説明

2光子励起式STED蛍光顕微鏡法

パルス状の励起光(5)を試料に収束して、焦点範囲内に有る蛍光色素が蛍光を自然放出するように励起させ、励起光と異なる波長の脱励起光(10)を試料に照射して、焦点範囲と比べて縮小した測定範囲以外の蛍光色素を蛍光の自然放出前に脱励起させ、蛍光色素から自然放出された蛍光を記録することで、試料内の蛍光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で撮像するために、励起光(5)が多光子プロセスのもとで蛍光色素を励起させるように、励起光(5)の波長を選定するとともに、励起光(5)の波長より短い波長の脱励起光(10)を、励起光(5)の多数のパルス(19)を過ぎても継続して試料(2)に向けている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料内の螢光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で撮像するための、独立請求項1の上位概念の特徴を有する方法及び独立請求項11の上位概念の特徴を有する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
独立請求項1の上位概念に規定された方法は、STED(誘導放出制御)蛍光顕微鏡法とも呼ばれている。この方法の場合、一般的に遠視野光線式顕微鏡法において分解能を表す回折限界を下回っている。この場合、基本的に蛍光が自然放出するまで、励起光が試料内の螢光色素を励起させる回折限界の焦点範囲は、焦点範囲の一部と励起された螢光色素を蛍光放出前に再度脱励起させる脱励起光とを重ね合わせることによって、回折限界以下の領域まで低減されている。それによって、螢光色素から自然放出された蛍光が発生することができる測定範囲は、焦点範囲と比べて縮小された範囲しか残らないこととなる。そのような蛍光を記録することによって、回折限界を上回る空間解像度で、試料内の螢光色素でマーキングされた構造を撮像することができる。測定範囲の位置に零点を有し、それ以外の位置では、励起光で励起された螢光色素の状態を脱励起させる形で飽和に達している試料に干渉縞の形の脱励起光を照射した場合の空間解像度が特に良好である。
【0003】
独立請求項1の上位概念の特徴を有する方法及び独立請求項11の上位概念の特徴を有する装置は、特許文献1により周知である。そこでは、励起光源を連続発振レーザー(Continous wave laser: CW−Laser)とすることができる一方、それぞれ脱励起光パルスを弱めた後に初めて試料からの蛍光を記録するために、脱励起光源を検出器と同期したパルスレーザーとすることができることが言及されている。そのようにして、検出器が試料で反射された脱励起光、或いは脱励起光により放出を促された、即ち、目標とする測定範囲から発生したものではない蛍光を検出してしまうことを防止している。自然放出された蛍光を抽出する別の代替手法として、励起光を偏光させることと、励起光の偏光と直交する方向に試料から検出器に入射する光を偏光フィルターに通すこととが記載されている。
【0004】
独立請求項1の上位概念の特徴を有するSTED蛍光顕微鏡法において、励起光の各パルス後に測定範囲外の螢光色素を再び脱励起させて所望の飽和を実現するためには、同様に、脱励起光に関して提供される平均的な光強度が、励起光のパルスと出来る限り同じ時点で試料に加えられるパルスに集中するようにして、測定範囲外の蛍光色素に対して蛍光を自然放出する出来る限り少ない機会しか与えないようにすることが有効である。そのような時間を一致させることは、連続したシーケンスとするか、或いは部分的又は完全に時間的にオーバーラップさせることによって実現することができる。しかし、そのようなシーケンスに関する必要条件は、場合によっては、検出器と脱励起光パルスとの同期に加えて、脱励起光パルスと励起光パルスを同期させることである。
【0005】
従って、励起光と脱励起光に関する同期可能なパルスレーザーが高価であるために、STED蛍光顕微鏡を実際に実現する負担又はSTED蛍光顕微鏡法のために従来の蛍光顕微鏡を改修する負担は当然大きくなる。そのため、レーザーパルスは、STED蛍光顕微鏡法に必要なパルス時間長を当初から持っていないこととなる。そのような同期以外に、格子又はグラスファイバー構成などの広範な光学素子によって、パルスを時間的に延ばして準備する必要があることは、技術的及び経済的負担を増大させるとともに、機能を不安定にさせてしまうこととなる。
