説明

高分子基材、その製造方法および医療器具

【課題】安全性や血液適合性が高く、ウイルスに対する吸着除去能の高いマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材、その製造方法、該高分子基材を用いた医療器具を提供すること。
【解決手段】分子内にメチレン基を有する高分子素材に、マンノース結合タンパク質が結合された繰り返し単位(A)の高分子鎖が、前記素材の単位面積当たり0.01〜1〔μmol/cm〕の割合で結合している高分子基材、その製造方法、該固定化高分子基材を用いた医療器具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肝炎ウイルスを除去するためのマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材、その製造方法および医療器具に関する。
【背景技術】
【0002】
マンノース結合タンパク質はマンノースに結合する性質を有するタンパク質(レクチン)であり、動物や植物において広くその存在が認められている。ある種のマンノース結合タンパク質は、その糖鎖認識能によりウイルスなどの病原体が有するエンベロープタンパク質の糖鎖に結合し、毒性や感染性を抑制することが知られている。例えば、シアノビリン(ノストック エリプソスポルム由来)やラッパ水仙凝集素(ラッパ水仙由来)、コンカナバリンA(タチナタマメ由来)などはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に結合し、その感染を阻害する(非特許文献1)。また例えば、サイトビリン(藍藻由来)やグリフィスシン(紅藻由来)が抗肝炎ウイルス作用を有することが知られている(特許文献1及び特許文献2)。
【0003】
このようなマンノース結合タンパク質は抗ウイルス性の薬剤として利用できると期待され、また、これらの一部においては適当な高分子素材、即ち担体に結合させてセンサーや浄化モジュールなどの器具として利用するといったことも考案されている。こうした考え方はマンノース結合タンパク質に限らず、病原体や毒素に対する結合能を有する糖鎖においても同様に展開されており、様々な高分子素材を担体に用いた器材・器具およびその製造方法の開発が試みられている。以下、従来マンノース結合タンパク質や糖鎖を結合させる担体として使用されている高分子素材およびそれを用いた器材の製造方法について具体例を示す。
【0004】
(1)毒素除去用器材およびその製造方法の例として、アクリルアミドを主鎖とする糖質高分子を中空糸素材内面に化学結合してなる病原性微粒子吸着性中空糸が知られている(特許文献3および非特許文献2)。例えば特許文献3には、再生セルロースを始めとする高分子素材に水酸化ナトリウム水溶液を加え、次に1,4−ブタンジオールグリシジルエーテルの水−ジメチルスルホキシド混合溶液を加え、高分子素材を活性化させた後、前記糖質高分子の溶液と接触させることにより、該素材に糖鎖を導入する方法が記載されている。また、非特許文献2には、セルロース表面を水酸化ナトリウムを用いて活性化しておき、ブロモ酢酸と反応させて表面にカルボキシ基を導入し、これと前記糖質高分子とをWSC(Water Soluble Carbodiimide)で縮合することにより糖鎖を導入する方法が記載されている。
【0005】
(2)市販の「BIACORE CM5」の様なカルボキシメチルデキストラン鎖を有する金チップ素材表面に、Galα1→4Galβ1→4Glc(Gb)又はGalα1→4Gal(Gb)で表される糖鎖をカルボキシ基を介して結合させるものや、金チップ素材表面を1−チオ−アルカン−ω−アミン、1−チオ−アルカン−ω−カルボン酸、リポ酸、システミンなどで処理し、それらのアミノ基やカルボキシ基を介してチップ表面にGb又はGbを結合させるものが知られている(特許文献4)。
(3)高マンノース型タンパク質類を持つ病原体あるいはそのフラグメントに結合できるコンカナバリンA、シアノビリン等のレクチン分子を、中空糸膜の外側部分に直接あるいは間接的に固定化してカートリッジを作製する方法、及び該カートリッジに血液を通過させることで血液中のウイルス粒子を減じるウイルス除去方法が開示されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO03/097814号公報
【特許文献2】WO2007/064844号公報
【特許文献3】特開2003−135596号公報
【特許文献4】特開2003−226697号公報
【特許文献5】特表2007−525232号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Structure, 14, 1127−1135 (2006)
【非特許文献2】A. Miyagawa et al, Biomaterials, 27, 3304 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
(1)で挙げた特許文献3および非特許文献2に記載の高分子基材はその製造工程においてアルカリ処理が必要な上、ブロモ酢酸や1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテルなどの毒性(アレルギー性皮膚炎、皮膚炎、粘膜炎症性など)の強い化合物を用いなければならず安全性に問題があった。それ故、安全性確保には煩雑で徹底した洗浄処理が必要であった。
【0009】
また、該高分子基材からなる器具(中空糸モジュール)を血液体外循環によるウイルス等の吸着除去に用いる場合には、血液を体外に置かれた中空糸モジュールに通液後、連続的に血液を体内に戻すことが必要となるため、使用にあたって血液が凝固しないことが必須となる。しかし、器材表面へ水酸基や官能基を導入すると、糖質高分子と結合しなかった水酸基や官能基はそのまま器材表面に残ることになり、これらが血液凝固系因子である補体を活性化してしまうため(岩田博夫著、高分子学会編「バイオマテリアル」共立出版、2005年参照)、結果として血液適合性を低下させる要因となっていた。
【0010】
(2)で挙げた特許文献4に記載のバイオセンサーは、高真空下で金を加熱して蒸着させる工程が必要であるため原材料費や製造コストがかかり、かつ工程も煩雑であった。また、得られた糖鎖固定化器材も、センサー用途であるため糖鎖密度が非常に低く、その結果、吸着除去効果が非常に小さいものであった。また、BIACORE CM5は、デキストラン鎖自身の立体障害により、毒素を接触させてもデキストラン鎖内部へ浸透しづらく、センサーチップ表面でしか相互作用しないため、センサー機能を発揮するには充分であっても、吸着除去効果は発揮できなかった。
(3)で挙げた特許文献5では、レクチンを中空糸膜の外側部分に直接あるいは間接的に固定されている器具、及びそれを用いたウイルス除去方法が開示されているが、必ずしも満足のいくものではなかった。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、安全性や血液適合性が高く、また、肝炎ウイルスに対する吸着除去能の高いマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材、その製造方法、該高分子基材を備えてなる医療器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は上記課題を解決するため鋭意研究した結果、マンノース結合タンパク質を、メチレン基を有する高分子素材へ結合することによって安全性や血液適合性が高く、また肝炎ウイルスに対する吸着除去能の高い高分子基材が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、分子内にメチレン基を有する高分子素材に、下記一般式(1)
【0014】
【化1】

