説明

高周波熱処理装置、高周波熱処理方法およびその方法により製造した加工製品

【課題】 温度制御による高周波焼戻を行なう熱処理装置及びその処理方法を提供する。
【解決手段】 本発明の高周波熱処理装置は、高周波により被処理物を加熱して焼戻をする熱処理装置であって、加熱する被処理物の温度を調節する温度制御手段を備えることを特徴とする。温度制御手段は、高周波により被処理物を加熱する加熱手段と、加熱手段により加熱される被処理物の温度を測定する温度制御用測温手段と、この測温手段に接続して測温手段からの温度情報に基き温度制御信号を加熱手段に出力する温度調節手段とを有し、さらに、加熱手段により加熱される被処理物の焼戻温度を測定する焼戻用測温手段と、この測温手段に接続して測温手段からの温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節手段とを有する焼戻制御手段を備える態様が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の高周波熱処理方法に関し、より特定的には、鋼の高周波焼戻方法に関する。また、そのための装置およびその方法により製造した加工製品に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の焼戻処理は、靭性及び寸法安定性の向上を目的として焼入品に施されている。焼戻の条件は、鋼種ごとに温度で規定される場合が多く、保持時間を製品の肉厚によって多少変化させているのが一般的である。これは、焼戻の効果が、保持時間の影響よりも温度の影響を支配的に受けるためである。焼戻処理の工数を低減する上では、高温短時間の焼戻処理が考えられる。また、従来より、焼戻の効果は、次式で表される焼戻パラメータPを用いて、焼戻温度Tと焼戻時間tから換算できることが知られている(非特許文献1参照)。
【0003】
P=T{log(t)+C}
この式は、同じ焼戻効果を得るために必要な温度と時間を表したものであるが、より実用的なものとするために、材料強度と焼戻温度、焼戻時間の関係を示す次式が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
X=1−exp{−(kt)
k=Aexp(−Q/RT)
M=M−(M−M)X
(式中、X:機械的性質の変化率、k:反応速度係数、t:焼戻時間、N:時間指数、A:振動因子項、Q:活性化エネルギ、R:気体定数、T:焼戻温度、M:焼戻硬度、M:焼入硬度、M:生材硬度を表す。)
これらの式により、温度と時間による焼戻の効果を知ることができるが、一般的には、高温短時間の焼戻処理は行なわれていないのが現状である。これは、焼戻炉内で焼戻ムラを発生させないためである。焼戻では、多量の被処理物を一度に処理をする場合が多いので、形状(肉厚)、処理量等によっては、炉内の焼戻状況にバラツキが発生する。したがって、多量の被処理物を一度に処理をする場合の処理条件は、焼戻状況のバラツキが生じにくい、比較的低温で長時間の処理になる。
【0005】
高温短時間での焼戻に適した処理方法としては、製品の熱処理を個々に行なうことができる高周波熱処理法がある。高周波焼戻による急速加熱焼戻は、通常の大気炉の焼戻と比較して、高性能な材質を得ることができるとの報告がある(非特許文献2及び非特許文献3参照)。しかし、あまり一般的な処理とはいえない。その理由は、温度制御が行なえないため、条件出しに手間がかかることに基くものであると考えられる。
【特許文献1】特開平10−102137号公報
【非特許文献1】J. H. Hollomon and L. D. Jaffe、Trans. Met. soc. AIME、162、1945年、p.223
【非特許文献2】川嵜ら、「鉄と鋼」、74巻、1988年、p.334
【非特許文献3】川嵜ら、「鉄と鋼」、74巻、1988年、p.342
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、温度制御による高周波焼戻を行なう熱処理装置及びその処理方法およびその方法により製造した加工製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の高周波熱処理装置は、高周波により被処理物を加熱して焼戻をする熱処理装置であって、加熱する被処理物の温度を調節する温度制御手段を備えることを特徴とする。温度制御手段は、高周波により被処理物を加熱する加熱手段と、加熱手段により加熱される被処理物の温度を測定する温度制御用測温手段と、この測温手段に接続して測温手段からの温度情報に基き温度制御信号を加熱手段に出力する温度調節手段とを有し、
