説明

鱗翅目昆虫由来のBt毒素抵抗性遺伝子およびその利用

【課題】 Cry毒素に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫由来の遺伝子を同定すること
【解決手段】 カイコの82kbpのゲノム領域から、Cry毒素に対する抵抗性遺伝子BGIBMGA007792-93を同定し、この遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列の234位におけるTyrの挿入の有無が、カイコにおけるCry毒素に対する抵抗性に影響を与えることを見出した。当該遺伝子を利用することにより、殺虫性タンパク質に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫の育種することや、殺虫性タンパク質に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫の遺伝子診断を行うことが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)の産生する殺虫性タンパク質(以下、「Cry毒素」と称する)に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫由来の遺伝子、およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
Cry毒素は、微生物殺虫剤として、さらには、害虫抵抗性組換え作物の作出において利用されてきた。ところが、近年、アブラナ科の野菜類の重要害虫であるコナガにおいて、Cry毒素に対して抵抗性を示す個体が出現し、これが大きな問題となった。このため、害虫のCry毒素抵抗性発達機構に関する研究が行われるようになり、一部の鱗翅目昆虫では、Cry毒素に対する抵抗性遺伝子が解明された。
【0003】
例えば、ニセアメリカタバコガでCry1Acに対する劣性の抵抗性遺伝子が同定され、この遺伝子が、Cry毒素の受容体と考えられているカドヘリン様タンパク質をコードしていることが判明した(非特許文献1)。その他、同様の遺伝子が、ワタアカミムシとオオタバコガでも抵抗性遺伝子として機能していることが報告されている(非特許文献2、非特許文献3)。そして、これら遺伝子は、害虫のCry毒素抵抗性の診断などに利用されている。
【0004】
一方、Cry毒素に対する抵抗性を発達させたコナガについては、抵抗性遺伝子は、従来から知られているCry毒素の受容体候補タンパク質(カドヘリン様タンパク質、アミノペプチダーゼNなど)ではないことが報告されている(非特許文献4)。また、Cry1Abに対する抵抗性系統が知られているカイコでも、これら受容体候補タンパク質の遺伝子とは異なる遺伝子の変異により、その抵抗性を発達させてきたと推定されている(非特許文献5)。また、Cry1Ab毒素抵抗性品種の持つ抵抗性が、カイコ分子遺伝子地図の第15連関群に座乗する劣性の主遺伝子に支配されていることが報告されている(非特許文献6)。
【0005】
このように、コナガやカイコなどの鱗翅目昆虫においては、Cry毒素の受容体候補タンパク質をコードする遺伝子以外の遺伝子が、Cry毒素に対する抵抗性に関与していると考えられているが、その実体はいまだ明らかになっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Gahan,L.J. et al., (2001) Science, 293, 857-860.
【非特許文献2】Morin,S., et al., (2003) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 5004-5009.
【非特許文献3】Xu,X. et al., (2005) Appl. Environ. Microbiol. 71(2), 948-954.
【非特許文献4】Baxter,S.W. et al., (2008) Insect Biochem. Mol. Biol.,38, 125-135.
【非特許文献5】Hara,W. et al., (2005) Biotechnology of Bacillus thuringiensis, Edited by N.D.Binh, R.J.Akhurst and D.H.Dean, Science and Technics Publishing House, Vietnam, Proceedings.
【非特許文献6】宮本 和久 (2008) 蚕糸・昆虫バイオテック 日本蚕糸学会 77(3), 195-203
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、Cry毒素に対する抵抗性に関与する鱗翅目昆虫由来の新規遺伝子を同定することにある。さらなる本発明の目的は、同定した抵抗性遺伝子を利用して、殺虫性タンパク質に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫を育種すること、および同定した抵抗性遺伝子を指標として、殺虫性タンパク質に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫の遺伝子診断を行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、カイコ分子遺伝子地図の第15連関群に座乗する遺伝子について、KAIKObaseの遺伝子予測モデル(KAIKObase ver.2.1.0、http://sgp.dna.affrc.go.jp/KAIKObase/)から推定されるCry毒素抵抗性に係る6個の予測遺伝子領域を見出した。これら予測遺伝子について、PCRによる遺伝子発現の解析を行った結果、4つの遺伝子BGIBMGA007735BGIBMGA007793BGIBMGA007736、およびBGIBMGA007792が中腸組織において発現していることを確認した(図1)。さらに、cDNAの塩基配列解析を行い、BGIBMGA007736BGIBMGA007792、およびBGIBMGA007793は、1つの遺伝子であることを突き止め、実際に発現している遺伝子が2つ(BGIBMGA007735BGIBMGA007792-93)であることを明らかにした。抵抗性系統と感受性系統における、BGIBMGA007735およびBGIBMGA007792-93の塩基配列の解析では、BGIBMGA007735では塩基配列の相違は認められなかったが、BGIBMGA007792-93ではORFにおいて、塩基配列で39塩基、アミノ酸配列で13残基の差異が認められた(図2、図3)。抵抗性系統(7系統)・感受性系統(10系統)における、BGIBMGA007792-93のタンパク質のアミノ酸配列の比較により、234位のTyr(チロシン)の挿入が抵抗性系統に共通な配列として見出された(図4)。BGIBMGA007792-93遺伝子がBt抵抗性遺伝子であることを裏付けるため、本発明者らは、抵抗性カイコ系統に対する感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子の導入実験を行った。その結果、感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子が導入された抵抗性カイコ系統が、Cry毒素に対する感受性を獲得することが判明した(表4、表5)。
【0009】
以上から、本発明者らは、BGIBMGA007792-93遺伝子がCry毒素抵抗性遺伝子の本体であり、当該遺伝子を利用することにより、Cry毒素に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫の育種や、Cry毒素に対して抵抗性を示す鱗翅目昆虫の診断を効率的に行うことが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
【0011】
[1] 鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する感受性を付与する活性を有するタンパク質をコードする、下記(a)〜(e)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18または20に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17または19に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18または20に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(d)配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17または19に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(e)配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17または19に記載の塩基配列からなるDNAと相同性が90%以上の塩基配列からなるDNA
[2] 鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードする、下記(a)〜(e)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:22、24、26、28、30、32または34に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:21、23、25、27、29、31または33に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:22、24、26、28、30、32または34に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(d)配列番号:21、23、25、27、29、31または33に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(e)配列番号:21、23、25、27、29、31または33に記載の塩基配列からなるDNAと相同性が90%以上の塩基配列からなるDNA