【0006】
連続発振レーザーの分野では、例えば、一つ又は複数のレーザーダイオードが電気的に励起される所謂ダイオードレーザーの形の基本的に安価なレーザーが入手可能である。そのため、パルスの準備と同期が自動的に備わっていることは期待できない。しかし、パルスを放出するように、ダイオードレーザーを改修した場合、それによって基本的に提供される技術的及び経済的利点も放棄してしまうこととなる。
【0007】
周知の形式のSTED蛍光顕微鏡法において、蛍光色素の単一光子励起では、励起を焦点面又は焦点体積に限定することが基本的に不可能なので、測定範囲を光軸に沿って狭めることが重要であることが分かっている。正確には、脱励起光を焦点面に限定することができない。そのことは、焦点面の下と上の蛍光色素を励起させてしまい、そのため脱励起光によって脱励起させるか、或いは脱励起させなければならないことをも意味する。検出器前の共焦点絞りを使用することによって、測定範囲を光軸に沿って焦点面に縮小することができるにも関わらず、そのことは、焦点面以外の蛍光色素を不必要に励起、脱励起させてしまうことを意味し、それは、脱励起ビームによって蛍光色素を著しく退色させてしまい、そのため多色による三次元画像の撮影を妨げることとなる。
【0008】
試料の蛍光顕微鏡法による撮像を焦点面に限定して、光軸に沿っての選択性を実現する手法として、多光子プロセスのもとで励起光により蛍光色素を励起させることが知られている。その場合、励起光は、基本的に異なる波長の成分を有し、三つ又はそれ以上の数の単一光子が多光子プロセスに関与する可能性が有る。しかし、実際に蛍光色素を多光子により励起させることは、通常一つの波長の励起光だけによる2光子励起で行われ、各光子は、多光子プロセスに必要な光子エネルギー全体の半分を担っている。その場合、焦点面での励起の選択性は、励起光の強度と多光子プロセスのもとで蛍光状態の蛍光色素が励起される確率との間の非線形性に依存する。2光子励起では、そのような励起確率は、励起光の強度の2乗に依存し、そのため試料内における励起光の焦点領域の回折主ローブに集中している。多光子プロセスのために基本的に蛍光色素の遷移確率が低くなることを考慮して、励起光を極端な強度で試料に照射すること無く、試料からの蛍光の十分な収量を得るために、励起光を時間的に単一のパルスに集中させることが知られている。専らそのような励起光の時間的な集中とそれによって生じる励起光の各単一パルスでの光子密度の上昇のために、継続して、即ち、時間的に一定な強度で試料に入射する励起光と比べて、蛍光の収量が明らかに増大することとなる。例えば、2光子励起の場合、励起光を時間的に1/10の時間に集中させることは、その1/10の時間に励起光の強度を10倍に増大させ、そのためそのような1/10の時間の間に蛍光の収量を10=100倍上昇させる効果がある。その結果、平均出力を同じとして、時間平均で依然として蛍光の強度を100/10=10倍増大させることとなる。
【0009】
しかし、特許文献2により、STED蛍光顕微鏡法、しかも蛍光色素の多光子励起による蛍光顕微鏡法において、試料に入射する光信号の時間的な繰返間隔を少なくとも0.1μs〜2μsの範囲で変化させて、蛍光の収量を最大化させることが知られている。その場合、所望の繰返間隔が得られるような走査速度を有する、光信号で試料を空間的に走査するための走査機器を配備すれば、光信号を連続発振レーザーから発生させることが可能である。そのような繰返間隔で得られる休止時間によって、蛍光色素を非蛍光状態、特に、光信号を照射する毎に或る程度の割合に到達する三重項状態から、蛍光可能な一重項状態に再び緩和させることが可能となる。
【0010】
