説明

高電導構造を有する金属材

【課題】量産性に優れ、電子部品あるいは機器の性能を最大限に発揮させる属性を持つ結晶構造を有する高電導構造の銀材を提供する。
【解決手段】銀素材に対する最終の塑性加工を経た後に、真空、不活性ガス、及び還元ガスの少なくともいずれかの雰囲気で行われた熱処理により、高電導構造を有する再結晶組織が形成されている。再結晶組織は単結晶化しており、その結晶粒の大きさは、導電率106[%]以下の4N銀材よりも粗大化し、且つ、4N銀材に比べて単位体積あたりの結晶粒界密度が少い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力送電ケーブル、オーディオ機器・電子機器間あるいはその構成部品間の配線材、ボンディングワイヤ等に用いられる高電導構造を有する銀材に関する。
【背景技術】
【0002】
音響機器や映像機器を構成する電子部品を接続するための配線材として、無酸素銅(OFC)、銀入り無酸素銅、ジルコニウム入り無酸素銅等がある。これらの配線材は、通常の銅線等よりも、電導効率が相対的に高いことは知られているが、微細な結晶構造を有するため、電子が伝導する方向に存在する結晶粒界の数や方位性、硫化物や金属間化合物等の不純物が、電導効率に悪影響を及ぼすことが知られているこれは、結晶粒界及びそこに集積した不純物が原因となって電気抵抗を上昇させたり、微小容量を持つコンデンサとして働き、静電容量を持ち込むためと考えられている。このことは電気抵抗を少なからず上昇させ、静電容量は静電気の形で配線材に蓄積されて、電子部品の動作に少なからぬ悪影響を与える。
【0003】
この点を改良するため、特許文献1に開示された技術では、OFCの結晶粒を熱処理により粗大化させた後、伸線を行なって結晶粒を長手方向に配向させている。しかし、この技術は、結晶粒を巨大化させることで結晶粒界の数を減らすものであるが、伸線という塑性加工による金属材の製造過程で、せっかく形成した結晶粒を外部応力にて破壊し、結晶構造を乱して、原子空孔や転位等の格子欠陥を生じさせてしまう。これが不純物と同様に電気抵抗の上昇や静電容量形成などの原因となる働きをしてしまうという課題が残る。
そもそも、一般に圧延などの加工によって変形した金属は加工歪みを起こし、結晶中に格子の歪みや欠陥等が発生する。この課題を解消しようとするのが、金属材の製造過程の改良に着目した特許文献2に開示された技術である。
【0004】
特許文献2は、OFCの単結晶組織又は長手方向の一方向凝固組織を有する線棒状鋳塊又はこれに僅かの伸線等による塑性加工を加えて信号伝送用銅線とし、その導電率は、IACS(International Anneld Cupper Standard)100[%]以上又は引張強さが20[kg/mm2]以下とすることにより、製造された金属材が極めて優れた信号伝送特性を有する点を開示している。
【0005】
この技術は、従来、加工の際に生じていた、上述の格子欠陥が信号伝送特性を低下させる原因となっていたために、この点を改善したものである。銅線の導電率をIACS100[%]以上又は引張強さを20[kg/mm2]以下とするのは、OFC銅線をそのまま導体として用いる場合の信号伝送特性は導電率の値がIACS100[%]、引張強さの値が20[kg/mm2]を境にして著しく変化するためである。一方向凝固組織は、電子の移動を防げる粒界が少なく、鋳造時には酸素,水素ガスその他の不純物が凝固界面から溶湯中へ排出され、それによる欠陥が発生し難いためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60−003808号公報
【特許文献2】特開昭63−174217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
多結晶構造の金属材は、ミクロ的に見れば、多数の結晶粒界の存在故に、電導の際のロスは避けられない。特許文献2の技術は、上述した信号伝送用銅線を用いることにより信号伝送特性を向上させる。この結晶粒界の問題を解決する手段として、特許文献2の技術では単結晶組織又は長手方向の一方向凝固組織を有する線棒状鋳塊又はこれに僅かの伸線等による塑性加工を加えて信号伝送用銅線を用いているが、単結晶組織および一方凝固組織を有する棒状鋳塊を得るには、加熱鋳型連続鋳造法やチョコラルスキー法などによる非常に煩雑な金属凝固制御管理工程と多大な時間(引例では200mm/min)を必要とすため、膨大なコストを費やし、所定時間内の大量生産が非常に困難であるという欠点がある。このため、材料が高価でかつ少量しか得ることができないという致命的な問題があり、産業上の利用を妨げていた。また、この方法によると太径の線材の形成は更に時間がかかり、板状材、帯状材の製造は極めて困難とならざるを得ない
さらにミクロ的に見れば、伝達する電子の量及びその速さ、並びに静電気の存在により電子機器等の性能が変わる点が考慮されていない。そのため、電子を伝送させる媒体という金属材本来の機能を果たすためには、まだまだ充分でない。
【0008】
すなわち、性能の良い電子機器ないし電子部品を用意しても、その電子部品間、電子機器間、あるいはこれらとアース部位とを繋ぐ配線材が高電導(特許文献2に開示された数値を遙かに超えた電導効率)でなかったために抵抗分や静電気等に起因する雑音成分により信号の減衰ないし信号の歪みが生じ、各電子部品等が有する本来の性能を最大限に発揮することはできなかった。例えばオーディオ機器では十分な音質が得られず、ディスプレイでは十分な表示能力が得られず、電力送電ケーブルでは不要な電磁波が生じたり、伝送可能な距離が制限されたりした。
