説明

2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法

【課題】2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法を提供する。
【解決手段】3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を塩基の存在下に第四級アンモニウム塩化剤と反応させることにより、2−フルオロアクリル酸エステルを製造することができる。さらに、原料基質である3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類は、3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、高い位置選択性で工業的にも格段に容易に製造することができる。本発明は、従来技術の問題点を全て解決した2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体または機能性高分子モノマーとして重要な2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2−フルオロアクリル酸エステルは、医農薬中間体または機能性高分子モノマーとして重要である。本発明に関連する従来技術として、3位に脱離基[X;ヨウ素原子、ヒドロキシル基、臭素原子、トシラート基(CH364SO3)]を有する2−フルオロプロピオン酸エステルの脱HX反応による方法が開示されている(スキーム1、特許文献1、特許文献2、非特許文献1および非特許文献2を参照)。
【0003】
【化1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭60−78943号公報
【特許文献2】特開昭60−78942号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Fluorine Chemistry(オランダ),2006年,第127巻,p.962−965
【非特許文献2】Journal of Fluorine Chemistry(オランダ),1993年,第60巻,p.179−183
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法を提供することにある。そのためには、従来技術の問題点を解決する必要がある。特許文献1、特許文献2、非特許文献1および非特許文献2で開示された合成法が工業的な製造方法として採用し難い理由は、脱HX反応に供する原料基質の大量規模での入手が容易で且つ安価でないこと、または脱HX反応自体の収率が低いことにある。
【0007】
一方、本発明で開示する第四級アンモニウム塩を経るホフマン分解様の反応機構で進行すると推定される、2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法は未だ報告されていない(スキーム2を参照)。
【0008】
【化2】

【0009】
この様に、2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を塩基の存在下に第四級アンモニウム塩化剤と反応させることにより、2−フルオロアクリル酸エステルが製造できることを見出した。本発明の重要な点は、塩基の存在下に第四級アンモニウム塩化剤と反応させるところにあり、塩基の非存在下に比べて格段に温和な反応条件を採用することができる。よって、本発明の様に目的化合物が易重合性の場合には好都合である。
【0011】
3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類としては、アミノ部位のR1およびR2がそれぞれ独立にメチル基、エチル基またはベンジル基であり、エステル部位のR3がメチル基、エチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基または1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロイソプロピル基であるものが好ましく、大量規模での入手が容易で、得られる2−フルオロアクリル酸エステルが特に重要である。
【0012】
第四級アンモニウム塩化剤としては、アルキル(ベンジル)部位のR4がメチル基、エチル基またはベンジル基であり、脱離部位のYが臭素原子、ヨウ素原子またはメシラート基(CH3SO3)であるものが好ましく、大量規模での入手が容易で且つ安価で、良好な反応性を示す。
【0013】
塩基としては、アルカリ金属の炭酸塩が好ましく、大量規模での入手が容易で且つ安価で、良好な反応性を示す。
【0014】
反応および蒸留精製においては、重合禁止剤の存在下に行うことにより2−フルオロアクリル酸エステルの自己重合を抑制することができる。係る重合禁止剤としては、フェノチアジン、ヒドロキノンまたは2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)が好ましく、大量規模での入手が容易で且つ安価で、自己重合の抑制効果が優れている。
【0015】
原料基質である3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類の製造方法としては、3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることが好ましく、高い位置選択性で工業的にも格段に容易に製造することができる。さらに、有機塩基としてジイソプロピルエチルアミンを用いることにより、第四級アンモニウム塩体の副生を効果的に抑えることができる。
【0016】
この様に、2−フルオロアクリル酸エステルの極めて有用な製造方法を見出し、本発明に到達した。
【0017】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明9]を含み、2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法を提供する。
[発明1]
一般式[1]
【0018】
【化3】

【0019】
で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を塩基の存在下に、一般式[2]
【0020】
【化4】

