説明

高温引張試験用冶具

【課題】高温度引張試験における試験片の調心作業、および、試験後の試験片の取り外しが容易にでき、使用環境下の高温酸化特性の正しい評価が可能となる高温引張試験用冶具を提供する。
【解決手段】ゲージ部、中間部、支持部の順に厚み及び幅が大きくなるように、前記ゲージ部の両端に中間部を介して支持部が形成されたI型試験片を高温引張試験に固定するための高温引張試験用治具であって、前記I型試験片の支持部を導入し把持するための円筒形穴部と、該円筒形穴部の側面に連続して形成された前記I型試験片の中間部を導入するための平行開口部とからなり、前記円筒形穴部の直径は前記平行開口部の幅より大きく、かつ該平行開口部の幅は前記I型試験片の支持部の厚みより小さいことを特徴とする高温引張試験用治具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高温下で試験片に引張応力を加えることにより、試験片の高温酸化特性を評価する高温引張試験用冶具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にボイラーチューブやタービンブレードなどの高温環境下で使用される部材の高温耐食性を向上させる手段として、金属または合金からなる部材表面にセラミックス被膜をコーティングしたり、合金中にCr、AlおよびSiなどを添加して合金表面に高温耐酸化性に優れる保護性酸化皮膜を形成させる方法が知られている。しかし、これらの部材は使用環境下で自重や遠心力などの引張応力を受けた場合に、部材表面に施されたセラミックス皮膜や保護性酸化皮膜中に亀裂が生じ、さらには皮膜が剥離する場合があり、高温耐酸化性の急激な低下、さらには、皮膜の剥離によりチューブの閉塞やタービンの損傷を招く原因になる。
【0003】
このような高温耐食性部材を上記使用環境下で使用する際の耐久性を評価するための試験として高温引張試験が知られている。高温引張試験は、使用環境での高温で、試験片に引張応力を負荷し、試験後の試験片の組織観察により、セラミックス皮膜や保護性酸化皮膜の破壊挙動および剥離特性を評価するものである。従来、高温引張試験において、試験片に引張応力を負荷する際の軸心のずれなどにより、試験片表面の皮膜に亀裂が多く生じ、使用環境下での引張応力の影響を踏まえた正しい評価ができない問題があった。この高温引張試験における軸心のずれによる曲げ応力を減少させる方法として、試験片と治具との間に柔軟な金属箔や紛体層などを緩衝材として用いる方法(例えば、特許文献1参照)、玉軸受、基体軸受などを用いる方法、自動調心形保持装置を用いる方法などが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
しかし、従来の緩衝材または軸受を用いた高温引張試験用冶具による調心方法では、その効果が十分ではなく、自動調心形保持装置による調心は効果が得られるものの、冶具の設定および調心作業が煩雑となり、冶具が大きくなるために、試験片の形状、加熱炉の大きさなどが制約を受けるという問題があった。
【0005】
高温引張試験では、試験中に試験片表面および試験片を固定する冶具表面に酸化物が形成することにより、試験片と冶具が酸化物により固着する場合がある。或いは、高温度で冶具に損傷や変形する場合も生じる。この場合、試験後の試験片を冶具から取り外す際に、試験片に曲げ応力や衝撃が加わり、表面の酸化皮膜中に亀裂が入り、脆くなった酸化物層をさらに破壊し、やはり使用環境下での酸化物層の破壊挙動や特性を正しく評価できないという問題が生じる。
【0006】
この対策として、高温での冶具の損傷を防ぐために冶具の表面にモリブデンペーストを塗布する方法が知られている。しかし、この方法では、高温時にモリブデンペーストの一部がガス化し、加熱炉内の雰囲気を汚染したり、剥離したモリブデンペーストの清掃が煩雑となるという問題があった。
【0007】
また、水冷装置を備えた冶具の使用により、冶具の熱損傷や酸化物の生成を抑制する方法もある(例えば、特許文献3参照)が、この方法は、高温での水漏れによる水蒸気爆発などの恐れがあり、また、装置や冶具が大きくなるという問題がある。
【0008】
また、小型の電気炉を用いて試験片を部分的に加熱する手法も提案されている(例えば、特許文献4参照)。この方法によれば、治具により試験片を固定する部分は、高温にはならないため比較的小型の冶具を用いることが可能となるが、高温引張試験による測定部分のゲージ部が小さくなるため、使用環境下での条件を再現できない場合が生じ、適用が制限させる問題が生じる。
【0009】
また、通常の高温度クリープ試験では、ねじ込み方式により試験片と冶具を固定することが行なわれている。しかし、ねじ込み方式は、高温での試験片と冶具の接触部が多いため、高温での金属接合や酸化物による固着が顕著となるため、このましくない。