さらに、加熱手段により加熱される被処理物の焼戻温度を測定する焼戻用測温手段と、この測温手段に接続して測温手段からの温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節手段とを有する焼戻制御手段
を備える態様が好ましい。焼戻時間調節手段は、
t=〔ln{(M−M)/(M−M)}×{Aexp(−Q/RT)}−N1/N
(式中、t:焼戻時間、M:焼入硬度、M:生材硬度、M:焼戻硬度、A:振動因子項、Q:活性化エネルギ、R:気体定数、T:焼戻温度、N:時間指数を表す。)により焼戻時間を調節する態様が好ましい。
【0008】
本発明の高周波熱処理方法は、高周波により被処理物を加熱して焼戻をする熱処理方法であって、加熱する被処理物の温度を調節する温度制御工程と、焼戻温度を測定し焼戻時間を調節する焼戻制御工程とを備え、
温度制御工程は、高周波により被処理物を加熱する加熱工程と、加熱された被処理物の温度を測定する温度制御用測温工程と、測定した温度情報に基き温度制御信号を出力して被処理物への加熱を制御する温度調節工程とを有し、
焼戻制御工程は、加熱される被処理物の焼戻温度を測定する焼戻用測温工程と、測定した温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節工程とを有することを特徴とする。焼戻時間調節工程は、
t=〔ln{(M−M)/(M−M)}×{Aexp(−Q/RT)}−N1/N
により焼戻時間を調節する態様が好ましい。本発明の加工製品は、かかる高周波熱処理方法により製造したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高周波による高温短時間の焼戻処理が可能となり、焼戻工数を低減できるとともに高性能な加工品を得ることが可能である。また、材料の種類を問わず、所定の熱処理品質を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の高周波熱処理装置は、被処理物の温度を調節する温度制御手段を備え、高周波により被処理物を加熱して焼戻をすることができる。このため、高温短時間の処理が可能となり、処理工数を低減することができる。また、個々の材料ごとに急速加熱焼戻を行ない、熱処理品質のバラツキを低減し、高性能な加工品を製造することができる。
【0011】
温度制御手段は、典型的には、図1に示すように、高周波により被処理物1を加熱する加熱手段2と、加熱手段2により加熱される被処理物1の温度を測定する温度制御用測温手段3と、温度制御用測温手段3に接続して測温手段からの温度情報に基き温度制御信号を加熱手段2に出力する温度調節手段4とを有する態様が好ましい。
【0012】
一方、焼戻制御手段は、加熱手段2により加熱される被処理物1の焼戻温度を測定する焼戻用測温手段5と、焼戻用測温手段5に接続して測温手段からの温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節手段6とを有する態様が好ましい。焼戻温度を測定する測温手段(温度計)は、複数設置する態様がより好ましい。温度計を複数設置することにより、被処理物内における温度ムラを小さくし、焼戻品質を被処理物上の複数の場所で管理できる。温度計の種類は、放射温度計を用いることができる。また、装置のレイアウトにより、接触式温度計を用いることもできる。
【0013】
本発明の高周波熱処理装置について、SUJ2製6206型番外輪を被処理材として例示し、具体的に説明する。この被処理材は、RX雰囲気炉にて850℃で焼入したものである。ここでは、SUJ2材の熱処理規格として、強度の観点から、焼戻硬度をHRC62以下で、HRC58以上と設定する。
【0014】
材料強度、焼戻温度と焼戻時間との間には、特許文献1に示すように次の関係式が成立する。
【0015】
X=1−exp{−(kt)
k=Aexp(−Q/RT)
M=M−(M−M)X
