説明

高保磁力被覆磁石粉末

【課題】焼結磁石に限定されることなしに、結晶学的整合性を利用して保磁力を向上させるという概念を磁石全般に適用することによる優れた性能を有する磁石の提供。
【解決手段】R−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数a、b、cを有するa、b、c軸を有し、Rは希土類元素またはYである磁石粉末と、磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆し、ならびに格子定数a’、b’、c’を有するを有するa’、b’、c’軸を有する非磁性被膜とを含み、a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および以下の
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
(式中、l、mおよびnは自然数である)の少なくとも1つが成立していることを特徴とする被覆磁石粉末。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高保磁力を有し、非磁性被膜で被覆された磁石粉末(以下、被覆磁石粉末と称する)に関する。より詳細には、本発明は、主としてボンド磁石の製造に使用するための高保磁力被覆磁石粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd−Fe−B系磁石は、高い飽和磁束密度および高い保磁力を持つため、モーターを中心とした様々な機器に使用されている。しかし、要求される磁気特性は年々高まっており、その改善は常に要求されてきた。このような状況において、飽和磁束密度は理論的な限界まで改善されてきたが、保磁力はまだ改善の余地がある。
【0003】
最近、高い保磁力を実現するための機構として、磁石粉末と粒界のNd−rich相との間の結晶学的な整合性が注目を集めている。保磁力を向上させるためには、逆磁区の発生を抑制することが有効であると考えられている。そして、磁石粉末の有する磁化とは逆の方向の磁場を印加したとき、逆磁区は結晶学的欠陥の多い粒界で発生すると考えられている。したがって、磁石粉末と粒界相との界面において両相間に結晶学的な整合性を持たせて欠陥を減少させれば、逆磁区は発生しにくくなり、結果として保磁力を向上させることができる。実際、熱処理によって磁石粉末と粒界相との間の結晶学的な整合性を実現して、粒界相がアモルファスである場合よりも保持力を向上させることが提案されている(特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、Nd−Fe−B系磁石の粒界相のNd−Oは立方晶系の面心立方(cubic fcc)構造であるのに対し、主相であるNdFe14B磁石粉末は正方晶系(tetragonal)の結晶構造である。そのため、磁石粉末および粒界相の格子定数が接近した値を有し、保磁力の向上に有効であるとされる格子整合性が実現できるのは、特定の方向においてのみである。たとえば、異方性を有する焼結磁石をc磁区に平行な方向に切り出した上でNd−Oを整合させると、保磁力が回復するという現象が報告されている(非特許文献1参照)。これは、Nd−O相を構成するNd3−xの格子定数a=0.548nmが、主相であるNdFe14B磁石粉末のc軸方向の格子定数(c/2)〜0.6nmに近似することに起因すると推測される。しかしながら、単純に粒界相を全てNd−O相にしてしまうと、界面が磁石粉末のc軸に平行な面(すなわち、格子定数cを含む格子が存在する面)においては結晶学的整合性が達成されるものの、界面が磁石粉末のc軸に垂直な面(すなわち、格子定数cを含む格子が存在しない面)においては結晶学的整合性は達成されないことになる。すなわち、結晶粒の全ての表面において結晶学的整合性を実現することはできない。図1には、簡単な例として、立方体状のNd−Fe−B結晶粒10の周囲にNd−O粒界相20が形成されている構造を示す。図1に示すように、Nd−Fe−B結晶のc軸50に平行な面30においては結晶学的整合性を達成することができるが、c軸50に垂直な面40においては結晶学的整合性を達成することができない。結晶学的整合性が達成されている面は6面中の4面であるため、結晶学的整合性が達成されている表面の面積は、Nd−Fe−B結晶粒10の全表面積の2/3に過ぎない。
【0005】
