説明

Au13クラスタ及び金クラスタの製造方法

【課題】5つのdppe(diphenylphosphinoethane)を配位子とするAu13クラスタの提供。
【解決手段】5つのdppeが配位子として金クラスタに結合しているAu13クラスタであって、該金クラスタは、Au(dppe)Clを還元剤、例えばNaBHを用いて還元し、金原子の数が2、3、4、6、11、13、14、15、17及び18の複数種類の金クラスタを含む混合物を得て、これに塩酸を加えるという簡易な方法により製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Au13クラスタ及び金クラスタの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の原子数の金クラスタを選択的に取得することは困難であることが知られている(例えば、特許文献1の段落2〜5参照)。特許文献1では、一例として、金原子数が25の金クラスタであるAu25クラスタを選択的に製造する方法を開示している。また、非特許文献1及び2に示すように、AuクラスタやAu11クラスタの製造方法について開示しているものもある。
【0003】
しかし、従来、比較的安定に存在できるクラスタの1つであることが理論的に予想されるAu13クラスタについては、本発明者らの知る範囲では、再現性のある製法の報告例がほとんどなく、非特許文献3が存在するのみである。非特許文献3によれば、いくつかの工程を経て取得された[Au11(PPhMe103+を含むアルコール溶液に、さらにNEtClを加えると、高い収率で[Au13(PPhMe10Cl3+イオンを取得できるとのことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-45791号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】K. P. Hall et al., J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1982, p.528-530
【非特許文献2】M. Schultz-Dobrick et al., Z. Anorg. Allg. Chem. 2007, vol. 633, p.2326-2331
【非特許文献3】C. E. Briant et al., J. Chem. Soc., Chem. Communi. 1981 p.201-202
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り、従来、金クラスタを選択的に取得する方法は限られており、特に、Au13クラスタを取得する製造方法はほとんど知られていない。非特許文献3による方法も、本発明者らが実施した限りでは再現性が低いことが確認されている。
【0007】
本発明の目的は、より取得が容易なAu13クラスタ及び特定の原子数の金クラスタを取得しやすい金クラスタの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、dppe(diphenylphosphinoethane)を配位子とした場合、非常に簡易な方法でAu13クラスタを形成できることを見出した。
【0009】
すなわち、dppeを配位子とする複数種類の金原子数の金クラスタの混合物に塩酸を加えることにより、特定の金原子数の金クラスタを取得できることを見出した。より詳細には、Au(dppe)Clを例えばNaBHを用いて還元すると、種々の金原子数の金クラスタを含む混合物を取得できる。例えば、金原子数が2,3,4,6,11,13,14,15,17,18の金クラスタの混合物である。そして、この混合物に塩酸を加えることにより、Au13クラスタを選択的に取得できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明のAu13クラスタは、dppe配位子を用いた構造により、複数種類の金クラスタを含む混合物に塩酸を加えるという非常に簡易な製法で製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施の形態に係るAu13クラスタの内部構成を概略的に示す側面図である。
【図2】本発明の一実施例の途中で得られる金クラスタの混合物について質量分析を行った結果を示すグラフである。
【図3】金クラスタの混合物に塩酸を加えた後の質量分析の結果を、図2と比較して示すグラフである。
【図4】金クラスタの混合物に塩酸を加えて得られる物質の光学的特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
金クラスターは、酸化反応等の触媒やバイオ分野のイメージングに用いられるナノ粒子として近年注目されている。例えば、酸化反応の触媒として一酸化炭素の酸化に用いられたり、消臭剤として応用されたりすることがなされている。また、タンパク質など他の物質と結合する性質を用いて、その物質を検出するタグとして応用することがなされている。
【0013】
図1は、本実施形態に係るAu13クラスタの立体構造図である。本Au13クラスタは、化学式[Au13(dppe)Cl3+で表される構造を有している。ここで、”dppe”は、diphenylphosphinoethaneの省略表示であり、下記の化学式1で表される1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンを示している。
【0014】
【化1】

