説明

高純度プラスマローゲン調製法

【課題】水産物由来の高純度なプラスマローゲンの提供。
【解決手段】水産油脂と1,3位特異的リパーゼとを反応させた後、プラスマローゲンを分離することを特徴とする、プラスマローゲンの調製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度なプラスマローゲンの調製法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は生物界に広く存在し、生体膜を構成する主要成分の1つであることで知られる脂質成分である。リン脂質は、グリセロールを基本骨格とするグリセロリン脂質と、スフィンゴシン塩基を基本骨格とするスフィンゴリン脂質とに分類される。グリセロリン脂質には、グリセロールの1位及び2位に長鎖脂肪酸がエステル結合したジアシル型リン酸の他、グリセロールの1位に脂肪酸ではなく長鎖アルコールがビニルエーテル結合したアルケニルアシル型リン脂質(プラスマローゲンと呼ばれる)、同様にグリセロールの1位に長鎖アルキル基を有するエーテル型リン脂質も存在する。
【0003】
魚類を含む全ての動物は、ジアシル型リン脂質を主要なリン脂質として有する一方、少量のプラスマローゲンをも確実に有している。プラスマローゲンは、一般に、脳、心筋、神経細胞などの大量に酸素を消費する組織に特徴的に多く含まれており、抗酸化活性を有することが認められている。プラスマローゲンの機能についてはまだ不明な点が多いが、ごく最近、海産動物のホヤ由来のプラスマローゲンに、アルツハイマー型認知症の予防効果のあることも報告された。また、プラスマローゲンについては神経細胞のアポトーシスによるDNA断片化を抑制することや、β-アミロイドペプチド蓄積による脳の学習機能低下を軽減することも指摘されている(非特許文献1)。このように、生理活性リン脂質であるプラスマローゲンには大きな関心が寄せられている。
【0004】
プラスマローゲンとジアシル型リン脂質とは化学構造や性状が類似しているため、プラスマローゲンのみを脂質画分からそのままの形態(インタクトな形態)で単離することは極めて困難である。脂質画分中のプラスマローゲンの定量方法としては、ヨード法と誘導体化法が確立されているが(非特許文献2及び3)、これらの方法ではプラスマローゲンをそのままの形態で単離することは不可能である。現在、市場に供給されているプラスマローゲンの純度は20%程度であり、より純度の高いプラスマローゲンの提供が求められている。
【0005】
一方、従来のグリセロリン脂質の製造方法としては、酸無水法や酸クロリド法などがある。さらに特許文献1及び2には、単一の脂肪酸組成を有するリン脂質と脂肪酸等とを1,3位特異性リパーゼを用いて微水条件下でエステル交換させることによって、目的の脂肪酸組成を有するジアシル型リン脂質を製造する方法が開示されている。しかしながら、これらの方法ではプラスマローゲンを製造することはできず、高純度なプラスマローゲンを提供できる方法の開発がなおも求められている。
【0006】
ところで、近年、魚油などの水産油脂の利用に注目が集まっている。水産油脂は、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸などの高度不飽和脂肪酸を多く含むことを共通の成分的特徴としており、この点で植物性油脂や陸上動物油脂と区別される。これら高度不飽和脂肪酸が中性脂肪の低下、血小板凝集抑制効果などの各種生理機能を有することから、水産油脂は健康面での有用性が期待されている。しかし、高度不飽和脂肪酸は生体内では中性脂肪、リン脂質などの形態で存在するため、高度不飽和脂肪酸のより効果的な利用のためにはこれら脂質成分の調製法のさらなる開発が不可欠である。水産油脂については、従来用いてきた家畜油脂よりも感染因子の混入リスクが少ないと考えられるため、安全性の面でも利用が期待されている。
【0007】
【特許文献1】特開平4−71495号公報
【特許文献2】特開平4−71496号公報
【非特許文献1】日比野英彦 著、坂口守彦・平田孝 監修、「海産物由来脂溶性素材の開発,水産資源の先進的有効利用法−ゼロエミッションをめざして−」、(2005)、エヌ・ティー・エス、東京、pp. 133-148
【非特許文献2】J.N. Williams, C.E. Anderson, and A.D. Jasik, J. Lipid Res., (1962) 3, p.378-381