特許文献3により、試料内の蛍光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で撮像する方法とその方法に適した装置が周知である。蛍光色素は、励起されても蛍光を発することができない非蛍光状態と励起光で励起させると蛍光を発することができる蛍光状態とを有する化合物である。その化合物は、切換光によって、非蛍光状態から蛍光状態に切り換えることが可能であり、化合物を切換光のパルス後切戻光のパルスで非蛍光状態に切り戻すことが可能な中間状態を経由して、蛍光状態への遷移が起こる。そのような切戻光によって、切り換えられた状態が、切換光の焦点領域と比べて、測定範囲に縮小されている。そして、蛍光状態の化合物に蛍光を生じさせるように励起させる励起光によって、本来の測定が行われる。そのような励起光は、切戻光と同じ波長を持つことができるが、異なる空間分布を有し、如何なる場合でも、蛍光状態に切り換えられた化合物を脱励起状態に切り戻して消失させる消失光としても同時に作用する。その後再び測定することができるように、切換光の別のパルスとそれに続く切戻光のパルスとを試料に入射しなければならない。パルス状の切換光は、多光子プロセスのもとで化合物を蛍光状態に切り換えるような波長を持つことができる。同時に消失光として作用する励起光は、連続発振レーザー、例えば、必要に応じて、作動及び停止することが可能なダイオードレーザーを用いて、提供することができる。蛍光を生じるように励起された化合物を蛍光の自然放出前に再び脱励起させるための脱励起光は、特許文献3では採用されていない。波長及び/又は空間的な分布が異なる少なくとも三つの光、即ち、切換光、切戻光及び消失光としても作用する励起光を準備しなければならないので、その文献により周知の方法及びその方法のために用いられる装置に関する負担は大きい。更に、切戻光と切戻光は、切戻光が作用する切換可能な化合物の中間状態が短い寿命しか持たないので、互いに正確に同期したパルスとして提供しなければならない。その場合、切換可能な蛍光物質を使用することが、簡単な蛍光色素に関する負担を大きく上回る主要な負担となっている。
【0011】
独立請求項1の上位概念の特徴を有する方法及び独立請求項11の上位概念の特徴を有する装置において、互いに同期した二つのパルスレーザーによって、約80MHzの繰返周期で励起光と脱励起光を提供することが、特許文献4により周知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許第5,731,588号明細書
【特許文献2】ドイツ特許出願第102005027896.5号明細書
【特許文献3】国際特許公開第2007/030835号明細書
【特許文献4】米国特許第6,958,470号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sc. USA, 97, 8206(200)
【非特許文献2】Phys. Rev. E, 64, 066613(2001)
【非特許文献3】Appl. Phys. B77: 11(2003)
【非特許文献4】New J. Phys. 8: 106(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の課題は、比較的小さい負担で実現することが可能であるとともに、脱励起ビームにより早期に退色することを防止し、それにも関わらず全ての空間方向において回折限界に渡って空間解像度を大幅に向上することが可能である、試料内の蛍光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で三次元(3D)撮像するための方法及び装置を提示することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の課題は、独立請求項1の特徴を有する方法及び独立請求項11の特徴を有する装置によって解決される。この新しい方法の有利な実施構成は、従属請求項2〜10に規定される一方、この新しい装置の有利な実施構成は、従属請求項12〜20に記載されている。
【0016】