【0009】
電導効率だけを考慮するならば、出発素材を銅に代えて、金属の中で最も電導効率の高い銀、特に高純度といわれる「4N銀」を用いることが考えられる。しかし、「4N銀」といえども、線材を得る際の引抜加工により、組織内に歪や転移が生じているのに加え、結晶粒が微細なため、上記の問題が発生するとともに、僅かに酸化物や硫化物等の不純物が混入されており、これが錆や静電気蓄積の原因となっていた。また、発明者らは引例2に倣って「4N銀」の線材を加熱鋳型連続鋳造法により製造することを試行したが、1分間で1[cm]程度の長さしか確保できないので、素材自体が高価であるばかりでなく、量産もできないことから、これを電力送電ケーブル、配線材、ボンディングワイヤ等として用いるには、あまりにも高額なものとなってしまう。まして、板材や帯状材ではなおさらであるため、リードフレームや回路基盤用金属箔などの製造は困難である。
【0010】
本発明は、量産性に優れ、かつ、電子部品あるいは電子機器の性能を最大限に発揮させる結晶構造を有する金属材、特に銀材を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の銀材は、銀素材に対する最終の塑性加工を経た後に、真空、不活性ガス、及び還元ガスの少なくともいずれかの雰囲気で行われた熱処理により、高電導構造を有する再結晶組織が形成されていることを特徴とする。
【0012】
前記銀素材の再結晶組織は、より具体的には、単結晶化した組織である。単結晶化とは、多結晶構造の結晶粒が肥大化していることをいう。例えば再結晶組織は、その結晶粒の大きさが下記式で導出される導電率106[%]以下の4N銀材よりも粗大化しており、且つ、前記4N銀材に比べて単位体積あたりの結晶粒界密度が少い。
導電率γ=X ×100/[(R・m/I・G)+Y(20-t)]
【0013】
但し、R=電気抵抗[Ω]、m=測定長の資料の質量[g]、I=測定長[m]、t=測定温度(摂氏)、G=資料の密度[g/cm](=10.5)、X=導電率100%の材料で長さ1m、断面積1mmのものの20度(摂氏)での抵抗値、Y=長さ1m、断面積1mmの試料の温度が20度(摂氏)付近で1度(摂氏)変化した場合、その抵抗が変化する量αを試料の20度(摂氏)付近での低質量温度係数。
【0014】
前記銀材は、以下の属性を有するものである。
(1)導電率γが106[%]を越える。
(2)以下の条件の金属材料引張試験により得られる伸び率が5[%]を越える。
JISZ2201(1998)JIS9号引張試験片で、JISZ2241(1998)金属材料引張試験方法を使用し、試験室温度22[℃]、サンプルの平均線径1.54[mm]、標点距離50[mm]、サンプルの両端部を固定して初期荷重2[N]、1.0[mm]変位の平均荷重199[N]で最大荷重が平均353[N]、試験速度5[mm/min]で実施。
(3)以下の条件の三点曲げ圧縮試験による最大荷重が30[N]未満となる。
ジブスパン20[mm]、押し金具内側半径R2、初期荷重0.1[N]で実施。
【0015】
このような銀材は、例えば、多結晶構造を有する銀製の素材を常温で所定の形状及びサイズに成形する成形工程と、成形された素材の全体を、当該素材の再結晶温度を超え、かつ、当該素材の融点未満の温度を維持しながら、真空又は不活性ガスの雰囲気でほぼ均等に加熱する加熱工程と、加熱された素材を、前記温度を維持した時間以上の時間をかけて真空又は不活性ガスの雰囲気で焼鈍する焼鈍工程とを有し、これにより、前記素材の結晶構造を、伝導する電子の伝導速度が加熱前よりも速まる高電導構造に変形させることにより、製造することができる。
【0016】
つまり、加熱・焼鈍の工程を経て製造される素材の結晶構造は、塑性加工の最終工程を経て完成したときに全体が均質であることが高電導構造にする上で重要なのである。加熱後、あるいは、焼鈍後の加工はどこかで歪みが生じ、高電導構造にすることはできない。このことを、素材が本来的に有する物性に基づいて説明する。
【0017】
銀製の素材が電気を良く通すのは、結晶中を自由に動く電子が存在するためである。電子は、欠陥もなく周期性を呈する結晶中を伝導するときは、熱振動の影響を除けば、どの方向でも抵抗を受けない(高電導状態)。しかし、素材の製造過程では、延展、延伸等の加工が施されるのが一般的である。本発明の製造方法においても、常温で素材を所定の形状及びサイズに成形する。その際、結晶の中に多くの加工歪み(格子欠陥)が発生する。この現象は避けることができない。これらの加工歪みが複雑に絡み合うと、電子のスムーズな動きの障害になる。
【0018】
しかしながら、この加工歪みのある素材を、再結晶温度を超える温度で加熱して熱エネルギーを一定量以上与えると、素材は、この熱エネルギーを利用して加工歪みを解消しようとする。つまり、新しい結晶粒が元の結晶粒から成長して全体を覆い、再び周期性を呈するようになる。このようにして周期性を回復した状態で、その後は何らの加工を施さないようにし、時間をかけて焼鈍することにより、素材の結晶構造は、周期性を持ち、かつ、十分な可撓性、曲げ強度、耐腐食性、耐摩耗性を得た状態で確定する。この状態が、まさに、素材の結晶構造が高電導構造に変形した状態なのである。
【0019】
