説明

高分子ミセル型光刺激応答性一酸化窒素供与体

【課題】低毒性で高い分散安定性を持ち、体内の標的部位(例えば、ガン組織)に集積し、NOが徐放されることなく、標的部位で光照射時にのみNOを生成してその場でNOの作用効果を発揮できる化合物または構築物もしくはコンジュゲートの提供。
【解決手段】3−トリフルオロメチル−4−ニトロフェノキシのような低分子NOドナーを水性媒体中で高分子ミセルを形成しうるブロック共重合体(例えば、ポリエチレングリコールとp−クロロメチルスチレンとのポリマー)に共有結合せしめた高分子誘導体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光刺激によって一酸化窒素を発生する機能を搭載した高分子ミセル形成性ポリマー誘導体およびその使用に関し、より具体的には、一酸化窒素を発生しうる低分子化合物と高分子形成性ポリマーの共有結合誘導体及びその抗ガン剤としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
一酸化窒素(NO)は、窒素と酸素からなる不対電子をもつフリーラジカルであり、生体内では血管拡張や神経伝達など多くの生理現象における情報伝達物質として関与している。また、免疫システムの一部を担っているマクロファージは、腫瘍細胞や病原菌を認識し、検出した際、大量のNOを放出することで、これら外敵のミトコンドリア内電子伝達系の阻害、DNA損傷を誘発させる(非特許文献1、非特許文献2)。さらにNOは細胞増殖に対し、濃度依存的な影響を及ぼすことが知られており、低濃度のNOは細胞増殖を促進するが、高濃度のNOは細胞増殖を抑制あるいは細胞死(アポトーシス)を引き起こす(非特許文献3)。つまり、ガン組織などの腫瘍部位で高濃度のNOを一時的に発生させることができれば、その増殖を抑制し、ひいては腫瘍部位を死滅させる効果が期待できるのである。
【0003】
NOは常温、常圧下では反応性の高い気体で、生体内での半減期は約5秒程度である。そのため、NOを水に溶解させ、生体内の特定の箇所で効率的に作用させることは事実上、困難である。そこで、生理条件下でNOを発生するNO供与体(NOドナー)が生体内にNOを供給する目的で開発されている。例えば、S−ニトロソ化合物、芳香族N−ニトロソ化合物、ジアゾニウムジオレート(NONOates)類、(亜)硝酸エステル化合物、金属ニトロシル、グアニジン類、オキサトリアゾリウム類などが、NOドナーとして知られているが、その殆どは生体環境下で熱やpH、血中に含まれる金属イオンやタンパクの官能基の作用、あるいは酵素による代謝によって徐々に分解され、NOを徐放するものである(非特許文献4)。上述した、NOの抗腫瘍効果を期待する場合、生体内の特定の部位で必要なタイミングでのみNOを作用させる、すなわちNO機能の時空間制御が求められるため、これら不特定の場所でNOを徐放してしまう従来のNOドナーの使用は適さない。
【0004】
生体内におけるNO機能の時空間制御を達成するため、ニトロベンゼン誘導体の光化学反応を利用したNOドナーが、Miyataら(非特許文献5、非特許文献6)および、Sortinoら(非特許文献7)の研究グループから報告されている。これらのニトロベンゼン誘導体は、光励起状態において分子内原子再配列が誘起されニトロ基の窒素と酸素がNOとして放出される。生体環境下において、熱、pH、金属イオンまたはタンパク質中の官能基によって分解されることのない安定な化合物であり、光照射時にのみ選択的にNOを発生することができる。しかしながら、これらのニトロベンゼン誘導体は概して水溶性に極めて乏しく、例えばジメチルスルホキシドなどの有機溶媒を混合した溶液へ溶解させる必要があり、生体への投与に関しては安全面から問題がある。さらに、これらのニトロベンゼン誘導体は低分子化合物であるため、仮に血中に投与できたとしても腎糸球体によるろ過排泄を受け、投与後速やかに体外に排泄されてしまう。Sortinoらは、数ナノメートルの粒径の表面がカルボキシル基で安定化された白金ナノ粒子表面に、上記ニトロベンゼン誘導体を適量導入したNOキャリアを提案しているが(非特許文献8、非特許文献8)、カルボキシル基の負電荷のみで分散している粒子の生理条件下での分散安定性は極めて低いことが予想され、また担体となる白金粒子の生体内での蓄積による長期毒性も懸念されることから、医薬として使用する際の製剤化を目指す上で大きな問題を抱えている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Stuehrら J.Exp.Med.,1989,169,1011−1020
