説明

高分子電解質膜,高分子電解質の製造方法及び高分子電解質を備える燃料電池

【課題】高温でも優秀なイオン伝導度を表し,機械的強度及び熱的安定性にすぐれたポリベンズオキサゾール係の高分子電解質膜,その製造方法及び高分子電解質を備える燃料電池を提供する。
【解決手段】一つ以上の酸がドーピングされているポリベンズオキサゾール高分子を含む高分子電解質膜及びそれを採用した燃料電池である。本発明の高分子電解質膜は,ポリベンズオキサゾールに酸を含浸させることにより,従来のポリベンズオキサゾール高分子電解質膜に比べて高温でのイオン伝導度が優秀であり,機械的性質にすぐれ,熱的安定性においても同等の性能を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,高分子電解質膜,その製造方法及び高分子電解質を備える燃料電池に係り,特に,高温でも優秀なイオン伝導度を有し,機械的性質が優秀であって加工上長所があり,熱的安定性においても,従来のポリベンズオキサゾール高分子電解質膜に劣らない高分子電解質膜,その製造方法及び高分子電解質を備える高効率の燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は,メタノール,エタノール,天然ガスのような炭化水素系列の物質内に含まれている水素と酸素との化学反応エネルギーを直接電気エネルギーに変換させる発電システムである。
【0003】
燃料電池は,使われる電解質の種類によって,燐酸型の燃料電池,溶融炭酸塩型の燃料電池,固体酸化物型の燃料電池,高分子電解質型またはアルカリ型の燃料電池などに分類される。それらのそれぞれの燃料電池は,根本的に同じ原理により作動されるが,使われる燃料の種類,運転温度,触媒,電解質などが相異なる。
【0004】
それらのうち,近年開発されている高分子電解質型の燃料電池(PolymerElectrolyte Membrane Fuel Cell:PEMFC)は,他の燃料電池に比べて出力特性がはるかにすぐれ,作動温度が低く,速い始動及び応答特性を有し,自動車のような移動用電源はいうまでもなく,住宅,公共建物のような分散用電源及び電子機器用のような小型電源などその応用範囲が広いという長所を有する。
【0005】
PEMFCにおいて,ポリマー電解質膜の材料としては,一般的にフッ素化アルキレンで構成された主鎖,及び末端にスルホン酸基を有するフッ素化ビニルエーテルで構成された側鎖を有するスルホネート高フッ化ポリマー(例えば,ナフィオン:デュポン社の商標)のようなポリマー電解質が使われてきた。注目する点は,このようなポリマー電解質膜は,適正量の水を含湿することによって,優秀なイオン伝導性を発揮するということである。
【0006】
このようなポリマー電解質膜を採用したPEMFCでは,アノードで発生したプロトンがカソードに移動するとき,浸透抗力により水を伴うため,ポリマー電解質膜のアノード側が乾燥されるが,これにより,ポリマー電解質膜のプロトン伝導度が急激に低下し,はなはだしい場合には,PEMFCが作動不能状態となる。また,PEMFCの作動温度が約80℃以上の高温である場合には,ポリマー電解質膜からの水の蒸発により,ポリマー電解質膜の乾燥が深刻化され,これにより,ポリマー電解質膜のプロトン伝導度はさらに急激に低下する。
【0007】
従来のPEMFCは,このようなポリマー電解質膜の乾燥問題により,主に100℃以下の温度で,例えば約80℃で作動されてきた。しかし,約100℃以下の低い作動温度により,次のような問題点が発生すると知られている。すなわち,PEMFCの代表的な燃料である水素リッチガスは,天然ガスまたはメタノールのような有機燃料を改質して得るが,このような水素リッチガスは,副産物として二酸化炭素だけでなく一酸化炭素を含有する。一酸化炭素は,カソード及びアノードに含まれている触媒作用を阻害する傾向がある。一酸化炭素で触媒作用が阻害された触媒の電気化学的活性は非常に低下し,これにより,PEMFCの作動効率及び寿命も深刻に低下する。注目する点は,一酸化炭素が触媒作用を阻害する傾向は,PEMFCの作動温度が低いほど深刻化されるというものである。
【0008】
