説明

AP24歯周病マーカー遺伝子(AP24periodontitismarkergene)

【課題】歯周病はほとんど自覚症状がないため、悪化してはじめて歯科医の診察を受けることが多く、高齢者が歯を失う最大の原因となっている。現在歯周病を客観的に診断できる技術が殆ど存在せず、旧来の目視による判定に頼っていると言わざるを得ない。また、従来知られている歯周原因性細菌では、歯周病との関連度合いが多様であるために、特定の細菌だけを見ていただけでは適切な診断を下せないという課題があった。かくして、歯周病の進行度、重篤度、及びリスク等を客観的に診断できるマーカーが渇望されている。
【解決手段】AP24歯周病マーカー遺伝子を利用することで課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AP24歯周病マーカー遺伝子を利用することを特徴とする歯周病診断法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
統計によると日本成人の80%以上の人が歯周病になっており(非特許文献1参照)、歯を失う主な原因となっている。
【非特許文献1】平成17年歯科疾患実態調査報告,厚生労働省医政局歯科保健課編.
【0003】
歯周病は、炎症が歯肉辺縁に限局した歯肉炎と、歯を支えている組織の広範な炎症を伴う歯周炎に大別される。
【0004】
歯周病はほとんど自覚症状がないため、悪化してはじめて歯科医の診察を受けることが多く、高齢者が歯を失う最大の原因となっている。また、心筋梗塞や狭心症を発症している患者の血管内血栓からも歯周病原性細菌が検出され、口の中だけでなく、気づかないうちに全身の健康にも影響を及ぼす怖い疾患といえる(非特許文献2参照)。
【非特許文献2】財団法人8020推進財団学術集会「歯周病と生活習慣病の関係」報告書,財団法人8020推進財団,平成17年3月発刊.
【0005】
そこで従来、歯周病を診断するための技術が種々開発されている。しかし、実際の臨床現場で採用されている歯周病の診断法は、歯と歯肉の溝、すなわち、歯周ポケットの深さをプローヴという測定器で測定する方法が基本である。すなわち、1〜3mmまでが健康あるいは健康を保てる範囲で、4mm以上は歯周病が進行している状態を示す。さらに出血があると、歯肉に炎症があり、歯周病が悪化していることを示す。
【0006】
この歯周炎の活動期には歯肉縁下プラ−ク中の嫌気性桿菌(歯周病原性細菌)が増加することが知られている。したがって、歯周病原性細菌を同定、検出することは、治療方針の決定、病態の把握等において非常に重要となる。
【0007】
従来、歯周原因性細菌については、Porphyromonas gingivalis、Actinobacillus actinomycetemcomitans、Tannerella forsythia、Treponema denticola等が知られている(非特許文献3参照)。
【非特許文献3】Socransky SS et.al.,Microbial complexes in subgingival plaque,J Clin Periodontol 1998;25:134-144.
【0008】
そして、歯周原因性細菌の検出法としては、1.顕微鏡を用いる方法、2.培養法、3.酵素活性法、4.免疫学的方法、5.分子生物学的方法等が挙げられる。
【0009】
しかし、遺伝子を基礎にした方法はまだ日が浅く、殆ど立ち遅れているのが現状である。
【0010】
その中で最近、坂本らは、末端DNA断片長遺伝子多型(terminal restriction fragment length polymorphism,T-RFLP)法を応用して歯周病と口腔内細菌叢との関係を解析し、歯周病との関連性が示唆されるファイロタイプ(phylotype)AP24を発見した(非特許文献4,5参照)。
【非特許文献4】坂本光央,分子生物学手法による歯周病原性細菌の検出・定量系の確立と口腔細菌叢の多様性解析に関する研究,日本細菌学雑誌 2004;59:387-393.
【非特許文献5】Sakamoto Mitsuo,et.al.,Detection of novel phylotypes associated with periodontitis.FEMS Microbiol Letters 2002;217:65-69.