この新しい方法では、励起光の波長は、励起光が多光子プロセスのもとで蛍光色素を励起させるように選定される。そのプロセスは、通常二光子プロセスである。多光子励起のための励起光がパルス状であり、そのことは、周知の通り、多光子励起のために蛍光の収量に有利に作用する一方、励起光よりも短い波長を有する脱励起光が、励起光の多数のパルスを過ぎても継続して、或いはほぼ継続して試料に向けられている。励起光により多光子プロセスのもとで蛍光色素を励起させることによって、蛍光色素の効果的な励起が起こる焦点領域が、単一光子プロセスのもとで実現可能な励起と比べて、明らかに空間的に限定されることとなる。特に、そのような非線形的な励起は、広がりが光軸に沿った回折主ローブと一致する高開口対物レンズの場合、典型的には1μm以内の焦点深度に制限される。励起を三次元的な空間内に限定することによって、焦点面の上と下に有る蛍光色素の中の少量しか脱励起しないか、或いは全く脱励起しないようにしなければならない。特に、焦点の主ローブの外に有る、さもなければ単一光子プロセスのもとで励起された蛍光色素を脱励起光によって脱励起させてはならない。
【0017】
脱励起光の波長は、有利には、色素の発光スペクトルの赤色端となるように選定される。従って、基本的には、励起されていない試料への脱励起光の照射は、その光子エネルギーが蛍光色素を励起させるには小さすぎるので、退色させることはないと言える。しかし、脱励起光は、既に励起されている蛍光色素を所望の通り脱励起させるだけでなく、退色させる可能性も有る。脱励起光による退色は、既に励起されている蛍光色素にだけ起こる。
【0018】
即ち、多光子励起による励起は、当初から三次元的に回折主ローブに限定されているので、蛍光色素を脱励起させなければならない領域も小さくなる。蛍光色素分子当たりの不必要な脱励起回数が低減されるので、退色も軽減され、そのことは、STED蛍光顕微鏡法によるナノスケールの三次元撮像を著しく簡単化するとともに、それどころか多くの色素による三次元撮像を初めて実現している。多光子励起が、1μmの厚さの層内でのみ行われた場合、10μmの厚さの試料では、不必要な脱励起回数が1/10に低減される。即ち、測定範囲と比べて、脱励起光を必要とする試料の範囲を大幅に縮小することができれば、それに応じて脱励起光による退色も軽減されることとなる。そのことは、多光子プロセスのもとで蛍光色素の蛍光を生じさせる励起を起こすことによって達成される。
【0019】
従って、蛍光色素を酷使すること無く、連続的な形で、即ち、特に安価な手法で脱励起光を試料に照射することが可能となる。それと関連して、脱励起光のパルスが不要になることによってだけでなく、それにより励起光のパルスと脱励起光のパルス間の同期をとる必要性も無くなることによっても、コスト的な利点が得られる。即ち、特に、いずれにせよ既に蛍光色素の多光子励起のために配備された蛍光顕微鏡を用いて、この新しい方法を実施するための負担は、最小限の追加負担だけを伴うこととなる。簡単な連続発振レーザーを用いた脱励起光を準備して、好適には、蛍光顕微鏡の対物レンズに入力結合させるだけである。
【0020】
蛍光色素から自然放出された蛍光のための検出器と励起光又は脱励起光の何らかのパルスとの如何なる同期も完全に不要とすることができる。即ち、検出器は、蛍光色素から自然放出された蛍光を、励起光の多数のパルスを過ぎても継続して記録することができる。その場合、検出器は、例えば、カットオフフィルター又は狭帯域バンドパスフィルターによって、脱励起光から蛍光を抽出するか、さもなければ偏光フィルターによって(この場合、脱励起光も目的通り偏光させる必要が有る)、脱励起光から蛍光を抽出することができる。
【0021】
この新しい方法では、ダイオードレーザーを用いて脱励起光を提供するのが特に有利である。そのようなダイオードレーザーは、STED蛍光顕微鏡法において脱励起光を提供するための連続発振レーザーとしてのそれ以外の一般的なパルスレーザーのほぼ1/10のコストで配備することができる。
【0022】
この新しい方法では、如何なる時点でも同様に脱励起光による試料の効果的な多光子励起を小さい空間領域に限定して、それによって、蛍光色素を退色させる虞の有る励起光を用いたエネルギー荷重全体も蛍光の収量と比べて軽減されることも有利であると認められる。
【0023】
この新しい方法では、励起光は、少なくとも80MHz、有利には、少なくとも100MHz、より有利には少なくとも120MHz、最も有利には少なくとも150MHzの比較的高い周波数でパルス化することができる。少なくとも最後に上げた二つの周波数では、通常STED蛍光顕微鏡法で用いられているパルスレーザーの一般的な周波数範囲を上回っている。その範囲は、80〜100MHzである。励起光の非常に高い周波数のパルスによって、励起光のパルス間の休止時間が非常に短くなる。即ち、脱励起光の大部分が試料に当たって、そこにおいて蛍光色素の大部分が基底状態に留まれなくなることが防止される。
