説明

飲食品中における微生物の生育性予測方法

【課題】飲食品中の成分分析値と該飲食品中における微生物の生育の有無に関する定性データを用いて判別分析法により、微生物の生育性予測モデルを構築し、該モデルに基づいて醤油含有飲食品中の異性物の生育性を予測する方法ならびにシステムの提供。
【解決手段】飲食品中での微生物の生育性を予測する方法であって、飲食品について成分分析値を定量データとして取得し、さらに微生物の生育性の有無を微生物の増殖有または微生物の増殖無のいずれかの定性データとして取得し、取得した両データを判別分析法により解析し、飲食品分析値から微生物の生育性を予測する予測モデルを構築し、該予測モデルに基づいて飲食品の成分分析値から飲食品の微生物生育性を予測する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品中における微生物の生育性判別法に係わるものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、飲食品等の成分分析から、飲食品中の微生物生育の危険を予測することが行われていた。
【0003】
従来技術は、pHや食塩濃度、水分活性などといった微生物の生育性への影響が大きい1因子の中での生育性を調べて生育限界を求めて生育性予測に利用したり、また生育性への影響が大きい2因子の組み合わせを二次元グラフ化して微生物の生育性をマッピングし、可視化して生育性予測に利用することが多い(非特許文献1等を参照)。しかし、実際の食品中における危害微生物の生育性には、ハードル理論に代表されるように多様な因子が関与しているため、上述のような従来技術では精度の高い予測を行うには多くの因子が不足している。微生物の増殖モデルとしてロジスティック曲線やGompertz曲線に代表されるような数学モデルを利用した方法があるが、これらはモデル増殖速度に基づいた予測方法であるため、ある一定条件下で最初に菌数が分かれば一定時間後の菌数を予測できるというものである。よって、食品の分析値が異なっている場合にも拡張したい場合、予測を行いたい分析値における微生物の増殖速度を調べておく必要があるため、試験が未実施である分析値の食品中における微生物の増殖予測は難しい(非特許文献2、非特許文献3を参照)。信太ら(非特許文献4を参照)は、食塩分、糖分、醤油由来の窒素量、pHなど分析値が異なる「つゆ」を用い、微生物の増殖を重回帰分析により予測するモデルを提案しているが、これらのモデルを作成するためにもやはり増殖速度を調べておく必要があることから菌数を経時的に測定して増殖速度を算出しなければならず、試験数が膨大となる。Ratkowskyら(非特許文献5を参照)は、水分活性やpH、温度が異なる条件下における微生物の増殖を予測するための数学モデルを提案している。このモデル作成には、各成分分析値ごとに生育限界(生育性の有無)の境界線を事前に細かく調べておく必要があるが、この境界線の精度が数式モデルの予測精度に影響を与えるため、多成分になればなるほど必然的に試験数が多くなる。また、この数学モデルは理論に基づいて導出されたものではないため、該食品に対して常に適用できる確証はなく、事前に確認する必要がある。また、分析値の種類が増加すると数学モデルが複雑になること、拡張された数学モデルが該食品に適用できるか確認する必要があることなど、長い検討期間や膨大な実験数を必要とするため、モデル作成は非常に困難であった。上記のような理由から、現状では熟練者が過去に試験を行った食品中で微生物の生育性に与える影響の比較的大きい因子(pH、Aw、保存料濃度、etc)とその際の生育性可否との関係を利用して、経験的に未知サンプルにおける当該微生物の生育性を判定している場合が多かった。しかしながら、この方法では、予測精度及び客観性に乏しかった。
【0004】
【非特許文献1】中村成寿他、「醤油関連調味料における微生物学的安全性評価法について」 醤研 Vo.23, No.1, 1997, p.1-8
【非特許文献2】清水潮著、幸書房発行、「食品微生物1−基礎編、食品微生物の科学」 p.162-170(予測微生物学)
【非特許文献3】清水潮、「予測微生物学」食衛誌 Vol.42,No.6,p317-323
【非特許文献4】信太治他、「ストレートつゆ製品の微生物耐性度の数値化とその応用」、醤研 Vol.31, No.1, 2005, p.17-21
【非特許文献5】D.A.Ratkowsky et al., 「Modelling the bacterial growth/no growth interface」 Letters in Applied Microbaiology 1995, 20, 29-33