【0021】
で示される第四級アンモニウム塩化剤と反応させることにより、一般式[3]
【0022】
【化5】

【0023】
で示される2−フルオロアクリル酸エステルを製造する方法。
[式中、R1、R2およびR4はそれぞれ独立にアルキル基またはベンジル基を表し、R3はアルキル基またはフッ素置換アルキル基を表し、Yはハロゲン原子またはスルホネート基を表す]
[発明2]
発明1において、R1、R2およびR4がそれぞれ独立にメチル基、エチル基またはベンジル基であり、R3がメチル基、エチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基または1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロイソプロピル基であり、Yが臭素原子、ヨウ素原子またはメシラート基(CH3SO3)であることを特徴とする、発明1に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[発明3]
発明1または発明2において、塩基がアルカリ金属の炭酸塩であることを特徴とする、発明1または発明2に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[発明4]
発明1及至発明3の何れかにおいて、反応を重合禁止剤の存在下に行うことを特徴とする、発明1及至発明3の何れかに記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[発明5]
発明4において、重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノンまたは2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)であることを特徴とする、発明4に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[発明6]
発明1及至発明5の何れかにおいて、得られた2−フルオロアクリル酸エステルの蒸留精製を重合禁止剤の存在下に行うことを特徴とする、発明1及至発明5の何れかに記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[発明7]
発明6において、重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノンまたは2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)であることを特徴とする、発明6に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[発明8]
発明1及至発明7の何れかにおいて、一般式[1]
【0024】
【化6】

【0025】
で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類が、一般式[4]
【0026】
【化7】

【0027】
で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより得られることを特徴とする、発明1及至発明7の何れかに記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[式中、R1およびR2はそれぞれ独立にアルキル基またはベンジル基を表し、R3はアルキル基またはフッ素置換アルキル基を表す]
[発明9]
発明8において、有機塩基がジイソプロピルエチルアミンであることを特徴とする、発明8に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明では、脱HX反応に供する原料基質の大量規模での入手が容易で且つ安価であり、さらに脱HX反応自体の収率も高い。
【0029】
この様に、本発明は、従来技術の問題点を全て解決した2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法について詳細に説明する。
【0031】
本発明は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を塩基の存在下に、一般式[2]で示される第四級アンモニウム塩化剤と反応させることにより、一般式[3]で示される2−フルオロアクリル酸エステルを製造する方法である。本発明の製造方法において推定される反応機構をスキーム2に示したが、3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を塩基の存在下に第四級アンモニウム塩化剤(アルキル化剤またはベンジル化剤)と反応させることにより2−フルオロアクリル酸エステルが得られるものであればホフマン分解様の反応機構に限定されるものではない。
【0032】
一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類のR1およびR2はそれぞれ独立にアルキル基またはベンジル基を表す。アルキル基は、炭素数が1から8の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数が3以上の場合)を採ることができる。その中でも炭素数が1から4のアルキル基およびベンジル基が好ましく、メチル基、エチル基およびベンジル基が特に好ましい。
【0033】
一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類のR3はアルキル基またはフッ素置換アルキル基を表す。アルキル基は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類のR1およびR2に記載したものと同じである。フッ素置換アルキル基は、アルキル基の任意の炭素原子上に、任意の数でフッ素原子が置換することができる。その中でも炭素数が1から4の、アルキル基およびフッ素置換アルキル基が好ましく、メチル基、エチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基および1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロイソプロピル基が特に好ましい。
【0034】
一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類の2位炭素原子は不斉炭素であるが、最終的にはsp2炭素に変換されるため、光学活性体(RまたはS)またはラセミ体に限定されず、両者を同等に用いることができる。その中でも大量規模での入手が容易で且つ安価であるラセミ体が好ましい。当然、光学活性体を用いることもできる。
【0035】
一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類の製造方法としては、特に制限はなく、Journal of the American Chemical Society(米国),1982年,第104巻,p.5836−5837、国際公開2006/038872号パンフレット等を参考にして同様に製造することができる。しかしながら、本発明の目的は2−フルオロアクリル酸エステルの工業的な製造方法を提供することにある。よって、原料基質である3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類の製造方法も工業的に耐え得るものであることが好ましく、原料基質の工業的な製造方法と組み合わせることは本発明の好適な態様の1つと言える。
【0036】
本特許出願人は、この様な視点に合致した類似の、α−フルオロ−β−アミノ酸類の製造方法を既に特許出願している(特願2009−101506、3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類の工業的な製造方法に一部対応)。しかしながら、本特許出願は未だ公開されていないため、本発明(2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法)の開示に必要な内容も加えて合わせて以下に説明する。
【0037】
一般式[4]で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を高い位置選択性で工業的にも格段に容易に製造することができる。本製造方法では、原料基質から誘導されるフルオロ硫酸エステル体がアジリジニウム中間体に変換され、反応系内で副生したフッ素アニオン(F-)が2位炭素原子をSN2的に求核攻撃することにより、窒素原子の転位を伴う開環フッ素化反応が進行する(スキーム3を参照)。この1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応においては、アジリジニウム中間体に対するフッ素アニオン(F-)の攻撃が2位炭素原子上(vs.3位炭素原子上)で高度に位置選択的に進行し[3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類(メジャー生成物)vs.3−フルオロ−2−アミノプロピオン酸エステル類(マイナー生成物)]、さらに2位炭素原子の立体化学の反転率も極めて高い。一方、有機塩基として立体的な嵩高さがあまり期待できないもの(例えば、トリエチルアミン等)を用いると、フルオロ硫酸エステル体からアジリジニウム中間体への分子内閉環反応や、アジリジニウム中間体から目的化合物への開環フッ素化反応において、有機塩基(第三級アミン)が一部関与し、第四級アンモニウム塩体(それぞれ3位付加体または2位付加体)を副生する場合がある。よって、立体的に嵩高い有機塩基(例えば、ジイソプロピルエチルアミン等)を用いることが本発明の好適な態様の1つと成り得る。
【0038】
【化8】

