説明

高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】 オーステナイト系ステンレス鋼SUS304と同程度の高強度な溶接継手性能が得られ、曲げ性能が良好で、低温靱性が高く、且つ溶接作業性が良好な高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】 オーステナイト系ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填された高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、外皮およびフラックスに含有される成分の合計として、ワイヤ全質量に対する質量%で、Ni:8.0〜10.0%、Cr:17.0〜22.0%、Ti:0.5〜2.0%、Bi:0.10%以下、弗化物:0.05〜0.70%、スラグ剤の合計:5〜10%を含有し、その他は脱酸剤、Feおよび不可避不純物であり、脱酸剤成分の調整により溶接金属中のO量が0.07〜0.20質量%であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼フラックス入りワイヤに係わり、特にオーステナイト系ステンレス鋼SUS304に適用し、母材と同程度の高強度な溶接継手性能が得られ、曲げ性能が良好で、低温靱性が高く、且つ溶接作業性が良好な高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼SUS304は、耐食性に優れ、強度および低温靱性等の機械的性能も良好であることから、LNG貯蔵タンクや建築構造部材に適用されている。しかし、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304の引張強さは高いものの、共金であるJIS Z3323 YF308系溶接材料は引張強さが低く、溶接継手の曲げ試験を行うと、強度の低い溶接金属が選択的に変形するため、溶接金属部に割れを生じるという課題があった。さらにフラックス入りワイヤは、他の溶接方法に比べると低温靱性が低く、極低温用鋼への用途には、品質要求に対して十分な性能が得られない場合があった。
【0003】
この問題を解決する技術として例えば、特開平8−267282号公報(特許文献1)に、合金成分の特にC+Nの合計量を適正化することで、高強度かつ高い靱性が得られるオーステナイト系ステンレス鋼用フラックス入りワイヤが提案されている。しかし、ガスのシールド性が不十分な現場溶接の場合、大気中のNおよびOが溶接金属に混入されて高くなり、十分な靱性が得られないことがしばしばあった。
【0004】
また、特開2003−136280号公報(特許文献2)には、MgおよびTiを適正添加することで、オーステナイト組織を微細化させ、靱性および延性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。しかし、引張強さが低いため、溶接継手の曲げ試験において、強度の低い溶接金属が選択的に変形して、溶接部に割れが生じやすく、また溶接作業性が悪いという課題があった。
【0005】
【特許文献1】特開平8−267282号公報
【特許文献2】特開2003−136280号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304と同程度の高強度な溶接継手性能が得られ、曲げ性能が良好で、低温靱性が高く、且つ溶接作業性が良好な高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するために合金成分について種々検討を行った。その結果、特に溶接金属中のTiおよびOが溶接金属の機械的性質に大きな影響を及ぼすことを見出した。図1にTiと機械的性質の関係を示すようにTiは、増加に従い引張強さおよび靱性が大幅に向上する傾向が認められた。しかし一方で、O量が少ない場合、Tiの効果が十分に得られず、機械的性質の向上が図れないことが明らかとなった。
【0008】
そこで本発明者らはTiとOの関係について詳細調査を行った。その結果、溶接金属中の介在物として、TiO2が多く分散することで、オーステナイト凝固組織の粗大な成長を抑制することが分かった。また、Tiの添加により微細なフェライトが得られ、ミクロ組織の微細化され、引張強さが高く、且つ靱性の高い溶接金属が得られることを見出した。引張強さが高くなるので溶接継手の曲げ試験において割れも無く、良好な性能が得られることが確認できた。
【0009】
本発明は以上の知見によりなされたもので、その要旨とするところは次の通りである。オーステナイト系ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填された高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、外皮およびフラックスに含有される成分の合計として、ワイヤ全質量に対する質量%で、Ni:8.0〜10.0%、Cr:17.0〜22.0%、Ti:0.5〜2.0%、Bi:0.10%以下、弗化物:0.05〜0.70%、スラグ剤の合計:5〜10%を含有し、その他は脱酸剤、Feおよび不可避不純物であり、脱酸剤成分の調整により溶接金属中のO量が0.07〜0.20質量%であることを特徴とする。
【0010】
また、脱酸剤成分は、ワイヤ全質量に対する質量%で、Si:0.2〜0.7%、Mn:0.5〜2.5%、AlおよびMgの1種または2種で0.01〜0.40%の範囲で調整することも特徴とする高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0011】
