説明

D−アミノ酸測定法

【課題】L-アミノ酸が混在する場合であっても簡便にD-アミノ酸の検出、定量が可能な測定法を提供することを課題とする。
【解決手段】(1)試料にD-アミノ酸オキシダーゼを反応させ、試料中のD-アミノ酸をα-ケト酸へと変換するステップ;(2)非水溶媒中で標識試薬を反応させ、ステップ(1)で生じたα-ケト酸を標識するステップ;(3)標識化されたα-ケト酸を検出するステップ、を含むD-アミノ酸測定法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はD-アミノ酸の測定法に関する。本発明の測定法は試料中のD-アミノ酸の検出や定量などに利用される。
【背景技術】
【0002】
この20年の間に、真核生物にも様々な遊離D-アミノ酸が存在し、多様な機能を果たしていることが明らかとなってきた。例えば、遊離D-セリンは哺乳動物脳内に存在し、記憶・学習など脳の高次機能に関わるN-メチルD-アスパラギン酸(NMDA)レセプターのコアゴニストとして、リガンドであるL-グルタミン酸と協同して同レセプターを活性化する(非特許文献1)。これに関連して、統合失調症やアルツハイマー病の患者では脊髄液や血液中のD-セリン含量が低下する可能性が報告されている(非特許文献2〜4)。一方、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者では逆にD-セリン濃度の上昇が報告されている。これはD-グルタミン酸がNMDAレセプターの過剰な活性化を引き起こし、カルシウムの急激な流入により、神経細胞の壊死を引き起こすためとされる。またヒト尿中には高濃度のD-セリンとD-アラニンが存在し、尿路系から感染する細菌の挙動と関連することが示唆されている。D-アスパラギン酸はプロラクチン、バソプレッシンなど脳ホルモンの分泌制御に関係するとともに、そのマウス腹腔内へ投与はテストステロン生合成を促進する。また最近、ヒトの精子や卵巣にD-アスパラギン酸が存在し、体外受精における卵子の受精率が卵胞液中のD-アスパラギン酸濃度と関連するといった報告もある。一方、D-アラニンは膵臓のランゲルハンス島や脳下垂体前葉に局在し、インスリンや副腎皮質刺激ホルモンの機能発現に関与する可能性が報告されているがその実体は不明である。
【0003】
以上のようにD-アミノ酸は哺乳動物において様々な機能を有しており、病態との関連も深いため、D-アミノ酸の定量は将来的には臨床検査等へ適用できる可能性がある。現在、もっともよく使用されているD-アミノ酸の定量法は、D-アミノ酸を蛍光ジアステレオマーに誘導し、これを逆相クロマトグラフィーにより分離定量する方法である(非特許文献5)。尚、本発明者らの研究グループは新規なD-セリンデヒドラターゼを利用したD-セリン定量法を報告している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2008/047802号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Lesson, P.D., and Iverson, L.L.(1994) J. Med. Chem. 37, 4053-4067.
【非特許文献2】Hashimoto et al. (2003) Arch. Gen. Psychiatry 60, 572
【非特許文献3】Hashimoto et al. (2005) Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry 29, 767
【非特許文献4】Hashimoto et al. (2004) Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 28, 385-8.