【0011】
しかし、このファイロタイプは、Pasterらが提唱するDA014(非特許文献6参照)と99%の類似度を示すことが判明した。
【非特許文献6】Paster BJ,et.al.,Bacterial diversity in human subgingival plaque.J Bacteriol 2001;183: 3770-3783.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
現在歯周病を客観的に診断できる技術が殆ど存在せず、旧来の目視による判定に頼っていると言わざるを得ない。
【0013】
また、従来知られている歯周原因性細菌では、歯周病との関連度合いが多様であるために、特定の細菌だけを見ていただけでは適切な診断を下せないという課題があった。
【0014】
さらに、坂本らが発見した細菌ファイロタイプAP24は高度な嫌気性を要求するため、従来の培養法では検出が困難で、しかも、歯周病を診断する上で、有益な指標となり得るかどうかは未知であった。
【0015】
かくして、歯周病診断マーカーを解明し、客観的な診断法を確立することが強く望まれている。
【0016】
そこで本発明が解決すべき課題は、歯周病の進行度、重篤度、及びリスク等を客観的に診断できる歯周病診断マーカーを提供し、それを利用した歯周病診断法を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記課題を解決すべく、歯周患者の口腔内から検出される歯周病マーカー遺伝子を鋭意検索した。
【0018】
その過程で、(1)歯周病の目安となる歯周ポケット(プロービング)の深さが5mm以上になるとAP24歯周病マーカー遺伝子の出現率が有意に高くなる(図1参照)こと、(2)歯周患者の口腔内に検出される歯周原因性細菌Porphyromonas gingivalis(PG)、Tannerella forsythia(TF)、Treponema denticola(TD)の検出重奏度が増すほどAP24歯周病マーカー遺伝子の出現率が高くなる(図2参照)こと、(3)歯周病が進行するほどAP24歯周病マーカー遺伝子の出現率が有意に高くなる(図3参照)ことを見出し、歯周病とAP24歯周病マーカー遺伝子との因果関係を解明にした。
【0019】
かくして本発明者は、AP24歯周病マーカー遺伝子が、歯周病の活動性、重篤度、リスク等の診断に用いることができる歯周病マーカーとなり得ることを見出し、これを利用することによって歯周病の客観的な診断が可能になり、本発明を完成した。
【0020】
すなわち本発明は、AP24歯周病マーカー遺伝子を利用することを特徴とする歯周病診断法を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0022】
先ず、本発明のAP24歯周病マーカー遺伝子とは、PCRで特異プライマー(sense primer AP24F: 5'-ggaaagaggaaacttggaac-3'とanti-sense primer 342R: 5'-ctgctgcctcccgtag-3')を用いて増幅することが可能な遺伝子ファイロタイプを指す。
【0023】
当該遺伝子は、DDBJ/EMBL/GenBank国際塩基配列データベースに番号AB175072のもとに登録される、口腔内細菌ファイロタイプAP24の16Sリボゾーム遺伝子の、大腸菌を基準としたポジション91番目から370番目の領域に該当し、その大きさは280bpである。
【0024】
当該遺伝子の塩基配列は、5'-ggaaagagga aacttggaac agcggcggac gggtgagtaa tacatgagca acctgccttg gacagaggga tagccgtggg aaaccgcgat taatacctca taagacccca ctatcgcatg atagagaggt caaagattta tcggtccaag atggactcat gacccattag ctagttggtg agataacagc ccaccaaggc gacgatgggt agccggcttg agagagtgac cggccacatt ggaactgaga cacggtccag actcctacgg gaggcagcag-3'で示される。
【0025】
当該遺伝子には、その配列に1%未満の塩基置換を許容する多様性が存在し、ファイロタイプDA014の該当遺伝子領域(1塩基欠損した279bp)も含まれる。
【0026】
なお、細菌ファイロタイプAP24は、現在のところ難培養性細菌として区分されるが、今後研究が進んで培養できるようになり、分類学的に確定されたとしても、AP24歯周病マーカー遺伝子を利用する限り、その分類学的位置はさほど重要とはならない。
【0027】
つぎに、本発明の「歯周病診断法」とは、具体的には、歯周病のリスク判定、及びその進行度あるいは重篤度に対する診断法が挙げられる。
【0028】
すなわち、本発明のAP24歯周病マーカー遺伝子を用いれば、歯垢や唾液などの口腔内試料から歯周病の罹患リスクを判定することができる。
【0029】
その方法は、歯垢や唾液等の口腔内試料から細菌DNAを抽出し、プライマーAP24Fと342Rとを用いてPCRによって遺伝子を増幅させることを特徴とする。
【0030】
PCR産物の確認法としては、例えば、電気泳動による常法が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0031】
また、罹患リスクは、AP24歯周病マーカー遺伝子のPCR産物が検出されるか否か、その有無によって判定を下すことができる。すなわち、PCR産物が検出(陽性)されれば、歯周病の罹患リスクが高いと判定される。したがって、この判定法は歯周病予防にも効力を発揮するものである。
【0032】
さらに、AP24歯周病マーカー遺伝子のPCR産物量から歯周病の進行度あるいは重篤度をも判定できる。
【0033】
例えば、AP24Fの5'-末端をFITCでラベルした特異プライマーと、342Rの5'-末端をBiotinでラベルしたプライマーとでPCRを行い、生じたPCR産物を金コロイド標識したストレプトアビジン(Biotinと結合する性質がある)と抗FITC抗体を用いてイムノクロマト(ICA)にかけることにより、金コロイドバンドの濃さ(肉眼でも観察できる)とPCR産物の濃度との相関から半定量的な簡易検出、すなわち歯周病の進行度あるいは重篤度の判定が目視でも可能となる。
