説明

高分子電解質膜及びその製造方法、この高分子電解質膜を用いた膜−電極接合体及び燃料電池セル、並びに、高分子電解質膜のイオン伝導性の評価方法

【課題】 膜厚方向のイオン伝導性に優れる高分子電解質膜を容易に得ることができる高分子電解質膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の好適な高分子電解質膜の製造方法は、ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜の製造方法であって、イオン伝導性基を有する高分子電解質を含む溶液から溶媒を蒸発させる蒸発工程を含み、蒸発工程において、溶媒の蒸発が開始してから完了するまでの時間を60分以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特にミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜及びその製造方法、この高分子電解質膜を用いた膜−電極接合体及び燃料電池セル、並びに、高分子電解質膜のイオン伝導性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題に対応するためのクリーンな電力供給源として、燃料電池への期待が高まっている。なかでも、イオン伝導性を有する高分子電解質膜を用いた固体高分子型の燃料電池は、低温での動作が可能であり、しかも小型軽量化が可能であることから注目されている。
【0003】
固体高分子型燃料電池は、基本的に2つの触媒電極と、この触媒電極に挟まれた高分子電解質膜から構成される。この燃料電池の動作においては、まず、燃料として用いられる水素が、一方の電極でイオン化されて水素イオンとなり、次いで、この水素イオンが高分子電解質膜を拡散した後、他方の電極でもう一方の燃料である酸素と結合する。このとき、2つの電極を外部回路で接続しておくと、この外部回路に電流が流れ、これにより外部に電力が供給される。このような動作において、高分子電解質膜は、水素イオンを拡散させるとともに、燃料ガスである水素と酸素を隔離し、さらに電子の流れを遮断する役割を果たしている。
【0004】
この固体高分子型燃料電池の高分子電解質膜に用いられる高分子電解質としては、例えば、ナフィオン(Nafion、デュポン社、登録商標)に代表される超強酸基含有フッ素系高分子が知られている。
【0005】
高分子電解質膜でのイオン伝導においては、当該膜中でイオン伝導性の成分が形成するチャネル構造が極めて重要であると考えられている。上述したような超強酸基含有フッ素系高分子の一種であるパーフルオロスルホン酸高分子膜では、例えば、下記非特許文献1に示されているように、スルホン酸基が集まって何らかの周期構造を有するクラスター構造が形成され、そのクラスターネットワークを通してイオンが伝導するものと考えられている。この場合、高分子電解質膜では、イオン伝導部位の空間的な配置が重要となる。
【0006】
このような観点からは、高分子電解質としては、2種以上の互いに非相溶な高分子成分(ブロック鎖)が共有結合して一つの高分子鎖を形成したブロック共重合体が好ましい。このブロック共重合体によれば、ナノメートルスケールのサイズで化学的に異なる成分の配置を制御することができる。すなわち、ブロック共重合体においては、化学的に異なるブロック鎖間の反発による短距離相互作用により、それぞれのブロック鎖からなる領域(ミクロドメイン)同士が相分離する。この際、ブロック鎖同士が共有結合していることによる長距離相互作用により、各ミクロドメインは特定の秩序をもって配置されることになる。このように各ブロック鎖からなるミクロドメインが集合して作り出す構造は、ミクロ相分離構造と呼ばれる。
【0007】
ブロック共重合体からなる高分子電解質膜は、一般に有機溶媒に溶解したブロック共重合体の溶液を、適当な基板の上に展開した後、溶媒を除去することにより形成される。この場合、形成直後の膜の内部には、例えば、下記非特許文献2に示されるような、ミクロドメインが互いに入り組んでスポンジ状の構造が形成されていることがある。
【0008】
燃料電池に用いる高分子電解質膜は、高出力を得るために、特に膜厚方向に高いイオン伝導度を有していることが好ましい。一方、十分な耐久性を確保するためには、吸水膨張が小さいことが望ましい。ここで、上記のようなスポンジ状のミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜は、これらの両方の特性を良好に満たしていることが知られている。また、例えば、下記特許文献1には、イオン伝導性成分を含むチャネルが膜を貫通するように配置されたミクロ相分離構造を有するイオン伝導膜により、優れたイオン伝導性が得られることが示されている。

【非特許文献1】日本化学会編、「燃料電池」、丸善、p.61
【非特許文献2】Hashimoto T., Koizumi S., Hasegawa H.,IzumitaniT., Hyde S. T., Macromolecules, 1992 (25) 1433.
【特許文献1】特開2003−142125号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、近年では、燃料電池の更なる出力の向上が求められており、そのために高分子電解質膜には、従来にも増して優れたイオン伝導性を有することが必要となっている。しかしながら、従来の高分子電解質膜の製造方法では、膜厚方向のイオン伝導性に十分に優れる高分子電解質膜を容易に得ることが困難であった。また、従来、膜厚方向のイオン伝導性に優れる高分子電解質膜の構造も充分には解明されていなかった。
【0010】
そこで、本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、イオン伝導性、特に膜厚方向のイオン伝導性に優れる高分子電解質膜の表面近傍領域や高分子電解質膜を容易に得ることができる高分子電解質膜の製造方法を提供することを目的とする。本発明はまた、このような製造方法により得られ、膜厚方向への優れたイオン伝導性を有する高分子電解質膜、並びに、これを用いた膜−電極接合体及び燃料電池セルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明者らが鋭意研究を行った結果、高分子電解質膜の製造工程においては、溶媒の蒸発を適切に制御することによって、表面近傍領域が特定の構造を有しており、これにより膜厚方向のイオン伝導性が良好となった高分子電解質膜が得られるようになることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明の高分子電解質膜の製造方法は、ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜の製造方法であって、高分子電解質を含む溶液から溶媒を蒸発させる蒸発工程を含み、蒸発工程において、溶媒の蒸発が開始してから完了するまでの時間を60分以下とすることを特徴とする。
【0013】
このような高分子電解質膜の製造方法においては、必ずしも明らかではないが、溶媒が蒸発する際の挙動によって、高分子電解質膜の表面近傍領域において、イオン伝導性基を含むミクロドメインが膜厚方向に沿って配置され易くなると考えられる。その結果、このようにして得られた高分子電解質膜は、全体として膜厚方向に優れたイオン伝導性を有するものとなる。
【0014】
上記本発明の高分子電解質膜の製造方法においては、蒸発工程で用いる溶媒の沸点が、120℃以上250℃以下であることが好ましい。このような沸点を有する溶媒を上記の条件で蒸発させることで、より好ましい表面近傍領域の構造が得られるようになる。
【0015】
また、蒸発工程においては、溶媒の凝固点の温度以上であり且つ溶媒の沸点よりも50℃高い温度以下の温度条件で溶媒を蒸発させることが好ましい。こうすれば、上述したような構造がより容易に形成されるように溶媒の蒸発が生じ易くなる。
【0016】
溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン及びジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる少なくとも一種の溶媒が好適である。これらの溶媒は、上述した条件において、特に好適な蒸発の挙動を示す傾向にある。
【0017】
また、本発明の高分子電解質膜は、上述した本発明の製造方法によって得られるものであり、良好な表面近傍領域の構造を有しており、膜厚方向に優れたイオン伝導性を有するものとなる。
【0018】
本発明の高分子電解質膜は、具体的には、以下のような構造を有すると好ましい。すなわち、イオン伝導性基を有する領域を含むミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜であって、当該高分子電解質膜は、その表面近傍領域における膜厚方向に沿う断面で得られる膜厚方向の第1の貫通臨界値が、この断面で得られる膜面方向の第2の貫通臨界値以下であり、
