, 2007)、本発明の方法においては、上記のように、飲料唾液混合液を得るにあたって、飲料を一旦口に含んでから唾液と共に回収したもの、すなわち飲料によって刺激した後に回収した唾液(飲料刺激を与えた唾液)であることが好ましい。
【0022】
本発明において「飲用感覚」とは、飲料を飲む際の感覚をいい、本発明方法によって評価できる「飲用感覚」には、例えば、「コク」、「後味のすっきり感」、「きれ感」、「のどごし感」、「芳醇さ」などが挙げられるが、「コク」および「後味のすっきり感」が好ましい。
【0023】
本発明において「飲用感覚」の評価対象となる飲料としては、アルコール飲料および非アルコール飲料のいずれも含む。アルコール飲料としては、例えば、ビール、発泡酒、酎ハイ、ウイスキー、バーボン、スピリッツ、リキュール、ワイン、果実酒、日本酒、中国酒、焼酎などが挙げられる。また、非アルコール飲料としては、例えば、炭酸飲料、ミネラルウォーター(硬水・軟水)、スポーツドリンク、茶飲料(緑茶飲料・紅茶飲料・ウーロン茶飲料・麦茶飲料)、コーヒー飲料、乳飲料、果汁入り飲料、野菜汁入り飲料、果汁および野菜汁飲料などが挙げられる。
【0024】
上記飲料のなかでも、特に「コク」および「後味のすっきり感」の飲料感覚が重視される、ビール系飲料または清涼飲料が評価対象として好ましい。ビール系飲料としては、例えば、ビール、発泡酒、ビール風味の発泡アルコール飲料(いわゆる第3のビール)、ビール風味の発泡ノンアルコール飲料(ビールテイスト飲料)などが挙げられ、清涼飲料としては、例えば、炭酸飲料やミネラルウォーターなどが挙げられる。
【0025】
工程(B)では、工程(A)で得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する。ゼータ電位とは、液相中に分散した粒子の表面電位を表わす値あり、ゼータ電位の測定は、一般的には電気泳動と光散乱を組み合わせる方法、例えば、電気泳動光散乱測定法(レーザードップラー法)により行われる。本方法は、粒子に電場をかけて該粒子を移動(電気泳動)させ、移動する粒子にレーザー照射し、照射光と散乱光の周波数の変化から泳動速度を求めることによりゼータ電位を算出するものである(原文雄、古澤邦夫、尾崎正孝、大島広行、「Zeta Potentialゼータ電位:微粒子界面の物理化学」、サイエンティスト社、1995年1月発行)。
【0026】
ゼータ電位は以下の手順で測定、算出される。
まず、外部電場(E)によって泳動する微粒子に波長(λ)のレーザー光を照射し、散乱角(θ)で散乱する光の周波数変化(ドップラーシフト量Δν)を測定し、次式によって微粒子の泳動速度(V)を求める。
【0027】
【数1】
【0028】
次に、泳動速度(V)と外部電場(E)から電気移動度(U)を次式より求める。
【数2】
【0029】
得られた電気移動度(U)から下記のSmoluchowskiの式を用いてゼータ電位(ζ)を求める。
【数3】
【0030】
ゼータ電位の測定は市販のゼータ電位測定機器を用いて行なうことができ、例えば、大塚電子製ゼータ電位測定装置ELS−8000により、水系希薄溶液用のセルを用いて測定する方法が挙げられる。
【0031】
工程(C)では、工程(B)で測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の得られた飲用感覚を評価する。
【0032】
上記の手法で得た飲料唾液混合液のゼータ電位の絶対値は、飲料の飲用感覚と相関する。例えば、ゼータ電位の絶対値は、飲料の「コク」と負の相関を示し、飲料の「後味のすっきり感」と正の相関を示す。したがって、評価対象となる複数の飲料について、それらを被験者の口に含ませた後、唾液と共に回収した飲料唾液混合液のゼータ電位の絶対値を比較した場合、ゼータ電位の絶対値がより小さい飲料を、ゼータ電位の絶対値がより大きい飲料に比べて、「コク」の飲用感覚が強いと評価することができ、ゼータ電位の絶対値がより大きい飲料を、ゼータ電位の絶対値がより小さい飲料に比べて、「後味のすっきり感」の飲用感覚が強いと評価することができる。
【0033】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
(実施例1)ビール類の飲用感覚評価試験
1.方法
被験者が飲用感覚の異なる2種の試験飲料(飲料Aと飲料B)を一定時間口に含んでから唾液と共に回収した飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練パネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を以下に示す。
【0035】
(1)試験飲料
飲料A:市販発泡酒 H1
飲料B:市販ビール B1
【0036】
(2)被験者
任意に選択した被験者6名(20歳代から40歳代の男女)
【0037】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0038】
(4)測定方法
測定試料である飲料唾液混合液は、図1に示すタイムスケジュールに従い、被験者に脱イオン水20mLで30秒間口を濯いでもらい吐き出した後、試験飲料2gを15秒間口に含み飲料ごと口腔内の全液をカップに回収する操作を3回繰り返すことにより得た。被験者には試験1時間前から水を含み飲食禁止とした。飲料唾液混合液を100μmのフィルター(BD Falcon製)で簡単にろ過した後、標準セル内に気泡が残らないように注意して入れ、付属ソフト(ELSソフトウェア)を用いてゼータ電位の測定行った。
【0039】
また、同試験飲料の官能評価は、熟練したパネラー8名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0040】
2.結果
図2に、代表的な電気浸透プロットおよび代表プロットとして、飲料唾液混合液(市販発泡酒H1)のゼータ電位解析結果を示す。解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーによる評価値を平均値で図3に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図4に示す。
