説明

Clspn遺伝子発現を指標とする精神疾患の評価方法

【課題】新規なマーカー遺伝子を用いて精神疾患を簡便かつ正確に検査することのできる方法と、このマーカー遺伝子の発現を指標として、精神疾患の原因因子や精神疾患の治療薬剤の成分特定する方法を提供する。
【解決手段】被験者から単離した生体試料におけるClspn遺伝子の発現を測定し、この遺伝子発現に変調がある場合に、被験者が精神疾患の状態にあると評価することを特徴とする精神疾患の評価方法を提供する。また、Clspn遺伝子発現変調を生じさせる因子を精神疾患の原因因子として特定する方法、およびClspn遺伝子の発現変調を改善させる物質を精神疾患の治療薬の成分として特定する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Clspn遺伝子の発現量を指標として精神疾患を評価する方法および精神疾患治療薬成分をスクリーニングする方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現代社会では、将来への不安、職場や学校の人間関係、生活環境や騒音、家庭内の不和や子育てへの不安等の精神的なストレスにより自律神経系の失調をきたし、様々な精神疾患に至ることが多々ある。WHO国際疾病分類第10版(ICD-10)に基づくと、精神疾患は10種類1分類ほどに分けられ、脳の大きな病変による精神疾患、アルコール依存症、統合失調症、うつ病、摂食障害、睡眠障害、適応障害、多動性障害など様々な疾患を含むとされているが、これら精神疾患の発症には、遺伝と環境(ストレス)が非常に重要な危険因子であると考えられている。近年、精神疾患々者数が世界的に増加傾向にあり、社会的に大きな問題になっている。現在、多くの研究機関で精神疾患を診断・評価する技術の開発が行われており、これらの技術が精神疾患の予防や治療に役立てられるものと考えられる。
【0003】
今日まで、ストレス状態を評価したり、精神疾患を診断あるいは評価するいくつかの方法として例えば以下にあげられるような多くの方法が提案されている。
1.体液中のクロモグラミンの濃度を定量する方法(特許文献1)、
2.副腎又は下垂体における一酸化窒素合成酵素の活性を測定する方法(特許文献2)、
3.唾液における副腎性性ホルモン又はその代謝物の濃度を指標にする方法(特許文献3)、
4.グルタチオン付加ヘモグロビン量を測定する方法(特許文献4)、
5.唾液中のコルチゾール濃度を測定する方法(特許文献5)、
6.モノアミン類の濃度変化率を測定する方法(特許文献6)、
7.V-1遺伝子発現量又はV-1蛋白質量を測定する方法(特許文献7)、
8.血中のKYN濃度の変化率を測定する方法(特許文献8)、
9.perl遺伝子とper2遺伝子の発現レベルを指標とする方法(特許文献9)、
10.特定遺伝子群の発現プロファイル解析によるストレス評価法(特許文献10)、
11.血清中のアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A−IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質をマーカーとして使用する方法(特許文献11)、
12.セロトニン1型受容体タンパク質の活性を促進又は阻害する化合物を用いたうつ病スクリーニング法(特許文献12)
13.トランスサイレチン遺伝子にハイブリダイズできるポリヌクレオチドを使用した睡眠不足または睡眠障害の検出方法(特許文献13)
14.細胞内グルタチオン(GSH)レベル調節関与遺伝子の発現レベルを指標とする精神障害の診断方法(特許文献14)
15.血球の遺伝子発現を指標とした統合失調症の客観的診断方法(特許文献15)
しかし、ストレスが中枢神経系に影響を及ぼし、精神・神経疾患に至ることは知られているにもかかわらず、脳由来total RNAを用いて、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減する遺伝子を精神疾患ストレスのマーカー遺伝子として用いることは少なく、さらに脳だけでなく血漿でも検出できる共通のマーカー遺伝子をストレスのマーカー遺伝子として用いることは今までになかった。また、今回のように多動性障害モデル、拘束ストレス、水浸ストレスなど数種の条件で発現量が増減するマーカー遺伝子を選択する方法も今までになかった。
【0004】
また、近年アルツハイマー等の疾患の脳にはDNA損傷が生じているとの報告があるが(非特許文献1)、精神疾患ストレスマーカー遺伝子としてDNA損傷応答機構に関与する遺伝子をストレスのマーカー遺伝子として用いることも今までになかった。
【0005】
一方、Clspn遺伝子およびその発現産物(Claspin)ついては以下が知られている。
【0006】
遺伝情報を担うゲノムDNAは常に放射線、紫外線、活性酸素等のストレスによる損傷を受けているが、生物には遺伝情報を維持するためにいくつかのDNA損傷応答機構が存在しており、ゲノムDNAの安定性が保たれている。DNA損傷応答機構の中でも細胞周期チェックポイント機構は重要な役割を果たしている。DNA損傷を受けると、細胞はチェックポイント機構が働き、細胞周期を一旦停止し、その間にDNA損傷修復を行う。DNA損傷が修復できた場合には細胞周期活動を再開するが、DNA損傷が修復できなかった場合にはアポトーシスを誘導することにより異常な遺伝情報が生体に蓄積するのを防ぐ。これら細胞周期チェックポイント機構が正常に働かない場合には細胞のがん化の原因になるといわれている。細胞周期チェックポイント機構の主な経路のなかにATR-Chk1経路というものがある。ClaspinはこのATR-Chk1経路においてChk1を活性化し、チェックポイントの調節において重要な働きをする複製フォーク安定化(保護)因子として知られている(非特許文献2、3)。
【0007】
Claspinは2000年のアフリカツメガエルの卵細胞で確認されて以来(非特許文献4)、DNA損傷応答機構における働きについての研究が中心におこなわれてきたが、近年の報告ではDNA損傷応答機構だけでなく、通常のDNA複製の過程においてもClaspinの働きは重要であるとされている(非特許文献5)。また、現在細胞増殖異常に関するマーカーとして使用されているki67(Mki67)と同様にClaspinが細胞増殖異常に関するマーカーに利用できる可能性が高いとの報告(非特許文献6)や、乳癌に関与するという報告などもある(非特許文献7)。しかし、Clspn遺伝子の脳でのmRNAの発現の報告はなく、精神疾患に関与する報告も今までない。