【非特許文献3】K. Waku, H. Ito, T. Bito, and Y. Nakazawa, J. Biochem. (1974) 75, p.1307-1312
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、水産物由来の高純度なプラスマローゲンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、1,3位特異的リパーゼを用いて、プラスマローゲン(アルケニルアシル型リン脂質)を分解することなく、ジアシル型リン脂質を特異的に分解できることを見出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 水産油脂と1,3位特異的リパーゼとを反応させた後、プラスマローゲンを分離することを特徴とする、プラスマローゲンの調製方法。
[2] 水産油脂が魚油である、上記[1]に記載の方法。
[3] 1,3位特異的リパーゼが、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のものである、上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4] プラスマローゲンがコリン型プラスマローゲンである、上記[1]〜[3]に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のプラスマローゲンの調製方法によれば、水産油脂から高純度のプラスマローゲンを容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明では、水産油脂と1,3位特異的リパーゼとを反応させることによりジアシル型リン脂質を特異的に分解し、その反応物からプラスマローゲンを分離することによって、水産油脂由来のプラスマローゲンをより高純度で調製する方法に関する。
【0013】
本発明の方法で用いる水産油脂は、水中に生息する任意の動物(例えば、マグロ、カツオ、サンマ、イワシ等の魚類、鯨やアザラシ等の海獣、イカやタコ等の軟体動物、ヒトデ、クラゲ、ウニなど)由来の油脂であってよい。限定するものではないが、水産油脂としては、例えば、魚油、肝油、海獣油(鯨油など)、イカ油、魚蝋などが挙げられる。本発明の方法で用いる水産油脂は、プラスマローゲンを多く含む組織、例えば心臓(心筋)、脳などに由来する油脂であることがより好ましい。これら水産油脂に含まれるプラスマローゲンは、高度不飽和脂肪酸を比較的高い含量で有する。生体組織からの水産油脂の調製は、常法に従って行えばよいが、例えば試料に数倍量のクロロホルム−メタノール(2:1)混液を加え、振とう混合し、脂質抽出を行うことによって調製できる(藤野安彦著、「脂質分析法入門」学会出版センター、1978年、を参照)。本発明で用いる水産油脂は、例えば水中に生息する任意の動物の臓器又は組織から有機溶剤等を用いて常法により全脂質を抽出して得られた脂質画分であってよい。本発明で用いる水産油脂はまた、そのようにして得た脂質画分からさらに分離したリン脂質画分であってもよいし、それら脂質画分又はリン脂質画分を含有するように調製された任意の被験試料であってもよい。
【0014】
以上のようにして調製した水産油脂は、主要なリン脂質であるジアシル型リン脂質以外に、プラスマローゲン(アルケニルアシル型リン脂質)、アルキルアシル型リン脂質などのリン脂質を含有する。本発明の方法では、水産油脂中のプラスマローゲンを分解させないようにジアシル型リン脂質を特異的に分解することにより、プラスマローゲン画分に混入するジアシル型リン脂質を低減させ、プラスマローゲンの精製度を向上させることができる。
【0015】
ところで、水産油脂中のリン脂質画分の分析結果については、これまでに様々な報告がなされている。例えば、スケトウダラ心臓から調製したコリン型リン脂質画分中には、ジアシル型リン脂質、プラスマローゲン(アルケニルアシル型リン脂質)、アルキルアシル型リン脂質がそれぞれ54.8%、7.2%、38.0%含まれており、一方、エタノールアミン型リン脂質画分中には、ジアシル型リン脂質、プラスマローゲン(アルケニルアシル型リン脂質)、アルキルアシル型リン脂質がそれぞれ64.3%、29.7%、6.0%含まれていた(Kikuchi K. et al., Comp. Biochem. Physiol., (1999) 124B, p.1-6)。また、下記表1のような心臓中のリン脂質含量とリン脂質組成についての分析結果も報告されている(Kikuchi K. et al., Comp. Biochem. Physiol., (1999) 124B, p.1-6)。