【0024】
励起光の個々のパルスは、有利には、蛍光色素の多光子励起による蛍光顕微鏡法の場合と同様に、それらのパルス相互間隔と比べて比較的短い。即ち、励起光の個々のパルスの時間長は、それらのパルス相互間隔の高々1/10、有利には高々1/100、より有利には高々1/1,000、最も有利には高々1/10,000とすることができる。既に最初に説明した通り、そうすることによって、励起ビームの平均出力を同じとして、試料からの蛍光の相対的な収量が上昇する。
【0025】
この新しい方法では、特に、蛍光色素から自然放出された蛍光を空間的に記録するために、一つの測定範囲又は多くの同様の測定範囲に分けて試料を三次元的に走査して、試料内の蛍光色素でマーキングされた構造を三次元的に解像することが可能である。
【0026】
そのような解像を、特に、Z方向、即ち、励起光の光軸の方向に対して実現するためには、非特許文献1により周知の通り、試料に対して、ちょうどその方向に対して測定範囲の前後に脱励起光を向けるのが有効である。その場合、多光子励起によって蛍光を発するように焦点領域内で励起された蛍光色素を再び脱励起するためには、測定範囲の場所において、それぞれ脱励起光の強度の零地点の近くに極大点が来るようにすれば十分である。一般的に、焦点の測定範囲が有利に狭まるように脱励起ビームを変化させるための多くの方法及び装置が知られている(非特許文献2〜4参照)。
【0027】
検出器の前に共焦点絞りを配置するのが有利であり、焦点の測定範囲が複数有る場合には、共焦点絞りの配列を配置するのが有利である。絞りは、脱励起ビームの散乱光だけでなく、励起ビームの散乱光も抑制する。別の特別な実施構成では、蛍光は、光走査機器を介してフィードバックされるのではなく、簡単な光路上で記録される、即ち、当業者に周知の通り、「非デスキャン検出」される。
【0028】
この新しい方法の特別な実施構成では、励起光と脱励起光は、それぞれ励起光の多数のパルス後の限定された長さの時間の間中断される。そのような中断の目的は、励起光の先行するパルスの間に励起光によって一旦は相当な程度にまで非蛍光状態が優勢になるようにした後、蛍光色素の非蛍光状態、特に、三重項状態から、蛍光を発する一重項状態に緩和にして戻ることを待つことである。そのような非蛍光状態を優勢にすることは、試料からの蛍光の収量を低下させる結果になるとともに、蛍光色素が退色する虞を増大させることとも関連する。しかし、0.5〜3μs、典型的には1〜2μsの範囲の比較的短い時間長の間非蛍光状態が再び消失して、その結果それに対応する励起の中断が、全体として試料からの蛍光の収量を上昇させることとなる。有利には、励起光の供給と並行して、試料に脱励起光を不必要に照射しないために、前述した時間長の間脱励起光も中断する。それに対して、脱励起光を継続して試料に照射する励起光の中断時間相互間における励起光の多数のパルスの時間長は、典型的には100ns〜50μs、有利には、0.5〜2μsである。そのような時間長の正確な継続時間は、如何に速く三重項状態又は非蛍光状態を実際に優勢にするのかに依存する。
【0029】
本発明による装置では、励起光源は、励起光が多光子プロセスのもとで蛍光色素を励起させるような波長で励起光を放射し、脱励起光源は、励起光よりも短い波長の脱励起光を、励起光の多数のパルスを過ぎても継続して試料に向けている。
【0030】
その装置の検出器は、同じく蛍光色素から自然放出された蛍光を励起光の多数のパルスを過ぎても継続して記録する。
【0031】
脱励起光源が連続的に放射するダイオードレーザーを有するように、この新しい装置を実現するのが、特に有利である。それに対して、励起光源は、前述した周波数と相互間隔に対する相対的な時間長とを持つパルスで励起光を放出するパルスレーザーを有する。この新しい装置に配備された、検出器によって蛍光色素から自然放出された蛍光を空間的に記録するために、一つの測定範囲又は多くの同様の測定範囲に分けて試料を三次元的に走査する走査機器は、基本的に蛍光顕微鏡の残りの部分に対して試料を動かすことができる。しかし、有利には、励起光を試料内に収束させるための光学系とも脱励起光を試料内に偏向するための光学系とも看做される光学素子をスライドさせることによって、そのような走査が行われる。当業者には、収束されたビームを試料に渡って走査するための様々な装置が、レーザー走査顕微鏡法の文献から十分に周知である。
