説明

騒音緩和装置

【課題】 騒音の知覚を抑制することができる騒音緩和装置を提供する。
【解決手段】 骨導音を伝達する骨導スピーカ21と、骨導マスキング音を生成して骨導スピーカ21から出力する骨導音マスキング手段24とを備える騒音緩和装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用切削器などから発生する騒音を緩和するための騒音緩和装置に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科用切削器などから発生する不快な騒音を緩和する装置として、この切削騒音をアクティブノイズコントロールにより低減する方法が従来から知られている。例えば、特許文献1に開示された装置は、歯科用切削器具の騒音を患者の近傍に設けた音波検出器で検出し、検出した音波と同振幅で逆位相の干渉音波を発生させることにより、騒音を低減させるように構成されている。
【0003】
このように、検出した騒音に基づいて音波干渉により騒音を低減させる方法は、特許文献2及び3にも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−242638号公報
【特許文献2】特開平4−266753号公報
【特許文献3】実開平6−75422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、上記従来の装置では、対象とする空間の音場伝搬過程の詳細な解析が必要で、人体頭部内部のような複雑空間での制御は困難であった。特に、高周波音では、却って騒音を強めてしまう危険性もあった。その結果、依然として騒音を緩和することができず、不快感を十分解消できるレベルには至っていないのが現状である。
【0006】
そこで、本発明は、騒音の知覚を抑制することができる騒音緩和装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の前記目的は、骨導音を伝達する骨導スピーカと、骨導マスキング音を生成して前記骨導スピーカから出力する骨導音マスキング手段とを備える騒音緩和装置により達成される。
【0008】
この騒音緩和装置において、前記骨導スピーカから出力する骨導マスキング音の周波数帯域は、少なくとも20〜80kHzを含むことが好ましい。
【0009】
また、人体内を伝達される骨導音を検出する骨導マイクロフォンを更に備えることにより、前記骨導音マスキング手段は、前記骨導マイクロフォンからの入力信号に基づいて使用者が知覚する骨導音を推定し、推定した骨導音の周波数帯域を含む周波数帯域の骨導マスキング音が知覚されるように、骨導マスキング音を生成することができる。
【0010】
また、気道音を検出する気導マイクロフォンと、前記気導マイクロフォンからの入力
信号に基づいてキャリア信号を変調することにより、骨導外部音を生成する骨導外部音生成手段と、前記骨導スピーカからの出力を、前記骨導マスキング音から骨導外部音に切り替え可能な出力切替手段とを更に備えることが好ましい。
【0011】
また、気導音を出力する気導スピーカと、気導マスキング音を生成して前記気導スピーカから出力する気導音マスキング手段とを更に備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の騒音緩和装置によれば、騒音の知覚を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態に係る騒音緩和装置の全体構成図である。
【図2】図1に示す骨導スピーカの断面図である。
【図3】図1に示す騒音緩和装置のブロック図である。
【図4】骨導音の周波数特性の一例を示す図である。
【図5】気道音の周波数特性の一例を示す図である。
【図6】乳様突起−蝸牛間における伝達関数の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実態形態について添付図面を参照して説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る騒音緩和装置の全体構成図であり、歯科医院などの治療椅子50に設置された状態を上方から示している。
【0015】
図1に示すように、騒音緩和装置1は、気導騒音抑制部10と、骨導騒音抑制部20と、外部音伝達部30とを備えている。
【0016】
気導騒音抑制部10は、気導音を出力する複数の気導スピーカ12,12を備えており、気導スピーカ12,12は、治療椅子50の背もたれ部51の背面に設けられた制御装置2に接続されている。気導スピーカ12,12からの出力のオンオフ制御や音量調整などは、治療椅子50に設置された入力装置52の操作により行うことができる。気導スピーカ12,12は、本実施形態においては、使用者の両耳62,62にそれぞれ差し込み可能なイヤホン形状としているが、例えば、治療椅子50の背もたれ部51の左右両側にそれぞれ固定してもよい。