[3] 鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードする、下記(a)〜(c)のいずれかに記載のDNA。
(a)[1]に記載のDNAの転写産物と相補的な二重鎖RNAをコードするDNA
(b)[1]に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA
(c)[1]に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA
[4] [1]〜[3]のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
【0012】
[5] [1]〜[3]のいずれかに記載のDNAが導入された鱗翅目昆虫細胞。
【0013】
[6] [5]に記載の細胞を含む鱗翅目昆虫。
【0014】
[7] [6]に記載の鱗翅目昆虫の卵、子孫またはクローン。
【0015】
[8] 鱗翅目昆虫における[1]に記載のDNAの発現または機能を抑制することを特徴とする、バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性が付与された鱗翅目昆虫の作出方法。
【0016】
[9] 鱗翅目昆虫に[2]または[3]に記載のDNAを導入する工程を含む、鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性が付与された鱗翅目昆虫の作出方法。
【0017】
[10] [2]もしくは[3]に記載のDNA、または該DNAが挿入されたベクターを含む、鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を付与するための薬剤。
【0018】
[11] 鱗翅目昆虫におけるバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する感受性または抵抗性を判定する方法であって、被検鱗翅目昆虫における[1]または[2]に記載のDNAの塩基配列を解析することを特徴とする方法。
【0019】
[12] バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性の鱗翅目昆虫を育種する方法であって、
(a)バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性の鱗翅目昆虫系統と任意の鱗翅目昆虫系統とを交配させる工程、
(b)工程(a)における交配により得られた個体におけるバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する感受性または抵抗性を、[11]に記載の方法により判定する工程、および
(c)バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を有すると判定された系統を選抜する工程、を含む方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によって、Cry毒素に対する感受性および抵抗性を決定するBGIBMGA007792-93遺伝子が同定され、該遺伝子の染色体上の位置および構造が解明された。本発明により見出されたカイコのBGIBMGA007792-93遺伝子は、そのコードする蛋白質の234位におけるTyrの挿入の有無により、Cry毒素に対する感受性が数百〜数千倍もの顕著な差異を生じるという特徴的な性質を有する。同定されたBGIBMGA007792-93遺伝子を利用すれば、鱗翅目昆虫の上記感受性および抵抗性を簡便に判定することが可能である。また、BGIBMGA007792-93遺伝子をマーカーとして利用することにより、上記殺虫性タンパク質に抵抗性のカイコ系統を効率的に育種することが可能である。こうしてカイコに抵抗性を付与することにより、カイコの飼育期間中でも、Cry毒素を含む殺虫剤を桑園に散布して、害虫防除を行うことが可能となる。
【0021】
また、BGIBMGA007792-93遺伝子を利用することにより、鱗翅目昆虫の抵抗性発達の機構解明や抵抗性の発達予測なども可能である。害虫において抵抗性型の遺伝子の頻度が高い場合には、用いる殺虫剤に含まれる殺虫性タンパク質の種類を変えるなどして、害虫における殺虫剤抵抗性発達を防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】Cry毒素抵抗性に関する6つの候補遺伝子、1(BGIBMGA007735)、2(BGIBMGA007793)、3(BGIBMGA007736)、4(BGIBMGA007792)、5(BGIBMGA007791)、6(BGIBMGA007737)、の発現をRT-PCR法により解析した結果を示す写真である。図中、「M」は、100bp DNAラダ―マーカーを示す。
【図2−1】カイコの抵抗性系統(支2号(C2_R))と感受性系統(輪月(Rin_S))におけるBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列を比較した図である。
【図2−2】図2−1の続きの図である。
【図3】カイコの抵抗性系統(C2_R)と感受性系統(Rin_S)におけるBGIBMGA007792-93遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を比較した図である。
【図4−1】カイコの抵抗性系統(7系統)および感受性系統(10系統)のBGIBMGA007792-93遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を比較した図である。抵抗性系統では共通して、234位にTyrの挿入が存在する。
【図4−2】図4−1の続きの図である。
【図4−3】図4−2の続きの図である。
【図4−4】図4−3の続きの図である。
【図4−5】図4−4の続きの図である。
【図4−6】図4−5の続きの図である。
【図5】カイコにおけるBGIBMGA007792-93遺伝子の発現の組織特異性をRT-PCR法により解析した結果を示す写真である。
【図6】UAS-Bt-r系統の作製に用いたエフェクターコンストラクトを示す図である。UAS下流にRin_S由来のBGIBMGA007792-93遺伝子が挿入されている。
【図7】BmA3_GAL4系統の作製に用いたアクチベーターコンストラクトを示す図である。
【図8】BGIBMGA007792-93遺伝子がコードするタンパク質の234位におけるTyrの挿入の有無を検出するためのPCRプライマーを示す図である。
【図9】オリジナル系統、SS16-1系統、およびSS16-3系統における、内因性および外因性のBGIBMGA007792-93遺伝子の発現を検出した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<Cry毒素に対する感受性型DNAおよび抵抗性型DNA>
本発明は、鱗翅目昆虫に、Cry毒素に対する感受性を付与する活性を有するタンパク質をコードするDNA(以下、「感受性型DNA」と称する)および、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードするDNA(以下、「抵抗性型DNA」と称する)を提供する。
【0024】
本発明のDNAが由来する「鱗翅目昆虫」としては、Cry毒素に対する感受性および抵抗性を決定づけるBGIBMGA007792-93遺伝子(カイコ由来の遺伝子またはその相同遺伝子)を保持するものであれば特に制限はないが、好ましくはカイコおよび鱗翅目害虫である。また、本発明における「Cry毒素」としては、BGIBMGA007792-93遺伝子(カイコ由来の遺伝子またはその相同遺伝子)によりコードされるタンパク質の機能により、感受性および抵抗性を示すことが可能なCry毒素であれば特に制限はなく、例えば、Cry1Ab毒素、Cry1Ac毒素が挙げられる。カイコの多くの系統がCry1Ab毒素およびCry1Ac毒素に対して同じような感受性および抵抗性を示すことが知られている(宮本和久(2004)カイコ地理的品種におけるCry1A型δ−内毒素感受性の変異について,第6回昆虫病理研究会シンポジウム講演要旨集,p.27.)。
【0025】
本発明者らにより同定された、カイコのCry毒素に対する感受性系統 吉N(Yo_S)、バグダット(Bag_S)、No.65(N65_S)、欧12号(E12_S)、アンナン(An_S)、カンボージュ(多化)(CaM_S)、マイソール(My_S)、ピュアマイソール(PMy_S)、輪月(Rin_S)、912号由来(e21_S)のBGIBMGA007792-93 cDNAの塩基配列をそれぞれ配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19に、これらDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18、20に示す。
【0026】
本発明の感受性型DNAの1つの態様は、配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18、20に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA(典型的には、配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA)である。
【0027】