式中、X:機械的性質の変化率、k:反応速度係数、t:焼戻時間、N:時間指数、A:振動因子項、Q:活性化エネルギ、R:気体定数、T:焼戻温度、M:焼戻硬度、M:焼入硬度、M:生材硬度を表す。
【0016】
したがって、これらの式から焼戻時間tについての次式を導くことができる。
【0017】
t=〔ln{(M−M)/(M−M)}×{Aexp(−Q/RT)}−N1/N
式中の焼入硬度Mと生材硬度Mは実測できる。また、NとAとQは実験的に求めることができるから、焼戻温度Tの値を代入して本式により焼戻時間tを計算できる。本発明の焼戻時間調節手段は、本式に基き焼戻時間tを調節するものである。本式は、熱処理品の規格品質に対する熱処理温度とその保持時間との関係式であるから、被処理物の種類を問わず有効に利用することができる。
【0018】
焼戻時間tを求める本式により、図2に示すような焼戻温度Tと焼戻時間tの関係を示す条件線図を作製することができる。図2において、領域AはHRC62以上の範囲であり、領域BはHRC58以下の範囲であり、領域CがHRC58〜62の範囲である。焼戻条件は、図2からおおよそ求めることができ、焼戻温度が高温になるほど短時間での焼戻が可能になる。このため、焼戻温度は高い方が、熱処理工数の低減という観点からは望ましい。しかし、温度ムラによる焼戻ムラが発生しやすくなると考えられるので、焼戻温度は、工数と焼戻ムラとの兼ね合いなどから決定する態様が好ましい。
【0019】
焼戻条件が決定すると、図1に示すように、パソコンなどの温度調節手段4に入力する。温度調節手段4は、温度制御用測温手段3と、加熱手段2に接続されており、温度制御用測温手段3からの温度情報に基き、PID制御により温度制御信号を加熱手段2に出力し、被処理物1のヒートパターンを制御する。このとき同時に、焼戻用測温手段5の温度情報をパソコンなどの焼戻時間調節手段6に取り込み、そのヒートパターンから加熱が十分であるかどうかを判断し、焼戻終了タイミングを図る。焼戻用測温手段5からの温度情報は刻一刻と変化するので、M(焼戻硬度)の値は図3のように積算するのが望ましい。焼戻終了時には冷却液噴射手段7により冷却する。なお、温度調節手段4と焼戻時間調節手段6とを同一のパソコンで兼ねることもできる。
【0020】
本発明の高周波熱処理方法は、加熱する被処理物の温度を調節する温度制御工程と、焼戻温度を測定し焼戻時間を調節する焼戻制御工程とを備え、温度制御工程は、高周波により被処理物を加熱する加熱工程と、加熱された被処理物の温度を測定する温度制御用測温工程と、測定した温度情報に基き温度制御信号を出力して被処理物への加熱を制御する温度調節工程とを有する。また、焼戻制御工程は、加熱される被処理物の焼戻温度を測定する焼戻用測温工程と、測定した温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節工程とを有することを特徴とする。 焼戻時間調節工程は、
t=〔ln{(M−M)/(M−M)}×{Aexp(−Q/RT)}−N1/N
により焼戻時間を調節することができる。本発明の高周波熱処理方法によれば、高周波による高温短時間の焼戻が可能となり、焼戻工数を低減できるとともに高性能な加工製品を提供することが可能である。また、材料の種類を問わず、所定の熱処理品質を得ることができる。
【0021】
実施例1
図1に示す高周波熱処理装置を使用して高周波焼戻処理を行なった。本装置は、温度制御手段と焼戻制御手段とを備え、温度制御手段は、高周波により被処理物1を加熱する加熱手段2であるコイルと、加熱手段2により加熱される被処理物1の温度を測定する温度制御用測温手段3である放射温度計と、この放射温度計に接続して放射温度計からの温度情報に基き温度制御信号を加熱手段2に出力する温度調節手段4であるパソコンとを有する。
【0022】
焼戻制御手段は、加熱手段2により加熱される被処理物1の焼戻温度を測定する焼戻用測温手段5である放射温度計と、この放射温度計に接続して放射温度計からの温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節手段6であるパソコンとを有する。焼戻時間調節手段6は、
t=〔ln{(M−M)/(M−M)}×{Aexp(−Q/RT)}−N1/N
により焼戻時間tを調節した。
【0023】