【0017】
骨導騒音抑制部20は、骨導音を人体に伝達する骨導スピーカ21,21と、人体内を伝達される骨導音を検出する骨導マイクロフォン22,22とを備えている。骨導スピーカ21,21及び骨導マイクロフォン22,22は、いずれも人体の所定位置(本実施形態においては左右の乳様突起)に装着可能に構成されており、上述した制御装置2に接続されている。骨導スピーカ21,21からの出力調整などについても、上述した入力装置52の操作により行うことができる。
【0018】
図2は、骨導スピーカ21の断面図である。骨導スピーカ21は、骨導音を伝達するための振動子31が収容された円筒状のケース32を備えており、ケース32の開口縁に吸盤34を取り付けて構成されている。
【0019】
振動子31は、ジンバル機構により、互いに直交する2軸の回りに揺動可能に支持されている。即ち、振動子31は、ピックアップ部を露出させるように第1の枠体40に固定されており、第1の枠体40は、第1の支持軸42を介して第2の枠体44に揺動自在に支持されている。そして、第2の枠体44は、第1の支持軸42と直交する第2の支持軸46を介してケース32の内部に揺動自在に支持されている。振動子31の振動部は、ケース32の開口からわずかに突出しており、吸盤34を所定の取付部位に吸着させると、振動部が被吸着面に接触して押圧するように構成されている。各ケース32の底部(図の上部)中央には連通孔32aが形成されており、この連通孔32aに球状の袋状体48が
結合されている。袋状体48はゴム材などの弾性材からなり、押圧により弾性変形可能に構成されている。袋状体48の内部空間は、連通孔32aを介してケース32の内部と連通している。
【0020】
骨導マイクロフォン22は、上述した骨導スピーカ21の構成において、振動子31の代わりに検出子31を設ける他は、骨導スピーカ21と同様に構成されている。
【0021】
このように構成された骨導スピーカ21及び骨導マイクロフォン22によれば、例えば、乳様突起など表面が複雑な3次元形状を有する部位に取り付ける場合であっても、経時的な位置ずれや姿勢の変化を防止することができ、骨導音の伝達や検出を確実に行うことができる。
【0022】
骨導スピーカ21及び骨導マイクロフォン22の取り付け位置は、乳様突起の他、胸鎖乳突筋,頬骨の後部など聴覚受容器に近い位置であることが好ましいが、耳前部や前額部など骨導音の伝達や検出が可能な位置であれば特に限定されない。また、本実施形態においては、骨導スピーカ21及び骨導マイクロフォン22を両耳に対応させてそれぞれ複数設けているが、単一であってもよい。
【0023】
外部音伝達部110は、治療椅子50の背もたれ部51の上部中央に設けられて気導音を検出する気導マイクロフォン111を備えており、気導マイクロフォン111は、上述した制御装置2に接続されている。
【0024】
気導騒音抑制部10、骨導騒音抑制部20及び外部音伝達部110の構成を、図3にブロック図で示す。
【0025】
気導騒音抑制部10は、気導マスキング音を生成して、D/A変換器及びパワーアンプ(いずれも図示せず)を経て気導スピーカ12,12から出力する気導音マスキング部14を、制御装置2内に備えている。気導マスキング音は、歯科用切削器などから発生した気導騒音をマスキングするためのものであり、本実施形態では白色雑音や音楽など予め設定されたものを使用しているが、気導音マスキング部14において、気導マイクロフォン111から入力された気導騒音の周波数分析を行い、ピーク周波数をカバーする気導マスキング音を生成するようにしてもよい。気導音マスキング部14には、入力装置52が接続されている。
【0026】
骨導騒音抑制部20は、骨導マスキング音を生成して骨導スピーカ21,21から出力する骨導音マスキング部24を、制御装置2内に備えている。骨導マスキング音は、歯科用切削器などから発生した騒音が、頭蓋骨や軟組織を介して内耳に伝達される骨導騒音をマスキングするためのものである。
【0027】
骨導マイクロフォン22,22から入力された骨導騒音は、アンプ及びA/D変換器(いずれも図示せず)を経てデジタル信号に変換された後、骨導音マスキング部24に入力される。骨導音マスキング部24は、入力された骨導騒音に基づきスペクトル分析を行い、骨導騒音の周波数帯域をカバーする周波数帯域を含む骨導マスキング音を生成する。生成された骨導マスキング音は、出力切替部26に入力され、D/A変換器及びパワーアンプ(いずれも図示せず)を経て、各骨導マイクロフォン22,22に対応する骨導スピーカ21,21からそれぞれ出力される。