【非特許文献5】Hashimoto, A., Nishikawa, T., Oka, T., Takahashi, K., and Hayashi, T (1992) J. Chromatogr., 582, 31-48 (1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記D-アミノ酸定量法は、ほとんどすべてのD,L-アミノ酸を同時に測定できるとの利点があるが、生体試料を用いた場合にはD-アミノ酸に比べ多量に存在するL-アミノ酸に隠れてしまうため、D-アミノ酸の検出が極めて難しくなる場合がある。この方法で確実にD-アミノ酸をアッセイするためには、別途標品と試料とのコクロマトグラフィーを行ったり、D-アミノ酸に特異的なD-アミノ酸オキシダーゼを試料に作用させ、D-アミノ酸のみを減少させたものをHPLCで分離定量するなど煩雑な手間が必要となり、分析には熟練が必要である。そこで本発明の課題は、L-アミノ酸が混在する場合であっても簡便にD-アミノ酸の検出、定量が可能な測定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らはD-アミノ酸を特異的に検出できる測定法の確立を目指し、鋭意検討した。まず、D-アミノ酸に特異的に作用する酵素D-アミノ酸オキシダーゼ(EC1.4.3.3。以下、「DAO」と略称することがある)に着目した。DAOは酸素分子存在下D-アミノ酸を基質としα-ケト酸と過酸化水素及びアンモニアを産生する反応を触媒する。DAOを用いれば、生成物であるα-ケト酸の検出によって間接的にD-アミノ酸を検出することができる。この特徴を利用し、図1に示すD-アミノ酸の測定法を考案した。当該測定法では、生体由来の試料等ではα-ケト酸(ピルビン酸など)の混入が予想される点を考慮し、DAOの反応の前に試料中のα-ケト酸を除去する((1))。一方、DAOの反応((2))の後、生じたα-ケト酸を標識する((3))。続いて標識化α-ケト酸を検出する((4))。標識化にはα-ケト酸の標識に頻用される蛍光色素1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼンを採用することにし、一般的な反応条件、即ち酸性条件下で標識化した。また、検出にはHPLCを利用した。この方法によれば、蛍光標識されたα-ケト酸の検出によって、間接的にD-アミノ酸を検出、定量することが可能となる。しかし、この方法には2つ問題点が存在する。1つ目の問題点は、グルタミン及びアスパラギン由来のα-ケト酸が標識化反応中に加水分解され、それぞれグルタミン酸及びアスパラギン酸由来のα-ケト酸へと変換されることである。なおアスパラギン酸由来のα-ケト酸(オキザロ酢酸)はHPLCに供した際に容易に脱炭酸され、アラニン由来のα-ケト酸と同じピルビン酸になるため、アラニンと同じ保持時間でピークが検出される(ただし、アスパラギン酸はDAOと反応しないため、アスパラギン酸が混入していてもこの方法では計測にかからない)。これらの結果、グルタミン、アスパラギン、グルタミン酸及びアラニンの検出が不可能となる。2つ目の問題点は、サンプル中にはD体と比して圧倒的に多量のL体のアミノ酸が存在し、このL-アミノ酸の一部が標識化反応中に脱アミノ化しα-ケト酸へと変換されることによりD体ではなくL体のアミノ酸に由来するピークが検出されることである。この問題はDAO処理後に陽イオン交換樹脂を用いてサンプルを処理しL体のアミノ酸を除去することにより解決することが可能であった(図1の囲み)。しかし、陽イオン交換樹脂で処理することで、塩基性D-アミノ酸由来のα-ケト酸も除去され、塩基性D-アミノ酸の検出が不可能となった。また、処理工程の増加に伴う操作の複雑化・煩雑化も問題であった。
【0008】
以上の問題点を解決するために更に検討を重ね、通常は採用し得ない非水溶媒系(有機溶媒中)で標識化反応を行い、グルタミン及びアスパラギン由来のα-ケト酸が標識化反応中に加水分解されることを防止することにした(図2)。当該条件を採用した場合、L-アミノ酸の加水分解が起こらないため、イオン交換樹脂処理のステップが省略できる。即ち、操作の簡便化・簡素化が図られる。標準試料(アミノ酸20種を含む試料)を用いて検証した結果、当該改良法がD-アミノ酸の測定に極めて有効であることが示された。以下に示す本発明は、以上の知見・成果に基づき完成された。
[1]以下のステップ(1)〜(3)を含む、D-アミノ酸測定法:
