説明

1,2−ジクロロエタンをエチレンに無毒化するジオバクター属細菌

【課題】1,2-ジクロロエタンを無毒化できる新規微生物及びその用途を提供することを課題とする。また、1,2-ジクロロエタンを無毒化する酵素及びその遺伝子並びにそれらの用途を提供することも課題とする。
【解決手段】嫌気的脱塩素化反応により1,2-ジクロロエタンをエチレンに分解できるジオバクター属細菌が提供される。当該細菌は1,2-ジクロロエタンを電子受容体として利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なジオバクター属細菌に関する。詳しくは、嫌気的脱塩素化反応によって1,2-ジクロロエタンをエチレンに無毒化するジオバクター属細菌及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
1,2-ジクロロエタン(以下、「1,2-DCA」と略称する)は塩化ポリビニル製造の中間体であり、適切に処理されなかった産業廃棄物から漏洩し、地球上で最も含有量の多い地下水汚染C2化合物として問題になっている。広範囲にわたる土壌地下水を浄化する方法の一つとして1,2-DCAを無毒化する微生物を補填する方法がある。1,2-DCAを分解する微生物として、これまでにクロロフレキシ門のデハロコッコイデス・エテノジェネス(Dehalococcoides ehtenogenes)195株(非特許文献1)及びフェーミキューテス門のデサルフィトバクテリウム・ジクロロエリミナンス(Desulfitobacterium dichloroeliminans)DCA1株(非特許文献2)が分離されている。195株は還元的脱塩素化を介して1,2-DCAをエチレンへと無毒化できる能力を有する一方、副産物として毒性のある塩化ビニルを産生するため、1,2-DCA汚染環境を単独で浄化する目的には不向きである(非特許文献1)。DCA1株は1,2-DCAを脱塩素化反応によりエチレンに無毒化するため、副産物として塩化ビニル(VC)が生じない。そのため、既存微生物の内では最も1,2-DCA汚染浄化に適した株であり(非特許文献2)、微生物浄化資材として実用化されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Magnuson, J. K., M. F. Romine, D. R. Burris, and M. T. Kingsley. 2000. Trichloroethene reductive dehalogenase from Dehalococcoides ethenogenes: Sequence of tceA and substrate range characterization. Appl. Environ. Microbiol. 66:5141-5147.
【非特許文献2】De Wildeman, S., G. Diekert, H. Van Langenhove, and W. Verstraete. 2003. Stereoselective microbial dehalorespiration with vicinal dichlorinated alkanes. Appl. Environ. Microbiol. 69:5643-5647.
【非特許文献3】Nevin, K. P., D. E. Holmes, T. L. Woodard, S. F. Covalla, and D. R. Lovley. 2007. Reclassification of Trichlorobacter thiogenes as Geobacter thiogenes comb. nov. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 57:463-466.
【非特許文献4】Sung, Y., K. F. Fletcher, K. M. Ritalaliti, R. P. Apkarian, N. Ramos-Hernandez, R. A. Sanford, N. M. Mesbah, and F. E. Loffler. 2006. Geobacter lovleyi sp nov strain SZ, a novel metal-reducing and tetrachloroethene-dechlorinating bacterium. Applied and Environmental Microbiology 72:2775-2782.
【非特許文献5】De Wever, H., J. R. Cole, M. R. Fettig, D. A. Hogan, and J. M. Tiedje. 2000. Reductive dehalogenation of trichloroacetic acid by Trichlorobacter thiogenes gen. nov., sp nov. Applied and Environmental Microbiology 66:2297-2301.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は1,2-DCAを無毒化できる新規微生物を提供することを課題とする。また、当該微生物の用途を提供することを課題とする。更には、1,2-DCAを無毒化する酵素及びその遺伝子並びにそれらの用途を提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、河川堆積物の中から、嫌気的脱塩素化反応によって1,2-DCAをエチレンに無毒化する微生物を分離することに成功した。検討を進めたところ、当該微生物がジオバクター属の新規細菌(「ジオバクターsp. AY株」と命名)であることが判明するとともに、その諸性質が明らかとなった。特に優れた性質として、当該細菌は中間体を生成することなく1,2-DCAをエチレンに無毒化する能力を有することが示された。当該細菌を利用すれば単独でも1,2-DCAを無毒化できることから、環境浄化に対する大きな貢献が期待できる。ところで、現在までに、脱塩素化能を有するジオバクター属細菌(Geobacter)として二株が報告されている。その内の一つはジオバクター・チオジネス株(Geobacter thiogenes KI)(非特許文献3、5)であり、もう一つはジオバクター・ラブイSZ株(Geobacter loveyi SZ)(非特許文献4)である。KI株は、脱塩素化能を有するジオバクター属細菌として初めて分離されたものであり、有機溶媒で汚染された底土のスクリーニングによって取得された。当該株は、酢酸塩を電子供与体として利用してトリクロロ酢酸を脱塩素化し、ジクロロ酢酸を産生する(非特許文献5)。一方、SZ株は非汚染堆積物から分離されたものであり、酢酸塩、水素、ピルビン酸塩、電極を電子供与体として利用してテトラクロロエチレン(PCE)及びトリクロロエチレン(TCE)を脱塩素化し、1,2-シス-ジクロロエチレン(1,2シスDCE)を産生する(非特許文献4)。このように、これらの細菌は毒性の強い中間体(ジクロロ酢酸や1,2シスDCE)を産生することから実用性に乏しいものであった。これに対して本発明者らが分離・同定に成功したジオバクターsp. AY株は、上記の通り、中間体の生成を伴うことなく1,2-DCAをエチレンに無毒化する能力を有するものであり、その有用性ないし実用的価値は極めて高い。
【0006】
更なる検討の結果、本発明者らは、ジオバクターsp. AY株の脱塩素化酵素をコードする遺伝子を同定することに成功した。また、脱塩素化酵素の関連遺伝子の同定にも成功した。
【0007】
以上の検討の末に完成された発明を以下に示す。
[1]以下の特性を備える、ジオバクター属細菌:
(1)嫌気的脱塩素化反応により1,2-ジクロロエタンをエチレンに分解する;
(2)1,2-ジクロロエタンを電子受容体として利用できる;
[2]以下の特性を更に備える、[1]に記載のジオバクター属細菌:
(3)テトラクロロエチレン、1,1,2-トリクロロエタン、2,4,6-トリクロロフェノール及びヘキサクロロベンゼンを分解しない。
[3]16SリボソームRNA遺伝子の配列に関して、ジオバクター・ラブイSZ株との間で99.7%の相同性を示す、[1]に記載のジオバクター属細菌。
[4]16SリボソームRNA遺伝子の配列が、配列番号1に示す配列である、[1]に記載のジオバクター属細菌。
