説明

高分子ミセル型MRI造影剤

【課題】固形癌組織を特異的に映像化するのに適したGd内包高分子ミセル型MRI造影剤であって、高分子ミセルからのGdイオンの漏出がない、新規なGd内包高分子ミセル型MRI造影剤を提供すること。
【解決手段】MRI造影剤は、親水性ポリマー鎖セグメントと、アミノ基を含む側鎖を複数有するセグメントであって該複数のアミノ基の一部又は全部にガドリニウムキレート化剤残基が直接又はリンカー構造を介して結合されており、かつ、該ガドリニウムキレート化剤残基の一部又は全部にガドリニウムイオンがキレートされているガドリニウム含有セグメントとを含むブロックコポリマーと、該ガドリニウム含有セグメントが、高分子ミセル形成時に正の電荷を有する場合にはポリアニオン、負の電荷を有する場合にはポリカチオンとから水系媒体中で形成された高分子ミセルを有効成分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核磁気共鳴画像造影剤に関し、より具体的には、ガドリニウム(Gd)内包高分子ミセルを有効成分とする造影剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんに対する療法は外科療法、放射線療法、化学療法の3つに大別される。各療法の進歩によって、有効率・治癒率は向上を続けているものの、がん発生率の上昇に追いつけずに、死亡率の増加を許しているのが現状である。これらの療法に共通しているのは、がんが早期に発見されれば治療成績は大きく向上することである。よって診断技術の進歩はがん死亡率低下に大きく貢献できる。
【0003】
がんの診断技術には、採取した細胞の組織学的診断、血液の生化学的検査、画像診断等がある。画像診断は、X線CT、核磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging,以下、「MRI」と略す)、超音波画像などがあるが、その中で、MRIはX線などの被爆がなく非侵襲性であり、X線CTに次ぐ解像度が得られることなどが特長である。
【0004】
このMRIの診断精度を上昇させる目的で、MRI造影剤が用いられている。MRI造影剤を血液内に投与した後に、MRIの撮影を行う。このMRI造影剤として頻繁に用いられているのはGdイオンを配位した低分子キレート化合物である。この様な錯体または複合体の代表例は商品名Magnevistの下に市販されているGd-DTPAである(DTPAとは低分子キレート化剤のジエチレントリアミン五酢酸であり、1分子のDTPAがGd1イオンを配位している)。このキレート化剤中のGdイオンは周辺に存在する水分子の水素原子に働きかけて、そのT1(縦緩和時間)を短縮させる。MRI測定の際に種々の装置パラメーターを適切に設定することで、この短縮したT1を有する水分子をその他の水分子と画像上で明確に区別することが可能となる。よって、このT1短縮効果のおかげで、MRI画像上で高いコントラストを与えることができる。Gd−DTPAは主に血液をコントラスト高く映し出すことで、がん組織の異常血管形成を明瞭にすることで画像診断に役立てている。よって、Gd−DTPAそれ自体は固形がんなどに選択性があるわけではない。また、Gd−DTPAは低分子であるために血管から組織への浸透が速いので、造影剤が生体に注入された後すぐにMRI造影を開始しなければならない。たとえば患者が急に気分が悪くなって2時間ほど休息するような場合には、MRI造影は造影剤の注入からやり直さねばならない。
【0005】
以上のような低分子MRI造影剤の弱点を補い、さらに性能の高い造影剤の開発を目指して、MRI造影効果のあるGdイオンを高分子に結合させる研究が1980年代から行われてきた。これらの研究は、主として、高分子の性質によって造影剤が固形がんなどに夕一ゲティングされ、標的に選択的なMRI画像が得られ、疾患のより正確な診断に役立て得ることを可能にすることを目的とし、さらには、高分子造影剤は血管から組織に拡散する速度が低分子造影剤よりも遅いことを利用し、投与後に適切な造影ができる時間範囲を広くし、患者及び医師の両方にとってMRI診断がより容易なものとすることを目的としている。
【0006】