第1の貫通臨界値は、上記断面を観察して得られたイオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に上記の濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、さらに、単位領域を、所定の濃淡変数を基準値として、イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域とに分類する際に、第1の単位領域が濃淡像における膜厚方向に対向している2つの辺同士を結ぶように連続して配置されるような上記分類となるときの、最もイオン伝導性基が多い側の値を上記基準値として設定したときの、(第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数)で表される値であり、
第2の貫通臨界値は、上記と同じ断面を観察して得られたイオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に上記の濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、単位領域を、所定の濃淡変数を基準値として、イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域とに分類する際に、第1の単位領域が濃淡像における膜面方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような上記分類となるときの、最もイオン伝導性基が多い側の値を上記基準値として設定したときの、(第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数)で表される値であることを特徴とする。ここで、「表面近傍領域」は、高分子電解質膜の少なくとも一方の表面の近傍領域であることを意味する。
【0019】
このような本発明の高分子電解質膜は、その表面近傍領域において、膜面方向よりも膜厚方向にイオン伝導性基を有する領域が配置された構造を有するものとなる。そして、このような表面近傍領域の構造を有する高分子電解質膜は、膜全体にわたって膜厚方向に優れたイオン伝導性を有するようになる。
【0020】
上記本発明の高分子電解質膜において、濃淡像は、高分子電解質膜を電子染色法により染色して透過型電子顕微鏡で観察することによって得られたものであると好ましい。これにより、イオン伝導性基を有する領域が染色される場合は、イオン伝導性基の濃度が高いほど濃い濃淡像が得られる。
【0021】
ここで、第1の貫通臨界値は、0.55以下であると好ましく、0.53以下であるとより好ましく、0.51以下であると更に好ましい。こうすれば、一層優れた膜厚方向のイオン伝導性が得られるようになる。
【0022】
また、上記の貫通臨界値を観察する表面近傍領域は、高分子電解質膜の表面から1000nmまでの深さの領域であると好ましい。このような深さまでの領域で、第1及び第2の貫通臨界値が上記の条件を満たすことで、高分子電解質膜の膜厚方向のイオン伝導性が更に良好となる。
【0023】
さらに、本発明の高分子電解質膜は、上述した表面近傍領域の範囲外の領域で得られる第1の貫通臨界値が、0.55以下であると好ましく、0.53以下であるとより好ましく、0.51以下であると更に好ましく、0.45以下であると一層好ましく、0.40以下であると特に好ましい。こうすれば、例えば、表面近傍領域よりも深い位置においても、イオン伝導性基を有する領域が膜厚方向に沿って配置されるようになる。その結果、膜厚方向のイオン伝導性が一層向上する。
【0024】
また、本発明の高分子電解質膜は、膜面方向に沿う少なくとも一つの方向の長さが1m以上であって継ぎ目がないものであるとより好ましい。このような高分子電解質膜からは、例えば、一つの膜から燃料電池セルに用いる大きさの高分子電解質膜を数多く得ることができ、工業的な生産において有効である。この生産性の観点からは、高分子電解質膜は、少なくとも一つの方向の長さが5m以上であって継ぎ目がないことがより好ましく、少なくとも一つの方向の長さが10m以上であって継ぎ目がないことがさらに好ましい。
【0025】
より具体的には、上記本発明の高分子電解質膜は、イオン伝導性基を含むセグメントとイオン伝導性基を有しないセグメントとを有するブロック共重合体を含む高分子電解質から構成されるものであると好ましい。このような高分子電解質は、イオン伝導性基を有する領域(ミクロドメイン)と、イオン伝導性基を有しない領域とからなるミクロ相分離構造となり易く、上述した本発明の構造を形成し易いものである。
【0026】
高分子電解質に含まれるブロック共重合体は、ポリアリーレン構造を有するものであるとより好ましい。このようなブロック共重合体を含む高分子電解質は、優れたイオン伝導性を有するものとなる。
【0027】
より具体的には、ブロック共重合体は、イオン伝導性基を含むセグメントとして下記一般式(1)で表される繰り返し構造を含むと好ましい。また、イオン伝導性基を有しないセグメントとして、下記一般式(2)で表される繰り返し構造を含むとより好ましい。これらの構造を有するブロック共重合体は、高分子電解質として特に優れたイオン伝導性を発揮し得るものとなる。
【化1】


[式中、Ar11は、置換基としてカチオン交換基を少なくとも有するアリーレン基、X11は、単結合、オキシ基、チオキシ基、カルボニル基又はスルホニル基を表す。]
【化2】


[式中、Ar21、Ar22、Ar23及びAr24は、それぞれ独立に、イオン伝導性基以外の置換基を有していてもよいアリーレン基、X21及びX22は、それぞれ独立に、単結合又は2価の基、Y21及びY22は、それぞれ独立に、酸素原子又は硫黄原子を表し、a、b及びcは、それぞれ独立に、0又は1であり、nは正の整数である。]
【0028】
本発明はまた、上記本発明の高分子電解質膜を備える膜−電極接合体及び燃料電池セルを提供する。すなわち、本発明の膜−電極接合体は、一対の触媒層と、この触媒層間に配置された上記本発明の高分子電解質膜とを備える。また、本発明の燃料電池は、アノードと、カソードと、これらの間に配置された上記本発明の高分子電解質膜とを備えることを特徴とする。後者の燃料電池セルは、上記本発明の膜−電極接合体を備えるものである。
【0029】
このような燃料電池セルは、本発明の高分子電解質膜を備えており、しかも、上述したように本発明の高分子電解質膜は膜厚方向に優れたイオン伝導性を有することから、高い出力を発揮し得るものとなる。
【0030】
さらに、本発明は、上述した第1及び第2の貫通臨界値を基準とした高分子電解質膜のイオン伝導性を評価する方法も提供する。すなわち、本発明の高分子電解質膜のイオン伝導性を評価する方法は、イオン伝導性基を有する領域を含むミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜のイオン伝導性の評価方法であって、高分子電解質膜の表面近傍領域における、膜厚方向に沿う断面で得られる膜厚方向の第1の貫通臨界値、及び、上記と同じ断面で得られる膜面方向の第2の貫通臨界値を算出するステップと、第1の貫通臨界値と第2の貫通臨界値とを比較するステップとを有しており、
第1の貫通臨界値は、上記断面を観察して得られたイオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に前記濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、更にこれらの単位領域を、所定の濃淡変数を基準値として、イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域とに分類する際に、第1の単位領域が濃淡像における膜厚方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような上記分類となるときの、最もイオン伝導性基が多い側の値を上記基準値として設定したときの、(第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数)で表される値であり、
第2の貫通臨界値は、上記と同じ断面を観察して得られたイオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に前記濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、更にこれらの単位領域を、所定の濃淡変数を基準値として、イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域とに分類する際に、第1の単位領域が濃淡像における膜面方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような上記分類となるときの、最もイオン伝導性基が多い側の値を上記基準値として設定したときの、(第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数)で表される値であることを特徴とする。
【0031】