PEMFCの作動温度を約150℃以上に上昇させれば,一酸化炭素による触媒作用阻害を回避でき,触媒の活性が高くなり,PEMFCの温度制御も非常に容易になるので,燃料改質器の小型化及び冷却装置の単純化が可能になる。したがって,これにより,PEMFC発電システムの全体を小型化できる。しかし,従来の一般的な電解質膜,すなわちフッ素化アルキレンで構成された主鎖,及び末端にスルホン酸基を有するフッ素化ビニルエーテルで構成された側鎖を有するスルホネート高フッ化ポリマー(例:ナフィオン:デュポン社の商標)のようなポリマー電解質の場合は,前述したように高温で水分の蒸発による性能低下が激しいため,高温での作動がほぼ不可能であった。これにより,高温で作動可能なPEMFCについての関心が増大している。
【0009】
高温で作動可能なPEMFCを製造するために,多様な方法が提案されてきた。代表的に,ポリベンズイミダゾール(PBI)を使用する方法が提案されている(例えば,特許文献1を参照)。この方法は,現在でも広く使われる方法であって,ほぼ200℃に近接する高温でも作動が可能であるので,一酸化炭素による触媒作用阻害が顕著に少ないだけでなく,酸化的安定性及び熱的安定性にすぐれるという長所がある。
【0010】
【特許文献1】米国特許第5,525,436号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら,PBIは,機械的強度及びイオン伝導度などの側面で依然として改善される余地がある。すなわち,PBI高分子にイオン伝導性の物質として燐酸がドーピングされるが,ドーピングされる燐酸の量(ドーピングレベル)は,高分子電解質膜のイオン伝導度と直接的な関係を有する。一方,PBIの場合,PBIにドーピングされる燐酸のドーピングレベルが800%を超える場合,PBI電解質膜が形態を維持できなくて加工し難く,したがって,イオン伝導度を高めるのにも限界があるという問題があった。
【0012】
かかるPBIの限界を克服するために,ポリベンズオキサゾールが提案されたが,機械的強度が低下し,従来の製造方法では燐酸を含浸し難く,燐酸が含浸されたポリベンズオキサゾールの性能も低いので改善の必要がある。
【0013】
そこで,本発明は,このような問題に鑑みてなされたもので,高温でも優秀なイオン伝導度を表し,機械的強度及び熱的安定性にすぐれたポリベンズオキサゾール係の高分子電解質膜,その製造方法及び高分子電解質を備える燃料電池を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために,本発明の第1の観点によれば,一つ以上の酸がドーピングされている下記化学式1aまたは化学式1bで表される化合物を含む高分子電解質膜が提供される。
【0015】
【化1】

【0016】
【化2】

【0017】
ただし,上記化学式1a及び化学式1bで,R及びRは,それぞれ独立的に,水素原子,炭素数1〜40のアルキル基,炭素数6〜20のアリール基,炭素数1〜10のアルコキシ基,炭素数7〜40のアルキルアリール基,炭素数7〜40のアリールアルキル基,炭素数2〜20のアルケニル基,炭素数8〜40のアリールアルケニル基,炭素数2〜10のアルキニル基,ヒドロキシ基,ニトロ基またはアミノ基であり,nは10〜100,000の整数である。
【0018】
また,上記課題を解決するために,本発明の第2の観点によれば,(a)沸点が100℃以下である高揮発性液体と沸点が100℃超過である低揮発性液体との混合物に,化学式1aまたは化学式1bで表される高分子化合物を溶解させる工程と,(b)得られた高分子混合溶液を基材上にコーティングする工程と,(c)(b)工程の結果物から高揮発性液体を除去して,高分子フィルムを製造する工程と,(d)得られた高分子フィルムを酸に浸漬する工程と,を含む高分子電解質膜の製造方法が提供される。
【0019】