加熱工程をより安定に行う観点からは、加熱工程は、前記真空又は不活性ガスの雰囲気に、さらに水素ガス又は水素含有ガスから成る還元ガスを混入することにより前記素材を加熱する。これにより、加熱工程における出発素材の化学反応を防止することができる。より好ましくは、前記還元ガスと前記不活性ガスの少なくとも一方の引き抜きと、これらのガスの供給とを繰り返す。
【発明の効果】
【0020】
本発明の銀材は、長手方向ではその結晶粒がほぼ等向性を呈し、横断面ではその中央部と周縁部とで密度がほぼ均等となる高電導構造を有するため、導電率が格段に高く、単位時間当たりの電導効率が良くなる。
そのため、配線に利用することにより、電子機器や電子部品の性能を最大限に発揮させることができる。ロスも著しく低減するので、エネルギーの変換効率、伝達効率の向上も期待される。
また、本発明の銀材は、金属材料引張試験により得られる伸び率は5[%]を越え、三点曲げ圧縮試験により得られる最大荷重は30[N]未満であり、十分な可撓性と曲げ強度が得られるため、電子部品又は電子機器の配線がきわめて容易となり、配線後の動作の信頼度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の製造方法の実施に適した真空炉及びその制御機構の構成図。
【図2】本発明の製造方法の工程説明図。
【図3】本実施形態による制御動作の概要説明図。
【図4】本発明の製造方法で製造した銀線を試料として、その加熱条件を変化させたときの性能の測定結果例を示した図表。
【図5A】サンプルAの縦断面の結晶構造を示す顕微鏡写真
【図5B】サンプルAの横断面の結晶構造を示す顕微鏡写真
【図6A】サンプルBの縦断面の結晶構造を示す顕微鏡写真
【図6B】サンプルBの横断面の結晶構造を示す顕微鏡写真
【図7A】サンプルCの縦断面の結晶構造を示す顕微鏡写真
【図7B】サンプルCの横断面の結晶構造を示す顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の最良の実施の形態例を説明する。
この実施形態では、高電導線材として銀(銀材)を製造する場合の例を挙げる。銀は、多結晶のFCC構造を取り、普及レベルでは、電子の伝導率が最も高い金属材である。柔らかくて扱いやすく、酸化もしにくい。固有電子の数も、鉄やアルミニウム等よりも多く、電子の伝導速度も銅より速く、延展性にも優れる。これがこの実施形態で銀材を用いる大きな理由である。銀の純度は「4N」程度が好ましいが、これから説明する製造方法によれば、特殊な加熱工程により不純物が除去されるので、実際には、「4N」以下の純度であっても構わない。
【0023】
まず、この実施形態で用いる炉及びその制御機構について説明する。
化学反応を起こさない状態及び還元作用を奏する状態で加熱するため、本実施形態では、図1に示す構成の真空炉を用いる。この真空炉は、容器101内の電気炉103の側壁に発熱体105が設けられており、発熱体105で囲まれた加熱空間に、図示しない開閉扉を通じて、出発素材を収容できる構造を持つ。出発素材は、図示の例では、高温に耐え得る石英管201に巻かれた銀線203である。
【0024】
加熱空間には、空間外部と繋がる管路を介して、ガス供給弁107とガス抜き弁109とが取り付けられている。ガス供給弁107からは、弁駆動機構131を通じてガス供給装置133から不活性ガス及び水素含有ガスが混入する。ガス抜き弁109には、図示しないガス吸引機構が接続されており、このガス吸引機構により、弁駆動機構131を通じて加熱空間のガスや水分が吸引されるようになっている。ガス等をすべて吸引した状態が真空状態となる。
【0025】
加熱空間の現在の気圧は圧力計123で計測され、加熱空間の現在温度は、温度計125で計測される。圧力計123及び温度計125の計測結果は制御装置121に出力され、ここで加熱空間の状態が監視される。制御装置121は、メモリとプロセッサとを有する一種のコンピュータであり、プロセッサが、予め用意されたコンピュータプログラムに従い、メモリに格納された種々の設定条件及びパラメータと圧力計123及び温度計125より入力された計測データとに基づいて高電導金属材製造のための制御動作を実行する。この制御動作は、具体的には、圧力計123及び温度計125の計測結果に基づいて行われる発熱体105のON/OFF切替等である。制御装置121は、弁駆動機構131における弁開閉の制御も行う。つまり、設定条件に従うタイミングで、ガス供給弁107を開いて加熱空間内にガスを供給したり、それを止めたり、あるいは、ガス抜き弁109を開いてガス抜きや水抜きをしたり、あるいはそれを止めたりする。
【0026】
この真空炉及び制御機構を用いた高電導線の製造方法は、図2に示す各工程により実施される。以下、各工程の内容を具体的に説明する。
【0027】
[準備工程S1]
必要な量の銀線203を得るために十分な大きさの銀塊を準備するとともに、成形しようとする形状、サイズ、加熱条件(加熱時間、気圧、温度、使用するガスの種類、ガスの混入量等)、焼鈍条件(時間、ガス抜きタイミング等)、仕上条件(取り出しタイミング等)を定める。加熱条件、焼鈍条件、仕上条件については、銀線203の太さ及び長さにより異なるため、これらを制御装置121のメモリに予め設定する。
【0028】
[成形工程S2]