本実施例では、SUJ2製6206型番外輪を被処理材とし、RX雰囲気炉において850℃で焼入したものを使用した。SUJ2材の熱処理規格としては、焼戻硬度をHRC62以下で、HRC58以上と設定した。また、コイルは、高周波電源が80kHzのものを用いた。図1においては説明の便宜上、温度制御用測温手段3と焼戻用測温手段5とを別個に示しているが、本実施例では同一の放射温度計を兼用した。焼戻時間は、測温部の硬度がHRC60に達するまでとした。決定した条件をパソコンに入力し、PID制御により被処理物1のヒートパターンを制御した。このとき同時に、被処理物1の測温情報をパソコンに取り込み、焼戻時間を調節した。
【0024】
表1に、熱処理条件を変化させたときの高周波焼戻の実験結果を示す。表1に示すように、焼戻温度が高くなるにつれて処理時間は低減できたが、焼戻ムラ(硬度ムラ)が大きくなっていった。しかし、今回の処理の場合、いずれの条件でも設定した品質規格内(HRC58以上で、HRC62以下)の加工製品を得ることができた。
【0025】
【表1】

【0026】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0027】
最短の工数で高周波焼戻を行なうことができ、高品質の熱処理加工品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の高周波熱処理装置の典型的な構造を示す模式図である。
【図2】焼戻温度と焼戻時間の関係を示すSUJ2材の条件線図である。
【図3】焼戻温度と焼戻時間との関係を示す説明図である。
【符号の説明】
【0029】
1 被処理物、2 加熱手段、3 温度制御用測温手段、4 温度調節手段、5 焼戻用測温手段、6 焼戻時間調節手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波により被処理物を加熱して焼戻をする熱処理装置であって、加熱する被処理物の温度を調節する温度制御手段を備えることを特徴とする高周波熱処理装置。
【請求項2】
前記温度制御手段は、高周波により被処理物を加熱する加熱手段と、加熱手段により加熱される被処理物の温度を測定する温度制御用測温手段と、該測温手段に接続して該測温手段からの温度情報に基き温度制御信号を加熱手段に出力する温度調節手段とを有し、
さらに、加熱手段により加熱される被処理物の焼戻温度を測定する焼戻用測温手段と、該測温手段に接続して該測温手段からの温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節手段とを有する焼戻制御手段
を備えることを特徴とする請求項1に記載の高周波熱処理装置。
【請求項3】
前記焼戻時間調節手段は、
t=〔ln{(M0−Mf)/(M−Mf)}×{Aexp(−Q/RT)}-N1/N
(式中、t:焼戻時間、M0:焼入硬度、Mf:生材硬度、M:焼戻硬度、A:振動因子項、Q:活性化エネルギ、R:気体定数、T:焼戻温度、N:時間指数を表す。)により焼戻時間を調節することを特徴とする請求項2に記載の高周波熱処理装置。
【請求項4】
高周波により被処理物を加熱して焼戻をする熱処理方法であって、加熱する被処理物の温度を調節する温度制御工程と、焼戻温度を測定し焼戻時間を調節する焼戻制御工程とを備え、
前記温度制御工程は、高周波により被処理物を加熱する加熱工程と、加熱された被処理物の温度を測定する温度制御用測温工程と、測定した温度情報に基き温度制御信号を出力して被処理物への加熱を制御する温度調節工程とを有し、
前記焼戻制御工程は、加熱される被処理物の焼戻温度を測定する焼戻用測温工程と、測定した温度情報に基き焼戻時間を調節する焼戻時間調節工程とを有することを特徴とする高周波熱処理方法。
【請求項5】
前記焼戻時間調節工程は、
t=〔ln{(M0−Mf)/(M−Mf)}×{Aexp(−Q/RT)}-N1/N
により焼戻時間を調節することを特徴とする請求項4に記載の高周波熱処理方法。
【請求項6】
請求項4または5に記載の高周波熱処理方法により製造した加工製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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