【0032】
それぞれ励起光の多数のパルス後の限られた長さの時間の間励起光及び脱励起光の入射を中断するために、この新しい装置は、有利には、限られた長さの時間及びそのような二つの限られた長さの時間の相互の間に有る多数のパルスの時間長を調節して設定することが可能な制御機器を備えることができる。そのような制御機器は、有利には、音響光学式又は電気光学式ビームモジュレータを有する。また、この新しい装置の検出器は、通常励起光と脱励起光が中断された限られた長さの時間と同期するのではなく、蛍光色素から自然放出された蛍光をそのような時間長を過ぎても継続して記録しなければならないが、それは、付随的に生じるものではない。
【0033】
本発明の有利な改善構成は、特許請求の範囲、明細書及び図面から明らかとなる。明細書の冒頭に述べた本発明の特徴及び特徴の組合せの利点は、単なる例であり、択一的に、或いは重畳して作用効果を奏することができ、そのような利点は、必ずしも本発明による実施構成によって実現する必要はない。更に別の特徴は、図面、特に、図示されている幾何学的な形状と複数の構成部品の互いに相対的なサイズ、並びにそれらの相対的な配置構成と機能的な接続関係から読み取ることができる。同様に、本発明の異なる実施構成の特徴及び異なる請求項の特徴の組合せは、請求項の指定された参照請求項番号と異なる組合せも可能であり、それを提唱する。そのことは、別個の符号で図示されているか、或いは明細書の記載で述べられている特徴にも言える。そのような特徴は、異なる請求項の特徴と組み合わせることもできる。同様に、請求項に列挙された特徴は、本発明の別の実施構成のために省略することもできる。
【0034】
以下において、添付図面と関連する実施例にもとづき、本発明を詳しく説明、記述する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】この新しい装置の実施構成の模式図
【図2】この新しい方法の実施構成にもとづく励起光の強度の模式的な時間フロー図(上)と、脱励起光の模式的な時間フロー図(中)と、試料からの蛍光を記録するための検出器の感度の模式的な時間フロー図(下)
【発明を実施するための形態】
【0036】
図1に図示されている装置1は、試料2内の蛍光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で撮像する役割を果たす。そのために、パルスレーザー4の形の励起光源3を用いてパルス化された励起光5が、光学系6を介して試料の対物レンズ7の焦点範囲に向けられている。そのような焦点範囲において、試料2内の蛍光色素は、二光子プロセスのもとで蛍光を発するように、即ち、蛍光を自然放出するように励起される。この場合、焦点範囲は、二光子プロセスのもとで蛍光を自然放出するような蛍光色素の効果的な励起が行われる範囲として定義される。焦点範囲の部分範囲に渡って、詳しく言うと、焦点範囲と比べて縮小された測定範囲以外において、ダイオードレーザー9の形の脱励起光源8を用いた脱励起光10を連続的に試料に向けることによって、蛍光色素が再び脱励起される。この場合、位相モジュレータ11を用いて、焦点範囲における脱励起光10の強度分布が中央の零地点とそれに隣接した焦点範囲の残りの部分を占める強度の極大点とを有するように、脱励起光10の平坦な波を変形させている。即ち、試料2の蛍光色素から自然放出された蛍光を記録する検出器12は、使用している波長の光の回折限界を下回るサイズを有する測定範囲からの蛍光だけを検出する。励起光5は、励起光5と蛍光13の光路を分離するためのダイクロイックミラー14によって、検出器12と別方向に偏向されている。脱励起光10は、脱励起光10と蛍光13の光路を分離するためのダイクロイックミラー15によって、検出器12と別方向に偏向されている。走査機器16は、励起光5、脱励起光10及び試料からの蛍光13を通過させる光学系6の光学素子17を動かして、試料内の蛍光色素でマーキングされた二つの構造を三次元的に走査するために配備されている。
【0037】