この高分子化MRI造影剤の代表例としては、天然の高分子であるアルブミンや多糖誘導体や合成のポリ(L−リジン)誘導体を用いたものなどがある。より具体的には、以下の3つの例を挙げることができる。Wikstromらは、アルブミンにキレート剤DTPAを複数結合させそれにGdイオンを配位させたMRI造影剤を報告している(非特許文献1参照。)。Gdイオンが高分子物質のアルブミンに結合することにより、GdイオンあたりのT1を短縮能力(緩和能という)は低分子のGd−DTPAに比べて約4倍に増加している。これはGdイオンが高分子物質に結合することでGdイオンの動きが規制されるために、緩和能が上昇するものと理解されている。この緩和能の上昇は、高分子MRI造影剤の特長の1つである。また、Corotらは多糖のカルボキシメチルデキストランにキレート剤であるDOTA(テトラアザシクロドデカン四酢酸)を結合させ、それにGdイオンを配位させた高分子MRI造影剤を報告している(非特許文献2参照)。この例でも高分子化することにより、T1の緩和能は上昇し、対応する低分子MRI造影剤であるDOTA−Gdの3.4に対し、高分子化したものでは10.6と3倍程になっている。この研究例ではラットに投与したときの血漿中濃度変化も観察している。静脈内投与後30分で、投与量の40%より少し多い量が血漿中に存在したと報告されている。対応する低分子の造影剤DOTA−Gdに比べると約5倍高い濃度であるが、固形がんにターゲティングまたは送達するためには、これでも血液循環性は不足していると考えられる。
【0007】
高分子の構造を最適化し、血液中を長期間に渡って安定に循環し、固形がんへの選択的ターゲティング(またはデリバリー)をもっとも良く達成し得た研究例は、Weisslederらによるものである(非特許文献3参照)。彼らは、ポリ(L−リジン)にポリエチレングリコール鎖を結合させた高分子をキャリヤーに用いることで、DTPAに配位したGdを、血液中を長期間渡って安定に循環して固形がんにターゲティングすることに成功している(150g程度の体重のラットに投与24時間後の、固形がんへの蓄積量が約1.5%dose/gであった)。しかし、この場合でも明確ながんの画像を得ることに成功していない。
【0008】
本出願人は、先に、固形癌組織に選択的に集積し、固形癌組織において解離して高い緩和能を発揮する、Gd内包高分子ミセルを有効成分とするMRI造影剤について特許出願した(特許文献1、非特許文献4)。このGd内包高分子ミセルは、親水性ポリマー鎖セグメントと、側鎖にカルボキシル基及びキレート化剤残基を有するポリマー鎖セグメントとを含んで成るブロックコポリマーと、該ブロックコポリマーに配位したガドリニウム原子と、ポリアミンとから形成されるものであり、固形癌組織に集積する性質を有し、血液中では解離しないが固形癌組織中で解離して高い緩和能を発揮するため、固形癌組織を選択的にかつ鮮明に映像化できるものである。
【0009】
【特許文献1】国際公開WO 2006/003731
【非特許文献1】Investigative Radiology,24,609-615 (1989)
【非特許文献2】Acta Radiologia,38,supplement 412,91-99 (1997)
【非特許文献3】J.Drug Targeting,4,321-330 (1997)
【非特許文献4】Journal of Controlled Release, 2006, Vol 114,Pages 325-333
【非特許文献5】Bioconjugate Chem., 1990, 1, 65-71
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載されたGd内包高分子ミセル型MRI造影剤は、固形癌組織を選択的に鮮明に映像化できる優れたものであるが、高分子ミセルからGdイオンがわずかに漏出する恐れがあることを本願発明者らは見出した。Gdイオンは毒性があるので、微量でも漏出しないことが望まれる。
【0011】
従って、本発明の目的は、固形癌組織を特異的に映像化するのに適したGd内包高分子ミセル型MRI造影剤であって、高分子ミセルからのGdイオンの漏出がない、新規なGd内包高分子ミセル型MRI造影剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、特許文献1に記載される高分子ミセルからのGdイオンの漏出は、高分子ミセルを構成するブロックコポリマー中の、側鎖にカルボキシル基及びキレート化剤残基を有するポリマー鎖セグメントの該カルボキシル基が、ミセル形成時に水系媒体中で電離してCOO-となり、このCOO-がGd3+と結合することにより、Gd3+の一部が、キレート化剤にキレートされることなく、ブロックコポリマーに電気的に結合し、この電気的にブロックコポリマーに結合したGd3+が水系媒体中で離脱することに起因するものではないかと考えた。そして、このCOO-とGd3+との結合は、キレート化剤を結合する官能基として、カルボキシル基ではなく、水系媒体中で正に帯電するアミノ基を用いることにより防止することができ、それによって、高分子ミセルからのGd3+の漏出を防止し得ることに想到し、これを実験的に確認して本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、親水性ポリマー鎖セグメントと、アミノ基を含む側鎖を複数有するセグメントであって該複数のアミノ基の一部又は全部にガドリニウムキレート化剤残基が直接又はリンカー構造を介して結合されており、かつ、該ガドリニウムキレート化剤残基の一部又は全部にガドリニウムイオンがキレートされているガドリニウム含有セグメントとを含むブロックコポリマーと、該ガドリニウム含有セグメントが、高分子ミセル形成時に正の電荷を有する場合にはポリアニオン、負の電荷を有する場合にはポリカチオンとから水系媒体中で形成された高分子ミセルを有効成分とするMRI造影剤を提供する。