説明

高延性鉛フリーはんだ合金及びその製造方法

【課題】線はんだや棒はんだの製造に有利な特性であるはんだ合金材料自体の伸びを改善し、特殊な方法によらずとも容易に鉛フリーはんだ加工物の製造を可能ならしめる、鉛フリーはんだ合金を提供する。
【解決手段】原料を溶融させ、溶融状態の原料を揺動させ液相の溶質元素濃度分布の均一化を図りながら凝固させることで得られる、高延性鉛フリーはんだ合金。この高延性鉛フリーはんだ合金は、共晶相において長さ5μm以上の針状晶を有し、初晶β−Sn相が等方的結晶粒からなり、デンドライトを含まない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大きな伸びを示す即ち高延性の鉛フリーはんだ合金及びその製造方法に関するものである。この高延性鉛フリーはんだ合金は、特に棒状または線状の鉛フリーはんだ等の鉛フリーはんだ加工物を製造するのに適する。
【背景技術】
【0002】
地球環境や人の健康を守ることを目的に、鉛をほとんど含まない所謂鉛フリーのはんだ合金およびそれを用いて特定の形状たとえば棒状または線状等に加工して得られる棒はんだまたは線はんだ等の鉛フリーはんだ加工物の使用が義務付けられ(RoHS指令等)、従来のSn−Pbはんだ合金およびSn−Pbはんだ加工物は使用が制限されている。
【0003】
このような鉛フリーはんだ合金およびその加工物(以下、単に「鉛フリーはんだ」ということがある)の使用に伴い、種々の問題が表面化している。そのひとつが、鉛フリーはんだ合金は、伸びが小さく、線はんだまたは棒はんだに加工する際の細線化が困難となりやすい。
【0004】
そのような難加工性の鉛フリーはんだ合金を用いてフラックス入り線はんだを製造する方法が、特許文献1に提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−96395号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法で線はんだを製造する際には、難加工性はんだ合金を長さ方向にフラックスを入れる溝を有する細長い薄板はんだを形成し、該溝にフラックスを入れて、溝の開口を閉じるという複雑な工程が必要となる。また、工程の複雑化に伴い、コスト高となる問題点がある。
【0007】
従って、本発明は、線はんだや棒はんだの製造に有利な特性であるはんだ合金材料自体の伸びを改善し、特殊な方法によらずとも容易に鉛フリーはんだ加工物の製造を可能ならしめる、鉛フリーはんだ合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、種々検討した結果、鉛フリーはんだ合金の組織において、共晶組織が粗大になるようにし、デンドライト(樹枝状晶)を晶出させないようにすることにより、上記目的を達成できることを知見した。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、下記のはんだ合金及びその製造方法を提供するものである。
【0010】
すなわち、本発明によれば、上記目的を達成するものとして、
共晶相において長さ5μm以上の針状晶を有し、初晶β−Sn相が等方的結晶粒からなることを特徴とする高延性鉛フリーはんだ合金、
が提供される。
【0011】
また、本発明によれば、
以上のような本発明の高延性鉛フリーはんだ合金を製造する方法であって、原料を溶融させ、溶融状態の前記原料を揺動させながら凝固させることを特徴とする高延性鉛フリーはんだ合金の製造方法、
が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明のはんだ合金は、その組織において初晶β−Sn相が等方的結晶粒からなるものでありデンドライトを含まず、共晶組織が粗大であるため、伸びが大きい。
【0013】
また、本発明のはんだ合金の製造方法によれば、凝固過程で揺動を加えるという比較的簡単な工程で、はんだ合金の金属組織を改良でき、容易に伸びの大きなはんだ合金を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】比較例1で製造した、はんだ合金の断面組織を示す図である。
【図2】本発明のはんだ合金の断面組織を示す図である。
【図3】比較例1で製造した、はんだ合金の引張試験を行った時の、荷重−変位曲線を示す図である。
【図4】本発明のはんだ合金の引張試験を行った時の、荷重−変位曲線を示す図である。
【図5】本発明のはんだ合金の製造に使用される揺動炉の動作を説明するための模式図である。