本実施例において示されたように、感受性系統のBGIBMGA007792-93 cDNAがコードする蛋白質のアミノ酸配列を比較すると、Yo_S、N65_SおよびE12_Sが同一のアミノ酸配列を有し、An_SおよびCaM_Sが同一のアミノ酸配列を有し、PMy_SおよびRin_Sは同一のアミノ酸配列を有する。Bag_SとYo_Sとを比較すると、57位が前者はPheで後者はSerである。Bag_SとAn_Sとを比較すると、15位が前者はLysで後者はTyrであり、45位が前者はIleで後者はTyrであり、343位(図4では345位)が前者はLeuで後者はPheであり、452位(図4では454位)が前者はGlnで後者はSerであり、486位(図4では488位)が前者はSerで後者はThrであり、494位(図4では496位)が前者はLeuで後者はHisであり、554位(図4では556位)が前者はGluで後者はAspであり、676位(図4では678位)が前者はLysで後者はAsnであり、757位(図4では759位)が前者はAlaで後者はValであり、767位(図4では769位)が前者はMetで後者はThrであり、804位(図4では806位)が前者はTyrで後者はPheであり、922位(図4では924位)が前者はPheで後者はValであり、970位(図4では972位)が前者はGluで後者はGlnであり、1140位(図4では1142位)が前者はAspで後者はGluである。An_SとPMy_Sを比較すると、494位(図4では496位)が前者はHisで後者はLeuである。Bag_Sとe21_Sとを比較すると、e21_Sの66位にIleの挿入が存在する。しかしながら、いずれも感受性型DNAである。
【0028】
現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の感受性系統(例えば、Yo_S、Bag_S、N65_S、E12_S、An_S、CaM_S、My_S、PMy_S、Rin_S、e21_S(912号由来))における感受性型DNAの塩基配列情報が得られた場合、その塩基配列を改変し、そのコードするアミノ酸配列は異なるが、同じく感受性型であるDNAを取得することが可能である。また、自然界においても、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは起こり得ることである。従って、本発明は、これら感受性型系統におけるBGIBMGA007792-93タンパク質のアミノ酸配列(配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18、20)において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなり、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する感受性を付与する活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。ここで「複数」とは、改変後のBGIBMGA007792-93タンパク質が鱗翅目昆虫にCry毒素に対する感受性を付与する活性を維持する範囲における、アミノ酸の改変数であり、通常、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、さらに好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸)である。
【0029】
さらに、現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の感受性系統(例えば、Yo_S、Bag_S、N65_S、E12_S、An_S、CaM_S、My_S、PMy_S、Rin_S、e21_S(912号由来))から感受性型DNAが得られた場合、その感受性型DNAの塩基配列情報を利用して、他の鱗翅目昆虫系統から、同じく感受性型である相同遺伝子をコードするDNAを取得することが可能である。従って、本発明は、これら感受性系統におけるBGIBMGA007792-93 DNA(配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19)とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAであって、鱗翅目昆虫に、Cry毒素に対する感受性を付与する活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。
【0030】
こうして得られた変異DNAや相同DNAが、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する感受性を付与する活性を有するタンパク質をコードするか否かは、例えば、被検DNAを、後述するCry毒素に対する抵抗性系統に導入し、当該抵抗性系統がCry毒素に対する感受性を獲得するか否かを検定することにより、判定することができる(実施例3を参照のこと)。
【0031】
また、本発明者らにより同定された、カイコのCry毒素に対する抵抗性系統 日1号(J1_R)、黄浮(Ki_R)、紅支那(Be_R)、支2号(C2_R)、支7号(C7_R)、C浙江(Cs_R)、N15(342号由来,N15_R)のBGIBMGA007792-93 cDNAの塩基配列をそれぞれ配列番号:21、23、25、27、29、31、33に、これらDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号:22、24、26、28、30、32、34に示す。
【0032】
本発明の抵抗性型DNAの1つの態様は、配列番号:22、24、26、28、30、32、34に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA(典型的には、配列番号:21、23、25、27、29、31、33に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA)である。
【0033】
本実施例において示されたように、抵抗性系統と感受性系統のBGIBMGA007792-93 cDNAがコードする蛋白質のアミノ酸配列を比較すると、抵抗性系統には、共通して、234位(図4では235位)にTyrの挿入が認められた。この変異により個体にCry毒素に対する抵抗性が付与されていると考えられる。現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の感受性系統(例えば、Yo_S、Bag_S、N65_S、E12_S、An_S、CaM_S、My_S、PMy_S、Rin_S、e21_S(912号由来))のBGIBMGA007792-93 DNAの塩基配列において、そのコードするタンパク質のCry毒素に対する抵抗性が付与されるような改変を行うことが可能である。また、特定の抵抗性系統(例えば、J1_R、Ki_R、Be_R、C2_R、C7_R、Cs_R、N15_R(342号由来)のBGIBMGA007792-93 DNAの塩基配列において、そのコードするタンパク質のCry毒素に対する抵抗性が維持されるような改変を行うことが可能である。また、自然界においても、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは起こり得ることである。実際、C2_RのBGIBMGA007792-93 cDNAがコードする蛋白質のアミノ酸配列と、上記その他の抵抗性系統のBGIBMGA007792-93 cDNAがコードする蛋白質のアミノ酸配列とを比較すると、15位が前者はThrで後者はLysであるが、いずれも抵抗性型DNAである。従って、本発明は、これら感受性系統および抵抗性系統におけるBGIBMGA007792-93タンパク質のアミノ酸配列(配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、30、32、34)において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質からなり、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードするDNAをも含むものである。ここで「複数」とは、改変後のBGIBMGA007792-93タンパク質が鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与する活性を有する範囲における、アミノ酸の改変数であり、通常、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、さらに好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸)である。抵抗性型系統のBGIBMGA007792-93 DNAの塩基配列において、そのコードするタンパク質のCry毒素に対する抵抗性が維持されるような改変を行う場合、改変部位は、234位のTyr以外の部位であることが、好ましい。
【0034】
さらに、現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の抵抗性系統(例えば、J1_R、Ki_R、Be_R、C2_R、C7_R、Cs_R、N15_R(342号由来))からBGIBMGA007792-93 DNAが得られた場合、そのDNAの塩基配列情報を利用して、他の鱗翅目昆虫種から、抵抗性型である相同遺伝子をコードするDNAを取得することができる。従って、本発明は、抵抗性系統におけるBGIBMGA007792-93 DNA(配列番号:21、23、25、27、29、31、33)とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAであって、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードするDNAが含まれる。
【0035】
こうして得られた変異DNAや相同DNAが、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードするか否かは、被検DNAをホモで保持する個体を作製し、当該個体がCry毒素に対する抵抗性を有するか否かを検定することにより、判定することができる。
【0036】
本発明の感受性型DNAは、その導入により、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する感受性を付与することが可能であるという意味において、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する感受性を付与するための薬剤であり、一方、本発明の抵抗性型DNAは、その導入により、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与することが可能であるという意味において、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与するための薬剤である。
