説明

麻疹及びマラリア感染症に対する2価ワクチンとして有用な組換え体麻疹ウイルス

【課題】
マラリア感染症に対して安全かつ有効なワクチン、およびかかるワクチンの製造に使用するベクターを提供すること。さらに、麻疹ウイルス及びマラリア感染症に対して優れた防御効果を発揮し、しかも接種時の煩雑さが解消された2価ワクチンを提供すること。
【解決手段】
本発明により、麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスが提供される。マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質は、好ましくはpfEMP-1、MAEBL、AMA-1、MSP-1、LSA-1、Pfs230などから選択される。さらに、本発明は、上記組換え体麻疹ウイルスを含む、麻疹及びマラリア感染症に対する2価ワクチン、上記組換え麻疹ウイルスを感染させた動物から採取される体液から得られる抗血清にも関する。また、マラリア感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする、マラリア感染症に対するワクチンの製造方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻疹及びマラリア感染症に対するワクチン作用を持つ組み換え体麻疹ウイルス、それを含むワクチンおよびそれより得られる抗血清に関する。
【背景技術】
【0002】
マラリアは、原生動物門胞子虫綱プラスモジューム属であるマラリア原虫(Plasmodium)によって起こる感染性疾患である。世界保健機構(WHO)は、エイズ、結核とともにマラリアを3大感染症としている。熱帯、亜熱帯を中心に毎年、3億〜5億人が発病し、100万〜300万人が死亡している。発生の90%以上はサハラ以南のアフリカに起こっているが、世界100カ国以上で流行し、世界人口の40%( 23億人) が感染の危機にさらされているといわれている。アジアでも中国南部、フィリピン、ベトナム、ラオス、タイ、カンボジア、ミャンマー、インドネシアやマレーシア等に発生が報告されている。近年、地球温暖化に伴って、マラリアはその感染地域を拡大するものと思われる。また、マラリアの流行地で感染して、帰国してから発症する例の増加も問題となっている。
【0003】
マラリア原虫は、寄生虫の中でも、他の動物の細胞内に寄生するのが特徴で、宿主となるのは脊椎動物中の爬虫類、鳥類、哺乳類であり、魚類、両生類には寄生しない。ヒトに感染するマラリア原虫には、1)熱帯熱マラリア原虫 (Plasmodium falciparum)、2)三日熱マラリア原虫 (Plasmodium vivax) 、3) 卵形熱マラリア原虫 (Plasmodium ovale) 、4)四日熱マラリア原虫 (Plasmosium malariae)の4種があるが、熱帯熱マラリア原虫が感染の大半を占めており、致死率が最も高い。
【0004】
ヒトへの感染は、ハマダラカ(Anopheles )によって媒介され、マラリア原虫の寄生によって起こる。症状は、高熱、頭痛、関節痛を呈し、適切な治療を受けないと重症化し、昏睡に陥り結果的に死亡することがある。
【0005】
マラリア対策として、これまでに1)殺虫剤によるハマダラカ対策、2)薬剤による予防・治療等が試みられてきたが、殺虫剤耐性ハマダラカの出現や、マラリア原虫の薬剤耐性のため、今のところ効果的な方法は見つかっていない。また、マラリアに対するワクチンの開発は古くから行われてきたが、未だに有効なワクチンは開発されていない。
【0006】
マラリア原虫は蚊によって媒介されるが、ワクチンを考える上でマラリアの生活史を理解する必要がある。すなわち、1)マラリア原虫に感染したハマダラカ雌がヒトを刺咬し、マラリア原虫(スポロゾイト)を血管内に注入する時期(数分)、2)マラリア原虫が肝臓中に侵入し、肝細胞中で増殖する時期 (1〜2週間) 、3)肝細胞を破裂させて、メロゾイトが血中に放出され、赤血球に侵入、再び増殖し、新しく生まれた原虫はもっと多くの赤血球に侵入する時期(このサイクルを繰り返す)、4)ハマダラカがこの患者から吸血すると、原虫は蚊の胃壁で増殖し、この蚊が別の人を吸血したときに唾液とともに注入する時期(10〜14日)の4つのステージである。ヒトでマラリアの増殖を抑え、治癒を促進するためのワクチンを考えるさいには、上記のうち1)から3) が対象となる。
【0007】