[5]受託番号がFERM P−21949である、[1]に記載のジオバクター属細菌。
[6][1]〜[5]のいずれか一項に記載のジオバクター属細菌を含有する、浄化剤。
[7]塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する細菌を更に含有する、[6]に記載の浄化剤。
[8]前記細菌として、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が用いられる、[7]に記載の浄化剤。
[9]前記細菌として、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン又はシス1,2-ジクロロエチレンに対する脱塩素化能を有する細菌と、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が併用される、[7]に記載の浄化剤。
[10]1,2-ジクロロエタンを含有する汚染物に対して[1]〜[5]のいずれか一項に記載のジオバクター属細菌を作用させることを特徴とする、浄化方法。
[11]塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する細菌を併用することを特徴とする、[10]に記載の浄化方法。
[12]前記細菌として、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が用いられる、[11]に記載の浄化方法。
[13]前記細菌として、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン又はシス1,2-ジクロロエチレンに対する脱塩素化能を有する細菌と、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が併用される、[11]に記載の浄化方法。
[14]配列番号4に示すアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有する脱塩素化酵素。
[15]等価なアミノ酸配列が、配列番号4に示すアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、[14]に記載の脱塩素化酵素。
[16][14]又は[15]に記載の脱塩素化酵素を有効成分とする酵素剤。
[17]以下の(A)〜(C)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなる脱塩素化酵素遺伝子:
(A)配列番号4に示すアミノ酸配列をコードするDNA;
(B)配列番号3に示す塩基配列からなるDNA;
(C)配列番号3に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、且つ脱塩素化活性を有するタンパク質をコードするDNA。
[18][17]に記載の脱塩素化酵素遺伝子を含有する組換えベクター。
[19][17]に記載の脱塩素化酵素遺伝子が導入されている形質転換体。
[20]以下のステップ(1)及び(2)、又はステップ(i)及び(ii)を含んでなる、脱塩素化酵素の製造法:
(1)嫌気的脱塩素化反応によって1,2-ジクロロエタンをエチレンに無毒化する脱塩素化酵素を発現するジオバクター属細菌を培養するステップ;
(2)培養後の培養液及び/又は菌体より、脱塩素化酵素を回収するステップ;
(i)[17]に記載の形質転換体を、前記遺伝子がコードするタンパク質が産生される条件下で培養するステップ;
(ii)産生された前記タンパク質を回収するステップ。
[21]前記ジオバクター属細菌が、受託番号FERM P−21949で特定される菌株である、[20]に記載の製造法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】Geobacter sp. AY株による1,2-DCAの脱二塩素化を示すグラフである。
【図2】Geobacter sp. AY株の位相差顕微鏡像である。スケールバーの長さは5.0μmである。
【図3】Geobacter sp. AY株の電子顕微鏡像である。スケールバーの長さは0.5μmである。
【図4】16S rRNA遺伝子配列に基づくGeobacter sp. AY株の系統学的位置を示す図である。
【図5】Geobacter sp. AY株ドラフトゲノム解析で検出された1,2-DCA脱塩素化酵素遺伝子群を示す図である。
【図6】Geobacter sp. AY株1,2-DCA脱塩素化酵素遺伝子のアミノ酸配列に基づく系統樹を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の第1の局面は、1,2-ジクロロエタン(1,2-DCA)をエチレンに分解する新規ジオバクター属細菌を提供する。ジオバクター属細菌は鉄(III)還元細菌として知られ、嫌気条件下で電子受容体である鉄(水)酸化物に作用して鉄(III)を鉄(II)に還元する。本発明のジオバクター属細菌は、以下の特性(1)及び(2)によって特徴付けられる。
(1)嫌気的脱塩素化反応により1,2-ジクロロエタン(1,2-DCA)をエチレンに分解する。
(2)1,2-ジクロロエタン(1,2-DCA)を電子受容体として利用できる。
【0010】
(1)及び(2)の特性は、本発明のジオバクター属細菌の最大の特徴である。これらの特性を備えることから、本発明のジオバクター属細菌は1,2-DCAの無毒化に有用である。(1)の特性において用語「分解する」は「変換する」と交換可能に用いられる。また、(2)の特性は、「1,2-DCAの脱塩素化により生育することができる」と言い換えることもできる。本明細書において「1,2-DCAをエチレンに分解する」ことを「1,2-DCAの無毒化」とも表現する。
【0011】
本発明者らは、後述の実施例に示す通り、(1)及び(2)の特性を示すジオバクター属細菌を分離・同定することに成功し、当該細菌をジオバクターsp. AY株(Geobacter sp. AY、以下「AY株」と呼ぶ)と命名した。AY株は以下の通り、所定の寄託機関に寄託されており、容易に入手可能である。尚、AY株の形態的特徴及び生理学的特徴などは後述の実施例の欄に記載の通りである。
寄託機関:独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番1号 中央第6)
寄託日(受領日):平成22年4月5日
受託番号:FERM P−21949
【0012】
AY株の特性を調べた結果、AY株の脱塩素化能は1,2-DCAに極めて特異的であり、テトラクロロエチレン、1,1,2-トリクロロエタン、2,4,6-トリクロロフェノール、ヘキサクロロベンゼンをAY株が脱塩素化しないことが示された(後述の実施例を参照)。この事実に基づき、以下の特性、即ち、「テトラクロロエチレン、1,1,2-トリクロロエタン、2,4,6-トリクロロフェノール及びヘキサクロロベンゼンを分解しない」という特性によって本発明のジオバクター属細菌を更に特徴付けることができる。
【0013】
一方、AY株は酢酸を炭素源及び電子供与対として利用できる。この事実に基づき、以下の特性、即ち、「酢酸を炭素源及び電子供与体として利用できる」という特性によって本発明のジオバクター属細菌を更に特徴付けることができる。上記(1)及び(2)の特性に加えて当該特性を備えることにより、本発明のジオバクター属細菌は、1,2-DCA(電子受容体)と酢酸(電子供与体及び炭素源)を含有する培地で生育(増殖)することができる。また、AY株は酢酸を電子供与体として添加した場合に硝酸、フマル酸、鉄(III)を電子受容体として生育した。この事実に基づき、「硝酸、フマル酸、及び鉄(III)を電子受容体として利用できる」という特性によって本発明のジオバクター属細菌を更に特徴付けることができる。
【0014】
後述の実施例に示す通り、16SリボソームRNA(16S rRNA)遺伝子に基づく構造解析の結果、AY株はジオバクター・ラブイSZ株(Geobacte loveyi SZ)(非特許文献4)に最類縁であることが判明した。尚、AY株の16S rRNAの塩基配列(配列番号1)と、ジオバクター・ラブイSZ株の16S rRNAの塩基配列(配列番号2)との間の相同性は99.7%であった。
【0015】