【0039】
一般式[4]で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類のR1、R2およびR3は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類のR1、R2およびR3に記載したものと同じである。
【0040】
一般式[4]で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類の2位炭素原子も不斉炭素であり、該光学活性体(RまたはS)を用いれば、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類の光学活性体を、光学純度を損なうことなく得ることができる。しかしながら、本発明ではラセミ体も同等に用いることができるため、光学活性体(RまたはS)を敢えて用いる必要はない。
【0041】
スルフリルフルオリド(SO22)は燻蒸剤として広く利用されており、大量規模での入手が容易で且つ安価である。さらに、廃棄物処理[蛍石(CaF2)や硫酸カルシウム等の無機塩に簡便に処理することができる]の観点からも、工業的な製造方法の反応剤として好適である。
【0042】
スルフリルフルオリド(SO22)の使用量は、一般式[4]で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から10モルが好ましく、0.9から5モルが特に好ましい。
【0043】
有機塩基としては、トリメチルアミン、ジメチルエチルアミン、ジエチルメチルアミン、トリエチルアミン、ジn−プロピルメチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、ジイソプロピルイソブチルアミン、ジメチルn−ノニルアミン、トリn−ブチルアミン、ジn−ヘキシルメチルアミン、ジメチルn−ドデシルアミン、トリn−ペンチルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジン、3,5,6−コリジン等が挙げられる。その中でも炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある第三級アミンが好ましく、ジイソプロピルエチルアミンが特に好ましい。また、炭素数が8以上の有機塩基は脂溶性が高いため、水を用いる後処理においても回収が容易に行え、反応性が低下することなく再利用することができる。よって、工業的な製造方法の反応剤として好適である。なお、本明細書において、第三級アミンとは、アンモニアの3つの水素原子が全てアルキル基で置換されたアミンを意味する。また、炭素数とは、3つのアルキル基の炭素原子の合計数を意味する。
【0044】
有機塩基の使用量は、一般式[4]で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から10モルが好ましく、0.9から5モルが特に好ましい。
【0045】
この1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応は、新たなフッ素源として「上記の有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の存在下に反応を行うこともできる。しかしながら、該塩または錯体を加えなくても所望の反応が良好に進行するため、敢えて存在下で行う必要はない。
【0046】
反応溶媒としては、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族系、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、メシチレン等の芳香族系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル等のエーテル系、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等のエステル系、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等のアミド系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、ジメチルスルホキシド等の酸化硫黄系等が挙げられる。その中でもn−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、メシチレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、アセトニトリル、プロピオニトリルおよびジメチルスルホキシドが好ましく、特にトルエン、キシレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミドおよびアセトニトリルがより好ましい。これらの反応溶媒は、単独または組み合わせて用いることができる。また、この1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応は、無溶媒で反応を行うこともできる。
【0047】
反応溶媒の使用量は、一般式[4]で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類1モルに対して0.05L(リットル)以上を用いれば良く、0.1から10Lが好ましく、0.15から5Lが特に好ましい。
【0048】
温度条件は、−100から+100℃の範囲で行えば良く、−60から+60℃が好ましく、−50から+50℃が特に好ましい。スルフリルフルオリド(SO22)の沸点(−49.7℃)以上の温度条件で反応を行う場合には、耐圧反応容器を用いることができる。
【0049】
圧力条件は、大気圧から2MPaの範囲で行えば良く、大気圧から1.5MPaが好ましく、大気圧から1MPaが特に好ましい。従って、ステンレス鋼(SUS)またはガラス(グラスライニング)の様な材質でできた耐圧反応容器を用いて反応を行うことが好ましい。また、大量規模でのスルフリルフルオリド(SO22)の仕込みとしては、初めに耐圧反応容器を陰圧にし、復圧しながら減圧下で、ガスまたは液体として導入する方法が効率的である。
【0050】
反応時間は、72時間以内の範囲で行えば良く、原料基質、反応剤、反応補助剤および反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況を追跡し、原料基質の減少が殆ど認められなくなった時点を終点とすることが好ましい。
【0051】
後処理は、反応終了液に対して有機合成における一般的な操作を行うことにより、目的とする一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を得ることができる。好ましくは、反応終了液を濃縮し、残渣を有機溶媒で希釈し、無機塩基の水溶液で洗浄し、必要に応じて析出した固形物を濾過し、水で洗浄し、回収有機層を濃縮する操作が効果的である。この様な後処理を行うことにより、次工程の反応に供するに十分な品質の目的化合物を得ることができる。目的化合物は、必要に応じて活性炭処理、分別蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の操作により、高い純度に精製することができる。
【0052】
一般式[2]で示される第四級アンモニウム塩化剤のR4は、アルキル基またはベンジル基を表す。アルキル基およびベンジル基は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類のR1およびR2に記載したものと同じである。
【0053】
一般式[2]で示される第四級アンモニウム塩化剤のYは、ハロゲン原子またはスルホネート基を表す。その中でも塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、メシラート基(CH3SO3)およびトシラート基(CH364SO3)が好ましく、臭素原子、ヨウ素原子およびメシラート基(CH3SO3)が特に好ましい。一般式[2]で示される第四級アンモニウム塩化剤の使用量は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、0.8から15モルが好ましく、0.9から10モルが特に好ましい。
【0054】