(1)試料にD-アミノ酸オキシダーゼを反応させ、試料中のD-アミノ酸をα-ケト酸へと変換するステップ;
(2)非水溶媒中で標識試薬を反応させ、ステップ(1)で生じたα-ケト酸を標識するステップ;
(3)標識化されたα-ケト酸を検出するステップ。
[2]D-アミノ酸オキシダーゼが、分裂酵母由来のD-アミノ酸オキシダーゼである、[1]に記載のD-アミノ酸測定法。
[3]標識試薬がジアミン誘導体である、[1]又は[2]に記載のD-アミノ酸測定法。
[4]ジアミン誘導体が1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン(DMB)である、[3]に記載のD-アミノ酸測定法。
[5]非水溶媒が酸性有機溶媒である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
[6]酸性有機溶媒がトリフルオロ酢酸/N,N'-ジメチルホルムアミドである、[5]に記載のD-アミノ酸測定法。
[7]逆相HPLCによってステップ(3)の検出を行う、[1]〜[6]のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
[8]逆相HPLCにODSカラムが用いられる、[7]に記載のD-アミノ酸測定法。
[9]ステップ(1)の前に以下のステップ(1)’を行う、[1]〜[8]のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法:
(1)’試料を還元剤で処理し、試料中のα-ケト酸を除去するステップ。
[10]還元剤がNaBH4である、[9]に記載のD-アミノ酸測定法。
[11]ステップ(1)の前に以下のステップ(1)’’を行う、[1]〜[10]のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法:
(1)’’試料中のタンパク質及び/又はペプチドを除去するステップ。
[12]ステップ(3)において二種類以上のD-アミノ酸を同時に検出する、[1]〜[11]のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
[13]ステップ(3)の検出結果に基づき、試料中のD-アミノ酸を定量する、[1]〜[12]のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
[14]D-アミノ酸オキシダーゼと、α-ケト酸の標識化に使用する標識試薬と、該標識試薬による標識化反応に使用する酸性有機溶媒と、を含む、D-アミノ酸測定キット。
[15]標識試薬がジアミン誘導体である、[14]に記載のD-アミノ酸測定キット。
[16]ジアミン誘導体が1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン(DMB)である、[15]に記載のD-アミノ酸測定キット。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】D-アミノ酸オキシダーゼ(DAO)を利用したD-アミノ酸測定法の操作フローの概要。この方法ではグルタミン及びアスパラギン由来のα-ケト酸が標識化中に加水分解されてしまうという問題がある。また、L体のアミノ酸に由来するα-ケト酸が検出されないようにするため、陽イオン交換樹脂による処理が必要となる。
【図2】D-アミノ酸オキシダーゼ(DAO)を利用したD-アミノ酸測定法(改良法)の操作フローの概要。この方法では試料中のα-ケト酸の除去(1)、DAOによる処理(2)、非水溶媒系(有機溶媒系)での標識化(3)、標識化α-ケト酸の検出(4)を行う。
【図3】D-アミノ酸測定法(改良法)の操作手順及び条件の例。
【図4】D-アミノ酸測定法(改良法)による標準試料の分析結果を示すチャート。横軸は保持時間、縦軸は蛍光強度である。
【図5】従来法とD-アミノ酸測定法(改良法)の比較。従来法による尿試料の分析結果(a)とD-アミノ酸測定法(改良法)による尿試料の分析結果(b)が示される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明はD-アミノ酸の測定法を提供する。本発明のD-アミノ酸測定法は以下のステップ、即ち、(1)試料にD-アミノ酸オキシダーゼ(DAO)を反応させ、試料中のD-アミノ酸をα-ケト酸へと変換するステップ、(2)非水溶媒中で標識試薬を反応させ、ステップ(1)で生じたα-ケト酸を標識するステップ、(3)標識化されたα-ケト酸を検出するステップ、がこの順で実施される。本発明の方法は、L-アミノ酸が混在する試料中のD-アミノ酸を検出又は定量する場合に特に有用である。以下、各ステップを詳細に説明する。