銀塊を常温加工して銀線203に成形し、これを出発素材とする。銀線203への成形は、例えばダイヤダイスによる引き抜き加工、つまり穴のあいたダイスに銀塊を通し、決められた寸法に引き落とす加工により行う。但し、加工手法はこれに限らず、任意であって良く、例えば伸線加工その他の態様であって良い。この時点では、加工による結晶の歪みや不純物の混入等は考慮しなくても良い。しかも常温加工で足りるので、必要な量を比較的短時間で得ることができる。例えば10m以上の銀線203を数分で得ることができる。その後、この銀線203を石英管201に巻き上げ、加熱の準備を整える。
【0029】
[加熱工程S3]
石英管201に巻き上げられた銀線203を真空炉の加熱空間にセットし、制御装置121で加熱・焼鈍のための制御を開始する。
制御装置121による制御動作の概要を図3に示す。図3を参照すると、制御装置121は、開始時点t1から加熱空間の温度が、常温から最初に所定温度TH0に達する時点t2に至るまで、徐々に発熱体105の発熱温度を上げる。この温度TH0は、銀線203の再結晶温度(摂氏300度前後)を超え、かつ、当該銀線203の融点(摂氏961度)未満の温度である。時点t1,t2間の時間は、後述の真空焼鈍に要する時間程度とする。このように徐々に加熱することにより、銀線203全体の温度がほぼ均一に上昇する。時点t2に達すると、制御装置121は、温度TH0を維持しながら、加熱空間内の銀線203の全体をほぼ均等に加熱する。
【0030】
その際、制御装置121は、加熱空間内に、不活性ガス、還元ガス、又はこれらを混合したガスを供給し、銀線203の結晶内の不純物、特に結晶粒界に残存する不純物を除去するとともに、結晶粒成長を安定化させる。不活性ガスは、例えばヘリウムガス、アルゴンガスである。還元ガスは、例えば、水素又は水素含有ガスである。供給されたこれらのガスが混入することにより加熱空間の気圧及び温度が高まるので、還元作用で生じた水分の引き抜きと、これらのガスの供給(加熱空間内での循環を含む)とを繰り返すための制御を行い、加熱空間内の温度及び気圧をほぼ一定に保つ。これは、圧力計123及び温度計125の計測結果を基に行う。
【0031】
[焼鈍工程S4]
加熱時間の終期t3に達すると、制御装置121は、ガス抜き及び水分抜きのための制御を行って加熱空間を真空状態にするとともに、発熱体105による発熱量を調整して、加熱空間内の温度を常温に達する時点t4に至るまで、徐々に低下させる。t3〜t4間の時間は、t2〜t3間の時間のほぼ2倍の時間である。
【0032】
[仕上工程S5]
時点t4に達すると、銀線203の結晶構造がほぼ完全に安定するので、真空炉から石英管201を取り出し、銀線203を外してそのまま製品とする。従前のように再度の加工によりその結晶構造に変化が加えられることがない。これにより、何らの欠陥もなく、周期性を有する結晶構造が確定する。この結晶構造のもとでは、空気との接触面に錆が生じた場合であっても、その錆がその外表面から容易に分離する。従って、加熱前よりも電子の伝導速度が速まり、さらに、十分な可撓性、曲げ強度、耐腐食性、耐摩耗性が得られるものとなる。なお、上記の錆は、消しゴムのような柔らかいもので簡単に除去することができる。
【0033】
[性能測定1]
上記の製造方法で製造した銀線203を試料とし、その加熱条件を変化させたときの性能の測定結果例を図4に示す。測定は、JIS−H0505(非鉄金属材料の体積抵抗率及び導電率測定方法)の試験に準じて行った。試料の長さは1[m]、試料断面積は、加工時の太さが部分的に多少異なるため、試料密度を10.5として、重量法により、1[m]での平均断面積として算定した。抵抗測定方法は、ダブルブリッジ法を用い、抵抗測定電流が1[A]、試験温度が摂氏23度(23[゜C])、湿度が50[%]の環境で行った。
【0034】
図4において、資料記号「Ag500−1H」の「500」は、上記の加熱工程において、t2−t3の時間だけほぼ一定に維持する温度TH0を摂氏500度、「−1H」は、t2−t3の時間を1時間としたことを表す。「−2H」は、t2−t3の時間を2時間としたものである。他の温度についても同様の説明が成り立つ。
【0035】
再結晶は温度と時間との関数である。再結晶のための熱エネルギーは一定量以上である必要がある。摂氏500度は再結晶温度であるが、図4から判るように、1時間程度では、その体積抵抗率は、1.630×10−6[Ω・cm]前後であり、「4N銀」から成る線材との比較では、さほど改善は見られなかったが、同じ1時間であっても、摂氏650度を超えた辺りから大きな改善が見られた。
【0036】
すなわち、断面積1.98[mm2]換算で、1.62×10−6[Ω・cm]未満であった。因みに、同じ平均断面積のアルミニウム(Al)の体積抵抗率は2.655×10−6[Ω・cm]、金(Au)の体積抵抗率は2.19×10−6[Ω・cm]、純銅(Cu)の体積抵抗率は1.673×10−6[Ω・cm]である。電子の伝導速度は、銀が銅よりも1.5倍ほど早いことは上述した通りであるから、本発明の製造方法により得られた銀線203の電導効率は、断面積1.98[mm2]換算では、現在のところ、どの金属材よりも優れていることになる。電導効率が優れているということは、同じ抵抗値であれば細くて済み、それだけ電界の影響も受けにくいので、ノイズや振動の影響を受けにくい分だけ有利となること、空気との接触面積も小さく、錆も生じにくいことを意味する。
【0037】
[性能測定2]