【非特許文献2】Hibbsら Science,1987,235,473−476
【非特許文献3】Winkら Free Rad.Biol.Med.,2008,45,18−31)
【非特許文献4】日本化学会編、「NO−化学と生物」季刊化学総説 1996
【非特許文献5】Fukuharaら J.Am.Chem.Soc.,2001,123,8662−8666
【非特許文献6】Suzukiら J.Am.Chem.Soc.,2005,127,11720−11726
【非特許文献7】Sortinoら Chem.Commun.,2001,1226−1227
【非特許文献8】Carusoら J.Am.Chem.Soc.,2007,129,480−481
【非特許文献9】Baroneら J.Mater.Chem.,2008,18,5531−5536
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した先行技術の問題点まとめると下記のとおりである。
1)生体内にNOを供給する際にNOドナー化合物を使用すると、生体環境下での外的要因によってNOドナーが分解し、NOが徐放されてしまうため、場所やタイミングを特定してNOを生体内の特定部位に作用させることが困難である。
2)光照射によってNOを生成するNOドナーを使用すると、一般に、当該ドナーの低い水溶性、また一方で、低分子化合物あることに起因して腎糸球体による生体外へのろ過排泄が懸念される。
3)光応答性NOドナーを担体に担持させることにより開発された白金ナノ粒子キャリア表面に当該NOドナーを適量導入した構築物もしくはコンジュゲートは、実使用(生体)環境での低い分散安定性、標的部位への集積が期待できない。
【0007】
したがって、低毒性で高い分散安定性を持ち、体内の標的部位(例えば、ガン組織)に集積し、NOが徐放されることなく、標的部位で光照射時にのみNOを生成してその場でNOの作用効果を発揮できる化合物または構築物もしくはコンジュゲートが提供できれば当該技術分野に新たなステージを提供できるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明者らは上記低分子NOドナーの新規な誘導体を開発すべく検討した。その結果、当該ドナーを水性媒体中で高分子ミセルを形成しうるブロック共重合体に共有結合せしめた高分子誘導体に由来する高分子ミセルは、結合されている低分子NOドナーが通常の生体環境下で分解されることなく、かつ、NOが徐放されることなく保持される一方で、光刺激に効果的に応答しその場でNOを生成できることが確認できた。
【0009】
より具体的には、生体適合性であり、かつ、水溶性に優れるポリエチレングリコール鎖セグメントと疎水性のポリ(4−クロロメチルスチレン)鎖セグメントを含むブロック共重合体(PEG−b−PCMS)の側鎖に、光刺激応答性NOドナーを共有結合を介して
導入することで、光刺激応答性NOドナーを有するブロック共重合体(PEG−b−PCNTP)を効率よく提供できることを見出した。また、このPEG−b−PCNTPは簡便な透析法によって粒径が40nm程度の分散安定性の高い高分子ミセルを形成し、得られた高分子ミセルは生体環境下で光照射によって選択的にNOを生成すること、すなわちPEG−b−PCMSを用いて低分子NOドナーを高分子化誘導体とすることで、所望の生体内領域で、所望のタイミングでNOを発生できる高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体を極めて効率よく提供できることを見出した。さらに、好ましさが劣る場合があるもののPCMS鎖に代え一定の疎水性ポリマー鎖を用いたブロック共重合体も同様な特性を有する高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体を提供できることも見出した。
【0010】
したがって、本発明によれば、一般式(I)