【0015】
〔式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Xはアルキレン基または−R−Z−R−(但しR及びRは各々独立してアルキレン基を表し、Zは−O−、−NH−、−NR−(但しRは水素原子または炭素原子数1〜4のアルキル基を表す)又は−S−を表す)を表し、MBPはマンノース結合タンパク質を表す。〕で表される繰り返し単位(A)を有する高分子鎖、
又は、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と下記一般式(2)
【0016】
【化2】

【0017】
(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは水酸基またはアミノ基を表す)で表される繰り返し単位(B)を有する高分子鎖
が結合しており、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)が前記素材の単位面積当たり0.01〜1μmol/cmの割合で結合していることを特徴とする、マンノース結合タンパク質が結合された高分子基材を提供する。
また、本発明は、一般式(3)で表される繰り返し単位(C)
【0018】
【化3】

【0019】
(式中、Rはカルボキシ基、活性エステル残基を表し、Rは水素原子またはメチル基を表す)が結合している高分子素材に、下記一般式(4)
【0020】
【化4】

【0021】
(式中、Xは2価の連結基を表し、MBPはマンノース結合タンパク質を表す)で表される化合物を接触させ、アミド化反応を行うことを特徴とするマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材の製造方法を提供する。
また、上記高分子基材を備えてなる医療器具、例えば中空糸モジュールを提供する。更に、当該医療器具を用いた肝炎ウイルスを含む液からの肝炎ウイルス除去方法をも提供する。
【発明の効果】
【0022】
本発明の製造方法によれば、アルカリ処理やブロモ酢酸や1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテルといった毒性の強い化合物を用いずにマンノース結合タンパク質を高分子素材に結合することができるため、安全性の高いマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材を製造することができる。更に、該器材は表面に水酸基や官能基を持たないため血液凝固系因子である補体を活性化させることはなく、素材自身がもともと有している血液適合性を維持することができるため、高い血液適合性を有する高分子基材となる。即ち本発明によれば、安全性や血液適合性が高く、肝炎ウイルスに対する吸着除去能の高いマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材、その製造方法、医療器具、及びそれを用いたウイルス除去方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明のマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材を備えてなる医療器具を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.高分子基材
本発明のマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材について説明する。
本発明の高分子基材は、分子内にメチレン基を有する高分子素材に、下記一般式(1)
【0025】
【化5】

【0026】
〔式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Xはアルキレン基または−R−Z−R−(但しR及びRは各々独立してアルキレン基を表し、Zは−O−、−NH−、−NR−(但しRは水素原子または炭素原子数1〜4のアルキル基を表す)、又は
−S−を表す)を表し、MBPはマンノース結合タンパク質を表す。〕で表される繰り返し単位(A)を有する高分子鎖、又は、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と下記一般式(2)
【0027】
【化6】

【0028】
(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは水酸基またはアミノ基を表す)で表される繰り返し単位(B)を有する高分子鎖が結合しており、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)が前記器材の単位面積当たり0.01〜1μmol/cmの割合で結合していることを特徴とする。
【0029】
また、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と前記一般式(2)で表される繰り返し単位(B)の素材に対する結合比率は特に限定されるものではなく、期待効果や対象とする肝炎ウイルスの種類などに応じて最終的に最適なマンノース結合タンパク質密度となるよう勘案して調節すればよい。例えば、肝炎ウイルス対する吸着除去能の向上が見られることから、前記素材単位面積当たりの結合割合は0.01〜1μmol/cmとすることが好ましく、0.02〜0.6μmol/cmとすることが更に好ましい。
【0030】
また、本発明におけるマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材に用いる高分子素材としては、一般式(1)と同様のものが挙げられる。
【0031】
本発明のマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材は、前記製造方法により容易に得ることができる。この場合、前記繰り返し単位(A)、(B)の、素材と逆側の片末端は何れも上述した重合性化合物残基である。
2.高分子基材の製造方法
次に、マンノース結合タンパク質が結合された高分子基材の製造方法について説明する。
本発明のマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材の製造方法は、一般式(3)で表される繰り返し単位(C)
【0032】
【化7】

【0033】
(式中、Rはカルボキシ基、活性エステル残基を表し、Rは水素原子またはメチル基を表す)が結合している高分子素材に、下記一般式(4)
【0034】
【化8】

