説明

4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法

【課題】高効率かつ温和な条件で進行する4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法を提供する。
【解決手段】4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物のシス体、または、シス体およびトランス体の混合物に、固体強塩基とアルキレンオキシ化合物を加えて加熱処理する、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法に関する。より詳細には、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸もしくはそのエステル化合物のシス体、または、シス体およびトランス体の混合物を、高効率かつ温和な条件で異性化できる4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物は、香料化合物及び医薬並びに農薬、さらには液晶化合物の合成中間体として幅広く用いられる有用な骨格であるが、多くの場合は4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類のトランス体が用いられている。
【0003】
4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類(4−置換−シクロヘキサンカルボン酸及びそのエステル化合物を意味する。)の製造は、対応する安息香酸誘導体の芳香環を接触還元して得る方法が一般的である。しかし、こうして得られた4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類の多くは、シス体とトランス体の混合物である。よって、純粋なトランス体を効率的に得るためには、得られた混合物中のシス体をトランス体へと異性化する必要がある。
【0004】
通常、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類のトランス体はシス体に比べ熱的に安定であり、シス体を塩基の存在下に加熱するとトランス体への異性化が起こることが知られている。
【0005】
例えば、クミン酸を接触還元、メチルエステル化を経て、4−イソプロピル−シクロヘキサンカルボン酸メチルエステルのトランス:シス=25:75の混合物を得た後、水素化ナトリウムの存在下、150℃に加熱して異性化を行うと、トランス:シス=85:15の平衡混合物となることが報告されている(特許文献1参照)。また、4−アルキルシクロヘキサンカルボン酸類をアルカリ又はアルカリ土類金属を用いて異性化する方法(特許文献2参照)や、アルカリ金属アルコキシドの存在下で異性化させる方法(特許文献3参照)が開示されている。
【0006】
しかし、このように平衡系で4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類の異性化反応を行うと、得られる平衡混合物の中のトランス体含率は多くて80%程度であるため、純粋なトランス体を得るために再結晶や精留等の精製を行わなければならず、工業的に頻雑な工程を必要とすることが問題であった。
【0007】
一方、非平衡系での異性化方法としては、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類を230℃以上に加熱することで、シス体をトランス体に異性化する方法が開示されている(特許文献4、特許文献5参照)。しかし、これらの方法は、異性化に必要な温度が230℃〜350℃と高く、製造設備上の負荷が大きいという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】欧州特許出願公開第0196222号明細書
【特許文献2】特開昭60−258141号公報
【特許文献3】特開平10−298144号公報
【特許文献4】特開2004−043426号公報
【特許文献5】特開2004−307468号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、従来の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類の異性化方法は、平衡系の方法では異性化効率が悪く、効率的に純粋なトランス体を得るのに十分であるとはいえない。また、高効率が期待できる非平衡系の方法では、異性化に必要な加熱条件が過酷で、通常の設備では実施が困難であること、また製造設備上の負荷が大きいことが課題であり、高効率かつ温和な条件での異性化方法が強く望まれていた。
従って、本発明の目的は、従来の異性化方法の上記のような問題点を解決し、高効率かつ温和な条件で進行する4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類の効率的な異性化方法を鋭意研究した結果、シス体またはシス体およびトランス体の混合物に、固体強塩基とアルキレンオキシ化合物を加えて加熱することにより、対応する4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類のトランス体が極めて高い収率で得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、上記課題は下記の手段により解決することができる。
(1)4−置換−シクロヘキサンカルボン酸もしくはそのエステル化合物のシス体、または、シス体およびトランス体の混合物に、固体強塩基とアルキレンオキシ化合物を加えて加熱処理する工程を含む、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(2)前記アルキレンオキシ化合物がエチレンオキシ化合物である、上記(1)に記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(3)前記アルキレンオキシ化合物を4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物に対して触媒量用いる、上記(1)または(2)に記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(4)前記4−置換−シクロヘキサンカルボン酸の4位の置換基が、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数4〜6のシクロアルキル基、フェニル基、カルボキシル基もしくはその誘導体、含窒素複素環基、または1,3−ジオキサン−2−イル基である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(5)前記4−置換−シクロヘキサンカルボン酸の4位の置換基が、シクロへキシル基、フェニル基、含窒素複素環基、または、1,3−ジオキサン−2−イル基である上記(4)に記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(6)前記固体強塩基が水酸化カリウムである、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(7)前記固体強塩基を、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のカルボキシル基または4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のエステル化合物のエステル基に対して2〜3モル当量用いる、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
(8)前記加熱処理を、高沸点非極性溶媒中で行うことを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類のシス体またはシス体およびトランス体の混合物に、固体強塩基とアルキレンオキシ化合物を加え、加熱処理することで、対応する4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類のトランス体を、穏やかな条件で、なおかつ極めて高効率に製造することが可能であり、極めて高い実用性を有するものである。
【0012】
本発明の効果を発現するメカニズムについて簡単に説明する。まず、異性化の推定メカニズムについて簡単に説明する。4−置換−シクロヘキサンカルボン酸類のシス体は、高温条件下で局所的に融解して強塩基と作用し、熱力学的に安定なトランス体に異性化する。このとき反応系中の強塩基は水分子の溶媒和をほとんど受けないため、強塩基の塩基性が非常に高くなり、酸性度の低いカルボキシラートのα位の水素が解離するようになるため異性化反応が進行する。そして、異性化により生じたトランス体は融点が高い不溶性固体となり、平衡系が外れて強塩基と作用しなくなるため、反応系内をトランス体に偏らせることができる。
【0013】
一方、本発明で用いるアルキレンオキシ化合物は適度な親水性を有し、本発明の異性化反応において触媒的な役割を果たす。すなわち、疎水性のシス体と親水性の強塩基を効率的に作用させる役割を果たすため、比較的穏やかな条件で異性化反応を行うことができる。ただし、アルキレンオキシ化合物を溶媒量用いた場合、溶媒和によって強塩基の塩基性が低下したり、トランス体を溶解しやすくなったりするため、本発明のような穏やかな条件で異性化反応を行うことはできない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1で得られた4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のプロトンNMRスペクトルの測定結果を示す図である。
【図2】比較例1で得られた4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のプロトンNMRスペクトルの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明について詳細に説明する。なお、本明細書において「〜」はその前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0016】
本発明において、「4−置換−シクロヘキサンカルボン酸」とは、シクロヘキサンカルボン酸の4位に置換基を有する化合物を意味する。
4−置換−シクロヘキサンカルボン酸の4位の置換基としては、特に限定されず、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、シクロアルキル基、アリール基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、アルキルカルボニル基、アリールカルボニル基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、または複素環基等が挙げられる。これらの基は無置換でも良いし、置換基を有していてもよい。
【0017】
前記4位の置換基は、好ましくは、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、カルボキシル基、複素環基である。
アルキル基の炭素数は、好ましくは1〜8、より好ましくは1〜4である。アルキル基は、直鎖状でも分枝状でもよい。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基等が挙げられる。好ましくは、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基等である。
【0018】
シクロアルキル基は、好ましくは炭素数3〜8であり、より好ましくは炭素数4〜6である。具体的には、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等が挙げられる。好ましくは、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基である。
アリール基としては、例えば、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基等が挙げられる。好ましくは、フェニル基、エチルフェニル基である。
【0019】
カルボキシル基は、−COOHで表される基を指す。また、カルボキシル基の誘導体とは、本発明に係る製造方法における異性化工程、すなわち後述の固体強塩基による加熱処理によって−COOH基に変換される誘導体を意味する。カルボキシル基の誘導体としては、具体的には、−COOR基(Rは、置換基を有していても良いアルキル基又はアリール基を示す。置換基としては後述の置換基群が挙げられる。)等が挙げられる。
【0020】
複素環基としては、含窒素複素環基、含酸素複素環基、含硫黄複素環基等が挙げられる。より具体的には、ピロリル基、ピロリジニル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、ピリジル基、ピリミジニル基、ピラジニル基、インドリル基、キノリル基、ピペラジニル基、チエニル基、フリル基、ピラニル基、ジオキサニル基、モルホリニル基等が挙げられる。好ましくは、含窒素複素環基、含酸素複素環基である。
【0021】
前記4位の置換基は、より好ましくは、置換もしくは無置換の、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数4〜6のシクロアルキル基、フェニル基、含窒素複素環基、1,3−ジオキサン−2−イル基、または、カルボキシル基もしくはその誘導体である。
さらに好ましくは、置換もしくは無置換の、シクロへキシル基、フェニル基、含窒素複素環基、または、1,3−ジオキサン−2−イル基である。特に好ましくは、置換もしくは無置換のシクロヘキシル基である。前記置換基として環状の基を有する場合に、特に本発明の効果が大きく現れる。
【0022】
前記4位の置換基がさらに置換基を有する場合、その置換基の例としては、水酸基、ハロゲン原子(例えばCl,Br,F、I)、シアノ基、ニトロ基、カルボキシル基、スルホ基、炭素数1〜8の直鎖状又は分岐状のアルキル基(例えばメチル、エチル、イソプロピル、n−ブチル、n−ヘキシル、2−ヒドロキシエチル、4−カルボキシブチル、2−メトキシエチル、2−ジエチルアミノエチル)、炭素数3〜8のシクロアルキル基(例えば、シクロプロピル、シクロヘキシル)、炭素数1〜8のアルケニル基(例えばビニル、アリル、2−ヘキセニル)、炭素数2〜8のアルキニル基(例えばエチニル、1−ブチニル、3−ヘキシニル)、炭素数7〜12のアラルキル基(例えばベンジル、フェネチル)、炭素数6〜10のアリール基(例えばフェニル、ナフチル、4−カルボキシフェニル、4−アセトアミドフェニル、3−メタンスルホンアミドフェニル、4−メトキシフェニル、3−カルボキシフェニル、3,5−ジカルボキシフェニル、4−メタンスルホンアミドフェニル、4−ブタンスルホンアミドフェニル)、炭素数1〜10のアシル基(例えばアセチル、ベンゾイル、プロパノイル、ブタノイル)、炭素数2〜10のアルコキシカルボニル基(例えばメトキシカルボニル、エトキシカルボニル)、炭素数7〜12のアリーロキシカルボニル基(例えばフェノキシカルボニル、ナフトキシカルボニル)、炭素数1〜10のカルバモイル基(例えば、無置換のカルバモイル、メチルカルバモイル、ジエチルカルバモイル、フェニルカルバモイル)、炭素数1〜8のアルコキシ基(例えばメトキシ、エトキシ、ブトキシ、メトキシエトキシ)、炭素数6〜12のアリーロキシ基(例えばフェノキシ、4−カルボキシフェノキシ、3−メチルフェノキシ、ナフトキシ)、炭素数2〜12のアシルオキシ基(例えばアセトキシ、ベンゾイルオキシ)、炭素数1〜12のスルホニルオキシ基(例えばメチルスルホニルオキシ、フェニルスルホニルオキシ)、炭素数0〜10のアミノ基(例えば無置換のアミノ、ジメチルアミノ、ジエチルアミノ、2−カルボキシエチルアミノ)、炭素数1〜10のアシルアミノ基(例えばアセトアミド、ベンズアミド)、炭素数1〜8のスルホニルアミノ基(例えばメチルスルホニルアミノ、フェニルスルホニルアミノ、ブチルスルホニルアミノ、n−オクチルスルホニルアミノ)、炭素数1〜10のウレイド基(例えばウレイド、メチルウレイド)、炭素数2〜10のウレタン基(例えばメトキシカルボニルアミノ、エトキシカルボニルアミノ)、炭素数1〜12のアルキルチオ基(例えばメチルチオ、エチルチオ、オクチルチオ)、炭素数6〜12のアリールチオ基(例えばフェニルチオ、ナフチルチオ)、炭素数1〜8のアルキルスルホニル基(例えばメチルスルフォニル、ブチルスルホニル)、炭素数7〜12のアリールスルホニル基(例えばフェニルスルホニル、2−ナフチルスルホニル)、炭素数0〜8のスルファモイル基(例えば無置換スルファモイル、メチルスルファモイルなど)、複素環基(例えば、4−ピリジル、ピペリジノ、2−フリル、フルフリル、2−チエニル、2−ピロリル、2−キノリルモルホリノ)等を挙げることができる。
上記の中でも、さらなる置換基として好ましいものは、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アルコキシ基である。より好ましくは、アルキル基、アルコキシ基である。
【0023】
4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のエステル化合物としては、例えば、メチルエステル、エチルエステル等の低級アルキルエステル、フェニルエステル等のアリールエステル、ベンジルエステル等のアリール低級アルキルエステルが挙げられる。
【0024】
固体強塩基としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水素化物、水酸化物、アルキルオキシ化物などを挙げることができる。例えば、水素化リチウム、水素化ナトリウム、水素化カリウム、水素化カルシウム、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、t−ブトキシナトリウム、t−ブトキシカリウムなどを挙げることができる。好ましい例としては、水素化ナトリウム、水素化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、t−ブトキシナトリウム、t−ブトキシカリウムであり、さらに好ましくは、水素化カリウム、水酸化カリウム、t−ブトキシカリウムであり、特に好ましくは水酸化カリウムである。
【0025】
固体強塩基の使用量は、原料の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のカルボキシル基または4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のエステル化合物のエステル基に対して、好ましくは1〜10モル当量であり、より好ましくはモル1〜5当量、さらに好ましくはモル1.5〜3当量であり、特に好ましくはモル2〜3当量である。
なお、シス体及びトランス体の混合物の反応の場合は、固体強塩基の使用量の前記数値範囲は、混合物中のシス体及びトランス体のカルボキシル基またはエステル基に対してのものである。
【0026】
アルキレンオキシ化合物は、親水性で高沸点の化合物ならば特に限定されないが、好ましくは親水性の含エーテル化合物や親水性の多価アルコールである。その代表的な例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、クラウンエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコール、グリセリン、ポリビニルアルコールなどを挙げることができる。
【0027】
親水性の含エーテル化合物としては、繰り返し単位中のアルキレン部位の炭素数が2〜4のものが好ましく、より好ましくは炭素数が2〜3のものであり、最も好ましくは炭素数が2、すなわちエチレンオキシ化合物である。エチレンオキシ化合物の具体例としては、18−クラウン−6や、ポリエチレングリコール、トリエチレングリコールジメチルエーテルなどを挙げることができる。
【0028】
アルキレンオキシ化合物の重量平均分子量は、50以上10000以下が好ましく、より好ましくは50以上5000以下であり、最も好ましくは、50以上1000以下である。
【0029】
アルキレンオキシ化合物の添加量は、原料である4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物の重量に対して触媒量用いることが好ましい。ここで、「触媒量用いる」とは、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物に対してアルキレンオキシ化合物を触媒として作用させるのに必要な量用いることを意味し、通常等量程度以下である。
アルキレンオキシ化合物の添加量は、好ましくは、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物に対して0.01質量%以上100質量%以下であり、より好ましくは0.1質量%以上50質量%以下であり、さらに好ましくは0.5質量%以上10質量%以下である。
なお、シス体及びトランス体の混合物の反応の場合は、アルキレンオキシ化合物の添加量の前記数値範囲は、混合物中のシス体及びトランス体の全質量に対してのものである。
【0030】
本発明に係る異性化反応は、無溶媒でも溶媒を用いて行ってもよい。ただし、溶媒を用いる場合は、その溶媒が4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩(特にカリウム塩)を溶解しないことが必須条件である。
用いる溶媒として好ましくは、沸点が130℃以上の高沸点非極性溶媒である。高沸点非極性溶媒を用いることにより撹拌性が良好となる。
沸点が130℃以上の高沸点非極性溶媒は、具体的には、p−サイメン、キシレン、1,3−ジイソプロピルベンゼン、メシチレンなどの芳香族化合物、シェルゾールTK(シェルジャパン(株)社製、炭素数10〜12のイソパラフィン混合物)、n−デカンなどの脂肪族化合物、またはそれらの混合物である。さらに好ましくはp−サイメン、メシチレン、シェルゾールTKまたはそれらの混合物である。
【0031】
反応温度は、好ましくは100℃以上210℃以下であり、より好ましくは120℃以上190℃以下であり、さらに好ましくは140℃以上170℃以下である。
【0032】
反応の終了は、プロトンNMR測定やGC測定によりモニターすることが好ましい。反応時間は特に限定されず、通常は2〜8時間である。
【0033】
本発明に係る異性化反応は、例えば、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸もしくはそのエステル化合物のシス体またはシス・トランス体の混合物に、水酸化カリウム(例えば、2モル当量)とアルキレンオキシ化合物(例えば、2質量%)のそれぞれを加え、p−サイメンなどの高沸点非極性溶媒中、約160℃で2〜8時間程度加熱処理することにより行うことができる。
【0034】
異性化反応終了後は、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸塩として取り出しても良いし、常法により中和してカルボン酸として取り出しても良い。なお、高沸点溶媒の効率的な除去には、反応終了後にろ過を行うことが望ましい。
【実施例】
【0035】
以下に本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はこれらによりなんら限定されるものではない。なお、以下に記載する4−置換−シクロヘキサンカルボン酸の「シス体」及び「トランス体」とは、カルボキシル基を有するシキロヘキサン環についての立体配置がそれぞれシス体及びトランス体であるものを指す。
〔実施例1〕
4−エチルビフェニルカルボン酸を、130℃、5MPaにてオートクレーブ中で接触水素化反応させた。この接触水素化反応における還元触媒としてはロジウム炭素を用いた。溶媒としては水を用いた。その結果、シス体を61%、トランス体を39%の割合で含む4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸を収率99%で得た。
【0036】
続いて、4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のシス体およびトランス体の混合物10gに、水酸化カリウム4.7g(4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のカルボキシル基に対して2モル当量)とPEG400(和光純薬製)を0.2mL(4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸に対して2.3質量%)、p−サイメンを25mL加え、160℃で5時間加熱攪拌し、異性化反応を行った。5時間反応した後の反応混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体の存在を確認することはできなかった(図1)。反応終了後、反応液をろ過し、ろ物を硫酸水溶液で中和し、再びろ過を行った。その結果、トランス体の含率がほぼ100%である4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸の結晶を9.8g得た(収率98%)。
【0037】
〔実施例2〕
4−エチルビフェニルカルボン酸を、160℃、1MPaにてオートクレーブ中で接触水素化反応させた。この接触水素化反応における還元触媒としてはパラジウム炭素を用いた。溶媒としては水を用いた。その結果、シス体を20%、トランス体を80%の割合で含む4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸を収率99%で得た。
【0038】