【0008】
なお、Clspn遺伝子の塩基配列およびその発現産物Claspinのアミノ酸配列はラット、ヒトおよびマウスにおいて公知である(ラット:GenBank Accession No. XM_001106687、ヒト:GenBank Accession No. AL354864、マウス:GenBank Accession No. AL606935)。
【特許文献1】特許公開平11−23572
【特許文献2】特許公開平8−262025
【特許文献3】特許公開平11−38004
【特許文献4】特許公開2000−74923
【特許文献5】特許公開平11−326318
【特許文献6】特許公開2002−156378
【特許文献7】特許公開2003−61654
【特許文献8】特許公開2004−198325
【特許文献9】特許公開2007−110912
【特許文献10】特許公開2006−15
【特許文献11】特許公開2007−225606
【特許文献12】法特許公開2002−233372
【特許文献13】特許公開2007−75071
【特許文献14】特許公表2007−524408
【特許文献15】特許公開2004−135667
【特許文献16】特許公開2001−186828
【非特許文献1】Kalluri Subba Rao., Nature Clinical Practice Neurology. March 2007 Vol 3 No 3 162-172
【非特許文献2】C C S Chini et al., Chk1 is required to maintain Claspin stability. Oncogene (2006) 25, 4165-4171
【非特許文献3】Yang, X. H et al., Chk1 and Claspin potentiate PCNA ubiquitination. Genes Dev. 2008 May 1 PMID: 18451105
【非特許文献4】Kumagai A et al., Claspin, a novel protein required for the activation of Chk1 during a DNA replication checkpoint response in Xenopus egg extracts. Mol Cell. 2000 Oct;6(4):839-49.
【非特許文献5】Petermann E et al., Claspin Promotes Normal Replication Fork Rates in Human Cells. Mol Biol Cell. 2008 Mar 19 [Epub ahead of print]
【非特許文献6】Tsimaratou K et al., Evaluation of Claspin as a proliferation marker in human cancer and normal tissues. J Pathol. 2007 Feb;211(3):331-9.
【非特許文献7】Erkko H et al., Germline alterations in the Claspin gene in breast cancer families. Cancer Lett. 2008 Mar 8; 261(1):93-7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、新規なマーカー遺伝子を用いて精神疾患を簡便かつ正確に検査することのできる方法を提供することを課題としている。また本発明は、このマーカー遺伝子の発現を指標として、精神疾患の原因因子を特定する方法および精神疾患の治療薬剤の成分特定する方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、精神疾患の疾患マーカー探索のための研究を行っていたところ、多動性障害モデルラット(注意欠陥多動性障害(attention deficit hyperactive disorder:ADHD)の線条体においてClspn遺伝子の発現が減少していることを新たに見出した。
【0011】
多動性障害モデルラット(特許文献16)は、北海道大学実験生物センターで進めている肝炎・肝癌・ヒトWilson病モデルLECラットのオリジナル系統の維持過程で、
1)歩行中、絶えず頭部を小さく振る、
2)突然、旋回運動をしたり、頭部を大きく後方にそらす行動をする、
3)一般のラットは尾を持ち体を引き揚げた場合、四肢を一旦伸ばした後、少ししてその状態から逃れようと体をよじり出すが、この異常行動のラットは、体を持ち上げた瞬間に体を左右に大きくよじり(くねらせる)、時には持たれた尾を中心に、空中で円を描くように回転する
などの異常行動をもつ個体が見出され、これらを従来のLEC系統維持ラインとは分離し、多動性障害モデルラット(WKAH Wig)として維持されているものである。
【0012】
本発明者らは、精神疾患の疾患マーカー探索のための研究を進める過程で、多動性障害モデルラットの脳(大脳皮質、線条体、中脳)においてDNA2本鎖切断による損傷が見出されたことから、DNA損傷回復に関与する遺伝子を探索していたところ、多動性障害モデルラットの線条体においてClspn遺伝子の発現が減少していることを新たに見出した。
【0013】
これらのことから、本発明者らは、Clspn遺伝子が精神疾患の疾患マーカーとなる遺伝子であるとの確信が得られた。更に本発明者らはClspn遺伝子の発現変調が血漿においても検出できることを見出した。
【0014】
そのため、Clspn遺伝子の発現抑制や、Clspn遺伝子によりコードされるタンパク質(Claspin)の発現抑制を指標としたスクリーニングは、精神疾患の予防、治療薬の探索に有効であるとの確信を得て、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち本出願は、前記の課題を解決するものとして、被験者から単離した生体試料におけるClspn遺伝子の発現を測定し、この遺伝子発現に変調がある場合に、被験者が精神疾患の状態にあると評価することを特徴とする精神疾患の評価方法を提供する。
【0016】
この評価方法においては、前記生体試料が血漿であることを好ましい態様としている。さらに、この評価方法においては、精神疾患は、例えば行動傷害を伴う疾患またはストレス性精神疾患である。
【0017】
本出願はまた、精神疾患の原因因子をスクリーニングする方法であって、Clspn遺伝子を正常に発現する細胞に候補因子を作用させ、Clspn遺伝子の発現変調を生じさせる因子を目的因子として特定することを特徴とする精神疾患の原因因子スクリーニング方法を提供する。
【0018】
本出願はさらに、精神疾患の治療薬成分をスクリーニングする方法であって、Clspn遺伝子の発現変調を示す細胞に候補物質を作用させ、Clspn遺伝子の発現変調を改善させる物質を目的物質として特定することを特徴とするスクリーニング方法を提供する。
【0019】
なお、以上の評価方法およびスクリーニングする方法において、「Clspn遺伝子の発現変調」とは、例えば、Clspn遺伝子の発現制御系の不全または変調(例えば、転写因子の変異や転写因子量の不足等)、Clspn遺伝子からのmRNAの転写不全、mRNAからClaspinタンパク質の合成不全、あるいはClspn遺伝子の変異(1または複数個のヌクレオチドの欠失、付加、置換等)による不完全なタンパク質合成等を意味する。さらには、これらのClspn遺伝子の発現変調によって、生体試料中のClaspinタンパク質量が、健常者のそれと比較して90%以下、詳しくは70%以下、さらに詳しくは50%以下、特に詳しくは30%以下、最も詳しくは10%以下まで低下していることを意味する。
【0020】
また、前記の発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。なお、用語は基本的にはIUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclatureによるものであり、あるいは当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものである。また発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学および分子生物学的技術はJ. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis, "Molecular Cloning: A Laboratory Manual (2nd edition)", Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York (1989); D. M. Glover et al. ed., "DNA Cloning", 2nd ed., Vol. 1 to 4, (The Practical Approach Series), IRL Press, Oxford University Press (1995); Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995;日本生化学会編、「続生化学実験講座1、遺伝子研究法II」、東京化学同人 (1986);日本生化学会編、「新生化学実験講座2、核酸 III(組換えDNA技術)」、東京化学同人 (1992); R. Wu ed., "Methods in Enzymology", Vol. 68 (Recombinant DNA), Academic Press, New York (1980); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 100 (Recombinant DNA, Part B) & 101 (Recombinant DNA, Part C), Academic Press, New York (1983); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 153 (Recombinant DNA, Part D), 154 (Recombinant DNA, Part E) & 155 (Recombinant DNA, Part F), Academic Press, New York (1987)などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法またはそれらと実質的に同様な方法や改変法により行うことができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、被験者から単離した生体試料(例えば、血漿)を対象として、そのClspn遺伝子の発現変調を確認することによって、被験者が精神疾患の状態にあるか否かを簡便にかつ正確に評価することが可能となる。これによって、精神疾患の状態にある被験者に対して適切かつ有効な治療法等を選択することが可能となる。
【0022】
また本発明によれば、Clspn遺伝子の発現変調を指標として、精神疾患の原因因子が特定される。これによって特定された原因因子は、精神疾患の予防や症状の進行を抑制するための処置を効果的に行うことを可能とする。
【0023】
さらに本願発明によれば、精神疾患の治療薬成分が特定され、精神疾患の有効な治療薬の開発に大きく貢献する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の精神疾患評価方法は、被験者から単離した生体試料(例えば、血漿)を対象として、そのClspn遺伝子の発現変調を確認することによって、被験者が精神疾患の状態にあるか否かを評価する。なお、生体試料(例えば、血漿)におけるClspn遺伝子の発現は、通常の血液検査技術を有する者であれば容易に実施可能であり、またその発現についての判定も、医療従事者の関与を必要としない。
【0025】