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、飲食品中の成分分析値と該飲食品中における微生物の生育の有無に関する定性データを用いて、判別分析法により、微生物の生育性予測モデルを構築し、該モデルに基づいて飲食品中の微生物の生育性を予測する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、多様な飲食品中にて特定の危害微生物の生育性を迅速、的確に予測する方法について検討した。その結果、多数の分析値を同時にデータ解析する手法として、判別分析法に注目し、これを用いて判別式を作成した。これを利用することにより、特定微生物の生育性既知の食品のデータが多数あれば、飲食品中において多因子を加味した比較的精度の高い客観的な微生物の生育性予測が可能となることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち本発明は、食品中にて危害を与えうる危害微生物を接種した場合にその生育性が既知の食品について、微生物の生育性に影響を及ぼすと考えられる分析値とそのときの生育性の可否との関係から飲食物の成分分析値と微生物の生育の有無を関連付けた判別式を求め、予測モデルとし、この判別式を記憶装置に記憶させる。そこへ上記微生物の生育性が未知の飲食品サンプルの分析値を調べて上記判別式を用いて演算し、微生物の生育性を予測することを特徴とする微生物の生育予測方法である。
【0008】
具体的には、本発明は以下の通りである。
[1] 飲食品中での微生物の生育性を予測する方法であって、飲食品について成分分析値を定量データとして取得し、さらに微生物の生育性の有無を微生物の増殖有りまたは微生物の増殖無のいずれかの定性データとして取得し、取得した両データを判別分析法により解析し、飲食品分析値から微生物の生育性を予測するための予測モデルを構築し、該予測モデルに基づいて飲食品の成分分析値から飲食品の微生物生育性を予測する方法。
[2] 飲食品が醤油含有液状飲食品である[1]の飲食品の微生物生育性を予測する方法。
【0009】
[3] 微生物の生育性の有無についての定性データを、以下の工程により取得する[1]または[2]の飲食品の微生物生育性を予測する方法:
(i) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断し、微生物の増殖が認められた場合に、微生物の増殖有と判定し、
(ii) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断した場合に微生物の増殖が認められない場合に、さらに菌数を測定し、初発菌数に対して10倍を超えている場合に、微生物の増殖有と判定し、
(iii) 上記(i)および(ii)の工程で、微生物の増殖有と判定されなかった場合に、微生物の増殖無と判定する。
【0010】
[4] 飲食品についての成分分析値が、飲食品中のpH値、食塩濃度、Brix、水分活性値、アルコール濃度、全窒素分および酢酸濃度からなる群から選択される3つ以上の値である[1]〜[3]のいずれかの飲食品の微生物の生育性を予測する方法。
[5] 飲食品についての成分分析値が、飲食品中のpH値、食塩濃度、Brix、アルコール濃度である[4]の飲食品の微生物の生育性を予測する方法。
[6] 予測モデルの構築に用いる微生物が酵母、乳酸菌、カビ、芽胞細菌、黄色ブドウ状球菌および大腸菌からなる群から選択される一つである[1]〜[5]のいずれかの飲食品の微生物の生育性を予測する方法。
【0011】
[7] 醤油含有液状飲食品中での微生物の生育性を予測する方法であって、醤油含有液状飲食品について飲食品中のpH値、食塩濃度、Brix、およびアルコール濃度についての成分分析値を定量データとして取得し、微生物の生育性の有無についての定性データを、
(i) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断し、微生物の増殖が認められた場合に、微生物の増殖ありと判定し、
(ii) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断した場合に微生物の増殖が認められない場合に、さらに菌数を測定し、初発菌数に対して10倍を超えている場合に、微生物の増殖有と判定し、
(iii) 上記(i)および(ii)の工程で、微生物の増殖有と判定されなかった場合に、微生物の増殖無と判定する、
ことを含む工程により取得し、取得した両データを判別分析法により解析し、醤油含有液状飲食品の成分分析値から微生物の生育性を予測する予測モデルを構築し、該予測モデルに基づいて前記醤油含有液状飲食品中の成分分析値から該醤油含有液状飲食品の微生物生育性を予測する方法。
【0012】
[8] [1]〜[6]のいずれかの飲食品の微生物の生育性を予測する方法を行うための飲食品中の微生物生育性予測システムであって、