【0011】
1.ステップ(1)
ステップ(1)では、試料中のD-アミノ酸をα-ケト酸へと変換するため、試料にDAOを反応させる。試料の種類は特に限定されず、生体(ヒト又は非ヒト動物・植物、微生物)由来の試料(例えば血液、血清、リンパ液、脊髄液、骨髄液、組織抽出液、植物抽出液、細胞抽出液等)又は非生体由来の試料(例えば食品、薬品、飼料、土壌、河川および海洋水等)が用いられる。これらの試料は常法で調製すればよい。
【0012】
前述の通り、DAOは酸素分子存在下D-アミノ酸を基質としα-ケト酸と過酸化水素及びアンモニアを産生する反応を触媒する。DAOで処理すると、試料中の各D-アミノ酸(D-グルタミン酸(D-Glu)、D-アスパラギン(D-Asn)、D-グリシン(D-Gln)、D-アラニン(D-Ala)、D-バリン(D-Val)、D-ロイシン(D-Leu)、D-フェニルアラニン(D-Phe)、D-イソロイシン(D-Ile)、D-チロシン(D-Tyr)、D-プロリン(D-Pro)など)が対応するα-ケト酸(2-オキソ酸)へと変換される。使用するDAOは特に限定されない。DAOの例として、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)由来(例えば、吉村徹ら、ビタミン、79巻5,6号277-283頁)のDAO、アスペルギルス・ウスタス由来(例えば特公昭55−35119号公報、特公昭59−15635号公報、特開平9−75078)のDAO、トリコノプシス・バリアビリス由来(例えば特公昭59−15635号公報、特公昭62−501677号公報、特開昭54−32694号公報、特開昭56−30988号公報、特開昭62−262994号公報、特開昭63−71180号公報)のDAO、カンジダ属由来(例えば、特開昭55−23966号公報、Biosci. Biotech. Biochem. 65, 627(2001))のDAO、シュ−ドモナス属由来(例えば、特開昭63−63377号公報)のDAO、フザリウム・ソラニ由来(例えば特開平2−200181号公報)のDAO、ブタ腎臓由来(Biochim. Biophys. Acta, 48, 1(1961))のDAO、ヒト由来(FEBS Lett. 238,180(1988))のDAOを挙げることができる。
【0013】
反応性や基質特異性を考慮してDAOを選択するとよい。例えば、試料中の特定のアミノ酸(例えばD-セリン、D-アラニン)の測定を目的とする場合には、当該特定のD-アミノ酸に対して反応性(及び特異性)の高いDAOを採用することが好ましい。また、二種類以上のD-アミノ酸に対して良好に作用するDAOを採用すれば、二種類以上のD-アミノ酸を同時に測定することができる。ここで、分裂酵母由来のDAOは、広い基質特異性を示し、D-アスパラギン酸を除くほぼ全てのD-アミノ酸に対して分解活性を有する(吉村徹ら、ビタミン、79巻5,6号277-283頁)。従って、当該DAOは複数種類のD-アミノ酸を同時に測定する場合に有用である。また、他のDAOと異なり、D-グルタミン酸(D-Glu)にも作用するため、D-グルタミン酸を測定する際にも当該DAOは有用である。分裂酵母由来のDAOについては改変体(安田尚正ら 第2回D-アミノ酸研究会学術講演会講演要旨集49頁(2006))も作製されており、当該改変体を用いることにしてもよい。
【0014】
DAOの使用量(添加量)は、これに限定されるものではないが、例えば20ユニット/ml〜200ユニット/mlとする。反応温度や反応時間など、反応条件の詳細は、後述の実施例の記載、使用するDAOの過去の使用例等を参考にし、必要に応じて予備実験を行うことによって設定することができる。通常、DAOが良好に作用するように事前に試料のpHを調整しておく。また、DAOの反応後は、通常、DAOの失活(変性)・除去処理(例えば加熱の後、遠心分離及び/又はフィルター処理)の後、次の処理へと進む。尚、本発明では、37℃において1分間に1μmolのD-アラニンをピルビン酸に変換する酵素量を1ユニットとする。
【0015】