Clspn遺伝子の発現変調は、具体的には、Clspn遺伝子の転写産物を測定することによって判定するができる。Clspn遺伝子の転写産物としてmRNAを測定する場合には、公知の遺伝子工学および分子生物学的技術に従い、当該分野で特定の遺伝子の発現を検知測定するために知られた手法、例えばin situ ハイブリダイゼーション、ノーザンブロッティング、ドットブロット、RNaseプロテクションアッセイ、RT-PCR、Real-Time PCR(Journal of Molecular Endocrinology, 25, 169-193(2000)およびそこで引用されている文献)、DNA アレイ解析法(Mark Shena編、"Microarray Biochip Technology", Eaton Publishing, 2000)などによってKLF5 mRNA発現量を検知・測定して実施することができる。
【0026】
例えば、オリゴヌクレオチドプローブを用いてClspn遺伝子のmRNA量を検出する方法(ノーザンブロット分析法の場合には、少なくとも以下の工程:
(a)被験者の生体試料よりRNAを調製する工程;
(b)工程(a)で調製されたRNAを電気泳動分離する工程;
(c)工程(b)で分離されたRNAをオリゴヌクレオチドプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする工程;
(d)工程(e)でRNAにハイブリダイズしたオリゴヌクレオチドプローブの標識量をClspn mRNA発現量の指標とし、正常生体試料の結果と比較する工程;および
(e)正常生体試料と比較して低いClspn mRNA発現量を、精神疾患を示す指標として使用する工程、
を含むことを特徴とする。
【0027】
オリゴヌクレオチドプローブは、Clspn mRNAとストリンジェントな条件(例えば特表平10-508186号公報、特表平9-511236号公報に記載された条件)でハイブリダイズするため、mRNAの任意領域と正確に相補的な配列からなるDNA配列を用いる。このようなDNA配列は、例えばClspn cDNAを適当な制限酵素で切断することによっても得ることができる。あるいは、Carruthers(1982)Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 47:411-418; Adams(1983)J. Am. Chem. Soc. 105:661; Belousov(1997)Nucleic Acid Res. 25:3440-3444; Frenkel(1995)Free Radic. Biol. Med. 19:373-380; Blommers(1994)Biochemistry 33:7886-7896; Narang(1979)Meth. Enzymol. 68:90; Brown(1979)Meth. Enzymol. 68:109; Beaucage(1981)Tetra. Lett. 22:1859; 米国特許第4,458,066号に記載されているような周知の化学合成技術により、in vitroにおいて合成することができる。
【0028】
また、オリゴヌクレオチドプローブはラジオアイソトープ(RI)法または非RI法によって標識するが、非RI法を用いることが好ましい。非RI法としては、蛍光標識法、ビオチン標識法、化学発光法等が挙げられるが、蛍光標識法を用いることが好ましい。蛍光物質としては、オリゴヌクレオチドの塩基部分と結合できるものを適宜に選択して用いることができるが、シアニン色素(例えば、Cy Dye TMシリーズのCy3、Cy5等)、ローダミン6G試薬、N-アセトキシ-N2-アセチルアミノフルオレン(AAF)、AAIF(AAFのヨウ素誘導体)などを使用することができる。また標識法としては、当該分野で知られた方法(例えばランダムプライム法、ニック・トランスレーション法、PCRによるDNAの増幅、ラベリング/テイリング法、in vitro transcription法等)を適宜選択して使用できる。例えば、HRFオリゴヌクレオチドに官能基(例えば、第一級脂肪族アミノ基、SH基など)を導入し、こうした官能基に前記の標識を結合して標識化オリゴヌクレオチドプローブを作成することができる。
【0029】
また、DNAマイクロアレイを使用することによってもClspn mRNA量を測定することができる。この方法は、少なくとも以下の工程:
(a)被験者の生体試料よりRNAを調製する工程;
(b)工程(a)で調製したRNAから、標識cDNAを調製する工程、
(c)工程(b)で調製した標識cDNAをDNAマイクロアレイに接触させる工程;
(d)工程(c)でDNAマイクロアレイのキャプチャープローブにハイブリダイズした標識cDNAの標識量をClspn mRNA量の指標とし、正常生体試料の結果と比較する工程;および
(e)正常生体試料と比較して低いClspn mRNA量を、精神疾患の指標として使用する工程、
を含むことを特徴とする。
【0030】
マイクロアレイを使用してClspn mRNA量を測定する場合には、例えば被験者の生体試料から単離したmRNAを鋳型としてcDNAを合成し、PCR増幅する。その際に、標識dNTPを取り込ませて標識cDNAとする。この標識cDNAをマクロアレイに接触させ、マイクロアレイのキャプチャープローブにハイブリダイズしたcDNAを検出する。ハイブリダイゼーションは、96穴もしくは384穴プラスチックプレートに分注して標識cDNA水性液を、マイクロアレイ上に点着することによって実施することができる。点着の量は、1〜100nl程度とすることができる。ハイブリダイゼーションは、室温〜70℃の温度範囲で、6〜20時間の範囲で実施することが好ましい。ハイブリダイゼーション終了後、界面活性剤と緩衝液との混合溶液を用いて洗浄を行い、未反応の標識cDNAを除去する。界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いることが好ましい。緩衝液としては、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、トリス緩衝液、グッド緩衝液等を用いることができるが、クエン酸緩衝液を用いることが好ましい。
【0031】
またさらに、Clspn mRNA量はRT-PCT法によっても測定することができる。この方法は、少なくとも以下の工程:
(a)被験者の生体試料よりRNAを調製する工程;