本発明の製造方法により製造された銀線203をオーディオ線として使用したところ、周波数帯域幅が広く、しかもダイナミックレンジも大きくなり、従来品に比べて音質が格段に向上した。具体的には、ある音響機器のスピーカーケーブル(市販のLCOFC. PCOCC)のみを銀線203に交換して、50名の被験者による音質確認試験を行ったところ、被験者全員から以下の報告を受けた。
・音のバランス、低音から高音まで特に目立った共振が無い。
・低音は音量が大きくなるが分離も良くなる。音がこもらない。
・高音は耳障りな音が無くなるにもかかわらず、透明感、分解能が向上する。
・立ち上がり、立下りが早くなり、立体感、距離感、空間が表現される。
【0038】
銀線203をテレビ受信機の電源回路のアースラインに追加配線することにより、画質の著しい改善が見られた。具体的には、色のバランス、人の顔色の変化、カメラの違いが明らかに改善した。また、細部にわたって滲みの少ない高精細な画像で奥行き感も良く出るため、画像が立体的に見えた。画面のちらつきも減少し、処理信号も早くなった。全体に色の諧調が良くなり、作られた色ではなく自然な色の表現が良くなった。なお、同じ直径の銅線(従来品)で実験をしたが、殆ど変化は無かった。これも、上記50名の被験者による客観的な報告である。
【0039】
銀線203を既存の太陽電池モジュールの配線材として用いることにより、変換効率が格段に向上した。具体的には、市販の15[w]発電モジュールを直射日光に当て、通常の銅線による配線材が5[m]で10[w]消費になるように、ホーローの巻き線抵抗器で測定しながら調整した。直流電圧計でモジュール出力電圧を測定したところ、10.8[v]であった。
その後、その状態のまま、配線材を上記の銀線203に交換して電圧を測定した。結果は、12.8[v]となった。つまり、変換効率が約2割ほど向上した。
【0040】
[公的機関における試験]
本発明の高電導銀材は、通常の銀材とは異なる属性になっていることが予想されたため、公的機関において、3種類のサンプル(試料)の組織試験、像の観察、導電率及び荷重試験(引張・圧縮試験)を実施した。3種類のサンプルは、以下の条件で製造したものである。
○サンプルA(比較対象):冷間加工により成形した純銀線材そのもの。本発明の製造方法によらない従前品そのもの。
○サンプルB(実施例1):冷間加工により成形した純銀線材(サンプルAと同じ条件で加工)を750度(摂氏)で2時間、不活性ガス雰囲気で加熱処理した後、2時間冷却したもの。
○サンプルC(実施例2):冷間加工により成形した純銀線材(サンプルAと同じ条件で加工)を目視しながら溶融する寸前の温度、例えば900度(摂氏)で6時間、不活性ガス雰囲気で加熱処理した後、6時間冷却したもの。
【0041】
I 組織・像の観察
(1)試験方法
サンプルを樹脂に埋め込み、線材長手方向と並行の縦断面と、線材長手方向と直交する横断面の試料を作製した。各試料を研磨し、電界エッチングを行い、光学式顕微鏡による写真撮影を行った。研磨は約0.25[μm]のダイヤモンドペーストまで行った。エッチング液はクエン酸水溶液100[ml]に数滴の硝酸を加えたものを用い、電圧5[v]で電界エッチングを行った。写真倍率は縦断面が50倍、横断面が100倍である。
(2)試験機関:地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター
(3)試験結果:図5〜図7の通り。
【0042】
○サンプルA:図5Aは、サンプルAの縦断面の顕微鏡写真、図5Bは同じく横断面の顕微鏡写真である。これらの写真を参照すると、引き抜き加工により、組織が長手方向に配向されていることが確認されるが、多くの歪と欠陥が観察される。線材長手方向に結晶粒が配向されており、また、横断面は、中央部と周縁部とでは密度が異なっている。
<わかること>
・引き抜き加工による歪、欠陥により、可塑性が著しく低下し、加工硬化が生じていることが推察される。伸び、曲げ特性は、加工前より大幅に劣化している。
・結晶が破壊されているため、原子の周期性が壊れ、かつ欠陥が生じているため、電子の流れを阻害する構造になっている。
・歪や欠陥により、金属表面に電位差が生じ、局部電池が形成されて腐食が促進されやすくなっている。
・引っ張り、曲げなどの外部応力を加えた場合、歪による内部応力蓄積部、欠陥部に応力集中が起こりやすい構造、つまり、破壊強度、引張強度、割れ強度などが低い構造になっている。
【0043】
○サンプルB:図6Aは、サンプルBの縦断面の顕微鏡写真、図6Bは同じく横断面の顕微鏡写真である。これらの写真から、歪や欠陥が解消され、全体的に均質かつ稠密な組織となっていることが観察される。結晶粒(規則性を持った構造・銀の場合は面心立法晶)がサンプルAよりも大きくなり、線材長手方向に配向しているのが観察される。横断面では、中央部と周縁部とでは密度がほぼ均等になっている。
<わかること>
・高電導構造を有する再結晶組織が形成されている。
・歪や欠陥が解消されていることから可塑性(延性、展性)が高まっている。
・組織では明確に確認できないが、破壊された結晶の原子が回復、再結晶によって再び秩序を持った結晶粒になっているものと推察され、かつ歪や欠陥も解消され、緻密性、周期性を持った均質な組織となり、更に長方向に配向されていることから電子が流れやすい構造になっている。
・均質な組織となっていることから、金属表面に電位差が生じにくくなり、局部電池が抑制されて、腐食しずらい構造になっている。