ところで、生体由来の試料などはα-ケト酸(例えばピルビン酸)を多く含む場合が多い。このような場合には、ステップ(1)の前に試料を還元剤で処理することで内在α-ケト酸を予め除去し、ステップ(1)で生ずるα-ケト酸に内在α-ケト酸が混在して測定値に影響することを防止するとよい。即ち、α-ケト酸の内在が予想される試料を用いる場合にはステップ(1)の前に、「試料を還元剤で処理し、試料中のα-ケト酸を除去するステップ(ステップ(1)’)」を実施するとよい。当該ステップを実施することにより、測定精度及び信頼性の向上を期待できる。従って、ステップ(1)’は試料中のD-アミノ酸を定量する場合には特に重要となる。尚、α-ケト酸が内在する可能性を考慮することなくステップ(1)’を実施することにしてもよい(標準的な工程の一つとしてステップ(1)’を組み込んでも良い)。
【0016】
ステップ(1)’に用いる還元剤は、試料中のD-アミノ酸に影響することなくα-ケト酸を除去できるものである限り特に限定されない。使用可能な還元剤の例としてNaBH4、NaCNBH3を挙げることができる。
【0017】
一方、タンパク質又はペプチドが試料に内在することが予想される場合には、これらの夾雑物をステップ(1)の実施前に除去しておくことが好ましい。即ち、このような場合にはステップ(1)の前に「試料中のタンパク質及び/又はペプチドを除去するステップ(ステップ(1)’’)」を実施するとよい。ステップ(1)’を行う上記態様においては、当該ステップ(1)’’をステップ(1)’とステップ(1)の間に実施するとよい。タンパク質及び/又はペプチドの除去は加熱処理、クロマトグラフィー、トリクロロ酢酸処理等、様々な方法で行うことができるが、簡便な手法である加熱処理を採用するとよい。尚、タンパク質やペプチド等が内在する可能性を考慮することなく当該操作を実施することにしてもよい(標準的な工程の一つとして当該操作を組み込んでも良い)。
【0018】
2.ステップ(2)
ステップ(2)では、ステップ(1)で生じたα-ケト酸を標識するために非水溶媒中で標識化試薬を反応させる。このように本発明では、DAOの作用によって生じたα-ケト酸を水系ではなく非水系で標識するという、特有のステップを行う。このステップを採用することにより、グルタミン及びアスパラギン由来のα-ケト酸が標識化反応中に加水分解され、それぞれグルタミン酸及びアスパラギン酸由来のα-ケト酸へと変換されることを防止できる。また、L-アミノ酸の一部が標識化中に脱アミノ化しα-ケト酸へと変換されることも防止できる。その結果、測定可能なD-アミノ酸の種類が増え、汎用性が向上するとともに、標識化前にL-アミノ酸を除去することが不要になり、簡素化・簡便化も図られる。また、より多くの種類のD-アミノ酸を同時検出することが可能となる。尚、本発明の特徴の一つは、標識化前にL-アミノ酸を除去することが不要なことであるが、標識化反応の効率を向上する目的などの下、標識化前にL-アミノ酸を除去する操作を追加することを妨げない。
【0019】
α-ケト酸を標識化することが可能な試薬が用いられる。具体的にはジアミン誘導体からなる蛍光色素(例えば、1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン1,2-Diamino-4,5-methylenedioxybenzene: DMBや1,2-ジアミノ-4,5-ジメトキシベンゼン1,2-Diamino-4,5-dimethoxybenzene: DDB)が好適である。これらの試薬によればα-ケト酸特異的な蛍光標識が可能である。尚、DMB及びDDBは例えば同仁化学研究所から購入することができる。
【0020】
非水溶媒系を構成する有機溶媒は、使用する標識試薬の溶解性、反応性などを考慮して選択すればよい。使用する標識試薬の反応性(使用する反応試薬がDMBまたはDDBであればその反応性)から、酸性有機溶媒を用いることが好ましい。酸性有機溶媒の例として、トリフルオロ酢酸/N,N'-ジメチルホルムアミド(DMF)、塩酸/酢酸エチル、塩酸/テトラヒドロフラン、塩酸/2-プロパノール、塩酸/エタノール、塩酸/メタノール、塩酸/酢酸、塩酸/1,4-ジオキサン、臭化水素/酢酸、塩酸/シクロペンチルメチルエーテルを挙げることができる。
【0021】
標識化の条件の詳細は、後述の実施例の記載、使用する標識試薬の過去の使用例等を参考にし、必要に応じて予備実験を行うことによって設定することができる。市販の標識試薬の場合は使用説明書やカタログ中の記載も条件設定の際の参考になる。尚、通常、標識化反応の前に凍結乾燥処理などを行い、ステップ(1)後の試料から水分を除去しておく。
【0022】
3.ステップ(3)