このパラジウム触媒による還元反応によって得た4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のシス体およびトランス体の混合物を、実施例1と同様の方法で異性化反応を行った。5時間反応した後の反応混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体の存在を確認することはできなかった。反応終了後、反応液をろ過し、ろ物を硫酸水溶液で中和し、再びろ過を行った。その結果、トランス体の含率がほぼ100%である4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸の結晶を9.8g得た(収率98%)。
【0039】
〔比較例1〕
実施例1と同様にして得た4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のシス体およびトランス体の混合物10gに、水酸化カリウム4.7g(4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のカルボキシル基に対して2モル当量)と、p−サイメンを25mL加え、160℃で5時間加熱攪拌し、異性化反応を行った。5時間反応した後の反応混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体が59%、トランス体が41%の割合で存在することがわかった(図2)。その後、温度を180℃まで上昇させ、5時間反応した後の混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体が58%、トランス体が42%の割合で存在することがわかった。
【0040】
〔比較例2〕
実施例2と同様にして得た4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のシス体およびトランス体の混合物10gに、水酸化カリウム4.7g(4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸のカルボキシル基に対して2モル当量)と、p−サイメンを25mL加え、160℃で5時間加熱攪拌し、異性化反応を行った。5時間反応した後の反応混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体が20%、トランス体が80%の割合で存在することがわかった。その後、温度を180℃まで上昇させ、5時間反応した後の混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体が19%、トランス体が81%の割合で存在することがわかった。さらにその後、温度を200℃まで上昇させ、5時間反応した後の混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体の存在を確認することはできなかった。
【0041】
〔比較例3〕
実施例1と同様にして得た4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸をエタノールと硫酸を用いてエチルエステル化し、シス体を61%、トランス体を39%の割合で含む4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸エチルエステルを収率97%で得た。続いて、4−(4−エチルシクロヘキシル)シクロヘキサンカルボン酸エチルエステル10gにt−ブトキシカリウム8.0g(2モル当量)とNMP(N−メチルピロリドン)30mLを加え、120℃で5時間加熱攪拌し、異性化反応を行った。5時間反応した後の反応混合物のプロトンNMRスペクトルを測定した結果、シス体が55%、トランス体が45%の割合で存在することがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−置換−シクロヘキサンカルボン酸もしくはそのエステル化合物のシス体、または、シス体およびトランス体の混合物に、固体強塩基とアルキレンオキシ化合物を加えて加熱処理する工程を含む、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項2】
前記アルキレンオキシ化合物がエチレンオキシ化合物である、請求項1に記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項3】
前記アルキレンオキシ化合物を4−置換−シクロヘキサンカルボン酸またはそのエステル化合物に対して触媒量用いる、請求項1または2に記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項4】
前記4−置換−シクロヘキサンカルボン酸の4位の置換基が、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数4〜6のシクロアルキル基、フェニル基、カルボキシル基もしくはその誘導体、含窒素複素環基、または1,3−ジオキサン−2−イル基である、請求項1〜3のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項5】
前記4−置換−シクロヘキサンカルボン酸の4位の置換基が、シクロへキシル基、フェニル基、含窒素複素環基、または、1,3−ジオキサン−2−イル基である請求項4に記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項6】
前記固体強塩基が水酸化カリウムである、請求項1〜5のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項7】
前記固体強塩基を、4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のカルボキシル基または4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のエステル化合物のエステル基に対して2〜3モル当量用いる、請求項1〜6のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。
【請求項8】
前記加熱処理を、高沸点非極性溶媒中で行うことを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の4−置換−シクロヘキサンカルボン酸のトランス体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−263336(P2009−263336A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48496(P2009−48496)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】