本発明のジオバクター属細菌は、後述の実施例に示す集積方法及び単離方法に従って、或いは諸条件(出発材料、生育状態など)に応じてこれらの方法に必要な修正を加えた方法に従って、単離した状態に調製することができる。
【0016】
本発明の第2の局面は本発明のジオバクター属細菌を含有する浄化剤に関する。本発明の浄化剤はその有効成分である本発明のジオバクター属細菌の働きにより、1,2-DCAをエチレンに無毒化できる。従って、1,2-DCAで汚染された(即ち、1,2-DCAを含有する)河川水、地下水、排水、土壌等の汚染物を浄化することに本発明の浄化剤を利用可能である。
【0017】
一態様において本発明の浄化剤は、本発明のジオバクター属細菌(以下、説明の便宜上「第1成分」と呼ぶ)に加えて、塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する微生物(以下、説明の便宜上「第2成分」と呼ぶ)を更に含有する。当該浄化剤によれば、典型的には、第2成分の働きにより1,2-DCA以外の塩素化エチレンをも分解可能な浄化剤となる。但し、第2成分として1,2-DCAを分解できる微生物を採用した場合にあっては1,2-DCAの分解能の向上が図られることになる。
【0018】
これらの例に限定されるものではないが、第2成分として利用可能な微生物を例示すると、デスルフォモナイル・ティージェイDCB-1株(Desulfomonile tiedjei DCB-1)、デハロスピリラム・マルチボランス(Dehalospirillum multivorans)、デハロバクター・レストリクタスPER-K23株(Dehalobacter restrictus PER-K23)、デハロバクター・レストリクタスTEA株(Dehalobacter restrictus TEA)、デサルフィトバクテリウム・デハロゲナンス(Desulfitobacterium dehalogenans)、デサルフィトバクテリウム sp. PCE1株(Desulfitobacterium sp. PCE1)、デサルフィトバクテリウムsp. PCE-S株(Desulfitobacterium sp. PCE-S)、デサルフィトバクテリウム・フラピエリTCE1株(Desulfitobacterium frappieri TCE1)、デサルフィトバクテリウムsp. Y51株(Desulfitobacterium sp. Y51)、デスルフォモナス・クロロエテニカTT4B株(Desulfuromonas chloroethenica TT4B)、クロストリジウム・バイファーメンタンスDPH-1株(Clostridium bifermentans DPH-1)、デハロコッコイデス・エタノジェネス195株(Dehalococcoides ethenogenes 195)、デハロコッコイデス sp. GT株(Dehalococcoides sp. GT)、デハロコッコイデス sp. VS株(Dehalococcoides sp. VS)である(Damborsky, J. (1999): Tetrachloroethene-dehalogenating bacteria, Folia Microbiologica, Vol.44, pp.247-262.; Holliger, C., Wohlfarth, G. and Diekert, G. (1999): Reductive dechlorination in the energy metabolism of anaerobic bacteria, FEMS Microbiology Reviews, Vol.22, pp.383-398.; Gerritse, J., Renard, V. Pedro Gomes, T.M., Lawson, P.A., Collins, M.D. and Gottschal, J.C. (1996): Desulfitobacterium sp. strain PCE1, an anaerobic bacterium that can grow by reductive dechlorination of tetrachloroethene or ortho-chlorinated phenols. Archives of Microbiology, Vol.165, pp.132-140.; Suyama, A., Iwakiri, R., Kai, K., Tokunaga, T., Sera, N. and Furukawa, K. (2001): Isolation and characterization of Desulfitobacterium sp. strain Y51 capable of efficient dehalogenation of tetrachloroethene and polychloroethanes, Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol.65, pp.1474-1481.; Chang, Y.C., Hatsu, M., Jung, K., Yoo,Y.S. and Takamizawa, K. (2000) Isolation and characterization of a tetrachloroethylene dechlorinating bacterium, Clostridium bifermentans DPH-1. Journal of Bioscience and Bioengineering, Vol.89, pp.489-491.; Maymo-Gatell, X., Chien, Y., Gossett, J.M. and Zinder, S.H. (1997): Isolation of a bacterium that reductively dechlorinates tetrachloroethene to ethene, Science, Vol.276, pp.1568-1571.; Maymo-Gatell, X., Anguish, T. and Zinder, S.H. (1999): Reductive dechlorination of chlorinated ethenes and 1, 2-dichloroethane by "Dehalococcoides ethenogenes" 195, Applied and Environmental Microbiology, Vol.65, pp.3108-3113.; Youlboong Sung,1, Kirsti M. Ritalahti,1 Robert P. Apkarian,3 and Frank E. Loffler1,(2006): Appl. Environ. Microbiol., vol. 72, pp. 1980-1987; Muller, J. A., B. M. Rosner, G. von Abendroth, G. Meshulam-Simon, P. L. McCarty, and A. M. Spormann: Molecular identification of the catabolic vinyl chloride reductase from Dehalococcoides sp. strain VS and its environmental distribution (2005): Appl. Environ Microbiol. Sep ; 7(9):1442-50.)。上記の各細菌が脱塩素化可能な化合物を以下に示す。
デスルフォモナイル・ティージェイDCB-1株: PCE、TCE
デハロスピリラム・マルチボランス: PCE、TCE
デハロバクター・レストリクタスPER-K23株: PCE、TCE
デハロバクター・レストリクタスTEA株: PCE、TCE
デサルフィトバクテリウム・デハロゲナンス: PCE、TCE
デサルフィトバクテリウム sp. PCE1株: PCE、TCE
デサルフィトバクテリウムsp. PCE-S株: PCE、TCE
デサルフィトバクテリウム・フラピエリTCE1株: PCE、TCE
デサルフィトバクテリウムsp. Y51株: PCE、TCE
デスルフォモナス・クロロエテニカTT4B株: PCE、TCE
クロストリジウム・バイファーメンタンスDPH-1株: PCE、TCE
デハロコッコイデス・エタノジェネス195株: 1,2-DCA、PCE、TCE、シス-DCE
