説明

1種類の高度不飽和脂肪酸残基3個から成るトリグリセライドの製造方法、およびその利用

【課題】 新規なトリグリセイドを含む油脂、その製造方法、その製造に使用ための微生物の提供。
【解決手段】 グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂の製造方法において、当該油脂を産生することが出来る微生物を培養し、所望により当該油脂を採取することを特徴とする方法;この方法により得られる油脂;並びに当該油脂の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1種類の高度不飽和脂肪酸残基3個から成るトリグリセライドの製造方法、およびその利用に関するものであり、特に、上記トリグリセライドを効率的かつ安定して製造する方法と、この製造方法により得られるトリグリセライド並びにその代表的な利用とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ここでいう高度不飽和脂肪酸(PUFA)とは、炭素数18以上で二重結合を2個以上持つ脂肪酸のことである。PUFAは種々のユニークな生理活性を持つため、各種の食品及び動物飼料へ添加してその機能性を高めるために使用される。主なものとしては、リノール酸(LA)、α-リノレン酸(ALA)、γ-リノレン酸(GLA)、ジホモ−γ−リノレン酸(DGLA)、ミード酸(MA)、アラキドン酸(AA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)等が挙げられる。利用にあたっては、遊離脂肪酸型やリン脂質型として用いられることもあるが、主として、トリグリセライド型として用いられ、そのアシル残基にPUFAが構成成分として含まれている場合が多い。
【0003】
一般に、PUFA自体の化学合成は難しく、そのコストも非常に高いため、その実際的な供給源は生物資源からの抽出に限られている。一般的には、油糧植物、魚介類、微生物、微細藻類などから抽出されることが多い。これらの生物は、多種類のPUFAを含んでいることが多く、単一のPUFAから成る生物資源はほとんど知られていない。
【0004】
PUFAをトリグリセライド型で利用するにあたって、近年、PUFAの結合位置や結合個数を特定した、いわゆる「構造脂質」として利用することにより、さらに機能性が高まることが知られている。構造脂質を製造する場合、位置特異的な化学的手法を用いることもあるが、多くの場合、食品としての用途が中心であることもあり、リパーゼなどの酵素を用いたアシル基の変換反応で製造することが多い(特開2003-4831、P01-0044)。この場合、反応系の設計にもよるが、一般的には、原料トリグリセライド中の特定の位置に結合した脂肪酸の結合は切断せずに、その他の位置に結合した脂肪酸のみを加水分解反応またはアシル基交換反応により除去することが多い。反応式1に、PUFA含有トリグリセライド混合物とカプリル酸とのリパーゼ反応により、1,3位にカプリル酸を含むトリグリセライドと遊離脂肪酸が生成する場合の例を示す(A〜I:脂肪酸、8:カプリル酸)。
【0005】
【化1】

【0006】
この場合、生成物である構造脂質中の目的のPUFA含量は、原料のトリグリセライド中の、切断しない脂肪酸残基(この場合は2位)中に含まれる目的のPUFA含量に依存する。また、副生する遊離脂肪酸の利用価値が高い場合も多いが、この遊離脂肪酸に含まれる脂肪酸の種類と割合は、原料のトリグリセライド中の、切断する脂肪酸残基(この場合1位と3位)中に含まれる脂肪酸の種類と割合に依存する。
【0007】
特定のPUFAを特定の位置に含む構造脂質を、そのPUFAを含むトリグリセライドなどを出発原料として、リパーゼなどを用いたアシル基の変換反応で製造するとともに、副成する脂肪酸も利用しようとする時、出発原料が多種類のPUFAを含んだ混合物である場合には、以下の点が問題となる。(1)グリセロール骨格に結合した状態で残したいアシル基に、目的のPUFA以外の脂肪酸が混入してしまう。(2)グリセロール骨格からはずれて副生する脂肪酸が、多種類の脂肪酸の混合物になってしまう。
【0008】
前記(1)と(2)を同時に解決するためには、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドを出発原料にすればよい。こうすることにより、グリセロール骨格に結合した状態で残したいアシル基についても、グリセロール骨格からはずれて副成する脂肪酸についても、すべて目的のPUFA1種類のみから成る純度の高いものとなり、付加価値が高まる。
【0009】
またヒトや動物が特定のPUFAの生理作用を期待してそのPUFAを含む脂質を摂取する場合には、安定性などの物性や生体への低刺激性の観点から、トリグリセライドとして摂取することが多いが、脂質であるためにカロリーの高いことが懸念されることもある。この場合、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドを摂取すれば、それ以外の脂肪酸を摂取せずに済むため、同量の目的のPUFAを摂取するために摂取しなければならないカロリーが最も低くなるという効果も期待される。
【0010】
このように、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドは非常に付加価値の高い物質である。
【0011】
目的のPUFAを含むトリグリセライド混合物中に、目的のPUFA1種類から成るトリグリセライド分子種がわずかでも含まれている場合には、高速液体クロマトグラフィーなどを用いて分離精製できることがある。または、目的のPUFAを含む脂質を、遊離脂肪酸や脂肪酸アルコールエステルの形に変換した後、高速液体クロマトグラフィーなどを用いて目的のPUFA1種類を分離精製して取得し、さらに化学合成または酵素変換によりグリセロールと結合させることにより、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドを得ることも原理的には可能である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記従来の技術では、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを効率的かつ安定的に製造することが困難であるという問題を有している。
また、上述したように、一般的に、PUFA自体の化学合成は難しく、そのコストも非常に高いため、その実際的な供給源は生物資源からの抽出に限られている。主な供給源としては、リノール酸やα-リノレン酸は油糧植物から、アラキドン酸やジホモ-γ-リノレン酸は微生物から、EPAやDHAは魚介類や微細藻類などが挙げられる。これらの供給源に含まれるPUFAはトリグリセライド型で存在することが多い。
【0013】