【0015】
本Au13クラスタは、図1に示すように、中心部分に金クラスタ構造を有している。この金クラスタ構造は二十面体の各頂点及びこの二十面体の重心に金原子が配置された構造である。二十面体の各頂点に配置された12個の金原子のうち、重心を挟んで配置されたある一対の金原子11及び12のそれぞれには、塩素原子が結合している。つまり、塩素原子はトランス位に配置されている。この塩素原子の結合箇所は置換活性サイトであると解され、塩素原子はその他の原子や置換基と置換可能であると期待される。
【0016】
そして、二十面体の各頂点に配置された12個の金原子のうち、残りの10個の金原子には、5個のdppeが配位子として周囲に結合している。例えば、ある1個のdppeにおいては、リン原子21及び22が、金原子11に結合した金原子13と、金原子13及び金原子12に結合した金原子14とに、金原子とは反対側にエタン骨格が配置されるように結合している。そして、その他の4個のdppeにおいても、それぞれ、金原子とは反対側にエタン骨格が配置されるように2個のリン原子が2個の金原子と結合している。これにより、本Au13クラスタは、全体として、金原子11及び金原子12を結ぶ軸を対称軸とした5回対称性を有する構造となっている。
【0017】
本Au13クラスタは、dppeを配位子とする金原子数が2,3,4,6,11,13,14,15,17,18の複数種類の金原子数の金クラスタの混合物から取得される。このような混合物は、例えば、Au(dppe)ClをNaBHなどの還元剤を用いて還元すると取得される。この金クラスタの混合物に塩酸を加えることにより、本Au13クラスタを高い収率で取得することが可能である。
【実施例1】
【0018】
本発明者らは、以下の工程によりAu13クラスタを選択的に取得した。
【0019】
まず、Au(dppe)ClをNaBHを用いて還元した。より詳細には、Au(dppe)ClのCHCl溶液に、NaBHのエタノール溶液を加える。そして、沈殿物をろ過し、ろ過後の溶液から溶媒を蒸発させる。次に、溶媒蒸発後の固体を再びエタノールに溶解させる。
【0020】
本発明者らは、ここで得られたエタノール溶液に含まれる物質の質量分析を、ESI―MS(electro- spray ionization-mass spectrometry)を用いて行った。分析にはブルカーダルトニクス社製micrOTOFを使用し、上記のエタノール溶液から溶媒を蒸発させた後、残った物質をアセトニトリルに再溶解させたものを用いた。その結果が図2に示されている。図2の横軸m/zは、分子量を電荷数で割った数を示し、縦軸は各分子量に相当するイオン数を示している。図2に示すように、金原子数が異なる複数種類の金クラスタのピークが現れている。図2のA〜Kの矢印は、金原子数が2,3,4,6,11,13,14,15,17,18の金クラスタのピークの位置をそれぞれ示している。具体的には、矢印A〜Kと各金クラスタとは以下の通りに対応している。
【0021】
(矢印A〜Kと金クラスタとの対応)A:[Au6(dppe)3]2+,B:[Au2(dppe)2Cl]+,C:[Au3(dppe)2Cl2]+,D:[Au13(dppe)5Cl2]3+,E:[Au4(dppe)2Cl3]+,F:[Au15(dppe)6Cl4]3+,G:[Au11(dppe)4Cl]2+,H:[Au17(dppe)7Cl6]3+,I:[Au13(dppe)5Cl3]2+,J:[Au14(dppe)5Cl4]2+,K:[Au18(dppe)6Cl4]2+
【0022】
次に、上記のように得られた複数種類の金クラスタのエタノール溶液に12規定の濃塩酸を加えた。加えた濃塩酸の量は、質量にしてエタノール溶液の1%程度である。そして、塩酸を加えた溶液からエタノールを蒸発させ、再度エタノールを加えた後、エタノール可溶部と不溶部とを分離した。
【0023】
本発明者らは、このようにして得られた不溶部について、上記と同様の方法で質量分析を行った。その結果が図3下のグラフである。なお、図3上のグラフは図2と同じ内容のグラフである。塩酸を加える前には種々の金クラスタに対応するピークやその他のピークが表れているのに対して、塩酸を加えた後の図3下のグラフには、ほぼ[Au13(dppe)Cl3+イオンのピークのみが現れている。このことから、上記の不溶部中に[Au13(dppe)Cl3+を選択的に取得できたことが示された。
【0024】
また、本発明者らは、上記の不溶部について各種の光学的特性を調べた。その結果が図4である。グラフの横軸は波長[nm]を示し、縦軸は光の吸収量、又は発光強度を示している。曲線31は光吸収スペクトルである。曲線31に示すように、360nm付近で強い吸収が起こっている。また、490nmにおいてもピークが発生している。曲線32は、波長が360nmの励起光により発光させた際の発光スペクトルである。このように、近赤外領域に強い発光が見られる。このことから、本Au13クラスタは、近赤外領域を利用したイメージセンサなどに応用することが期待される。曲線33は、波長が800nmの発光を生じる励起スペクトルを示している。
【0025】
さらに、本発明者らは、上記の不溶部から得られた[Au13(dppe)Cl3+とNaPFを溶解させたエタノール・ジクロロメタン溶媒から単結晶を得ると共に、この単結晶についてX線回析による構造解析を実施した。この構造解析では、ブルカーエイエックスエス社製の単結晶XRD構造解析装置であるSMART APEX IIを使用した。その結果、上述した図1に示す立体構造を有する単結晶が形成されていることが判明した。
【符号の説明】
【0026】
11―14 金原子
21 リン原子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5つのdppe(diphenylphosphinoethane)が配位子として金原子に結合しているAu13クラスタ。
【請求項2】
式[Au13(dppe)Cl3+で表される、請求項1に記載のAu13クラスタ。
【請求項3】
dppeが配位子として結合している金クラスタであって金原子の数が互いに異なる複数種類の金クラスタを含む混合物に塩酸を加える、金クラスタの製造方法。
【請求項4】
dppeが配位子として結合している金クラスタであって、金原子の数が2,3,4,6,11,13,14,15,17及び18のそれぞれである複数種類の金クラスタを含む混合物に塩酸を加える、請求項3に記載の金クラスタの製造方法。
【請求項5】
Au(dppe)Clを還元することで前記混合物を得る、請求項3又は4に記載の金クラスタの製造方法。
【請求項6】
前記混合物を得る際に還元剤としてNaBHを用いる、請求項5に記載の金クラスタの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−222333(P2010−222333A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−74237(P2009−74237)
【出願日】平成21年3月25日(2009.3.25)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】