(a) 微生物の生育性が未知の飲食品の成分分析値を入力する手段、
(b) 構築した微生物生育性予測モデルを記憶している記憶手段、
(c) (a)の入力手段を用いて入力した成分分析値を(b)の記憶手段に記憶されている微生物生育性予測モデルに適用して、微生物の生育性の有無を予測するデータ処理手段、および
(d) 予測された微生物の選択性の有無を出力する出力手段、
を含む飲食品中の微生物生育性予測システム。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法により、醤油含有飲食品等の飲食品における危害微生物の生育性を高い精度で予測することができる。
【0014】
従来の方法においては、例えば、微生物の増殖速度を変数として予測モデルを構築していたため、長い試験期間や膨大な実験数を必要とし、予測モデルの構築は困難であった。本発明の手法は、微生物の生育性を増殖有または増殖無という定性的データとして得て予測モデルを構築するため、予測システムを容易に構築することができる。また、飲食品中には多数の成分が含まれており、どの成分が微生物の生育に影響を与えるかを判定するのは困難であり、正確な予測モデルを作成するためには、試行錯誤が必要である。本発明は、微生物の増殖速度を測定することなく、微生物の定性データを取得することにより予測モデルを構築することができるので、短期間で容易に多数のデータを取得することができるので、予測モデルの構築も容易にできる。
【0015】
実施例に示すように、本発明の方法による予測の予測精度は顕著に高く、信頼性の高い微生物生育性の予測を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において、飲食品とは醤油含有飲食品、レトルト食品(容器包装詰加圧加熱殺菌食品)、紅茶、緑茶などの茶飲料、コーヒー、果汁飲料、炭酸飲料、スポーツ飲料、アミノ酸飲料等の清涼飲料、ホットベンダー用飲料、アルコール飲料、乳飲料等の乳製品、乳酸菌飲料、冷蔵飲食品等飲食品として流通しているあらゆるものを含む。この中でも醤油含有飲食品、特に醤油含有液状飲食品が好ましく、醤油、めんつゆ(ストレートつゆ製品等)、だし、かえし、たれ、ポン酢、だし入り醤油、ラーメンスープ、調味液等が含まれる。
【0017】
本発明において、飲食品の成分とは、微生物の生育に影響を与え得る因子のことをいう。本発明の方法において分析する成分は、微生物の生育に影響を与えうる成分(微生物制御因子)であり、飲食品の種類により異なるが、pH、食塩(NaCl)濃度、Brix、アルコール濃度、全窒素分、水分活性(Aw)、酢酸濃度、糖分濃度、実効酸度等がある。飲食品が醤油含有液状飲食品の場合、pH、食塩(NaCl)濃度、Brix、水分活性値、アルコール濃度、全窒素分および酢酸濃度が重要である。本発明の方法においては、これらの成分のうち少なくとも3つ以上の成分を分析し、数値データとして定量的データを取得し、予測モデルの構築に用いる。これらの値の測定は、公知の方法で行うことができ、例えば醤油試験法(財団法人日本醤油研究所、1985)に基づいて測定することができる。
【0018】
予測モデルを構築するときに用いる微生物の種類は、飲食品の種類により異なり、各飲食品において、増殖が問題となり得る危害微生物を用いればよい。具体的な微生物として、産膜酵母等の酵母、乳酸菌、かび、芽胞細菌(セレウス菌、枯草菌など)、黄色ブドウ状球菌及び大腸菌等を用いることができる。飲食品が醤油含有液状飲食品の場合は、産膜酵母等の酵母が好ましい。
【0019】
本発明の方法において、まず、予測モデルを構築する必要がある。予測モデルを構築するためには、まず被験飲食品を複数準備する。複数の被験飲食品としては、スペックの異なる同種の飲食品が挙げられる。スペックの異なる同種の飲食品とは、例えば風味や塩分濃度等の成分の種類または各成分の含有量を変えて製造した飲食品をいう。例えば、醤油含有液状飲食品の予測モデルを構築する場合、醤油を含有している、淡口醤油、濃口醤油、減塩醤油、あさ塩醤油、そうめんつゆ、そばつゆ、うどんだし、焼肉のたれ、焼き鳥のたれ、どんぶりのたれ、ぽん酢、だしいり醤油、醤油含有各種調味液が対象となる。
【0020】
これらの、無菌処理された被験飲食品を無菌的に密閉可能な容器に分注し、そこへ一定量(一定菌数)の上記の微生物を接種する。被験飲食品の無菌処理方法は限定されないが、例えば、加熱により行えばよい。このときに用いる飲食品の量、および微生物の接種量には限定はなく、適宜決定することができる。その後、容器を密閉し、一定期間、一定温度に置く。期間に限定はないが、温度は流通上で温度が限定される場合はその中で最も微生物の増殖に適した温度、常温流通のように限定されない場合、用いる微生物の増殖に適した温度、例えば、30℃〜37℃とすればよい。また、置いておく期間は、用いる微生物が増殖するのに十分な期間であり、微生物により適宜決定することができる。例えば、数日から数ヶ月おけばよい。