しかし、そのトリグリセライドには、多くの場合、多種類のPUFAが含まれ、またその結合位置もグルセロール骨格の1位、2位、3位のすべてに分布していることが多い。このように、トリグリセライドの3個の脂肪酸残基の種類を区別したトリグリド分子種という観点では非常に多くの種類の分子種が混在しているために、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドである分子種は、ほとんど含まれていないか、または含まれていても少量存在しているだけに過ぎず、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドである分子種を上記の供給源から分離精製することは、難しい。また、トリグリセライド混合物から特定のトリグリセライド分子種を分離精製するためには高速液体クロマトグラフィーなどの分析用の機器を用いる必要があり、工業的に大量製造することは非常に困難である。
【0014】
また、目的のPUFA1種類を、遊離脂肪酸や脂肪酸アルコールエステルの形で分離精製して取得し、その後に化学合成または酵素変換によりグリセロールと結合させることにより、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドを得ることも可能ではある。しかし、目的のPUFA自体はやはり上記の供給源から得るしかなく、油脂の抽出、遊離脂肪酸または脂肪酸アルコールエステルへの変換、目的のPUFAの分離精製、化学合成または酵素変換によるグリセロールとの結合、目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドの分離精製といった、非常に多くの工程を経なければならないため、コストや収量に大きな問題があり、全く実用的とは言えなかった。
【0015】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを効率的かつ安定的に供給することが可能な技術と、その代表的な利用技術とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、目的のPUFAを含むトリグリセライドを生産する脂質生産菌に突然変異処理を施すことにより、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドを高濃度で含有する突然変異株を取得できること、また、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドをその突然変異株の菌体から容易に抽出できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの製造方法は、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを生成し得る脂質生産菌を培養することにより菌体を得て、その菌体から1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを抽出する製造方法であって、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを生成し得る脂質生産菌を培養することを特徴としている。
【0018】
従って、本発明は、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂の製造方法において、当該油脂を産生することが出来る微生物を培養し、所望により当該油脂を採取することを特徴とする方法を提供する。
上記の方法において、好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である。
【0019】
更に好ましくは、上記の方法において、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率は、全トリグリセライドに対して40重量%以上であり、更に好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して50重量%以上である。
上記の方法において、前記同一の高度不飽和脂肪酸は、例えばアラキドン酸である。
【0020】
上記の方法において使用する微生物は、好ましくは、モルティエレラ(Mortierella)属の微生物であり、更に好ましくは、モルティエレラ(Mortierella)属モルティエレラ(Mortierella)亜属の微生物である。好ましくは、上記微生物は、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)種の微生物である。通常、上記の微生物は、高度不飽和脂肪酸を含む油脂を産生することが出来る微生物の変異株である。
本発明はまた、上記の方法により生産される油脂に関する。
【0021】
本発明は更に、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂を産生することが出来るモルティエレラ(Mortierella)属微生物、好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である油脂を産生することが出来るモルティエレラ(Mortierella)属微生物を提供する。より好ましくは、微生物は例えば、モルチィエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)である。上記の微生物は、好ましくは、変異株であり、例えば人工変異株である。
【0022】
本発明はまた、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂;好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である油脂;更に好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して40重量%以上である油脂;そしてより好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して50重量%以上である油脂、を提供する。
【0023】
本発明は更に、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂を含んでなる微生物培養菌体を提供する。好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上であり、さらい好ましくは、グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して40重量%以上であり、例えばグリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して50重量%以上である。
【0024】
発明の効果