【0010】
また、一般の引張試験で用いられるチャック式の冶具は、試験片を固定する場合に冶具が大きくなるため、試験片の形状、および、加熱炉および試験機の大きさなどに制約を受けるという問題がある。
【0011】
したがって、従来に方法に比べて、簡易的な方法で、高温引張試験時に適正な調芯ができ、高温での試験片と冶具との酸化物生成や熱変形による固定を抑制でき、使用環境条件での高温耐酸化特性の正しい評価ができる方法の開発が望まれていた。
【0012】
【特許文献1】特開平5−322725号公報
【特許文献2】特開平4−301740号公報
【特許文献3】特開昭59−222744号公報
【特許文献4】特開平7−260654号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は上記従来技術の問題点に鑑みて、高温度引張試験における試験片の調心作業、および、試験後の試験片の取り外しが容易にでき、使用環境下の高温酸化特性の正しい評価が可能となる高温引張試験用冶具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するための本発明は、以下のとおりである。
(1)ゲージ部、中間部、支持部の順に厚み及び幅が大きくなるように、前記ゲージ部の両端に中間部を介して支持部が形成されたI型試験片を高温引張試験に固定するための高温引張試験用治具であって、前記I型試験片の支持部を導入し把持するための円筒形穴部と、該円筒形穴部の側面に連続して形成された前記I型試験片の中間部を導入するための平行開口部とからなり、前記円筒形穴部の直径は前記平行開口部の幅より大きく、かつ該平行開口部の幅は前記I型試験片の支持部の厚みより小さいことを特徴とする高温引張試験用治具。
(2)前記試験片の支持部は前記中間部と滑らかな曲率を有する凸状部を介して接続され、該凸状部と前記高温引張試験用治具の円筒形穴部が線接触していることを特徴する上記(1)記載の高温引張試験用治具。
(3)前記高温引張試験用治具の円筒形穴部および平行開口部のうちの少なくとも円筒形穴部の表面には、アルミ拡散処理が施されていることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の高温引張試験用治具。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高温度引張応力試験において試験片と線接触で固定することができる治具を用い、高温度引張試験における試験片の調心作業、および、試験後の試験片の取り外しが容易にできるため、使用環境下の高温酸化特性の正しい評価が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しつつ説明する。
【0017】
先ず、高温引張試験用治具の前提となる高温引張試験用試験片の形状について説明する。
【0018】
図1は代表的な高温引張試験用I型試験片の模式図を示し、(a)はI型試験片の正面図であり、(b)はI型試験片の側面図である。なお、(a)の正面図は、I型試験片を後述する高温引張試験用治具(図2の(a)参照)の円筒形穴部の開口部に挿入した場合の正面図(図3の(a)参照)に対応する。
【0019】
図に示すように、高温引張試験用I型試験片は、長手方向中央部のゲージ部11の中心に対して上下対称な形状であり、ゲージ部11、中間部12、支持部14の順に厚みt、t、t及び幅w、w、wが大きくなるように、ゲージ部14とこのゲージ部14の上下両端に中間部12を介して支持部14が形成されている。前記ゲージ部11は高温引張試験により変形する部分であり、その上下両端部に形成された中間部12は、高温引張試験時にゲージ部11の温度を均一にし、使用環境条件に則した精度の良い試験を可能とする。前記支持部14は、後述する高温引張試験用治具に固定される部分に対応する。なお、支持部14は、中間部12と滑らかな曲率を有する凸状部13を介して接続されていることが試験時の調心や試験後の取り外しをより容易にするために好ましい。
【0020】
また、I型試験片および治具の小型化しつつ強度を維持するために試験片のゲージ部11、中間部12、支持部14の厚みt、t、tに比べて、幅w、w、wが大きくなるようにするのが好ましい。また、試験片のゲージ部11の形状は、円柱または角柱などその形状は問わないが、中間部12および端部14は、強度を維持するために角柱状とするのが好ましい。
【0021】
次に、本発明の高温引張試験用治具の形状および前記I型試験片の固定する方法について説明する。
【0022】