【0037】
なお、上記した変異DNAを作製するための、DNAへの人為的な変異の導入は、例えば、部位特異的変異誘発(site-directed mutagenesis)法(Kramer, W. & Fritz, HJ., Methods Enzymol, 154:350-367, 1987)により行うことができる。
【0038】
また、上記した相同遺伝子を単離するための方法としては、例えば、ハイブリダイゼーション技術(Southern, E. M., Journal of Molecular Biology, 98:503, 1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki, R. K., et al. Science, 230:1350-1354, 1985、Saiki, R. K. et al. Science, 239:487-491, 1988)が挙げられる。相同遺伝子をコードするDNAを単離するためには、通常ストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行なう。ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件としては、6M尿素、0.4%SDS、0.5xSSCの条件またはこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を例示できる。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M尿素、0.4%SDS、0.1xSSCの条件を用いれば、より相同性の高いDNAの単離を期待することができる。単離されたDNAは、核酸レベルあるいはアミノ酸配列レベルにおいて、少なくとも50%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の相同性は、BLASTN(核酸レベル)やBLASTX(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al. J. Mol. Biol., 215:403-410, 1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、KarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90:5873-5877, 1993)に基づいている。BLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res. 25:3389-3402, 1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0039】
本発明のBGIBMGA007792-93タンパク質をコードするDNAとしては、その形態に特に制限はなく、cDNAの他、ゲノムDNA、および化学合成DNAが含まれる。ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、鱗翅目昆虫からゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、プラスミド、ファージ、コスミド、フォスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作成し、これを展開して、BGIBMGA007792-93遺伝子(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21、23、25、27、29、31、33に記載のDNA)の塩基配列を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより調製することが可能である。また、BGIBMGA007792-93遺伝子に特異的なプライマーを作成し、これを利用したPCRを行うことによって調製することも可能である。また、cDNAは、例えば、鱗翅目昆虫から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAP等のベクターに挿入してcDNAライブラリーを作成し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、また、PCRを行うことにより調製することが可能である。
【0040】
<鱗翅目昆虫の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するために用いるDNA>
また、本発明は、鱗翅目昆虫の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するために用いるDNAを提供する。これらのDNAの導入により、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与することが可能である。この意味において、鱗翅目昆虫の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するために用いるDNAは、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与するための薬剤である。ここで「BGIBMGA007792-93遺伝子の発現の抑制」には、遺伝子の転写の抑制およびタンパク質への翻訳の抑制の双方が含まれる。また、「発現の抑制」には、発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。
【0041】
鱗翅目昆虫の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するために用いるDNAの一つの態様は、上記した本発明の感受性型DNAの転写産物と相補的なdsRNA(二重鎖RNA)をコードするDNAである。標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有するdsRNAを細胞内に導入することにより、導入した外来遺伝子および標的内因性遺伝子の発現がいずれも抑制される、RNAi(RNA干渉、RNA interference)と呼ばれる現象を引き起こすことができる。細胞に約40〜数百塩基対のdsRNAが導入されると、ヘリカーゼドメインを持つダイサー(Dicer)と呼ばれるRNaseIII様のヌクレアーゼが、ATP存在下で、dsRNAを3'末端から約21〜23塩基対ずつ切り出し、siRNA(short interference RNA)が生じる。このsiRNAに、特異的なタンパク質が結合して、ヌクレアーゼ複合体(RISC:RNA-induced silencing complex)が形成される。この複合体はsiRNAと同じ配列を認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によってsiRNAの中央部で標的遺伝子の転写産物(mRNA)を切断する。また、この経路とは別にsiRNAのアンチセンス鎖がmRNAに結合してRNA依存性RNAポリメラーゼ(RsRP)のプライマーとして作用し、dsRNAが合成される。このdsRNAが再びダイサーの基質となって、新たなsiRNAを生じて作用を増幅する経路も考えられている。
【0042】
本発明のdsRNAをコードするDNAは、標的遺伝子の転写産物(mRNA)のいずれかの領域に対するアンチセンスRNAをコードしたアンチセンスDNAと、該mRNAのいずれかの領域のセンスRNAをコードしたセンスDNAを含み、該アンチセンスDNAおよび該センスDNAより、それぞれアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させることができる。また、これらのアンチセンスRNAおよびセンスRNAよりdsRNAを作成することができる。
【0043】
本発明のdsRNAの発現システムをベクター等に保持させる場合の構成としては、同一のベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる場合と、異なるベクターからそれぞれアンチセンスRNAとセンスRNAを発現させる場合がある。同一のベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスDNAおよびセンスDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセットとセンスRNA発現カセットをそれぞれ構築し、これらカセットを同方向にあるいは逆方向にベクターに挿入する構成である。
【0044】
また、異なる鎖上に対向するように、アンチセンスDNAとセンスDNAとを逆向きに配置した発現システムを構成することもできる。この構成では、アンチセンスRNAコード鎖とセンスRNAコード鎖とが対となった一つの二本鎖DNAが備えられ、その両側にそれぞれの鎖からアンチセンスRNAとセンスRNAとを発現し得るようにプロモーターを対向して備える。この場合には、センスRNAとアンチセンスRNAの下流に余分な配列が付加されることを避けるために、それぞれの鎖(アンチセンスRNAコード鎖、センスRNAコード鎖)の3'末端にターミネーターをそれぞれ備えることが好ましい。このターミネーターは、A(アデニン)塩基を4つ以上連続させた配列などを用いることができる。また、このパリンドロームスタイルの発現システムでは、二つのプロモーターの種類は異なっていることが好ましい。
【0045】
また、異なるベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスDNAおよびセンスDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセットとセンスRNA発現カセットとをそれぞれ構築し、これらカセットを異なるベクターに保持させる構成である。
【0046】
本発明に用いるdsRNAとしては、siRNAが好ましい。「siRNA」は、細胞内で毒性を示さない範囲の短鎖からなる二重鎖RNAを意味する。標的BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制することができ、かつ、毒性を示さなければ、その鎖長に特に制限はない。dsRNAの鎖長は、例えば、15〜500塩基対である。