【0035】
(式中、Xは2価の連結基を表し、MBPはマンノース結合タンパク質を表す)で表される化合物を接触させ、アミド化反応を行うことを特徴とする。以下、詳述する。
【0036】
・高分子基材への繰り返し単位(C)の結合方法
高分子素材への繰り返し単位(C)の結合は、グラフト重合法により行うことができる。即ち、前記高分子素材に、エチレン性不飽和結合を有する重合性化合物(以下、単に「重合性化合物」という)を接触させる工程(1)と、前記高分子素材に前記重合性化合物を接触させた状態で電離放射線を照射する工程(2)とをこの順で、または、前記高分子素材に電離放射線を照射する工程(3)と、電離放射線を照射した前記高分子素材に前記重合性化合物を接触させる工程(4)とをこの順で行うことにより、高分子素材への結合を行うことができる。
【0037】
・高分子素材
本発明に用いる高分子素材は、電離放射線照射によって発生したラジカルに、重合性化合物がグラフト重合することができ、かつ、血液適合性の高いものであれば、公知慣用の高分子素材を用いることができる。この様な高分子素材として、分子内にメチレン基を有するような高分子化合物が挙げられる。本発明に用いる高分子素材の具体例としては、例えば、オレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、スルホン系樹脂、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、エステル系樹脂、エーテル系樹脂またはセルロースアセテートが挙げられ、より具体的にはポリエチレンテレフタレート、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリメチルメタクリレート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン等を例示できる。
【0038】
高分子素材の形状は特に限定はなく、中空糸膜、ビーズ状成型物、不織布など種々の形態のものとして用いることができる。体外循環への適用時には血液が滞留する構造を持つビーズ状成型物や不織布として用いることも可能であるが、ビーズ状成型物や不織布は滞留部において血栓の発生が多くなることから、このような用途を目的とする場合は中空糸膜を使用することが望ましい。また、中空糸膜をろ過膜として使用しないのであれば、多孔質である必要もない為、用途に応じて中空糸の形態は選択すればよい。
【0039】
・重合性化合物
エチレン性不飽和結合を有する重合性化合物としては、血液適合性の高いものであれば特に限定することなく用いることができるが、好ましくはHC=CR(但し、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rはカルボキシ基、活性エステル残基を表す。)で表されるエチレン性不飽和結合を有する重合性化合物が挙げられる。このうち、好ましい化合物の具体例としては、アクリル酸、メタクリル酸、活性エステル残基とアクリル酸の縮合物、活性エステル残基とメタクリル酸の縮合物などが挙げられ、ここで用いられる活性エステル残基としては、ヒドロキシスクシンイミド、ヒドロキシベンゾトリアゾールなど、後述するアミド化反応で挙げた慣用の活性エステルの残基を挙げることができる。上述した重合性化合物のうち、異なる重合性化合物を2種以上用いることもできる。
【0040】
・接触方法
前記高分子素材と前記重合性化合物との接触方法は、前記重合性化合物を水系溶媒に溶解させて水溶液とした上で、上記高分子素材と接触させればよい。本発明においては、前記高分子素材表面におけるグラフト重合を優先的に進行させることから、水溶液中の前記重合性化合物の濃度は低い方が好ましい。あまり高い濃度、例えば20質量%以上では、ラジカルが溶液中に拡散し溶液中で重合反応が同時進行する場合がある。具体的には、使用する重合性化合物各々の溶解度により上限が限定されるが、概ね0.1質量%以上、好ましくは0.1〜20質量%、より好ましくは0.1〜15質量%の範囲である。
【0041】
・電離放射線照射、グラフト重合
前記高分子素材に電離放射線を照射して発生させたラジカルにより、前記重合性化合物が有するエチレン性不飽和結合部位を高分子基材にグラフト重合させる。グラフト重合に際して用いる電離放射線としては、α線、β線、γ線、加速電子線、X線等があげられ、実用的にはγ線、加速電子線が望ましい。
【0042】