【0021】
一定期間、一定温度で置いた後、飲食品中の微生物の増殖を判定する。微生物の判定は、まず目視等により外見上の変化を確認する試験により行う。微生物の増殖の有無の判定は、微生物の種類により異なるが、飲食品中のコロニーの存在、飲食品の色の変化、飲食品の白濁等の濁りの有無、ガスの発生、アルコール臭等の異臭の発生の有無、微生物に特有な産膜等の有無等により判定することができる。また、微生物によっては、酸を産生する場合があり、この場合は飲食品のpHの変化を測定してもよい。上記の判定により、微生物の増殖が認められた場合、微生物の増殖有(+)と判定する。
【0022】
上記の判定によっても微生物の増殖が認められない場合は、さらに飲食品中の微生物数を測定する。微生物の測定は、微生物の種類により種々の公知の方法で行うことができ、例えば、平板培地法を用いて測定すればよい。本検討では、測定した微生物の数(密度)が接種したときの初発数の10倍以上になっている場合に、微生物の増殖有(+)と判定する。
【0023】
目視等の官能試験および計数によっても微生物の増殖有と判定されない場合、微生物の増殖無(−)と判定する。後のデータ処理の便宜のため、微生物の増殖有と微生物の増殖無の場合とで異なる記号を割り当てる。予測モデル構築は、統計的解析により行われるので、数値を割り当てるのが好ましく、例えば、微生物の増殖有の場合に「1」を割り当て、微生物の増殖無の場合に「2」を割り当てればよい。
【0024】
なお、本発明の方法において、微生物の増殖速度を測定する必要はない。本発明においては、微生物の増殖に関するデータは、微生物の増殖有または微生物の増殖無の二者択一の定性データとして得られる。すなわち、微生物の増殖を定性的に判断する。
【0025】
このような工程を経て、各飲食品の分析値に対して、微生物の定性データが割り当てられる。これらのデータを用いて、判別分析手法を用いた3因子以上の多因子分析により予測モデルを構築する。
【0026】
判別分析は、2群以上の母集団から抽出した標本データを得て、どの母集団に属するか不明のサンプルデータがある場合に、このサンプルデータがどの母集団に属するか調べる方法であり、本発明においては飲食品の成分分析値からなる多変量データ(x1、x2、X3、・・・)を説明変数として用い、微生物の生育の有無を目的変数(基準変数)とする。すなわち、微生物が生育するか、生育しないかを判別することができる。
【0027】
このような判別分析の手法は公知であり、最も代表的な判別分析に線形判別関数による判別がある。これは市販の統計解析ソフトウェアを用いて行うことができる。
【0028】
判別分析により、目的変数を判別することのできる境界線として、判別式(判別関数) Z=a1・x1+a2・x2+・・・+an・xn+a0を得ることができる。該判別式を予測モデル(予測式)として用いることができる。この式は判別したい2つのエリアの境界線であるため、この境界線上ではZ=0となる。また、境界線上にない分析値を判別式に代入すると、0>Z、もしくは0<Zの値を得る。調べたい飲食品の分析値を代入したときに、Zが正、負どちらの値をとるかにより、所属するエリアを予測できる。なお、Zの値の絶対値が大きいほど、そのエリアに属する可能性が高いことを示している。判別式の評価は、判別的中率により評価することができる。本発明の予測モデルにおいて、判別的中率は80%以上、好ましくは85%以上である。判別的中率が低い場合は、判別に寄与していない成分を取り除く、判別に使用している成分が相互作用している場合どちらかの成分を判別分析に利用しない、異常値を取り除く、などを行うことにより判別的中率を上げることができる。
【0029】
次に、微生物の生育性が未知であり、微生物の生育性を予測しようとする飲食品の成分分析データを取得し、該分析データを予測モデルに適用、すなわち、判別式の変数に代入することにより得られる判別得点から予測結果を得ることができる。予測結果は、微生物の生育が予測される場合は「1」、予測されない場合は「2」のように出る。
【0030】
予測に用いた飲食品に実際に微生物を接種し、微生物が増殖するかどうかを調べ、予測精度を得ることができる。この予測精度を調べることが本発明においては非常に重要である。必要最低限の予測精度は使用目的により変わってくるが、本発明の方法において、予測精度は好ましくは80%以上である。
【0031】
以下、飲食品が醤油含有調味液の場合を例にとって、より詳しく本発明の微生物の生育性の予測を説明する。
【0032】
まず調味液は滅菌済みの無色透明なフィルム状袋容器、PTパウチ(酒見医科器械舗)に無菌的に分注され、そこへ一定量の微生物を接種する。その後、シーラーにて開口部を密封し、一定温度、一定期間、微生物の増殖の有無を確認する。