塩基としては、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−プロピルアミン、トリn−ブチルアミン、トリn−ペンチルアミン、トリn−ヘキシルアミン、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,3,4−コリジン、2,4,5−コリジン、2,5,6−コリジン、2,4,6−コリジン、3,4,5−コリジン、3,5,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン(DMAP)、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ−5−エン(DBN)、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(DBU)、N,N,N’,N’,N’’−ペンタメチルグアニジン、1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デカ−5−エン(TBD)、BEMP、tert−Bu−P4等の有機塩基、炭酸水素リチウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素セシウム、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム等の無機塩基が挙げられる。その中でもトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリn−ブチルアミン、2,6−ルチジン、2,4,6−コリジン、4−ジメチルアミノピリジン(DMAP)、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(DBU)およびアルカリ金属の炭酸塩(炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム)が好ましく、アルカリ金属の炭酸塩(炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム)が特に好ましい。これらの塩基は単独または組み合わせて用いることができる。一方、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化セシウム等のアルカリ金属の水酸化物は、目的化合物のエステル部位の加水分解を伴うため好ましくない。
【0055】
塩基の使用量は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類1モルに対して0.6モル以上を用いれば良く、0.7から7モルが好ましく、0.8から5モルが特に好ましい。
【0056】
重合禁止剤としては、フェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)、メトキノン、tert−ブチルヒドロキノン(TBH)、2,5−ジ−tert−ブチルヒドロキノン、1,2,4−トリヒドロキシベンゼン、ロイコキニザリン、ノンフレックスF、ノンフレックスH、ノンフレックスDCD、ノンフレックスMBP[2,2’−メチレン−ビス(4−メチル−6−tert−ブチルフェノール)]、オゾノン35、テトラエチルチウラムジスルフィド、Q−1300、Q−1301、クロラニル、イオウ等が挙げられる。これらの重合禁止剤は市販品であり、大量規模での入手が容易で且つ安価である。その中でもフェノチアジン、ヒドロキノン、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)、メトキノンおよびノンフレックスMBP[2,2’−メチレン−ビス(4−メチル−6−tert−ブチルフェノール)]が好ましく、フェノチアジン、ヒドロキノンおよび2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)が特に好ましい。
【0057】
重合禁止剤の使用量は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類1モルに対して0.00001モル以上を用いれば良く、0.0001から0.2モルが好ましく、0.001から0.1モルが特に好ましい。重合禁止剤は本工程(反応および蒸留精製)に必須ではないが、大量規模での製造には極めて効果的である。
【0058】
反応溶媒としては、n−ヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族系、トルエン、キシレン等の芳香族系、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン系、テトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル等のエーテル系、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等のエステル系、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等のアミド系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、ジメチルスルホキシド、スルホラン等の酸化硫黄系等が挙げられる。その中でもn−ヘプタン、トルエン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、アセトニトリルおよびジメチルスルホキシドが好ましく、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンおよびジメチルスルホキシドが特に好ましい。これらの反応溶媒は単独または組み合わせて用いることができる。
【0059】
反応溶媒の使用量は、一般式[1]で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類1モルに対して0.05L(リットル)以上を用いれば良く、0.1から5Lが好ましく、0.15から4Lが特に好ましい。
【0060】
反応温度は、−30から+120℃の範囲で行えば良く、−20から+110℃が好ましく、−10から+100℃が特に好ましい。一般式[2]で示される第四級アンモニウム塩化剤の沸点(例えば、ヨウ化メチルの沸点は42.5℃)以上の温度条件で反応を行う場合には、耐圧反応容器を用いることができる。
【0061】
圧力条件は、大気圧から2MPaの範囲で行えば良く、大気圧から1.5MPaが好ましく、大気圧から1MPaが特に好ましい。従って、ステンレス鋼(SUS)またはガラス(グラスライニング)の様な材質でできた耐圧反応容器を用いて反応を行うことが好ましい。
【0062】
反応時間は、24時間以内の範囲で行えば良く、原料基質、反応剤、反応補助剤および反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況を追跡し、原料基質の減少が殆ど認められなくなった時点を終点とすることが好ましい。
【0063】
後処理は、反応終了液に対して有機合成における一般的な操作を行うことにより、目的とする一般式[3]で示される2−フルオロアクリル酸エステルを得ることができる。好ましくは、反応終了液を有機溶媒で希釈し、固形物を濾過し、濾洗液に重合禁止剤を加え、直接、蒸留することにより、簡便な操作で収率良く粗生成物を回収することができる。また、反応終了液、濾洗液または粗生成物に含まれるフッ素イオンまたは水分は、それぞれ炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、塩化カルシウム、シリカゲル等の脱弗剤または硫酸マグネシウム、五酸化二燐、モレキュラシーブス等の脱水剤(除水フィルター等が好適な場合もある)で適宜処理することができる。粗生成物は必要に応じて活性炭処理、分別蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の操作により、高い純度に精製することができる。これらの精製においても、重合禁止剤の存在下に行うことにより2−フルオロアクリル酸エステルの自己重合を抑制することができる。
【0064】
塩基として好適なアルカリ金属の炭酸塩を用いる場合、目的とする一般式[3]で示される2−フルオロアクリル酸エステル、特に該メチルエステルの沸点が水の沸点と近いため、蒸留精製において水分量が高くなる傾向を示す。しかしながら、上記の脱水剤で処理することにより水分量を効果的に低減することができる。この様に、塩基にアルカリ金属の炭酸塩を用いると、反応の進行に伴いプロトン酸(HY)を中和するため水が副生する。反応系内が塩基性条件下で且つ水が存在するにも拘らず、目的化合物のエステル部位が殆ど加水分解されないことは、本発明で見出した重要な知見である。
[実施例]
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。Meはメチル基を表し、Bnはベンジル基を表す。
【実施例1】
【0065】
国際公開2006/038872号パンフレットを参考にして、下記式
【0066】
【化9】