また,上記課題を解決するために,本発明の第3の観点によれば,触媒層及び拡散層を有するカソードと,触媒層及び拡散層を有するアノードと,カソードとアノードとの間に位置する高分子電解質膜と,を備える燃料電池において,高分子電解質膜は,上述した高分子電解質膜である燃料電池が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明の高分子電解質膜は,化学式1aまたは化学式1bで表される化合物に一つ以上の酸を含浸させることにより,従来のPBI電解質膜に比べて高温でのイオン伝導度が優秀であり,機械的性質にすぐれ,熱的安定性においても同等の性能を有することができる。また,燐酸を結合可能な位置の密度が高いため,燐酸が電極に漏れることを効果的に防止できるので過電圧を低くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に添付図面を参照しながら,本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお,本明細書及び図面において,実質的に同一の機能構成を有する構成要素については,同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0022】
本発明で提供される高分子電解質膜は,下記化学式1aまたは化学式1bで表される高分子を含み,一つ以上の酸がドーピングされており,ドーピングレベルが例えば600〜6,000%である。
【0023】
【化3】

【0024】
【化4】

【0025】
ただし,ここで,R及びRは,それぞれ独立的に,水素原子,炭素数1〜40のアルキル基,炭素数6〜20のアリール基,炭素数1〜10のアルコキシ基,炭素数7〜40のアルキルアリール基,炭素数7〜40のアリールアルキル基,炭素数2〜20のアルケニル基,炭素数8〜40のアリールアルケニル基,炭素数2〜10のアルキニル基,ヒドロキシ基,ニトロ基またはアミノ基であり,nは10〜100,000の整数である。
【0026】
化学式1aまたは化学式1bのような構造を有する本発明の高分子を使用して製造した高分子電解質膜は,ベンズオキサゾールに結合されたベンゼンがパラ位に結合されるので,機械的強度が優秀であるという長所がある。
【0027】
特に,置換基がアルキル基またはアルコキシ基である場合には,溶媒に対する溶解度が増加するため,粘度が低くて加工が容易になり,置換基がヒドロキシ基またはアミノ基である場合は,燐酸とさらに容易に錯化合物を構成して燐酸に対する補液能力が優秀であるという長所がある。
【0028】
高分子電解質膜の高分子に含まれている酸の量を表す概念として,上述したドーピングレベルがある。ドーピングレベルとは,高分子電解質膜の高分子に含まれた酸の個数を反復単位の数で割った値をパーセントで示したものである。すなわち,100個の反復単位を有する高分子に200分子の酸が含まれていれば,200%のドーピングレベルを有する。
【0029】
ドーピングレベルは,製造される高分子電解質膜のイオン伝導度と密接な関連がある。すなわち,ドーピングレベルが高いほど,イオン伝導性の物質の役割を行う酸の量が多くなるので,高分子電解質膜のイオン伝導度も向上する。したがって,イオン伝導度を向上させるために,ドーピングレベルを高めようとする試みが行われている。
【0030】
高分子電解質膜をなす高分子において,一つの反復単位に酸が結合可能な位置が複数個あれば,ドーピングレベルを高めやすい。本発明のポリベンズオキサゾールは,酸が結合可能な位置が少なくても4箇所あり,置換基の種類によってさらに増やすこともできる。したがって,燐酸の補液能力及びイオン伝導度の向上を期待できる。
【0031】
本発明の高分子電解質膜において,望ましいドーピングレベルは,600〜6000%である。ドーピングレベルが600%より低くなる場合は,十分なイオン伝導度を有し難く,ドーピングレベルが6000%より高くなる場合は,機械的強度が低下して形態を維持し難くなる。
【0032】
上記酸は,硫酸,硫酸誘導体,燐酸,燐酸誘導体,またはそれらの任意の混合物が特に望ましいが,ここに限定されるものではなく,イオン伝導性を有する酸であればいずれも可能である。特に,燐酸及び燐酸誘導体がさらに望ましい。
【0033】
また,本発明の高分子電解質膜は,メタンスルホン酸(MSA)をさらに含むものでありうる。MSAの酸度が高いため,製造される高分子電解質膜のイオン伝導度を向上させる効果がある。高分子電解質膜に含まれたMSAは,高分子電解質膜100質量部に対して0.001〜10質量部であることが望ましく,0.005〜1質量部であることがより望ましく,0.01〜0.3質量部であることがさらに望ましい。
【0034】