【図6】はんだ合金の引張特性を測定するための引張試験片を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のはんだ合金およびその製造方法の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0016】
先ず、図1に、従来の溶融凝固法(重力鋳造法)により製造した、はんだ合金の断面組織を示す。このはんだ合金の組成は、Ag:3.0重量%、Cu:0.5重量%、残部Snである。ここで、広い面積を占める白色部分は、初晶β−Snがデンドライトとして晶出した部分である。このように、連続した初晶β−Snのデンドライトが、はんだ合金組織の広い領域に広がると、軟らかく伸びの小さいβ−Snの力学的特性が、はんだ合金全体の特性を支配してしまう。従って、このように、初晶β−Snがデンドライトとして晶出したはんだ合金は、後述のように伸びが小さい(図3参照)。
【0017】
次に、図2に、本発明の一実施形態の鉛フリーはんだ合金の断面組織を示す。このはんだ合金の組成は、Ag:3.0重量%、Cu:0.5重量%、残部Snである。ここで、白色部分は、初晶β−Sn相が等方的結晶粒として晶出したものでありデンドライトを含んでいない。更に、共晶相の組織は、粗大であり、長さ5μm以上の針状晶を有する。ここで、「針状晶」とは、光学顕微鏡で断面観察する場合に針状に見える析出物のことであり、この針状に見える析出物は実際には板状をなす。また、針状晶の長さは、光学顕微鏡で断面観察する場合に測定される長さである。共晶相において観察される針状晶の半数以上は長さ5μm以上である。
【0018】
本実施形態のはんだ合金は、亜共晶組織を有する。つまり、組織的には、デンドライトを含まない初晶β−Snと粗大な共晶組織とが混在するものである。これによれば、はんだ合金の伸びは、後述のように著しく大きくなる(図4参照)。
【0019】
本発明の鉛フリーはんだ合金は、上記実施形態に示されるSn−Ag系はんだ合金以外に、Sn−Bi系はんだ合金、Sn−Zn系はんだ合金、およびSn−Cu系はんだ合金が挙げられる。
【0020】
本発明の鉛フリーはんだ合金の組成としては、
Sn−Ag系はんだ合金では、
Sn−(3.0〜4.0重量%)Ag、
Sn−(3.0〜4.0重量%)Ag−(0.5〜0.7重量%)Cu、
Sn−(2.0〜3.0重量%)Ag−(0.8〜1.2重量%)Bi−(2.5〜2.9重量%)In、
Sn−(2.0〜3.0重量%)Ag−(0.8〜1.2重量%)Bi−(0.3〜0.7重量%)Cu、
Sn−Bi系はんだ合金では、
Sn−(52〜62重量%)Bi、
Sn−(52〜62重量%)Bi−(0.8〜1.2重量%)Ag、
Sn−(7.0〜8.0重量%)Bi−(1.8〜2.2重量%)Ag−(0.3〜0.7重量%)Cu、
Sn−Zn系はんだ合金では、
Sn−(8.0〜10.0重量%)Zn、
Sn−(7.0〜9.0重量%)Zn−(2.8〜3.2重量%)Bi、
Sn−Cu系はんだ合金では、
Sn−(0.5〜0.9重量%)Cu、
が例示される。
【0021】
本発明の鉛フリーはんだ合金は、亜共晶組織を有するものであり、組織的には、初晶β−Snと共晶組織とが混在するものである。特に、本発明の鉛フリーはんだ合金は、初晶β−Sn相が等方的結晶粒からなる。等方的結晶粒からなることは、デンドライトを含まないことを意味する。この意味で、本発明の鉛フリーはんだ合金は、初晶β−Sn相がデンドライトとして晶出していないものからなることを特徴とする。本発明の鉛フリーはんだ合金は、共晶相において長さ5μm以上の針状晶を有し、共晶相の組織が粗大である。
【0022】
即ち、本発明の鉛フリーはんだ合金は、共晶組織において長さ5μm以上の針状晶を有しデンドライトを含まない。つまり、この組織では、図1に存在しているデンドライトは存在しない。また、共晶組織も粗大である。熱力学的な平衡状態の考察のみからは、デンドライトに成長していない初晶β−Snと粗大な共晶相とが混在する組織は存在し得ないことが導出される。従って、本発明の鉛フリーはんだ合金の金属組織は、一般的な熱力学的考察からは、得られない組織であることが明らかである。このように、本発明の鉛フリーはんだ合金は、図1に示したような軟質の初晶β−Snが連続したデンドライトを形成していないため、初晶β−Snの形態による、はんだ合金の力学的特性の支配は少なく、また、共晶組織も粗大であるため、伸びの大きな、はんだ合金が得られる(図4参照)。尚、本発明において「伸びが大きいこと」すなわち「高延性であること」は、伸びの値が30%以上であることを指すものとする。