本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを効率的かつ安定して製造し、容易に当該トリグリセライドが入手できると以下のような効果が生じる。
特定のPUFAを特定の位置に含む構造脂質を、リパーゼなどを用いたアシル基の変換反応で製造するとともに、副成する脂肪酸も利用しようとする時、本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを出発原料として用いることにより、グリセロール骨格に結合した状態で残したいアシル基についても、グリセロール骨格からはずれて副成する脂肪酸についても、すべて目的のPUFA1種類のみから成る純度の高いものとなり、主生成物、副成物ともに、付加価値が非常に高まる。
【0025】
またヒトや動物が特定のPUFAの生理作用を期待してそのPUFAを含む脂質を摂取する場合には、トリグリセライドを構成する3つの脂肪酸残基がすべて目的のPUFA1種類から成るトリグリセライドを摂取すれば、それ以外の脂肪酸を摂取せずに済むため、同量の目的のPUFAを摂取するために摂取しなければならないカロリーが最も低くなるという効果も期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの製造方法は、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを生成し得る脂質生産菌を培養することにより菌体を得て、その菌体から1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを抽出する製造方法であって、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを生成し得る脂質生産菌を培養することを特徴としている。
【0027】
本発明で用いられる上記脂質生産菌としては、特に限定されるものではないが、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、およびサプロレグニア(Saprolegnia)属から選択される少なくとも1種が用いられることが好ましい。
【0028】
このうち、上記脂質生産菌としてモルティエレラ属が用いられる場合、当該モルティエレラ属の菌がモルティエレラ亜属であることが好ましく、このモルティエレラ亜属の菌がモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)であることがより好ましい。モルティエレラ(Mortierella)属モルティエレラ(Mortierella)亜属に属する微生物では、例えばモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)等を挙げることができる。
【0029】
具体的にはモルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)IFO8570、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)IFO8571、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)IFO5941、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)IFO8568、ATCC16266、ATCC32221、ATCC42430、CBS219.35、CBS224.37、CBS250.53、CBS343.66、CBS527.72、CBS529.72、CBS608.70、CBS754.68等の菌株を挙げることができる。
また、モルティエレラ亜属以外にAA−PLの生産能を有する菌株としては、エキノスポランジウム・トランスバーサリス(Echinosporangium transversalis)ATCC 16960、コニディオボラス・ヘテロスポラス(Conidiobolus heterosporus)CBS138 .57、サプロレグニア・ラポニカ(Saprolegnia lapponica)CBS284.38等を挙げることができる。
【0030】
これらの菌株はいずれも、大阪市の財団法人醗酵研究所(IFO)、及び米国のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection, ATCC)及び、Centrralbureau voor Schimmelcultures(CBS)からなんら制限なく入手することができる。また本発明の研究グループが土壌から分離した菌株モルティエレラ・アルピナSAM2268(FERM P-17762)を使用することもできるが、これらの菌株に限定しているわけではない。これらのタイプカルチャーに属する菌株、あるいは自然界から分離した菌株をそのまま用いることができるが、増殖及び/又は単離を1回以上行うことによって得られる元の菌株とは性質の異なる自然突然変異を用いることができる。
【0031】
さらに、これらの脂質生産菌に突然変異処理を施し、選択することにより、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの生成能力の高まった脂質生産菌を選択することもできる。突然変異処理は、上記の脂質生産菌に適用可能であれば特に限定されるものではないが、放射線(X線、ガンマー線、中性子線)照射や紫外線照射、高熱処理等を行ったり、また微生物を適当なバッファー中などに懸濁し、変異原を加えて一定時間インキュベート後、適当に希釈して寒天培地に植菌し、変異株のコロニーを得るといった一般的な突然変異操作を挙げることができる。
【0032】
変異原としては、ナイトロジェンマスタード、メチルメタンサルホネートやN-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)等にアルキル化剤、5-ブロモウラシル等の塩基類似体、マイトマイシンC等の抗生物質、6-メルカプトプリン等の塩基合成阻害剤、プロフラビン等の色素類、4-ニトロキノリン-N-オキシド等のある種の発がん剤、塩化マンガン、ホルムアルデヒド等の化合物を挙げることができる。また、使用する微生物は、生育菌体(菌糸)でも良いし、胞子でも良い。
【0033】
突然変異処理した脂質生産菌から1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの生成能力の高まった脂質生産菌を選択する方法は、特に限定されるものではないが、突然変異処理した脂質生産菌が生成するトリグリセライドを液体高速クロマトグラフィーなどで分析することが好ましい。
【0034】