このような評価の結果、第1の貫通臨界値が第2の貫通臨界値以下である場合、上述したように、特に膜厚方向に優れたイオン伝導性を有する高分子電解質膜であると判定することができる。上記評価において、第1又は第2の貫通臨界値である「第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数」の値は、設定した濃淡変数の大小関係で決まることから、濃淡変数の値そのもの、つまり、取得した濃淡像の濃淡の程度からの影響は小さい値である。したがって、上記評価方法によれば、濃淡像の取得状況(染色の程度、画像の取得方法)等に左右されずに安定した評価を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、イオン伝導性、特に膜厚方向のイオン伝導性に優れる高分子電解質膜の表面近傍領域や高分子電解質膜を容易に得ることができる高分子電解質膜の製造方法を提供することが可能となる。また、このような製造方法により得られ、膜厚方向へのより優れたイオン伝導性を有する高分子電解質膜、これを用いた膜−電極接合体及び燃料電池セルを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0034】
(高分子電解質)
まず、高分子電解質膜を構成する高分子電解質の好適な実施形態について説明する。本実施形態の高分子電解質は、イオン伝導性基を有しており、高分子電解質膜とした場合に、このイオン伝導性基を有する領域(ミクロドメイン)及びイオン伝導性基を実質的に有しない領域(ミクロドメイン)の2相を少なくとも含むミクロ相分離構造を構成し得るものである。
【0035】
イオン伝導性基とは、高分子電解質膜を形成した場合に、イオン伝導、特にプロトン伝導を生じさせることができる官能基であり、イオン交換基が代表的である。このイオン交換基は、カチオン交換基(酸性基)とアニオン交換基(塩基性基)のどちらでもよいが、高いプロトン伝導性を得る観点からは、カチオン交換基が好ましい。
【0036】
カチオン交換基としては、−SOH、−COOH、−PO(OH)、−O−PO(OH)、−POH(OH)、−SONHSO−、−Ph(OH)(Phはフェニル基を表す)等が例示できる。一方、アニオン交換基としては、−NH、−NHR、−NRR´、−NRR´R´´、−NH等(これらのR、R´及びR´´は、それぞれ独立に、アルキル基、シクロアルキル基又はアリール基を示す)等が例示できる。これらのイオン交換基は、その一部又は全部が対イオンとの塩を形成していてもよい。
【0037】
高分子電解質中のイオン交換基は、高分子電解質膜のイオン伝導性に大きく影響するが、その好適な含有量は、高分子電解質の構造に依存する。例えば、本実施形態においては、高分子電解質のイオン交換基の導入量は、イオン交換容量で表した場合、0.5〜4.0meq/gであると好ましく、1.0〜2.8meq/gであるとより好ましい。高分子電解質のイオン交換容量が0.5meq/g以上であることにより、十分なイオン(プロトン)伝導性が得られるようになる。また、イオン交換容量が4.0meq/g以下であることにより、高分子電解質膜とした場合の耐水性が良好となる傾向にある。
【0038】
また、高分子電解質は、その分子量が、ポリスチレン換算の数平均分子量で表した場合に、5000〜1000000であると好ましく、15000〜400000であるとより好ましい。こうすれば、十分なイオン伝導性が得られるようになる。
【0039】
高分子電解質としては、主鎖構造にフッ素を含むナフィオンのようなフッ素系高分子電解質や、主鎖構造にフッ素を含まない炭化水素系高分子電解質の両方を適用できるが、炭化水素系高分子電解質が好ましい。なお、高分子電解質は、フッ素系のものと炭化水素系のものを組み合わせて含有してもよいが、この場合、炭化水素系のものを主成分として含むことが好ましい。
【0040】
炭化水素系高分子電解質としては、例えば、ポリイミド系、ポリアリーレン系、ポリエーテルスルホン系、ポリフェニレン系の高分子電解質が挙げられる。これらは、一種が単独で含まれていてもよく、2種以上が組み合わせて含まれていてもよい。
【0041】
高分子電解質は、より具体的には、イオン伝導性基を含むセグメントとイオン伝導性基を有しないセグメントとを有するブロック共重合体を含むものが好ましい。ここで、「イオン伝導性基を有しない」とは、イオン伝導性基を実質的に有していないことを意味し、イオン伝導性が発現されない程度であればイオン伝導性基が含まれていてもよい。例えば、あるセグメントが、それを構成している繰り返し単位一つあたり平均して0.05個以下程度のイオン伝導性基を有する場合は、「イオン伝導性基を有しない」セグメントに該当すると判断してもよい。
【0042】
上述したポリアリーレン系の炭化水素系高分子電解質は、例えば、ポリアリーレン構造を有するブロック共重合体(以下、「ポリアリーレン系ブロック共重合体」という)を含むものである。このようなポリアリーレン系ブロック共重合体としては、例えば、イオン伝導性基を有するセグメントとして、上記一般式(1)で表される繰り返し構造を有するものが挙げられる。
【0043】
上記一般式(1)で表される繰り返し構造は、イオン伝導性基としてAr11で表される基におけるアリーレン基に結合したカチオン交換基を有している。また、この繰り返し構造におけるアリーレン基は、カチオン交換性基以外の置換基として、炭素数1〜20のアルキル基、炭素数1〜20のアルコキシ基、炭素数6〜20のアリール基又は炭素数6〜20のアリールオキシ基を有していてもよい。なお、これらの置換基も更に置換基を有していてもよい。アリーレン基としては、フェニレン基又はビフェニリレン基が好ましい。
【0044】
また、ポリアリーレン系ブロック共重合体は、イオン伝導性基を有しないセグメントとして、上記一般式(2)で表される繰り返し構造を有するものを含むことが好ましい。かかる繰り返し構造におけるAr21、Ar22、Ar23及びAr24で表されるアリーレン基は、イオン伝導性基以外の上述したAr11と同様の置換基を有していてもよい。
【0045】
この置換基としては、炭素数1〜18のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基、炭素数6〜10のアリール基、炭素数6〜18のアリールオキシ基又は炭素数2〜20のアシル基がより好ましい。また、この繰り返し構造中のX21及びX22は、イオン伝導性基を有していないことが好ましい。さらに、一般式(2)中のnは5以上の整数であると好ましい。
【0046】
このようなポリアリーレン系ブロック共重合体は、上述した各セグメントの前駆体同士の縮合反応による重合を生じさせることにより合成することができる。このポリアリーレン系ブロック共重合体の製造方法においては、イオン伝導性基を有するセグメントは、重合前にイオン伝導性基を導入した前駆体を用いることによって形成してもよく、イオン伝導性基を有していない前駆体を重合させた後に、そのセグメントにイオン伝導性基を導入することによって形成してもよい。
【0047】
重合前にイオン伝導性基を導入する製造方法においては、例えば、イオン伝導性基を有するセグメントの前駆体である下記一般式(3)で表される化合物と、イオン伝導性基を有しないセグメントの前駆体である下記一般式(4)で表される化合物とを重合させる。
【化3】

【0048】
上記式(3)及び(4)中、Ar11、Ar21〜Ar24、X21、X22、Y21、Y22、a、b、c及びnは、いずれも上記と同義である。また、Q31、Q32、Q41及びQ42は、それぞれ独立に、互いに縮合反応を生じることが可能な基であり、この縮合反応時には脱離する基である。これらの基としては、例えばハロゲン原子が好ましい。
【0049】
上記一般式(3)で表される化合物としては、例えば、2,4−ジクロロベンゼンスルホン酸、2,5−ジクロロベンゼンスルホン酸、3,5−ジクロロベンゼンスルホン酸、2,4−ジブロモベンゼンスルホン酸、2,5−ジブロモベンゼンスルホン酸、3,5−ジブロモベンゼンスルホン酸等が挙げられる。
【0050】
なお、この方法で用いるイオン伝導性基を有するセグメントの前駆体は、イオン伝導性基が塩の形態や、例えば、スルホン酸基がスルホン酸エステル基に変換されたような形態で保護されたものであってもよい。上記の重合反応を良好に生じさせる観点からは、イオン伝導性基が保護された形態であることが好ましい。
【0051】
一方、重合後にイオン伝導性基を導入することによりイオン伝導性基を有するセグメントを形成する場合は、当該セグメントの前駆体として、上記一般式(3)で表される化合物においてAr11としてイオン伝導性基(カチオン交換基)を有しないアリーレン基を有する化合物を用い、上記と同様の重合反応を生じさせた後に、Ar11で表されるアリーレン基に対してイオン伝導性基を結合させる。このような方法は、例えば、特開2003−31232号公報に記載された方法に従って行うことができる。
【0052】
これらのポリアリーレン系ブロック共重合体の合成方法における縮合反応は、例えば、Prog. Polym. Sci., 1153-1205 (17) 1992に記載された方法により行うことができる。このような縮合反応は、遷移金属錯体の存在下で特に好適に生じさせることができる。遷移金属錯体としては、例えば、ニッケル錯体、パラジウム錯体、白金錯体、銅錯体等が例示できる。なかでも、ゼロ価ニッケル錯体やゼロ価パラジウム錯体のようなゼロ価遷移金属錯体が好ましい。