図2は、I型試験片を固定する高温引張試験用冶具の模式図を示し、(a)は高温引張試験用冶具の正面図であり、(b)は(a)のA−A’断面図であり、(c)は(a)の下方から見た下面図である。なお、(a)の正面図は、後述するI型試験片を治具の円筒形穴部の開口部に挿入した場合の正面図(図3の(a)参照)に対応する。
【0023】
本発明の高温引張試験用冶具は、前記I型試験片の支持部14を導入し把持するための円筒形穴部22と、この円筒形穴部22の側面に連続して形成された前記I型試験片の中間部12を導入するための平行開口部21とからなり、前記円筒形穴部22の直径Rは、前記平行開口部21の幅dより大きく、かつこの平行開口部21の幅dは前記I型試験片の支持部14の厚みtより小さい。
【0024】
なお、上記円筒形穴部22の直径Rは、前記I型試験片の支持部14を導入するために、この支持部14の厚みtに比べて大きくし、平行開口部21の幅dは前記I型試験片の中間部12を導入するために、この中間部12の厚みtに比べて大きくすることは言うまでもない。
【0025】
また、上記円筒形穴部22は、前記I型試験片の支持部14を導入するための開口部が少なくとも1つあれば良いので、円筒形穴部22を冶具に貫通させてもよい。
【0026】
この図では、円柱状の冶具を示すが、この冶具の直径Rは、冶具の強度を確保するために、円筒形穴部22の直径Rに比べて十分に大きくすることが好ましい。
【0027】
図3は、I型試験片を高温引張試験用治具に固定した状態の模式図を示し、(a)は正面図、(b)は(a)のB−B’断面図を示す。
【0028】
図に示されるようにI型試験片1を高温引張試験用治具2に固定する場合は、上下に対称に配置された高温引張試験用治具2のそれぞれの円筒形穴部22および平行開口部21にI型試験片1の上下にある支持部14および中間部12をそれぞれ挿入した後、何れか1方の高温引張試験用治具2を移動させてI型試験片1に引張応力を付加させてI型試験片1の軸心を調整するとともに高温引張試験用治具2に固定させる。この際、高温引張試験用治具2の円筒形穴部22とI型試験片1の支持部14とは、線接触しているため、前記試験片1を前記治具2の円筒形穴部22に挿入した時点では、試験片1と治具2の軸線が一致していなくても、引張応力が付加されることにより試験片1が円筒形穴部22内で摺動して容易に軸線を一致させることができる。
【0029】
この場合、I型試験片1の支持部14は中間部12と滑らかな曲率を有する凸状部13を介して接続するようにすると、この凸状部13と前記高温引張試験用治具2の円筒形穴部22との線接触部の摺動が滑らかになるため、引張応力の付加による調心作業が容易となり、また、試験後にI型試験片1を取り外しも容易となるため好ましい。
【0030】
また、高温引張試験用治具2の平行開口部21の幅dはI型試験片1の中間部12の厚みtより大きくし、所定の間隔を持たせることにより引張応力の付加による調心の際に水平方向でのねじれが容易に調整できるため、より簡便で短時間で調心作業が行なえる。
【0031】
また、上記高温引張試験用治具2の円筒形穴部22および平行開口部21にI型試験片1の支持部14および中間部12を挿入する際の挿入距離は、(b)に示す治具2の断面中心に試験片1の幅方向の中心がほぼ一致するまで挿入する。なお、この挿入後に行われる試験片1の引張応力付加による調心作業において試験片1の中心と治具2の中心が多少ずれることは、無視し得るものである。
【0032】
高温引張試験は、使用環境の高温度条件で、上記I型試験片1に上記高温引張試験用治具2を用いて所定時間、所定の引張応力を保持した後、引張応力を解放し、I型試験片1を治具2から取り外して、I型試験片1のゲージ部11の組織観察を行なうことにより高温酸化特性を評価する。
【0033】
本発明の高温引張試験用治具2は、高温引張試験においてI型試験片1の支持部14と治具2の円筒形穴部22とは線接触であり、接触面積が小さいため、高温引張試験時に酸化物が生成しI型試験片1の支持部14と治具2の円筒形穴部22とが固着することがなく、試験後に試験片1をその表面状態を維持しつつ治具2から容易に取り外すことが可能となる。
【0034】
また、高温引張試験用治具2の円筒形穴部22および平行開口部21のうちの少なくとも円筒形穴部22の表面に例えば、パックセメンテーション法などの方法を用いてアルミ拡散処理を施こすと、高温引張試験において治具2表面に薄いAlの保護性酸化皮膜が形成され、酸化物による試験片1との固着を確実に防止することができるため、好ましい。また、I型試験片1の支持部14と中間部12にも治具2と同様なアルミ拡散処理を施こすことは、上記と同様な保護性酸化皮膜を表面に形成し、酸化物による試験片1と治具2との固着を防止するためにより好ましい。
【0035】
なお、例えば、パックセメンテーション法により治具2表面をアルミ拡散処理処理する際の条件は、高温引張試験の試験条件に応じて治具2および/または試験片1の表面に形成したAl皮膜が保持できるだけのAl量が拡散するような条件とすればよい。