【0016】
【表1】

【0017】
このように、水産油脂中に占めるプラスマローゲンの割合は、通常、比較的少ないことが知られている。
【0018】
一方、本発明の方法において用いる1,3位特異的リパーゼは、脂質の1位(sn-1位)及び3位(sn-3位)のエステル結合を特異的に分解することができるリパーゼをいう。例えば、中性脂肪の主要成分であるトリアシルグリセロールには、脂肪酸が結合しているエステル結合が1位、2位、及び3位に存在する。またジアシル型リン脂質には、脂肪酸が結合しているエステル結合が1位及び2位に存在する。従って1,3位特異的リパーゼは、トリアシルグリセロールのグリセロール骨格の1位と3位、及びジアシル型リン脂質のグリセロール骨格の1位のエステル結合に作用し、それらを分解することができる。一方、2位のみに脂肪酸がエステル結合しており1位及び3位にはエステル結合を有しないプラスマローゲンには、1,3位特異的リパーゼは全く作用せず、分解することができない。具体的な1,3位特異的リパーゼとしては、例えば、リゾプス属、ムコール属、アスペルギルス属、ユーロチウム属、クロモバクテリウム属、ペニシリウム属、シュードモナス属などの微生物(真菌又は細菌)由来の1,3位特異的リパーゼが挙げられるが、これらに限定されるものではない。1,3位特異的リパーゼは、リパーゼF、膵リパーゼなどであってもよい。その好適な1,3位特異的リパーゼは、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼ(リパーゼF)であり、例えばリパーゼF-AP15として天野エンザイム社から製造販売されている。
【0019】
水産油脂と1,3位特異的リパーゼとは、個々のリパーゼの至適pH、至適温度などの性状に従って常法により反応させればよい。通常は、水産油脂を含む溶液に1,3位特異的リパーゼを添加し、該リパーゼの活性が認められる条件下でインキュベートすればよい。具体的には後述の実施例を参照することができるが、リゾプス・オリゼ由来のリパーゼを例にとって簡潔に説明すると、水産油脂に有機溶媒(ベンゼン/エタノール(1:1)混液など)を添加して脂質を可溶化し、その脂質溶液にリゾプス・オリゼ由来の1,3位特異的リパーゼを添加し、pH5.0〜8.0(より好ましくはpH7.0)、25℃〜45℃(より好ましくは37℃)の条件下で30分〜2時間(より好ましくは30分間)インキュベートすることにより、水産油脂とその1,3位特異的リパーゼとを反応させることができる。1,3位特異的リパーゼの添加量としては、限定するものではないが、典型的には、油脂100マイクログラム当たり0.25ミリグラム〜1ミリグラムを用いる。この反応により、水産油脂中のジアシル型リン脂質を特異的に分解することができる。この反応においては、当該水産油脂中に含まれるジアシル型リン脂質の50%以上が分解されることが好ましい。この反応により、ジアシル型リン脂質は2-リゾ体(2-アシルリゾリン脂質)と遊離脂肪酸へと分解されるが、プラスマローゲン(特に好ましくは、コリン型プラスマローゲン)は分解されずに残存する(図1)。
ここで、本発明におけるジアシル型リン脂質は、化1の式で表される。
【0020】
【化1】

【0021】
化1の式中、R1CH2及びR2COは脂肪酸残基を示し、Xはコリン、エタノールアミン、セリンなどの含窒素アルコール基を示す。
【0022】
また本発明におけるプラスマローゲン(アルケニルアシル型リン脂質)は、化2の式で表される。
【0023】
【化2】

【0024】
化2の式中、CH=CHR1はビニルエーテル結合した長鎖アルコール残基を示し、R2COは脂肪酸残基を示し、Xはコリン、エタノールアミン、セリンなどの含窒素アルコール基を示す。例えば、コリン型プラスマローゲン(コリンプラスマローゲンとも呼ぶ)は、Xが-CH2CH2N+(CH3)3となる化2の式で表される。
【0025】
上記の通り、ジアシル型リン脂質は1位と2位に脂肪酸がエステル結合しているのに対し、全てのプラスマローゲンでは1位に長鎖アルコールがビニルエーテル結合し、2位に脂肪酸がエステル結合している。本発明の方法では、ジアシル型リン脂質は1,3位特異的リパーゼによってエステル結合が分解されリゾ体となるが、プラスマローゲンは1,3位特異的リパーゼによっては分解されない。ジアシル型リン脂質とプラスマローゲンとは構造や性状が非常に類似しているために別々の画分に分離することは困難であるが、1,3位特異的リパーゼによってジアシル型リン脂質が分解されたリゾ体は、プラスマローゲンと容易に分離することができる。