A−(CH−CHO)−L−(NO−donor)−Z (I)

で表され、
式中、Aは、非置換または置換C−C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は、ホルミル基、式RCH−(ここで、RおよびRは独立して、C−CアルコキシまたはRとRは一緒になって−OCHCHO−、−O(CHO−もしくは−O(CHO−を表す。)の基を表し、
は、結合、−(CHS−、−CO(CHS−、−(CHNH−、−(CHCO−(ここで、各cは1〜5、好ましくは1または2の整数である。)、−CO−、−COO−及び−CONH−からなる群より選ばれる連結基を表し、
NO−donorは低分子NOドナーが側鎖に共有結合した疎水性ポリマー鎖を表し、
Zは水素原子、ヒドロキシ、非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキルコキシまたは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキルカルボニルを表し、
mは、20〜5,000の整数を表す、
であるNOドナーの高分子化誘導体が提供される。
【0011】
より具体的で、好ましい態様の本発明としては、一般式(II)
【0012】
【化1】

【0013】
式中、Aは、非置換または置換C−C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は、ホルミル基または式RCH−の基を表し、ここで、R及びRは独立して、C−CアルコキシまたはRとRは一緒になって−OCHCHO−、−O(CHO−もしくは−O(CHO−を表し、
は、原子化結合、−(CHS−、−CO(CHS−、からなる群より選ばれる連結基を表し、ここでaは1ないし5、好ましくは2の整数であり、
は、結合、−O−、−NH−、−(CH−O−、−(CH−NH−、
−(CH−OCO−、−(CH−NHCO−、−(CH−COO−および−(CH−CONH−よりなる群から選ばれる連結基(なお、結合は先頭の−がベンゼン環に結合する方向性をとる)を表し、bは0〜3の整数であり、
Rは、式
【0014】
【化2】