・均質な組織となっていることから、引っ張り、曲げなどの外部応力を加えた場合でも、応力集中が起こりにくく、破壊強度、引張強度、割れ強度などが高い構造になっている。
【0044】
○サンプルC:図7Aは、サンプルCの縦断面の顕微鏡写真、図7Bは同じく横断面の顕微鏡写真である。結晶粒がサンプルBよりもさらに大きく成長し、かつ大きさも相応に揃っており、周期性、均質性が確認できる。また単位体積あたりの結晶粒界の数および総面積が大きく減少している。加えて、結晶粒界に析出している金属酸化物・金属間化合物、酸素や不可避元素などの不純物の含有量も大きく減少していることが推察される。
<わかること>
・高電導構造を有する再結晶組織が形成されている。
・歪や欠陥がほぼ完全に解消され、結晶粒が大きく成長していることから、金属結晶そのものの塑性(延性、展性)を発揮し得る構造になっている。
・結晶粒が大きく成長しているため、単位体積あたりの、「規則性を持って銀原子が整列されている高純度の領域(高純度単結晶領域)」が多くなる。さらに結晶界の数、および粒界の総面積が大きく減少して、電子の流れを散乱・抑制する要因が大幅に少なくなっている。
・結晶粒界の数、面積の減少に伴って、結晶粒界に存在している金属酸化物・金属間化合物、酸素や不可避元素などの不純物の含有量も大きく減少していることから、電子の流れを散乱・抑制する要因がさらに大幅に少なくなっている。
・結晶粒界、および結晶粒界に存在している金属酸化物・金属間化合物、酸素や不可避元素などの不純物は結晶粒そのものと電位差を有しているため、局部電池を形成し、腐食を誘引する原因になるが、この不純物が減少しているため、腐食が大きく抑制される構造になっている。
・粒界の絶縁体が除去されるので、静電容量が無くなっていることが予想される。
【0045】
なお、上記の試験機関以外の私的機関の実験により、原子吸光分析によるとサンプルAに対してサンプルBは酸素および不可避不純物の含有量が大きく減少して銀の純度が向上しており、サンプルCはさらに酸素および不可避不純物の含有量が大きく減少し、銀の純度か大きく向上していることが確認された。
<わかること>
・真空焼鈍、再結晶過程での脱酸・還元により、純度が大幅に向上している。
・高温加熱および再結晶の過程で脱酸・還元を行うことにより、反応性の高いラジカルな状態にある酸素や金属酸化物、金属管化合物、不可避不純物に、還元ガスを反応させることになり、これらの不純物除去が促進され、純度が格段に向上している。
【0046】
II 導電率
(1)試験方法
JIS C 3002-1992-C16(3)(「電気用銅線及びアルミニウム線試験方法」の6.導電率」)
導電率γ= X ×100/[(R・m/I2・G)+Y(20-t)]%
但し、
R=電気抵抗[Ω]、m=測定長の資料の質量[g]、I=測定長[m]、t=測定温度(摂氏)、G=資料の密度[g/cm3](=10.5)、X=導電率100%の材料で長さ1m、断面積1mm2のものの20度(摂氏)での抵抗値、Y=長さ1m、断面積1mm2の試料の温度が20度(摂氏)付近で1度(摂氏)変化した場合、その抵抗が変化する量αを試料の20度(摂氏)付近での低質量温度係数
(2)試験機関:(財)電気安全環境研究所横浜事業所
(3)試験結果:
【0047】
○サンプルA
X=0.017241、R=8.414×10−3[Ω]、m=21.0316[g]、I=1[m]、
t=20[℃]、G=10.5、導電率γ=102.3[%」。
○サンプルB
X=0.017241、R=8.387×10−3[Ω]、m=20.1950[g]、I=1[m]、
t=20[℃]、G=10.5、導電率γ=106.7[%」。
○サンプルC
X=0.017241、R=8.096×10−3[Ω]、m=20.7394[g]、I=1[m]、
t=20[℃]、G=10.5、導電率γ=107.8[%」。
【0048】
<わかること>
純銀の導電率γは、これまで最大でも106[%]とされていた。サンプルAの導電率γは102.3[%]であったが、これは、上述したように、加工により、電子の流れを阻害する構造になったためである。サンプルAと同じ出発素材でもサンプルBでは106.7[%]に高まった。これは、加工による歪や欠陥が解消されて緻密性、周期性を持った均質な組織となり、電子が流れやすい高電導構造になったことがその理由と考えられる。
サンプルCに至っては、これまでの公表値を超える107.8[%]となっており、従前のどのような種類の金属よりも導電率が高くなった。つまり、新素材ともいえる金属材に進化していることがわかった。「組織・像の観察」からわかるように、サンプルCの場合は、結晶粒が大きくなって単位体積あたりの高純度単結晶領域が多くなり、結晶界の数および粒界の総面積が大きく減少して、電子の流れを散乱・抑制する要因が大幅に少なくなったために、導電率が格段に向上したものと考えられる。また、結晶粒界の数、面積の減少に伴い、結晶粒界に存在している金属酸化物・金属間化合物、酸素や不可避元素などの不純物の含有量も大きく減少したことから、電子の流れを散乱・抑制する要因が無くなったことも理由の一つと考えられる。
【0049】
III 荷重試験
(1)試験方法
JISZ2201(1998)JIS9号引張試験片を使用し、JISZ2241(1998)金属材料引張試験方法を使用した。試験片は、サンプルA,B,Cについて、それぞれ3本ずつ使用した(線径は多少バラツキ有り)。
引張試験は、試験室温度は22[℃]とし、供試体(サンプル)の両端部を固定し、初期荷重2[N]、試験速度5[mm/min]で実施した。
