説明

DL−バリンラセミ化合物の光学分割方法。

【課題】DL−バリンのラセミ化合物を、L―フェニルアラニンを用いた結晶化法により光学分割する方法を提供する。
【解決手段】DL−バリンラセミ化合物の光学分割方法であって、L−フェニルアラニンを用いることを特徴とするDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学分割方法に係り、より詳しくは、L−フェニルアラニンを用いた結晶化法によるDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バリンは、中性アミノ酸に属し、主に結晶の形態や不純物淘汰性に大きな影響を及ぼすことが知られている。また、必須アミノ酸の一つで、かつ分岐アミノ酸の一つでもあり、近年の健康食ブームにおいて注目を集めている。このバリンを含む天然のアミノ酸は、そのほとんどがL型アミノ酸であるのに対し、アミノ酸等の不斉炭素原子を含む化合物を人工的に合成すると、エナンチオマーの等量混合物であるラセミ体が一般には得られる。しかしながら、L型アミノ酸とD型アミノ酸では生体に対する効果が違うことが知られており、医薬品、農薬、化粧品、食品等に使用するには、決まったエナンチオマーを用いることが必要である。
【0003】
等量のエナンチオマーが混在するラセミ体において、それぞれのエナンチオマーに分離する光学分割方法の例として、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた方法やジアステレオマー法、結晶化法などがある。
HPLCはカラム中で試料と固定相、試料と移動相、移動相と固定相の相互作用により試料を分離する方法で、数々の物質を分離するのに用いられている。
またジアステレオマー法は、分割したいラセミ体に光学分割剤を作用させて、2種類のジアステレオマーへと誘導し、ジアステレオマー間の溶解度差等を利用してジアステレオマーを分離する方法である。従来、バリンの光学分割は主にこのジアステレオマー法で行われていた(特許文献1)。
これらHPLCやジアステレオマー法による光学分割には、特殊な装置やカラム、光学分割剤等が必要とされる。
一方、結晶化法は、HPLCのように特別な装置を必要とせず、また、ジアステレオマー法のような光学分割剤も必要としないため、操作が簡便である。よって、この結晶化法によりバリンのラセミ体からD−バリンを簡単に取り除くことが出来れば、L−バリンを安価で容易に得ることが出来る。
【0004】
近年、Vijayanらは、L−フェニルアラニンとD−バリンの等量混合溶液を結晶化させると、L−フェニルアラニンとD−バリンの組成比が1:1の錯体を形成することを報告している(非特許文献1)。しかしながら、L−フェニルアラニンがL−バリンと錯体を形成するかは不明であった。
【特許文献1】特開2006−169158号公報
【非特許文献1】G.S.Prasad and M.Vijayan, Acta Cryst.,1991,C47,2603−2606.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、DL−バリンのラセミ化合物を、L―フェニルアラニンを用いた結晶化法により光学分割する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の請求項1に係る光学分割方法は、DL−バリンラセミ化合物の光学分割方法であって、L−フェニルアラニンを用いることを特徴とするDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法である。
【0007】
本発明の請求項2に係る光学分割方法は、請求項1において、DL−バリンラセミ化合物とL−フェニルアラニンを混合、溶解した後、冷却して結晶化することを特徴とする請求項1に記載のDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法である。
【0008】
本発明の請求項3に係る光学分割方法は、DL−バリンラセミ化合物溶液にL−フェニルアラニンを加え、室温でL−フェニルアラニンを溶解させながらD−バリン/L−フェニルアラニン錯体結晶を形成させることを特徴とする請求項1に記載のDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、L−フェニルアラニンがDL−バリンラセミ化合物のD−バリンとのみ錯体を形成するので、産業上利用価値の高いL−バリンをDL−バリンラセミ化合物から容易に光学分割できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を説明する。
本発明の方法は、L−フェニルアラニンが、L−バリンとは錯体を形成せずD-バリンとのみ錯体を形成する性質を利用して、溶媒中でDL−バリンラセミ化合物を結晶化により光学分割するものである。本発明において、ラセミ化合物とは、単位格子中にD体とL体が同量ずつ含まれているラセミ体をいう。具体的には、以下の2つの方法が挙げられる。