【0028】
本実施形態においては、上述のように、骨導マイクロフォン22,22の入力信号に基づいて骨導マスキング音を生成するようにしているが、予め設定された周波数帯域の骨導マスキング音を出力して骨導騒音のマスキングを行うことができる。
【0029】
骨導騒音の周波数特性の一例として、左右の乳様突起に骨導マイクロフォン22,22をそれぞれ装着し、非切削時(背景雑音)、及び、上顎左側第2大臼歯の切削時にそれぞれ測定した骨導音の周波数特性を、図4に示す。骨導マイクロフォン22,22は、(株)小野測器製の加速度ピックアップ(型番:NP3211)を使用し、高速フーリエ変換(FFT)による解析を行った。また、これと比較するため、同じ条件の下で、左右の耳穴にそれぞれ装着したマイクロフォンにより計測した気道音の周波数特性を、図5に示す。
【0030】
図4及び図5を比較すると、骨導音及び気導音のいずれも切削時には大きなレベルが検出されているが、特に骨導音の場合は、20kHz以上の高周波ピーク成分が顕著に検出されている。骨導音の場合は、気導音とは異なり可聴域を超える周波数帯域であっても知覚されるため、このような高周波成分のマスキングが必要になる。
【0031】
本発明者らが、種々の条件の下で切削時の骨導音の周波数特性を調べたところ、図4に示す結果と同様、切削器、切削位置、被験者などに拘わらず、20kHz以上の高周波数帯域でピークが検出されることが確認された。したがって、図4に示す骨導騒音のピーク値が一定以上のレベルを示す周波数帯域が含まれるように、骨導マスキング音の周波数帯域を設定することで、骨導マイクロフォン22,22による骨導音の検出を行うことなく骨導騒音のマスキングを簡便に行うことができる。具体的には、骨導スピーカ22から出力する骨導マスキング音の周波数帯域は、20〜80kHzを含むことが好ましく、0.125〜80kHzを含むことがより好ましく、0.125〜100kHzを含むことが更に好ましい。このように、骨導マスキング音の生成を、骨導マイクロフォン22,22の入力信号に基づいて行うか、或いは、予め設定されたものに基づいて行うかは、入力装置52の操作によって使用者が選択できるように構成することも可能である。
【0032】
一方、本実施形態において、骨導マスキング音による骨導騒音のマスキングをより効果的に行いたい場合には、骨導音が検出される患者60の内耳位置において骨導騒音が骨導マスキング音により正確にマスクされるように、骨導スピーカ21または骨導マイクロフォン22の装着位置(本実施形態では左右の乳様突起)と内耳位置との間における骨導音の伝達関数Fを考慮することが好ましい。すなわち、骨導音マスキング部24は、骨導マイクロフォン22,22の入力信号から、伝達関数Fを考慮して内耳位置における骨導騒音の周波数特性を推定し、推定した骨導音の周波数帯域を含む周波数帯域の骨導マスキング音が知覚されるように、骨導マスキング音を生成するように構成する。
【0033】
伝達関数Fは、頭部内における骨導音伝搬過程をコンピュータシミュレーションによって解析することにより、推定可能である。具体的には、まず、標準的な日本人男性の頭部解剖図を参考に人体頭部モデルを作成し、蝸牛(内耳)を含むxy平面上の所望の位置に振動子を配置する。そして、流体中の音場解析に用いられる時間領域有限差分法(FDTD法:Finite- Difference Time-Domain Method)を用いて、振動子により頭部内に形成
される音圧分布を算出することにより、伝達関数Fを求めることができる。乳様突起−蝸牛間における伝達関数Fの一例を、図6に示す。
【0034】
また、図3において、外部音伝達部110は、キャリア信号を生成するキャリア信号発生部112と、キャリア信号を変調するキャリア信号変調部114とを、制御装置2内に備えており、気導マイクロフォン111からの入力信号は、アンプ及びA/D変換器(いずれも図示せず)を経て、キャリア信号変調部114に入力される。キャリア信号変調部114は、キャリア信号発生部112で生成されたキャリア信号を、気導マイクロフォン111から入力された信号に基づいて変調し、この変調信号を、気導マイクロフォン111からの入力に基づく骨導外部音として、出力切替部26に入力する。キャリア信号発生
部112は入力装置52に接続されており、入力装置52の操作により、キャリア信号の周波数、振幅、位相を調整することができる。キャリア信号の周波数は、骨導外部音の良好な感音状態が得られるように、超音波領域である20〜100kHzが好ましく、20〜50kHzがより好ましい。
【0035】