また、各ステージでの免疫反応は、1)中和抗体 2)細胞性免疫 3)赤血球に進入するのを防ぐ抗体が考慮されなくてはならない。このような、マラリア原虫の生活史における各段階に基づいて、抗スポロゾイトワクチンや抗メロゾイトワクチンなどが提案されているが、マラリア原虫のヒトの免疫系を回避する巧妙なしくみにより、いずれのワクチンも実際のマラリア感染防止には効果を発揮していない。
【0008】
これまでに提案されたワクチンには、マラリアの各種抗原エピトープを同定し、これらのペプチドを用いたワクチンや、このペプチドをコードする DNAを含む DNAワクチンがあるが、どちらも予防効果はあまり高くない。また、DNAワクチンに関しては抗DNA抗体の誘導により自己免疫疾患を引き起こす可能性がある、抗原が永続的に発現されてしまう、などという欠点があった。
【0009】
一方、麻疹は最近まで、一般の小児期疾患の中で最もよく知られたものであった。臨床的な特徴は発熱、鼻カゼ、結膜炎などの前駆症状のあと、頭部に発疹が出現し、ついで胸部、躯幹、四肢に広がって行く。中耳炎、クルップ、気管支炎、気管支肺炎などの合併症をよく起こす。低栄養の小児が麻疹で死亡する場合、通常、死因は細菌性肺炎である。しかし、最も危険な麻疹合併症は急性感染性脳症で、麻疹症例1,000 例につき1例の割合で発生し、死亡率約15%に及び、死を免れても多くの症例で生涯、神経系後遺症が残る。
【0010】
予防接種があまり行われていない国では、2、3 年毎に大きな流行を繰り返し、主に晩秋から春にかけて発生が多く見られる。米国では1963年に麻疹ワクチンが認可されたが、それ以前は2 、3 年毎に大きな流行を繰り返し、大きな流行の年には年間50万人の麻疹患者の報告と約 500人の麻疹による死亡があったと報告されている。1963年以降は麻疹患者の報告は激減し、2 、3 年毎の大きな流行も見られなくなり、1983年には年間1497人の麻疹患者の報告にまで少なくなった。
【0011】
しかし、発展途上国では、生後1 年以内の小児麻疹による死亡率が高く、世界保健機構(WHO)は、予防接種を最優先事項として拡大予防接種の一部として実施している。これらの地域では、母体からの抗体の低下も先進国の場合よりも速やかで、小児は早いうちから麻疹に感受性となるので、低栄養の小児の麻疹の死亡が、小児の死亡の主な原因の1 つである。
【0012】
麻疹は、パラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)、モービリウイルス属(Morbillivirus)に分類される麻疹ウイルス(Measles Virus)により引き起こされる。ウイルス粒子は多型性の楕円形構造をもち、直径は100 〜250nm である。内部のカプシドには螺旋形のネガチブのRNA ゲノム、外部のエンベロプはマトリックス蛋白及び血球凝集素(H)蛋白、fusion(F) 蛋白の短い表面糖蛋白(M) 突起を持つ。HおよびF蛋白は、ウイルスの細胞吸着や細胞融合、M蛋白はウイルスの集合(assenmbly)に必要である。ウイルス蛋白としては6種の構造蛋白、および1種の非構造蛋白が存在する。
【0013】
麻疹に対するワクチンとしては、麻疹ウイルスを細胞培養で継代して弱毒化した生ワクチンが使用され、免疫の効果は長期間にわたる。
しかしながら、麻疹ウイルスをマラリアワクチンのベクターとして用いるとの発想はこれまで全く見られない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
マラリア感染症に対する効果的なワクチンは先に述べたように未だ実用化されていない。従って、本発明の目的は、マラリア感染症に対して安全かつ有効なワクチン、およびかかるワクチンの製造に使用するベクターを提供することである。さらに、本発明の目的は、麻疹ウイルス及びマラリア感染症に対して優れた防御効果を発揮し、しかも接種時の煩雑さが解消された2価ワクチンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、有効なマラリアワクチンの開発を検討する中で、ウイルスワクチンベクターを用いたワクチンの作製に着目し、その過程で、麻疹ウイルスをベクターとして使用するという着想を得た。麻疹ウイルスは、生ワクチンとしてその安全性と効果は確立されているため、有効な免疫反応を誘導し終生免疫を賦与できるなどの点でウイルスワクチンベクターとして使用できるのではないかとの考えから、これにマラリア原虫の感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入して組換え体麻疹ウイルスの作出を試みた。鋭意検討の結果、本発明者等は、こうして得られた組換え体麻疹ウイルスは、挿入した外来遺伝子であるマラリア原虫の感染防御抗原遺伝子を感染細胞内で安定的に発現させ、多価ワクチン用のウイルスベクターとして使用できることを見出した。即ち、麻疹およびマラリアに対するワクチンとして有用な、組換え体麻疹ウイルスを得ることができた。