グラフト重合法は前記高分子素材と重合性化合物とを接触させて電離放射線を照射する同時照射グラフト重合法と高分子素材を予め照射した後、重合性化合物と接触させる前照射グラフト重合法のいずれでも可能であり、目的に合わせて選択できる。
【0043】
本発明の電離放射線を用いたグラフト重合法において、要求される照射線量や加速電圧は高分子素材によって異なるため一概には範囲を決めることができず、よって該高分子の素材、形態、厚みなどを考慮し適宜調整することが必要である。たとえば、照射量が多いと帯電による絶縁破壊が発生し、照射量が少ないと重合反応が進まない。このため、高分子素材の材質や形態などを考慮し、帯電による絶縁破壊が発生せず、かつ重合反応が充分に進むよう照射量を適宜調整すればよい。また、加速電圧は透過性に関係するため高分子素材の厚みや形態によって調整すればよく、例えばフィルムなど薄い形態の場合、加速電圧は一般には小さくてよい。
【0044】
高分子素材が4−メチル−1−ペンテンからなる厚さ0.1μm〜10μmの中空糸の場合においては、照射線量を10kGyから300kGyとすることが好ましく、10kGyから90kGyとすることがより好ましい。また、加速電圧は0.1kVから10kVとすることが好ましく、0.1kVから5kVとすることがより好ましい。
【0045】
前記照射グラフト重合において、照射後の素材中のラジカルは温度の上昇、酸素との接触によって速やかに不活化される。従って、照射後は十分に酸素を除いた状態で低温にて貯蔵し、速やかに重合反応を行うことが好ましい。また同じ理由で、当該重合反応は、脱酸素下、または不活性ガス下で実施することが望ましい。
【0046】
重合後の高分子素材は、水洗など種々の方法で未反応や未結合の重合性化合物を除去すればよい。未反応の重合性化合物はもともと水溶性であり、また、高分子素材に未結合のものはある程度反応して高分子量化したものが中心であるため、アルカリ処理やブロモ酢酸や1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテルを用いた化学結合法に比べるとより簡便な洗浄工程で除去することができる。水洗など種々の方法で未反応や未結合の重合性化合物等を除去した後、適宜、乾燥工程を加えることもできる。なお、未反応や未結合の重合性化合物等の除去は、GPCによる測定で検出限界以下になるまで行うことが好ましい。
【0047】
高分子素材の形状が中空糸膜である場合には、製造する器材(器具)の使用形態に応じて糸の内面、外面のどちらか一方、あるいは両面のいずれかを選択して前記重合性化合物をグラフト重合反応により結合すればよい。例えば、中空糸内部に血液を還流させて使用するのであれば中空糸内部に前記重合性化合物を結合すれば良く、逆に外部に還流させて使用するのであれば中空糸外部に結合すればよい。さらに中空糸膜をろ過膜として使用する場合には両面に結合させてもよい。
【0048】
グラフト重合は、一般式(3)で表される繰り返し単位(C)の繰り返し数が1以上となるよう行うことが好ましい。
また、繰り返し単位(C)の単位面積当たりの導入量はグラフトモノマー換算で0.01μmol/cm以上とすることが好ましく、一方、重合性化合物の結合量の過剰な増加は素材内部からのグラフト重合進行による変形や変質をもたらし、洗浄を困難にすることから、0.1〜5μmol/cmとすることがより好ましい。
【0049】
・アミド化反応
上述の方法などで得られた一般式(3)で表される繰り返し単位(C)が結合している高分子素材に、一般式(4)で表される化合物を接触させ、アミド化反応する。アミド化反応の方法は、例えば、活性エステルによるアミド化、縮合剤によるアミド化、これらの併用、混合酸無水物法、アジド法、酸化還元法、DPPA法、ウッドワード法など、ペプチド合成などで用いられている公知慣用のアミド化反応を用いればよい。