【0067】
で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類を製造した。セリンのラセミ体(市販品)からの、メチルエステル化(塩酸塩化)とN,N−ジベンジル化のトータル収率は定量的であった。
【0068】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、上記式で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類285g(952mmol、1.00eq)、ジイソプロピルエチルアミン147g(1.14mol、1.20eq)とアセトニトリル316mLを加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)194g(1.90mol、2.00eq)をボンベより吹き込み、室温で終夜攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は100%であった。反応終了液を減圧濃縮し、残渣をトルエン300mLで希釈し、飽和炭酸カリウム水溶液100mLで2回洗浄し、析出した固形物を濾過し、水100mLで洗浄し、回収有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0069】
【化10】

【0070】
で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を286g得た。収率は定量的であった。ガスクロマトグラフィー純度は98.7%であった。
【0071】
1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/2.97(ddd、24.4Hz、14.6Hz、3.2Hz、1H)、3.04(ddd、24.4Hz、14.6Hz、6.0Hz、1H)、3.52(d、13.6Hz、2H)、3.69(s、3H)、3.83(d、13.6Hz、2H)、5.04(ddd、51.9Hz、6.0Hz、3.2Hz、1H)、7.20−7.40(Ar−H、10H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/−28.76(dt、51.9Hz、24.4Hz、1F)。
【0072】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、上記で得られた、下記式
【0073】
【化11】