(b)工程(a)で調製したRNAを鋳型とし、プライマーセットを用いてcDNAを合成する工程;
(c)工程(b)で合成されたcDNA量をClspn mRNA量の指標とし、正常生体試料の結果と比較する工程;および
(d)正常生体試料と比較して低いClspn mRNA量を、精神疾患を示す指標として使用する工程、
を含むことを特徴とする。
【0032】
使用するプライマーセットは、公知のヒトClspn DNA配列(GenBank/AL354864)に基づき設計し、公知の方法により合成・精製の各工程を経て調製することができる。また、プライマーの設計には、プライマー設計用の市販のソフトウェア、例えばOligoTM[National Bioscience Inc.(米国)製]、GENETYX[ソフトウェア開発(株)(日本)製]等を用いることもできる。
【0033】
Clspn遺伝子の発現変調を判定するための別の方法は、Clspn遺伝子の発現産物Claspinタンパク質量を定量することである。このようなタンパク質の定量は、公知の遺伝子工学および分子生物学的技術に従い、当該分野で特定のタンパク質量を検知測定するために知られた手法、例えばin situ ハイブリダイゼーション、ウェスタンブロッティング、各種の免疫組織学的方法などによって実施することができる。
【0034】
具体的には、Claspinタンパク質を特異的に認識する抗体を用いて実施することができる。抗体はポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体であり、それぞれClaspinタンパク質のエピトープに結合することができる全体分子、およびFab、F(ab')2、Fv断片等が全て含まれる。このような抗体は、例えばポリクローナル抗体の場合には、タンパク質やその一部断片を免疫原として動物を免役した後、血清から得ることができる。あるいは、Clspn遺伝子を組込んだ真核細胞用発現ベクターを注射や遺伝子銃によって、動物の筋肉や皮膚に導入した後、血清を採取することによって作製することができる。動物としては、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ニワトリなどが用いられる。
【0035】
また、モノクローナル抗体は、公知のモノクローナル抗体作製法(「単クローン抗体」、長宗香明、寺田弘共著、廣川書店、1990年; "Monoclonal Antibody" James W. Goding, third edition, Academic Press, 1996)に従い作製することができる。
【0036】
これらの抗体は、標識物質によって標識化して使用する。標識物質は、酵素、放射性同位体または蛍光色素を使用することができる。酵素は、turnover numberが大であること、抗体と結合させても安定であること、基質を特異的に着色させる等の条件を満たすものであれば特段の制限はなく、通常のEIAに用いられる酵素、例えば、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、グルコース−6−リン酸化脱水素酵素、リンゴ酸脱水素酵素等を用いることもできる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。基質としては、使用する酵素の種類に応じて公知の物質を使用することができる。例えば酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、3,3',5,5'−テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。放射性同位体としては、125Iや3H等の通常のRIAで用いられているものを使用することができる。蛍光色素としては、フルオレッセンスイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。
【0037】
このような抗体を使用する方法は、例えば免疫染色、例えば組織あるいは細胞染色、免疫電子顕微鏡、イムノアッセイ、例えば競合型イムノアッセイまたは非競合型イムノアッセイで行うことができ、放射免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、ルミネッセント免疫測定法(LIA)、酵素免疫測定法(EIA)、ELISAなどを用いることができ、B-F分離を行ってもよいし、あるいは行わないでその測定を行うことができる。好ましくはRIA、EIA、FIA、LIAであり、さらにサンドイッチ型アッセイが挙げられる。サンドイッチ型アッセイには、同時サンドイッチ型アッセイ、フォワード(forward)サンドイッチ型アッセイあるいは逆サンドイッチ型アッセイなどであってもよい。
【0038】
このような抗体を用いた診断方法における一つの態様は、抗体とClaspinタンパク質との結合を液相系において検出する方法である。例えば、標識化抗体と生体試料(例えば血漿)とを接触させて標識化抗体とClaspinタンパク質を結合させ、この結合体を分離する。分離は、公知の分離手段(クロマト法、固相法等)によって行うことができる。また公知のウエスタンブロット法に準じた方法を採用することもできる。標識シグナルの測定は、標識として酵素を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。放射生同位体を用いる場合には、放射性同位体の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。また、蛍光色素を用いる場合には、蛍光顕微鏡を組み合わせた測定装置によって蛍光量を測定すればよい。
【0039】
液相系での診断の別の方法は、一次抗体と生体試料(例えば、血漿)とを接触させて一次抗体とClaspinタンパク質を結合させ、この結合体に標識化二次抗体を結合させ、この三者の結合体における標識シグナルを検出する。あるいは、さらにシグナルを増強させるためには、非標識の二次抗体を先ず一次抗体+Claspinタンパク質結合体に結合させ、この二次抗体に標識物質を結合させるようにしてもよい。このような二次抗体への標識物質の結合は、例えば二次抗体をビオチン化し、標識物質をアビジン化しておくことによって行うことができる。あるいは、二次抗体の一部領域(例えば、Fc領域)を認識する抗体(三次抗体)を標識し、この三次抗体を二次抗体に結合させるようにしてもよい。なお、一次抗体と二次抗体は、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。液相からの結合体の分離やシグナルの検出は前記と同様とすることができる。