実施例1に示す通り、突然変異処理を施した約3,000個の菌株を上記のようにして選択したところ、同一のPUFA残基のみからなるトリグリセライドを、他のトリグリセライドに対して高い割合で含む油脂を産生する変異体が3株得られた。このことは、変異処理した菌株約1,000株当り、平均1株の目的とする変異株が得られた。従って、本発明の変異株が得られる頻度は、一般の変異処理−選択によるランダム選択法の場合に比べて非常に高く、本発明において実際に得た3本の変異株と同等の上記の特性を有する変異株は、本発明の実施例1に記載の方法を反復することにより容易に得ることができる。
【0035】
1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの生成能力の高まった脂質生産菌を培養する具体的な方法は、その菌が増殖しトリグリセライドを生成できる培養方法であれば特に限定されるものではなく、脂質生産菌の種類に応じて公知の培養方法で培養すればよい。一般的には、培養しようとする脂質生産菌の菌株の胞子、菌糸、または予め培養して得られた前培養液を、液体培地または固体培地に接種し培養する。大量に菌体を取得したい場合には、液体培養が好ましいことが多い。培養設備については特に限定されるものではなく、少量の培養であれば、各種試験管やフラスコに液体培地を仕込んで振盪培養したり、寒天プレートに接種して静置培養したりすればよい。大量の培養の場合は、各種発酵槽やジャーファーメンターを用いればよい。
【0036】
培養に用いられる培地の種類も特に限定されるものではなく、脂質生産菌の種類に応じて公知の成分を適宜選択して調製すればよい。あるいは、公知の組成の培地や市販の培地をそのまま用いてもよい。
培地が液体培地である場合には、炭素源は特に限定されるものではなく、一般的な糖類を好適に用いることができる。具体的には、例えば、グルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール等を挙げることができる。これら炭素原は、単独で用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0037】
窒素源も特に限定されるものではなく、公知のものを好適に用いることができる。具体的には、例えば、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティープリカー、大豆タンパク、脱脂ダイズ、綿実カス等の天然窒素源;尿素等の有機窒素源;硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源;等が挙げられる。本発明では、培養しようとする菌株の種類にもよるが、上記の中でも、特に、大豆から得られる天然窒素源、具体的には大豆、脱脂大豆、大豆フレーク、食用大豆タンパク、おから、豆乳、きな粉等を好ましく用いることができる。これらの中でも、脱脂大豆に熱変性を施したもの、より好ましくは脱脂大豆を約70〜90℃で熱処理し、さらにエタノール可溶成分を除去したものを用いることができる。これら窒素原は、単独で用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0038】
上記炭素源・窒素源以外の成分も特に限定されるものではなく、必要に応じて、公知の微量栄養源等を適宜選択して添加することができる。微量栄養源としては、例えば、リン酸イオン等の無機酸イオン;カルシウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属のイオン;鉄、ニッケル、コバルト、マンガン等のVIIB〜VIII族の金属イオン;銅、亜鉛等のIB〜IIB族の金属のイオン;各種ビタミン類;等を挙げることができる。
【0039】
液体培地における上述した各成分の含有率(添加率)は特に限定されるものではなく、脂質生産菌の生育を阻害しない濃度であれば、公知の範囲内とすればよい。実用上、一般的には、炭素源の総添加量は0.1〜40重量%の範囲内であることが好ましく、1〜25重量%の範囲内がより好ましい。また、窒素源の総添加量は0.01〜10重量%の範囲内が好ましく、0.1〜10重量%の範囲内がより好ましい。さらに、培地流加する場合には、初発の炭素源の添加量を1〜5重量%の範囲内とするとともに、初発の窒素源の添加量を0.1〜6重量%の範囲内とすることが好ましい。培養途中に流加する培地の成分は、炭素源および窒素源の双方であればよいが、より好ましくは炭素源のみを流加すればよい。
【0040】
なお、本発明にかかる製造方法においては、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの収率を増加させる目的で、不飽和脂肪酸の前駆体を培地中に加えてもよい。不飽和脂肪酸の前駆体としては、具体的には、例えば、ヘキサデカン、オクタデカン等の炭化水素;オレイン酸、リノール酸等の脂肪酸またはその塩;エチルエステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル等の脂肪酸エステル;オリーブ油、大豆油、なたね油、綿実油、ヤシ油等の油脂類;等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。これら前駆体は、単独で用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0041】
上記不飽和脂肪酸の前駆体の添加量は特に限定されるものではないが、一般的には、培地全重量に対して0.001〜10%の範囲内であればよく、0.5〜10%の範囲内であることが好ましい。また、これらの前駆体を唯一の炭素源として脂質生産菌を培養してもよい。
培養条件も特に限定されるものではなく、培養しようとする菌株の種類に応じて適宜設定すればよい。例えば、培養温度は、一般的には、5〜40℃の範囲内であればよく、20〜30℃の範囲内が好ましい。また、先に20〜30℃の範囲内で培養して菌体を増殖させた後、5〜20℃の範囲内にて培養を続けてもよい。このような温度管理を行う、すなわち最初に比較的高温で培養し、その後、最初の培養温度よりも低温となる温度範囲で培養すれば、生産される不飽和脂肪酸中の高度不飽和脂肪酸(PUFA)の割合を高めることができる。
【0042】
培地のpHも特に限定されるものではないが、一般的には、pH4〜10の範囲内であればよく、pH5〜9の範囲内であることがより好ましい。培養期間も特に限定されるものではないが、通常は、2〜30日間の範囲内であればよく、5〜20日間の範囲内が好ましく、5〜15日間の範囲内がより好ましい。培養中に培地に施す外的な処理も特に限定されるものではなく、通気攪拌培養、振盪培養、静置培養等の公知の培養方法を適宜選択すればよい。
固体培養で培養する場合は、固形物重量に対して50〜100重量%の水を加えたふすま、もみがら、米ぬか等を用い、5〜40℃、好ましくは前記の温度において、3〜14日間培養を行う。この場合に必要に応じて培地中に窒素源、無機塩類、微量栄養源を加えることができる。
【0043】