【0026】
上記のようにして水産油脂と1,3位特異的リパーゼとを反応させた後、必要があればリパーゼを失活させて反応を停止させてから、そのリパーゼ反応物よりプラスマローゲンの分離を行う。リパーゼ反応物からのプラスマローゲンの分離とは、そのリパーゼ反応物に含まれる他の脂質成分の少なくとも一部からプラスマローゲン画分を分離することを意味する。プラスマローゲンの分離は、脂質を分画又は分離できる通常の技法に従って行えばよく、例えば、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィーなどによって、ジアシル型リン脂質由来のリゾリン脂質と遊離脂肪酸をプラスマローゲンから取り除くことができる。こうして分離されたプラスマローゲン画分には、プラスマローゲンが高含量で含まれている。このプラスマローゲン画分には、プラスマローゲン以外の成分(アルキルアシル型リン脂質やジアシル型リン脂質など)が残存していてもよいが、材料とした水産油脂のリン脂質組成と比較してプラスマローゲンの純度(含有率)がより高いことが好ましい。このプラスマローゲン画分は、常法によりクロマトグラフィーカラムから溶出するなどして採取した後、さらに精製してもよい。この方法においてプラスマローゲン画分中に濃縮されるプラスマローゲンは、コリン型プラスマローゲン、エタノールアミン型プラスマローゲン、セリン型プラスマローゲンなどであってよいが、より好ましくはコリン型プラスマローゲンである。
【0027】
水産油脂からこのようにして調製されるプラスマローゲン(画分)は、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などの高度不飽和脂肪酸を、好ましくはグリセロール骨格の2位に、高含量で含みうる。従って本発明の方法で得られる水産油脂由来のプラスマローゲン(画分)は、種々の有利な生理活性が知られている高度不飽和脂肪酸の供給源としても有用である。水産油脂由来のプラスマローゲンが高度不飽和脂肪酸を多く含むことは、Kikuchi K. et al., "Fatty acid composition of choline and ethanolamine glycerophospholipid subclasses in heart tissue of mammals and migratory and demersal fish." Comp. Biochem. Physiol. (1999) 124B, p.1-6にも報告されている。この文献では、心筋プラスマローゲンの主要脂肪酸組成(mol%)が示されている。例えばウシ(対照)、マグロ、カツオ由来の心筋コリン型プラスマローゲンは、それぞれ、脂肪酸18:2(n-6)を52.5、1.2、0.4(mol%)、20:4(n-6)を16.2、9.7、6.7(mol%)、20:5(n-3)を1.0、4.1、5.0(mol%)、22:6(n-3)を3.8、45.0、52.9(mol%)、24:1を(未検出)、17.0、14.9(mol%)含むと報告されている。一方、ウシ(対照)、マグロ、カツオ由来の心筋エタノールアミン型プラスマローゲンは、それぞれ、脂肪酸18:2(n-6)を40.8、0.8、0.2(mol%)、20:4(n-6)を37.7、13.6、8.4(mol%)、20:5(n-3)を0.6、2.8、7.3(mol%)、22:6(n-3)を(未検出)、65.3、66.4(mol%)、24:1を(未検出)、5.5、5.0(mol%)含むと報告されている。
【0028】
一方、水産油脂由来のプラスマローゲンの機能の一部として、アルツハイマー型認知症の予防効果があることも知られている(特開2004-26803号公報)。水産油脂由来のプラスマローゲンは、従来の牛脳由来のもののように感染因子の混入のリスクが少なく、その点で安全性が高く有用である。
【0029】