活性エステルによるアミド化としては、例えば、NHS(N−ヒドロキシスクシンイミド)、ニトロフェノール、ペンタフルオロフェノール、DMAP(4−ジメチルアミノピリジン)、HOBT(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール)、HOAT(ヒドロキシアザベンゾトリアゾール)、HOSu(ヒドロキシスクシンイミド)などを用いて、脱離能の高い基をカルボキシ基と一旦縮合させた活性エステルを形成させておき、これにアミノ基を反応させる方法が挙げられる。縮合剤によるアミド化は、それ単独で用いても良いが、上記活性エステルと併用することができる。縮合剤としては、EDC(1−(3−ジメチルアミノプロピル−3−エチル−カルボジイミドヒドロクロライド)、HONB(エンド−N−ヒドロキシ−5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキサミド)、DCC(ジシクロヘキシルカルボジイミド)、BOP(ベンゾトリアゾール−1−イルオキシトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロホスフェート)、HBTU(O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート)、TBTU(O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムテトラフルオロボレート)、HOBt(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール)、HOOBt(3,4−ジヒドロ−3−ヒドロキシ−4−オキソ−1,2,3−ベンゾトリアジン)、ジ−p−トリオイルカルボジイミド、DIC(ジイソプロピルカルボジイミド)、BDP(1−ベンゾトリアゾールジエチルホスフェート−1−シクロヘキシル−3−(2−モルホリニルエチル)カルボジイミド)、フッ化シアヌル、塩化シアヌル、TFFH(テトラメチルフルオロホルムアミジニウムヘキサフルオロホスホスフェート)、DPPA(ジフェニルホスホラジデート)、TSTU(O−(N−スクシニミジル)−N,N,N’,N’−テトラメチルウロニウムテトラフルオロボレート)、HATU(N−[(ジメチルアミノ)−1−H−1,2,3−トリアゾロ[4,5,6]−ピリジン−1−イルメチレン]−N−メチルメタンアミニウム・ヘキサフルオロホスフェート・N−オキシド)、BOP−Cl(ビス(2−オキソ−3−オキサゾリジニル)ホスフィンクロライド)、PyBOP((1−H−1,2,3−ベンゾトリアゾール−1−イルオキシ)−トリス(ピロリジノ)ホスホニウム・テトラフルオロホスフェート)、BrOP(ブロモトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロホスフェート)、DEPBT(3−(ジエトキシホスホリルオキシ)−1,2,3−ベンゾトリアジン−4(3H)−オン)、PyBrOP(ブロモトリス(ピロリジノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロホスフェート)などが挙げられる。
【0050】
このうち、カルボキシ基を一旦、NHS化した後に、一般式(4)で表される化合物のアミノ基と反応させアミド化する方法が好ましく、さらに、NHSにEDCを加えてアミド化する方法がより好ましい。
これらのアミド化方法において利用できる溶媒としては、水やペプチド合成に用いられる有機溶媒、例えばジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヘキサホスホロアミド、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸エチル等、更にはこれらの混合溶媒やこれらを含む水溶液が挙げられる。
【0051】
カルボキシ基への活性化エステル残基導入割合は、用いる活性化剤の種類や、試薬の使用量に依存する。一般的に、溶液中での反応と比較し、重合性化合物から得られる重合体が結合されていることで、反応性が落ちる為、導入量を上げる為には反応試薬をかなり過剰量用いる必要があると考えられる。従って、カルボキシ基固定化量に対する活性化剤と縮合剤反応試薬の量比は一概には規定できないが、概ねモル比で、1から100程度用いることが望ましい。マンノース結合タンパク質の量は活性エステル残基に対してモル比で1から100倍程度過剰量用いることができるが、高価なマンノース結合タンパク質をあまり過剰量用いることは好ましくない。
【0052】
未反応の活性エステル残基はアンモニア水溶液との反応でアミドに変換し、取り除くことができる。アンモニア以外の反応後除去の容易な1級アミンを用いてアミド化することで、取り除くこともできる。いずれにせよ、器材に残存しないよう除去しておくのが望ましい。
【0053】
・一般式(4)で表される化合物
本発明で用いる下記一般式(4)
【0054】
【化9】