本発明においては、1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの生成量を高めるために、テトラデカン、ヘキサデカン等の炭化水素、テトラデカン酸、ヘキサデカン酸等の脂肪酸又はその塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩等)及びエステル、又は該脂肪酸が構成成分として含まれる油脂(例えば、ヤシ油、パーム核油)等を基質として添加することができる。
【0044】
培養条件も特に限定されるものではなく、培養しようとする菌株の種類に応じて適宜設定すればよい。培養中に培地に施す外的な処理も特に限定されるものではなく、通気攪拌培養、振盪培養、静置培養等の公知の培養方法を適宜選択すればよい。固体培養で培養することもできる。
【0045】
本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを構成するPUFAは、炭素数18以上で二重結合を2個以上持つ脂肪酸であればよい。具体的には、例えば、エイコサジエン酸;ジホモ−γ−リノレン酸、ミード酸等のエイコサトリエン酸;アラキドン酸(AA)等のエイコサテトラエン酸;エイコサペンタエン酸;ドコサジエン酸;ドコサトリエン酸;ドコサテトラエン酸;ドコサペンタエン酸;ドコサヘキサエン酸(DHA);テトラコサジエン酸;テトラコサトリエン酸;テトラコサテトラエン酸;テトラコサペンタエン酸;テトラコサヘキサエン酸;等を挙げることができる。上記PUFAの中では、アラキドン酸(AA)がより好ましく用いられる。
【0046】
上記PUFAにおいては、構造中に含まれる炭素−炭素二重結合構造(−C=C−)のうち、少なくとも1つが共役二重結合となっていてもよい。この共役二重結合は、カルボニル基(C=O)と共役しているものであってもよいし、互いに隣接する炭素−炭素二重結合同士で共役しているものであってもよい。
【0047】
上記の脂質生産菌の生産する総トリグリセライドに占める、目的の1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの割合は、特に限定されるものではないが、30重量%以上であることが好ましく、33重量%以上であればより好ましく、45重量%以上であればさらに好ましい。1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドがトリアラキドノイルグリセロールである場合、総トリグリセライドに占めるトリアラキドノイルグリセロールの割合は、特に限定されるものではないが、30重量%以上であることが好ましく、33重量%以上であればより好ましく、45重量%以上であればさらに好ましい。
【0048】
本発明では、上記脂質生産菌培養工程により集菌された菌体に対して、油脂抽出工程をを行う。油脂抽出工程では、集菌した後そのままの菌体、すなわち生菌のまま用いることができるし、滅菌処理してから用いることもできる。また、集菌せずに培養液のまま処理しても良い。集菌した菌体は、任意の形状に加工してから用いてもよい。菌体の集菌方法も特に限定されるものではなく、培養した菌体が少量の場合には、一般的な遠心分離機を用いて遠心分離すればよい。大量の場合には、連続遠心分離により分離することが好ましいが、これに膜等による濾過を組み合わせてもよい。
【0049】
また、集菌した菌体は湿菌体のままでもよいし、湿菌体を乾燥させた乾燥菌体として用いてもよい。特に本発明では、乾燥菌体を用いることが好ましい。これにより、効率的に油脂を抽出することができる。湿菌体の乾燥方法は特に限定されるものではなく、送風、熱処理、減圧処理、凍結乾燥等の公知の乾燥処理を挙げることができる。
上記油脂抽出工程では、菌体から油脂を抽出する方法は特に限定されるものではなく、公知の抽出方法を用いることができる。具体的には、加圧による圧搾抽出、熱水やスチームを用いたレンダリングによる抽出、各種抽出媒による抽出、超臨界炭酸ガスの少なくとも何れかを挙げることができる。
【0050】
上記加圧による圧搾抽出としては、原料に圧力を加えて菌体中の油分を搾り取る方法であれば特に限定されるものではないが、具体的には、例えば、バッチ式の油圧プレス、連続式のエキスペラー等の装置を用いる方法を挙げることができる。
上記レンダリングによる抽出としては、乾式または湿式の何れであってもよく特に限定されるものではないが、具体的には、直火による乾式法、オートクレーブによるスチームレンダリング(湿式法)等が挙げられる。
【0051】
乾式法について具体的に説明すると、例えば、菌体を直火やジャケット蒸気加熱等により油脂を溶出させる。また、スチームレンダリングについて具体的に説明すると、菌体に加熱水蒸気を吹き込んで加熱および攪拌すると、油分が水分、タンパク質等とともにエマルジョンのかたちで得られる。これを遠心分離機により廃水を分離し、必要なら濾過して原油を得る。スチームレンダリングの条件としては、特に限定されるものではないが、例えば、3〜4kg/cm2 の加熱蒸気で4〜6時間溶出させる条件が挙げられる。
【0052】
上記抽出媒による抽出としては、用いられる抽出媒は特に限定されるものではないが、一般的には、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを挙げることができる。上記抽出液のうち、脂肪族有機溶媒としては、具体的には、例えば、ヘキサン、石油エーテル(ペンタンおよびヘキサンを主成分とする有機溶媒)等の飽和炭化水素;アセトン等のケトン類;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;酢酸エチル等のエステル類;クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素;アセトニトリル等のシアン化炭化水素;ジエチルエーテル等のエーテル類;等を挙げることができる。
【0053】
上記抽出液のうち、水は公知の溶質を溶解させた水溶液として用いてもよい。これら抽出液は1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を適宜選択して用いてもよい。上記抽出液の中でも、トリグリセライド等の油脂を効率的に抽出するためには、ヘキサンや石油エーテル等の飽和炭化水素を用いることが好ましく、ヘキサンがより好ましい。
上記抽出媒による抽出処理は、バッチ式で行ってもよいし連続式で行ってもよい。また、抽出媒による抽出の条件も特に限定されるものではなく、抽出しようとするトリグリセライド等の油脂の種類や、菌体の量(体積や重量)に応じて適切な温度、適切な抽出媒の量、適切な時間で抽出すればよい。抽出時には、菌体を抽出媒に分散させた上で緩やかに攪拌することが好ましい。これにより効率的な抽出が可能となる。
【0054】