デハロコッコイデス sp. GT株: VC
デハロコッコイデス sp. VS株: VC
【0019】
好ましい一態様では、塩化ビニル(VC)に対する脱塩素化能を有する微生物を第2成分として採用する。この態様の浄化剤によれば、VCをも無毒化することが可能となる。即ち、VCを含有する汚染物に対しても有効な浄化剤となる。尚、VCに対する脱塩素化能を有する微生物の例はデハロコッコイデス sp. GT株及びデハロコッコイデス sp. VS株である。
【0020】
第2成分として、塩素化エチレンに対する脱塩素化能に関して同様の作用(即ち、脱塩素化可能な塩素化エチレンが同一又は重複する場合)を有する二種以上の微生物を併用したり、塩素化エチレンに対する脱塩素化能に関して異なる作用を有する二種以上の微生物を併用したりすることにしてもよい。前者の態様では、特定の塩素化エチレンの無毒化に対する効果が一層高い浄化剤となる。対照的に、後者の態様によれば、無毒化できる塩素化エチレンの種類が増大し、例えば汎用性が高まる。この後者の態様の一例として、PCE、TCE又はcis-DCEに対する脱塩素化能を有する1種又は2種以上の微生物(例えばデハロバクター・レストリクタスTEA株やデハロコッコイデス・エタノジェネス195株)と、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する1種又は2種以上の微生物(例えばデハロコッコイデス sp. GT株やデハロコッコイデス sp. VS株)を併用する場合を挙げることができる。
【0021】
微生物以外の成分として、微生物の維持、生育等に有用な各種物質(ミネラル、ビタミン、炭素源、電子供与体、還元剤等)、品質の保持に有用な各種物質(例えば防腐剤)、微生物を凝集または固定する物質等を本発明の浄化剤に含有させてもよい。
【0022】
本発明の第3の局面は汚染物を浄化する方法を提供する。本発明の浄化方法では、1,2-DCAを含有する汚染物に対して本発明のジオバクター属微生物を作用させることによって、汚染物中の1,2-DCAを分解・無毒化する。浄化対象となる汚染物は特に限定されない。汚染物の例として河川水、地下水、工業廃液、工業廃水、生活排水、工業廃棄物、汚染土壌を挙げることができる。本発明のジオバクター属微生物を作用させるための方法(適用法)としては、汚染物の形態に合わせて添加、散布、混合などを採用すればよい。一態様では、本発明の浄化剤を汚染物に対して添加、散布、混合する。本発明のジオバクター属微生物(又は本発明の浄化剤)の適用量は任意に設定可能である。予備実験を通じて汚染物に適した適用量を設定することができる。支持体に固定化乃至担持させた状態で本発明のジオバクター属微生物を適用することにしてもよい。
【0023】
本発明のジオバクター属微生物を作用させる際、塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する微生物を併用することにしてもよい。この場合において、1,2-DCA以外の塩素化エチレンを分解可能な微生物を採用すれば、1,2-DCA以外の塩素化エチレンも同時に分解することが可能となる。他方、1,2-DCAを分解できる微生物を採用することも可能であり、この場合には1,2-DCAに対する分解効率の向上が期待できる。VCに対する脱塩素化能を有する微生物を採用することにすれば、1,2-DCA及びVCを分解・無毒化することが可能となる。
【0024】
本発明のジオバクター属微生物に加えて、PCE、TCE又はシスDCEに対する脱塩素化能を有する1種又は2種以上の微生物と、VCに対する脱塩素化能を有する1種又は2種以上の微生物を併用することによって、多種類の塩素化エチレンを同時に分解することにしてもよい。尚、この態様で利用可能な微生物に関しては、上記浄化剤の第2成分に関する説明(第2成分として利用可能な微生物の例示)を援用し、その説明を省略する。
【0025】
本発明者らの更なる検討の結果、AY株の脱塩素化酵素(RDHA)をコードする遺伝子を特定することに成功した。当該遺伝子(そのDNA塩基配列を配列番号3に示す)は、551アミノ酸残基(配列番号4)をコードしていた。これらの成果に基づき、本発明の更なる局面は、脱塩素化酵素及びその遺伝子を提供する。
【0026】
(脱塩素化酵素)
本発明の脱塩素化酵素は配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質からなるという特徴を備える。ここで、一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部に改変を施した場合において改変後のタンパク質が改変前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の改変がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、配列番号4に示すアミノ酸配列と等価なアミノ酸配列からなり、脱塩素化活性を有するタンパク質(以下、「等価タンパク質」ともいう)を提供する。ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、配列番号4に示すアミノ酸配列と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここでは脱塩素化活性)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。等価タンパク質の脱塩素化活性の程度は、脱塩素化酵素としての機能を発揮できる限り特に限定されない。但し、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。
【0027】
「アミノ酸配列の一部の相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1〜数個のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1〜数個のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。ここでのアミノ酸配列の相違は脱塩素化活性が保持される限り許容される(活性の多少の変動があってもよい)。この条件を満たす限りアミノ酸配列が相違する位置は特に限定されず、また複数の位置で相違が生じていてもよい。ここでの複数とは例えば全アミノ酸の約30%未満に相当する数であり、好ましくは約20%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。即ち等価タンパク質は、配列番号4アミノ酸配列と例えば約70%以上、好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、より一層好ましくは約95%以上、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する。
【0028】
好ましくは、脱塩素化活性に必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換を生じさせることによって等価タンパク質を得る。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0029】
「等価タンパク質」が、付加的な性質を有していてもよい。かかる性質として、例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質に比べて安定性(熱安定性、pH安定性など)に優れているという性質が挙げられる。
【0030】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。本発明のタンパク質分子に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0031】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0032】
本発明の酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0033】