【0023】
以上のような本発明の鉛フリーはんだ合金は、たとえば、次のようにして製造される。
【0024】
図5には、本発明による鉛フリーはんだ合金製造方法の実施に使用される揺動炉の構成が示されている。電気炉を水平方向軸(図5の紙面と垂直の方向の軸)の周りに回動可能に支持し、該水平方向軸に固定された揺動腕とモーターの回転板とを連接棒により連結している。モーターを矢印方向に回転させることで、その回転板に取り付けられた連接棒から揺動腕を介して伝達される駆動力により、水平方向軸が2つの矢印方向に交互に回転し(即ち揺動し)、かくして電気炉が揺動する。揺動の角度範囲は、モーター回転板から電気炉水平方向軸までの駆動力伝達系の特性に応じて、決定される。
【0025】
まず、溶融および凝固により目的とする鉛フリーはんだ合金の組成が得られるような原料組成物を秤量し、該原料をたとえばアンプル管に真空封入した上で、図5の揺動炉内にセットし、加熱により昇温し、原料を溶融させ、その後、冷却する。昇温速度はたとえば2℃/minとし、原料が溶融状態となる温度たとえば800℃で適宜の時間たとえば5時間にわたって温度を維持する。この温度維持の開始後たとえば30分後経過後から揺動炉を揺動させる。揺動条件は、たとえば、上述の揺動機構において、1分間に左右に50〜150回揺動させるものとすることができる。降温速度はたとえば2℃/minとすることができる。揺動は、原料の凝固が完了するまで、連続的に付与する。
【0026】
以上のようにして得られる凝固体が本発明の鉛フリーはんだ合金である。この凝固体を切断し、研磨した後、光学顕微鏡にて組織を観察すると、図2に示されるようなものが得られる。この凝固体の組織においては、等方的な初晶β−Snの固まり(結晶粒)が存在し、その間を粗大な共晶組織が取り囲んでいる。
【0027】
本発明の鉛フリーはんだ合金において、組織中にデンドライトが晶出しない原因は、定性的には次のように考えることができる。
【0028】
即ち、はんだ合金原料を、溶融状態から凝固終了まで揺動を付与して溶融凝固させると、凝固初期に液相にできる結晶核が等方的になり、固液界面が平滑に成長するためであると考えられる。これは、揺動の効果により、液相中全体にて、溶質元素分布が一定となったことにより、固液界面に組成的過冷が生じないためである。すなわち、本発明による鉛フリーはんだ合金製造方法では、溶融状態の原料を揺動させながら凝固させることで、得られる鉛フリーはんだ合金中のデンドライト発生を阻止する。
【0029】
一方、従来の重力鋳造法によれば、固液界面に溶質元素の濃化が生じ、固液界面に組成的過冷が生じる。この過冷により、固相は特定方向に結晶成長する。このため、特定の方向性を持つデンドライトが成長するものと考えられる。
【0030】
本願発明において、原料を揺動させながら凝固を進行させる方法には、特に制限はなく、凝固の進行中に、上記のような液相の溶質元素濃度分布の均一化を図るため、液相(融体)に揺動を付与すれば良い。この目的を達成できる溶融炉であれば、特に制限はない。例えば、図5に関し説明したような液相(融体)を揺らす炉の構造であればよい。または、大量に原料を溶融凝固させるには、ロータリーキルンのような構造の炉を用いて、液相(融体)を凝固終了まで揺動させることも出来る。
【0031】
上記の特徴を有する伸びの大きい鉛フリーはんだ合金を用いれば、インゴットからの線材化は容易であり、支障なく、線はんだまたは棒はんだ等のはんだ加工物が得られる。線材化に際しては、上記製造方法により得られた鉛フリーはんだ合金インゴットを、高い圧力の油圧プレスにより押し出して、棒はんだまたは線はんだに加工する。また、線径が3mm以下の場合には、伸線機を用いて加工することができる。
【実施例】
【0032】
次に、本発明をさらに具体的に説明するために実施例を挙げるが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
[実施例1]
まず、重量比で、Sn−3.0%Ag−0.5%Cuとなるように、各原料金属Sn,Ag,Cuを秤量した。これらの原料をアンプル管に真空封入し、揺動炉(図5)にセットした。これを、800℃で5時間溶融した。この時、800℃までの昇温速度は2℃/minとし、溶融キープ後の降温速度は2℃/minにコントロールした。揺動は、溶融キープに入って30分経過後から冷却終了まで連続的に付与した。得られた凝固体を切断し、研磨後、光学顕微鏡にて、組織を観察した。その結果は図2に示すとおりであった。これより、この凝固体の組織は、等方的な初晶β−Snの固まりが存在し、その間を粗大な共晶組織が取り囲んでいることが、明らかとなった。