圧縮試験は、ジブスパン20[mm]、押し金具内側半径R2、初期荷重0.1[N]で、三点曲げ圧縮試験を実施した。
(2)試験機関:地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター
(3)試験結果:
【0050】
○サンプルA
[表1]
・引張試験
記号 線径 採点距離 荷重 最大荷重 伸び
(サンプル)[mm] [mm] (1.0mm変位) [N] [%]
1 1.54 50 555 701 1
2 1.53 50 551 686 1
3 1.53 50 657 707 4
平均値 1.53 50 587 698 2
・三点曲げ圧縮試験
記号 線径 荷重(0.5mm変位) 最大荷重
(サンプル) [mm] [N] [N]
1 1.52 34.5 49.3
2 1.53 37.2 49.4
3 1.52 38.2 49.5
平均値 1.52 36.6 49.4
【0051】
○サンプルB
[表2]
・引張試験
記号 線径 採点距離 荷重 最大荷重 伸び
(サンプル)[mm] [mm] (1.0mm変位) [N] [%]
1 1.52 50 313 380 33
2 1.53 50 313 379 35
3 1.53 50 306 379 30
平均値 1.53 50 310 379 33
・三点曲げ圧縮試験
記号 線径 荷重(0.5mm変位) 最大荷重
(サンプル) [mm] [N] [N]
1 1.54 22.0 29.0
2 1.53 23.3 29.6
3 1.53 22.4 28.7
平均値 1.53 22.6 29.1
【0052】
○サンプルC
[表3]
・引張試験
記号 線径 採点距離 荷重 最大荷重 伸び
(サンプル) [mm] [mm](1.0mm変位) [N] [%]
1 1.54 50 208 354 30
2 1.53 50 198 355 31
3 1.54 50 192 351 29
平均値 1.54 50 199 353 30
・三点曲げ圧縮試験
記号 線径 荷重(0.5mm変位) 最大荷重
(サンプル) [mm] [N] [N]
1 1.54 16.4 22.6
2 1.53 16.2 23.4
3 1.54 15.8 22.7
平均値 1.54 16.1 22.9
【0053】
<わかること>
可塑性(延性、展性)が大きく回復しており、引っ張り、曲げなどの外部応力を加えた場合でも、応力集中が起こりにくく、破壊強度、引張強度、割れ強度などが格段に向上している。例えば、上述した「組織・像の観察」から明らかなように、サンプルB,Cでは、サンプルAによる歪や欠陥が解消されて組織が均質の高電導構造になっており、JISZ2201(1998)JIS9号引張試験片で、JISZ2241(1998)金属材料引張試験方法を使用し、試験室温度22[℃]、サンプルの平均線径1.54[mm]、標点距離50[mm]、サンプルの両端部を固定して初期荷重2[N]、1.0[mm]変位の平均荷重199[N]で最大荷重が平均353[N]、試験速度5[mm/min]で実施される金属材料引張試験により得られる伸び率が、少なくともサンプルAについての試験結果である5[%]を越えることが判明した。
また、ジブスパン20[mm]、押し金具内側半径R2、初期荷重0.1[N]で実施した
三点曲げ圧縮試験により得られる最大荷重が30[N]未満となることが判明した。
【0054】
[量産性]
従来の銀線材が1分間で1[cm]程度の長さしか確保できないのに比べ、本発明の製造方法によれば、数[m]〜数十[m]以上の銀線203を1回の製造過程で確保することができた。その製造コストは、真空炉の稼働コストを含めても、従来の1/10〜1/20以下となることが確認された。加熱・焼鈍に使用する炉の容量及び性能が良ければ、低コスト化は、さらに顕著なものとなる。従って、量産が可能になり、販売価格が低下するので、銀線203の急速な普及が期待できる。
【0055】
[期待される効用]
銀線203を電子部品の配線材として使用したり、アース部位に接続することで電導効率が高まるので、その電子部品の動作に負担がかからない。そのため、故障の発生確率も減少する。
【0056】
また、銀線203の柔らかく、曲げ強度が高いという属性を利用して半導体チップのボンディングワイヤに使用することにより、その半導体チップの本来の処理能力を発揮させることができ、これを利用したコンピュータの処理能力の向上にも貢献できる。
【0057】
また、銀線203を電力送電ケーブルとして用いることで、ロスや不要な電磁波の放出も著しく低減し、エネルギー問題を含め、様々分野の環境問題にも貢献することができる。
【0058】
さらに、銀線203を被覆して銀コイル及びそれを利用したダイナモを製作することもできる。銀コイルを製作する場合は、線状の銀材の表面をエナメルやビニル等で被覆する必要があるが、一般的な銀材ではこれらの被覆ができなかった。その理由は、一般的な銀材では、その表面がエナメルと反応して硫化物を生成し、電導特性、物理的強度が落ちてしまうためである。ビニルの場合も同様であり、硫化ガス等が出て表面と反応してしまう。本発明の製造方法で製造された銀線203は、耐腐食性、つまり、化学物質に対して強いので、エナメルやビニルで被覆しても特性が落ちることがない。それ故に、銀コイルを製作することができるのである。これらの実現により、エネルギーを極めて高い効率で取り出すことができ、結果的に環境に優れたエネルギー源を確保することができる。