また、本発明は、上記本発明のMRI造影剤の有効成分である高分子ミセルを構成するブロックコポリマーを提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、固形癌組織を特異的に映像化するのに適したGd内包高分子ミセル型MRI造影剤であって、高分子ミセルからのGdイオンの漏出がない、新規なGd内包高分子ミセル型MRI造影剤及び該高分子ミセルを構成する新規なブロックコポリマーが初めて提供された。本発明のGd内包高分子ミセル型MRI造影剤では、Gd内包高分子ミセルからのGdイオンの漏出がないので、特許文献1に記載されたGd内包高分子ミセル型MRI造影剤に比べて安全性が高い。また、本発明のブロックコポリマーは、特許文献1に記載されたブロックコポリマーよりも合成が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
上記の通り、本発明のMRI造影剤の有効成分として用いられるGd内包高分子ミセルを構成するブロックコポリマーは、親水性ポリマー鎖セグメントと、アミノ基を含む側鎖を複数有するセグメントであって該複数のアミノ基の一部又は全部にガドリニウムキレート化剤残基が直接又はリンカー構造を介して結合されており、かつ、該ガドリニウムキレート化剤残基の一部又は全部にガドリニウムイオンがキレートされているガドリニウム含有セグメントとを含む。
【0016】
上記親水性ポリマー鎖セグメントは、後述するガドリニウム含有セグメントよりも親水性が高いセグメントであり、水系媒体中で高分子ミセルを形成した際にミセルの外側に来る領域である。親水性ポリマー鎖セグメントは、水系媒体中での高分子ミセルの形成を可能にするものであれば特に限定されないが、高分子ミセルを形成しやすく、毒性がない又は低いという観点から、ポリエチレングリコール鎖、ポリビニルアルコール鎖及びポリビニルピロリドン鎖から成る群より選ばれる少なくとも1種から成るものであることが好ましく、特に、ポリエチレングリコール鎖から成るものが好ましい。親水性ポリマー鎖セグメントの分子量は、直径が10nm〜100nm程度の高分子ミセルを効率良く形成する観点から、2000〜2万程度が好ましく、4000〜12000程度がさらに好ましい。
【0017】
上記ガドリニウム含有セグメントは、アミノ基を有する側鎖を複数有するポリマー鎖から誘導されるものである。このようなポリマー鎖は、側鎖に複数のアミノ基を有し、水系媒体中での高分子ミセルの形成を可能にするものであれば特に限定されないが、高分子ミセルを形成しやすく、毒性がない又は低いという観点から、側鎖にアミノ基を有するアミノ酸(天然のタンパク質を構成するアミノ酸に限定されない)がペプチド結合したポリアミノ酸が好ましく、特にポリリシンが好ましい。なお、ポリリシンを構成するリシンはL体でもD体でもよい(同様に、本明細書及び特許請求の範囲に記載されるアミノ酸であって、光学異性体が存在するアミノ酸は、特に断りがない限りL体でもD体でもよい)。アミノ基を有する側鎖を複数有するポリマー鎖(キレート化剤導入前)の分子量は、直径が10nm〜100nm程度の高分子ミセルを効率良く形成する観点から、2000〜3万程度が好ましく、2000〜1万程度がさらに好ましい。
【0018】
アミノ基を有する側鎖を複数有するポリマー鎖の該側鎖のアミノ基の一部又は全部に、ガドリニウムキレート化剤残基が直接又はリンカー構造を介して結合される。ここで、ガドリニウムキレート化剤としては、ガドリニウムイオンをキレートできるものであれば特に限定されず、市販のMRI造影剤に用いられている、1,4,7.10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-四酢酸(DOTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、テトラアザシクロドデカン及び1,4,7-トリス(カルボキシメチル)-10-(2'-ヒドロキシプロピル)-1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン(DO3A)等を好ましく用いることができる。これらのうち、構造が安定していてGdイオンをしっかりと保持できる観点からDOTAが特に好ましい。DOTAの化学構造を以下に示す。
【0019】
【化1】