上記油脂抽出工程により抽出された油脂をそのまま利用することもできるし、さらに精製してトリグリセライド含量を高めることもできる。精製方法は、一般的な油脂精製に用いる方法であれば、特に限定されるものではなく、脱ガム、脱酸、脱色、脱臭、濾過、ウインタリング、分子蒸留、水蒸気蒸留などを挙げることができる。これらの処理は単独でも、複数を組み合わせてもよい。
このようにして、目的の1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの割合の高いトリグリセライドを得ることができるが、目的の1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドの割合をさらに高めることも可能である。方法は特に限定されるものではないが、カラムクロマトグラフィーや、尿素包接、分子蒸留などが挙げられる。
【0055】
本発明の利用方法は特に限定されるものではないが、代表的なものとしては、本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを酵素反応の基質(原料)として用いる用途が挙げられる。
もう一つの基質は特に限定されるものではないが、トリグリセライド、ジグリセリド、モノグリセリド、遊離脂肪酸、脂肪酸アルコールエステルなどを用いることができる。好ましくは、動植物油脂、微生物油脂、微細藻類油脂、中鎖脂肪酸トリグリセライド、炭素数2〜24の脂肪酸、炭素数2〜24の脂肪酸のアルコールエステルが用いられる。より好ましくは、トリカプリロイルグリセロール、カプリル酸、カプリル酸エチルが用いられるが、これらに限定しているわけではない。
【0056】
酵素反応は特に限定されるものではなく、どのような反応であってもよいが、代表的には、リパーゼ反応、ホスフォリパーゼ反応、エステラーゼ反応などを挙げることができる。反応によって得られる生成物は機能性油脂や遊離脂肪酸などであり、機能性油脂は特に限定されるものではないが、代表的には、2位のみに高度不飽和脂肪酸の結合した構造脂質、1,3位のみに高度不飽和脂肪酸の結合した構造脂質、高度不飽和脂肪酸と中鎖脂肪酸から成る構造脂質などが挙げられる。好ましくは、1,3位にカプリル酸、2位にPUFAの結合した構造脂質が挙げられ、より好ましくは、1,3位にカプリル酸、2位にアラキドン酸またはエイコサトリエン酸またはエイコサペンタエン酸またはドコサヘキサエン酸の結合した構造脂質が挙げられる。反応によって得られる遊離脂肪酸としては、本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドに由来する純度の高い高度不飽和脂肪酸が挙げられる。
【0057】
また本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを補給するための栄養組成物として用いる用途も挙げられる。栄養組成物の使用対象となる生物は特に限定されるものではなく、どのような生物であってもよいが、代表的にはヒトであり、それ以外には、家畜動物や実験動物等を挙げることができる。栄養組成物はどのような形でも摂取することができるが、経口摂取する方法が最も好ましい。したがって、本発明には、上記の1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを含有する食品も含まれる。
【0058】
本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドには、機能性を向上させるために各種添加剤を加えることができる。具体的には、例えば、ステロール、ステロールエステル、糖脂質、スフィンゴ脂質、ワックス、色素、カロテノイド、トコフェロール類、ビタミンE、トコトリエノール、セサミン、セサミノール、セサモール、アスタキサンチン、アスタキサンチンエステル、ステロール類、カロテン類等を挙げることができるが特に限定されるものではない。本発明にかかる脂質組成物は、栄養組成物として食品等に利用することができるので、食品に添加可能な添加剤は全て添加することが可能である。
【0059】
本発明にかかる食品は、本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを含有していればよいため、その種類は特に限定されるものではない。具体的には、パン、和洋菓子(冷菓等も含む)、惣菜食品、乳製品、シリアル食品、豆腐・油揚げ類、麺類、弁当類、調味料、小麦粉や食肉等の農産加工品、長期保存食品(缶詰、冷凍食品、レトルト食品等)、清涼飲料水、乳飲料、豆乳、ポタージュスープ等のスープ類等の一般食品を挙げることができるが特に限定されるものではない。上記の1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドのこれら一般食品に対する添加方法は特に限定されるものではなく、一般食品の種類に応じて公知の適切な方法を採用することができる。
【0060】
また、本発明にかかる食品には、健康食品や栄養食品等のように、一般食品でない特定用途に用いられる機能性食品を挙げることができる。具体的には、各種サプリメント等の栄養補助食品、特定保健用食品等を挙げることができる。本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドは、サプリメント等の場合には、適当な形状に加工するだけでそのまま用いることができる。このときの加工形状は特に限定されるものではない。具体的には、本発明にかかる脂質組成物(または食品)は、液状または粉末状であってもよいし、カプセル状であってもよいし、錠剤やタブレット状であってもよい。また、一般的な油脂系食品への溶解、粉末化など一般の油脂に対して用いることのできる技術は全て適用することが可能である。
【0061】
また、本発明は、上記のような食品分野だけでなく、医薬品分野にも利用することができる。すなわち、本発明にかかる1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドは、医薬品として利用されてもよい。医薬品として利用する場合の具体的な例も特に限定されるものではなく、その目的に応じて公知の技術を利用すればよい。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
実施例1. モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)SAM2268の変異処理によるトリアラキドノイルグリセロール高生産株の取得
モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)SAM2268(FERM P-17762)をCzapek寒天培地(0.2% NaNO3、0.1% K2HPO4、0.05% MgSO4・7H2O、0.05% KCl、0.01% FeSO4・7H2O、3%シュークロース、2%寒天、pH6.0)300mLを含む大型スラント瓶に植菌し、28℃で2週間培養した。