MSAの含量が前記範囲を外れて少なすぎれば,イオン伝導度を向上させる効果が微々になり,前記範囲を外れて多すぎれば,製造される高分子電解質膜の物性を悪化させるという短所がある。
【0035】
本発明の高分子電解質膜を製造する方法は,次の通りである。
【0036】
まず,高揮発性液体と低揮発性液体とを混合して,化学式1aまたは化学式1bのうち少なくとも一つのポリベンズオキサゾールを溶解可能な混合液体を製造する。このとき,高揮発性液体と低揮発性液体のうち少なくとも一つは,ポリベンズオキサゾールを溶解可能なものでなければならない。また,たとえそれらの二つの液体のうち一つがポリベンズオキサゾールを溶解可能であるとしても,他の一つがポリベンズオキサゾールを溶解できず,含量においても,ポリベンズオキサゾールを溶解可能な液体の含量が任意の臨界含量より少なければ,ポリベンズオキサゾールが混合液体に溶解されないので,ポリベンズオキサゾールを溶解可能な液体の含量を前記臨界含量以上にしなければならない。
【0037】
前記高揮発性液体は,沸点が100℃以下であり,後述する低揮発性液体に比べて相対的に揮発度の高い液体を意味し,トリフルオル酢酸,アセトン,テトラヒドロフラン,またはそれらの任意の混合物であることが望ましいが,ここに限定されるものではない。特に,トリフルオル酢酸がさらに望ましい。
【0038】
また,前記低揮発性液体は,沸点が100℃を超え,前記高揮発性液体に比べて相対的に揮発度の低い液体を意味し,ジメチルホルムアミド(DMF),n−メチルピロリドン(NMP),ジメチルアセトアミド(DMAc),ジメチルスルホキシド(DMSO),MSAまたはそれらの任意の混合物であることが望ましいが,ここに限定されるものではない。特に,MSAがさらに望ましい。
【0039】
高揮発性液体と低揮発性液体との組み合わせは,高揮発性液体がポリベンズオキサゾールをよく溶解させ,低揮発性液体がポリベンズオキサゾールをあまり溶解させない組み合わせであってもよく,逆に,低揮発性液体がポリベンズオキサゾールをよく溶解させ,高揮発性液体がポリベンズオキサゾールをあまり溶解させない組み合わせであってもよい。
【0040】
高揮発性液体がポリベンズオキサゾールをよく溶解させ,低揮発性液体がポリベンズオキサゾールをあまり溶解させない場合は,乾燥時に相分離が発生してフィルムに気孔が形成される。逆に,低揮発性液体がポリベンズオキサゾールをよく溶解させ,高揮発性液体がポリベンズオキサゾールをあまり溶解させない場合は,乾燥時に相分離が発生せずに均一なフィルムを得ることができる。後者の場合に,高揮発性液体なしに低揮発性液体のみを使用してポリベンズオキサゾールを溶解させる場合は,粘度が高すぎて取り扱い難くなる。
【0041】
したがって,低揮発性液体がポリベンズオキサゾールをよく溶解させ,高揮発性液体がポリベンズオキサゾールをあまり溶解させない組み合わせがさらに望ましい組み合わせである。また,上述したように,上記混合液体がポリベンズオキサゾールをよく溶解させる液体を含むとしても,臨界含量に達しなければ,混合液体にポリベンズオキサゾールが十分に溶解しない。したがって,低揮発性液体の含量が所定の臨界含量を超えねばならないが,このような臨界含量を考慮したとき,低揮発性液体と高揮発性液体との望ましい質量比は,1:9〜3:7である。この範囲を外れてポリベンズオキサゾールをよく溶解させる低揮発性液体の含量が少なければ,混合液体にポリベンズオキサゾールがよく溶解せず,上記範囲を外れてポリベンズオキサゾールをよく溶解させる低揮発性液体の含量が多ければ,製造される高分子電解質膜に低揮発性液体が多く残留して物性が悪化する。
【0042】
また,ポリベンズオキサゾール高分子と低揮発性液体との間にも,所定の範囲の質量比を有することが望ましい。すなわち,ポリベンズオキサゾール高分子と低揮発性液体との質量比は,1:5〜1:60であることが望ましい。ポリベンズオキサゾール高分子がこの範囲を外れて多すぎれば,含浸された酸が多くなって高分子電解質膜の機械的強度が脆弱になり,ポリベンズオキサゾール高分子が上記範囲を外れて少なすぎれば,酸の含浸量が少なくてイオン伝導度が低下する。
【0043】
高揮発性液体と低揮発性液体との混合条件は,温度または方法において特に限定されず,二つの液体を均一に混ぜられる方法であればいずれも可能である。