【0047】
本発明のdsRNAをコードするDNAとしては、標的配列のインバーテッドリピートの間に適当な配列(イントロン配列が望ましい)を挿入し、ヘアピン構造を持つダブルストランドRNA(self-complementary 'hairpin' RNA(hpRNA))を作るようなコンストラクト(Smith, N.A., et al. Nature, 407:319, 2000、Wesley, S. V. et al. Plant J. 27:581, 2001、Piccin, A. et al. Nucleic Acids Res. 29:E55, 2001)を用いることもできる。
【0048】
本発明のdsRNAをコードするDNAは、標的BGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の同一性は上述した手法(BLASTプログラム)により決定できる。
【0049】
dsRNAにおけるRNA同士が対合した二重鎖RNAの部分は、完全に対合しているものに限らず、ミスマッチ(対応する塩基が相補的でない)、バルジ(一方の鎖に対応する塩基がない)などにより不対合部分が含まれていてもよい。本発明においては、dsRNAにおけるRNA同士が対合する二重鎖RNA領域中に、バルジおよびミスマッチの両方が含まれていてもよい。
【0050】
鱗翅目昆虫の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するために用いるDNAの他の態様は、上記した本発明の感受性型DNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA(アンチセンスDNA)である。アンチセンスDNAが標的遺伝子の発現を抑制する作用としては、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造がつくられた部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエキソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制などが挙げられる。これらは、転写、スプライシング、または翻訳の過程を阻害して、標的遺伝子の発現を抑制する(平島および井上「新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現」,日本生化学会編,東京化学同人, pp.319-347, 1993)。本発明で用いられるアンチセンスDNAは、上記のいずれの作用で標的BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制してもよい。一つの態様として、標的遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的であると考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用し得る。このように、遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含むDNAも、本発明で利用されるアンチセンスDNAに含まれる。使用されるアンチセンスDNAは、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。
【0051】
アンチセンスDNAは、本発明の感受性型DNA(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19に記載の塩基配列からなるDNA)の配列情報を基にホスホロチオネート法(Stein, Nucleic Acids Res., 16:3209-3221, 1988)などにより調製することが可能である。調製されたDNAは、後述する公知の方法で、鱗翅目昆虫へ導入できる。アンチセンスDNAの配列は、鱗翅目昆虫が持つ内因性の感受性BGIBMGA007792-93遺伝子の転写産物と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に阻害できる限り、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的とする遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の相補性を有する。効果的に標的遺伝子の発現を阻害するには、アンチセンスDNAの長さは、少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。通常、用いられるアンチセンスDNAの長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い。
【0052】
鱗翅目昆虫の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するために用いるDNAの他の態様は、本発明の感受性型DNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNAである。リボザイムには、グループIイントロン型や、RNasePに含まれるM1RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子、蛋白質核酸酵素, 35:2191, 1990)。
【0053】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15のC15の3'側を切断するが、活性にはU14が9位のAと塩基対を形成することが重要とされ、15位の塩基はCの他にAまたはUでも切断されることが示されている(Koizumi et. al., FEBS Lett. 228:225, 1988)。リボザイムの基質結合部を標的部位近傍のRNA配列と相補的になるように設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することが可能である(Koizumi et. al., FEBS Lett. 239:285, 1988、小泉誠および大塚栄子,蛋白質核酸酵素,35:2191, 1990、Koizumi et. al., Nucleic. Acids. Res. 17:7059, 1989)。
【0054】
また、ヘアピン型リボザイムも、本発明の目的のために有用である。ヘアピン型リボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, Nature 323:349, 1986)。このリボザイムも、標的特異的なRNA切断を起こすように設計できることが示されている(Kikuchi and Sasaki, Nucleic Acids Res. 19:6751, 1992、菊池洋,化学と生物 30:112, 1992)。標的を切断できるよう設計されたリボザイムは、鱗翅目昆虫細胞中で転写されるようにカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどのプロモーターおよび転写終結配列に連結される。このような構成単位をタンデムに並べ、標的遺伝子内の複数の部位を切断できるようにして、より効果を高めることもできる(Yuyama et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 186:1271, 1992)。このようなリボザイムを用いて標的となるBGIBMGA007792-93遺伝子の転写産物を特異的に切断し、該遺伝子の発現を抑制することができる。
【0055】
<ベクター、形質転換鱗翅目昆虫細胞、形質転換鱗翅目昆虫植物体>
本発明は、また、上記本発明のDNA(感受性型DNA、抵抗性型DNA、BGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するためのDNA)を含むベクター、上記本発明のDNAまたはそれを含むベクターが導入された鱗翅目昆虫細胞、該細胞を含む鱗翅目昆虫を提供する。
【0056】
本発明のベクターが導入される鱗翅目昆虫細胞としては、BGIBMGA007792-93遺伝子(カイコ由来の遺伝子またはその対応遺伝子)の導入により、当該昆虫細胞におけるCry毒素に対する感受性および抵抗性を改変することができるものであれば特に制限はないが、例えば、カイコの細胞を挙げることができる。
【0057】
本発明のベクターとしては、例えば、自律複製可能なベクターまたは染色体中に相同組換え可能なベクターを使用することができる。カイコ卵に対して本発明のDNAの導入を行う場合、例えば、カイコの発生初期卵へ、トランスポゾンをベクターとして注射する方法(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18:81-84)に従って行うことができる。例えば、トランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al.,(1998) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95(13):7520-5)の間に上記DNAを挿入したベクターとともに、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するベクター(ヘルパーベクター)をカイコ卵に導入する。ヘルパーベクターとしては、pHA3PIG(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18, 81-84)が挙げられるが、これに限定されるものではない。本発明におけるトランスポゾンとしては、piggyBacが好ましいが、これに限定されるものではなく、マリーナ(mariner)、ミノス(minos)等を用いることもできる(Shimizu,K. et al., (2000) Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,(2000) Insect Mol Biol 9(2):145-55)。また、本発明では、バキュロウイルスベクターを使用することにより形質転換カイコを作出することも可能である(Yamao, M. et al., (1999) Genes Dev 13:511-516)。