【0053】
縮合反応は、溶媒中で行うことができるが、反応後の反応混合物からブロック共重合体を取り出す方法としては、例えば、反応終了後にブロック共重合体の貧溶媒を加えることによってブロック共重合体を析出させた後、濾別等を行う方法が挙げられる。なお、得られたブロック共重合体は、水洗や、良溶媒と貧溶媒とを用いた再沈殿等を行うことにより精製してもよい。
【0054】
(高分子電解質膜の製造方法)
次に、高分子電解質膜の好適な製造方法について説明する。高分子電解質膜は、高分子電解質を溶媒に溶解させた溶液を、所定の基材上に塗布した後(塗布工程)、この塗布された溶液の膜(塗工膜)から溶媒を蒸発させて除去する(蒸発工程)ことにより製造することができる。高分子電解質としては、上記の実施形態のものを特に制限なく適用できるが、特に上記一般式(1)及び(2)で表される繰り返し構造を含むブロック共重合体を含む高分子電解質を用いた場合に、本方法によって後述するような好適な高分子電解質膜が得られ易くなる傾向にある。
【0055】
塗布工程における高分子電解質を含む溶液の基材上への塗布は、例えば、キャスト法、ディップ法、グレードコート法、スピンコート法、グラビアコート法、フレキソ印刷法、インクジェット法等により行うことができる。なお、この塗布工程で得られる塗工膜の大きさや厚みは、蒸発工程で用いる装置の能力、形状、大きさ等により、適宜最適化することが望ましい。具体的には、蒸発工程において、塗工膜から溶媒の蒸発が比較的均一になるようにして、塗工膜の膜内における溶媒残存量の分布が均一な状態を保持できるように、塗布工程における塗布条件を最適化することが好ましい。
【0056】
溶液を塗布する基材の材質としては、化学的に安定であり、また用いる溶媒に対して不溶であるものが好ましい。さらに、基材としては、高分子電解質膜が形成された後に、得られた膜を容易に洗浄でき、しかもこの膜の剥離が容易であるようなものがより好ましい。このような基材としては、例えば、ガラス、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート等)からなる板やフィルム等が挙げられる。
【0057】
また、基材としては、その面方向に継ぎ目のない長尺のものを用いることが好ましい。このような基材を用いると、長尺の高分子電解質膜を容易に形成することができるようになることから生産性が良好であり、工業的に有利である。例えば、少なくとも一方向の長さが1m以上のものが好ましく、5m以上のものがより好ましく、10m以上のものが更に好ましい。こうすれば、高分子電解質膜の生産性を一層良好にすることができる。継ぎ目のある基材を用いた場合は、均一な膜厚を有する塗工膜が得られ難く、蒸発工程において塗工膜からの溶媒の蒸発が不均一となってしまい、継ぎ目のない基材を用いた場合と比べると特性が低くなり易い傾向にある。
【0058】
高分子電解質を含む溶液に用いる溶媒としては、高分子電解質を溶解可能であり、しかも塗布後の蒸発による除去が容易なものが好ましい。このような好適な溶媒は、高分子電解質の構造等によって適宜選択することが好ましい。
【0059】
溶媒としては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド等の非プロトン性極性溶媒、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の塩素系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール系溶媒、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル系溶媒等が挙げられる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0060】
より具体的には、上記一般式(1)及び(2)で表される繰り返し構造を含むブロック共重合体を含む高分子電解質を用いる場合、溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン又はジメチルスルホキシドが好ましく、ジメチルスルホキシド又はN,N−ジメチルアセトアミドがより好ましく、ジメチルスルホキシドが特に好ましい。
【0061】
蒸発工程においては、溶媒の蒸発が開始してから完了するまでの時間(以下、「蒸発時間」という)を60分以下とする。この蒸発時間は、蒸発工程中における塗工膜又はこれから形成された高分子電解質膜中の高分子電解質の濃度変化が生じている間の時間である。ここで、高分子電解質の濃度変化の測定は、例えば、蒸発工程中に定期的に塗工膜又は高分子電解質膜の一部を抜き取り、その濃度を測定することによって行うことができる。
【0062】
具体的には、この蒸発時間は、例えば、蒸発工程中に、塗工膜又はこれから形成された高分子電解質膜中の一定面積部分の質量変化が実質的に生じている時間とすることができる。この場合、質量変化が生じているかどうかは、蒸発工程中に上記の塗工膜又は高分子電解質膜の一定面積の部分を定期的に抜き取り、その質量を測定することによって確認することができる。実際には、蒸発時間は、例えば、塗工膜が塗布・形成された時点を溶媒の蒸発が開始した時点とし、高分子電解質の濃度変化又は質量変化が実質的に生じなくなった時点及び蒸発工程が終了した時点のいずれか早い方を溶媒の蒸発が完了した時点とし、この蒸発開始から完了までの時間であるとみなしてもよい。なお、「高分子電解質の濃度変化が実質的に生じない」とは、所定時間の前後で高分子電解質の濃度の差分(変化量)が検出できない(0.1質量%未満)であることを意味する。同様に、「高分子電解質の質量変化が実質的に生じない」とは、所定時間の前後で高分子電解質の質量の差分(変化量)が検出できない(0.1質量%未満)であることを意味する。
【0063】
蒸発時間は、55分以下であるとより好ましく、40分以下であると更に好ましい。なお、蒸発時間の下限は、10秒とすることが好ましい。このような蒸発時間とすることによって、後述するような好適な表面近傍領域の構成を有する高分子電解質膜が形成されるようになる。蒸発時間は、蒸発工程における温度、圧力、通風等の条件を適宜設定することによって調整することができる。
【0064】
蒸発工程で用いる溶媒としては、上述したもののなかでも、沸点が1気圧において120℃以上250℃以下のものが好ましく、130℃以上220℃以下のものがより好ましく、150℃以上200℃以下のものが更に好ましい。なお、これらの好適な沸点は、高分子電解質膜の種類によって若干異なる場合がある。
【0065】
また、蒸発工程における温度条件は、溶媒の凝固点の温度以上であって溶媒の沸点よりも50℃高い温度以下の温度とすることが好ましい。蒸発工程の温度条件がこれ以下であると、溶媒の蒸発が極めて生じ難くなる。一方、この温度を超えると、溶媒の不均一な蒸発が生じ、表面近傍領域の所望の構造が得られ難くなったり、高分子電解質膜の外観が悪化したりする傾向にある。したがって、温度条件は、このような好適な温度範囲内で上述した蒸発時間が得られるように設定することが好ましい。
【0066】
良好な構成を有する高分子電解質膜をより容易に得る観点からは、蒸発工程における温度の上限は、溶媒の沸点よりも10℃低い温度とすることが好ましく、溶媒の沸点よりも30℃低い温度とすることがより好ましい。また、下限は、20℃とすることが好ましい。例えば、溶媒がジメチルスルホキシドである場合は、蒸発工程の温度は、30〜150℃とすることが好ましく、40〜120℃とすることがより好ましく、40〜110℃とすることが更に好ましく、50〜100℃とすることが特に好ましい。
【0067】
(高分子電解質膜)
次に、好適な実施形態に係る高分子電解質膜について説明する。
【0068】
本実施形態の高分子電解質膜は、上述した実施形態の製造方法によって好適に得ることができる。このような高分子電解質膜は、高分子電解質から構成される膜であり、イオン伝導性基を有する領域(ミクロドメイン)と、イオン伝導性基を有しない領域(ミクロドメイン)とを含むミクロ相分離構造を有している。高分子電解質が上述した実施形態のブロック共重合体を含むものである場合、イオン伝導性基を有する領域は、ブロック共重合体におけるイオン伝導性基を有するセグメントから主として構成され、イオン伝導性基を有しない領域は、ブロック共重合体におけるイオン伝導性基を有しないセグメントから主として構成される。
【0069】
この高分子電解質膜の好適な厚さは、10〜300μmである。この厚さが10μm以上であると、実用に十分な強度を有し易くなる。また、300μm以下であると、膜抵抗が小さくなり、燃料電池に適用した場合により高い出力が得られるようになる傾向にある。高分子電解質膜の膜厚は、上述した製造方法において、溶液を塗布する際の塗布厚を変えることによって調節することができる。
【0070】
本実施形態の高分子電解質膜は、その表面近傍領域における膜厚方向に沿う断面で得られる膜厚方向の第1の貫通臨界値が、同じ断面で得られる膜面方向の第2の貫通臨界値以下となっている。ここで、第1及び第2の貫通臨界値は、以下のようにして求められる値である。
【0071】
まず、第1の貫通臨界値は、以下の操作1〜5によって求めることができる。