【0015】
の基を表し、
1−1は、少なくとも1つがニトロ基に対してオルト位に結合しており、C−Cアルキル、1以上のハロゲン原子で置換されたC−Cアルキル、モノもしくはジ−C−Cアルキル、C−Cアルキルオキシ、ジ−もしくはトリ−C−Cアルキルシリル、フェニル、ナフチル、アントラセニル、ピレニル、フェノキシ、ピロリル、ピリジル、イミダゾール、モルホリル、チオフェニル、チアゾール、アミノ、ニトロ、シアノ、ヒドロキシル、ヒドロキシメチル、アルデヒド、カルボキシル、カルボン酸エステル、カルボン酸アミド、スルホ、スルホン酸エステル、スルホン酸アミドおよびヒドラジドよりなる群から選ばれ、
pは1〜4の整数を表し、
−X−は、結合、−(CH−、および−(CH−(CH=CH)e−(CH−よりなる群から選ばれ、dは1〜6の整数を表し、eは0〜3の整数を表し、
は、結合、メチルイミノ、メチルイミノメチル、メチルオキシ、メチルオキシメチル、メチルエステル及びメチルエステルメチルからなる群より選ばれる連結基を表し、
mは、20〜5,000の整数であり、
nは、3〜1,000の整数であり、かつ、
Rは、Rの総数nの50%未満、好ましくは30%未満、より好ましくは10%未満、特に好ましくは、5%未満が水素原子であることができる、
で表されるNOドナーの高分子化誘導体が提供される。
【0016】
上記のNOドナーの高分子化誘導体は、水性媒体中で高分子ミセルを形成し、かかる高分子ミセルは、
a)ナノサイズでかつ外殻(シェル)に水溶性高分子PEG鎖を有していることから、高い生体適合性と分散安定性を有する;
b)数十ナノメートルの粒径を有しているため、生体内投与時に腎糸球体によるろ過排泄を回避し、かつEnhanced permeation and retention(EPR)効果によるガン組織への集積効果が期待できる。
【0017】
また、当該高分子ミセルは、ミセル内核(コア)に、光刺激によって始めてNOを生成するNOドナー部位が存在していると予測され、EPR効果によるガン組織への集積(パッシブターゲッティング)効果に加え、NOドナー集積部位と光照射部位が一致したときにのみに効果が現れるダブルターゲティング効果も期待できる。
【0018】
したがって、本発明によれば、上記NOドナーの高分子化誘導体を有効成分とし、必要により、希釈剤もしくは製薬学上常用される賦形剤を含んでなる、抗ガン剤も提供される。
【発明の詳細な記述】
【0019】
以下、本発明の具体的な態様または本発明を規定する用語について説明する。
【0020】
低分子NOドナーとは、ニトロベンゼン誘導体を包含するニトロ単−乃至多−環芳香族炭化水素であって、光化学反応によりNOを生成できる化合物をいう。低分子とは、重合体に対向する概念の化合物であり、本発明により高分子化した場合に、水性媒体中で形成される高分子ミセルの径が数百nm以下のオーダーになる分子サイズの化合物をいう。
【0021】
通常、ニトロ単−乃至多−環芳香族炭化水素の光化学反応性は、ニトロ基の配向が大きく影響する。基底状態において、ニトロ基が芳香族環に対し面外配向した場合(芳香環が形成する平面とねじれた配向をとった場合)、ニトロ基の酸素のp軌道と、ニトロ基に隣接する芳香環炭素のp軌道との重なり生じる。これが光励起状態になると、ニトロ(NO)基から亜硝酸エステル(−O−NO)基への窒素−酸素原子の再配列(ニトロー亜硝酸エステル光再配列)が誘導され、亜硝酸エステル基が生じる。この反応は、芳香環が形成する平面とニトロ基の配向が垂直に近いほど(すなわち、ねじれが大きいほど)起こりやすい。こうして生成した亜硝酸エステルは、光照射によって容易に炭素−窒素結合が開裂し、一酸化窒素(NO)を生成する。本発明にいう、限定されるものでないが、光反応によりNOを生成できるとは、上記のような反応機序によりNOを生成できるものをいう。したがって、典型的な低分子NOドナーまたは低分子NOドナー部分としては、例えば、上記、非特許文献6および7に記載される化合物または当該化合物から水素原子を除去した残基を挙げることができる。
【0022】
このような低分子NOドナーを高分子化して得られる、本発明に従うNOドナーの高分子化誘導体中の低分子NOドナーが側鎖に共有結合した疎水性ポリマー鎖(NO−donor)セグメントは、限定されるものでないが、下記の反応性側鎖基を有するポリマー鎖と、必要があれば、低分子NOドナーにそれ自体公知の手段により適当な官能基(−OH、−NH、−NHNH、−COOH等)を導入した後に反応せしめて共有結合させることにより形成できる。
【0023】
反応性側鎖基を有するポリマー鎖の例:
【0024】
【化3】

【0025】
ここで、pは1または2を表し、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリアミノ酸エステル鎖セグメント;
【0026】
【化4】

【0027】
ここで、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、Rは水素原子またはCアルキル基、好ましくはメチル基を表し、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ((メタ)アクリル酸エステル)鎖セグメント;
【0028】
【化5】

【0029】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のスチレン−無水マレイン酸共重合体鎖セグメント;
【0030】
【化6】

【0031】
ここで、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリリンゴ酸エステル鎖セグメント;
【0032】
【化7】

【0033】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリアミック酸鎖セグメント;
【0034】
【化8】

【0035】
ここで、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリマレイミド鎖セグメント;
【0036】
【化9】

【0037】
ここで、Lは塩素、臭素またはヨウ素原子を表し、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(ハロメチルスチレン)鎖セグメント;
【0038】
【化10】

【0039】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(塩化ビニル)鎖セグメント;
【0040】
【化11】

【0041】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の
整数を表す、
のポリ(クロロプレン)鎖セグメント;
【0042】
【化12】

【0043】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(グリシジル メタクリレート)鎖セグメント;
【0044】
【化13】

【0045】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(2−ヒドロキシエチル メタクリレート)鎖セグメント;
【0046】
【化14】