出力切替部26は入力装置52に接続されており、入力装置52の操作により、骨導スピーカ21,21からの出力を、骨導音マスキング部24で生成された骨導マスキング音から、キャリア信号変調部114で生成された骨導外部音に切り替えることができる。
【0036】
以上の構成を備える騒音緩和装置によれば、歯科治療時において、気導音マスキング部14及び骨導音マスキング部24から、気導スピーカ12,12及び骨導スピーカ21,21を介して気導マスキング音及び骨導マスキング音をそれぞれ出力することにより、気導騒音及び骨導騒音の双方を感覚的に緩和することができ、切削騒音による不快感を効果的に低減することができる。特に、骨導騒音については、歯の切削による振動として大きなレベルで伝達される一方、気導可聴音によっては効果的なマスキングを行うことができないが、本実施形態のように、骨導マスキング音を生成して人体に伝達することにより、切削騒音の緩和を効果的に行うことができる。
【0037】
また、入力装置52の操作により出力切替部26を作動させて、骨導スピーカ21,21からの出力を、骨導マスキング音から骨導外部音に切り替えることができるので、治療中に歯科医師等の発声を骨導音として認識することができ、円滑なコミュニケーションを図ることができる。骨導外部音の感音状態は、入力装置52の操作により、キャリア信号の周波数、振幅、位相を調整することで、最適な状態にすることができる。コミュニケーションの終了後は、出力切替部26を作動させて、骨導スピーカ21,21からの出力を、骨導外部音から再び骨導マスキング音に変更することができる。
【0038】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明の具体的な態様は上記実施形態に限定されない。例えば、本実施形態においては、気導音抑制部10及び骨導音抑制部20を設けることにより、切削器具から発せられる気導音及び骨導音の双方をマスキングするようにしているが、気導音については耳栓などによっても騒音低減効果が期待できることから、骨導音抑制部20のみを備えた構成であってもよい。
【0039】
また、本実施形態の騒音抑制装置は、歯科治療時などにおける切削騒音の低減を主な目的としているが、この用途に限定されるものではなく、その他、水中における建設作業や解体作業など骨導騒音が問題となるケースにおいても有効である。
【符号の説明】
【0040】
1 騒音緩和装置
2 制御装置
10 気導音抑制部
12 気導スピーカ
14 気導音マスキング部
20 骨導音抑制部
21 骨導スピーカ
22 骨導マイクロフォン
24 骨導音マスキング部
26 出力切替部
110 外部音伝達部
111 気導マイクロフォン
112 キャリア信号発声部
114 キャリア信号抑制部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨導音を伝達する骨導スピーカと、
骨導マスキング音を生成して前記骨導スピーカから出力する骨導音マスキング手段と
を備える騒音緩和装置。
【請求項2】
前記骨導スピーカから出力する骨導マスキング音の周波数帯域は、少なくとも20〜80kHzを含む請求項1に記載の騒音緩和装置。
【請求項3】
人体内を伝達される骨導音を検出する骨導マイクロフォンを更に備え、
前記骨導音マスキング手段は、前記骨導マイクロフォンからの入力信号に基づいて使用者が知覚する骨導音を推定し、推定した骨導音の周波数帯域を含む周波数帯域の骨導マスキング音が知覚されるように、骨導マスキング音を生成する請求項1に記載の騒音緩和装置。
【請求項4】
気道音を検出する気導マイクロフォンと、
前記気導マイクロフォンからの入力信号に基づいてキャリア信号を変調することにより、骨導外部音を生成する骨導外部音生成手段と、
前記骨導スピーカからの出力を、前記骨導マスキング音から骨導外部音に切り替え可能な出力切替手段と
を更に備える請求項1から3のいずれかに記載の騒音緩和装置。
【請求項5】
気導音を出力する気導スピーカと、
気導マスキング音を生成して前記気導スピーカから出力する気導音マスキング手段と
を更に備える請求項1から4のいずれかに記載の騒音緩和装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−191459(P2010−191459A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−95218(P2010−95218)
【出願日】平成22年4月16日(2010.4.16)
【分割の表示】特願2005−283219(P2005−283219)の分割
【原出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】