図2の上の図面は、励起光5の強度の時間フローを図示している。励起光の強度が零となる限られた長さの時間18の間において、励起光は、パルス継続時間がパルス相互間隔よりも短い個別のパルスから構成されている。この限られた長さの時間18の典型的な時間の長さは、1μsである。励起光5のパルス19の周波数は、120MHzを上回っており、パルスの相互間隔は、パルスの継続時間よりも少なくとも10倍長い。図2では、そのような比率が完全には反映されていない。図2の中央の図面では、脱励起光10の強度の時間的な推移が図示されている。強度が同じく零となる限られた長さの時間18を除いて、脱励起光10は、連続的である、即ち、試料2に照射される強度が一定である。図2の下の図面は、図1の検出器12の感度20の時間的な推移を図示している。その感度は、連続的である、即ち、限られた長さの時間18を過ぎても継続している。
【符号の説明】
【0038】
1 装置
2 試料
3 励起光源
4 パルスレーザー
5 励起光
6 光学系
7 対物レンズ
8 脱励起光源
9 ダイオードレーザー
10 脱励起光
11 位相モジュレータ
12 検出器
13 自然放出された蛍光
14 ダイクロイックミラー
15 ダイクロイックミラー
16 走査機器
17 光学素子
18 限られた長さの時間
19 パルス
20 感度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料内の蛍光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で撮像する方法であって、パルス状の励起光を試料に収束させて、焦点範囲内に有る蛍光色素が蛍光を自然放出するように励起させ、励起光と異なる波長の脱励起光を試料に向けて、焦点範囲と比べて縮小した測定範囲以外の励起された蛍光色素を自然放出前に脱励起させ、蛍光色素から自然放出された蛍光を記録する方法において、
励起光(5)が多光子プロセスのもとで蛍光色素を励起させるように、励起光(5)の波長を選定することと、
励起光(5)の波長よりも短い波長の脱励起光(10)が、励起光(5)の多数のパルス(19)を過ぎても継続して試料(2)に向けられていることと、
を特徴とする方法。
【請求項2】
蛍光色素から自然放出された蛍光(13)が、励起光(5)の多数のパルス(19)を過ぎても継続して記録されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ダイオードレーザー(9)を用いて、脱励起光(10)を供給することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも80MHz、有利には、少なくとも100MHz、より有利には、少なくとも120MHz、最も有利には、少なくとも150MHzの周波数で励起光(5)をパルス化することを特徴とする請求項1から3までのいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
励起光(5)の個々のパルス(19)の時間長が、それらのパルスの相互間隔の高々1/10、有利には、高々1/100、より有利には、高々1/1,000、最も有利には、高々1/10,000であることを特徴とする請求項1から4までのいずれか一つに記載の方法。
【請求項6】
一つの測定範囲、或いは蛍光色素から自然放出された蛍光(13)を空間的に分割して記録するための多数の同様の測定範囲にもとづき、試料(2)を三次元的に走査することを特徴とする請求項1から5までのいずれか一つに記載の方法。
【請求項7】
励起光(5)の光軸の方向に対して、試料(2)の測定範囲の前後に脱励起光(10)を向けていることを特徴とする請求項1から6までのいずれか一つに記載の方法。
【請求項8】
励起光(5)の多数のパルス(19)後の限られた長さの時間(18)の間に、それぞれ励起光(5)と脱励起光(10)を中断することを特徴とする請求項1から7までのいずれか一つに記載の方法。
【請求項9】
当該の中断する限られた長さの時間(18)の長さが、0.5〜50μs、有利には、1〜2μsであることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