【0044】
次いで,ポリベンズオキサゾールを上記混合液体に溶解させて,高分子混合溶液を製造する。混合液体にポリベンズオキサゾールを溶解させれば,混合液体にポリベンズオキサゾールが均一に分散する。
【0045】
このようにして製造された,ポリベンズオキサゾールが均一に分散する高分子混合溶液を基材上にコーティングして均一な膜形態に分布させる。コーティングする方法は,特に限定されず,当業界で周知された方法,例えば,キャスティング,ナイフコーティング,ダイレクトロールコーティング,リバースロールコーティング,グラビアロールコーティング,ギャップコーティング,スプレー,スロットダイコーティングなどの方法を利用できる。
【0046】
また,コーティングする基材は,ポリアミド,ポリイミド,ポリオレフィン,ポリエステル,ポリアセタール,ポリカーボネート,ポリスルホン,ポリ塩化ビニル,エチレンビニルアルコール,エチレンビニルアセテートなどの高分子フィルムが可能であるが,これらに限定されるものではないが,特に,ポリエステルフィルムが望ましい。上記基材の厚さは,5〜500μmであることが望ましい。基材の厚さがこの範囲を外れて薄すぎれば,取り扱い難く,上記範囲を外れて厚すぎれば,製造時に張力が多くかかって加工性が低下する。また,基材に離型剤をあらかじめ薄くコーティングすることにより,製造された高分子電解質膜を容易に分離させることができる。
【0047】
膜形態に分布させた高分子混合溶液から,高揮発性液体を除去する。高揮発性液体を除去する方法は,特に限定されないが,乾燥が最も望ましい。高揮発性液体を乾燥させて除去する場合,圧力を調節して乾燥される速度を調節できる。
【0048】
高分子混合溶液を乾燥させる温度は,常温でも可能であるが,50〜90℃の温度で実施することが望ましい。50℃より低い温度で乾燥すれば,乾燥に長時間がかかるだけでなく,乾燥が十分でないので不利であり,90℃より高い温度で乾燥すれば,低揮発性液体も共に蒸発することによって,製造される高分子電解質膜内に気孔が生じるという短所がある。そして,乾燥温度は,上記温度範囲内でも,使われる高揮発性液体の沸点より若干低い温度がさらに望ましい。
【0049】
このようにして高揮発性液体を除去すれば,低揮発性液体を含む高分子フィルムを得ることができる。ここに酸を含浸させるために,得られた高分子フィルムを酸に浸漬する。
【0050】
高分子フィルムを浸漬するための酸は,硫酸,硫酸誘導体,燐酸,燐酸誘導体,またはそれらの任意の混合物が特に望ましいが,これらに限定されるものではなく,イオン伝導性を有する酸であればいずれも可能である。特に,燐酸及び燐酸誘導体がさらに望ましい。
【0051】
また,酸に浸漬する前に,低粘度の液体に浸漬する工程をさらに含むことができる。上記のように乾燥された高分子フィルムを直ちに酸が含まれている浸漬槽に浸漬させれば,酸が含まれている浸漬槽が低揮発性液体により汚染されうるので,産業的応用側面で望ましくない。したがって,高分子フィルムを酸が含まれている浸漬槽に浸漬させる前に,低揮発性液体を低粘度の液体が含まれている浸漬槽で低粘度の液体に交換して低揮発性液体を除去し,酸が含まれている浸漬槽で酸に交換することが望ましい。
【0052】
上記低粘度の液体は,メタノール,エタノール,イソプロピルアルコール,n−プロピルアルコール,ブチルアルコール類などのアルコール類または水が望ましいが,これらに限定されるものではなく,特にメタノールまたは水が望ましい。
【0053】
また,こののようにして製造した高分子電解質膜を採用した燃料電池を製造できる。この燃料電池を詳細に説明すれば,次の通りである。
【0054】
すなわち,触媒層及び拡散層を有するカソードと,触媒層及び拡散層を有するアノードと,カソードとアノードとの間に位置する高分子電解質膜と,を備える燃料電池において,高分子電解質膜は,上述したような高分子電解質膜である燃料電池を当業界で周知された方法により製造できる。
【実施例】
【0055】
以下,具体的な実施例及び比較例で本発明の構成及び効果をさらに詳細に説明するが,それらの実施例は,単に本発明をさらに明確に理解させるためのものであり,本発明の範囲を限定しようとするものではない。
【0056】