【0036】
なお、パックセメンテーション法により治具2表面をアルミ拡散処理処理した後は、I型試験片1のゲージ部11に形成されたAl拡散層を研削して除去し、評価材に応じてゲージ部11をそのまま、或いは、ゲージ部11に所定のセラミックス皮膜または保護性酸化皮膜を施して高温引張試験を行なう。
【実施例】
【0037】
Feの素材を用いてゲージ部11の長さLと幅wが10mmで、厚みtが4mmの図1に示す形状のI型試験片を作製した。また、Alloy800Hの素材を用いて図2に示す形状の高温引張試験用冶具を作製した。高温引張試験に先立ち、I型試験片は25mass%Al−3mass%NHCl−72mass%Alの混合粉末に埋め込み、Ar−10%H雰囲気中で800℃において5hパックセメンテーション法によるアルミ拡散処理を施した。また、高温引張試験用冶具は5mass%Al−0.5mass%NHCl−94.5mass%Alの混合粉末に埋め込み、Ar−10%H雰囲気中で900℃において7hパックセメンテーション法によるアルミ拡散処理を施した。上記アルミ拡散処理により、試験片および高温引張試験用冶具ではそれぞれ表面から約300μmおよび約50μmの領域にAlの拡散領域が形成された。その後、試験片のゲージ部11は4面とも表面から500μmの領域まで研削し、アルミ拡散処理処理によるAlの拡散領域を除去した。
【0038】
上方に配置された冶具に試験片の支持部14を引掛けて試験機を稼動させて、下方に配置された冶具と試験片が接し、さらに引張応力が100Nになるまで稼動して試験片と冶具の軸線が一致させるように調心作業をおこなった。この結果、試験片を冶具に挿入した際には、試験片と冶具の軸線が一致していなかったが、引張応力をかけることにより試験片が摺動され容易かつ短時間で軸線を一致させることができた。
【0039】
その後、さらに、試験片と冶具の軸線を保つために、昇温過程を含め高温酸化中はクリープ現象が無視できるほど微小な応力である1Nの引張応力が常にかかるように試験機を制御し、大気中において800℃において8hの酸化処理後に800℃において引張試験を行った。
【0040】
試験後に引張応力が1Nとなるまで除加し、引張応力が1Nで一定となるように試験機を制御しながら室温まで冷却した。冷却後に試験機を負の引張り応力が負荷されるように稼動させ、約10Nの負の引張り応力で試験片が冶具から容易に離れ、スケールの破壊がない状態で試験片を取り外すことができた。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施形態における代表的な高温引張試験用I型試験片の模式図であり、(a)は正面図、(b)は側面図である。
【図2】本発明の実施形態における高温引張試験用治具の模式図であり、(a)は正面図、(b)は(a)のA−A’断面図、(c)は(a)の下方から見た下面図である。
【図3】本発明の実施形態におけるI型試験片を高温引張試験用治具に固定した状態の模式図であり、(a)は正面図、(b)は(a)のB−B’断面図である。
【符号の説明】
【0042】
1 I型試験片
11 ゲージ部
12 中間部
13 凸状部
14 支持部
2 高温引張試験用治具
21 平行開口部
22 円筒形穴部
L ゲージ部の長さ
ゲージ部の厚み
中間部の厚み
支持部の厚み
ゲージ部の幅
中間部の幅
支持部の幅
平行開口部の幅
円筒形穴部の直径
円柱状治具の直径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲージ部、中間部、支持部の順に厚み及び幅が大きくなるように、前記ゲージ部の両端に中間部を介して支持部が形成されたI型試験片を高温引張試験に固定するための高温引張試験用治具であって、前記I型試験片の支持部を導入し把持するための円筒形穴部と、該円筒形穴部の側面に連続して形成された前記I型試験片の中間部を導入するための平行開口部とからなり、前記円筒形穴部の直径は前記平行開口部の幅より大きく、かつ該平行開口部の幅は前記I型試験片の支持部の厚みより小さいことを特徴とする高温引張試験用治具。
【請求項2】
前記試験片の支持部は前記中間部と滑らかな曲率を有する凸状部を介して接続され、該凸状部と前記高温引張試験用治具の円筒形穴部が線接触していることを特徴する請求項1記載の高温引張試験用治具。
【請求項3】
前記高温引張試験用治具の円筒形穴部および平行開口部のうちの少なくとも円筒形穴部の表面には、アルミ拡散処理が施されていることを特徴とする請求項1または2に記載の高温引張試験用治具。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate