説明

2電極アーク溶接のアークスタート制御方法

【課題】プラズマアークを確実に点弧するとともに溶接ビードの幅を均一化することが可能な2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を提供すること。
【解決手段】シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を備えた溶接トーチBを用い、MIGアーク6aおよびプラズマアーク6bを発生させることにより溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法であって、距離Dを定常溶接距離D1よりも小さい溶接準備距離D0とした状態で、MIGアーク6aを発生させるステップと、プラズマアーク6bを発生させるステップと、MIGアーク6aおよびプラズマアーク6bを発生させた状態で、距離Dを定常溶接距離D1とするステップと、を有する。このような構成により、プラズマアーク6bの点弧失敗を回避するとともに、溶接開始ビードが過度に太くなってしまうことを防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を有する溶接トーチを用いて、消耗電極アークおよび非消耗電極アークを発生させる、2電極アーク溶接のアークスタート制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極と非消耗電極とを備える溶接トーチを用いることにより、消耗電極アークと非消耗電極アークとを発生させながら溶接する2電極アーク溶接が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。図4は、従来の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(Gp1)に示すように、溶接トーチYから消耗電極としてのワイヤWが送給される。また、溶接トーチYには、非消耗電極としてのプラズマ電極(図示略)が備えられている。まず、時刻tp1において、溶接開始信号StがHighレベルになると、送給速度Fwを非常に遅いスローダウン送給速度とした状態でワイヤWの送給が開始される。これと同時に、MIGアーク溶接電圧Vwaおよびプラズマアーク溶接電圧Vwbが無負荷電圧に設定される。
【0003】
次に、時刻tp2において、同図(Gp2)に示すようにワイヤWがスローダウン送給速度で溶接母材Pに接触すると、送給速度Fwを負の値とすることにより、ワイヤWを上昇させる。これと同時にMIGアーク溶接電圧Vwaは、短絡電圧値に低下する。このとき、MIGアーク溶接電流Iwaは、ワイヤWおよび溶接母材Pを通電によるジュール熱によって加熱しない程度の数十Aの小電流となる。
【0004】
次に、時刻tp3において同図(Gp3)に示すようにワイヤWと溶接母材Pとの間にMIGアーク91が発生する。このときのMIGアーク91は、初期段階のものであって電流値が小さいため、スパッタはほとんど発生しない。MIGアーク91が発生すると、MIGアーク溶接電圧Vwaが、短絡電圧値からアーク電圧に移行する。初期のMIGアーク91が発生した状態で、送給速度Fwを負の値のままとし、ワイヤWを後退させ続ける。
【0005】
次に、時刻tp3から所定時間経過した後に、時刻tp4において、送給速度Fwを正の値とし、ワイヤWを前進させる。これにより、MIGアーク溶接電流Iwaが定常溶接時の値に上昇し、MIGアーク91が初期アークから定常アークに移行する。この時刻tp4以降、MIGアーク溶接電圧Vwaは、定常溶接時の値に設定される。時刻tp2から時刻tp4にかけてワイヤWを後退させたことにより、時刻tp4以降においてMIGアーク91は比較的そのアーク長が長くなっている。また、MIGアーク溶接電流Iwaが、定常溶接時の値に上昇している。このため、MIGアーク91は、ワイヤWが溶接母材Pに向けて大きく広がる定常アークとなっており、その内部がプラズマ雰囲気空間となっている。上記プラズマ電極は、ワイヤWと隣接しているため、上記プラズマ電極の直下も、プラズマ雰囲気空間となる。
【0006】
次いで、時刻tp5においては、上記プラズマ電極と溶接母材Pとの間にプラズマアーク溶接電圧Vwbが無負荷電圧の大きさで印加され、かつ上記プラズマ電極と溶接母材Pとの間がプラズマ雰囲気となった状態となっている。これにより、プラズマアーク92が誘発される。プラズマアーク92が発生すると、プラズマアーク溶接電圧Vwbが無負荷電圧から定常アーク電圧に低下し、プラズマアーク溶接電流Iwbが通電し始める。この結果、MIGアーク91およびプラズマアーク92がともに発生している状態となる。tp5において、溶接トーチYの移動速度Vtを正の値に設定し、溶接トーチYの移動を開始することにより、アークスタートが完了する。
【0007】
しかしながら、MIGアーク91が定常な長さになった時刻tp4からプラズマアーク92が発生する時刻tp5までの時間は、溶接トーチYと溶接母材Pとの距離が遠いほど長くなりやすく、またばらつきやすい。溶接トーチYと溶接母材Pとの距離は定常溶接を適切に行える程度に設定されるものであり、溶接条件によっては比較的長いものとなる。このような場合、プラズマアーク92の点弧を失敗するといった問題があった。
【0008】