【0055】
の化合物において、Xは2価の連結基を表し、その例としてアルキレン基、任意の位置が単一または複数の炭素以外の元素(酸素原子、窒素原子、硫黄原子など)で置換されたアルキレン基などが挙げられる。より具体的には、炭素原子数1〜30のアルキレン基、または−R−Z−R−で表される基が挙げられる。但し、R及びRはアルキレン基、具体的には炭素原子数1〜30のアルキレン基を表し、Zは−O−、−NH−、−NR−(但しRは水素原子または炭素原子数1〜4のアルキル基を表す)又は−S−を表す。
【0056】
また、式中のMBPはマンノース結合タンパク質を表し、本発明においてそれはマンノースを認識して結合するタンパク質であって肝炎ウイルスに対して吸着、不活化する性能を有していればいずれのタンパク質であってもよい。そのようなタンパク質として、例えばサイトビリン、グリフィスシン、シアノビリン、スノードロップ凝集素などが挙げられるが、効果が高いことからサイトビリンやグリフィスシンがより好ましいものとして挙げられる。
【0057】
3.用途
本発明のマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材の製造方法は高分子素材の材質や形態に関して広範囲に適用できることから、目的や用途に応じて種々の高分子基材を得ることが可能である。よって本発明の器材や器具は、前記肝炎ウイルス吸着除去以外にも肝炎ウイルスの精製や分離など広範な用途に利用することができる。
【0058】
4.医療器具の形態、使用方法
本発明の高分子基材を備えてなる医療器具の形態としては、前記用途に適用可能な形状であれば特に限定されるものではないが、例えば中空糸モジュールや濾過カラム、フィルターなどが挙げられる。中空糸モジュールや濾過カラムにおいて、容器の形状及び材質は特に限定されないが、体液(血液)の体外循環に適用する場合、内部容量が10〜400mLで外径が2〜10cm程度の筒状容器とすることが好ましく、内部容量が20〜200mLで外径が2.5〜4cm程度の筒状容器とすることがより好ましい。
【0059】
本発明の医療器具の使用方法としては、肝炎ウイルスを含む液(例えば、肝炎ウイルスを含む水溶液や血液、血漿、血清等の体液)と接触させて該液中の肝炎ウイルスを吸着除去、分離することができればいずれの方法でもよい。このような方法として例えば以下の方法を挙げることができる。
(1)本発明の高分子基材としての中空糸を有するモジュールを用意し、該モジュールに肝炎ウイルスを含む液を通過させる方法。
(2)流出口に液は通過できるが本発明の高分子基材は通過できないフィルターを装着し、内部に該器材を充填したカラム様容器を用意し、これに肝炎ウイルスを含む液を通過させる方法。
(3)貯留バッグ等の容器を用意し、これに肝炎ウイルスを含む液と本発明の高分子基材を加えて混合した後、上澄み液を回収する方法。
(1)や(2)の方法は操作が簡便である点で好ましく、体外循環回路に組み込むことにより患者の体液から効率よくインラインでウイルスを除去することが可能である。このうち、さらに好ましい方法として(1)の方法が挙げられる。(2)や(3)の方法では、例えば血液を扱う場合、その凝固を防止するため血液を血球と血漿に分離した上で血漿のみを処理する必要があるが、(1)の方法ではこのような工程を必要とせず、操作が最も簡便でかつ患者への負担が少なくて済む。
【実施例】
【0060】
以下、具体例により、本発明を更に詳しく説明する。
【0061】
(実施例1)<マンノース結合タンパク質が結合された高分子基材の製造例>
アクリル酸モノマー1gをイオン交換水100gに溶解して1質量%水溶液とし、撹拌しながら減圧することで水溶液中の溶存酸素を除去した。
【0062】
一方、ポリ−4−メチルペンテン−1製の中空糸束(中空糸表面積:200cm、DIC(株)製)をガラス製試験管に入れ、ゴム栓にて密閉し、試験管内部を窒素置換した。その後、4.8MeVの加速エネルギーで90kGyの電子線を照射した。
次に、電子線を照射した中空糸束入り試験管内を真空にし、23℃条件下、脱酸素したアクリル酸モノマー水溶液を加えてグラフト重合を開始した。4時間静置後、中空糸束を取り出し、未反応のモノマー等がGPC測定で検出限界(1μg/mL。以下同様。)以下になるまで水洗を繰り返した。こうして、得られたアクリル酸ポリマー結合中空糸の性状は、アクリル酸ポリマー結合量18mg、結合密度1.3μmol/cm、ポリマー平均重合度3600であった。
【0063】
N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS、和光純薬)28mg、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC、同仁化学)46mgをDMF8mLに溶解し、該DMF溶液にアクリル酸ポリマー結合中空糸100cmを浸漬し、一晩静置した。該中空糸を洗浄し、サイトビリン10mg/mL含有水溶液に23℃で16時間浸漬した後、アンモニア水溶液10μLを加えて、未反応の活性エステルを除去した。最後に水で洗浄(水100mLに10分浸漬を数回繰り返し)して、サイトビリンが結合された中空糸(1)を得た。
【0064】
(実施例2)<中空糸モジュールの製造例>
肝炎ウイルスを含む体液(血液)から該ウイルスを除去するための医療器具として図1に示す構造の中空糸モジュールを作製した。図1は概略断面図であり、該モジュールには液体の流入口または流出口1、液体の流出口または流入口2、本発明のマンノース結合タンパク質3が内壁に結合された中空糸4が束になって内部に収納されている。また、中空糸の端面部はウレタン封止剤などからなる隔壁6により封止した。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明により得られる、安全性や血液適合性が高く、また肝炎ウイルスに対する吸着除去能の高いマンノース結合タンパク質が結合された高分子基材、該高分子基材を備えてなる中空糸モジュール等の医療器具は医療用等として利用可能である。
【符号の説明】
【0066】
1 流出口
2 流入口
3 マンノース結合タンパク質
4 中空糸
5 容器
6 隔壁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子内にメチレン基を有する高分子素材に、下記一般式(1)
【化1】