【0063】
培養後、滅菌水50mLを加え振り混ぜ、4重のガーゼで濾過し、8,000×gで10分間遠心した後、50mM トリス緩衝溶液(pH7.5)に懸濁して胞子懸濁液を調製した。1×106/mLの胞子懸濁液1. 5mLに、0.5% NTG(N−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアジニン)溶液0.5 mLを加えて、28 ℃で15分間変異処理を行った。10% Na2S2O3を3mL加え、5,500×gで10分間遠心した後、滅菌水で洗浄し、NTG処理胞子懸濁液を得た。
【0064】
NTG処理胞子懸濁液をGY寒天培地(1%グルコース、0.5%酵母エキス、0.005%トリトンX-100、1.5%寒天、pH6.0)に塗布し、28℃で生育したコロニーを別のGY寒天培地に移した。生育した菌体の一部を乾燥させ、常法に従い、トリグリセライドをヘキサンで抽出し、ヘキサンを留去して得られたトリグリセライドを高速液体クロマトグラフィーで分析した。約3,000個のコロニーを調べた結果、総トリグリセライド中に占めるトリアラキドノイルグリセロールの割合が高まった変異株3株(#1株、#2株及び、#3株)を得た。
【0065】
#1株、#2株、#3株の総トリグリセライド中のトリアラキドノイルグリセロールの割合(重量%)はそれぞれ、17.0%、15.1%、12.2%であったが、その他のコロニーではすべて、8%以下であった。なお、この#1株、#2株、#3株の総トリグリセライド中のトリアラキドノイルグリセロールの割合(重量%)は、常法に従い、分析用カラムとしてCOSMOSIL 5C18-MAカラム(4.6×250mm)を用い、アセトニトリル/アセトン(1:1)を移動相(1.0mL/min)として、示差屈折検出計で検出した。
【0066】
実施例2. トリアラキドノイルグリセロール生産能の比較
5 0mLエルレンマイヤーフラスコに入れた液体培地10 mL(グルコース2%、酵母エキス1%、パルミトレイン酸1%又はなし)に、以下に示すモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)の3株の一白金耳をそれぞれ植菌し、28℃、120rpmで7日間振とう培養した。
(1)Mortierella alpine #1(実施例1で得た変異株)
(2)Mortierella alpina SAM 2268
(3)Mortierella alpina IFO 8568
【0067】
培養後、菌体を濾過により集め、乾燥した。生育した菌体の一部を乾燥させ、常法に従い、トリグリセライドをヘキサンで抽出し、ヘキサンを留去してトリグリセライドを得た。得られたトリグリセライドを液体高速クロマトグラフィーに供し、トリグリセライド分子種を分析することによりトリアラキドノイルグリセロール(tri-AA)の割合を求めた。また、生育した菌体の一部を乾燥させ、常法に従い、塩酸メタノールで菌体内の脂肪酸をメチルエステル化した後、ヘキサンで抽出し、ヘキサンを留去して脂肪酸メチルエステルを得た。得られた脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフィーに供し、総脂肪酸中のアラキドン酸の割合を求めた。結果を表1に示す。
【0068】
【表1】

【0069】
親株であるSAM 2268のtri-AAの割合は10.2%であったが、変異株#1のtri-AAの割合は33.3%に達した。また、総脂肪酸中のアラキドン酸の割合が同程度であったIFOのtri-AAの割合は、18.5%しかなかった。
【0070】
実施例3. トリアラキドノイルグリセロール生産の経時変化
50 mLエルレンマイヤーフラスコに入れた液体培地10 mL(グルコース2%、酵母エキス1%、パルミトレイン酸1%又はなし)に、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)#1の一白金耳を植菌し、28℃、120rpmで6、8、10日間振とう培養した。培養後、菌体を濾過により集め、実施例2と同様にトリアラキドノイルグリセロール(tri-AA)の割合および総脂肪酸中のアラキドン酸の割合を求めた。結果を表2に示す。
【0071】
【表2】

【0072】
tri-AAの割合は、6日目には30.1%であったが、8日目には45.9%、10日目には62.5%に達した。
【0073】
実施例4. トリアラキドノイルグリセロールの大量生産
モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)#1の一白金耳を種培地A100mLに接種し、往復振盪100rpm、28℃、の条件にて3日間前培養した。次に、容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地Dを仕込んで滅菌し、そこへ上記前培養液を全量接種し、26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300 rpmで、10日間培養した。グルコース消費に応じて適宜1%相当のグルコースを流下した。得られた培養菌体を滅菌し、培地を除去した後に乾燥させ、乾燥菌体75gを得た。
【0074】
この乾燥菌体75gにヘキサン225 mLを加え、常温で3時間緩やかに攪拌した後、濾過によりヘキサン層を得た。その後、乾燥菌体に対して再びヘキサン150mLを加え、常温で3時間緩やかに攪拌した後、濾過によりヘキサン層を得た。ヘキサン層を合わせた後ヘキサンを留去して粗抽出油35gを得た。さらに活性白土処理を施し、トリグリセライド33gを得た。得られたトリグリセライドの一部について、実施例2と同様にトリアラキドノイルグリセロール(tri-AA)の割合および総脂肪酸中のアラキドン酸の割合を求めたところ、それぞれ、55.0%、59.7%であった。得られたトリグリセライドの一部については、実施例1に示した高速液体クロマトグラフィーでtri−AA画分を分取することにより、10gのtri−AAを得た。
【0075】
実施例5. トリアラキドノイルグリセロールを用いたリパーゼ反応
イオン交換樹脂担体(Dowex MARATHON WBA:ダウケミカル、商標)10gを、Rhizopus delemarリパーゼ12.5%水溶液(タリパーゼ粉末:田辺製薬(株))8mlに懸濁し、減圧下で乾燥させて固定化リパーゼを得た。
次に、カプリル酸トリグリセライド(MCT)8g、上記固定化リパーゼ600mg、水240μlを30℃で48時間、撹拌(130rpm)しながら反応させた。反応終了後、反応液を取り除き、活性化された固定化酵素を得た。
【0076】