【0040】
抗体を用いる場合のさらに別の態様は、抗体とClaspinタンパク質との結合を固相系において試験する方法である。この固相系における方法は、極微量のClaspinタンパク質の検出と操作の簡便化のため好ましい方法である。すなわちこの固相系の方法は、抗体を樹脂プレートまたはメンブレン等に固定化し、この固定化抗体に被験者の血漿を接触させ、非結合タンパク質を洗浄除去した後、プレート上に残った抗体+Claspinタンパク質結合体に標識化抗抗体を結合させて、この標識化抗体のシグナルを検出する方法である。この方法は、いわゆる「サンドイッチ法」と呼ばれる方法であり、マーカーとして酵素を用いる場合には、「ELISA(enzyme linked immunosorbent assay)」として広く用いられている方法である。2種類の抗体は、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、いずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。
【0041】
なお本発明の評価方法においては、以上に例示した各方法の2以上を組み合わせて行うことによって、より精度の高い診断方法とすることもできる。
【0042】
次に、本発明の精神疾患の原因因子スクリーニング方法は、Clspn遺伝子を正常に発現する細胞に候補因子を作用させ、Clspn遺伝子の発現変調を生じさせる因子を精神疾患の原因因子として特定する。
【0043】
この方法において、「Clspn遺伝子を正常に発現する細胞」とは、例えば、正常動物(ラット、マウス、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ等の実験用動物)の体内に存在する細胞、あるいはこれらの動物から単離して培養条件化に維持された細胞である。好ましくは、動物の脳組織(大脳皮質、線状体、中脳など)の細胞を対象とする。
【0044】
また、「候補因子」としては、精神疾患の原因因子として想定される薬剤や化合物、飲食用の素材、各種のストレス(例えば、強制的な体温変化、自立的な運動の制限や強制運動、自立的な危険回避および逃避行動の制限、あるいは生活環境の変化など)である。また、飲食用の素材やストレスを候補因子とする場合は、動物個体を対象として、その細胞あるいは動物から単離した血漿におけるClspn遺伝子の発現変調を確認することによって、精神疾患の原因因子を特定することができる。Clspn遺伝子の発現変調は、前記の評価方法において採用する手段と同一とすることができる。
【0045】
本発明の精神疾患の薬剤成分スクリーニング方法は、Clspn遺伝子の発現変調を示す細胞に候補物質を作用させ、Clspn遺伝子の発現変調を改善させる物質を目的物質として特定する。
【0046】
このスクリーニング方法における「Clspn遺伝子の発現変調を示す細胞」とは、例えば、実施例に示したような多動性障害モデルラット(特許文献16)、拘束負荷動物、水浸負荷動物などの脳(特に、線状体)の細胞、あるいは前記の精神疾患の原因因子スクリーニング方法で特定された原因因子によって処理された動物の細胞などである。これらの細胞は、動物個体内に存在する状態で候補物質を作用させてもよく、あるいは動物個体から単離した状態で候補物質を作用させてもよい。動物個体内の細胞に候補物質を作用させる場合には、動物に候補物質を注射するか、あるいは摂取させる。培養条件下の細胞に候補物質を作用させる場合には、細胞の培地に候補物質を添加するなどの方法を採用することができる。
【0047】
このスクリーニング方法に使用する候補物質には、例えば、有機または無機の化合物(特に低分子量の化合物)、タンパク質、ペプチド等が含まれる。これらの物質は、機能や構造が公知のものであって未知のものであってもよい。あるいは「コンビナトリアルケミカルライブラリー」は、目的物質を効率的に特定するための候補物質群として有効な手段である。コンビナトリアルケミカルライブラリーは、化学合成または生物学的合成により、試薬などの多くの化学的「ビルディングブロック」を結びつけることにより生成される種々の化学組成物のコレクションである。例えば、ペプチドライブラリーなどの直線的なコンビナトリアルケミカルライブラリーは、ビルディングブロック(アミノ酸)のセットを、所与の化合物の長さ(すなわちペプチドのサイズ)について可能なすべての方法で結びつけることにより形成される。化学的なビルディングブロックについてのこのようなコンビナトリアルミキシングを通して、多数の化学組成物を合成することが可能である。例えば、100の可換的な化学的ビルディングブロックについての系統的なコンビナトリアルミキシングは、結果として1億個の4量体化合物または100億個の5量体化合物を生じる(例えば、Gallop et al.,(1994)37(9):1233-1250参照)。コンビナトリアルケミカルライブラリーの調製およびスクリーニングは、当該技術分野において周知である(例えば、米国特許第6,004,617号;5,985,365号を参照)。また各種の市販ライブラリーを使用することもできる。
【0048】
以下、実施例として、精神疾患とClspn遺伝子の発現との関係を確認した実験データを示して本発明の実施可能性等を説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0049】
多動性障害モデルラットおよび正常ラットの脳におけるDNA損傷の検出
4週齢の多動性障害モデルラット各3個体から摘出した大脳皮質、線条体、中脳サンプル(北海道大学実験生物センターから入手)、多動性障害病態を示さない4週齢のWKAHラット各3個体から摘出した大脳皮質、線条体、中脳サンプルからそれぞれゲノムDNAを抽出し、アガロース電気泳動に供して電気泳動パターンを比較することでDNA損傷の程度を観察した。