【0020】
なお、DOTAを上記アミノ基と結合させる際、DOTAの4つの酢酸のうちの1つのカルボキシル基が、該アミノ基とのアミド結合に供される。以下、このアミド結合に供されたDOTA残基、すなわち、下記構造式で表される基を「DOTA基」ということがある。
【0021】
【化2】

【0022】
ガドリニウムキレート化剤は、上記アミノ基に、アミド結合等により直接結合してもよいし、リンカー構造を介して結合させることもできる。リンカー構造は、単に上記アミノ基とGdキレート化剤を連結する構造であるから、高分子ミセルの形成に悪影響を与えないものであればその構造は何ら限定されるものではなく、好ましい例として、-OC-(CH2)u-NH-(ここでuは、1〜8の整数)等を挙げることができる。
【0023】
上記アミノ基に結合されたキレート化剤残基の一部又は全部には、Gd3+イオンがキレートされる。
【0024】
上記した親水性ポリマー鎖セグメントと、ガドリニウム含有セグメントとは、直接結合されていてもよいが、通常、(1) −NH−、−R−(CHr−R−(ここでRはOCO、OCONH、NHCO、NHCONH、COOまたはCONHを表し、RはNHまたはOを表し、rは1〜6の整数を表す)等や、(2) COまたは−R−(CH−R−(ここでRはOCO、OCONH、NHCO、NHCONH、COOまたはCONHを表し、RはCOを表し、rは1〜6の整数を表す)等の基を介して結合される。
【0025】
上記したブロックコポリマーの好ましい例として、下記一般式[I]ないし[VIII]で表されるものを挙げることができる。なお、ブロックコポリマーは、単独でも、2種又はそれ以上のものを混合して用いることもできる。
【0026】
【化3】

【0027】
【化4】

【0028】
【化5】

【0029】
【化6】

【0030】
【化7】

【0031】
【化8】

【0032】
【化9】

【0033】
【化10】

【0034】
(上記一般式[I]〜[VIII]中、Xは水素原子、C1−C6アルキル、ヒドロキシ−C1−C6アルキル、アセタールもしくはケタール化ホルミルC1−C6アルキル、アミノC1−C6アルキルまたはベンジル基を有し、
Zは水素原子もしくはヒドロキシ、C1−C6アルキルもしくはC1−C6アルキルオキシ、フェニル−C1−C4アルキルもしくはフェニル−C1−C4アルキルオキシ、C1−C4アルキルフェニルもしくはC1−C4アルキルフェニルオキシ、C1−C6アルコキシカルボニル、フェニル−C1−C4アルコキシカルボニル、C1−C6アルキルアミノカルボニル、またはフェニル−C1−C4アルキルアミノカルボニル基を有し、
nは10〜10,000の整数であり、好ましくは、親水性ポリマー鎖セグメントの上記した好ましい分子量を与える整数であり、
sは0〜6の整数であり、
mは1〜6の整数であり、好ましくは4であり、
tは1〜5の整数であり、好ましくは3であり、
Rは、水素原子、キレート化剤残基又はリンカー−キレート化剤残基を表し、該キレート化剤残基の一部又は全部にガドリニウムイオンがキレートされており、
p及びqは、相互に独立して1〜300の整数であり、好ましくは、アミノ基含有ポリマー鎖の上記した好ましい分子量を与える整数であり、
1は、−NH−または−R−(CHr−R−を表し、ここでRはOCO、OCONH、NHCO、NHCONH、COOまたはCONHを表し、RはNHまたはOを表し、
は、COまたは−R−(CH−R−を表し、ここでRはOCO、OCONH、NHCO、NHCONH、COOまたはCONHを表し、RはCOを表し、そしてrは1〜6の整数を表す)。
【0035】
本発明に関して使用するC−CアルキルまたはC−Cアルキルオキシ等の基中のアルキル部分は、炭素原子数が1〜6のアルキルであり、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、tert−ブチル、n−ヘキシル等を意味する。また、本明細書で用いる式中の結合またはリンカーは、示されている方向性を以って各基またはセグメントもしくはブロックを結合または連結しているものと理解されている。
【0036】
上記したブロックコポリマーは、それ自体が新規なものであり、本発明は、上記ブロックコポリマー自体をも提供するものである。
【0037】
本発明のブロックコポリマーは新規なものであるが、それ自体公知のセグメントやキレート化剤を結合することにより製造することができるので、市販又は容易に入手可能な材料を用い、有機化学の常識に従って容易に製造することができる。例えば次の反応スキームに準じて製造したブロックコポリマーにGdイオンを配位させることにより製造することができる。なお、下記の反応スキームは、好ましいブロックコポリマーの一例の製造方法を示しているが、他のブロックコポリマーも同様な方法により製造することができる。また、下記反応スキームの各工程自体は、当業者が化学常識に基づいて容易に実施することができ、下記実施例に条件を詳細に記載しているので、実施例の記述に準じて容易に実施することができる。
反応スキーム
【0038】
【化11】

【0039】
上記したGdイオン含有ブロックコポリマーと、場合によりポリ対イオンとを水系媒体中で共存させることにより、高分子ミセルが形成される。「水系媒体」は、水や水溶液を意味し、水溶液としては低濃度(好ましくは0.2M以下)のNaCl等の塩や、pHの調整に用いられる酸や塩基及び/又は後述する水混和性有機溶媒を含むものを挙げることができる。また、「場合により」とは、上記したガドリニウム含有セグメントが水系媒体中で電荷を有し、この電荷による静電的な反発のためにミセルが形成されにくいために使用が必要ないしは好ましい場合を意味し、多くの場合、Gdイオン含有ブロックコポリマーは水系媒体中で電荷を有するので、ポリ対イオンの使用が必要ないしは好ましい。すなわち、アミノ基は、中性領域のpHを有する水系媒体中で正の電荷を有し、カルボキシル基は中性領域のpHを有する水系媒体中で負の電荷を有する。Gd3+は言うまでもなく+3価の陽イオンである。上記ガドリニウム含有セグメントは、側鎖にあるアミノ基と、キレート化剤残基のカルボキシル基と、キレート化剤にキレートされたGd3+を有する(ただし、側鎖の全アミノ基にキレート化剤残基(リンカーを介してキレート化剤残基が結合している場合も含む)が結合されている場合にはアミノ基は有さない)。これらの電荷を合計した結果、ガドリニウム含有セグメントが全体として正の電荷を有する場合、負の電荷を有する場合(Gd3+がキレートされていないキレート化剤残基中のカルボキシル基の数が、キレート化剤残基が結合していない側鎖のアミノ基の数を上回る場合)及び電気的に中性の場合が生じ得る。これらのうち、中性の場合には、ポリ対イオンは不要であるが、ガドリニウム含有セグメントが、正の電荷を有する場合には、ポリ対イオンとしてポリアニオン、負の電荷を有する場合には、ポリ対イオンとしてポリカチオンの使用が必要ないしは好ましい。
【0040】
ポリ対イオンは、上記のブロックコポリマーと高分子ミセルを形成することのできるものであれば如何なる種類、如何なる分子量であってもよい。ポリアニオンとしては、特に限定されないが、高分子ミセルを効率良く形成すること及び安全性の観点から、ポリアスパラギン酸、デキストラン硫酸、ヒアルロン酸、ポリアクリル酸及びポリ(メタ)アクリル酸から成る群より選ばれる少なくとも1種のポリアニオンが好ましく、ポリカチオンとしては同様の観点からポリアリルアミン、ポリリシン、ポリアルギニン、キトサン、スペルミン及びスペルミジンから成る群より選ばれる少なくとも1種のポリカチオンが好ましい。ポリアニオン又はポリカチオンは、分子量は、500〜50,000のものが好ましく使用できる。
【0041】
上記のようにして得られるGd担持ブロックコポリマーとポリ対イオンをブロックコポリマーのアミノ基(-NH2)と対ポリアニオンのカルボン酸基(-CO2H)やスルホン酸基(-SO3H)の比が1:5〜5:1、好ましくは1:2〜2:1となるよう調節した混合水溶液を調製し、必要によりpHを6.5〜7.5に調整した後、室温で、必要により加温もしくは冷却し、数分乃至数時間攪拌して高分子ミセルを調製できる。または、カルボキシル基(-CO2H)と対ポリカチオンのアミノ基(-NH2)の比が1:5〜5:1、好ましくは1:2〜2:1となるよう調節した混合水溶液を調整し、必要によりpHを中性域である6.5〜7.5に調整した後、室温で、必要により加温もしくは冷却し、数分乃至数時間攪拌して高分子ミセルを調製できる。混合水溶液は必要により、水混和性の有機溶媒、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、エチルアルコール等を加えてもよい。この場合、水混和性の有機溶媒の濃度は、通常、10v/v%以下であり、好ましくは2v/v%以下である。
【0042】
上記した高分子ミセルは、上記したブロックコポリマー分子を、通常、数百個含み、その直径が通常10nm〜100nm程度のものである。高分子ミセルは、上記親水性セグメントが外側に向いて水系媒体と接触し、ガドリニウム含有セグメント及びポリ対イオンは、内側を向いて配置される。このため、Gd3+イオンは、ミセルの内部に内包され、ミセルが形成されている状態では、外部の水分子に接近しない。
【0043】
本発明に用いられる高分子ミセルは、固形癌組織内の、ナノサイズ粒子の透過性が亢進した血管壁は通過するが、正常組織内の血管壁は通過できない大きさを有するので、固形癌組織内の血管壁を介して癌組織内に選択的に移行し、集積する。固形癌細胞では、塩濃度が高い(NaCl濃度として0.5M程度)ので、固形癌細胞中では解離(dissociate)するのに対し、血液中では、高分子ミセル状態を維持する。高分子ミセルが解離すると、水分子がGd3+に接近できるようになり、Gd3+による緩和能が発揮され、MRIによる映像化が可能になる。しかも、高分子ミセルが解離しても、Gd3+は、ブロックコポリマーに結合しているため、比較的長時間細胞中に滞在し、その間は癌細胞の映像化が可能である。一方、血液中では、高分子ミセル状態が維持され、水分子がGd3+に接近できないので、Gd3+による緩和能が発揮されない。また、万一血液中で高分子ミセルが解離しても、ブロックコポリマーは腎臓により速やかに除去されるため、血液中では、Gd3+による緩和能がほとんど発揮されない。このため、本発明のMRI造影剤によれば、固形癌組織のみを選択的に映像化することが可能であり、しかも、映像化可能な時間は比較的長く、患者にしばらく休息が必要な場合でもMRIの注射をやり直す必要がない。
【0044】
さらに、下記実施例に具体的に記載されるように、本発明に用いられる高分子ミセルでは、該ミセルからのGd3+の漏出がない。これは、上記した通り、ブロックコポリマー中の上記ガドリニウム含有セグメントの側鎖が、水系媒体中で正に帯電するアミノ基を有しているため、Gd3+が側鎖のアミノ基と電気的に結合しないためであると考えられる。これに対し、特許文献1に記載された公知の高分子ミセルでは、Gdキレート化剤を結合する、ポリマーセグメントの側鎖の官能基がカルボキシル基であるため、Gd3+が該カルボキシル基と静電的に結合し、これが血液中等で解離してGd3+を遊離するものと考えられる。また、本発明のブロックコポリマー(PEG-PLL等)は側鎖にアミノ基を有するブロックコポリマーであり、このアミノ基に対して直接キレート剤であるDOTA基等を導入することができるので、特許文献1に記載されているブロックコポリマーよりも合成が容易であり、この点でも好ましい。
【0045】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0046】
実施例1 ブロックコポリマーの製造(上記反応スキーム参照)
1.キレート化剤残基を有するブロックコポリマーの製造
(1) 酸加水分解
ポリエチレングリコール-block-ポリ(ε−ベンジルオキシカルボニル-L-リシン)(以下PEG-PLys(Z)と略記する)のポリエチレングリコール鎖が5000でε−ベンジルオキシカルボニル−L−リシンの重合度が23のものを0.51gとり、トリフルオロ酢酸5.0mL加えて室温で1時間攪拌し、透明の溶液を得た。アニソール5.0mL及びメタンスルホン酸3.4mLを加えて、室温でさらに攪拌した。蒸留水22.0mLおよびエーテル50mLを加えた。有機層が中性になるまで水層をエーテルで抽出し、水層をトリエチルアミンを用いて中性にした。その後、0.1N水酸化ナトリウム、蒸留水で透析操作を行った。最後に、凍結乾燥を行い、ポリエチレングリコール-block-ポリリシン(以下、PEG-PLLと略記する。)を得た。
【0047】
以上と同様の手順により、下記の表1に示す3種のPEG−PLLを得た。
【0048】
【表1】