【0058】
カイコ細胞へのベクターの導入は、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクタミン法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法などの公知の方法で行うことが可能である。
【0059】
上記本発明のDNAは、外因性のDNAとして鱗翅目昆虫に導入することができるが、本発明のDNAを有する系統との交配によって鱗翅目昆虫に導入することもできる。本発明における「導入」には、これら双方の形態が含まれる。
【0060】
一旦、染色体内に上記本発明のDNAが導入された鱗翅目昆虫が得られれば、該昆虫から、卵、子孫、あるいはクローンを得て、それらを基に鱗翅目昆虫を繁殖させることも可能である。本発明には、上記本発明のDNAが導入された鱗翅目昆虫細胞、該細胞を含む鱗翅目昆虫、該鱗翅目昆虫の卵、子孫およびクローンが含まれる。
【0061】
<Cry毒素に対する抵抗性が付与された鱗翅目昆虫の作出方法>
本発明は、また、鱗翅目昆虫において、本発明の感受性型DNA(感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子)の発現または機能を抑制することを特徴とする、Cry毒素に対する抵抗性が付与された鱗翅目昆虫の作出方法を提供する。本発明において、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を「付与する」とは、Cry毒素に対する抵抗性を全く有しない系統にCry毒素に対する抵抗性を持たせることのみならず、既に、一定のCry毒素に対する抵抗性を有している系統における、Cry毒素に対する抵抗性を、さらに増大させることをも含む意である。
【0062】
鱗翅目昆虫における本発明の感受性型DNAの発現または機能を抑制するための一つの態様は、鱗翅目昆虫に、上記本発明の抵抗性型DNAを導入することである。鱗翅目昆虫におけるCry毒素に対する抵抗性は、劣性遺伝子であるため、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性の形質を付与するためには、通常、個体におけるBGIBMGA007792-93対立遺伝子の双方を抵抗性型DNAにする必要がある。これにより個体中で抵抗性型DNAのみが発現し、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与することができる。鱗翅目昆虫染色体への本発明の抵抗性型DNAの導入は、例えば、交配や相同組換えにより行うことができる。抵抗性型DNAを導入することに代えて、鱗翅目昆虫染色体上の感受性型DNAに、特定のDNA配列を導入し、その機能を破壊してもよい。
【0063】
鱗翅目昆虫における本発明の感受性型DNAの発現または機能を抑制するための他の一つの態様は、鱗翅目昆虫に上記本発明のBGIBMGA007792-93遺伝子の発現を抑制するためのDNAを導入することである。これにより個体中の感受性型DNAから、感受性型の翻訳産物が生産されなくなるため、鱗翅目昆虫にCry毒素に対する抵抗性を付与することができる。
【0064】
鱗翅目昆虫における本発明の感受性型DNAの発現または機能を抑制するための他の態様としては、例えば、感受性型DNAの発現を抑制する薬剤や感受性型の翻訳産物に結合し、その機能を抑制する薬剤の利用も考えられる。
【0065】
<鱗翅目昆虫におけるCry毒素に対するの感受性または抵抗性を判定する方法>
本発明は、また、鱗翅目昆虫におけるCry毒素に対するの感受性または抵抗性を判定する方法を提供する。本発明の判定方法の一つの態様は、鱗翅目昆虫におけるBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列を解析することを特徴とする方法である。
【0066】
BGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列の解析に際しては、BGIBMGA007792-93遺伝子をPCRにより増幅した増幅産物を用いることができる。前記PCRを実施する場合において、用いられるプライマーは、BGIBMGA007792-93遺伝子を特異的に増幅できるものである限り制限はなく、BGIBMGA007792-93遺伝子の配列情報(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21、23、25、27、29、31、33)に基づいて適宜設計することができる。
【0067】
被検鱗翅目昆虫におけるBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列と比較する「対照の塩基配列」は、典型的には、感受性型系統または抵抗性型系統におけるBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列である。決定したBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列と感受性型系統における塩基配列(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17、19)または抵抗性型系統における塩基配列(例えば、配列番号:21、23、25、27、29、31、33)とを比較することにより、被検鱗翅目昆虫におけるBGIBMGA007792-93遺伝子が、抵抗性型であるか感受性型であるかを評価することができる。特に、BGIBMGA007792-93遺伝子がコードする蛋白質における234位のTyrの挿入の有無は、このような評価の好ましい指標となる。
【0068】
BGIBMGA007792-93遺伝子がコードする蛋白質における234位のTyrの挿入の有無を検出しうるプライマーを含むプライマー対(図8参照)を用いて、PCRを行うことにより、増幅産物の有無を指標にBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列を解析し、簡便に、鱗翅目昆虫におけるCry毒素に対するの感受性または抵抗性を判定することができる。
【0069】
被検鱗翅目昆虫におけるBGIBMGA007792-93遺伝子の塩基配列が、対照の塩基配列と相違するか否かは、上記した直接的な塩基配列の決定以外に、種々の方法により間接的に解析することができる。このような方法としては、例えば、PCR-SSCP(single-strand conformation polymorphism、一本鎖高次構造多型)法、制限酵素断片長多型(Restriction Fragment Length Polymorphism/RFLP)を利用したRFLP法やPCR-RFLP法、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(denaturant gradient gel electrophoresis:DGGE)、アレル特異的オリゴヌクレオチド(Allele Specific Oligonucleotide/ASO)ハイブリダイゼーション法、リボヌクレアーゼAミスマッチ切断法が挙げられる。
【0070】
なお、塩基配列の決定は、常法、例えば、ジデオキシ法やマキサム-ギルバート法などにより行なうことができる。塩基配列の決定においては、市販のシークエンスキットおよびシークエンサーを利用することができる。また、さらには、次世代シーケンサーと総称される機器を用いた大量高速シーケンス法によっても塩基配列決定ができる。
【0071】
<Cry毒素に対する抵抗性の鱗翅目昆虫を育種する方法>
本発明は、また、Cry毒素に対する抵抗性の鱗翅目昆虫を育種する方法を提供する。本発明の育種方法は、(a)Cry毒素に対する抵抗性の鱗翅目昆虫系統と任意の鱗翅目昆虫系統とを交配させる工程、(b)交配により得られた個体におけるCry毒素に対するの感受性または抵抗性を、上記本発明の判定方法により判定する工程、および(c)Cry毒素に対するの抵抗性を有すると判定された系統を選抜する工程、を含む。
【0072】
Cry毒素に対する抵抗性の鱗翅目昆虫系統と交配させる「任意の鱗翅目昆虫系統」としては、例えば、感受性系統、感受性系統と抵抗性系統との交配により得られた個体が挙げられるが、これらに制限されない。本発明の育種方法を利用すれば、Cry毒素に対する抵抗性の鱗翅目昆虫を、早期に選抜することが可能となり、Cry毒素に対する抵抗性の形質を有する系統の育成を、従来よりも短期間で行うことが可能となる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0074】
[実施例1] 抵抗性遺伝子の座乗する染色体領域内の遺伝子予測と発現確認
カイコの抵抗性系統(C2_R)と感受性系統(Rin_S)を交配して交雑種(F1:感受性)を作製した。そして、このF1の雄と抵抗性系統(C2_R)の雌を交配して戻し交雑種(BC1:抵抗性と感受性の個体の混合)を作製し、このBC1個体にCry1Ab毒素を添食して抵抗性個体を選抜し、各個体のゲノムDNAを解析した。本発明者らは、抵抗性BC1の1365個体を用いて連鎖解析を行い(特開2007-202554)、抵抗性遺伝子が座乗すると予測される82kbpの範囲内の遺伝子予測と発現確認を行った。KAIKObase ver.2.1.0(http://sgp.dna.affrc.go.jp/KAIKObase/)における遺伝子予測モデルにより遺伝子予測を行ったところ、82kbpの領域に6個の遺伝子が見出された(表1)。
【0075】
【表1】

【0076】
3個の遺伝子、BGIBMGA007735BGIBMGA007793BGIBMGA007792は、相同性のあるmRNAの塩基配列データが他の生物種で報告されていた。それに対して、残り3個の予測遺伝子(BGIBMGA007736BGIBMGA007791BGIBMGA007737)では、相同性のあるmRNAの塩基配列データは他の生物種においても報告されていなかった。
【0077】