【0033】
図1は調味液において試験的に微生物を接種し、一定温度、一定時間保存し、微生物の増殖の有無を確認する試験(以下生育性試験)の概略図である。
【0034】
増殖の有無の判定方法は、(1)産膜の発生、白濁、ガスの発生等外見上に変化が確認された場合、増殖有とし、それらが確認されなかった場合、(2)菌数を測定して判定する。菌数を測定した場合、初発菌数に対して1O倍を超えた場合を増殖有とし、10倍を超えなかった場合は増殖無とする。
【0035】
上記のような試験を多数行い、その際の調味液の分析値(pH、食塩濃度、Brix、水分活性、アルコール濃度、etc)のデータとそれに対応する微生物の生育性(有=1、無=2)を抽出して一覧表にし、これらデータの関係を判別分析により解析する。判別分析にあたっては、線形判別関数による判別を利用する。その結果として得られる判別式(判別関数)は生育有、無を分ける直線であり、生育性未知のサンプルの分析値を上記判別式に入力すると、そのとき得られた値(判別得点)が生育有のエリア、もしくは生育無のエリアのどちらに分類されるかにより生育性の可否が判定される。この関数をパソコンにインプットし、分析値の入力を行うと、自動的に判別得点の計算から微生物の生育性を予測するシステムを構築し、簡易運用化を実現できる。
【0036】
本発明は本発明の微生物生育性予測方法により、微生物の生育性予測を行うシステムを包含する。
【0037】
本発明の飲食品中の微生物生育性予測システムは、
(a) 微生物の生育性が未知の飲食品の成分分析値を入力する手段、
(b) 構築した微生物生育性予測モデルを記憶している記憶手段、
(c) (a)の入力手段を用いて入力した成分分析値を(b)の記憶手段に記憶されている微生物生育性予測モデルに適用して、微生物の生育性の有無を予測するデータ処理手段、および
(d) 予測された微生物の選択性の有無を出力する出力手段、
とを含むシステムである。
【0038】
(a)の分析値を入力する手段は、キーボードまたは成分分析値を記憶した外部記憶装置等を含む。(b)の記憶手段はハードディスク等を含む。データ処理手段は、記憶手段から予測モデルを受け取るとともに、入力された成分分析値を処理して、処理結果を出力手段に送り、出力手段で処理結果が表示される。データ処理手段は、データを演算処理する中央演算処理装置(CPU)等を含む。また、出力手段は、結果を表示するモニタやプリンタを含む。
【0039】
本発明の飲食品中の微生物生育性予測システムは、市販のパーソナルコンピュータ等を用いて構築することが可能である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例に基づき更に詳細に本発明を説明する。
【0041】
実施例1 各種調味液中における酵母の生育性判別
試験方法の概略を図1に示した。表1に示した各種調味液75種類について、試験に供する前にあらかじめ分析値としてpH、食塩濃度、Brix、アルコール濃度をそれぞれ測定した。その分析値の特徴については表2に示した。試験は調味液をPTパウチ中に無菌的に分注し、産膜酵母Zygosaccharomyces rouxiiを接種することにより行った。上記酵母は耐塩性が高く、食塩濃度の高い調味液中でも良く増殖する菌である。産膜酵母を接種後、30℃で静置保管し、1ヶ月後、産膜酵母の生育の有無を観察し、液中の菌数を測定することにより判定した。試験結果について、生育有は1、生育無は2として表1のようにまとめた。
【0042】
【表1】



【0043】
【表2】

【0044】
上記のようにして得られた結果を調味液の各分析値(pH、食塩濃度、Brix、アルコール濃度)とその液における酵母の生育性結果(生育可、生育不可)とを判別分析(線形判別関数による判別)により解析し、以下の式1で表される判別式Zを得た。解析にあたっては市販の統計解析ソフト(SPSS Base12.O;エス・ピー・エス・エス株式会社)を使用した。
【0045】
判別式 式1
Z=-O.186×pH+O.281×NaCl+O.092×Brix+0.916×A1c-9.465
【0046】
得られた判別式の評価について、判別的中率により評価した。判別的中率の算出例を図2に示す。得られた判別式の判別的中率を計算したところ88%の高い値を示した(表3)。
【0047】
【表3】

【0048】
得られた判別式の未知サンプルに対する予測精度を検証するため、判別式に用いたサンプルと異なるサンプルを用いて検証した。
【0049】
用いたサンプルの分析値、判別式による予測結果、および実際の試験の結果を表4に示す。
【0050】
【表4】

【0051】