【0041】
図3の官能評価結果より、飲料B(市販ビールB1)は、飲料A(市販発泡酒H1)に比べて「コク」が高い一方、「後味のすっきり感」は低い評価となった。
【0042】
図4のゼータ電位絶対値結果より、飲料B(市販ビールB1)は飲料A(市販発泡酒H1)に比べてその唾液混合液のゼータ電位絶対値が0(ゼロ)に近い、すなわちコロイド溶液として不安定で凝集しやすい状態であると言える。また、ゼータ電位絶対値について対応ありのt検定により解析したところ、飲料Bより調製した飲料唾液混合液は飲料Aより調製した飲料唾液混合液に比べて有意に(p<0.001)値が低かった。
【0043】
図3および図4の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位は飲用感覚(コク、後味のすっきり感)と相関して変化することが示された。
【0044】
(実施例2)ビール類の飲用感覚評価試験
1.方法
本実施例では、実施例1で飲用感覚が異なる飲料のゼータ電位に変動が見られた市販発泡酒H1、市販ビールB1と同じカテゴリーの試験飲料をさらに4種類増やし、全6種類の飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練したパネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
【0045】
(1)試験飲料
市販発泡酒 H1
市販発泡酒 H2
市販発泡酒 H3
市販ビール B1
市販ビール B2
市販ビール B3
【0046】
(2)被験者
任意に選択した被験者5名(20歳代から40歳代の男女)
【0047】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0048】
(4)測定方法
6種の試験飲料を実施例1と同様に、図1に示すタイムスケジュールに従い回収した飲料唾液混合液のゼータ電位を測定した。
【0049】
また、同試験飲料の官能評価は、熟練したパネラー9名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0050】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーの評価値を平均値で図5に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図6に示す。
【0051】
図5の官能評価結果より、「コク」について市販ビールB1、B2は評価が高い一方、市販発泡酒H1、H2は低い評価となった。また、「後味のすっきり感」については市販発泡酒H1、H2は評価が高い一方、市販ビールB1は低い評価となった。
【0052】
図6に示す通り、飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は、市販発泡酒H1>市販発泡酒H2>市販ビールB3>市販発泡酒H3>市販ビールB2>市販ビールB1となった。
【0053】
図5および図6の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位は飲用感覚「コク」、「後味のすっきり感」と相関して変化することが示された。
【0054】
図7に示す通り、ゼータ電位と飲用感覚「コク」には高い相関が見られ、「コク」を感じる強度が増す飲料ほど飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は小さくなり、ゼータ電位絶対値は「コク」感と負の相関を示す指標となることが示された。
【0055】
(実施例3)チューハイの飲用感覚評価試験
1.方法
本実施例では、実施例2で飲用感覚とゼータ電位値に相関が認められたビール類とは異なる酒類カテゴリーの試験飲料(チューハイ3種)の飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練したパネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
【0056】
(1)試験飲料
市販チューハイ C1
市販チューハイ C2
市販チューハイ C3
【0057】
(2)被験者
任意に選択した被験者5名(20歳代から40歳代の男女)
【0058】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0059】
(4)測定方法
3種の試験飲料を実施例1と同様に、図1に示すタイムスケジュールに従い回収した飲料唾液混合液のゼータ電位を測定した。
【0060】
また、官能評価は熟練したパネラー8名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0061】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーの評価値を平均値で図8に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図9に示す。
【0062】
図8の官能評価結果より、「コク」について市販チューハイC3、C2は評価が高い一方、市販チューハイC1は低い評価となった。また、「後味のすっきり感」については市販チューハイC1のみ高い評価となった。
【0063】
図9に示す通り、飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は市販チューハイC1>市販チューハイC2>市販チューハイC3となった。
【0064】
図8および図9の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位はビール類だけでなくチューハイ飲料においてもゼータ電位は飲用感覚「コク」、「後味のすっきり感」と相関して変化することが示された。
【0065】
(実施例4)ミネラルウォーターの飲用感覚評価試験
1.方法
本実施例では、清涼飲料カテゴリーの試験飲料(ミネラルウォーター2種)の飲料唾液混合液のゼータ電位がどのように変化するかを検討した。また、同試験飲料の飲用感覚について熟練したパネラーによる官能評価も行った。試験飲料、被験者、測定装置および測定方法を次に示す。