抵抗性系統(C2_R)と感受性系統(Rin_S)からそれぞれ5齢幼虫の中腸組織を採取し、全RNAを抽出し、cDNA合成を行った。予測した遺伝子配列を元にプライマーを合成し、RT-PCR法によって、6個の予測遺伝子の発現解析を行った。その結果、2個の抵抗性候補遺伝子、5(BGIBMGA007791)および4(BGIBMGA007737)では発現は検出されなかった。一方、残り4個の抵抗性候補遺伝子、1(BGIBMGA007735)、2(BGIBMGA007793)、3(BGIBMGA007736)、4(BGIBMGA007792)では、中腸組織における発現が確認された(図1)。
【0078】
そこで、次に、BGIBMGA007735BGIBMGA007793BGIBMGA007736BGIBMGA007792について、RT-PCR法、3’-RACE法、5’-RACE法によって、遺伝子断片を増幅し、塩基配列の決定を行った。その結果、BGIBMGA007793BGIBMGA007736BGIBMGA007792の3つの遺伝子は、同一の1個の遺伝子の一部であることが判明した。BGIBMGA007736は、BGIBMGA007792およびBGIBMGA007793がコードする遺伝子のイントロン部分にある短い遺伝子候補であり、実際の成熟mRNAには含まれていなかった。そのため、2つの遺伝子(BGIBMGA007735およびBGIBMGA007792-93)の存在が明確となった。抵抗性系統(C2_R)と感受性系統(Rin_S)のBGIBMGA007735および、BGIBMGA007792-93のタンパク質をコードする領域の塩基配列を比較したところ、BGIBMGA007735ではマーカーの内側の配列は明らかとなり、その範囲では1塩基の違いもなかった。BGIBMGA007792-93ではORFの全長が明らかとなり、塩基配列で39塩基、アミノ酸配列で13残基の差異が見られた(図2、図3)。以上から、BGIBMGA007792-93遺伝子がBt抵抗性遺伝子である可能性が示唆された。
【0079】
[実施例2] 抵抗性候補遺伝子の抵抗性系統と感受性系統における推定されるアミノ酸配列比較
抵抗性系統(7系統)・感受性系統(10系統)の中腸組織からcDNAを調製し、BGIBMGA007792-93のタンパク質をコードする遺伝子のORF領域の塩基配列を決定した。推定されるアミノ酸配列を比較し、抵抗性系統に共通する変異があるか調べた。調査された抵抗性系統は、J1_R、Ki_R、Be_R、C2_R、C7_R、Cs_R、N15_R(342号由来)の7系統である。調査された感受性系統は、Yo_S(日本系統)、Bag_S、N65_S、E12_S、An_S、CaM_S、My_S、PMy_S(Rin_Sと近縁の系統)、Rin_S(本研究に用いている系統)、e21_S(912号由来)の10系統である。抵抗性7系統および感受性10系統、合わせて17系統を比較したところ、234位(図4では235位)のTyr(チロシン)の挿入が抵抗性系統に共通な配列として見出された(図4)。
【0080】
[実施例3] トランスジェニックカイコを用いた抵抗性候補遺伝子の証明
抵抗性遺伝子は劣性の遺伝子であることから、遺伝子の機能欠失によって抵抗性を生じていると予想される。これを証明するために、抵抗性カイコ系統に感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子を導入することにより、当該抵抗性カイコ系統を感受性に戻す実験(レスキュー実験)を行った。
(i)トランスジェニックカイコを作出するにあたり、遺伝子を強制発現させる組織の選択が重要である。そこで、まず、BGIBMGA007792-93遺伝子がどの組織で発現しているかをRT-PCR法で調査した。調査した組織は、amg:前部中腸、mmg:中部中腸、pmg:後部中腸、afb:胸部脂肪体、pfb:腹部脂肪体、sg:絹糸腺、mt:マルピーギ管、hc:血球、te:精巣、ov:卵巣、int:外皮である。その結果、中腸のみで発現が確認された(図5)。なお、中腸は、amg:前部中腸、mmg:中部中腸、pmg:後部中腸の3つの部位のぞれぞれについてBGIBMGA007792-93遺伝子の発現を調査したが、いずれの部位でも発現が確認された。
(ii)トランスジェニックカイコを作出するにあたり、元になるカイコ系統は、抵抗性型のBGIBMGA007792-93遺伝子をもち、眼と卵殻が白く、非休眠であることが望ましい。そこで、次に、カイコ系統「白/c」および「w1-pnd」を交配し、全ての形質を持ち合わせるカイコ系統を作出した。なお、白/cは、眼と卵殻が白く、休眠する形質をもつ系統であり、抵抗性型と感受性型の遺伝子を持つ個体が存在する。また、w1-pndは眼と卵殻が白く、非休眠の系統であり、抵抗性型の遺伝子を持っている。
(iii)UAS-Bt系統(SS16-1,SS16-3)を作製した。まず、GAL4によって活性化されるUAS配列の下流に、感受性のカイコ(606系統)のBGIBMGA007792-93遺伝子を連結し、piggyBacトランスポゾンベクターに組み込んだ(図6)。このベクターを、(ii)で作製したカイコ系統(抵抗性・非休眠性のw1-pnd系統)に注射した。UAS-Bt-r系統は、抵抗性・休眠性の白/c系統と交配して維持した。UAS配列の下流に感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子が配置されており、GAL4によってUAS配列が活性化されると(すなわち、エフェクターコンストラクトが機能すると)、卵の時期に目でEGFPが発現する。
(iv)中腸でGAL4を発現する系統を作製した。まず、アクチベーターコンストラクト(図7)をUAS-Bt系統作出の場合と同様の方法でカイコ系統に導入して、抵抗性・休眠性のBmA3_GAL4系統(52-2)を作出した。アクチベーターコンストラクトが機能すると、卵の時期に目でDsRed2が発現し、幼虫の中腸ではGAL4が発現する。
【0081】
中腸発現GAL4系統とUAS-Bt系統を交配して得たF1のうち、GAL4とUAS-Btの両遺伝子を持つ個体のみ中腸でUAS-Btを高発現するため、眼の色(GFPとDsRed2)により、それらを卵の段階で選抜して、2齢に脱皮した幼虫を生物検定に供試した。
(v)生物検定においては、直径14mmにくりぬいた桑葉の裏面に、4倍階段希釈したCry1Ab毒素液を15μl塗布した。脱皮直後の2齢幼虫をその桑葉で1頭ずつ2日間飼育し、さらに無処理の桑葉で2日間飼育して死虫数を調査した。試験は1濃度区当たり2齢幼虫を24頭用いた。飼育容器は、培養細胞用の24穴プレート、温度は25℃とした。プロビット法により死亡率からLC50を算出した。
【0082】
表2にこれまでにCry1Ab毒素抵抗性遺伝子解析に使用してきた抵抗性系統(C2_R)と感受性系統(Rin_S)に対するCry1Ab毒素のLC50を示した。LC50値が大きな値を示しているのが抵抗性で、低い濃度で死亡するのが感受性である。このRin_S系統の持つ劣性の抵抗性候補遺伝子(優性の感受性候補遺伝子)をクローニングしてUAS-Bt系統作出のためのコンストラクトを作製している。UAS-Bt系統として作製した系統のうち、本研究では、SS16-1とSS16-3の2種類の系統を用いた。
【0083】
【表2】

【0084】
表中、1)は、50%致死濃度を、桑葉1cm2当たりの毒素タンパク質濃度として示す。また、2)は、95%信頼限界を示す。
【0085】
表3には、遺伝子組換えカイコ作出と維持に使用した白卵突然変異の非休眠系統および休眠系統と、中腸でGAL4を発現する抵抗性・休眠性のBmA3_GAL4系統(52-2)におけるLC50を示した。なお、白/cおよびw1-pnd系統は純系系統ではなく遺伝的背景が均一ではないため、抵抗性の強さはある程度ばらつきがあると考えられる。どの系統もCry1Ab毒素に対して抵抗性を示している。
【0086】
【表3】

【0087】
表中、1)は、目と卵殻が白くCry1Ab毒素抵抗性を示す休眠系統で、作製した系統の維持に用いた系統を、2)は、Cry1Ab毒素抵抗性でUAS配列の下流にBt遺伝子を持つコンストラクトを注射した系統を、3)は、白/c由来で,UASに結合する転写因子Gal4を中腸で発現する系統を、それぞれ示す。
【0088】
中腸発現GAL4系統とUAS-Bt系統を交配して得たF1(52-2×SS16-3および52-2×SS16-1)の2齢幼虫は、Rin_R系統と同等あるいはそれ以上の感受性を示した(表4;データ行の1行目と3行目)。一方、対照として用いた白/c×SS16-1および白/c×SS16-3(表4;2行目と4行目;GAL4を持たない)はいずれも抵抗性を示した。4齢幼虫を用いた試験でも同様の結果が得られた(表5)。また、52-2×白/Cは、BGIBMGA007792-93遺伝子を持っていないので、抵抗性を示している。これらの結果は、抵抗性のカイコにおいて感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子を発現させることによって、カイコが感受性に変化することを示しており、BGIBMGA007792-93遺伝子がCry1Ab毒素抵抗性遺伝子の本体であることが実証された。
【0089】
【表4】

【0090】
表中、1)は、優性の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子の強制発現系統を、2)は、優性の感受性型BGIBMGA007792-93遺伝子を導入されたが発現が抑えられている系統を、3)は、GAL4遺伝子のみを中腸で発現している系統を、それぞれ示す。

【0091】
【表5】

【0092】
[実施例4] 抵抗性系統に導入した感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子の中腸組織における発現量の定量
実施例3における生物検定に用いたカイコにおいて、導入した遺伝子が発現しているかどうかを定量PCRを用いて検証した。BGIBMGA007792-93遺伝子において、抵抗性と感受性を示す原因は1アミノ酸の相違によるものであることが示唆されている(図4)。しかし、他の部分の配列は極めて保存性が高いため、この部分で両者の発現量を区別して定量することは困難である。そこで、感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子を導入したカイコにおいて、本来発現している抵抗性型のBGIBMGA007792-93遺伝子と導入した感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子の発現量を同一個体内で区別するために、mRNAの3’端に近い部分の一塩基多型を利用したプライマーを設計した(図8、配列番号:35〜38)。