【0047】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリエピクロロヒドリン鎖セグメント;
【0048】
【化15】

【0049】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ−3,3−ビスクロロメチルオキセタン鎖セグメント;
【0050】
【化16】

【0051】
ここで、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(オキサゾリン)鎖セグメント;
【0052】
【化17】

【0053】
ここで、a及びbは独立して3〜500の整数を表す、
のポリシロキサン鎖セグメント;
【0054】
【化18】

【0055】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(ビニルフェニルボロン酸)鎖セグメント;
【0056】
【化19】

【0057】
ここで、nはそれぞれ3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
の1−ナイロン鎖セグメント;及び
【0058】
【化20】

【0059】
ここで、nは3〜1,000、好ましくは5〜500、より好ましくは10〜300の整数を表す、
のポリ(ビニルベンズアルデヒド)鎖セグメント。
【0060】
さらに、上記式(I)において、
Zは水素原子、ヒドロキシ、非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキルコキシまたは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキルカルボニルを表す、ジブロック共重合体を挙げることができる。
【0061】
しかし、特に、ブロック共重合体の反応性基を担持する疎水性鎖セグメントが、式
【0062】
【化21】

【0063】
ここで、Lは塩素、臭素またはヨウ素原子を表し、nは3〜1,000の整数を表す、のポリ(ハロメチルスチレン)鎖セグメントである、ブロック共重合体を好ましく使用できる。
【0064】
このようなブロック共重合体の一部は公知であり、例えば、疎水性セグメントがポリアミノ酸エステル鎖セグメントを表すものは特許第2690276号公報(または米国特許第5,449,513号明細書)等により、また、ポリ((メタ)アクリル酸エステル鎖セグメントを表すものは特許文献3により公知である。その他のブロック共重合体は上記ブロック共重合体の製造方法または本明細書に後述する製造例1を参照すれば当業者にとって容易に取得できるであろう。なお、本発明で使用するブロック共重合体を規定する一般式中の連結基または反復単位を式で表す場合には、記載されている方向性でそれが一般式中組込まれることが意図されている。
【0065】
こうして提供できる、低分子NOドナーが側鎖に共有結合した疎水性ポリマー鎖(NO−donor)セグメントを含む本発明に従うNOドナーの高分子化誘導体の好ましい態様は、上記の一般式(II)で表される化合物である。このような一般式(II)における、上記式
【0066】
【化22】