【0066】
(1)試験飲料
市販ミネラルウォーター(硬水)
市販ミネラルウォーター(軟水)
【0067】
(2)被験者
任意に選択した被験者4名(20歳代から40歳代の男女)
【0068】
(3)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0069】
(4)測定方法
2種の試験飲料を実施例1と同様に、図1に示すタイムスケジュールに従い回収した飲料唾液混合液のゼータ電位を測定した。
【0070】
また、官能評価は熟練したパネラー8名により行い、飲用感覚(コク、後味のすっきり感)について−3〜3の7段階で強度を評価した。
【0071】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。試験飲料の飲用感覚強度についてパネラーの評価値を平均値で図10に示し、試験飲料(飲料唾液混合液)のゼータ電位絶対値を平均値で図11に示す。
【0072】
図10の官能評価結果より、「コク」については硬水が高い評価である一方、軟水では評価が低く、「後味のすっきり感」については軟水が高い評価である一方、硬水では低い評価となった。
【0073】
図11に示す通り、飲料唾液混合液のゼータ電位絶対値は軟水>硬水となった。また、ゼータ電位絶対値について対応ありのt検定により解析したところ、硬水より調製した飲料唾液混合液は、軟水より調製した飲料唾液混合液に比べて有意に(p<0.01)値が低かった。
【0074】
図10および図11の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位は酒類だけでなく清涼飲料においてもゼータ電位は飲用感覚「コク」、「後味のすっきり感」と相関して変化することが示された。
【0075】
以上、実施例1から4の結果より、飲料唾液混合液のゼータ電位を測定することにより、複数の同一カテゴリーの飲料(酒類、清涼飲料)の比較において、その飲料を飲用した際の感覚、特に「コク」、「後味のすっきり感」を評価できることが示された。
【0076】
(比較例1)
1.方法
本比較例では、実施例1で飲用感覚とゼータ電位値に相関が認められたビール類を用いて、唾液と混合しないビール類そのもののゼータ電位に差があるかを検討した。試験飲料、測定装置および測定方法を次に示す。
【0077】
(1)試験飲料
飲料A:市販発泡酒 H1
飲料B:市販ビール B1
【0078】
(2)測定装置
レーザーゼータ電位計 ELS−8000(大塚電子株式会社製)
【0079】
(3)測定方法
測定試料であるビール類を脱気後、標準セル内に気泡が残らないように注意して入れ、付属ソフト[ELSソフトウェア]を用いてゼータ電位を測定した。
【0080】
2.結果
図2に示した解析結果の項目[ゼータ電位]の絶対値について評価した。図12の結果より、飲料そのもののゼータ電位は差がなく、評価系として用いることはできないことがわかった。実施例1の図4、および比較例1の図12の結果より、飲料そのものの測定では不可能であるが、飲料と唾液が混合されることで初めて「コク」、「後味のすっきり感」を評価できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、飲料類の製造分野において飲料類の開発や品質管理のための試験に利用できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、飲料の飲用感覚を評価する方法。
(A)試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程
(B)得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程
(C)測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の飲用感覚を評価する工程
【請求項2】
飲料が、ビール系飲料または清涼飲料である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
飲用感覚が、飲料の「コク」または「後味のすっきり感」である、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
ゼータ電位の絶対値が、飲料の「コク」と負の相関を示す、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ゼータ電位の絶対値が、飲料の「後味のすっきり感」と正の相関を示す、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項1】
以下の工程を含む、飲料の飲用感覚を評価する方法。
(A)試験飲料を被験者の口に含ませた後、該飲料を唾液と共に回収し、飲料唾液混合液を得る工程
(B)得られた飲料唾液混合液のゼータ電位を測定する工程
(C)測定したゼータ電位の絶対値を指標として、前記飲料の飲用感覚を評価する工程
【請求項2】
飲料が、ビール系飲料または清涼飲料である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
飲用感覚が、飲料の「コク」または「後味のすっきり感」である、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
ゼータ電位の絶対値が、飲料の「コク」と負の相関を示す、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ゼータ電位の絶対値が、飲料の「後味のすっきり感」と正の相関を示す、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−141167(P2012−141167A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−292473(P2010−292473)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
[ Back to top ]