また、時刻tp4においてMIGアーク91が定常的な状態となり、かつ時刻tp5においてプラズマアーク92が発生したのちに、実際の溶接が開始される。これまでの間は溶接トーチYが溶接母材Pに対して停止しているため、比較的アーク長が長いMIGアーク91が溶接母材Pの一部分に対して照射され続ける。このため、溶接母材Pへの入熱量が過度となり、図5に示すように、スタートビードB0の幅Wb0が定常ビードB1の幅Wb1よりも顕著に太くなってしまうおそれがある。
【0009】
【特許文献1】特開昭63−168283号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、プラズマアークを確実に点弧するとともに溶接ビードの幅を均一化することが可能な2電極アーク溶接のアークスタート制御方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によって提供される2電極アーク溶接のアークスタート制御方法は、シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を備えた溶接トーチを用い、消耗電極アークおよび非消耗電極アークを発生させることにより溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法であって、上記溶接トーチと溶接母材との距離を定常溶接距離よりも小さい溶接準備距離とした状態で、上記消耗電極アークを発生させるステップと、上記非消耗電極アークを発生させるステップと、上記消耗電極アークおよび上記非消耗電極アークを発生させた状態で、上記溶接トーチと上記溶接母材との距離を上記定常溶接距離とするステップと、を有することを特徴としている。
【0012】
このような構成によれば、上記非消耗電極アークを点弧させるときには、上記溶接トーチと上記溶接母材との距離が定常溶接状態よりも短い。これにより、上記非消耗電極アークの点弧を確実に行うことが可能である。また、上記非消耗電極アークが点弧完了するまでの間、上記消耗電極アークのアーク長は比較的短い。これにより、上記消耗電極アークから上記溶接母材への入熱量が過大となることを防止できる。したがって、溶接ビード幅の均一化を図ることができる。
【0013】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0015】
図1は、本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法に用いられる溶接装置の一例を示している。本実施形態の溶接装置Aは、溶接トーチB、MIGアーク溶接電源(消耗電極アーク溶接電源)PSM、およびプラズマアーク溶接電源(非消耗電極アーク溶接電源)PSPを備えている。溶接トーチBは、シールドガスノズル4内に、プラズマノズル3、プラズマ電極(非消耗電極)2、およびコンタクトチップ1が同心軸上に配置された構造とされている。シールドガスノズル4とプラズマノズル3との隙間からは、たとえばArなどのシールドガスGsが供給される。プラズマノズル3とプラズマ電極2との間には、たとえばArなどのプラズマガスGpが供給される。プラズマ電極2とコンタクトチップ1との間には、たとえばArなどのセンターガスGcが供給される。
【0016】
コンタクトチップ1に設けられた貫通孔からは、消耗電極としてのワイヤWが送給される。コンタクトチップ1は、ワイヤWに対して導通している。ワイヤWは、サーボモータMを駆動源とする送給ローラ5によって送給される。プラズマ電極2は、たとえばCuまたはCu合金からなり、図外の経路を通る冷却水によって間接的に水冷されている。プラズマノズル3は、たとえばCuまたはCu合金からなり、冷却水を通すチャネルが形成されていることにより、直接水冷されている。溶接トーチBは、通常ロボット(図示略)によって保持された状態で、溶接母材Pに対して移動させられる。
【0017】
MIGアーク溶接電源PSMは、コンタクトチップ1を介してワイヤWと溶接母材Pとの間に、MIGアーク溶接電圧Vwaを印加することにより、MIGアーク溶接電流Iwaを流すための電源である。MIGアーク溶接電源PSMには、電圧設定回路VRから電圧設定信号Vrが送られる。また、MIGアーク溶接電源PSMには、溶接開始回路STから溶接開始信号Stが送られる。MIGアーク溶接電源PSMからは、モータMに対して送給制御信号Fcが送られる。MIGアーク溶接電源PSMからMIGアーク溶接電圧Vwaが印加されるときは、ワイヤWが+側とされる。
【0018】
プラズマアーク溶接電源PSPは、プラズマ電極2と溶接母材Pとの間にプラズマアーク溶接電圧Vwbを印加することによりプラズマアーク溶接電流Iwbを流すための電源である。プラズマアーク溶接電源PSPには、溶接開始回路STから溶接開始信号Stが送られる。プラズマアーク溶接電源PSPからプラズマアーク溶接電圧Vwbが印加されるときは、プラズマ電極2が+側とされる。
【0019】
次に、本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法の一例について、図2を参照しつつ以下に説明する。
【0020】
まず、溶接トーチBを溶接母材Pに対して接近させ、時刻t1において、溶接トーチBの先端と溶接母材Pとの距離Dを溶接準備距離D0とする。溶接開始信号StがHighレベルになると、同図(G1)に示すように送給速度Fwを非常に遅いスローダウン送給速度とした状態でワイヤWの送給が開始される。これと同時に、MIGアーク溶接電圧Vwaおよびプラズマアーク溶接電圧Vwbが無負荷電圧に設定される。