(実施例1)
MSAとトリフルオロ酢酸との質量比率を1:9として混合液体20gを製造し,ポリベンズオキサゾール0.1gを前記混合液体に入れて溶解させて高分子溶液を製造した。
【0057】
前記高分子溶液をPETフィルム上にキャスティングした後,60℃で1時間乾燥させてトリフルオロ酢酸を除去した。乾燥された前記フィルムを4時間水に浸漬させた。次いで,製造された高分子フィルムの表面をティッシュでよく拭いた後,質量を測定して水/ポリベンズオキサゾールの比を計算した。前記高分子フィルムを再び燐酸に12時間浸漬して,高分子電解質膜を製造した。次いで,燐酸から取り出して質量を測定して燐酸/ポリベンズオキサゾールの比を計算し,そのデータを利用してドーピングレベル(%)を計算した。その結果,下記表1のような結果を得た。
【0058】
(実施例2)
MSAとトリフルオル酢酸との質量比率を2:8とした点を除いては,実施例1と同じ方法で高分子電解質膜を製造した。次いで,実施例1と同じ方法でドーピングレベル(%)を計算して,下記表1のような結果を得た。
【0059】
(実施例3)
MSAとトリフルオル酢酸との質量比率を3:7とした点を除いては,実施例1と同じ方法で高分子電解質膜を製造した。次いで,実施例1と同じ方法でドーピングレベル(%)を計算して,下記表1のような結果を得た。
【0060】
(実施例4)
MSAとトリフルオル酢酸との質量比率を4:6とした点を除いては,実施例1と同じ方法で高分子電解質膜を製造した。次いで,実施例1と同じ方法でドーピングレベル(%)を計算して,下記表1のような結果を得た。
【0061】
【表1】

【0062】
実施例1〜3の場合には,機械的強度の剛健な高分子電解質膜を得ることができるが,実施例4で得られた高分子電解質膜の場合には,機械的強度が低下することを観察できた。
【0063】
また,上記各場合に対し,燐酸/ポリベンズオキサゾールの比を計算した結果を図1に示した。図1から分かるように,混合溶液の製造時にMSAの含量を調節することによって,高分子電解質膜に含まれる燐酸の含量を調節できた。
【0064】
実施例1の高分子電解質膜を多量の新たな85%燐酸に浸漬し,150℃のオーブンで8時間維持した。その結果,ポリベンズオキサゾールフィルムが85%燐酸に溶解されずに維持されることが分かった。
【0065】
(比較例1)
35μm厚さのPBI(楢崎産業(株)のPBI溶液製品で製造)フィルムを85%燐酸に12時間浸漬した後,再び多量の新たな85%燐酸に浸漬させて150℃のオーブンで維持した。その結果,2時間30分後に燐酸により完全に溶解されることが分かった。
【0066】
実施例1で製造した高分子フィルム及び比較例1のPBIに対してTGA(Thermogravimetric Analysis)を実施して,熱分解温度を測定した。前記測定は,10℃/分の昇温速度で空気雰囲気下で行われ,その結果を図2に示した。また,測定された熱分解温度を下記表2に整理した。
【0067】
また,実施例1の高分子電解質膜及び比較例1で使用したPBI膜に燐酸をドーピングした後,TGAを使用して同じ方法で熱分解温度を測定した。測定された熱分解温度を下記表2に整理した。
【0068】
【表2】

【0069】
前記表2から分かるように,比較例1の高分子電解質膜の場合,燐酸のドーピングにより熱分解温度が多少下降し,PBIの場合は,燐酸のドーピングにより熱分解温度が上昇したことが分かる。しかし,実施例1の高分子電解質膜は,燐酸をドーピングした後には,ほぼ同等な温度で分解されることが分かる。
【0070】
このように燐酸ドーピングされた実施例1の高分子電解質膜の場合も,優秀な熱的安定性を有することが分かる。
【0071】
(実施例5)
乾燥時間を2時間とした点を除いては,実施例1と同じ方法で高分子電解質膜を製造した。
【0072】
(実施例6)
乾燥時間を3時間とした点を除いては,実施例1と同じ方法で高分子電解質膜を製造した。
【0073】
(比較例2)
35μmの厚さのPBI電解質膜を60℃で30分間85%燐酸に浸漬させて,ドーピングレベルを750%となるまでドーピングさせた。
【0074】
実施例1,3,5,6及び比較例2のように製造された高分子電解質膜に対して,温度によるイオン伝導度を測定した。前記イオン伝導度の測定は,インピーダンス分析機を使用した。その結果を図3に示した。