ステップ(3)では、ステップ(2)で標識化されたα-ケト酸(以下、「標識物」と呼ぶ)を検出する。特定のα-ケト酸の検出値は、対応するD-アミノ酸の量を反映する。従って、ステップ(3)の検出結果(即ち検出値)に基づき、所望のD-アミノ酸の量を算出することができる。典型的には、検出値を標準試料(対照)について得られた検出値と比較し、試料中の特定のアミノ酸の存在量を算出する。
【0023】
HPLC、キャピラリー電気泳動、ガスクロマトグラフィー等を利用して標識物を検出することができる。好ましくは、逆相HPLCを利用する。逆相HPLCによれば複数種類の標識物(各々が特定のD-アミノ酸に対応する)を分離しつつ検出することができる。従って、同時に複数種類のD-アミノ酸を測定することに適する。また、定量性に優れることや、比較的短時間で検出結果を得ることができることも、逆相HPLCを利用することの利点である。逆相HPLC用の装置、カラムなどは数多く市販されており、容易に入手及び利用することができる。使用可能なHPLC装置として、島津LC-10A HPLCシステムを例示することができる。また、使用するカラムはシリカ系カラムが好適である。シリカ系カラムの具体例は、オクタデシル(C18)基をシリカゲルに結合させた構造を有するODSカラムである。オクチル基(C8)、ブチル基(C4)、トリメチル基(C3)などを結合させたカラムを使用することにしてもよい。各種ODSカラムが市販されている。市販のODSカラムを例示すると、C18Mシリーズ(Shodex(登録商標))、C18Pシリーズ(Shodex(登録商標))、コスモシール(登録商標)シリーズ(ナカライテスク株式会社)、TSK-GEL ODS(東ソー株式会社)、CAPCELL PAKシリーズ(株式会社 資生堂)である。尚、標識化したD-アミノ酸の検出が可能であれば、例えばポリマー系カラムのようにシリカゲル以外の担体を用いたカラムを使用することにしてもよい。
【0024】
本発明の一態様では、試料中の特定のD-アミノ酸の存在量を検出結果に基づき算出する。即ち、検出結果を用いて特定のD-アミノ酸を定量する。定量の対象となるD-アミノ酸は1種又は2種以上である。本発明の測定法は同時に複数種類のD-アミノ酸を定量する場合に特に有効である。
【0025】
本発明は更に、本発明の測定法を実施するためのキットを提供する。当該キットによれば、本発明の測定法をより簡便に且つより短時間で実施することが可能となる。本発明のキットは、DAO、α-ケト酸の標識化に使用する標識試薬(DMB、DDBなど)、及び標識試薬の標識化反応に使用する酸性有機溶媒を必須の構成要素とする。DAOの反応、標識化、検出等に必要な一以上の試薬(例えば緩衝液、標準試薬としてのD-アミノ酸)、器具等を本発明のキットに含めてもよい。一態様では内在α-ケト酸の除去に用いる還元剤(NaBH4、NaCNBH3等)を追加の構成要素として含む。尚、通常、本発明のキットには使用説明書が添付される。
【0026】
尚、本明細書で特に言及しない事項(条件、操作方法など)については常法に従えばよく、例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)、Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)、大島泰郎 他 編 (2002) ポストシークエンスタンパク質実験法2 試料調製法(東京化学同人)等を参考にすることができる。
【実施例】
【0027】
<新規D-アミノ酸測定法の構築>
本発明者らは、新たなD-アミノ酸測定法を創出すべく、D-アミノ酸に特異的に作用する酵素D-アミノ酸オキシダーゼ(DAO)に着目し、図1に示すD-アミノ酸測定法を考案した。しかしながら、当該方法には二つの大きな問題点、即ち、グルタミン及びアスパラギン由来のα-ケト酸が標識化反応中に加水分解されるためにグルタミン、アスパラギン、グルタミン酸及びアラニンの検出が不可能になること、及びL体のアミノ酸の除去に伴い操作が複雑化・煩雑化すること、が存在する。これらの問題点を解決することを目指して検討を重ねた末、標識化反応を有機溶媒中で行う測定系(有機溶媒法)を構築するに至った(図2)。当該測定系の有効性を調べるため、以下の操作手順及び条件(図3を参照)に従い、19種類のD-アミノ酸(D-アラニン(D-Ala)、D-アルギニン(D-Arg)、D-アスパラギン(D-Asn)、D-アスパラギン酸(D-Asp)、D-システイン(D-Cys)、D-グルタミン(D-Gln)、D-グルタミン酸(D-Glu)、D-ヒスチジン(D-His)、D-イソロイシン(D-Ile)、D-ロイシン(D-Leu)、D-リシン(D-Lys)、D-メチオニン(D-Met)、D-フェニルアラニン(D-Phe)、D-プロリン(D-Pro)、D-セリン(D-Ser)、D-トレオニン(D-thr)、D-トリプトファン(D-Trp)、D-チロシン(D-Tyr)、D-バリン(D-Val))を各10μMで含有する標準試料のD-アミノ酸の定量を試みた。