【0093】
まず、オリジナル系統であるRin_S感受性系統とC2_R抵抗性系統の遺伝子発現量をこのプライマーで測定した(図9、オリジナル系統)。その結果、それぞれの発現量を測定でき、そして、両者を混ぜて定量した場合においても、それぞれの遺伝子量を定量していると考えられるデータが得られた。そこで、遺伝子導入系統の4齢幼虫の中腸を解剖して、mRNAを抽出後、cDNAを作製して、発現量を定量した(リボソーム蛋白質遺伝子に対する相対定量)。定量にはSS16-1とSS16-3の両系統を用いた。
【0094】
その結果、これら感受性型のBGIBMGA007792-93遺伝子を導入した系統とGAL4系統をかけ合わせた子孫(図9、SS16-1とSS16-3のA)では、導入した遺伝子(図9、網掛けで示した)が、もともと持っている抵抗性の遺伝子と同等か、それ以上の発現量を示しており、導入した遺伝子がカイコ幼虫の中腸内で確実に発現していることが証明された。また、GAL4系統をかけ合わせていないSS16-1とSS16-3の両系統(BとE)では、一部の個体で導入した感受性の遺伝子が僅かに発現しているのも認められたが、上記の生物検定結果から、この程度の発現量は検定結果に大きく影響しないと考えられる。
【0095】
以上から、BGIBMGA007792-93遺伝子が、カイコにおいて、Cry毒素の毒性発現に関与していることが証明された。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明により見出されたBGIBMGA007792-93遺伝子は、養蚕業において、Cry毒素抵抗性のカイコ実用系統の育種に利用することができる。この遺伝子をマーカーとして利用することにより、このようなカイコ系統の育種期間の短縮が可能となる。Cry毒素抵抗性カイコ系統を利用すれば、桑園の周囲に鱗翅目害虫の防除用に散布されたCry毒素を主成分とする殺虫剤のドリフトにより、桑園のクワ葉が汚染されても、それによるカイコへの被害を防ぐことができる。これまでカイコの飼育期間中は、桑園への殺虫剤散布ができなかったが、カイコにCry毒素抵抗性を付与することにより、飼育期間中でも殺虫剤による桑園の鱗翅目害虫防除が可能となる。
【0097】
また、害虫防除の分野では、本発明により見出されたBGIBMGA007792-93遺伝子を、鱗翅目をはじめとした害虫のCry毒素抵抗性発達の機構解明や害虫個体群におけるCry毒素抵抗性の発達予測等に利用できる。害虫の抵抗性系統と感受性系統間で、発見した遺伝子と相同性を示す遺伝子のDNA配列情報を比較し、抵抗性とDNA配列情報との間に関連性が認められれば、抵抗性発達の機構解明につながる。現在、抵抗性の発達機構が解明されていない害虫種としては、Cry1Ac抵抗性コナガ(アブラナ科野菜の害虫)、Cry1Ab抵抗性やCry1F抵抗性のヨーロッパアワノメイガ(トウモロコシの害虫)などが挙げられ、BGIBMGA007792-93遺伝子はこれらの虫の抵抗性機構解明に寄与しうる。また、ある鱗翅目害虫の抵抗性がBGIBMGA007792-93遺伝子の変異によることや、その遺伝様式が明らかとなれば、その遺伝子情報に基づいた抵抗性遺伝子の検出用プライマー等の作出が可能となる。このようなプライマーなどを用いれば、野外よりフェロモントラップ等で採集した成虫を対象に、抵抗性遺伝子の検出と遺伝子の頻度調査ができるため、従来の生物検定による方法(例:抵抗性が劣性の場合、野外から採集した個体と純系の抵抗性系統を交配して得たF1を対象とした生物検定により野外の個体の遺伝子型を判別)より簡便に抵抗性遺伝子頻度の調査が可能となる。この結果、抵抗性遺伝子の頻度が高い場合には、用いるCry毒素の種類を変えるなどの迅速な対処を行い、害虫の薬剤抵抗性発達を未然に防ぐことができる。従って、本発明は、害虫個体群管理技術構築への貢献も期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する感受性を付与する活性を有するタンパク質をコードする、下記(a)〜(e)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18または20に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17または19に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16、18または20に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(d)配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17または19に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(e)配列番号:1、3、5、7、9、11、13、15、17または19に記載の塩基配列からなるDNAと相同性が90%以上の塩基配列からなるDNA
【請求項2】
鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードする、下記(a)〜(e)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:22、24、26、28、30、32または34に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(b)配列番号:21、23、25、27、29、31または33に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA
(c)配列番号:22、24、26、28、30、32または34に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA
(d)配列番号:21、23、25、27、29、31または33に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA
(e)配列番号:21、23、25、27、29、31または33に記載の塩基配列からなるDNAと相同性が90%以上の塩基配列からなるDNA
【請求項3】
鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を付与する活性を有するタンパク質をコードする、下記(a)〜(c)のいずれかに記載のDNA。
(a)請求項1に記載のDNAの転写産物と相補的な二重鎖RNAをコードするDNA
(b)請求項1に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA
(c)請求項1に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のDNAが導入された鱗翅目昆虫細胞。
【請求項6】
請求項5に記載の細胞を含む鱗翅目昆虫。
【請求項7】
請求項6に記載の鱗翅目昆虫の卵、子孫またはクローン。
【請求項8】
鱗翅目昆虫における請求項1に記載のDNAの発現または機能を抑制することを特徴とする、バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性が付与された鱗翅目昆虫の作出方法。
【請求項9】
鱗翅目昆虫に請求項2または3に記載のDNAを導入する工程を含む、鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性が付与された鱗翅目昆虫の作出方法。
【請求項10】
請求項2もしくは3に記載のDNA、または該DNAが挿入されたベクターを含む、鱗翅目昆虫にバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を付与するための薬剤。
【請求項11】
鱗翅目昆虫におけるバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する感受性または抵抗性を判定する方法であって、被検鱗翅目昆虫における請求項1または2に記載のDNAの塩基配列を解析することを特徴とする方法。
【請求項12】
バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性の鱗翅目昆虫を育種する方法であって、
(a)バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性の鱗翅目昆虫系統と任意の鱗翅目昆虫系統とを交配させる工程、
(b)工程(a)における交配により得られた個体におけるバチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する感受性または抵抗性を、請求項11に記載の方法により判定する工程、および
(c)バチルス・チューリンゲンシスの産生する殺虫性タンパク質に対する抵抗性を有すると判定された系統を選抜する工程、を含む方法。

【図1】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図4−3】
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【図4−4】
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【図4−5】
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【図4−6】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−65582(P2012−65582A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212723(P2010−212723)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】