【0049】
(1) DOTAユニットの結合
PEG-PLL(5000−23)(表1のRun1)86mgと残存アミノ基に対して1.2倍モル等量の活性エステル化DOTAを加え、DMFを加えて溶解させた後に、トリエチルアミンを加え、50℃で一晩攪拌した。得られた溶液を水に対して透析し、凍結乾燥した。得られたDOTA基導入ブロックコポリマー(PEG-PLL(DOTA))のDOTAユニット導入数は、1H-NMR測定により求め、23であった。
【0050】
以上と同様の手順により、下記の表2に示す5種のPEG-PLL(DOTA)を得た。
【0051】
【表2】

【0052】
2. ガドリニウムイオンの結合
(1)ガドリニウムイオンの結合
PEG-PLL(DOTA)(5,000‐23‐13)(表2のRun2)45mgに対して、7.0mLの蒸留水を加えて溶解し、pHを6.0-6.5に調整した。DOTA基13残基に対して1.1倍等量のGdイオンをGdCl3水溶液として加え、50℃、3時間pHを6-6.5に調整しながら攪拌した。得られた溶液を分画分子量1000の透析膜を用いて、蒸留水に対して透析し、凍結乾燥した。Gdイオンの導入量はICP(Inductive Coupled Plasma)発光分光分析を用いて決定した。
【0053】
以上と同様の手順により、下記の表3に示す6種のPEG-PLL(DOTA-Gd)を得た。
【0054】
【表3】