【0028】
(操作手順及び条件)
まず、試料120μlに1Mの水素化ホウ素ナトリウム溶液を1.2μl添加し30℃で30分間インキュベートし内在α-ケト酸を除去する。ここに0.2MのHCl 1.2μlを加え30℃で30分間インキュベートして残存する水素化ホウ素ナトリウムを除去する。さらに除タンパクのため10分間ボイルし、その後遠心分離(15 krpm, 4℃, 15分)によりタンパク質を沈殿させる。上清に1Mのリン一酸水素カリウム緩衝液(pH 8.0) 9.6μlを添加し試料のpHを調整した後、DAO溶液(分裂酵母由来のDAO、10 mg/ml)を12μl添加した後、30℃で1時間インキュベートすることでD-アミノ酸をα-ケト酸へと変換する。さらに、10分間ボイルし、その後遠心分離(15 krpm, 4℃, 15分)し、DAOを除去する。上清をフィルター(孔径0.2μm、MILLIPORE)ろ過し、120μlを新しいチューブに移す。この試料を凍結乾燥し、100μlのジメチルホルムアミドに溶解する。さらに、100μlのα-ケト酸特異的標識化剤1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン(1,2-Diamino-4,5-methylenedioxybenzene: DMB、同仁化学研究所)溶液(0.7mM DMB、1M 2-メルカプトエタノール、20mMトリフルオロ酢酸を含有するN,N'-ジメチルホルムアミド(DMF))100μlを添加し、80℃で1時間インキュベートすることで生成したα-ケト酸を標識化する。急冷し反応を停止させ、サンプルをHPLC(島津LC-10A HPLCシステム(株式会社島津製作所)、COSMOSIL (Type 5C18-AR-II Waters) カラム(ナカライテスク株式会社)に供して解析する。尚、HPLCの条件は次の通りとした。
(移動相A)
40mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)
10% アセトニトリル
(移動相B)
40mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)
60% アセトニトリル
(グラージェント条件)
時間(分) Aの濃度(%) Bの濃度(%)
0.01 100 0
30.01 85 15
45.01 50 50
55.01 40 60
60.01 0 100
【0029】
HPLCによる測定結果を図4に示す。D-グルタミン酸(D-Glu)、D-アスパラギン(D-Asn)、D-グルタミン(D-Gln)、D-アラニン(D-Ala)、D-バリン(D-Val)、D-ロイシン(D-Leu)、D-フェニルアラニン(D-Phe)及びD-イソロイシン(D-Ile)のピークが検出された。即ち、これら8種類のD-アミノ酸について極めて高感度(10μM以下の濃度)に且つ同時に測定可能であることが示された。また、DMBの反応に有機溶媒(DMF)を利用することにより、グルタミン、アスパラギン、グルタミン酸及びアラニンの検出が可能となった。
【0030】
ここで本測定法では原理的にD-アミノ酸のシグナルしか現れない。従って、高濃度のL-アミノ酸が混在する試料であってもD-アミノ酸を精度よく測定することができる。また、標識化に伴うL-アミノ酸の加水分解等が生じないことから、イオン交換樹脂処理等のステップが不要である。
【0031】
<新規D-アミノ酸測定法の検証>
本測定法(有機溶媒法)の有効性を確認するため、ヒト尿(健常者男性、28歳)の分析を行った。比較のため、従来法(D-アミノ酸を蛍光ジアステレオマーへ誘導体化した後、HPLCで分析する方法)による分析も行った。分析結果を図5に示す。本測定法による分析ではD-セリンを示すピークとD-アラニンを示すピークを容易に且つ明確に確認できる((b))。対照的に従来法による分析ではD-セリンを示すピークのみを確認できるに過ぎず、しかも近接する位置に夾雑ピークを多数認め、同定は困難といえる((a))。このように、生体試料の分析においても本測定法が有効且つ優れていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の測定法によれば、L-アミノ酸が混在する場合であっても、簡便な操作によって試料中のD-アミノ酸を精度よく測定することができる。また、本発明の測定法は同時に複数のD-アミノ酸を測定することに適し、生体試料等、複数のD-アミノ酸が混在する試料中のD-アミノ酸を分析する場合に特に有効であるといえる。