【0016】
従って、本発明の要旨は、麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスにある。
また、本発明は、生体接種後にマラリア感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現しうる伝播力を有する組換え体麻疹ウイルスである。
【0017】
上記において、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質は、好ましくはpfEMP-1、MAEBL、AMA-1、MSP-1、LSA-1、Pfs230などから選択される。
さらに本発明は、1 以上の麻疹ウイルスゲノム遺伝子、特に麻疹ウイルス機能蛋白遺伝子が改変されていることを特徴とする、上記組換え体麻疹ウイルスにも関する。
【0018】
上記組換え体麻疹ウイルスにおいては、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子以外の外来遺伝子、例えば、癌特異的マーカー分子に対するモノクローナル抗体の抗原認識部位遺伝子などを含んでもよい。
【0019】
さらに本発明によれば、上記組換え体麻疹ウイルスに含まれる RNA、およびこの組換え体麻疹ウイルスゲノム RNAを転写しうる鋳型cDNAを含むDNA にも関する。このDNA は好ましくはプラスミドの形態である。
【0020】
また、本発明は、上記組換え体麻疹ウイルスを含む、麻疹及びマラリア感染症に対する2価ワクチンにも関する。さらに、上記組換え麻疹ウイルスを感染させた動物から採取される体液から得られる抗血清にも関する。また、マラリア感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする、マラリア感染症に対するワクチンの製造方法も提供される。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したように、本発明によれば、これまで実用化が困難であったマラリア感染症に対するワクチンを提供することができ、しかも、麻疹およびマラリア感染症の防御が、単一の組換え体麻疹ウイルスワクチンの接種で可能になる。また、マラリア感染症に対する抗血清によりマラリアの診断および治療が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、本発明の組換え体麻疹ウイルスおよびこれを含むワクチンについて詳しく説明する。
本発明では、マラリア感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする。即ち、麻疹ウイルスゲノム中にマラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスを製造して、これをワクチンとして用いる。
【0023】
本発明の組換え体麻疹ウイルスの作製には、例えば、特開2001-275684 号公報に記載のイヌジステンパーウイルスの再構成に用いた、リバースジェネティクス系を利用することができる。ウイルスゲノムの改変や外来遺伝子の導入などの遺伝子操作はDNA レベルで行われるので、(-) 鎖RNA ウイルスに属する麻疹ウイルスの遺伝子操作には、ウイルスゲノムのcDNAを得ることが必要である。即ち、cDNAを経由して、伝播力を有する組換え体麻疹ウイルス粒子を再構成する必要がある。より具体的には、麻疹ウイルスゲノム RNAのcDNAを得て、これに目的の外来遺伝子を組み込んで組換えcDNAを得る。このcDNAを、このcDNAを鋳型として細胞内でRNA を転写しうるユニットとともに、転写複製に関する遺伝子を発現している細胞内に導入することにより、麻疹ウイルス粒子を再構成することができる。
【0024】