【0055】
(2)洗浄操作
PEG-PLL(DOTA-Gd)(5,000‐23‐12-9)(表3のRun3)に対して蒸留水を加えて溶解し、EDTA-2Naを加えて、室温で30分間攪拌を行った。得られた溶液を分画分子量1000の透析膜を用いて、蒸留水に対して透析し、凍結乾燥した。Gdイオンの導入量はICP発光分光分析を用いて決定した。結果を下記表4に示す。
【0056】
【表4】

【0057】
表4からわかるように、本発明のブロックコポリマーでは、洗浄操作前後でGdユニット数に変化がなく、Gdイオンがブロックコポリマーから漏出しないことがわかる。
【0058】
一方、比較のため、特許文献1に記載された高分子ミセルを形成するブロックコポリマー(PEG-P(Asp-ED-DTPA-Gd)(5,000-9-7-15)を同様に洗浄し、洗浄前後のGdユニット数を測定した。その結果、Gdユニット数は、洗浄前では15であったが、洗浄後は3であり、洗浄によりGdイオンがブロックコポリマーから漏出した。
【0059】
実施例2 高分子ミセル形成
(1)ブロックコポリマーとポリアニオンによる高分子ミセル形成
PEG-PLL(DOTA-Gd)(5,000‐23‐7‐7)(表3のRun4)とポリアニオンポリマーである平均分子量32000のポリ(L−アスパラギン酸)を別々に0.15M NaCl水溶液に溶解し、両液を混合し、pHを6.8〜7.2に調整した。得られた高分子ミセル溶液のGdイオン濃度を1.0Mm、0.75mM、0.50mM、0.25mMになるようにそれぞれ調整し、以下の縦緩和時間測定を行った。なお、この高分子ミセルの平均粒径を動的光散乱測定装置で計測したところ、24nmであった。
【0060】
(2)ブロックコポリマーとポリカチオンによる高分子ミセル形成
PEG-PLL(DOTA-Gd)(5,000‐23‐23‐7)(表3のRun1)とポリカチオンポリマーである平均分子量15000のポリアリルアミンを別々に0.15M NaCl水溶液に溶解し、両液を混合し、pHを6.8〜7.2に調整した。得られた高分子ミセル溶液のGdイオン濃度を1.0mM、0.75mM、0.50mM、0.25mMになるようにそれぞれ調整し、以下の縦緩和時間測定を行った。なお、この高分子ミセルの平均粒径を動的光散乱測定装置で計測したところ、34nmであった。
【0061】
実施例3:縦緩和時間(T)測定による緩和能の決定
(1)ブロックコポリマーの縦緩和時間
PEG-PLL(DOTA-Gd)(5,000‐23‐13‐12)(表3のRun2)の0.15M NaCl水溶液中のGdイオン濃度を1.0mM、0.75mM、0.50mM、0.25mMになるようにそれぞれ調整し、縦緩和時間を測定した。得られたT時間から緩和能(R)は式1で与えられ、5.4であった。
【0062】
以上と同様の手順により、下記の表5に示す6種のPEG-PLL(DOTA-Gd)の緩和能を得た。
【0063】
【数1】

【0064】
【表5】

【0065】
下記の表6には2種類のブロックコポリマーPEG-PLL(DOTA-Gd)(5,000‐23‐22‐7、5,000‐23‐13‐12)を用いて、上記と同様にして高分子ミセルを形成させることでの、緩和能(R1)の変化をまとめた。緩和能(R1)は上記式1によって得られる値で、これが大きいほどGd1原子あたりの水の縦緩和時間(T1)を短縮させる能力が高いことを示し、MRI画像上での高いコントラストを得ることができる。
【0066】
【表6】