実施例4で得たトリアラキドノイルグリセロール(tri−AA) 1g、カプリル酸 2g、上記固定化酵素(Rhizopus delemarリパーゼ、担体:Dowex MARATHON WBA)150mgを30℃で48時間、撹拌(130rpm)して反応させた。固定化酵素を取り除いた反応油脂中には、tri−AAの1,3-位から切り出されたアラキドン酸と過剰の反応基質であるカプリル酸が存在しており、アルカリ抽出によってこれらの脂肪酸を取り除くことで1回処理油脂を得た。得られた1回処理油脂 1g、カプリル酸2g、回収した固定化酵素150mgを30℃で48時間、撹拌(130rpm)して反応させた。先と同様の処理によりカプリル酸などを取り除くことで2回処理油脂0.8gを得た。この2回処理油脂は96モル% の1,3-カプリロイル-2-アラキドノイル−グリセロールであった。
【0077】
実施例6. トリアラキドノイルグリセロールを配合したカプセルの調製
ゼラチン(新田ゼラチン社製)と食品添加用グリセリン(花王社製)とを重量比100:35となるように混合して水を加え、50〜60℃の温度範囲で溶解させ、粘度2000 cpのゼラチン被膜を調製した。次に、実施例4で得たトリアラキドノイルグリセロール(tri-AA)を55.0%含むトリグリセライドとビタミンE油(エーザイ社製)とを重量比100:0.05となるように混合し、内容物を調製した。これらを用いて、常法によりカプセル成型および乾燥を行い、1粒当たり180 mgの内容物を含有するソフトカプセルを製造した。このソフトカプセルはいずれも経口摂取に好適なものであった。
【0078】
実施例7. トリアラキドノイルグリセロールを配合した飲料の調製
実施例4で得たトリアラキドノイルグリセロール(tri-AA)を55.0%含むトリグリセライドと大豆レシチン(辻製油)とを重量比9:1で混合し、水中に均一に分散してリポソーム分散液を得た。このリポソーム分散液を、オレンジジュース、炭酸水、コーヒー飲料、ミルク、豆乳、またはポタージュスープ飲料に対して、1/100容量ずつ添加することにより、本発明にかかる食品としての上記各飲料を調製(製造)した。これら飲料はいずれも経口摂取に好適なものであった。
【0079】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0080】
産業上の利用可能性
以上のように、本発明では、発酵技術により1種類のPUFA残基3個から成るトリグリセライドを効率的かつ安定的に製造することができる。したがって、本発明は、特に、機能性食品に関わる産業に広く用いることができるだけでなく、一般食品、さらには医薬品等に関わる産業にも利用することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂の製造方法において、当該油脂を産生することが出来る微生物を培養し、所望により当該油脂を採取することを特徴とする方法。
【請求項2】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して40重量%以上である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して50重量%以上である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記同一の高度不飽和脂肪酸がアラキドン酸である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記微生物が、モルティエレラ(Mortierella)属の微生物である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記微生物が、モルティエレラ(Mortierella)属モルティエレラ(Mortierella)亜属の微生物である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記微生物が、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)種の微生物である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記微生物が、高度不飽和脂肪酸を含む油脂を産生することが出来る微生物の変異株である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9に記載の方法により生産される油脂。
【請求項11】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂を産生することが出来るモルティエレラ(Mortierella)属微生物。
【請求項12】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である油脂を産生することが出来るモルティエレラ(Mortierella)属微生物。
【請求項13】
モルチィエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)である、請求項11又は12に記載の微生物。
【請求項14】
変異株である、請求項11〜13のいずれか1項に記載の微生物。
【請求項15】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂。
【請求項16】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である油脂。
【請求項17】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して40重量%以上である油脂。
【請求項18】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して50重量%以上である油脂。
【請求項19】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して20重量%以上である油脂を含んでなる微生物培養菌体。
【請求項20】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して30重量%以上である油脂を含んでなる微生物培養菌体。
【請求項21】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して40重量%以上である油脂を含んでなる微生物培養菌体。
【請求項22】
グリセロールの3個のヒドロキシル基に同一の高度不飽和脂肪酸が結合してなるトリグリセライドの比率が、全トリグリセライドに対して50重量%以上である油脂を含んでなる微生物培養菌体。

【公開番号】特開2006−61021(P2006−61021A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−244218(P2004−244218)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】