励起光(5)の多数のパルス(19)の時間長が、100ns〜50μs、有利には、0.5〜2μsであることを特徴とする請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
試料内の蛍光色素でマーキングされた構造を高い空間解像度で撮像する装置であって、焦点範囲内に有る蛍光色素が蛍光を自然放出するように励起させるためのパルス状の励起光用の励起光源及び励起光を試料に収束する光学系と、焦点範囲と比べて縮小した測定範囲以外の蛍光色素を脱励起させるための、励起光と異なる波長の脱励起光用の脱励起光源及び脱励起光を試料に偏向させる光学系と、蛍光色素から自然放出された蛍光を記録する検出器とを有する装置において、
励起光源(3)は、励起光(5)が多光子プロセスのもとで蛍光色素を励起させる波長で励起光(5)を放射することと、
脱励起光源(8)は、励起光(5)の波長よりも短い波長の脱励起光(10)を、励起光(5)の多数のパルス(19)を過ぎても継続して試料(2)に向けていることと、
を特徴とする装置。
【請求項12】
検出器(12)が、蛍光色素から自然放出された蛍光(13)を、励起光(5)の多数のパルス(19)を過ぎても継続して記録することを特徴とする請求項11に記載の装置。
【請求項13】
脱励起光源(8)がダイオードレーザー(9)を有することを特徴とする請求項11又は12に記載の装置。
【請求項14】
励起光源(3)は、少なくとも80MHz、有利には、少なくとも100MHz、より有利には、少なくとも120MHz、最も有利には、少なくとも150MHzの周波数のパルス(19)で励起光(5)を出力するパルスレーザー(6)を有することを特徴とする請求項11から13までのいずれか一つに記載の装置。
【請求項15】
励起光源(3)は、個々のパルス(19)の時間長がそれらのパルスの相互間隔の高々1/10、有利には、高々1/100、より有利には、高々1/1,000、最も有利には、高々1/10,000である励起光(5)を出力するパルスレーザー(4)を有することを特徴とする請求項11から14までのいずれか一つに記載の装置。
【請求項16】
検出器(12)が一つの測定範囲、或いは蛍光色素から自然放出された蛍光(13)を空間的に分割して記録するための多数の同様の測定範囲にもとづき、試料(2)を三次元的に走査する走査機器(16)が配備されていることを特徴とする請求項11から15までのいずれか一つに記載の装置。
【請求項17】
脱励起光(10)を試料に偏向させる光学系(6)は、脱励起光(10)が励起光(5)の光軸の方向に対して測定範囲の前後に強度の極大点を有するように、脱励起光の平坦な波面を変化させることを特徴とする請求項11から16までのいずれか一つに記載の装置。
【請求項18】
励起光(5)の多数のパルス(19)後の限られた長さの時間(18)の間に、それぞれ励起光(5)と脱励起光(10)の入射を中断させるための制御機器が配備されていることを特徴とする請求項11から17までのいずれか一つに記載の装置。
【請求項19】
当該の限られた長さの時間(18)が、少なくとも0.5〜50μsの範囲内、有利には、1〜2μsの範囲内で設定可能であることを特徴とする請求項18に記載の装置。
【請求項20】
励起光(5)の多数のパルス(19)の時間長が、少なくとも100ns〜50μsの範囲内、有利には、0.5〜2μsの範囲内で設定可能であることを特徴とする請求項18又は19に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2010−537179(P2010−537179A)
【公表日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−521402(P2010−521402)
【出願日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際出願番号】PCT/EP2008/060694
【国際公開番号】WO2009/024529
【国際公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(508329874)マックス−プランク−ゲゼルシヤフト・ツーア・フェルデルング・デア・ヴィッセンシャフテン・アインゲトラーゲナー・フェライン (4)
【Fターム(参考)】