以上記載のような本発明のプラスマローゲンの調製方法を用いれば、水産資源からプラスマローゲンを高純度で調製することができる。具体的な適用例としては、まず、水中に生息する様々な動物の臓器又は組織、例えば水産廃棄物である魚類の心臓や頭部などから、有機溶剤等を用いて全脂質を抽出する。その水産廃棄物としては、限定するものではないが、工業的には、大型魚類であるカツオ・マグロ類、未利用魚の心臓や頭部等が好適に用いられる。次いで、抽出した脂質画分を、ケイ酸カラムクロマトグラフィー法などの従来の任意の脂質分画法により、リン脂質画分(プラスマローゲンが含まれる)と中性脂質画分等に分離することができる。このリン脂質画分は、例えば含窒素アルコール基に基づく分離操作などにより、コリン型、エタノールアミン型などの各種リン脂質画分へとさらに分離してもよい。そのようにして得られる各種リン脂質画分には、通常、ジアシル型リン脂質とプラスマローゲンが混在する。例えば、コリン型リン脂質画分には、(ジアシル型)ホスファチジルコリン、及びコリン型プラスマローゲンが含まれる。またエタノールアミン型リン脂質画分には、(ジアシル型)ホスファチジルエタノールアミン、及びエタノールアミン型プラスマローゲンが含まれる。そこで、以上のように調製した脂質画分又は各リン脂質画分に、本発明の方法に従って1,3位特異的リパーゼを作用させることにより、それらの画分に含まれるジアシル型リン脂質を該リパーゼで分解し、一方でプラスマローゲンを残存させることができる。この反応後の溶液からは、例えばケイ酸カラムクロマトグラフィー法等の脂質分画法を用いることにより、プラスマローゲンを容易に分離精製することができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0031】
本実施例では、1,3位特異的リパーゼである真菌リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼF-AP15(一般名:リパーゼF;天野エンザイム社製)を使用した。さらに、ジアシル型リン脂質として卵黄ホスファチジルコリン(PC)(和光純薬社製)を、プラスマローゲンとして1-O-1'-(Z)-オクタデセニル-2-オレオニル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(合成コリン型プラスマローゲン;Avanti Polar Lipids, Inc.)を用いた。
【0032】
まず、ガラス製小試験管に、100マイクログラム相当のPC又は1-O-1'-(Z)-オクタデセニル-2-オレオニル-sn-グリセロ-3-ホスホコリンのクロロホルム溶液を採取し、それを蒸発乾固後、その残渣にベンゼン/エタノール(1:1)混液 10マイクロリットルを添加し、脂質を可溶化した。このようにして調製した脂質溶液に、50mM Tris-HCl (pH7.0)、2.7mM デオキシコール酸ナトリウム、5mM CaCl2からなる反応混合液 88マイクロリットルを加えた。最後に、リパーゼF-AP15溶液を添加し、反応溶液の全量を130マイクロリットルに調整した後、37℃で30分間反応を行った。添加したリパーゼF-AP15の量は250マイクログラム、500マイクログラム、750マイクログラム、1000マイクログラムであった。
【0033】
反応後、クロロホルム/メタノール(2:1)混液 650マイクロリットルを各試験管に加え、ボルテックスで撹拌することにより、リパーゼ反応を停止させた。試験管の静置後、下層のクロロホルム層をパスツールピペットで採取し、それをエバポレーターで濃縮し、そこから脂質を回収した。濃縮した脂質にクロロホルム/メタノール(3:10)混液 13マイクロリットルを加えて溶解後、その10マイクロリットルを、吸着剤としてシリカゲルを塗布した薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートに着点させた。TLCプレートの展開には、クロロホルム/メタノール/酢酸/水(55:17:3:2)混液とn-ヘキサン/ジエチルエーテル/酢酸(80:20:1)混液の溶媒系を用いた。展開後、プレートに50%硫酸溶液を噴霧し、それをホットプレート上で5分間加熱して、出現する脂質スポットを記録した。その結果を図2に示す。また同様に用意したTLCプレートについて、n-ヘキサン/ジエチルエーテル/酢酸(80:20:1)混液の溶媒系を用いて、別途展開を行った。その結果を図3に示す。
【0034】
図2に示すように、リパーゼF-AP15との反応により、ホスファチジルコリン(PC)はリゾホスファチジルコリン(リゾPC)へと加水分解された。このリゾホスファチジルコリンについては、ホスファチジルコリンやプラスマローゲンのスポットと移動度において明確に区別できた。またリゾホスファチジルコリンの生成量はリパーゼF-AP15の添加量の増加に伴って増加した。さらに、リパーゼF-AP15との反応により、ホスファチジルコリン(PC)は加水分解され、遊離脂肪酸も生成することが示された(図3)。