組換え体麻疹ウイルスの作製に用いる麻疹ウイルスとしては、野外流行麻疹ウイルスに対して高い中和抗体を誘導することができる麻疹ウイルスであればよく、例えばHL株、ICB 株などがあげられる。またはワクチン株、例えばEdmonston 株であっても該当する中和抗体の産生を誘導するように遺伝子工学的に改変がなされたものであれば利用することができる。
【0025】
麻疹ウイルスゲノムに外来遺伝子として挿入するマラリア原虫の遺伝子としては、マラリア症の発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子であればよく、例えば、マラリア原虫の病原性や増殖に関する蛋白質をコードし、この蛋白質が生体内で発現した場合に免疫応答を生じさせることができる遺伝子がある。マラリアに対して発症防御をもたらす蛋白質としては、マラリア原虫の生活史の様々な段階における各種抗原が見出されており、これらのいずれかの段階の1種または2種以上の抗原、あるいは2以上の段階の各抗原をコードする遺伝子が使用できる。このような遺伝子としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
pfEMP-1 :感染赤血球表面抗原(U31083)
MAEBL :ロプトリープロテイン(rhoptryprotein)(AF400002)
AMA1:頂端膜抗原-1(M27133)
MSP-1 :無性血液段階のメロゾイト表面蛋白質-1(M19143)
LSA1:肝段階の抗原(Z30319, Z30320, X56203)
Pfs230:生殖母体表面タンパク質(L08135)
上記において括弧内はDBJの登録番号である。
【0027】
これらの遺伝子の塩基配列は決定されており、例えば、pfEMP-1 遺伝子およびMAEBL 遺伝子の塩基配列は、それぞれデータベースGenBank のAF286005およびAY042084にも記載され既知であるので、この既知配列に基づいて設計したプライマーを用いて、マラリア原虫から抽出した RNAを用いて、pfEMP-1 遺伝子やMAEBL 遺伝子のcDNAを得ることができる。
【0028】
麻疹ウイルスのゲノムは、ウイルスの複製に関与するリーダー配列とトレーラー配列を両端にもち、その間にウイルスの構成蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子を有する。N蛋白質は3'末端から順にウイルスRNA に結合し包装する。P遺伝子からはP蛋白質、V蛋白質、C蛋白質の3 種類の蛋白質が生成され、P蛋白質はRNA ポリメラーゼの小サブユニットとしてウイルスの転写複製に関与していることが明らかになっている。L蛋白質はRNA ポリメラーゼの大サブユニットとして機能している。M蛋白質はウイルス粒子構造を内側から支え、F蛋白質およびH蛋白質は宿主細胞への侵入に関わる。
【0029】
本発明の組換え体麻疹ウイルスを作製するには、まず、上述のような麻疹ウイルスからゲノムRNA を調製し、そのcDNAを作製する。cDNAは特定のプロモーター下流に接続され、cDNAの接続する向きによって、ゲノムRNA またはcRNAが転写される。このcDNAに遺伝子工学的操作により、上述のマラリア原虫の遺伝子のcDNAを挿入して組換えcDNAを作製する。
【0030】
本発明の組換え体麻疹ウイルスの作製において、麻疹ウイルスゲノム中の、マラリアの感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入する部位は、特に限定されないが、N、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間およびN遺伝子の上流に挿入することができる。
【0031】
麻疹ウイルスゲノムのcDNAを作製する際に、ウイルスを構成する蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間や両端に適宜制限酵素認識配列を配置しておくと、目的の外来遺伝子の挿入を容易に行うことができ、最適な外来蛋白質の発現を示す部位を選ぶことができる。各遺伝子間に制限酵素認識配列を配置した具体例として、例えば実施例1において用いるプラスミドpMV(7 +) がある (図1参照) 。
【0032】