以上のように、結晶学的整合性を利用して保磁力を向上させるという概念は、主として焼結磁石において応用されようとしている。しかしながら、その効果を工業的に最大限に利用するためには、熱処理された焼結磁石のみならず、広く磁石全般に対してもこの概念を適用することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−49005号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of Applied Physics 104, 013911 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、焼結磁石に限定されることなしに、結晶学的整合性を利用して保磁力を向上させるという概念を磁石全般に適用して、優れた性能を有する磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の実施形態の被覆磁石粉末は、
−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数aを有するa軸、格子定数bを有するb軸および格子定数cを有するc軸を有する磁石粉末であって、Rは希土類元素またはYである磁石粉末と、
前記磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆し、ならびに格子定数a’を有するa’軸、格子定数b’を有するb’軸および格子定数c’を有するc’軸を有する非磁性被膜と
を含み、a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および以下の式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
(式中、l、mおよびnは自然数である)
の少なくとも1つが成立していることを特徴とする。ここで、式(I)〜(III)のうち1つまたは2つが成立している場合、成立した式に対応する軸に平行な方向の磁石粉末の寸法は、成立していない対応する軸に平行な方向の磁石粉末の寸法よりも大きいことが望ましい。また、前記非磁性被膜は、R−O酸化物(式中、Rは希土類元素およびYからなる群から選択される1つまたは複数の元素である)、および好ましくは(Nd1−yLa−O3−x酸化物(0<x<1、0<y<1)から形成されていてもよい。
【0010】
本発明の第2の実施形態である被覆磁石粉末の使用は、第1の実施形態に記載の被覆磁石粉末をボンド磁石の製造において用いることを特徴とする。
【0011】
本発明の第3の実施形態である被覆磁石粉末の製造方法は、
(1) R−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数aを有するa軸、格子定数bを有するb軸および格子定数cを有するc軸を有する磁石粉末であって、Rは希土類元素またはYである磁石粉末を準備する工程と、
(2) 前記磁石粉末を密閉容器中で一軸方向に加圧して、偏平状磁石粉末を形成する工程と、
(3) 前記偏平状磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆する非磁性被膜を形成する工程と
を含み、該非磁性被膜は、格子定数a’を有するa’軸、格子定数b’を有するb’軸および格子定数c’を有するc’軸を有し、ならびに、a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および
以下の式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
の少なくとも1つが成立することを特徴とする。ここで、工程(3)は、(i)R錯体を前記偏平状磁石粉末の表面に塗布する工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、(ii)R錯体を熱酸化して、R−O酸化物からなる非磁性被膜を形成する工程と
を含んでもよい。あるいはまた、工程(3)は、(i’)R金属を前記偏平状磁石粉末の表面に付着させる工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、(ii’)R金属を熱酸化して、R−O酸化物からなる非磁性被膜を形成する工程とを含んでもよい。ここで、工程(i’)を、塗布法、蒸着法、スパッタ法またはメッキ法で実施してもよい。あるいはまた、工程(3)を、(i”)メッキ法を用いてR−O酸化物を前記偏平状磁石粉末の表面に付着させる工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、(ii”)R−O酸化物を熱処理して、非磁性被膜を形成する工程とを含んでもよい。また、前記非磁性被膜を、(Nd1−yLa−O3−x酸化物(0<x<1、0<y<1)で形成することが望ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の構成を採用することによって、焼結磁石において従来から知られていた結晶学的整合性を利用した磁石の保磁力の向上という概念を、ボンド磁石などを形成するための被覆磁石粉末に対して適用することが可能となる。また、このようにして得られた被覆磁石粉末は高い保磁力を有するため、これを用いて異方的ボンド磁石を作製すれば、従来よりも保磁力の高いボンド磁石を得ることができ、ボンド磁石の適用可能範囲が広くなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】従来技術の立方体形状の被覆磁石粉末を示す断面図である。
【図2】本発明の直方体形状の被覆磁石粉末を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の第1の実施形態の被覆磁石粉末は、主相である未被覆の磁石粉末と、前記磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆する非磁性被膜とを含み、磁石粉末と非磁性被膜との間の結晶学的整合性が少なくとも部分的に達成されていることを特徴とする。
【0015】
主相である磁石粉末は、R−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数aを有するa軸、格子定数bを有するb軸および格子定数cを有するc軸を有する。ここで、Rは希土類元素またはイットリウム(Y)である。本発明において、「希土類元素」とは、原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの元素を意味する。また、本発明における「R−Fe−B系の組成」とは、R、FeおよびBを主成分として含み、任意選択的に添加元素をさらに含んでもよい組成を意味する。用いることができる添加元素は、Cu、Ag、Al、Zrなどを含む。あるいはまた、本発明における「R−Fe−B系の組成」において、Feの一部をCoで置換してもよい。
【0016】
非磁性被膜は、磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆し、ならびに格子定数a’を有するa’軸、格子定数b’を有するb’軸および格子定数c’を有するc’軸を有する。ここで、非磁性被膜の「a’軸」、「b’軸」および「c’軸」は、必ずしも結晶学的なa軸、b軸およびc軸と一致していなくてもよい。たとえば、結晶学的なc軸を「a’軸」として取り扱ってもよい。
【0017】
非磁性被膜を形成するのに用いることができる材料は、R−O系酸化物を含む。ここで、Rは希土類元素またはYであることができる。
【0018】
本発明において、「磁石粉末と非磁性被膜との間の結晶学的整合性が少なくとも部分的に達成されている」とは、a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および以下の式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
(式中、l、mおよびnは自然数である)
の少なくとも1つが成立していることを特徴とする。なお、本発明の式(I)〜(III)に関して、それぞれの関係を満たす自然数l、mまたはnが少なくとも1つが存在する場合、その式は「成立」するとみなす。
【0019】
前述の式(I)〜(III)は、非磁性被膜を構成する材料のいずれかの結晶軸の格子定数に自然数を乗じた値が、磁石粉末を構成する材料のいずれかの結晶軸の格子定数の±10%以内の範囲内に存在することを意味する。前述のように、Nd−O系酸化物であるNd3−xは0.548nmの格子定数aを有し、Nd−Fe−B系材料であるNdFe14Bのc軸の格子定数c=約1.2nmとの間で、式(III)を満たしている(ここで、Nd3−xの格子定数aは「c’」として取り扱われ、自然数nは2である)。
【0020】
しかしながら、非磁性被膜を構成する希土類酸化物およびイットリウム酸化物の格子定数の整数倍の方が若干小さく、完全な結晶学的整合性を達成していないことが多い。より完全な結晶学的整合性を達成するために、より大きなイオン半径を有するLaなどを用いて、希土類元素またはイットリウムの一部を置換することができる。具体的には、Nd3−x中のNdの一部をLaで置換した(Nd1−yLa3−x(式中、0<x<1,0<y<1)を用いて非磁性被膜を形成することができる。
【0021】
ボンド磁石は被覆磁石粉末を樹脂で固めたものである。ボンド磁石を構成する被覆磁石粉末のそれぞれを、磁石粉末と、磁石粉末と同一の結晶構造および格子定数を有する材料を用いて結晶学的に整合した状態で磁石粉末を被覆する非磁性被膜とから構成すことによって、原理的には欠陥は非磁性被膜の表面のみに出現し、磁性を担う磁石粉末および磁石粉末と非磁性被膜との界面における欠陥を排除することができる。現状では、このような理想的な非磁性被膜用材料を見いだすことが難しいが、特定の方向の格子定数が一致し、当該方向において結晶学的整合性を達成している場合であっても、保磁力を増大させることができると考えられる。
【0022】
特に、磁石粉末のアスペクト比を制御し、結晶学的整合性が達成される表面、すなわち式(I)〜(III)が成立する結晶軸の方向に延びた磁石粉末を原料として用いることが、保磁力の増大に有効である。言い換えると、式(I)〜(III)のうち1つまたは2つが成立している場合に、成立した式に対応する軸に平行な方向の磁石粉末の寸法を、成立していない対応する軸に平行な方向の磁石粉末の寸法よりも大きくすることが、保磁力の増大に有効である。これによって、結晶学的整合性が達成される表面の面積を増大させることができるからである。
【0023】
単純な例として、図2に示すように、a軸方向:b軸方向:c軸方向=1:1:2の寸法比を有する直方体形状の正方晶系結晶構造を有する磁石粉末10の周囲を、磁石粉末のc軸の格子定数cに近似した格子定数を有する立方晶系材料からなる非磁性被膜20で被覆した場合を考える。この場合、前述の式(III)が成立しているとみなされる。そして、磁石粉末のc軸に平行な長方形の表面30において、結晶学的整合性が達成されており、磁石粉末のc軸に垂直な正方形の表面40においては、結晶学的整合性が達成されていない。しかしながら、結晶学的整合性が達成されている表面の表面積は磁石粉末の全表面積の4/5となり、図1に示す正方形の磁石粉末の場合よりも増大する。言い換えると、c軸に関する式(III)が成立している場合に、c軸に平行な方向の磁石粉末の寸法を、a軸に平行な方向の寸法およびb軸に平行な方向の寸法より大きくすることによって、結晶学的整合性が達成されている表面の表面積の比率が増大させ、保磁力もまた増大させることができる。a軸に関する式(I)またはb軸に関する式(II)が成立している場合についても同様に、a軸またはb軸に平行な方向の磁石粉末の寸法を大きくすることによって保磁力を増大させることができる。
【0024】
本発明の第2の実施形態は、ボンド磁石の製造における第1の実施形態の被覆磁石粉末の使用である。第1の実施形態の被覆磁石粉末に対して、被覆磁石粉末の総質量を基準として0.1〜5質量%程度の硬化性バインダー樹脂を添加して混合し、外部磁場を印加しながら該混合物を成形し、最後に硬化性バインダー樹脂の硬化処理を実施することによってボンド磁石を形成することができる。用いることができる硬化性バインダー樹脂は、エポキシ樹脂などの当該技術において知られている任意の熱硬化性樹脂を含む。また、被覆磁石粉末と硬化性バインダー樹脂との混合には、ロールミル、ボールミルなどの当該技術において知られている任意の混練手段を用いることができる。さらに、被覆磁石粉末と硬化性バインダー樹脂との混合物の成形は、圧縮(プレス)成形などの手段を用いて実施することができる。硬化性バインダー樹脂の硬化処理は、用いる硬化性バインダー樹脂に依存するが、適切な温度への加熱によって実施することができる。
【0025】
本発明の第3の実施形態は、第1の実施形態の被覆磁石粉末の製造方法である。本発明の方法は、(1)R−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数aを有するa軸、格子定数bを有するb軸および格子定数cを有するc軸を有する磁石粉末であって、Rは希土類元素またはYである磁石粉末を準備する工程と、(2)前記磁石粉末を密閉容器中で一軸方向に加圧して、偏平状磁石粉末を形成する工程と、(3)前記偏平状磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆する非磁性被膜を形成する工程とを含み、該非磁性被膜は、格子定数a’を有するa’軸、格子定数b’を有するb’軸および格子定数c’を有するc’軸を有し、ならびに、a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および
以下の式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
の少なくとも1つが成立することを特徴とする。
【0026】
工程(1)は、当該技術において知られている任意の手段を用いて実施することができる。たとえば、(a)R−Fe−B系の組成を有する磁石合金の急冷リボンを形成し、(b)該急冷リボンから磁石合金からなる磁石粉末を形成することによって、工程(1)を実施することができる。
【0027】
工程(2)は、工程(1)で得られた結晶粒を、密閉容器中で一軸方向に加圧することによって実施される。たとえば、(c)工程(1)で得られた未被覆の磁石粉末を密閉容器に充填し、(d)密閉容器の内部を真空にした後に650〜900℃の温度において一軸方向に圧縮することによって磁石粉末を塑性変形させ、c軸方向におけるアスペクト比の大きい偏平状磁石粉末を形成することによって工程(2)を実施することができる。ここで、密閉容器は金属製であることが好ましい。
【0028】
工程(3)は、原料としてR錯体を用いる方法、原料としてR金属を用いる方法、または原料としてR−O酸化物を用いる方法のいずれかで実施することができる(ここで、Rは希土類元素またはイットリウムである)。
【0029】
工程(3)の第1の方法であるR錯体を用いる方法は、(i)R錯体を未被覆の偏平状磁石粉末の表面に塗布する工程と、(ii)R錯体を熱酸化して、R−O酸化物からなる非磁性被膜を形成する工程とを含む。工程(i)は、R錯体の溶液を用いて実施することができる。用いることができるR錯体は、トリス(アセチルアセトナト)ネオジムなどのトリス(アセチルアセトナト)錯体を含む。たとえば、トリス(アセチルアセトナト)ネオジムをプロパノール中に溶解させて塗布液を形成し、該塗布液中に偏平状磁石粉末を浸漬することによって、R錯体からなる被膜が付着した偏平状磁石粉末を得ることができる。
【0030】
工程(ii)は、R錯体からなる被膜が付着した偏平状磁石粉末を酸素含有雰囲気中で加熱することによって実施することができる。用いることができる酸素含有雰囲気は、Arなどの不活性ガスを主成分とし、所望されるR錯体の酸化を達成するのに十分な量の酸素を含有することが好ましい。この熱処理によって生成するR−O酸化物は、自動的に偏平状結晶粒との結晶学的整合性を達成する方向に整列する。ここで、熱処理の条件を適切に設定することによって、非磁性被膜を構成するR−O酸化物のa’,b’およびc’軸を、対応する偏平状磁石粉末のa,bおよびc軸とのずれを5゜以内とすることが望ましい。たとえば、前述のトリス(アセチルアセトナト)ネオジムを付着させた偏平状結晶粒の場合、プロパノールを蒸発させて被膜を乾燥させた後に、約1時間にわたって350℃の温度に加熱することによって、偏平状磁石粉末の表面に非磁性被膜を形成することができる。
【0031】
、R、R−Fe−B磁石合金の組成を適切に選択し、上記の方法を用いることによって、式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
の少なくとも1つが成立した、偏平状結晶粒と非磁性被膜とからなる被覆磁石粉末を調製することができる。
【0032】
ここで、式(I)〜(III)の左辺を0に接近させること、すなわちより完全な結晶学的整合性を達成するために、Rとして2つ以上の元素の混合物を用いてもよい。たとえば、ネオジムなどの希土類元素に対して、より大きなイオン半径を有するランタンを添加することができる。これは、工程(3)(i)において、適切な混合比を有するネオジム錯体とランタン錯体との混合物を用いることによって達成することができる。前述の混合物を用いることによって、(Nd1−yLa3−x酸化物(0<x<1、0<y<1)からなる非磁性被膜を有する被覆磁石粉末を得ることができる。
【0033】
以上のように、R−Fe−B磁石合金の結晶粒中のRと異なる組成を有するRを用いることができることが、焼結磁石とは異なる本発明の方法の特徴である。焼結磁石の調製においては、たとえ磁石合金の周囲を異なる希土類元素の酸化物で被覆した粉末を被焼結粉末として用いたとしても、焼結の際に被膜中の希土類元素は拡散によって磁石合金を構成する希土類元素と混合してしまう。よって、焼結法は、全体として均一な組成を有する磁石粉末を与え、表面に異なる組成の希土類元素の酸化物の被膜を有する被覆磁石粉末を形成しない。
【0034】
工程(3)の第2の方法であるR金属を用いる方法は、(i’)R金属を前記の未被覆の偏平状磁石粉末の表面に付着させる工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、(ii’)R金属を熱酸化して、R−O酸化物からなる非磁性被膜を形成する工程とを含む。ここで、工程(i’)は、蒸着法、スパッタ法、メッキ法を用いて実施することができる。たとえば、主相となる偏平状結晶粒に振動を加えながら蒸着またはスパッタを行うことによって、ネオジムなどの希土類元素またはイットリウムの金属被膜を形成することができる。ここで、R金属の付着量は、偏平状磁石粉末の体積を基準として1%程度とすることが望ましい。なぜなら、金属被膜は工程(ii’)において非磁性被膜へと変換されるからである。
【0035】
工程(ii’)は、金属被膜を有する偏平状磁石粉末を酸素含有雰囲気中で適切な温度まで加熱することによって実施することができる。用いることができる酸素含有雰囲気は、Arなどの不活性ガスを主成分とし、所望される金属被膜の酸化を達成するのに十分な量の酸素を含有することが好ましい。この工程によって、非磁性被膜中の結晶軸と、主相たる偏平状結晶粒の結晶軸との整列がなされる。さらに、材料の適切な選択によって、式(I)〜(III)のいずれかを成立させて、偏平状結晶粒と非磁性被膜との結晶学的整合性が達成される。
【0036】
ここで、工程(i’)においても、工程(3)の第1の方法と同様に、Rとして2種以上の金属を用いて、より完全な結晶学的整合性を実現することができる。蒸着法を用いる場合には、2種以上の金属を混合した蒸着源を用いるか、またはそれぞれ別個の蒸着源から2種以上の金属を蒸着させる共蒸着法を用いることができる。スパッタ法を用いる場合には、2種以上の金属を混合したターゲットを用いて、金属混合物の被膜を形成することができる。メッキ法においては、2つ以上の金属前駆体を含むメッキ液を用いることができる。
【0037】
工程(3)の第3の方法であるR酸化物を用いる方法は、(i”)メッキ法を用いてR−O酸化物を未被覆の偏平状磁石粉末の表面に付着させる工程と、(ii”)R−O酸化物を熱処理して、非磁性被膜を形成する工程とを含む。工程(i”)は、酸化剤の存在下で、R金属前駆体またはR−O酸化物前駆体のメッキを行うことによって実施することができる。また、工程(ii”)は、酸素不含有雰囲気または酸素含有雰囲気中でR−O酸化物被膜を有する偏平状結晶粒を適切な温度に加熱することによって実施することができる。この工程によって、非磁性被膜中の結晶軸と、主相たる偏平状結晶粒の結晶軸との整列がなされる。さらに、材料の適切な選択によって、式(I)〜(III)のいずれかを成立させて、偏平状結晶粒と非磁性被膜との結晶学的整合性が達成される。
【実施例】
【0038】
(実施例1)
実際に上記の方法で実現可能な偏平状磁石粉末として、たとえば3方向の長さの比が5:5:1の板状粉末を使用することが考えられる。このとき、整合面の割合は約86%([(5×5)×2+(5×1)×2]/[(5×5)×2+(5×1)×4])となり、立方体の磁石粉末の場合における67%に比べて、20%程度上昇させることができる。
【0039】
(実施例2)
立方晶系の構造をもつ希土類酸化物Rの格子定数は、R=Laのときに0.568nmとなり、R=Ndのときに0.554nmとなる。一方で、正方晶系の構造をもつNdFe14Bのc軸長の長さは1.22nmである。NdFe14Bのc軸長の長さの1/2の値は0.61nmであり、R=LaであるRの値0.568nmよりもさらに大きい。つまり、(Nd1−yLa3−xにおいて結晶学的整合性を完全に成立させるには、y=1としてもまだ十分ではない。加えて、xが0以上である場合は、(Nd1−yLa3−xの格子定数はさらに減少することが予想される。そのため、結晶学的整合性という観点からはy=1とするのが最もよい。しかし、主相である磁石粉末の周りにLaが多く含まれると、熱処理の際にLaが磁石粉末中に拡散して、NdFe14B中のNdの一部を置換してしまう。そのような置換によって生成されるLaFe14Bの保磁力はそれほど高くないため、結果として酸化物で被覆した後の被覆磁石粉末の保磁力は期待されるほど上昇しない。以上のことから、結晶学的整合性とLaの核酸による保持力の低下とを勘案して、最適なyの値を採用すればよい。
【符号の説明】
【0040】
10 磁石粉末
20 非磁性被膜
30 結晶粒のc軸に平行な面
40 結晶粒のc軸に垂直な面
50 結晶粒のc軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数aを有するa軸、格子定数bを有するb軸および格子定数cを有するc軸を有する磁石粉末であって、Rは希土類元素またはYである磁石粉末と、