【0034】
この凝固体から、図6のような引張試験片を作製し、引張強度と伸びを測定した。この時、引張速度は0.5mm/min、ひずみ速度は3.47×10−4/s、使用装置はORIENTEC RTC−1150A、にて試験した。また、引張試験片は、加工ひずみ除去の目的で、試験前に100℃で30分の熱処理を加えた。
【0035】
引張試験の結果は、図4に示すとおりであった。力学的特性値は表1に示すとおりであった。これらの結果より、本実施例の鉛フリーはんだ合金は、力学的特性において優れたものであることが実証され、特に伸びにおいて、後述の比較例1のものと比べ2倍の値を示した。
【0036】
また、本実施例で得られたインゴットを高い圧力の油圧プレスにより押し出し、線はんだおよび棒はんだに加工したが、加工において問題はなかった。
【0037】
[比較例1]
実施例1と同様の原料を平型の黒鉛ルツボに入れ、真空炉を用い、400℃で2時間溶融した。この時、昇温速度は6.7℃/minとし、降温速度は炉冷とした。
【0038】
得られた凝固体を切断し、研磨後、光学顕微鏡にて、組織を観察した。その結果は図1に示すとおりであった。これより、広い面積を占める、白色部分の初晶β−Snがデンドライトとして晶出しており、その間に比較的細かな共晶相が存在しているのが、明らかとなった。
【0039】
この凝固体から、実施例1と同様な方法により、引張強度及び伸びを測定した。その結果は図3に示すとおりであった。また、力学的特性は、表1に示すとおりであった。これより、伸びが低いことが、明らかとなった。
【0040】
また、本比較例で得られた鉛フリーはんだ合金を用いて、伸線機加工により線はんだを得ようとしたが、伸びが小さく、断面減少率を大きくすると、加工が不可能であった。
【0041】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
共晶相において長さ5μm以上の針状晶を有し、初晶β−Sn相が等方的結晶粒からなることを特徴とする高延性鉛フリーはんだ合金。
【請求項2】
前記鉛フリーはんだ合金は、Sn−Ag系はんだ合金、Sn−Bi系はんだ合金、Sn−Zn系はんだ合金、またはSn−Cu系はんだ合金であることを特徴とする、請求項1に記載の高延性鉛フリーはんだ合金。
【請求項3】
前記鉛フリーはんだ合金の組成は、
Sn−(3.0〜4.0重量%)Ag、
Sn−(3.0〜4.0重量%)Ag−(0.5〜0.7重量%)Cu、
Sn−(2.0〜3.0重量%)Ag−(0.8〜1.2重量%)Bi−(2.5〜2.9重量%)In、
Sn−(2.0〜3.0重量%)Ag−(0.8〜1.2重量%)Bi−(0.3〜0.7重量%)Cu、
Sn−(52〜62重量%)Bi、
Sn−(52〜62重量%)Bi−(0.8〜1.2重量%)Ag、
Sn−(7.0〜8.0重量%)Bi−(1.8〜2.2重量%)Ag−(0.3〜0.7重量%)Cu、
Sn−(8.0〜10.0重量%)Zn、
Sn−(7.0〜9.0重量%)Zn−(2.8〜3.2重量%)Bi、
または
Sn−(0.5〜0.9重量%)Cu、
であることを特徴とする、請求項1または2に記載の高延性鉛フリーはんだ合金。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の高延性鉛フリーはんだ合金を製造する方法であって、原料を溶融させ、溶融状態の前記原料を揺動させながら凝固させることを特徴とする高延性鉛フリーはんだ合金の製造方法。
【請求項5】
溶融状態の前記原料を毎分50〜150回の揺動数で揺動させることを特徴とする、請求項4に記載の高延性鉛フリーはんだ合金の製造方法。
【請求項6】
溶融状態の前記原料を揺動させることで液相の溶質元素濃度分布の均一化を図ることを特徴とする、請求項4または5に記載の高延性鉛フリーはんだ合金の製造方法。
【請求項7】
溶融状態の前記原料を揺動させながら凝固させることで、得られる鉛フリーはんだ合金中のデンドライト発生を阻止することを特徴とする、請求項4乃至6の何れか一項に記載の高延性鉛フリーはんだ合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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