【0072】
操作1においては、高分子電解質膜における表面近傍領域の、膜厚に沿う方向の断面を観察して、その断面におけるイオン伝導性基の量に対応した濃淡を有する濃淡像を得る。
【0073】
この観察においては、高分子電解質膜から観察すべき断面を表面に有する薄片試料を切り出した後、この薄片試料に染色を施す。染色は、電子染色により行うことが好ましい。電子染色は、断面に存在しているイオン伝導性基の量に応じた濃淡像が観察されるように行うことができる。電子染色方法としては、例えば、ヨウ素を用いる方法、酢酸鉛を用いる方法、オスミウムを用いる方法、ルテニウムを用いる方法等により行うことができる。
【0074】
濃淡像は、上述した染色後の断面を、透過型電子顕微鏡、反射型電子顕微鏡、原子間力顕微鏡等の顕微鏡観察や、分子動力学法、散逸粒子動力学法等の各種シミュレーション方法による観察を行うことによって得ることができる。上述したようなミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜の場合は、透過型電子顕微鏡を用いることが、濃淡に応じたコントラストが大きく得られることから好ましい。透過型電子顕微鏡を用いる場合の倍率は特に制限されないが、1万倍〜10万倍程度が好ましく、3万倍〜7万倍程度がより好ましく、5万倍程度が更に好ましい。このような倍率とすることにより、ミクロ相分離構造が良好に観察できるようになる。
【0075】
操作2においては、上述した観察によって得られた濃淡像を、例えばコンピュータを用いた電子的な画像処理によって、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともに、各単位領域に、その単位領域の有する濃淡の程度に応じた濃淡変数を付与する。
【0076】
濃淡像の画像処理においては、まず、上述した観察により得られた濃淡像から測定に適した領域を切り出すことが好ましい。切り出された後の濃淡像は、少なくとも高分子電解質膜の膜厚方向に対して垂直(膜面方向に平行)で互いに対向している2つの辺によって囲まれた範囲の像であると好ましく、この2つの辺とこれらに垂直な(膜厚方向に沿う)2つの辺とからなる四角形、好ましくは正方形に囲まれた範囲の像であるとより好ましい。
【0077】
濃淡像の大きさは、第1の貫通臨界値の誤差を小さくする観点からは、できるだけ大きいことが好ましいが、あまり大きすぎると第1の貫通臨界値の算出が面倒となる傾向にある。そこで、少ない誤差で且つ容易に第1の貫通臨界値を算出する観点からは、例えば、濃淡像が上述したような四角形に囲まれた領域を示す像である場合、その一辺の長さが、ミクロ相分離構造における2つの主なミクロドメインの平均的な長さのうちの短い方の長さ(以下、「ミクロドメイン長さ」と略す)の10倍以上であると好ましく、20倍以上であるとより好ましく、40倍以上であると更に好ましい。
【0078】
濃淡像は、例えば、格子状に区画することができる。この場合、格子によって区画された各単位領域がそれぞれ一つの画素を構成する。濃淡像の区画は、誤差を小さくするためにはできるだけ細かく行うことが好ましいが、あまり細かくし過ぎると第1の貫通臨界値の算出が面倒となる傾向にある。そこで、濃淡像は、各画素の一辺の長さが、上記ミクロドメイン長さの好ましくは1/10以下、より好ましくは1/20以下となるように区画することが好ましい。
【0079】
濃淡変数は、各領域の濃淡の程度を数値データに変換した値である。例えば、最も濃い単位領域を0、最も薄い単位領域を255とし、各単位領域の濃淡の程度に応じて0〜255の間の整数を付与することによって設定することができる。なお、この数値の設定の仕方は必ずしもこれに限定されず、例えば、濃い領域と薄い領域とに付与する数値の大小を逆にしてもよい。
【0080】
操作3においては、上記の濃淡変数が付与された各単位領域を、適当な濃淡変数を基準値として設定し、この基準値よりもイオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、この基準値よりもイオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域との2種類に分類する2値化を行う。この分類後に得られる濃淡像は、第1の単位領域と第2の単位領域との2種類の画素のみから構成される画像(以下、「2値化像」という)となる。
【0081】
例えば、電子染色法による染色を行った場合に上記の例に従って0〜255の濃淡変数を付与した場合は、イオン伝導性基の濃度が高いほど濃く、小さい数値の濃淡変数が付与される。そのため、この例においては、基準値よりも小さい濃淡変数を有している単位領域が第1の単位領域に分類される。
【0082】
操作4においては、第1の単位領域が膜厚方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような2値化像(分類)となるときの、最もイオン伝導性基が多い側の値を、上述した2値化における基準値として求める(かかる値を、以下、「2値化基準値」という)。膜厚方向に対向している2つの辺とは、例えば、2値化像が上記のような4角形を有する像である場合、この4角形を構成する4辺のうちの膜厚方向に垂直な2つの辺である。
【0083】
2値化像においては、上述した基準値を変えると、それに伴って第1の単位領域の数と第2の単位領域の数とが相対的に変化する。例えば、基準値となる濃淡変数がイオン伝導性基の少ない側の値となるほど、第1の単位領域の数が相対的に多くなる。
【0084】
そこで、基準値となる濃淡変数を、イオン伝導性基が多い側から少ない側に徐々に変化させていくと、第1の単位領域の数が相対的に徐々に増加することになる。こうなると、単位領域として、第1の単位領域が連続する(隣り合う)割合が増加する。この連続している第1の単位領域をまとめて一つの領域(連続領域)であるとみなすと、上記のように基準値を変化させて第1の単位領域の数が増えることにより、この連続領域は徐々に長く(又は大きく)なる。そして、ある基準値の濃淡変数を境にして、この連続領域は、2値化像(濃淡像)における膜厚方向の両端に位置する2つの辺の両方に接するようになる。この境となる基準値が、上述した2値化基準値に該当する値である。
【0085】
ここで、基準値を変化させた場合の2値化像の変化の一例を図1に示す。図1は、所定の基準値を設定したときに得られる2値化像を示す図である。図1中、最も濃い領域が第1の単位領域の連続領域のうちの最も大きな連続領域を示しており、次に濃い(グレーの)領域がこれ以外の第1の単位領域を示しており、白色の領域が第2の単位領域を示している。この図1においては、図1(a)、図1(b)及び図1(c)の順に、イオン伝導性基の多い側の基準値に設定されている。
【0086】
図示されるように、図1(a)、図1(b)及び図1(c)の順に第1の単位領域の数が増加するとともに、連続領域が大きくなっている。そして、図1(c)においては、この連続領域が上下の辺の両方に接した状態となる。この図1(c)の状態が、第1の単位領域が、膜厚方向に略垂直な対向する2辺間を結ぶように連続して配置された状態に該当する。
【0087】
そして、操作5において、上述した2値化基準値を基準値とした場合における2値化像から第1の貫通臨界値を算出する。すなわち、まず、このときの2値化像における第1の及び第2の単位領域の数を数える。そして、これらの値を、下記式に代入することによって、第1の貫通臨界値を算出する。
第1の貫通臨界値=(第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数)
【0088】
一方、第2の貫通臨界値は、上記の操作4及び5に代えて以下の操作6及び7を行うほかは第1の貫通臨界値と同様にして求めることができる。
【0089】
すなわち、操作6においては、2値化基準値として、第1の単位領域がこの2値化像における膜面方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような2値化像(分類)となるときの、最もイオン伝導性基が多い側の値を求める。この膜面方向に対向している2辺とは、例えば、2値化像が上記のような4角形を有する像である場合、この4角形を構成する4辺のうちの膜面方向に垂直な2つの辺である。
【0090】
そして、操作7においては、上記の操作6で得られた2値化基準値を適用した場合の2値化像から第2の貫通臨界値を求める。第2の貫通臨界値は、この2値化像における第1及び第2の単位領域の数を数え、得られた値を下記式に代入することによって算出することができる。
第2の貫通臨界値=(第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数)
【0091】
このようにして第1及び第2の貫通臨界値を得ることができるが、操作1で得られた濃淡像から各貫通臨界値を得るまでの一連の操作は、コンピュータを用いた電子的な処理によって行うことができる。例えば、小田垣孝著、「パーコレーションの科学」、裳華房、p.22−23に記載されたような、アルゴリズムを組み込んだソフトウェアを用いてこれらの操作を行うこともできる。
【0092】