【0075】
前記実施例1,3,5,6及び比較例2の高分子電解質膜に対して,時間によるイオン伝導度を測定した。前記イオン伝導度の測定も,インピーダンス分析機を使用した。その結果を図4に示した。
【0076】
図3及び図4から分かるように,本発明による高分子電解質膜が,燐酸がドーピングされた従来のPBI電解質膜に比べて作動温度及び時間によってさらに優秀なイオン伝導度を表すことが分かる。ただし,図3において,温度増加によってイオン伝導度が低下するのは,85%燐酸の使用による水分の蒸発に起因したことと分かる。
【0077】
実施例1及び比較例2の高分子電解質膜のポリベンズオキサゾールの単位質量当たり燐酸の含浸量は,それぞれ9.9g及び2.4gであった。前記高分子電解質膜をそれぞれ15.5×80×0.065mmの大きさに切断して試片を製造し,機械的強度を測定した。
【0078】
測定は,インストロンUTM(Universal Test Machine)を使用し,このとき,クロスヘッド速度は10mm/分であった。
その結果を図5に示した。
【0079】
実施例1のモジュラスは42MPa,比較例2のモジュラスは2MPaであって,20倍以上のモジュラスの差があることが分かる。すなわち,PBIからなる高分子電解質膜の場合,低い力によっても容易に長さが伸びるため,セルの組み立て時,寸法安定性が低下し,製品不良の原因となるという短所がある。
【0080】
また,図5から分かるように,本発明の高分子電解質膜の引張強度が,PBIからなる高分子電解質膜の引張強度に比べて2倍以上高いため,容易に切れずにセルの組み立て時にシーリングが容易であるという長所がある。
【0081】
以上,添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが,本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば,特許請求の範囲に記載された範疇内において,各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり,それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は,燃料電池関連の技術分野に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】実施例1〜4のMSAの初期含量による高分子電解質膜に含浸された燐酸の量を示すグラフである。
【図2】実施例1及び比較例1の高分子電解質膜に対して行ったTGAの結果を示すグラフである。
【図3】実施例1,3,5,6及び比較例2の温度によるイオン伝導度を示すグラフである。
【図4】実施例1,3,5,6及び比較例2の時間によるイオン伝導度を示すグラフである。
【図5】実施例1及び比較例2の機械的強度を試験した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一つ以上の酸がドーピングされている下記化学式1aまたは化学式1bで表される化合物を含むことを特徴とする,高分子電解質膜。
【化1】

【化2】

(ただし,ここで,R及びRは,それぞれ独立的に,水素原子,炭素数1〜40のアルキル基,炭素数6〜20のアリール基,炭素数1〜10のアルコキシ基,炭素数7〜40のアルキルアリール基,炭素数7〜40のアリールアルキル基,炭素数2〜20のアルケニル基,炭素数8〜40のアリールアルケニル基,炭素数2〜10のアルキニル基,ヒドロキシ基,ニトロ基またはアミノ基であり,nは10〜100,000の整数である。)
【請求項2】
前記酸は,硫酸,燐酸,硫酸誘導体及び燐酸誘導体からなる群から選択された一つ以上であることを特徴とする,請求項1に記載の高分子電解質膜。
【請求項3】
前記酸のドーピングレベルは,600〜6,000%であることを特徴とする,請求項1に記載の高分子電解質膜。
【請求項4】
前記高分子電解質膜は,メタンスルホン酸を高分子電解質膜100質量部に対して0.001〜10質量部さらに含むことを特徴とする,請求項1に記載の高分子電解質膜。
【請求項5】