【0034】
このように、本発明のAP24歯周病マーカー遺伝子を用いれば、歯周病の客観的なリスク判定及び診断が可能となる。
【0035】
なお、本発明を用いれば、歯周病原性細菌の感染が危惧される生体組織試料に対しても同様に診断できるようになる。
【0036】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制約されるものではない。
【実施例1】
【0037】
先ず、生体試料からのAP24歯周病マーカー遺伝子の検出は以下の方法で行った。
【0038】
〔試料の採取及び試料からのDNA抽出〕
(1)試料の採取
被験者より唾液500μLを採取し、滅菌蒸留水で1mLに希釈してvortexミキサーで60秒間十分に攪拌した。攪拌後、洗浄操作を4回行い、最終的に500μLの滅菌蒸留水に再懸濁した。
(2)試料からのDNA抽出
DNA抽出は、FastRNA Pro Blue Kit(QBioGene/MP Biomedicals,LLC)を用い、その手順書に従って抽出した。
【0039】
〔PCR〕
PCRは、Biometra Thermocycler Tgradient(Biometra)を用い、増幅プロブラムは初期変性を95℃で2分行った後、95℃30秒、アニーリング61℃30秒、72℃1分を1サイクルとして36回繰り返し、最後に72℃2分の伸長反応を行った。なお、PCRの組成は以下に示す通りである。
【0040】
〔PCRの組成〕
DNA solution:1−2.5μL,10XEx Taq buffer(TaKaRa):5μL,dNTP mixture(2.5mM each):4μL,Sense primer AP24F(50 pmol/μL):1μL,Anti-sense primer 342R(50 pmol/μL):1μL,TaKaRa Ex Taq(5 U/μL):0.5μL,Ultra-pure Water:36.25―37.75μL
【0041】
〔PCR産物の確認〕
PCR終了後、1.5%アガロースゲルをTAEバッファーで電気泳動し、ethidium bromideで染色後、UV照射下でPCR産物に相当するバンドの検出有無を確認した。
【0042】
〔PCR産物の多様性〕
なお、PCR産物をクローニングして塩基配列を解析した結果、5クローン間の配列に1%未満の塩基置換が認められ、AP24歯周病マーカー遺伝子ファイロタイプ内の多様性が示唆された。
【実施例2】
【0043】
本発明者は、実施例1の方法で、被験者62名を対象に、歯周病の目安となる歯周ポケット(プロービング)の深さと、AP24歯周病マーカー遺伝子の検出率との関係を解析した。その結果を図1に示す。
【0044】
図1から、プロービングの深さが5mm以上になると、すなわち歯周病が進行すると、AP24歯周病マーカー遺伝子の出現率が有意に高くなることがわかった。
【実施例3】
【0045】
つぎに本発明者は、実施例1の方法で、歯周患者79名を対象に、歯周患者の口腔内に検出される歯周原因性細菌Porphyromonas gingivalis(PG)、Tannerella forsythia(TF)、Treponema denticola(TD)の検出率と、AP24歯周病マーカー遺伝子の検出率との関係を解析した。その結果を図2に示す。
【0046】
図2から、歯周原因性細菌の検出重奏度が増すほどAP24歯周病マーカー遺伝子の出現率が高くなることがわかった。このことは、病態が進行するほど歯周原因性細菌の検出重奏度が増すので、AP24歯周病マーカー遺伝子の出現率は病態の進行度と相関することを意味するといえる。
【実施例4】
【0047】
さらに本発明者は、実施例1の方法で、健常者と歯周患者とを合わせた73名の被験者を対象に、AP24歯周病マーカー遺伝子の検出率と歯周病の進行度との関係を解析した。その結果を図3に示す。
【0048】
図3から、歯周病が進行するほどAP24歯周病マーカー遺伝子の出現率が有意に高くなることがわかった。
【0049】
これらの結果より、AP24歯周病マーカー遺伝子は歯周病が進行するほど検出されやすくなることが明確になった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
このようにAP24歯周病マーカー遺伝子は、歯周病の進行度、重篤度、及びリスク等を判定する上で非常に有用なマーカーとなり得、これを利用することによって客観的な診断が可能になるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】プロービングの深さとAP24歯周病マーカー遺伝子の検出率との関係を示した図である。
【図2】歯周原因性細菌とAP24歯周病マーカー遺伝子の検出率との関係を示した図である。
【図3】AP24歯周病マーカー遺伝子の検出率と歯周病の進行度との関係を示した図である。
【符号の説明】
【0052】
図2において、図中のPGはPorphyromonas gingivalisを、TFはTannerella forsythiaを、TDはTreponema denticolaを示し、NONとはいずれの病原性細菌も検出されなかった歯周患者を意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
AP24歯周病マーカー遺伝子を利用することを特徴とする歯周病診断法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−207450(P2009−207450A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−55703(P2008−55703)
【出願日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【出願人】(306000935)特定非営利活動法人日本サプリメント臨床研究会 (3)
【Fターム(参考)】