上記アミノ酸配列を有する本発明の酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本発明の酵素をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本発明の酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本発明の酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本発明の酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0034】
(脱塩素化酵素をコードする遺伝子)
更なる局面として、本発明の酵素をコードする遺伝子、即ち新規な脱塩素化酵素遺伝子が提供される。一態様において本発明の遺伝子は、配列番号4のアミノ酸配列をコードするDNAからなる。当該態様の具体例は、配列番号3に示す塩基配列からなるDNAである。尚、本発明における「DNA」は2本鎖DNAに限らず、それを構成する1本鎖DNA(センス鎖及びアンチセンス鎖)を含む意味で用いられる。また、本発明のDNAにはコドンの縮重を考慮した任意の塩基配列を有するDNAが包含される。さらにはその形態も限定されず、cDNA、ゲノムDNA、合成DNAが含有される。
【0035】
ところで、一般に、あるタンパク質をコードするDNAの一部に改変を施した場合において、改変後のDNAがコードするタンパク質が、改変前のDNAがコードするタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちDNA配列の改変が、コードするタンパク質の機能に実質的に影響を与えず、コードするタンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、配列番号3に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、脱塩素化活性をもつタンパク質をコードするDNA(以下、「等価DNA」ともいう)を提供する。ここでの「等価な塩基配列」とは、配列番号3に示す核酸と一部で相違するが、当該相違によってそれがコードするタンパク質の機能(ここでは脱塩素化活性)が実質的な影響を受けていない塩基配列のことをいう。
【0036】
等価DNAの具体例は、配列番号3に示す塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAである。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃〜約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃〜約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0037】
等価DNAの他の具体例として、配列番号3に示す塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、脱塩素化活性をもつタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該DNAがコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2〜40塩基、好ましくは2〜20塩基、より好ましくは2〜10塩基である。以上のような等価DNAは例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などを利用して、塩基の置換、欠失、挿入、付加、及び/又は逆位を含むように配列番号3に示す塩基配列を有するDNAを改変することによって得ることができる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価DNAを得ることができる。等価DNAの更に他の例として、SNP(一塩基多型)に代表される多型に起因して上記のごとき塩基の相違が認められるDNAを挙げることができる。
【0038】
本発明の遺伝子は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって単離された状態に調製することができる。具体的には、AY株のDNAライブラリー又はcDNAライブラリー、或はAY株の菌体内抽出液から、本発明の遺伝子に対して特異的にハイブリダイズ可能なオリゴヌクレオチドプローブ・プライマーを適宜利用して調製することができる。オリゴヌクレオチドプローブ・プライマーは、市販の自動化DNA合成装置などを用いて容易に合成することができる。尚、本発明の遺伝子を調製するために用いるライブラリーの作製方法については、例えばMolecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照できる。
【0039】
例えば、配列番号3に示す塩基配列を有する遺伝子であれば、当該塩基配列又はその相補配列の全体又は一部をプローブとしたハイブリダイゼーション法を利用して単離することができる。また、当該塩基配列の一部に特異的にハイブリダイズするようにデザインされた合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いた核酸増幅反応(例えばPCR)を利用して増幅及び単離することができる。また、配列番号4に示されるアミノ酸配列や配列番号3に示される塩基配列の情報を元にして、化学合成によって目的とする遺伝子を得ることもできる(参考文献:Gene,60(1), 115-127 (1987))。
【0040】
例えば、得られた遺伝子の発現産物(タンパク質)について脱塩素化活性を測定すれば、脱塩素化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であるか否かを確認することができる。また、得られた遺伝子の塩基配列(又はそれがコードするアミノ酸配列)を上記脱塩素化酵素遺伝子の塩基配列(又はそれがコードするアミノ酸配列)と比較することで遺伝子構造や相同性を調べ、脱塩素化活性を有するタンパク質をコードするか否かを判定することにしてもよい。
【0041】
(組換えベクター)
本発明のさらなる局面は本発明の遺伝子を含有する組換えベクターに関する。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸分子を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいい、その種類、形態は特に限定されるものではない。従って、本発明のベクターはプラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)の形態をとり得る。
【0042】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。ベクターの具体例を挙げれば、大腸菌を宿主とするベクター(M13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)など)、酵母を宿主とするベクター(pYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクター(pAc、pVLなど)、哺乳類細胞を宿主とするベクター(pCDM8、pMT2PCなど)等である。
【0043】
本発明の組換えベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0044】
本発明の遺伝子のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0045】
本発明の組換えベクター内に、本発明者らが見出した脱塩素化酵素関連遺伝子の一つ以上を含有させてもよい。ここでの「脱塩素化酵素関連遺伝子」とは、脱塩素化酵素rdhAの膜結合タンパク(RDHB)をコードする遺伝子(rdhB)、rdhAの転写調節因子(RDHC)をコードする遺伝子(rdhC)及びリボソーム結合型シャペロンであるトリガー因子(RDHT)をコードする遺伝子(rdhT)である。尚、好ましい一態様では、上掲の脱塩素化関連遺伝子全てを併用する。
【0046】
上記の脱塩素化酵素関連遺伝子は脱塩素化酵素遺伝子の利用を図る上で有用であり、それ自体に産業上の価値が認められる。この観点より、更なる発明として、本願発明者らが見出したこれら脱塩素化関連遺伝子及びそれがコードするタンパク質が提供される。各遺伝子の塩基配列及びそれがコードするタンパク質のアミノ酸配列を添付の配列表に示す。尚、各配列と配列番号の対応関係は次の通りである。