本発明の組換え体麻疹ウイルスは、マラリア原虫の感染防御に有効で伝播力を保持する限り、組換え体に含まれるRNA の任意の部位に他の任意の外来遺伝子が挿入されていても、またいかなるゲノム遺伝子が欠失または改変されていてもよい。挿入される他の外来遺伝子としては、宿主内で発現可能なウイルス、細菌および寄生虫内の病原性を惹起する各種蛋白質をコードする遺伝子や各種サイトカインをコードする遺伝子、各種ペプチドホルモンをコードする遺伝子、抗体分子内の抗原認識部位をコードする遺伝子等があげられる。例えば、インフルエンザウイルス、ムンプスウイルス、HIV、デング熱ウイルス、ジフテリア、リーシュマニアなどや、癌特異的マーカー分子に対するモノクローナル抗体の抗原認識部位遺伝子などがある。挿入した外来遺伝子の発現量は、遺伝子挿入の位置または遺伝子前後のRNA 塩基配列により調節しうる。また、例えば免疫原性に関与する遺伝子を不活化したり、RNA の転写効率や複製効率を高めたりするために、一部の麻疹ウイルスのRNA 複製に関与する遺伝子を改変してもよい。具体的には介在配列、リーダー部分の改変が挙げられる。
【0033】
上記のようにして遺伝子操作を施した麻疹ウイルスゲノムのcDNAを、このDNA を鋳型として細胞内でRNA を転写しうるユニットと共に、麻疹ウイルスまたは近縁種ウイルスの転写複製酵素群をすべて発現する宿主に導入することによって組換え体ウイルスを生成させることができる。RNA を転写しうるユニットとしては、例えば、特定のプロモーターに作用するDNA 依存性RNA ポリメラーゼを発現するDNA であり、上記遺伝子操作を施したcDNAがこの特定のプロモーター下流に接続されている。このユニットの具体例としては、例えばT7RNA ポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルス、T7RNA ポリメラーゼ遺伝子を人工的に組み込んだ培養細胞などがある。
【0034】
このユニットと共にcDNAを導入する宿主は、麻疹ウイルスまたは近縁種ウイルスの転写複製酵素群をすべて発現する宿主、すなわちN蛋白質、P蛋白質およびL蛋白質、またはこれらと同等の活性を有する蛋白質を同時に発現する宿主であればよい。例えば、これらの蛋白質をコードする遺伝子を染色体上に有する細胞を用いるか、あるいは適宜細胞にN蛋白質、P蛋白質およびL蛋白質の各蛋白質をコードする遺伝子を有するプラスミドを導入したものでもよい。好適にはN遺伝子、P遺伝子およびL遺伝子を有する適宜プラスミドを導入した293 細胞またはB95a細胞などが使用できる。
【0035】
上記のようにして得られる本発明の組換え体麻疹ウイルスは、マラリアの発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子を含み、この遺伝子は以下の実施例で実証されるように、組換え体ウイルスの接種後にマラリア症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現するので、マラリア原虫の増殖防御効果を発揮する。しかも、この組換え体ウイルスは麻疹ウイルスとしての機能は維持されているので、麻疹に対するワクチンとしても有効である。
【0036】
本発明のワクチンは、この分野で通常用いられる方法により、本発明の組換え体麻疹ウイルスを必要に応じ薬学的に許容しうる担体や適宜添加剤と混合して製造することができる。薬学的に許容しうる担体とは、投与対象に有害な生理学的反応を引き起こさず、かつワクチン組成物の他の成分と有害な相互作用を生じないような希釈剤、賦形剤、結合剤、溶媒などであり、例えば、水、生理食塩水、各種緩衝液、が用いられる。使用できる添加剤には、アジュバント、安定剤、等張化剤、緩衝剤、溶解補助剤、懸濁化剤、保存剤、凍害防止剤、凍結保護剤、凍結乾燥保護剤、静菌剤などが例示される。
【0037】
ワクチンの剤型は、液状、凍結または凍結乾燥のいずれでもよい。適宜培地や培養細胞等で培養して得られた培養液を採取し、安定剤等の添加剤を添加して小分瓶やアンプル等に分注後密栓して液状ワクチンを製造することができる。分注後、徐々に温度を下降させて凍結したものが凍結ワクチンであり、凍害防止剤や結凍保護剤を添加しておく。分注した容器を凍結乾燥機中で凍結、次いで真空乾燥し、そのままあるいは窒素ガスを充填し密栓すると凍結乾燥ワクチンが得られる。液状ワクチンはそのまま、あるいは生理食塩水などで希釈して用い、凍結および乾燥ワクチンでは使用時にワクチンを溶解するための溶解用液が用いられる。溶解用液は各種の緩衝液や生理食塩水である。
【0038】