(1)
〔式中、Rは水素原子又はメチル基を表し、Xはアルキレン基又は−R−Z−R−(但しR及びRは各々独立してアルキレン基を表し、Zは−O−、−NH−、−NR−(但しRは炭素原子数1〜4のアルキル基を表す)又は−S−を表す)を表し、MBPはマンノース結合タンパク質を表す。〕で表される繰り返し単位(A)を有する高分子鎖、
又は、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)と下記一般式(2)
【化2】

(2)
(式中、Rは水素原子又はメチル基を表し、Rは水酸基又はアミノ基を表す)で表される繰り返し単位(B)を有する高分子鎖
が結合しており、前記一般式(1)で表される繰り返し単位(A)が前記高分子素材の単位面積当たり0.01〜1μmol/cmの割合で結合していることを特徴とする高分子基材。
【請求項2】
前記マンノース結合タンパク質が、サイトビリン又はグリフィスシンである請求項1に記載の高分子基材。
【請求項3】
前記高分子素材が、オレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、スルホン系樹脂、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、エステル系樹脂、エーテル系樹脂又はセルロースアセテートである請求項1又は2に記載の高分子基材。
【請求項4】
前記オレフィン系樹脂が、4−メチル−1−ペンテンの重合体である請求項3記載の高分子基材。
【請求項5】
前記高分子素材が中空糸膜又はビーズ状成型物である請求項1〜4のいずれかに記載の高分子基材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の高分子基材を備えてなる医療器具。
【請求項7】
請求項6に記載の医療器具を用いることを特徴とする、肝炎ウイルスを含む液から該肝炎ウイルスを除去する方法。
【請求項8】
前記肝炎ウイルスがC型肝炎ウイルスである請求項7に記載の肝炎ウイルスを除去する方法。
【請求項9】
一般式(3)
【化3】