【0033】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ(1)〜(3)を含む、D-アミノ酸測定法:
(1)試料にD-アミノ酸オキシダーゼを反応させ、試料中のD-アミノ酸をα-ケト酸へと変換するステップ;
(2)非水溶媒中で標識試薬を反応させ、ステップ(1)で生じたα-ケト酸を標識するステップ;
(3)標識化されたα-ケト酸を検出するステップ。
【請求項2】
D-アミノ酸オキシダーゼが、分裂酵母由来のD-アミノ酸オキシダーゼである、請求項1に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項3】
標識試薬がジアミン誘導体である、請求項1又は2に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項4】
ジアミン誘導体が1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン(DMB)である、請求項3に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項5】
非水溶媒が酸性有機溶媒である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項6】
酸性有機溶媒がトリフルオロ酢酸/N,N'-ジメチルホルムアミドである、請求項5に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項7】
逆相HPLCによってステップ(3)の検出を行う、請求項1〜6のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項8】
逆相HPLCにODSカラムが用いられる、請求項7に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項9】
ステップ(1)の前に以下のステップ(1)’を行う、請求項1〜8のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法:
(1)’試料を還元剤で処理し、試料中のα-ケト酸を除去するステップ。
【請求項10】
還元剤がNaBH4である、請求項9に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項11】
ステップ(1)の前に以下のステップ(1)’’を行う、請求項1〜10のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法:
(1)’’試料中のタンパク質及び/又はペプチドを除去するステップ。
【請求項12】
ステップ(3)において二種類以上のD-アミノ酸を同時に検出する、請求項1〜11のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項13】
ステップ(3)の検出結果に基づき、試料中のD-アミノ酸を定量する、請求項1〜12のいずれか一項に記載のD-アミノ酸測定法。
【請求項14】
D-アミノ酸オキシダーゼと、α-ケト酸の標識化に使用する標識試薬と、該標識試薬による標識化反応に使用する酸性有機溶媒と、を含む、D-アミノ酸測定キット。
【請求項15】
標識試薬がジアミン誘導体である、請求項14に記載のD-アミノ酸測定キット。
【請求項16】
ジアミン誘導体が1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン(DMB)である、請求項15に記載のD-アミノ酸測定キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−87481(P2011−87481A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−241924(P2009−241924)
【出願日】平成21年10月21日(2009.10.21)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】