説明

9−フルオレニルメトキシカルボニル基の脱保護基方法

【課題】分離の煩雑さの原因となる塩基を実質的に使用せず、基質の分解を抑制し、短時間、高収率にて、9−フルオレニルメトキシカルボニル基を脱保護する脱保護基法を提供する。
【解決手段】9−フルオレニルメトキシカルボニル基で保護された基質を、比表面積1000m2/g以上の炭素粒子にパラジウムを固定したパラジウムカーボン触媒の存在下で、水素と湿式で接触させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素存在下パラジウムカーボン触媒を用いることによる9−フルオレニルメトキシカルボニル基の脱保護基方法に関する。
【背景技術】
【0002】
9−フルオレニルメトキシカルボニル基(以下Fmoc基と呼ぶ)は、ペプチド合成等におけるアミノ酸等のアミノ基の保護基等として広く用いられており、通常、その脱保護基法には、ピペリジン等の塩基が用いられる(例えば、非特許文献1及び非特許文献2)。しかしながら、塩基の使用によるFmoc基の脱保護基法においては、保護されている基質が分解することや塩基との分離が煩雑である等の問題点がある。
【0003】
一方、水素ガス供給下パラジウムカーボン触媒を用いて、Fmoc基を脱保護基する方法は知られている(非特許文献3)。この場合、脱保護基反応は酢酸酸性で行われるが、25時間後でも反応は完結せず、40%程度しか脱保護されないという問題点がある。
【0004】
【非特許文献1】J. Chem. Soc. Perkin. Trans. 1, 1981, 538-546
【非特許文献2】J. Org. Chem. 1983, 666-669
【非特許文献3】Tetrahedron Lett., 1979, 32, 3041-3042
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明の課題は、分離の煩雑さの原因となる塩基を実質的に使用せず、基質の分解を抑制し、高収率にてFmoc基を脱保護する脱保護基法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、パラジウム系触媒を鋭意検討した結果、比表面積1000m2/g以上の炭素粒子にパラジウムを固定したパラジウムカーボン触媒を用いると、実質的に塩基を使用せずとも、水素存在下で、Fmoc基が効率的に脱保護されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、9−フルオレニルメトキシカルボニル基(Fmock基)で保護された基質を、比表面積1000m2/g以上の炭素粒子にパラジウムを固定したパラジウムカーボン触媒の存在下で、水素と湿式で接触させることを特徴とするFmock基の脱保護基方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の脱保護基方法によれば、実質的に塩基を使用せずに、かつ比較的短時間で高収率でFmoc基を効率的に脱保護することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
【0010】
本発明のFmoc基の脱保護基方法は、Fmock基で保護された反応性基を有する基質を水素と比表面積1000m2/g以上の炭素粒子にパラジウムを固定したパラジウムカーボン触媒の存在下で接触させる。
【0011】
本発明の脱保護基方法の反応の目的物となるFmoc基によって保護された反応性基、例えばアミノ基、を含有する化合物(基質)としては、特に限定するものではないが、例えばアミノカルボン酸やアミノアルコールなどが挙げられる。アミノカルボン酸の例としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、シスチン、メチオニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、リシン、アルギニン、フェニルアラニン、チロシン、ヒスチジン、トリプトファン、プロリン、オキシプロリン、O−メチルセリン、ピバル酸セリンエステル、O−(第三ブチルジメチルシリル)セリンなどのαアミノ酸、β−ホモフェニルアラニンなどのβアミノ酸、4−アミノブタン酸などのγアミノ酸などが挙げられる。また、アミノアルコールの例としては3−アミノ−1−プロパノール、4−アミノ−1−ブタノールなどが挙げられる。
【0012】
また、これら目的物となるアミノ基含有化合物には置換基がついていてもよく、Fmoc基以外の保護基が、Fmoc基によって保護されたアミノ基以外にあっても差し支えない。
【0013】
本発明の脱保護基方法は湿式で、即ち、溶媒中で行なわれる。これに用いられる溶媒には、特に限定するものではないが、水、メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸、テトラヒドロフランまたはこれらの混合溶媒が好適であり、メタノールとアセトニトリルの混合溶媒が特に好適である。
【0014】
本発明の脱保護基方法の反応温度は特に限定するものではないが、室温(20℃、以下同じ)から溶媒として用いる化合物の沸点までの温度範囲が好適であり、室温から50℃までが特に好適である。
【0015】
また、本発明の脱保護基方法において水素の存在は必須である。水素は遊離の状態の水素であり、通常、水素ガスとして反応中にあるいは反応に先んじて反応系に供給すればよい。例えば、攪拌下の反応液の上部気相部に供給してもよいし、通気してもよい。水素は例えば窒素などの不活性気体との混合ガスとして供給してもよい。供給された水素の圧力は特に限定するものではないが、水素分圧として0.05〜100気圧が好適であり、1〜10気圧が特に好適である。
【0016】
本発明の脱保護基方法において用いられるパラジウムカーボン触媒は比表面積1000m2/g以上、好ましくは1050m2/g以上、より好ましくは1100〜1500m2/gの炭素粒子にパラジウムを固定したものである。支持体である炭素粒子の比表面積が1000m2/g未満であると、本発明の効果は得がたい。パラジウムカーボン触媒のパラジウム含有率は特に限定するものではないが、1〜50重量%が好適であり、5〜20重量%が特に好適である。また、パラジウムカーボン触媒の形状は特に限定するものではないが、粉末状または顆粒状が好適であり、粉末状が特に好適である。使用した触媒はろ過等の簡便な方法で、目的物を含む溶液から容易に分離することができる。
【0017】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