(3)
(式中、Rはカルボキシ基、活性エステル残基を表し、Rは水素原子又はメチル基を表す)で表される繰り返し単位(C)が結合している高分子素材に、下記一般式(4)
【化4】

(式中、Xは2価の連結基を表し、MBPはマンノース結合タンパク質を表す)で表される化合物をアミド化反応させることを特徴とする高分子基材の製造方法。
【請求項10】
前記マンノース結合タンパク質が、サイトビリン又はグリフィスシンである請求項9に記載の高分子基材の製造方法。
【請求項11】
前記Xが、アルキレン基又はR−Z−R−(但しR及びRは各々独立してアルキレン基を表し、Zは−O−、−NH−、−NR−(但しRは水素原子又は炭素原子数1〜4のアルキル基を表す)又は−S−を表す)である請求項9又は10に記載の高分子基材の製造方法。
【請求項12】
前記高分子素材が、オレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、スルホン系樹脂、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、エステル系樹脂、エーテル系樹脂又はセルロースアセテートである請求項9に記載の高分子基材の製造方法。
【請求項13】
前記オレフィン系樹脂が、4−メチル−1−ペンテンの重合体である請求項12に記載の高分子基材の製造方法。
【請求項14】
前記高分子素材が中空糸膜であって、該中空糸膜の内表面又は外表面もしくは両表面に、前記一般式(4)で表される化合物を接触させることを特徴とする請求項9〜13のいずれかに記載の高分子基材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−62289(P2011−62289A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214371(P2009−214371)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(591222245)国立感染症研究所長 (48)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】