なお、上述した臨界貫通値が高分子電解質膜のイオン伝導性と相関があることの理由は未だ明らかではないものの、次のように推測される。すなわち、貫通臨界値が小さいということは、少ない第1の単位領域の数で濃淡像を一定の方向(膜厚又は膜面方向)に貫通する連続領域を形成できることを意味しており、イオン伝導性基がその方向に効率よく配されていることを反映しているのではないかと考えられる。
【0093】
このような高分子電解質膜においては、上述した表面近傍領域における第1の貫通臨界値が0.55以下であると好ましく、0.53以下であるとより好ましく、0.51以下であると更に好ましい。こうすれば、高分子電解質膜の膜厚方向のイオン伝導性がより良好となる。
【0094】
また、高分子電解質膜においては、上述した表面近傍領域の範囲外の領域において、第1の貫通臨界値が0.55以下であると好ましく、0.53以下であるとより好ましく、0.51以下であると更に好ましく、0.45以下であると一層好ましく、0.40以下であると特に好ましい。この場合、表面近傍領域よりも深い位置においても、イオン伝導性基を有する領域が膜厚方向に沿って配置された状態となる。その結果、膜厚方向のイオン伝導性が一層向上する。
【0095】
(燃料電池)
次に、好適な実施形態の燃料電池について説明する。この燃料電池は、上述した実施形態の高分子電解質膜を備えるものである。
【0096】
図2は、本実施形態の燃料電池の断面構成を模式的に示す図である。図2に示すように、燃料電池10は、上述した好適な実施形態の高分子電解質膜からなる高分子電解質膜12(プロトン伝導膜)の両側に、これを挟むように触媒層14a,14b、ガス拡散層16a,16b及びセパレータ18a,18bが順に形成されている。高分子電解質膜12と、これを挟む一対の触媒層14a,14bとから、膜−電極接合体(以下、「MEA」と略す)20が構成されている。
【0097】
高分子電解質膜12に隣接する触媒層14a,14bは、燃料電池における電極層として機能する層であり、これらのいずれか一方がアノード電極層となり、他方がカソード電極層となる。かかる触媒層14a,14bは、触媒を含む触媒組成物から構成されるものであり、上述した実施形態の高分子電解質を含むものであると更に好適である。
【0098】
触媒としては、水素又は酸素との酸化還元反応を活性化できるものであれば特に制限はなく、例えば、貴金属、貴金属合金、金属錯体、金属錯体を焼成してなる金属錯体焼成物等が挙げられる。なかでも、触媒としては、白金の微粒子が好ましく、触媒層14a,14bは、活性炭や黒鉛等の粒子状または繊維状のカーボンに白金の微粒子が担持されてなるものであってもよい。
【0099】
ガス拡散層16a,16bは、MEA20の両側を挟むように設けられており、触媒層14a,14bへの原料ガスの拡散を促進するものである。このガス拡散層16a,16bは、電子伝導性を有する多孔質材料により構成されるものが好ましい。例えば、多孔質性のカーボン不織布やカーボンペーパーが、原料ガスを触媒層14a,14bへ効率的に輸送することができるため、好ましい。
【0100】
これらの高分子電解質膜12、触媒層14a,14b及びガス拡散層16a,16bから膜−電極−ガス拡散層接合体(MEGA)が構成されている。このようなMEGAは、例えば、以下に示す方法により製造することができる。すなわち、まず、高分子電解質を含む溶液と触媒とを混合して触媒組成物のスラリーを形成する。これを、ガス拡散層16a,16bを形成するためのカーボン不織布やカーボンペーパー等の上にスプレーやスクリーン印刷方法により塗布し、溶媒等を蒸発させることで、ガス拡散層上に触媒層が形成された積層体を得る。そして、得られた一対の積層体をそれぞれの触媒層同士が対向するように配置し、これらの間に高分子電解質膜12を配置して、これらを圧着する。こうして、上述した構造のMEGAが得られる。なお、ガス拡散層上への触媒層の形成は、例えば、所定の基材(ポリイミド、ポリテトラフルオロエチレン等)の上に触媒組成物を塗布・乾燥して触媒層を形成した後、これをガス拡散層に熱プレスで転写することにより行うこともできる。
【0101】
セパレータ18a,18bは、電子伝導性を有する材料で形成されており、かかる材料としては、例えば、カーボン、樹脂モールドカーボン、チタン、ステンレス等が挙げられる。かかるセパレータ18a,18bは、図示しないが、触媒層14a,14b側に、燃料ガス等の流路となる溝が形成されていると好ましい。
【0102】
そして、燃料電池10は、上述したようなMEGAを、一対のセパレータ18a,18bで挟み込み、これらを接合することによって得ることができる。
【0103】
なお、燃料電池は、必ずしも上述した構成を有するものに限られず、適宜異なる構成を有していてもよい。例えば、上記燃料電池10は、上述した構造を有するものを、ガスシール体等で封止したものであってもよい。さらに、上記構造の燃料電池10は、直列に複数個接続して、燃料電池スタックとして実用に供することもできる。そして、このような構成を有する燃料電池は、燃料が水素である場合は固体高分子形燃料電池として、また燃料がメタノール水溶液である場合は直接メタノール型燃料電池として動作することができる。
【0104】
(イオン伝導性の評価方法)
上述した高分子電解質膜が有する表面近傍領域の第1及び第2の貫通臨界値は、例えば、未知の高分子電解質膜のイオン伝導性、特に膜厚方向のイオン伝導性を評価する方法にも応用することができる。
【0105】
すなわち、まず、高分子電解質膜の表面近傍領域における第1及び第2の貫通臨界値を算出する。第1の貫通臨界値は、上述した操作1〜5により、第2の貫通臨界値は上述した操作1〜3、6及び7によって求めることができる。
【0106】
それから、このようにして得られた第1の貫通臨界値と、第2の貫通臨界値とを比較する。そして、第1の貫通臨界値が第2の貫通臨界値よりも小さい場合は、その高分子電解質は膜厚方向に優れたイオン伝導性を有するものであると判定することができ、第1の貫通臨界値が第2の貫通臨界値よりも大きい場合は、その高分子電解質膜は、膜厚方向のイオン伝導性が不十分であると判定することができる。
【0107】
以上、本発明の好適な実施形態について説明を行ったが、本発明は必ずしもこれらの実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更を行ってもよい。
【0108】
例えば、本発明の高分子電解質膜では、その表面近傍領域において第1の貫通臨界値と第2の貫通臨界値とが上述のような関係を満たしているが、必ずしも膜の両面の表面近傍領域がこのような関係を満たしている必要はなく、少なくとも一方の面側がこのような関係を満たしていればよい。ただし、両面の表面近傍領域において、第1の貫通臨界値と第2の貫通臨界値とが上述のような関係を満たしていると、膜厚方向に特に優れたイオン伝導性が得られるようになるため、一層好ましい。
【0109】
また、本発明の高分子電解質膜は、表面近傍領域に該当する全ての領域で上述のような第1の貫通臨界値と第2の貫通臨界値との関係を満たしている必要はなく、表面近傍領域にもこのような関係を満たしていない断面が局所的に観察される場合もある。しかしながら、上述した実施形態のような透過型電子顕微鏡を用いた断面観察においては、無作為に観察される全ての断面で得られる濃淡像において、第1の貫通臨界値と第2の貫通臨界値とが上述のような関係を満たしていることが特に好ましい。
【実施例】
【0110】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[高分子電解質の合成]
【0111】
(合成例1)
まず、窒素雰囲気下、蒸留管を付けたフラスコに、4,4´−ジヒドロキシフェニルスルホン88.3g(352.9mmol)、炭酸カリウム53.6g(388.1mmol)、ジメチルスルホキシド693mL及びトルエン139mLを入れて攪拌した。次いで、この溶液を135℃まで昇温し、この温度で3時間保温することにより、水分をトルエンとともに共沸除去した。この溶液を放冷した後、4,4´−ジフルオロジフェニルスルホン84.9g(333.9mmol)を加え、135℃まで昇温し、この温度で7時間反応させた。この反応後の溶液を反応溶液1とした。
【0112】
また、窒素雰囲気下、蒸留管を付けたフラスコに、ヒドロキノンスルホン酸カリウム36.0g(157.7mmol)、炭酸カリウム22.9g(165.6mmol)、ジメチルスルホキシド491mL及びトルエン98mLを加えて攪拌した。この溶液を放冷した後、4,4´−ジフルオロジフェニルスルホン−3,3´−ジスルホン酸ジカリウム86.7g(176.6mmol)を加え、135℃まで昇温し、この温度で7時間反応させた。この反応後の溶液を反応溶液2とした。
【0113】
それから、上記の反応溶液1と反応溶液2とを、ジメチルスルホキシド30mLで希釈しながら混合し、この混合溶液を130℃で1時間、及び、140℃で8時間加熱した。
【0114】
加熱後の溶液を放冷した後、これを大量の4規定塩酸水に滴下し、これにより生成した沈殿物を濾過により回収した。この沈殿物を、洗液が中性になるまで水での洗浄及び濾過を繰り返した。そして、沈殿物の大過剰の熱水による2時間の処理を2回行った後、減圧乾燥することによって高分子電解質を得た。