【0035】
これに対し、ホスファチジルコリンとは異なり、1-O-1'-(Z)-オクタデセニル-2-オレオニル-sn-グリセロ-3-ホスホコリンは、リパーゼF-AP15によって加水分解を受けなかった。図2及び3に示される通り、TLCプレート上には、1-O-1'-(Z)-オクタデセニル-2-オレオニル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(コリン型プラスマローゲン)の分解産物であるリゾプラスマローゲンや、遊離脂肪酸のスポットは全く出現しなかった。すなわちこのコリン型プラスマローゲンは、リパーゼF-AP15によって全く分解されなかった。
【0036】
以上の結果から、1,3位特異的リパーゼを用いれば、プラスマローゲンをインタクトな形態で維持しながら、ジアシル型リン脂質を分解できること、そして、ジアシル型リン脂質が分解されて生成されるリゾ体はプラスマローゲンと明確に分離され得ることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明のプラスマローゲンの調製方法は、プラスマローゲンを高純度で取得するために使用されうる。本発明の方法では、特に、水産油脂に特徴的であり様々な生理機能を有する高度不飽和脂肪酸(EPAやDHAなど)を含有するプラスマローゲンを調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、本発明におけるプラスマローゲン分離技術において利用するリパーゼの反応を示す図である。
【図2】図2は、リパーゼF-AP15を用いたホスファチジルコリン(PC)とコリン型プラスマローゲンの分解反応に伴うリゾ体リン脂質の生成を示す薄層クロマトグラフィーの結果を表す写真である。
【図3】図3は、リパーゼF-AP15によるホスファチジルコリン(PC)とコリン型プラスマローゲンの分解反応に伴う遊離脂肪酸の生成を示す薄層クロマトグラフィーの結果を表す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産油脂と1,3位特異的リパーゼとを反応させた後、プラスマローゲンを分離することを特徴とする、プラスマローゲンの調製方法。
【請求項2】
水産油脂が魚油である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
1,3位特異的リパーゼが、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のものである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
プラスマローゲンがコリン型プラスマローゲンである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−125365(P2008−125365A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−310364(P2006−310364)
【出願日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1. 刊行物名:「南九州発 新技術説明会」リーフレット 発行者:独立行政法人 科学技術振興機構 発行日:平成18年10月31日 2. 電気通信回線での発表 掲載サイト:独立行政法人科学技術振興機構ホームページ内 掲載アドレス:http://jstshingi.jp/m9/program.html http://jstshingi.jp/abst/m9/program1121.html https://g109.secure.ne.jp/▲〜▼g109281/cgi−bin/m9/mail_m9/form.cgi http://jstshingi.jp/k/m9/program21.html http://jstshingi.jp/k/m9/p211.html https://g109.secure.ne.jp/▲〜▼g109281/cgi−bin/m9/mail_m9/m_form.cgi 掲載番号:211 電気通信回線掲載日:2006年10月19日
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】