前記磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆し、ならびに格子定数a’を有するa’軸、格子定数b’を有するb’軸および格子定数c’を有するc’軸を有する非磁性被膜と
を含む被覆磁石粉末であって、
a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および以下の式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
(式中、l、mおよびnは自然数である)
の少なくとも1つが成立していること
を特徴とする被覆磁石粉末。
【請求項2】
式(I)〜(III)のうち1つまたは2つが成立しており、かつ成立した式に対応する軸に平行な方向の磁石粉末の寸法は、成立していない対応する軸に平行な方向の磁石粉末の寸法よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の被覆磁石粉末。
【請求項3】
前記非磁性被膜がR−O酸化物(式中、Rは希土類元素およびYからなる群から選択される1つまたは複数の元素である)で形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の被覆磁石粉末。
【請求項4】
は、Rと異なる組成を有することを特徴とする請求項3に記載の被覆磁石粉末。
【請求項5】
前記非磁性被膜が(Nd1−yLa−O3−x酸化物(0<x<1、0<y<1)で形成されていることを特徴とする請求項4に記載の被覆磁石粉末。
【請求項6】
ボンド磁石の製造における、請求項1から5のいずれかに記載の被覆磁石粉末の使用。
【請求項7】
(1) R−Fe−B系の組成を有し、ならびに格子定数aを有するa軸、格子定数bを有するb軸および格子定数cを有するc軸を有する磁石粉末であって、Rは希土類元素またはYである磁石粉末を準備する工程と、
(2) 前記磁石粉末を密閉容器中で一軸方向に加圧して、偏平状磁石粉末を形成する工程と、
(3) 前記偏平状磁石粉末の周囲の少なくとも一部を被覆する非磁性被膜を形成する工程と
を含み、該非磁性被膜は、格子定数a’を有するa’軸、格子定数b’を有するb’軸および格子定数c’を有するc’軸を有し、ならびに、a軸とa’軸とのずれ、b軸とb’軸とのずれ、およびc軸とc’軸とのずれは全て5゜以内であり、および
以下の式(I)〜(III)
|(a−la’)|/a<0.1 (I)
|(b−mb’)|/b<0.1 (II)
|(c−nc’)|/c<0.1 (III)
の少なくとも1つが成立することを特徴とする被覆磁石粉末の製造方法。
【請求項8】
工程(3)が、
(i) R錯体を前記偏平状磁石粉末の表面に塗布する工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、
(ii) R錯体を熱酸化して、R−O酸化物からなる非磁性被膜を形成する工程と
を含むことを特徴とする請求項7に記載の被覆磁石粉末の製造方法。
【請求項9】
工程(3)が、
(i’) R金属を前記偏平状磁石粉末の表面に付着させる工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、
(ii’) R金属を熱酸化して、R−O酸化物からなる非磁性被膜を形成する工程と
を含むことを特徴とする請求項7に記載の被覆磁石粉末の製造方法。
【請求項10】
工程(i)を、塗布法、蒸着法、スパッタ法またはメッキ法で実施することを特徴とする請求項9に記載の被覆磁石粉末の製造方法。
【請求項11】
工程(3)が、
(i”) メッキ法を用いてR−O酸化物を前記偏平状磁石粉末の表面に付着させる工程であって、Rは希土類元素またはYである工程と、
(ii”) R−O酸化物を熱処理して、非磁性被膜を形成する工程と
を含むことを特徴とする請求項7に記載の被覆磁石粉末の製造方法。
【請求項12】
は、Rと異なる組成を有することを特徴とする請求項8から11のいずれかに記載の被覆磁石粉末の製造方法。
【請求項13】
前記非磁性被膜を、(Nd1−yLa3−x酸化物(0<x<1、0<y<1)で形成することを特徴とする請求項7から12のいずれかに記載の被覆磁石粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−258040(P2010−258040A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−103296(P2009−103296)
【出願日】平成21年4月21日(2009.4.21)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】