【0050】
3個体分の大脳皮質を合わせ、液体窒素中で粉末化し、約10 mgほどをゲノムDNA抽出用に分けた。線条体および中脳も同様に行った。
【0051】
粉末化した各10 mgの大脳皮質、線条体、中脳を50ml容の容器に入れ、5mlのPhosphate-Buffered Salines (PBS), pH7.4を加え混合した後、10μl のRnase A(10mg / ml)溶液をを加え混合した。その後50μlの 10% SDS溶液を加え混合し、37℃で2時間反応させた。さらに2.5μl のProtease K (20mg / ml)溶液を加え混合し、50℃で16時間反応させた。16時間反応の後、5mlのTE飽和フェノール(pH8.0)を加え、緩やかに15分間の振とうを行い、遠心分離(3,000 rpm、5分間、25℃)により上清を回収した。回収した上清に5 ml のPhenol : Chloroform : Isoamyl Alcohol(25:24:1, v/v)を加え、緩やかに15分間の振とうを行い、遠心分離(3,000 rpm、5分間、25℃)により上清を回収した。回収した上清に5 ml のChloroformを加え、緩やかに5分間の振とうを行い、遠心分離(3,000 rpm、5分間、25℃)により上清を回収した。回収した上清の1/10 容の 3M sodium acetate (pH5.2)溶液を加え混合し、さらに2倍容の100% Ethanol を加え混合してゲノムDNAをチップの先で絡めとり新しい1.5ml容量のチューブに移した。ゲノムDNAは1ml の70% Ethanolで30秒間洗浄し、遠心分離(14,000 rpm、5分間、25℃)によりゲノムDNAを回収した後、乾燥してTE buffer (pH8.0) 75μlに溶解した。
【0052】
抽出したゲノムDNAの濃度を測定し、正常ラットのゲノムDNAと多動性障害モデルラットのゲノムDNAそれぞれ 1μgずつを0.8%アガロースゲルで電気泳動した。電気泳動の条件は40mM Tris-Acetate pH8.0, 0.1M EDTAを泳動緩衝液に用い、50Vで約50分間ほどで行った。電気泳動後にEthidium Bromide(10mg/ml)を8μl加えた40mM Tris-Acetate pH8.0, 0.1M EDTA泳動緩衝液200mlにアガロースゲルを移し、染色を7分間行った。染色後UVトランスイルミネーターにてDNAを検出した。
【0053】
正常ラットのゲノムDNAと多動性障害モデルラットのゲノムDNAのアガロース電気泳動の電気泳動パターンを図1に示した。図からもわかるように正常ラットのゲノムDNAと多動性障害モデルラットのゲノムDNAの電気泳動パターンには違いがあり、多動性障害モデルラットはスメアー状になることがわかった。これはDNA2本鎖切断によりサイズが小さくなったゲノムDNAのアガロースゲル間の泳動速度が速くなったために生じた結果だということが示唆される。よってこのことから多動性障害モデルラットのゲノムDNAには2本鎖切断の損傷が多く存在することが確認できた。
【実施例2】
【0054】
多動性障害モデルラットの脳と正常ラットの脳での遺伝子発現量の比較
4週齢の多動性障害モデルラット各3個体から摘出した大脳皮質、線条体、中脳サンプル(北海道大学実験生物センターから入手)、多動性障害病態を示さない4週齢のWKAHラット各3個体から摘出した大脳皮質、線条体、中脳サンプルからそれぞれtotal RNAを抽出し、DNAマイクロアレイ解析による遺伝子発現解析を行い、特にDNA損傷回復に関連する遺伝子の発現について検討することにした。
【0055】
3個体分の大脳皮質を合わせ、液体窒素中で粉末化し、約100mgほどをtotal RNA抽出用に分けた。線条体および中脳も同様に行った。
【0056】
total RNAの調製は、RNeasy Mini kit(Qiagen社製)を用いて付属のプロトコールに従って行った。抽出したtotal RNAはゲル電気泳動や吸光度測定でDNAマイクロアレイ解析に用いられる品質であるかどうかを確認した。 DNAマイクロアレイ解析には大脳皮質、線条体、中脳サンプルから抽出したtotal RNAを各150ngずつ混合して解析に供し、多動性障害モデルラットと正常ラットの比較を行った。
【0057】
DNAマイクロアレイ解析は、ラベリング、ハイブリダイズ、スキャンの3つの作業に分けられる。まず、前述のtotal RNA 450ng(大脳皮質、線条体、中脳サンプルから抽出したtotal RNAを各150ngずつ混合)からLow RNA Input Linear Amp Kit(Agilent Technologiest社製)を用いcDNAを合成した。さらにcDNAからCy3-dCTP(PerkinElmer社製)を添加してラベル化cRNAを調整した。次にラベル化cRNAをフラグメント化し、フラグメント化したラベル化cRNAとチップ(Whole Rat Genome Oligo Microarray Kit G4131F、Agilent Technologiest社製)上のプローブとのハイブリダイズを行った。さらに、チップを洗浄し、マイクロアレイスキャナー(G2565BA、Agilent Technologiest社製)及びGeneSpring ver 7.3を使用した遺伝子発現解析を行った。蛍光ラベルとしてCy5-dCTPを用いた場合でも同様の方法でcRNAのラベリングを行い、DNAマイクロアレイ解析を行った。
【0058】
DNAマイクロアレイ解析から得られた多動性障害モデルラットと正常ラットの脳(大脳皮質、線条体、中脳)での遺伝子発現データを検討し、発現量に変化があった24遺伝子を選択した。選択した遺伝子の発現については次に述べるRT-PCR解析で調べた。
【実施例3】
【0059】
多動性障害モデルラットと正常ラットの大脳皮質、線条体、中脳での遺伝子発現量の比較
実施例2で抽出した大脳皮質、線条体、中脳の各total RNAを使用し、RT-PCR解析を行った。まず、total RNA各 1ngからAffinityScript QPCR cDNA Synthesis Kit(Stratagene社製)を用い大脳皮質、線条体、中脳それぞれのcDNAを合成した。
【0060】