rdhB遺伝子のDNA配列:配列番号5
rdhB遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列:配列番号6
rdhC遺伝子のDNA配列:配列番号7
rdhC遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列:配列番号8
rdhT遺伝子のDNA配列:配列番号9
rdhT遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列:配列番号10
【0047】
(形質転換体)
本発明は更に、本発明の遺伝子が導入された形質転換体に関する。本発明の形質転換体では、本発明の遺伝子が外来性の分子として存在することになる。本発明の形質転換体は、好ましくは、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。トランスフェクション、トランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter, H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))、マイクロインジェクション(Graessmann, M. & Graessmann,A., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 73,366-370(1976))、Hanahanの方法(Hanahan, D., J. Mol. Biol. 166, 557-580(1983))、酢酸リチウム法(Schiestl, R.H. et al., Curr. Genet. 16, 339-346(1989))、プロトプラスト−ポリエチレングリコール法(Yelton, M.M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 81, 1470-1474(1984))等によって実施することができる。
【0048】
宿主細胞としては微生物、動物細胞、植物細胞等を用いることができる。微生物としては、大腸菌、バチルス属、デハロコッコイデス属、デサルフィトバクテリウム属、ジオバクター属等の細菌、Saccharomyces属、Pichia属等の酵母、Aspergillus属、Penicillium属等の糸状菌が挙げられる。
【0049】
(脱塩素化酵素の製造法)
本発明の更なる局面は脱塩素化酵素の製造法を提供する。本発明の製造法の一態様では、嫌気的脱塩素化反応によって1,2-ジクロロエタンをエチレンに無毒化する脱塩素化酵素を発現するジオバクター属細菌を培養するステップ(ステップ(1))及び培養後の培養液及び/又は菌体より、脱塩素化酵素を回収するステップ(ステップ(2))が行われる。ステップ(1)におけるジオバクター属細菌として例えば上記のAY株を用いることができる。培養法及び培養条件は、目的の酵素が生産されるものである限り特に限定されない。即ち、本発明の酵素が生産されることを条件として、使用する微生物の培養に適合した方法や培養条件を適宜設定できる。培養法としては液体培養、固体培養のいずれでも良いが、好ましくは液体培養が利用される。具体的な培養条件の設定にあたっては後述の実施例における培養条件が参考になる。
【0050】
培養後の培養液又は菌体より脱塩素化酵素が回収される(ステップ(2))。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、イオン交換樹脂等の各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことにより本発明の酵素を得ることができる。他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理などによって破砕した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより本発明の酵素を得ることができる。尚、ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
【0051】
本発明の他の態様では、上記の形質転換体を用いて脱塩素化酵素を製造する。この態様の製造法ではまず、それに導入された遺伝子によってコードされるタンパク質が産生される条件下で上記の形質転換体を培養する(ステップ(i))。様々なベクター宿主系に関して形質転換体の培養条件が公知であり、当業者であれば適切な培養条件を容易に設定することができる。培養ステップに続き、産生されたタンパク質(即ち、脱塩素化酵素)を回収する(ステップ(ii))。回収及びその後の精製については、上記態様の場合と同様に行えばよい。本発明の酵素の精製度は特に限定されない。また、最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0052】
(酵素剤)
本発明の酵素は例えば酵素剤の形態で提供される。酵素剤は、有効成分(本発明の酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としては乳糖、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0053】
(脱塩素化酵素、酵素剤の用途)
本発明の脱塩素化酵素又は酵素剤は、本発明のジオバクター属細菌の場合と同様に、1,2-DCAで汚染された(即ち、1,2-DCAを含有する)河川水、地下水、排水、土壌等の汚染物を浄化することに利用可能である。即ち、上記の浄化剤又はその有効成分として利用可能である。尚、塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する他の成分の併用も可能である。
【実施例】
【0054】
<1,2-DCA脱塩素化細菌の単離及び特性の検討>
1.方法
(1)1,2-DCA脱塩素化細菌の集積方法
1,2-DCAを含む埋設廃棄物場付近の河川堆積物を採取し、5mm孔径のふるいにかけた後、水分含量を65%に調製し、22℃で数週間保管した。湿重量10 gの堆積物を60 mL容量のガラスバイアル瓶に投入し、10 mLの蒸留水で満たした。この堆積物懸濁液について、窒素ガスで15分間曝気した後、塩酸希釈液でpHを7.0に調製し、さらに15分間窒素ガスで曝気した。これを、テフロン(登録商標)コーティングされたブチルゴム栓で密閉した後0.2 μm口径のフィルター滅菌した20 mM 乳酸ナトリウム、1 mg L-1レサズリンおよび1mM 1,2-ジクロロエタン(1,2-DCA)を滅菌済みのシリンジで添加し、30℃で培養を開始した。10日間の培養の後、1 mlの培養物を20mLの窒素置換した滅菌済みのAY-M培地(表1)に1mM 1,2-DCA、5mM 酢酸ナトリウムおよび10% 水素(気相、v/v)を加えたガラスバイアル瓶に植え継ぎ30℃で培養し、培養物気相の1,2-DCAが消失したら、再び新しいバイアル瓶に同様に植え継ぐことを10回以上繰り返した。
【表1】

【0055】
(2)1,2-DCA脱塩素化細菌の単離方法
1,2-DCA脱塩素化細菌の分離は、アガーシェイク法により行った。1 mLの集積物を、AY-A培地(表2)を用いて10-4〜10-8希釈し、0.5%アガーを含むAY培地に混釈し固化した。30℃で4週間培養した後、アガー中に形成されたコロニーをAY培地に移し、再び培養し、1,2-DCAを脱塩素化するかどうか確認した。1,2-DCA脱塩素化能を確認できたコロニー培養物は、さらに5mM 酢酸ナトリウム、0.5 % 酵母エキス、10mM ピルビン酸ナトリウム、および10% 水素(気相、v/v)を添加したAY寒天培地を用いてさらに培養し、形成したコロニーを採取し単離した。
【表2】

【0056】
(3)1,2-DCA脱塩素化細菌の基質利用性試験