【0021】
次に、時刻t2において、同図(G2)に示すようにワイヤWがスローダウン送給速度で溶接母材Pに接触すると、送給速度Fwを負の値とすることにより、ワイヤWを上昇させる。これと同時にMIGアーク溶接電圧Vwaは、短絡電圧値に低下する。このとき、MIGアーク溶接電流Iwaは、ワイヤWおよび溶接母材Pを通電によるジュール熱によって加熱しない程度の数十Aの小電流となる。
【0022】
次に、時刻t3において、同図(G3)に示すようにワイヤWと溶接母材Pとの間にMIGアーク6aが発生する。MIGアーク6aが発生すると、MIGアーク溶接電圧Vwaが、短絡電圧値からアーク電圧に移行する。初期のMIGアーク6aが発生した状態で、送給速度Fwを負の値とし、ワイヤWを後退させ続ける。時刻t3から時刻t4にかけては、同図(G4)に示すようにMIGアーク6aのアーク長が徐々に長くなり、MIGアーク溶接電圧Vwaが上昇する。ワイヤWの後退は、時刻t4まで継続する。
【0023】
時刻t4において、同図(G4)に示すようにプラズマアーク6bが点弧する。プラズマアーク6bの点弧は、MIGアーク6aの成長によって、ワイヤWおよびプラズマ電極2の直下がプラズマ雰囲気空間となることにより促される。プラズマアーク6bの点弧により、プラズマアーク溶接電圧Vwbが無負荷電圧から定常アーク電圧に低下し、プラズマアーク溶接電流Iwbが通電し始める。このとき、ワイヤ送給速度Fwを定常速度に上昇させる。これにより、MIGアーク6aのアーク長が短縮し始める。そして、溶接トーチBを溶接母材Pから遠ざけ始める。
【0024】
時刻t5には、距離Dを定常溶接距離D1とする。これにより、MIGアーク6aおよびプラズマアーク6bの双方が定常溶接時の状態となる。そして、溶接トーチBの移動速度Vtを定常溶接状態の速度とすることにより、定常溶接を開始する。
【0025】
次に、本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法の作用について説明する。
【0026】
本実施形態によれば、プラズマアーク6bを点弧させる時刻t4には、距離Dが溶接準備距離D0とされている。溶接準備距離D0は、定常溶接距離D1よりも小さいため、プラズマアーク6bの点弧を確実に行うことが可能である。
【0027】
また、本実施形態においては、プラズマアーク6bが点弧完了するまでの間距離Dが溶接準備距離D0に保たれているため、MIGアーク6aのアーク長は、たとえば図4に示した2電極アーク溶接のアークスタート制御方法による場合と比べて短くなっている。これにより、MIGアーク6aから溶接母材Pへの入熱量が過大となることを防止できる。したがって、図3に示すように、スタートビードB0の幅Wb0を定常ビードB1の幅Wb1とほぼ同等とすることが可能であり、溶接ビード幅の均一化を図ることができる。
【0028】
本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法の一例に用いられる溶接装置を示すシステム構成図である。
【図2】本発明に係る2電極アーク溶接のアークスタート制御方法の一例を示すタイミングチャートである。
【図3】図2に示す2電極アーク溶接のアークスタート制御方法によって形成された溶接ビードの一例を示す平面図である。
【図4】従来の2電極アーク溶接のアークスタート制御方法の一例を示すタイミングチャートである。
【図5】図4に示す2電極アーク溶接のアークスタート制御方法によって形成された溶接ビードの一例を示す平面図である。
【符号の説明】
【0030】
A 溶接装置
B 溶接トーチ
D 距離
D0 溶接準備距離
D1 定常溶接距離
Fc 送給制御信号
Fw 送給速度
Iwa MIGアーク溶接電流(消耗電極アーク溶接電流)
Iwb プラズマアーク溶接電流(非消耗電極アーク溶接電流)
P 溶接母材
PSM MIGアーク溶接電源(消耗電極アーク溶接電源)
PSP プラズマアーク溶接電源(非消耗電極アーク溶接電源)
ST 溶接開始回路
St 溶接開始信号
Vt 移動速度
Vwa MIGアーク溶接電圧(消耗電極アーク溶接電圧)
Vwb プラズマアーク溶接電圧(非消耗電極アーク溶接電圧)
W ワイヤ(消耗電極)
1 コンタクトチップ
2 プラズマ電極(非消耗電極)
3 プラズマノズル
4 シールドガスノズル
5 送給ローラ
6a MIGアーク(消耗電極アーク)
6b プラズマアーク(非消耗電極アーク)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガスノズル内に配置された消耗電極および非消耗電極を備えた溶接トーチを用い、消耗電極アークおよび非消耗電極アークを発生させることにより溶接する2電極アーク溶接のアークスタート制御方法であって、
上記溶接トーチと溶接母材との距離を定常溶接距離よりも小さい溶接準備距離とした状態で、上記消耗電極アークを発生させるステップと、
上記非消耗電極アークを発生させるステップと、
上記消耗電極アークおよび上記非消耗電極アークを発生させた状態で、上記溶接トーチと上記溶接母材との距離を上記定常溶接距離とするステップと、
を有することを特徴とする、2電極アーク溶接のアークスタート制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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