【0115】
その後、得られた高分子電解質を24重量%の濃度となるように1−メチル−2−ピロリドンに溶解させた後、この溶液をガラス板状に流延塗布し、これを80℃で常圧乾燥させることにより、高分子電解質をいったん高分子電解質膜の形態とした。この高分子電解質膜に対し、1モル/Lの塩酸に2時間浸漬した後、流水で2時間洗浄する処理を行った。得られた高分子電解質膜は、そのスルホン酸基の実質的に全てが遊離酸の状態であった(つまり、塩置換率はほぼ0%であった)。
[高分子電解質膜の製造]
【0116】
(実施例1)
合成例1で得られた高分子電解質膜をジメチルスルホキシドに溶解して、濃度が10重量%である高分子電解質の溶液を得た。次いで、常圧下でこの高分子電解質の溶液をポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に連続的に流延塗布して塗布膜を形成した。この際、50℃から100℃の間で加熱を行い、溶媒であるジメチルスルホキシドを蒸発させた。塗布膜を放冷した後、イオン交換水による洗浄を施し、更に溶媒を除去した。この塗布膜を更に2規定の塩酸に2時間浸漬させた後、再度イオン交換水による洗浄を行うことにより、約30μmの厚さであり、ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜を得た。
【0117】
なお、溶媒の蒸発中には、塗布膜を採取して高分子電解質の濃度を測定する操作を経時的に行うことにより、塗布膜の濃度変化が生じていた時間を測定し、これを、蒸発が開始してから完了するまでの時間(蒸発時間)とした。その結果、蒸発時間は40分であった。
【0118】
(実施例2)
合成例1で得られた高分子電解質膜をジメチルスルホキシドに溶解して、濃度が10重量%である高分子電解質の溶液を得た。次いで、常圧下でこの高分子電解質の溶液をポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に連続的に流延塗布して塗布膜を形成した。この際、60℃から100℃の間で加熱を行い、溶媒であるジメチルスルホキシドを蒸発させた。それから、イオン交換水による洗浄を施し、更に溶媒を除去した。この塗布膜を更に2規定の塩酸に2時間浸漬させた後、再度イオン交換水による洗浄を行うことにより、約30μmの厚さであり、ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜を得た。かかる工程における蒸発時間を同様に測定したところ、蒸発時間は33分であった。
【0119】
(比較例1)
合成例1で得られた高分子電解質膜をジメチルスルホキシドに溶解して、濃度が10重量%である高分子電解質の溶液を得た。次いで、得られた溶液をガラス板上に流延塗布して塗布膜を形成した。この際、80℃で2時間の加熱を行うことにより、塗布膜から溶媒であるジメチルスルホキシドを蒸発させた。その後、イオン交換水による洗浄を施すことにより、更に溶媒を除去した。この塗布膜を更に2規定の塩酸に2時間浸漬させた後、再度イオン交換水による洗浄を行った。こうして、約30μmの厚さであり、ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜を得た。かかる工程における蒸発時間を同様に測定したところ、蒸発時間は120分であった。
【0120】
(比較例2)
合成例1で得られた高分子電解質膜をジメチルスルホキシドに溶解して、濃度が10重量%である高分子電解質の溶液を得た。次いで、得られた溶液をPETフィルム上に流延塗布して塗布膜を形成した。この際、80℃で2時間の加熱を行うことにより、塗布膜から溶媒であるジメチルスルホキシドを蒸発させた。その後、イオン交換水による洗浄を施すことにより、更に溶媒を除去した。この塗布膜を更に2規定の塩酸に2時間浸漬させた後、再度イオン交換水による洗浄を行った。こうして、約54μmの厚さであり、ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜を得た。かかる工程における蒸発時間を同様に測定したところ、蒸発時間は120分であった。
[第1及び第2の貫通臨界値の測定]
【0121】
実施例1〜2及び比較例1〜2の高分子電解質膜をそれぞれ用いて、これらの表面近傍領域の第1の貫通臨界値(Tz)及び第2の貫通臨界値(Txy)を測定した。すなわち、まず、これらの高分子電解質膜を、15%のヨウ化カリウム及び5%のヨウ素を含む染色用水溶液に、室温で30分浸した後、あらかじめ予備硬化させておいたエポキシ樹脂によって包埋した。
【0122】
それから、この高分子電解質膜から、ミクロトームにより乾式の条件で厚さ60nmの切片を切り出した。この際、表面が膜厚方向に沿う断面となるように切り出しを行った。このようにして得られた切片を、Cuメッシュ上に採取し、その表面を透過型電子顕微鏡(日立製作所社製、H9000NAR)により加速電圧300kVで観察した(以上、操作1)。
【0123】
次いで、透過型電子顕微鏡の観察により得られた濃淡像をパーソナルコンピュータに読み込ませ、得られた画像ファイルから必要な部分のみを切り出した。この際、高分子電解質の表面(切片の表面)が画面上で水平となるように回転させた。
【0124】
この切り出された濃淡像を格子状に区画する画像処理を行い、一辺が800個の単位領域(画素)を有する正方形の濃淡像を得た。なお、高分子電解質膜におけるミクロドメイン長さは17nmであった。この長さは、区画された濃淡像における20個の画素(20ピクセル)分に相当する。このように、画像処理後の濃淡像は、各画素がミクロドメイン長さの1/20となる解像度を有しており、その一辺の長さがミクロドメイン長さの40倍以上となるようにした。
【0125】
また、画像処理においては、上述したような区画を行うとともに、各画素に対してその濃淡の程度に応じて濃淡変数を付与した。具体的には、画素が純黒である場合を0、純白である場合を255として、各画素に対し、その濃淡の程度に応じて0から255までの濃淡変数(整数)を付与した(以上、操作2)。
【0126】
そして、このように画像処理された濃淡像を用いて、上述した実施形態で示した操作3〜5、又は、操作3、6及び7をそれぞれ行うことにより、各高分子電解質膜の表面近傍領域の第1の貫通臨界値(Tz)及び第2の貫通臨界値(Txy)を求めた。得られた値は下記表1に示した。また、参考のため、表面近傍領域の範囲外の領域(表面近傍領域よりも深い領域)におけるTz及びTxyも、測定断面を変えたこと以外は上記と同様にして算出した。この値は、内部領域における第1及び第2の貫通臨界値として表1中にあわせて示した。
[膜厚方向の伝導度の測定]
【0127】
実施例1〜2及び比較例1〜2の高分子電解質膜について、それぞれ以下に示す方法に従ってその膜厚方向のイオン伝導度を測定した。すなわち、まず、1cmの開口部を有するシリコンゴム(厚さ200μm)の片面にカーボン電極を貼り付けた測定用セルを2つ準備し、これらをカーボン電極同士が対向するように配置した。それから、測定用セルに直接インピーダンス測定装置の端子を接続した。
【0128】
それから、測定用セル間に高分子電解質膜を挟み、測定温度23℃で2つの測定用セル間の抵抗値を測定した。続いて、高分子電解質膜を取り除いた状態で再び抵抗値を測定した。
【0129】
そして、高分子電解質膜を有する状態で得られた抵抗値と、高分子電解質膜を有しない状態とで得られた抵抗値とを比較し、これらの抵抗値の差に基づいて高分子電解質膜の膜厚方向の抵抗値を算出した。そして、このようにして得られた膜厚方向の抵抗値から、膜厚方向のイオン伝導度を求めた。なお、測定は、高分子電解質膜の両側に1mol/Lの希硫酸を接触させた状態で行った。得られた結果を、上述した測定により得られた各高分子電解質膜のTz及びTxyの値とともに表1に示した。
【表1】

【0130】
表1より、表面近傍領域において第1の貫通臨界値(Tz)が第2の貫通臨界値(Txy)以下であった実施例1及び2によれば、TzがTxyよりも大きかった比較例1及び2と比べて、優れた膜厚方向のイオン伝導度が得られることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0131】
【図1】所定の基準値を設定したときに得られる2値化像を示す図である。
【図2】好適な実施形態の燃料電池の断面構成を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0132】
10…燃料電池、12…高分子電解質膜、14a,14b…触媒層、16a,16b…ガス拡散層、18a,18b…セパレータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜の製造方法であって、
イオン伝導性基を有する高分子電解質を含む溶液から溶媒を蒸発させる蒸発工程を含み、
前記蒸発工程において、前記溶媒の蒸発が開始してから完了するまでの時間を60分以下とする、
ことを特徴とする高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