分離した1,2-DCA脱塩素化細菌株について、電子供与体および電子受容体の利用性を試験するため、0.01%酵母エキスを添加したAY-Mを基礎培地として用い、電子供与体および電子受容体の利用性を試験した。電子供与体の利用性試験は、lmM 1,2-DCAを電子受容体とした場合に、10%水素(気相、v/v)、5mM 酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、酪酸ナトリウム、ギ酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、フマル酸ナトリウム、ピルビン酸ナトリウム、グルコース、スクロース、フルクトース、エタノール、メタノールまたはブタノールを添加した場合に、1,2-DCAの脱塩素化が生じるか否かを試験した。電子受容体の利用性試験は、5mM 酢酸ナトリウムを電子供与体として添加した場合に、5mM 硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、フマル酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、鉄(III)が還元されるか否かを試験した。
【0057】
(4)分析方法
培養物中の1,2-DCAおよび脱塩素化産物は、培養物気相のガスをガスクロマトグラフィー分析することにより検出・定量した。ガスクロマトグラフィー分析は、FID検出器およびBPX5キャピラリーカラム(SGE, Austin, TX, USA)を接続したAuto System XL(Perkinelmer, Wellesley, MA, USA)を用い、流速 1.0 ml min-1の窒素ガスをキャリヤーとして、カラム温度を80℃、インジェクターおよびディテクター温度を250℃に保ち、分析を行った。
【0058】
(5)総菌数計測
培養物を、0.20μm孔径のフィルターでろ過滅菌したPBSE緩衝液で希釈し、この希釈液を0.22μm孔径のポリカボーネト黒色メンブレンフィルター(ミリポア社)上にろ過採取した。フィルター上に採取された細胞は、ProLong(登録商標)Gold Antifade Reagent with DAPI Special Packaging(インビトロジェン社)を用いて染色し、蛍光顕微鏡(オリンパス株式会社)下で観察し、蛍光画像をDP7 デジタルカメラ(オリンパス株式会社)で取り込んだ。1試料につき10視野以上1,000細胞以上をWinROOF program(株式会社フローベル)を用いてカウントし、1試料あたりの細胞数を算出した。
【0059】
(6)16SrRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析
分離した1,2-DCA脱塩素化細菌を同定する目的で、大腸菌(E.coli)の16S rRNA遺伝子位置で8-1492に相当する部位を27f(配列番号11)および1492r(配列番号12)プライマーを用いてPCR増幅した。PCRは、培養物から遠心により集菌した細胞をプロテアーゼ処理により溶菌後、ボイルした溶菌液を鋳型とし、exTaq(タカラバイオ株式会社)を用いて行った。PCRサーマルサイクルプログラムには、95℃で2分の熱変性の後、95℃で1分、50℃で30秒、72℃で1分30秒を1サイクルとして30サイクル繰り返し、最後に72℃で2分保温するプログラムを用いた。得られたPCA産物は、QIAquick PCR purification kit (キアゲン社)を用いて精製し、さらにBigDye(登録商標)Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (アプライドバイオシステムズ社)を用いてシーケンス反応を行い、反応物をABI PRISM(登録商標) 3100-genetic analyzer (アプライドバイオシステムズ社)で泳動し、塩基配列を決定した。塩基配列データはGENETYX(登録商標) ver 7.0 program (株式会社ゼネティックス)を用いて解析し、オンラインBLAST解析ツール(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いて、データベースと照合することで同定した。
【0060】
2.結果
(1)1,2-DCA脱塩素化細菌の集積・分離
1,2-DCAを含む有機塩素化合物で汚染された河川堆積物に1,2-DCAを添加し嫌気的に10日間培養した結果、培養物気相中の1,2-DCAは消失し、脱塩素化産物としてエチレンが検出された。そこで、さらなる集積を目的として、AY-A培地に植え継ぎ、再び10日間培養したところ、1,2-DCAのエチレンへの脱塩素化活性が維持された。本培養物について、培養物気相の1,2-DCAが消失したら、新しいバイアル瓶に同様に植え継ぐことを10回以上繰り返した。この集積培養物から1,2-DCA脱塩素化細菌を単離する目的で、集積物を10-4〜10-7に希釈しアガーシェイク培養を行った結果、採取した20コロニーのうち1コロニーが1,2-DCAをエチレンに脱塩素化した。このコロニー培養物をさらに純化する目的で、5mM 酢酸ナトリウム、0.5 % 酵母エキス、10mM ピルビン酸ナトリウム、および10% 水素(気相、v/v)を添加したAY寒天培地を用いてさらに培養したところ、単一の赤色コロニーが形成され、このコロニーを採取した培養物では、すべて1,2-DCAのエチレンへの脱塩素化が観察された。これより、本培養物は単一の1,2-DCA脱塩素化細菌からなる純粋培養物とみなし、AY株とした。図1に、AY株による1,2-DCA脱塩素化の様子を示す。
【0061】
(2)AY株の形態学的特徴
AY株の位相差顕微鏡写真および電子顕微鏡写真を図2および図3に示す。AY株は、直径約0.6μm、長さ約2.0μmのグラム陰性の桿菌であり、単鞭毛を持ち、運動性を有する。
【0062】
(3)AY株の16SrRNA遺伝子配列に基づく系統解析
分離したAY株の16S rRNA遺伝子を解析した結果、デルタプロテオバクテリアのジオバクター(Geobacter)属に属し、ジオバクター・ラブイ(Geobacter lovelyi)に最類縁であり、99.7%の相同性を示した。AY株の系統学的位置を示す系統樹を図4に示す。ジオバクター・ラブイは、テトラクロロエチレンを1,2-cisジクロロエチレンに脱塩素化することが知られているが、1,2-DCAを脱塩素化しないことが報告されている。これより、AY株は、ジオバクター・ラブイとは系統学的にも、脱塩素化機能からも異なる新奇な脱塩素化細菌であることが示された。
【0063】
(4)AY株の脱塩素化基質特性
AY株は、1,2-DCA脱塩素化の電子供与体として、水素、酢酸、およびピルビン酸が利用可能で、酢酸を電子供与体として添加した場合に、1,2-DCA、硝酸、フマル酸、鉄(III)を電子受容体として生育した。テトラクロロエチレン、1,1,2-トリクロロエタン、2,4,6-トリクロロフェノール、ヘキサクロロベンゼンは脱塩素化せず、AY株の脱塩素化能は、1,2-DCAに極めて特異的であることが示唆された。
【0064】
<AY株のドラフトゲノム解析による1,2-DCA脱塩素化酵素遺伝子のスクリーニング>
1.方法
分離した1,2-DCA脱塩素化細菌について、抽出DNAを断片化後、一本鎖DNAを調製し、エマルジョンPCRを行った後、Genome Sequencer FLX System (ロシュ・ダイアグノスティクス社)を用いた高速シーケンス解析を行った。解析データは、GS De Novo Assembler ver. 2.0 (ロシュ・ダイアグノスティクス社)を用いてアセンブルし、100bp以上の塩基配列長を有するコンティグについて、CRITICA(http://www.ttaxus.com/software.html)およびGlimmer2 ver. 2.10 (http://www.cbcb.umd.edu/software/glimmer/)を用いたORFのアノテーション作業を行った。
【0065】
2.結果