【0067】
の基の好ましいものとしては、限定されるものでないが、Xに結合するフェニル基を基準にすると、
(i)3−(C−Cアルキル)−4−ニトロフェニル、3−(C−C分岐アルキル)−4−ニトロフェニル、3,5−ジ−(C−Cアルキル)−4−ニトロフェニル、
(ii)3−[1個以上のハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素もしくはヨウ素)で置換されたC−Cアルキル]−4−ニトロフェニル、3,5−ジ−[1個以上のハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素もしくはヨウ素)で置換されたC−Cアルキル]−4−ニトロフェニル、
(iii)3−(モノ−もしくはジ−C−Cアルキル)アミノ−4−ニトロフェニル、3,5−ジ−(モノ−もしくはジ−C−Cアルキル)アミノ−4−ニトロフェニル、
(iv)3−(C−Cアルキル)オキシ−4−ニトロフェニル、3,5−ジ−(C−Cアルキル)オキシ−4−ニトロフェニル
から選ばれるフェニル基がXに結合したものを挙げることができる。
【0068】
以上の化合物を特定する各基または各基の部分について、例えばC−C12アルコキシまたはC−Cアルキルオキシにおけるアルキル部分は、直鎖もしくは分枝のアルキルであり、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシル、n−オクチルおよびn−ドデシル等であることができる。したがって、C−Cアルキルには、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチルおよびn−ヘキシル等が包含される。
【0069】
1個以上のハロゲン原子で置換されたC−Cアルキルにいうハロゲン原子は、フッ素、塩素、臭素またはヨウ素である。かようなハロゲン原子で置換されたアルキル基としては、限定されるものでないが、例えば、トリフルオロメチル、トリクロロメチル、トリブロモメチル、ジクロロマチル、ジブロモメチル、テトラフルオロエチル、テトラクロロエチルおよびテトラブロモエチル等を挙げることができる。
【0070】
本発明に従う、NOドナーの高分子化誘導体は、水性媒体、例えば、水、燐酸化生理食塩水、または水混和性有機溶媒(N,N−ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、アセトン、ジメチルアセトアミド、メタノール等)を含有した水溶液中で高分子ミセルを形成できる。
【0071】
こうして形成された高分子ミセルを、本明細書では、高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体ともいうが、これらは通常、平均径が100nm以下のサイズであり、これを構成する高分子誘導体(ブロック共重合体)の1本あたり約10から20個程度のNO生成部位が導入されているものが、例えば、製薬学的製剤の有効成分として好ましく使用できる。製薬学的製剤には、必要により、希釈剤、精製水、生理条件下で常用されている緩衝剤による緩衝化水溶液等の希釈剤、または単糖、二糖、オリゴ糖、ポリエチレングリコール、等の当該技術分野で常用されている賦形剤を含めることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】実施例1(a)で得られたPEG−b−PCMSのH−NMRの測定結果および、対応する構造式を示す。
【図2】実施例1(b)で得られたPEG−b−PCNTPのH−NMRの測定結果および、対応する構造式を示す。
【図3】実施例1の(a)および(b)で得られたPEG−b−PCMSおよびPEG−b−PCNTPそれぞれのFT−IRのスペクトラムである。
【図4】実施例2により得られたPEG−b−PCNTPの高分子ミセルの動的光散乱測定結果を示す。
【図5】実施例3におけるESRスペクトラムである。
【図6】実施例4におけるグリース試験の結果を表す。
【図7】実施例5における細胞毒性試験の結果を表す。
【発明を実施するための形態】
【0073】
以下、本発明をさらに具体的に説明するために特定の具体例を記載するが、これは発明の説明を簡潔にするためであり、本発明をこれらの態様に限定することを意味するものでない。
【実施例1】
【0074】
光刺激応答性NOドナーを有するブロック共重合体の製造
(a)片末端にチオール基を有するポリエチレングリコール(PEG−SH,M=5000)1g、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル17mgを反応容器に加え、反応容器内の窒素置換を3回繰り返した。さらに、反応容器内に窒素ブローしながらp−クロロメチルスチレン1.5g(1.4ml)、トルエン12mlを加えた。密閉した反応容器を60℃まで加熱し、24時間撹拌した。反応混合物を600mlのヘキサンに滴下し、生じた白色の沈殿をろ過によって回収した。回収物は、ジエチルエーテルで3回洗浄を行った後、ベンゼン凍結乾燥を行った。収量は1.2gであり、収率は48.2%であった。得られたポリエチレングリコール−ポリクロロメチルスチレンブロック共重合体(PEG−b−PCMS)の組成は、H−NMRの測定結果(図1参照)からPEGセグメントの分子量が5000g/mol、PCMSセグメントの分子量が約1830g/mol(重合度n=12)と決定した。
【0075】
(b)PEG−b−PCMS150mg、4−ニトロ−(3−トリフルオロメチル)フェノール(NTP)128mg、炭酸カリウム256mgをそれぞれはかり取り、5mlのジメチルホルムアミドに溶解させた後、遮光条件下で90℃に加熱して1晩撹拌した。不溶物をろ過で除去した後、ろ液を分画分子量3500の透析膜に入れ、メタノールに対して透析を行った。透析膜内液を回収し、エバポレートした後の残渣をベンゼンに溶解し、凍結乾燥してPEG−b−PCMSの側鎖にさらに、3−トリフルオロメチル−4−ニトロフェノキシ−メチル基の導入された高分子化誘導体(PEG−b−PCNTP)の黄色粉末を得た。回収量は161mg、回収率は82.5%であった。PEG−b−PCNTPの構造はFT−IR(図3参照)およびH−NMRによって確認を行い、PEG−b−PCMSの全てのクロロメチル基にNTPが導入されていることを確認した(図2参照)。