前記蒸発工程で用いる前記溶媒の沸点が、120℃以上250℃以下である、ことを特徴とする請求項1記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
前記蒸発工程において、前記溶媒の凝固点の温度以上であり且つ前記溶媒の沸点よりも50℃高い温度以下の温度条件で前記溶媒を蒸発させる、ことを特徴とする請求項1又は2記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
前記溶媒が、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン及びジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる少なくとも一種の溶媒である、ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法により得られる、ことを特徴とする高分子電解質膜。
【請求項6】
イオン伝導性基を有する領域を含むミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜であって、
当該高分子電解質膜は、その表面近傍領域における膜厚方向に沿う断面で得られる膜厚方向の第1の貫通臨界値が、前記断面で得られる膜面方向の第2の貫通臨界値以下であり、
前記第1の貫通臨界値は、
前記断面を観察して得られた前記イオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に前記濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、
前記単位領域を、所定の前記濃淡変数を基準値として、前記イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、前記イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域と、に分類する際に、前記第1の単位領域が前記濃淡像における膜厚方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような前記分類となるときの、最も前記イオン伝導性基が多い側の値を前記基準値として設定したときの、
第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数、で表される値であり、
前記第2の貫通臨界値は、
前記断面を観察して得られた前記イオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に前記濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、
前記単位領域を、所定の前記濃淡変数を基準値として、前記イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、前記イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域と、に分類する際に、前記第1の単位領域が前記濃淡像における膜面方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような前記分類となるときの、最も前記イオン伝導性基が多い側の値を前記基準値として設定したときの、
第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数、で表される値である、
ことを特徴とする高分子電解質膜。
【請求項7】
前記濃淡像は、当該高分子電解質膜を電子染色法により染色して透過型電子顕微鏡で観察することにより得られたものである、ことを特徴とする請求項6記載の高分子電解質膜。
【請求項8】
前記第1の貫通臨界値が、0.55以下である、ことを特徴とする請求項6又は7記載の高分子電解質膜。
【請求項9】
前記表面近傍領域は、表面から1000nmまでの深さの領域である、ことを特徴とする請求項6〜8のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項10】
前記表面近傍領域の範囲外の領域における前記第1の貫通臨界値が、0.55以下である、ことを特徴とする請求項6〜9のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項11】
膜面方向に沿う少なくとも一つの方向の長さが1m以上であって継ぎ目がない、ことを特徴とする請求項5〜10のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項12】
イオン伝導性基を含むセグメントとイオン伝導性基を有しないセグメントとを有するブロック共重合体を含む高分子電解質から構成される、ことを特徴とする請求項5〜11のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【請求項13】
前記ブロック共重合体は、ポリアリーレン構造を有する、ことを特徴とする請求項12記載の高分子電解質膜。
【請求項14】
前記イオン伝導性基を含むセグメントが、下記一般式(1)で表される繰り返し構造を有する、ことを特徴とする請求項12又は13記載の高分子電解質膜。
【化1】


[式中、Ar11は、置換基としてカチオン交換基を少なくとも有するアリーレン基、X11は、単結合、オキシ基、チオキシ基、カルボニル基又はスルホニル基を表す。]
【請求項15】
前記イオン伝導性基を有しないセグメントが、下記一般式(2)で表される繰り返し構造を有する、ことを特徴とする請求項12〜14のいずれか一項に記載の高分子電解質膜。
【化2】


[式中、Ar21、Ar22、Ar23及びAr24は、それぞれ独立に、イオン伝導性基以外の置換基を有していてもよいアリーレン基、X21及びX22は、それぞれ独立に、単結合又は2価の基、Y21及びY22は、それぞれ独立に、酸素原子又は硫黄原子を表し、a、b及びcは、それぞれ独立に、0又は1であり、nは正の整数である。]
【請求項16】
一対の触媒層と、該触媒層間に配置された請求項5〜15のいずれか一項に記載の高分子電解質膜と、を備えることを特徴とする膜−電極接合体。
【請求項17】
アノードと、カソードと、これらの間に配置された請求項5〜15のいずれか一項に記載の高分子電解質膜と、を備えることを特徴とする燃料電池セル。
【請求項18】
イオン伝導性基を有する領域を含むミクロ相分離構造を有する高分子電解質膜のイオン伝導性の評価方法であって、
前記高分子電解質膜の表面近傍領域における、膜厚方向に沿う断面で得られる膜厚方向の第1の貫通臨界値、及び、前記断面で得られる膜面方向の第2の貫通臨界値を算出するステップと、
前記第1の貫通臨界値と前記第2の貫通臨界値とを比較するステップと、を有しており、
前記第1の貫通臨界値は、
前記断面を観察して得られた前記イオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に前記濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、
前記単位領域を、所定の前記濃淡変数を基準値として、前記イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、前記イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域と、に分類する際に、前記第1の単位領域が前記濃淡像における膜厚方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような前記分類となるときの、最も前記イオン伝導性基が多い側の値を前記基準値として設定したときの、
第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数、で表される値であり、
前記第2の貫通臨界値は、
前記断面を観察して得られた前記イオン伝導性基の量に対応する濃淡を有する濃淡像に対し、一定の単位領域が繰り返されるように区画するとともにこの各単位領域に前記濃淡の程度に対応した濃淡変数を付与する処理を行い、
前記単位領域を、所定の前記濃淡変数を基準値として、前記イオン伝導性基が多い側の濃淡変数を有する第1の単位領域と、前記イオン伝導性基が少ない側の濃淡変数を有する第2の単位領域と、に分類する際に、前記第1の単位領域が前記濃淡像における膜面方向に対向している2つの辺を結ぶように連続して配置されるような前記分類となるときの、最も前記イオン伝導性基が多い側の値を前記基準値として設定したときの、
第1の単位領域の数/第1及び第2の単位領域の総数、で表される値である、
ことを特徴とする評価方法。






【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−66291(P2008−66291A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−189777(P2007−189777)
【出願日】平成19年7月20日(2007.7.20)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】