AY株のドラフトゲノム解析を行った結果、478コンティグ、計209,837 bpの部分配列を獲得した。得られたORFすべてのアノテーションを行い、脱塩素化酵素関連遺伝子のスクリーニングを行った結果、2つのコンティグ(以下、コンティグ1、コンティグ2とする)が脱塩素化酵素関連遺伝子を含んでいた(図5)。コンティグ1は、脱塩素化酵素(RDHA(配列番号4))をコードする遺伝子(rdhA(配列番号3))及び脱塩素化酵素の膜結合タンパク(RDHB(配列番号6))をコードする遺伝子(rdhB(配列番号5))を含み、コンティグ2は、rdhAの転写調節因子(RDHC(配列番号8))をコードする遺伝子(rdhC(配列番号7))及びリボソーム結合型シャペロンであるトリガー因子(RDHT(配列番号10))をコードする遺伝子(rdhT(配列番号9))を含んでいた。また、この2つのコンティグの他に脱塩素化関連遺伝子は検出されなかった。AY株のrdhAは、551アミノ酸残基(配列番号4)をコードしており、ペリプラズムへのタンパク質輸送システムとして知られるTat(twin arginine translocation)システム依存型タンパク質のシグナル配列の保存配列(RRXFXK(配列番号13))および4Fe4S型鉄硫黄クラスター結合モチーフの保存配列(CXXCXXCXXXCP(配列番号14))を有することから、鉄-硫黄中心を有するタンパク質で細胞膜に局在することが示唆された。これより、AY株による1,2-DCA脱塩素化は、RDHBにより細胞膜上に結合したRDHAにより行われ、rdhAはRDHCにより転写制御され、また、翻訳されたRDHAはRDHTによりフォールディングされることが示唆された。AY株のrdhAについてアミノ酸配列に基づく系統解析を行った結果、既知単離株ではFirmicutes門のDehalobacter restrictus PER-K23のテトラクロロエチレン脱塩素化酵素(配列番号15)に最も類縁で90.74%の相同性を有し、またコンソーシアとして獲得されているDehalobacter sp. WL株の1,2-DCA脱塩素化酵素(配列番号16)に96.92%の相同性を示した(図6)。一方で、16SrRNA遺伝子配列で最も高い相同性を示した脱塩素化細菌であるGeobacter lovlyei SZ株のテトラクロロエチレン脱塩素化酵素遺伝子とは38.25%の相同性を示した。以上より、AY株の1,2-DCA脱塩素化酵素遺伝子は、既知の1,2-DCA脱塩素化酵素遺伝子とはアミノ酸レベルで異なる配列を有する新規な酵素遺伝子であり、16SrRNA遺伝子の系統関係を反映していないことから、門レベルで異なる系統グループにまたがって水平伝播していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明のジオバクター属細菌は嫌気的脱塩素化によって1,2-DCAをエチレンに分解する。従って、1,2-DCAで汚染された汚染物(河川水、地下水、排水、土壌など)の浄化(バイオレメディエーション)に有用である。塩素化エチレン類を分解可能な他の微生物と併用し、様々な塩素化エチレンを同時に分解することも可能であり、様々な汚染物の浄化への適用が期待される。
【0067】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0068】
配列番号11工配列の説明:27fプライマー
配列番号12工配列の説明:1492rプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の特性を備える、ジオバクター属細菌:
(1)嫌気的脱塩素化反応により1,2-ジクロロエタンをエチレンに分解する;
(2)1,2-ジクロロエタンを電子受容体として利用できる;
【請求項2】
以下の特性を更に備える、請求項1に記載のジオバクター属細菌:
(3)テトラクロロエチレン、1,1,2-トリクロロエタン、2,4,6-トリクロロフェノール及びヘキサクロロベンゼンを分解しない。
【請求項3】
16SリボソームRNA遺伝子の配列に関して、ジオバクター・ラブイSZ株との間で99.7%の相同性を示す、請求項1に記載のジオバクター属細菌。
【請求項4】
16SリボソームRNA遺伝子の配列が、配列番号1に示す配列である、請求項1に記載のジオバクター属細菌。
【請求項5】
受託番号がFERM P−21949である、請求項1に記載のジオバクター属細菌。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のジオバクター属細菌を含有する、浄化剤。
【請求項7】
塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する細菌を更に含有する、請求項6に記載の浄化剤。
【請求項8】
前記細菌として、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が用いられる、請求項7に記載の浄化剤。
【請求項9】
前記細菌として、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン又はシス1,2-ジクロロエチレンに対する脱塩素化能を有する細菌と、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が併用される、請求項7に記載の浄化剤。
【請求項10】
1,2-ジクロロエタンを含有する汚染物に対して請求項1〜5のいずれか一項に記載のジオバクター属細菌を作用させることを特徴とする、浄化方法。
【請求項11】
塩素化エチレンに対する脱塩素化能を有する細菌を併用することを特徴とする、請求項10に記載の浄化方法。
【請求項12】
前記細菌として、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が用いられる、請求項11に記載の浄化方法。
【請求項13】
前記細菌として、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン又はシス1,2-ジクロロエチレンに対する脱塩素化能を有する細菌と、塩化ビニルに対する脱塩素化能を有する細菌が併用される、請求項11に記載の浄化方法。
【請求項14】
配列番号4に示すアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有する脱塩素化酵素。
【請求項15】
等価なアミノ酸配列が、配列番号4に示すアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、請求項14に記載の脱塩素化酵素。
【請求項16】
請求項14又は15に記載の脱塩素化酵素を有効成分とする酵素剤。
【請求項17】
以下の(A)〜(C)からなる群より選択されるいずれかのDNAからなる脱塩素化酵素遺伝子:
(A)配列番号4に示すアミノ酸配列をコードするDNA;
(B)配列番号3に示す塩基配列からなるDNA;
(C)配列番号3に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、且つ脱塩素化活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項18】
請求項17に記載の脱塩素化酵素遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項19】
請求項17に記載の脱塩素化酵素遺伝子が導入されている形質転換体。
【請求項20】
以下のステップ(1)及び(2)、又はステップ(i)及び(ii)を含んでなる、脱塩素化酵素の製造法:
(1)嫌気的脱塩素化反応によって1,2-ジクロロエタンをエチレンに無毒化する脱塩素化酵素を発現するジオバクター属細菌を培養するステップ;
(2)培養後の培養液及び/又は菌体より、脱塩素化酵素を回収するステップ;
(i)請求項17に記載の形質転換体を、前記遺伝子がコードするタンパク質が産生される条件下で培養するステップ;
(ii)産生された前記タンパク質を回収するステップ。
【請求項21】
前記ジオバクター属細菌が、受託番号FERM P−21949で特定される菌株である、請求項20に記載の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−34620(P2012−34620A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177483(P2010−177483)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、経済産業省、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構委託事業「微生物群のデザイン化による高効率型環境バイオ処理技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(591270556)名古屋市 (77)
【Fターム(参考)】