【0074】
で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類20.0g(66.4mmol、1.00eq)、ヨウ化メチル47.1g(332mmol、5.00eq)、炭酸カリウム18.4g(133mmol、2.00eq)、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)200mg(0.908mmol、0.01eq)とN,N−ジメチルホルムアミド33mLを加え、70℃で終夜攪拌した。反応終了液の19F−NMRより変換率は96%であった。反応終了液をN,N−ジメチルホルムアミド50mLとメタノール50mLで希釈し、固形物を濾過し、濾洗液に2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)200mg(0.908mmol、0.01eq)を加え、直接、単蒸留(フラッシュ蒸留、沸点30から85℃、減圧度25kPa)することにより、下記式
【0075】
【化12】

【0076】
で示される2−フルオロアクリル酸エステルが含まれるN,N−ジメチルホルムアミドとメタノールの混合溶液を71.2g得た。この混合溶液に含まれる2−フルオロアクリル酸エステルの含量は19F−NMR(内部標準法による定量)より5.08g(48.8mmol)であった。収率は73%であった。
【0077】
同様に製造した、上記式で示される2−フルオロアクリル酸エステルが含まれるN,N−ジメチルホルムアミド溶液は、重合禁止剤である2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)の存在下に分別蒸留(理論段数30)することにより、高純度品(ガスクロマトグラフィー純度98.0%以上)を収率良く回収することができる(分別蒸留は、特開2001−172223号公報を参考にして行うことができる)。
【0078】
高純度品の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/3.85(s、3H)、5.36(dd、13.2Hz、3.2Hz、1H)、5.69(dd、3.2Hz、44.0Hz、1H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/44.67(dd、42.7Hz、13.7Hz、1F)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類を塩基の存在下に、一般式[2]
【化2】

で示される第四級アンモニウム塩化剤と反応させることにより、一般式[3]
【化3】

で示される2−フルオロアクリル酸エステルを製造する方法。
[式中、R1、R2およびR4はそれぞれ独立にアルキル基またはベンジル基を表し、R3はアルキル基またはフッ素置換アルキル基を表し、Yはハロゲン原子またはスルホネート基を表す]
【請求項2】
請求項1において、R1、R2およびR4がそれぞれ独立にメチル基、エチル基またはベンジル基であり、R3がメチル基、エチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基または1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロイソプロピル基であり、Yが臭素原子、ヨウ素原子またはメシラート基(CH3SO3)であることを特徴とする、請求項1に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、塩基がアルカリ金属の炭酸塩であることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【請求項4】
請求項1及至請求項3の何れかにおいて、反応を重合禁止剤の存在下に行うことを特徴とする、請求項1及至請求項3の何れかに記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【請求項5】
請求項4において、重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノンまたは2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)であることを特徴とする、請求項4に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【請求項6】
請求項1及至請求項5の何れかにおいて、得られた2−フルオロアクリル酸エステルの蒸留精製を重合禁止剤の存在下に行うことを特徴とする、請求項1及至請求項5の何れかに記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【請求項7】
請求項6において、重合禁止剤がフェノチアジン、ヒドロキノンまたは2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(BHT)であることを特徴とする、請求項6に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
【請求項8】
請求項1及至請求項7の何れかにおいて、一般式[1]
【化4】

で示される3−アミノ−2−フルオロプロピオン酸エステル類が、一般式[4]
【化5】

で示される3−ヒドロキシ−2−アミノプロピオン酸エステル類を有機塩基の存在下にスルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより得られることを特徴とする、請求項1及至請求項7の何れかに記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。
[式中、R1およびR2はそれぞれ独立にアルキル基またはベンジル基を表し、R3はアルキル基またはフッ素置換アルキル基を表す]
【請求項9】
請求項8において、有機塩基がジイソプロピルエチルアミンであることを特徴とする、請求項8に記載の2−フルオロアクリル酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2010−285350(P2010−285350A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−137975(P2009−137975)
【出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】