(a)沸点が100℃以下である高揮発性液体と沸点が100℃超過である低揮発性液体との混合物に,下記化学式1aまたは化学式1bで表される高分子化合物を溶解させる工程と;
(b)前記高分子混合溶液を基材上にコーティングする工程と;
(c)前記(b)工程の結果物から前記高揮発性液体を除去して,高分子フィルムを製造する工程と;
(d)前記高分子フィルムを酸に浸漬する工程と;
を含むことを特徴とする,高分子電解質膜の製造方法:
【化3】

【化4】

(ただし,ここで,R及びRは,それぞれ独立的に,水素原子,炭素数1〜40のアルキル基,炭素数6〜20のアリール基,炭素数1〜10のアルコキシ基,炭素数7〜40のアルキルアリール基,炭素数7〜40のアリールアルキル基,炭素数2〜20のアルケニル基,炭素数8〜40のアリールアルケニル基,炭素数2〜10のアルキニル基,ヒドロキシ基,ニトロ基またはアミノ基であり,nは10〜100,000の整数である。)
【請求項6】
前記高揮発性液体は,トリフルオロ酢酸,アセトン及びテトラヒドロフランからなる群から選択された一つ以上であることを特徴とする,請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項7】
前記低揮発性液体は,ジメチルホルムアミド,n−メチルピロリドン,ジメチルアセトアミド,ジメチルスルホキシド及びメタンスルホン酸からなる群から選択された一つ以上であることを特徴とする,請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項8】
前記低揮発性液体は,前記化学式1aまたは化学式1bで表される高分子化合物を溶解できる液体であり,前記高揮発性液体は,前記化学式1aまたは化学式1bで表される高分子化合物を溶解できない液体であることを特徴とする請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項9】
前記低揮発性液体と前記高揮発性液体との質量比は,1:9〜3:7であることを特徴とする,請求項8に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項10】
前記(a)で,前記化学式1aまたは化学式1bで表される高分子化合物と前記低揮発性液体との質量比は,1:5〜1:60であることを特徴とする,請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項11】
前記(c)で,前記(b)の結果物から高揮発性液体を除去する方法は乾燥であり,乾燥温度が50〜90℃であることを特徴とする,請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項12】
前記酸は,硫酸,燐酸,硫酸誘導体及び燐酸誘導体からなる群から選択された一つ以上であることを特徴とする,請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項13】
前記高分子フィルムを酸に浸漬する前に,水またはアルコールに浸漬する工程をさらに含むことを特徴とする,請求項5に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項14】
前記アルコールは,メタノールまたはエタノールであることを特徴とする,請求項13に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項15】
触媒層及び拡散層を有するカソードと,触媒層及び拡散層を有するアノードと,前記カソードと前記アノードとの間に位置する高分子電解質膜と,を備える燃料電池において,
前記高分子電解質膜は,請求項1〜4のうちいずれか一項に記載の高分子電解質膜であることを特徴とする,燃料電池。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−210352(P2006−210352A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−21072(P2006−21072)
【出願日】平成18年1月30日(2006.1.30)
【出願人】(590002817)三星エスディアイ株式会社 (2,784)
【Fターム(参考)】