本発明のオーステナイト系高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤによれば、高強度・高靱性の溶接金属が得られ、曲げ性能が良好で、且つ溶接作業性が良好であるなど、高品質の溶接部が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、外皮および充填フラックスの各成分組成それぞれの共存による単独および相乗効果によりなし得たものであるが、以下にそれぞれの各成分組成の添加理由および限定理由を述べる。
Niは、オーステナイト組織を安定化させ、優れた靱性を得る目的で8.0質量%(以下、%という。)以上必要である。一方、10.0%を超えて添加するとオーステナイトが粗大に成長し、引張強さが低くなる。従って、Niは8.0〜10.0%にする必要がある。
【0013】
Crは、フェライトを晶出させる主元素であり、適切なオーステナイト/フェライト量のバランスを得て、耐高温割れ性確保に必要とされるフェライトを得るために、17.0%以上必要である。一方、22.0%を超えて添加するとフェライトが過多となり、靱性が低くなる。従って、Crは17.0〜22.0%にする必要がある。
【0014】
Tiは、溶接金属中にTiO2の介在物として分散し、オーステナイト組織の成長を抑制すると共に、一部は固溶して微細なフェライトを晶出させ、高強度・高靱性の溶接金属を得る目的で0.5%以上必要である。一方、2.0%を超えて添加すると、スパッタ発生量が多くなって溶接作業性が劣化する。従って、Tiは0.5〜2.0%にする必要がある。
【0015】
Biは、スラグ剥離性を向上させる目的で添加するが、0.10%を超えて添加すると、オーステナイト粒界に偏析し、粒界結合力を弱めて靱性を劣化させる。従って、0.10%以下にする必要がある。一方、Biをフリーにすると良好な靱性が得られるが、スラグの剥離性が劣化するため、好ましくは0.01%以上とする。なお、Biは金属ビスマスおよび酸化ビスマスを用いることができるが、酸化ビスマスの場合はBi換算値とする。
【0016】
弗化物は、溶滴の離脱性を良好とし、スパッタの発生量を低減させる目的で0.05%以上必要である。一方、0.70%を超えて添加すると、溶滴が大きく成長し、かえってスパッタ発生量の増加を招くため、弗化物は0.05〜0.70%にする必要がある。弗化物の種類として、AlF3、NaF、K2ZrF6、LiF等を用いることができる。
【0017】
スラグ剤の合計は、ワイヤ先端のアーク発生点近傍の外皮と突き出しフラックスの溶融速度差を適正とし、スパッタの発生量を低減する目的で5%以上添加する。一方、10%を超えて添加すると、外皮の溶融が早く、突き出しフラックスが長いため、溶滴の離脱が高い位置で行われ、スパッタ発生量が多くなる。これは、外皮と突き出しフラックスの溶融タイミングが離れすぎ、外皮の溶融した溶滴が、アーク上方から離脱し、かえって、スパッタ発生量の増加を招くことを示す。従って、スラグ剤の合計は、5〜10%にする必要がある。なお、スラグ剤には前記弗化物も含み、TiO2、SiO2、ZrO2、Al23、FeO、Fe23、K2O、Na2O、CaO、MgO等の酸化物の合計をいう。
【0018】
溶接金属中のO量は、上記添加Tiのうち、一部をTiO2介在物として溶接金属中に生じ、オーステナイト粒の成長を阻害し、組織を微細化させ、良好な靱性を得る目的で0.07%以上に調整する。しかし、O量が0.20%を超えると、ブローホール等の溶接欠陥を生じることから、溶接金属のO量は、0.07〜0.20%に調整する。この際、適正なO量となるよう、脱酸剤のSi、Mn、AlおよびMgでスラグ剤成分に合わせて適宜調整する。
【0019】
脱酸剤の内Siは、アークを安定させてスパッタ発生量の減少および溶接金属中の酸素量の調整をするために0.2%以上必要である。一方、0.7%を超えると、溶接金属中の酸素量が低くなり過ぎて靭性が低くなる。従って、Siは0.2〜0.7%とする。
Mnは、オーステナイト地に固溶して引張強さの向上と溶接金属中の酸素量の調整をするために0.5%以上必要である。一方、2.5%を超えるとスパッタの発生量が多くなるとともに溶接金属中の酸素量が低くなり過ぎて靭性が低くなる。
【0020】
AlおよびMgは、強脱酸剤であり、溶接金属中の酸素量を調整する、AlおよびMgの1種または2種の合計が0.01%未満であると、溶接金属中の酸素量が高くなりすぎて、ブローホールが発生しやすくなる。一方、AlおよびMgの1種または2種の合計が0.40%を超えると、溶接金属中の酸素量が低くなって溶接金属に必要なTiO2量が少なくなり、強度および靭性も低くなる。さらに、スパッタ発生量も多くなる。
以上、本発明のステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ構成要件の限定理由を述べたが、他の成分として、Cは0.01〜0.05%が強度および靭性の確保から好ましく、さらに、Mo、V、Nb等の合金剤を機械性能の調整として組合せて添加することもできる。
【0021】
フラックス入りワイヤの製造方法について言及すると、例えば外皮を帯鋼より管状に成形する場合には、配合、撹拌、乾燥した充填フラックスをU形に成形した溝に満たした後丸形に成形し、所定のワイヤ径まで伸線する。この際、整形した外皮シームを溶接することで、シームレスタイプのフラックス入りワイヤとすることもできる。また外皮がパイプの場合には、パイプを振動させてフラックスを充填し、所定のワイヤ径まで伸線する。
充填フラックスは、供給、充填が円滑に行えるように、固着剤(珪酸カリおよび珪酸ソーダの水溶液)を添加してボンドフラックス状にして用いることもできる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