免疫原性を高めるためのアジュバントとしては、この分野で慣用のものを使用でき、例えば、BCG 、Propionibacterium acnes などの菌体、細胞壁、トレハロースダイマイコレート(TDM) などの菌体成分、グラム陰性菌の内毒素であるリポ多糖類 (LPS)やリピドA画分、β- グルカン、N-アセチルムラミルジペプチド(MDP) ペスタチン、レバミゾールなどの合成化合物、胸腺ホルモン、胸腺因子、タフトシンなどの生体成分由来の蛋白、ペプチド性物質、フロインド不完全アジュバント、フロインド完全アジュバントなどが例示できる。
【0039】
ワクチンの投与は、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、などにより行うことができる。投与量は、被験者の年齢、体重、性別、投与方法などにより異なり、特に限定されないが、通常1回当たり、10〜10TCID50の範囲が好ましく、少なくとも10TCID50とするのが特に好ましい。投与は麻疹ワクチンと同様に行なうことが好ましい。
【0040】
また上記組換え体麻疹ウイルスを動物に感染させ、体液より抗血清等を得て、治療や診断に用いることもできる。
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0041】
pfEMP 遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)の作出
組換えMVの作出に必要な感染性cDNAクローンは、麻疹ウイルスの野外株HL株の全ゲノム遺伝子配列をベースにし、ウイルスを構成する蛋白質をコードする6種類の遺伝子の両端に、人工的に制限酵素認識配列を配して作製されたpMV(7+) を用いた (図1) 。
【0042】
マラリア原虫の感染赤血球表面抗原であるpfEMP のCIDR-1領域cDNAはマラリア原虫(FCR-3 株)から抽出した全RNA を用いて、RT-PCRによって得た。pfEMPcDNA はFseI制限酵素認識配列を付加したプライマー(配列番号1および2)で再度増幅し、プラスミドベクターにクローニングして塩基配列を検査した。このプラスミドをFseIで切断して得られたpfEMPcDNA は、pMV(7+) のN遺伝子とP遺伝子間のFseI部位に挿入し、pfEMP 遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルスを作出させる感染性cDNAクローンpMV-pfEMP を得た。図2にpMV-pfEMP の簡単な構築図を示した。
【0043】
(プライマーの配列)
配列番号1:5'-tat agg ccg gccatc att gttata aaa aactta gga acc agg ttc atccac aat gcatcc ttt tttttg gaa gtg-3'
配列番号2:5'-tgt cgg ccg gcccta cta tgttgg tgg tgattg ttt gt-3'
組換え麻疹ウイルスの再構成実験は以下の通りに行なった。
【0044】
6ウェルプレートに通常のトリプシン処理を施した293 細胞を1ウェル当たり1,000,000 個と5 %ウシ退治血清を含むDMEM培地2ml を添加し、5 %CO2 、37℃の条件下で24時間培養した。培養液を取り除き、多重感染度(moi, multiplicity of infection)が2 になるように調整したT7 RNAポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルスMVA-T7を0.2ml のPBS に懸濁したものをウェルに添加した。10分間おきににウイルス液がウェル全体に行き渡るようにプレートを揺らし、1 時間感染させた。1時間後にウイルス液を除去し、各ウェルに2ml の培地を添加した後、100 μlのcDNA溶液を滴下した。cDNA溶液の調製は以下の通り行なった。
【0045】
麻疹ウイルスの複製に必要となるプラスミドpGEM-NP 、pGEM-P、pGEM-Lをそれぞれ1 μg 、1 μg、0.1 μgを1.5ml のサンプリングチューブにとり、さらにpMV(7+)-pfEMP-1 を1 μgと滅菌蒸留水を加えて核酸溶液10μlを調製した。別のサンプリングチューブにDMEM培地0.08mlを用意し、これに10μlのFugene 6(ロシュ・ダイアグノスティックス)を滴下混合後、この状態で室温に5 分間静置した。これを核酸溶液と調合し、さらに室温で15分間以上静置してcDNA溶液とした。
【0046】