【0059】
銀線203を高性能の電気接点として利用することもできる。一般的な電気接点は、マイグレーション(配線中の金属原子にそこを流れる電子が衝突することなどによって原子が少しずつ移動する現象)が起きて接点不良が起きる。これに対して、本発明の本発明の製造方法で製造された銀線203は、耐腐食性を高いのでマイグレーションが起きにくいので、高性能の電気接点を実現することができる。
【0060】
[変形例]
図1では、真空炉の加熱空間に、石英管201に巻かれた銀線203を出発素材とした場合の例を示したが、必ずしも石英管201のような補助部品を使用せずに、銀材を直接加熱空間に置くようにしても良い。また、線材に代えて、配線パターンを銀で描いたプリント基板、リードフレーム、板状あるいはシート状の銀板を出発材料とすることもできる。
また、熱処理は、不活性ガス又は還元ガス雰囲気だけでなく、真空、不活性ガス、及び還元ガスの少なくともいずれかの雰囲気で行われるものであって良い。
【0061】
また、冷却時に銀材の所定方向に温度勾配を形成するようにして熱処理温度を制御することにより、結晶粒の大きさおよび配向性を調整することが可能である。
また、図1では、単に出発素材を加熱するだけのシンプルな構造の真空炉の例を示したが、炉の発熱体105の背面側に強電界を印加する機構を付加し、上記の加熱工程を行う際に、両端部を有する銀材の一方の端部と他方の端部とにそれぞれ異なる極性の電界を加えることにより、その銀材の結晶方位を強制的に揃えるようにすることもできる。この場合は、銀材の複数の結晶粒界の各々の長辺方向が電子の伝導方向を志向するので、電子の伝導速度がより速くなり、電導効率のさらなる向上が期待できる。
【0062】
また、本実施形態では、銀を出発素材として用いた場合の例を示したが、本発明の製造方法は、銅その他の金属にも同様に適用が可能なものである。これにより、少なくとも同じ金属製素材を用いる限り、他の製造方法による場合よりも、より低コストで、電導効率を高めた金属材を製造することができる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の高電導金属材は、静電気防止ユニット、プリント基板、コンデンサ、通信装置用アンテナ、半導体チップのボンディングワイヤ、リードフレーム、自動車の電源系統配線材、太陽発電のリード線、避雷針、医療機器配線材、その他電子を感知するセンシング素材、さらに、電気接点、コネクタ等、幅広い分野での利用が可能である。
【符号の説明】
【0064】
101・・・真空炉の容器、103・・・電気炉、105・・・発熱体、107・・・ガス供給弁、109・・・ガス抜き弁、121・・・制御装置、123・・・圧力計、125・・・温度計、131・・・弁駆動機構、133・・・ガス供給装置、201・・・石英管、203・・・銀線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀素材に対する最終の塑性加工を経た後に、真空、不活性ガス、及び還元ガスの少なくともいずれかの雰囲気で行われた熱処理により、高電導構造を有する再結晶組織が形成されている、銀材。
【請求項2】
前記再結晶組織が単結晶化した組織である、請求項1記載の銀材。
【請求項3】
前記再結晶組織は、その結晶粒の大きさが下記式で導出される導電率106[%]以下の4N銀材よりも粗大化しており、且つ、前記4N銀材に比べて単位体積あたりの結晶粒界密度が少い、請求項1又は2記載の銀材。
導電率γ=X ×100/[(R・m/I・G)+Y(20-t)]
但し、R=電気抵抗[Ω]、m=測定長の資料の質量[g]、I=測定長[m]、t=測定温度(摂氏)、G=資料の密度[g/cm](=10.5)、X=導電率100%の材料で長さ1m、断面積1mmのものの20度(摂氏)での抵抗値、Y=長さ1m、断面積1mmの試料の温度が20度(摂氏)付近で1度(摂氏)変化した場合、その抵抗が変化する量αを試料の20度(摂氏)付近での低質量温度係数。
【請求項4】
前記導電率が106[%]を越える、請求項3記載の銀材。
【請求項5】
前記再結晶組織の前期結晶粒が所定方向に配向している、請求項3記載の銀材。
【請求項6】
以下の条件で実施される金属材料引張試験により得られる伸び率が5[%]を越える、請求項3記載の銀材。
JISZ2201(1998)JIS9号引張試験片で、JISZ2241(1998)金属材料引張試験方法を使用し、試験室温度22[℃]、サンプルの平均線径1.54[mm]、標点距離50[mm]、サンプルの両端部を固定して初期荷重2[N]、1.0[mm]変位の平均荷重199[N]で最大荷重が平均353[N]、試験速度5[mm/min]で実施。
【請求項7】
以下の条件で実施される三点曲げ圧縮試験による最大荷重が30[N]未満となる、請求項3記載の銀材。
ジブスパン20[mm]、押し金具内側半径R2、初期荷重0.1[N]で実施。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【公開番号】特開2012−136719(P2012−136719A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−97817(P2009−97817)
【出願日】平成21年4月14日(2009.4.14)
【出願人】(508179626)株式会社メタルラボ (1)
【Fターム(参考)】