この結果、予測精度は84.6%と非常に高い値を示し、信頼性の高い予測ができていることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】危害微生物の接種試験方法の概略を示す図である。
【図2】判別分析の模式図と判別的中率の算出例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲食品中での微生物の生育性を予測する方法であって、飲食品について成分分析値を定量データとして取得し、さらに微生物の生育性の有無を微生物の増殖有または微生物の増殖無のいずれかの定性データとして取得し、取得した両データを判別分析法により解析し、飲食品分析値から微生物の生育性を予測するための予測モデルを構築し、該予測モデルに基づいて飲食品の成分分析値から飲食品の微生物生育性を予測する方法。
【請求項2】
飲食品が醤油含有液状飲食品である請求項1記載の飲食品の微生物生育性を予測する方法。
【請求項3】
微生物の生育性の有無についての定性データを、以下の工程により取得する請求項1または2に記載の飲食品の微生物生育性を予測する方法:
(i) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断し、微生物の増殖が認められた場合に、微生物の増殖有と判定し、
(ii) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断した場合に微生物の増殖が認められない場合に、さらに菌数を測定し、初発菌数に対して10倍を超えている場合に、微生物の増殖有と判定し、
(iii) 上記(i)および(ii)の工程で、微生物の増殖有と判定されなかった場合に、微生物の増殖無と判定する。
【請求項4】
飲食品についての成分分析値が、飲食品中のpH値、食塩濃度、Brix、水分活性値、アルコール濃度、全窒素分および酢酸濃度からなる群から選択される3つ以上の値である請求項1〜3のいずれか1項に記載の飲食品の微生物の生育性を予測する方法。
【請求項5】
飲食品についての成分分析値が、飲食品中のpH値、食塩濃度、Brix、およびアルコール濃度である請求項4記載の飲食品の微生物の生育性を予測する方法。
【請求項6】
予測モデルの構築に用いる微生物が酵母、乳酸菌、カビ、芽胞細菌、黄色ブドウ状球菌および大腸菌からなる群から選択される一つである請求項1〜5のいずれか1項に記載の飲食品の微生物の生育性を予測する方法。
【請求項7】
醤油含有液状飲食品中での微生物の生育性を予測する方法であって、醤油含有液状飲食品について飲食品中のpH値、食塩濃度、Brix、およびアルコール濃度についての成分分析値を定量データとして取得し、微生物の生育性の有無についての定性データを、
(i) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断し、微生物の増殖が認められた場合に、微生物の増殖有と判定し、
(ii) 微生物を飲食品に接種し、一定温度および一定期間後に、微生物の生育の有無を外見上の変化から判断した場合に微生物の増殖が認められない場合に、さらに菌数を測定し、初発菌数に対して10倍を超えている場合に、微生物の増殖有と判定し、
(iii) 上記(i)および(ii)の工程で、微生物の増殖ありと判定されなかった場合に、微生物の増殖無と判定する、
ことを含む工程により取得し、取得した両データを判別分析法により解析し、醤油含有液状飲食品の成分分析値から微生物の生育性を予測する予測モデルを構築し、該予測モデルに基づいて前記醤油含有液状飲食品中の成分分析値から該醤油含有液状飲食品の微生物生育性を予測する方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の飲食品の微生物の生育性を予測する方法を行うための飲食品中の微生物生育性予測システムであって、
(a) 微生物の生育性が未知の飲食品の成分分析値を入力する手段、
(b) 構築した微生物生育性予測モデルを記憶している記憶手段、
(c) (a)の入力手段を用いて入力した成分分析値を(b)の記憶手段に記憶されている微生物生育性予測モデルに適用して、微生物の生育性の有無を予測するデータ処理手段、および
(d) 予測された微生物の選択性の有無を出力する出力手段、
を含む飲食品中の微生物生育性予測システム。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−312738(P2007−312738A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−148674(P2006−148674)
【出願日】平成18年5月29日(2006.5.29)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】