表1に示す化学成分のオーステナイト系ステンレス鋼外皮を用いて表2に示す組成のオーステナイト系ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤを試作した。ワイヤ径は1.2mmとした。なお、フラックス充填率は20〜23%とした。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
表3に示す成分のオーステナイトステンレス鋼SUS304を母材として各試験に用いた。溶着金属性能は、JIS Z 3323に従い引張試験を行った。また衝撃試験は、JIS Z 3111に準拠した。溶接継手性能は、JIS Z 3323の腐食試験用試験材に準拠した溶接継手(板厚12mm、開先角度45°、ギャップ12mmの裏当て金有)を作成した。その後JIS Z 3106に従い、X線透過試験を実施し、溶接継手部の割れおよびブローホール発生状況の確認を行った。溶接継手の機械的性質は、JIS Z 3121の1A号試験片による突合せ溶接継手の引張試験、JIS Z 3122の表曲げ試験片による突合せ継手の曲げ試験(20R、180°曲げ)、JIS Z 3128のVノッチ試験片による溶接継手の衝撃試験(鋼材の厚さ中心、切欠き位置:溶接金属中央にて採取)を行った。
【0026】
評価は、溶着金属および溶接継手共に、引張強さ:600MPa以上、曲げ性能:無欠陥、−196℃における吸収エネルギー(vE−196℃):30J以上を良好とした。X線透過試験では、ブローホール(第1種きず)および割れ(第3種きず)なしの1類を良好とした。溶接作業性は、溶接継手作成時の官能評価により判定を行った。なお、溶着金属試験、溶接継手試験および溶接作業性の調査の溶接電流は180〜250A、下向溶接、シールドガス:CO2にて実施した。それらの結果を表4にまとめて示す。
【0027】
【表3】

【0028】
【表4】

【0029】
表4中ワイヤNo.1〜8が本発明例、ワイヤNo.9〜16は比較例である。
本発明例であるワイヤNo.1〜8は、Ni、Cr、Ti、Bi、弗化物、スラグ剤の合計、Si、Mn、Al、Mgおよび溶接金属中のO量が適正であるので、引張強さが高く、曲げ性能が良好で、吸収エネルギーが高く、耐割れ性、耐ブローホール性に優れ、溶接作業性も良好であり極めて満足な結果であった。
【0030】
比較例中ワイヤNo.9は、Niが低いので、吸収エネルギーが低かった。また、弗化物が高いので、スパッタ発生量が多かった。
ワイヤNo.10は、Niが高いので、引張強さが低く、継手の曲げ性能が悪かった。また、Siが高いので、溶接金属のOが低く吸収エネルギーが低くなった。さらに、弗化物が低いので、スパッタ発生量が多かった。
ワイヤNo.11は、スラグ剤の合計が低いため、スパッタ発生量が多かった。
【0031】
ワイヤNo.12は、Crが高いので、吸収エネルギーが低かった。また、スラグ剤の合計が高いため、スパッタ発生量が多かった。
ワイヤNo.13は、Biが高いので、吸収エネルギーが低かった。また、AlおよびMgを含有しないので、溶接金属中のOが高くなり、ブローホールが発生した。
ワイヤNo.14は、Crが低いので、割れが生じた。また、AlとMgの合計量が高いので、溶接金属のOが低くなり、吸収エネルギーが低かった。また、スパッタ発生量も多かった。本ワイヤは、溶着金属試験で割れが生じたため、継手性能調査は行わなかった。
【0032】
ワイヤNo.15は、Tiが低いので、引張強さが低く、継手の曲げ性能が悪かった。また、吸収エネルギーも低かった。
ワイヤNo.16は、Tiが高いので、スパッタ発生量が多かった。また、Mnが高いので、溶接金属のOが低くなり吸収エネルギーが低くなった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】溶接金属のTi量と機械的性質の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼外皮の内部にフラックスが充填された高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤにおいて、外皮およびフラックスに含有される成分の合計として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ni:8.0〜10.0%、
Cr:17.0〜22.0%、
Ti:0.5〜2.0%、
Bi:0.10%以下、
弗化物:0.05〜0.70%、
スラグ剤の合計:5〜10%を含有し、
その他は脱酸剤、Feおよび不可避不純物であり、脱酸剤成分により溶接金属中の酸素量が0.07〜0.20質量%であることを特徴とする高強度ステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
脱酸剤成分は、ワイヤ全質量に対する質量%で、Si:0.2〜0.7%、Mn:0.5〜2.5%、AlおよびMgの1種または2種で0.01〜0.40%の範囲で調整することを特徴とする請求項1記載の高強度ステンレス鋼用フラックス入りワイヤ。

【図1】
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【公開番号】特開2007−160314(P2007−160314A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−356221(P2005−356221)
【出願日】平成17年12月9日(2005.12.9)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】