【実施例2】
【0076】
高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体の製造
PEG−b−PCNTP10mgをはかり取り、2mlのジメチルホルムアミドに溶解させた。これを分画分子量3500の透析膜に入れ、室温下、暗所にて純水に対し透析を行った。透析膜内液を回収し、当該ミセル溶液とした。ミセル溶液の濃度は、所定量のミセル溶液を凍結乾燥し、そこに含まれるポリマー重量を測定することによって決定した。得られたミセル溶液の動的光散乱測定から、平均粒径が約40nmの単峰性の粒度分布を有するミセル様会合体の形成を確認した(図4参照)。
【実施例3】
【0077】
スピントラップ法による高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体のNO生成能の評価
硫酸第一鉄22mgとN−(ジチオカルバモイル)−N−メチル−D−グルカミンナトリウム塩(MGD)5.5mgを十分に脱酸素処理した純水中で混合し、Fe(II)(MGD)錯体水溶液を調製した。実施例2で調製した高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体中のNTP部位とFe(II)(MGD)錯体のモル比が1:20となるよう混和し、サンプル溶液を調製した。サンプル溶液を石英セルに入れ、高圧水銀灯を用いて紫外線(365nmにて54mW/cm)を照射した後、この溶液のESRスペクトルの測定を行ったところ、ニトロソ化されたFe(II)(MGD)錯体由来のシグナルが確認され、光照射に伴い高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体からNOが生成していることが確認された(図5参照)。
【実施例4】
【0078】
グリース試験法による高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体の評価
実施例2で製造した高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体溶液を、NTPユニット換算で1mMとなるように濃度を調製し、石英セルに移して高圧水銀灯を用いて紫外線を照射した。照射を開始してから5、10、15および30分後に溶液をサンプリングし、グリース試験法によって溶液中のNO濃度を比色定量した。グリース試験とは、水中で生成したNOが水や溶存酸素との反応を経てNO2−、NO3−となることを利用して、溶液中のNO2−、NO3−を定量することによってNO濃度を換算するものである。尚、グ
リース試験は、Dojindo社製のNO/NOAssay Kit−CII(Colorimetric)“Griess Reagent Kit”を用い、同社推奨プロトコルに従って行った。溶液中におけるNOの生成量は、照射時間および照射光強度によって変化した。例えば、365nmにて54mW/cmの紫外線照射を行った場合、開始後10分で約20M、30分で約60MのNOの生成を確認した(図6参照)。
【実施例5】
【0079】
高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体の細胞毒性評価
96wellプレートに、5x10個/wellとなるようにマウス由来結腸ガン細胞(colon 26)を播種し、24時間培養した。ここに実施例2で製造した高分子ミセル型光刺激応答性NO供与体溶液を添加し、24時間接触させた後、新しい培地に交換し、水銀ランプを用いて紫外光(300−390nm,34mW/cm)を一定時間(最大で10分間)照射した。その後、さらに培養を続け24時間後の生細胞数をDojindo社製Cell Counting Kit−8を用いて評価した。その結果、当該NO供与体は、紫外光を照射しなければ0.4mg/mlの濃度でも全く細胞毒性を示さないのに対し、同じ条件下でcolon 26と接触させた後、紫外線を照射したものは、有意に生細胞数が減少することが確認された。当該ミセルと接触させなかったcolon 26に対し、同様の紫外線を照射しても細胞毒性は全く見られなかったことから、ここで見られた細胞毒性は、当該NO供与体を取り込んだcolon 26細胞に紫外線が照射されることによって、細胞内でNOが大量に生成し、ガン細胞の増殖が抑制あるいはアポトーシスが誘発されたことに起因するものと考えられる(図7参照)。
【0080】
以上より、本発明に従う、NO供与体のNO生成能を評価したところ、光非照射時(暗所)ではNOは全く生成しないのに対し、300nm以上の紫外光を照射した場合にのみNOを生成し、その量は照射波長や強度、時間に依存することが明らかとなった。
【0081】
さらに当該光刺激応答性NO供与体を、ガン細胞に一定時間接触させた後、紫外光を照射しその影響を評価したところ、当該ミセルから生成したNOに起因する顕著な抗ガン効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、生体内のガン組織へ集積し、且つ集積箇所に光照射を行った時にのみNOを生成する高分子ミセル型NO供与体が提供できる。かような高分子ミセル型NO供与体は正常組織への副作用の少ない新しい光線力学療法によるガン治療開発が期待できる。したがって、本発明は、医薬製造業で利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)