〔N−Fmoc−L−フェニルアラニンの脱保護基〕
N−Fmoc−L−フェニルアラニン250μmolをメタノール・アセトニトリルの混合溶媒(重量比80:1)1mlに溶解し、10重量%パラジウムカーボン粉末K−type(カーボンの比表面積1190m2/g、エヌ・イー ケムキャット社製)10mgを添加した。バルーンによる水素微加圧下室温で24時間反応させた。触媒をろ別後反応液から溶媒を留去しエーテル洗浄して9−メチルフルオレンを除去しL−フェニルアラニンを単離した。収率92%。
【実施例2】
【0019】
〔N−Fmoc−L−フェニルアラニンの脱保護基〕
実施例1においてメタノール・アセトニトリルの混合溶媒の混合比を(重量比15:1)とし、反応時間を13時間とした以外は実施例1と同様にしてL−フェニルアラニンを単離した。収率96%。
【実施例3】
【0020】
〔N−Fmoc−L−セリンの脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−セリンを用いる以外は実施例1と同様にしてL−セリンを単離した。収率94%。
【実施例4】
【0021】
〔N−Fmoc−L−セリンの脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−セリンを用い、メタノール・アセトニトリルの混合溶媒の混合比を(重量比15:1)とし、反応時間を12時間とした以外は実施例1と同様にしてL−セリンを単離した。収率90%。
【実施例5】
【0022】
〔N−Fmoc−L−アラニンの脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−アラニンを用いる以外は実施例1と同様にしてL−アラニンを単離した。収率92%。
【実施例6】
【0023】
〔N−Fmoc−L−アラニンの脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−アラニンを用い、メタノール・アセトニトリルの混合溶媒の混合比を(重量比15:1)とし、反応時間を12時間とした以外は実施例1と同様にしてL−セリンを単離した。収率100%。
【実施例7】
【0024】
〔N−Fmoc−L−アスパラギンの脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−アスパラギンを用いる以外は実施例1と同様にしてL−アスパラギンを単離した。収率84%。
【実施例8】
【0025】
〔N−Fmoc−L−リシンの脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−リシンを用いる以外は実施例1と同様にしてL−リシンを単離した。収率68%。
【実施例9】
【0026】
〔N−Fmoc−L−グルタミン酸の脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−グルタミン酸を用いる以外は実施例1と同様にしてL−グルタミン酸を単離した。収率95%。
【実施例10】
【0027】
〔N−Fmoc−L−グルタミン酸の脱保護基〕
実施例1においてN−Fmoc−L−フェニルアラニンの代わりにN−Fmoc−L−グルタミン酸を用い、メタノール・アセトニトリルの混合溶媒の混合比を(重量比15:1)とし、反応時間を12時間とした以外は実施例1と同様にしてL−グルタミン酸を単離した。収率100%。
【実施例11】
【0028】
〔N−Fmoc−L−フェニルアラニンの脱保護基〕
N−Fmoc−L−フェニルアラニン250μmolをメタノール溶媒1mlに溶解し、10重量%パラジウムカーボン粉末K−type(カーボンの比表面積1190m2/g、エヌ・イー ケムキャット社製)10mgを添加した。水素圧3気圧下室温で6時間反応させた。触媒をろ別後反応液から溶媒を留去しヘキサン洗浄して9−メチルフルオレンを除去しL−フェニルアラニンを単離した。収率92%。
[比較例1]
【0029】
〔N−Fmoc−L−フェニルアラニンの脱保護基〕
N−Fmoc−L−フェニルアラニン250μmolをメタノール・アセトニトリルの混合溶媒(重量比80:1)1mlに溶解し、10重量%パラジウムカーボン粉末(カーボンの比表面積920m2/g、エヌ・イー ケムキャット社製)10mgを添加した。バルーンによる水素微加圧下室温で24時間反応させた。触媒をろ別後反応液から溶媒を留去しエーテル洗浄して9−メチルフルオレンを除去しL−フェニルアラニンを単離を試みたが、L−フェニルアラニンは得られなかった。収率0%。
[比較例2]
【0030】
〔N−Fmoc−L−フェニルアラニンの脱保護基〕
N−Fmoc−L−フェニルアラニン250μmolをメタノール・アセトニトリルの混合溶媒(重量比80:1)1mlに溶解し、10重量%パラジウムカーボン粉末(カーボンの比表面積950m2/g、アルドリッチ社製)10mgを添加した。バルーンによる水素微加圧下室温で24時間反応させた。触媒をろ別後反応液から溶媒を留去しエーテル洗浄して9−メチルフルオレンを除去しL−フェニルアラニンを単離を試みたが、L−フェニルアラニンは得られなかった。収率0%。
[比較例3]
【0031】
〔N−Fmoc−グリシンの脱保護基〕
N−Fmoc−グリシン250μmolをメタノール・酢酸の混合溶媒(重量比4:1)1mlに溶解し、10重量%パラジウムカーボン粉末(カーボンの比表面積950m2/g、アルドリッチ社製)10mgを添加した。バルーンによる水素微加圧下室温で24時間反応させた。触媒をろ別後反応液を逆相HPLCで分析して、グリシンを同定した。収率40%。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の脱保護基方法は、ペプチド合成を始めとするバイオ産業での開発及び研究において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
9−フルオレニルメトキシカルボニル基で保護された基質を、比表面積1000m2/g以上の炭素粒子にパラジウムを固定したパラジウムカーボン触媒の存在下で、水素と湿式で接触させることを特徴とする9−フルオレニルメトキシカルボニル基の脱保護基方法。

【公開番号】特開2007−8887(P2007−8887A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−193336(P2005−193336)
【出願日】平成17年7月1日(2005.7.1)
【出願人】(000228198)エヌ・イーケムキャット株式会社 (87)
【Fターム(参考)】