実施例2で選択した24遺伝子に対して特異的なプライマーを設計した。プライマー合成は北海道システムサイエンスに依頼した。
【0061】
上記プライマーを用いて、大脳皮質、線条体、中脳の各cDNAを鋳型として、Ex Taq Hot Start Version (TaKaRa社製)を使用し、添付プロトコールに従いPCR反応を行った。PCR反応は32から38サイクル繰り返した。
【0062】
PCR反応後、1.8%アガロースゲル電気泳動を行い、エチジウムブロマイド染色で目的遺伝子の検出をした。検出にはUVトランスイルミネーター(ATTO)を用い、遺伝子バンドの強度を測定した。
【0063】
RT-PCR解析により、24遺伝子のうち再現性があり、顕著な発現量の変化があったものはClspn遺伝子のみであることがわかった。Clspn遺伝子のRT-PCR解析の結果を図2に示した。図2からもわかるように、正常ラットと比較して多動性障害モデルラットの線条体においてClspn遺伝子は検出されないほど発現が減少していることがわかった。
【0064】
なお、RT-PCR解析で使用したClspn遺伝子の特異的プライマーは以下のとおりである。
Clspn- 1
Forward Primer:5’-aaaattgctgctgaagaagagg-3’(配列番号1)
Reverse Primer:5’-ggtgggagaaagtgtatggaag-3’(配列番号2)
図2の結果からわかるように、Clspn遺伝子は、正常なラットと比較して多動性障害モデルラットの線条体において発現が減少しているため、精神疾患に関するマーカー遺伝子として応用可能な遺伝子であると考えられた。
【実施例4】
【0065】
CLSPN遺伝子の血漿中での発現解析
正常ラットより血液を採取し、遠心分離により血漿と血清にわけ、それぞれを-80℃に保存した。凍結血漿を溶解し、約500μlを新しいチューブに移し、SolutionD (5.5M Guanidium thiocyanate、25mM Sodium citrate、0.5% Lauryl sarcosine、0.1M 2-Mercaptoethanol)を500μl添加して混合した後、フェノール溶液 (Phenol : Chloroform : Isoamyl alcohol (25:24:1))を500μl添加してよく混合した。遠心分離により、上清を回収し、この上清に20μlの3M Sodium Acetate (pH5.5) を添加し、さらに500μlのTE飽和フェノールと100μlのクロロホルムを加え、良く混合した後に0℃で15分間放置した。遠心分離により、上清を回収し、この上清に等量の2-propanolを加え、良く混合した後に0℃で15分間放置し、遠心分離により沈殿を得た。この沈殿に100μlの滅菌水を加え、溶解した後にRNeasy Mini kit(Qiagen社製)を用いて、添付説明書に従いtotal RNAの精製を行った。
【0066】
抽出したtotal RNAはゲル電気泳動や吸光度測定でRT-PCR解析に用いられる品質であるかどうかを確認した。
【0067】
次に、total RNA各 1ngからAffinityScript QPCR cDNA Synthesis Kit(Stratagene社製)を用い血漿のcDNAを合成した。
【0068】
Clspn遺伝子に対して特異的なプライマーは、前記配列番号1、2の合成オリゴヌクレオチドを使用した。
【0069】
上記2組のプライマーを用いて、血漿cDNAを鋳型として、Ex Taq Hot Start Version (TaKaRa社製)を使用し、添付プロトコールに従いPCR反応を行った。PCR反応は38サイクル繰り返した。
【0070】
PCR反応後、1.8%アガロースゲル電気泳動を行い、エチジウムブロマイド染色で目的遺伝子の検出をした。検出にはUVトランスイルミネーター(ATTO)を用い、遺伝子バンドの強度を測定した。
【0071】
RT-PCR解析で得られた結果を図3に示す。血漿のcDNAを鋳型としたRT-PCR解析でも目的のClspn遺伝子のバンドが検出されることがわかった。
【0072】
図3の結果からわかるように、Clspn遺伝子は、採取が簡単な血漿においても検出できることがわかったことから、精神疾患に関するマーカー遺伝子として応用可能な遺伝子であると考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】正常ラットおよび多動性障害モデルラットの脳(大脳皮質、線条体、中脳)のゲノムDNAのアガロースゲル電気泳動パターンを示したものである。
【図2】RT-PCR解析による多動性障害モデルラットと正常ラットの大脳皮質、線条体、中脳でのCLSPN遺伝子発現を示したものである。
【図3】RT-PCR解析による血漿中のCLSPN遺伝子発現を示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から単離した生体試料におけるClspn遺伝子の発現を測定し、この遺伝子発現に変調がある場合に、被験者が精神疾患の状態にあると評価することを特徴とする精神疾患の評価方法。
【請求項2】
生体試料が、血漿である請求項1の評価方法。
【請求項3】
精神疾患が、行動傷害を伴う疾患またはストレス性精神疾患である請求項1の評価方法。
【請求項4】
精神疾患の原因因子をスクリーニングする方法であって、Clspn遺伝子を正常に発現する細胞に候補因子を作用させ、Clspn遺伝子の発現変調を生じさせる因子を目的因子として特定することを特徴とする精神疾患の原因因子スクリーニング方法。
【請求項5】
精神疾患の治療薬成分をスクリーニングする方法であって、Clspn遺伝子の発現変調を示す細胞に候補物質を作用させ、Clspn遺伝子の発現変調を改善させる物質を目的物質として特定することを特徴とするスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−4849(P2010−4849A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−171036(P2008−171036)
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】