前記ウェルを含むプレートを3 日間、5 %CO2 、37℃の条件下で培養した。3日目に培地を除去し、5%ウシ胎児血清を含むRPMI-1640 培地に懸濁したB95a細胞を1 ウェル当たり1,000,000 個になるように加え、293 細胞の上に重層した。このプレートをさらに5 %CO2 、37℃の条件下で、細胞障害性効果(CPE) が観察されるまで培養した。
RT-PCRとシークエンスにより組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)の作成を確認した。
【実施例2】
【0047】
組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)感染細胞でのpfEMP 発現の確認
B95a細胞にMV-pfEMP1を感染させ、48時間後に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、0.2%TritonX-100で浸透化した。1000倍希釈した抗pfEMP1抗体(ウサギ血清)を加えて室温1時間反応させた。pfEMP1抗体を除去し、PBSで3回洗浄後、FITC標識抗ウサギIgG抗体を2000倍希釈して添加し、室温で30分反応させた。抗ウサギIgG抗体を除去し、PBSで5回洗浄したのち、共焦点レーザー顕微鏡を用いて感染細胞を観察した。その結果、MV-pfEMP1感染細胞でのみFITCの蛍光が認められ、pfEMP1抗原の発現が確認された(図3)。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】pMV−HL(7+)の作製の概略を示す図である。
【図2】pMV-pfEMP の作製の概略を示す図である。
【図3】組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)感染細胞におけるpfEMPの発現を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルス。
【請求項2】
生体接種後にマラリア感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現しうる、伝播力を有する組換え体麻疹ウイルス。
【請求項3】
マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質が、pfEMP-1、MAEBL、AMA-1、MSP-1、LSA-1、およびPfs230からなる群より選択された少なくとも1つである、請求項1または2記載の組換え体麻疹ウイルス。
【請求項4】
1以上の麻疹ウイルスゲノム遺伝子が改変されていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルス。
【請求項5】
さらに、マラリア感染症の発症防御に関するタンパク質をコードする遺伝子以外の外来遺伝子を含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルス。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルスに含まれる RNA。
【請求項7】
請求項6記載の組換え体麻疹ウイルスゲノムRNAを転写しうる鋳型cDNAを含むDNA 。
【請求項8】
プラスミドの形態である請求項7記載のDNA 。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれかの項記載の組み換え体麻疹ウイルスおよび薬学的に許容される担体を含む、麻疹およびマラリア感染症に対する2価ワクチン。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれかの項記載の組換え体麻疹ウイルスを感染させた動物から採取される体液から得られる抗血清。
【請求項11】
マラリア感染症に対するワクチンの製造において、麻疹ウイルスをワクチンベクターとして用いることを特徴とする、マラリア感染症に対するワクチンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−99041(P2010−99041A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−275477(P2008−275477)
【出願日】平成20年10月27日(2008.10.27)
【出願人】(501308753)アリジェン製薬株式会社 (8)
【Fターム(参考)】