A−(CH−CHO)−L−(NO−donor)−Z (I)

上式中、Aは、非置換または置換C−C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は、ホルミル基、式RCH−(ここで、RおよびRは独立して、C−CアルコキシまたはRとRは一緒になって−OCHCHO−、−O(CHO−もしくは−O(CHO−を表す。)の基を表し、
は、結合、−(CHS−、−CO(CHS−、−(CHNH−、−(CHCO−(ここで、各cは1〜5、好ましくは1または2の整数である。)、−CO−、−COO−及び−CONH−からなる群より選ばれる連結基を表し、
NO−donorは低分子NOドナーが側鎖に共有結合した疎水性ポリマー鎖を表し、
Zは水素原子、ヒドロキシ、非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキルコキシまたは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキルカルボニルを表し、
mは、20〜5,000の整数を表す、
で示されるNOドナーの高分子化誘導体。
【請求項2】
一般式(II)
【化1】

上式中、Aは、非置換または置換C−C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は、ホルミル基または式RCH−の基を表し、ここで、R及びRは独立して、C−CアルコキシまたはRとRは一緒になって−OCHCHO−、−O(CHO−もしくは−O(CHO−を表し、
は、原子化結合、−(CHS−、−CO(CHS−、からなる群より選ばれる連結基を表し、ここでaは1ないし5、好ましくは2の整数であり、
は、結合、−O−、−NH−、−(CH−O−、−(CH−NH−、−(CH−OCO−、−(CH−NHCO−、−(CH−COO−および−(CH−CONH−よりなる群から選ばれる連結基(なお、結合は先頭の−がベンゼン環に結合する方向性をとる)を表し、bは0〜3の整数であり、
Rは、式
【化2】

の基を表し、
1−1は、少なくとも1つがニトロ基に対してオルト位に結合しており、C−C
アルキル、1以上のハロゲン原子で置換されたC−Cアルキル、モノもしくはジ−C−Cアルキル、C−Cアルキルオキシ、ジ−もしくはトリ−C−Cアルキルシリル、フェニル、ナフチル、アントラセニル、ピレニル、フェノキシ、ピロリル、ピリジル、イミダゾール、モルホリル、チオフェニル、チアゾール、アミノ、ニトロ、シアノ、ヒドロキシル、ヒドロキシメチル、アルデヒド、カルボキシル、カルボン酸エステル、カルボン酸アミド、スルホ、スルホン酸エステル、スルホン酸アミドおよびヒドラジドよりなる群から選ばれ、
pは1〜4の整数を表し、
−X−は、結合、−(CH−、および−(CH−(CH=CH)e−(CH−よりなる群から選ばれ、dは1〜6の整数を表し、eは0〜3の整数を表し、
は、メチルイミノ、メチルイミノメチル、メチルオキシ、メチルオキシメチル、メチルエステル及びメチルエステルメチルからなる群より選ばれる連結基を表し、
mは、20〜5,000の整数であり、
nは、3〜1,000の整数であり、かつ、
Rは、Rの総数nの50%未満が水素原子であることができる、
で示されるNOドナーの高分子化誘導体。
【請求項3】
請求項1または2に記載のNOドナーの高分子化誘導体を有効成分として含んでなる、抗ガン剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−173960(P2011−173960A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37558(P2010−37558)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】