【0067】
実施例4: 高NaCl濃度下における高分子ミセルの解離
PEG-PLL(DOTA-Gd)(5,000‐23‐23‐7)(表3のRun1)とポリカチオンポリマーである平均分子量15000のポリアリルアミン溶液を混合して2.5M NaCl水溶液とし、pHを6.8〜7.2に調整した。高分子ミセル水溶液におけるGdイオン濃度1.0mMにおける縦緩和時間が0.25秒であったのに対して、高塩濃度の高分子溶液のGdイオン濃度1.0mMにおける縦緩和時間は0.13秒と短くなり、高分子ミセル形成がなされなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性ポリマー鎖セグメントと、アミノ基を含む側鎖を複数有するセグメントであって該複数のアミノ基の一部又は全部にガドリニウムキレート化剤残基が直接又はリンカー構造を介して結合されており、かつ、該ガドリニウムキレート化剤残基の一部又は全部にガドリニウムイオンがキレートされているガドリニウム含有セグメントとを含むブロックコポリマーと、該ガドリニウム含有セグメントが、高分子ミセル形成時に正の電荷を有する場合にはポリアニオン、負の電荷を有する場合にはポリカチオンとから水系媒体中で形成された高分子ミセルを有効成分とする核磁気共鳴画像造影剤。
【請求項2】
前記親水性ポリマー鎖セグメントがポリエチレングリコール鎖、ポリビニルアルコール鎖及びポリビニルピロリドン鎖から成る群より選ばれる少なくとも1種から成る請求項1記載の造影剤。
【請求項3】
前記親水性ポリマー鎖セグメントがポリエチレングリコール鎖である請求項2記載の造影剤。
【請求項4】
前記ガドリニウム含有セグメントが、側鎖にアミノ基を有するアミノ酸がペプチド結合したポリアミノ酸に前記ガドリニウムキレート化剤残基及びガドリニウムイオンを導入したものである請求項1ないし3のいずれか1項に記載の造影剤。
【請求項5】
前記ポリアミノ酸がポリリシンである請求項4記載の造影剤。
【請求項6】
前記ブロックコポリマーが、下記一般式[I]ないし[VIII]で表されるブロックコポリマーから成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項1記載の造影剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

(上記一般式[I]〜[VIII]中、Xは水素原子、C1−C6アルキル、ヒドロキシ−C1−C6アルキル、アセタールもしくはケタール化ホルミルC1−C6アルキル、アミノC1−C6アルキルまたはベンジル基を有し、
Zは水素原子もしくはヒドロキシ、C1−C6アルキルもしくはC1−C6アルキルオキシ、フェニル−C1−C4アルキルもしくはフェニル−C1−C4アルキルオキシ、C1−C4アルキルフェニルもしくはC1−C4アルキルフェニルオキシ、C1−C6アルコキシカルボニル、フェニル−C1−C4アルコキシカルボニル、C1−C6アルキルアミノカルボニル、またはフェニル−C1−C4アルキルアミノカルボニル基を有し、
nは10〜10,000の整数であり、
sは0〜6の整数であり、
mは1〜6の整数であり、
tは1〜5の整数であり、
Rは、水素原子、キレート化剤残基又はリンカー−キレート化剤残基を表し、該キレート化剤残基の一部又は全部にガドリニウムイオンがキレートされており、
p及びqは、相互に独立して1〜300の整数であり、
1は、−NH−または−R−(CHr−R−を表し、ここでRはOCO、OCONH、NHCO、NHCONH、COOまたはCONHを表し、RはNHまたはOを表し、
は、COまたは−R−(CH−R−を表し、ここでRはOCO、OCONH、NHCO、NHCONH、COOまたはCONHを表し、RはCOを表し、そしてrは1〜6の整数を表す)。
【請求項7】
前記mが4であり、tが3である請求項6記載の造影剤。
【請求項8】
前記キレート化剤が、1,4,7.10−テトラアザシクロドデカン−1,4,7,10−四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、テトラアザシクロドデカン及び1,4,7−トリス(カルボキシメチル)−10−(2’−ヒドロキシプロピル)−1,4,7,10−テトラアザシクロドデカンから成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項1ないし7のいずれか1項に記載の造影剤。
【請求項9】
前記キレート化剤が、1,4,7.10−テトラアザシクロドデカン−1,4,7,10−四酢酸である請求項8記載の造影剤。
【請求項10】
前記ポリ対イオンが、ポリアスパラギン酸、デキストラン硫酸、ヒアルロン酸、ポリアクリル酸及びポリ(メタ)アクリル酸から成る群より選ばれる少なくとも1種のポリアニオン;又はポリアリルアミン、ポリリシン、ポリアルギニン、キトサン、スペルミン及びスペルミジンから成る群より選ばれる少なくとも1種のポリカチオンである請求項1ないし9のいずれか1項に記載の造影剤。
【請求項11】
前記ポリアニオンがポリ(L−アスパラギン酸)であり、前記ポリアニオンがポリアリルアミンである請求項10記載の造影剤。
【請求項12】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載されたブロックコポリマー。

【公開番号】特開2008−222804(P2008−222804A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−61134(P2007−61134)
【出願日】平成19年3月10日(2007.3.10)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】