(1)DL−バリンラセミ化合物とL−フェニルアラニンを混合、溶解した後、冷却して結晶化することによりDL−バリンラセミ化合物を光学分割する(冷却法)。
(2)DL−バリンラセミ化合物溶液にL−フェニルアラニンを加え、室温でL−フェニルアラニンを溶解させながらD−バリン/L−フェニルアラニン錯体結晶を形成させることによりDL−バリンラセミ化合物を光学分割する(沈殿法)。以下、それぞれについて説明する。
【0011】
(1)DL−バリン、L−フェニルアラニンを溶解させる溶媒としては、両者を溶解させ得るものであれば特に制限はないが、蒸留水が好ましい。DL−バリンとL−フェニルアラニンとの混合比は、D−バリンとL−フェニルアラニンを1:1(モル比)で錯体化させることが好ましいことから、約2:1(モル比)とすることが好ましい。溶解濃度は、溶解の容易性の観点から、DL−バリンとL−フェニルアラニンの合計で10質量%未満であることが好ましい。溶解温度は、溶解の容易性の観点から、60℃以上、特に70℃以上であることが好ましい。溶解させた後、好ましくは50℃以下、より好ましくは30℃以下、特に好ましくは10℃以下に冷却して結晶化させる。冷却速度に特に制限はないが、たとえば 1.0℃/min以下とすることが好ましい。冷却時間は、冷却温度にも依存するが、例えば冷却温度が10℃である場合、5時間以上、特に6時間以上が好ましい。その後、結晶をろ過して固液分離し、乾燥させることにより、D−バリン/L−フェニルアラニンの結晶錯体が得られ、L−バリンを単離することができる。
回収した結晶構造の同定は、粉末X線解析装置(PXRD)で行い、また、結晶全体の組成及びD−バリンとL−フェニルアラニンの組成評価についてはHPLCを用いて行うのが好ましい。
粉末X線解析装置の測定条件に関しては、線源としてCuKα、スキャンスピード2deg/min、電流20mA、電圧40kV、温度22℃、2θは2°〜60°で測定するのが好ましい。
HPLCの測定条件に関しては、溶離液として硫酸銅水溶液0.2g/L、流速1.0mL/minで用いるのが好ましい。また、分離カラムには、MCI GEL CRS10Wを用い、カラム内温度は室温、波長は200nmで行うのが好ましい。
なお、本発明における粉末X線解析装置での測定条件、及び、HPLCでの測定条件は、以下同様である。
【0012】
(2)DL−バリン、L−フェニルアラニンを溶解させる溶媒としては、両者を溶解させ得るものであれば特に制限はないが、蒸留水が好ましい。DL−バリンとL−フェニルアラニンとの混合比は、D−バリンとL−フェニルアラニンを1:1(モル比)で錯体化させることが好ましいことから、約2:1(モル比)とすることが好ましい。溶解させる順序としては、DL−バリンを先に溶媒中に完全に溶解させた後、L−フェニルアラニンを溶解させるのが好ましい。すなわち、L−フェニルアラニンは室温では溶解しにくいため、L−フェニルアラニンを固体状態で添加し、溶解させながら錯体を形成させることが好ましい。溶解濃度は、溶解の容易性の観点から、DL−バリンとL−フェニルアラニンが、それぞれ10質量%未満であることが好ましく、6質量%未満であることが、より好ましい。溶解温度は、溶解の容易性の観点から、及び錯体形成反応の観点から、室温が好ましく、より好ましくは20℃〜25℃である。また、攪拌による錯体形成反応時間は、3時間以上が好ましく、より好ましくは12時間以上、特に好ましくは24時間以上である。攪拌後、結晶をろ過して固液分離し、乾燥させることにより、D−バリン/L−フェニルアラニンの結晶錯体が得られ、L−バリンを単離することができる。
回収した結晶構造の同定は、粉末X線解析装置で行い、また、得られた結晶全体の組成及びD−バリンとL―フェニルアラニンの組成評価についてはHPLCを用いて行うのが好ましい。
【実施例】
【0013】
本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
まず、本発明を実施するにあたり、L−フェニルアラニンがD−バリンと錯体を形成し、L−バリンとは錯体を形成しないことを確認するための予備実験を行った。
【0014】
(参考例1)
D−バリンとL−フェニルアラニンが冷却結晶化法により錯体を形成するか確認を行った。
任意の量の蒸留水中に、D−バリンとL−フェニルアラニンを、モル比が1:1になるように混合させ、70℃で溶解させた。その後、10℃あるいは45℃まで冷却し結晶化させた。結晶は吸引濾過によって固液分離し、乾燥機中で乾燥させた。回収した結晶の結晶構造同定は、PXRDによって行った。
得られた結晶のPXRDパターン(図8)は、L−フェニルアラニン/D−バリン錯体の計算値とほぼ一致していることから、D−バリンとL−フェニルアラニンは組成比1:1の錯体を形成することがわかった。
【0015】
(参考例2)
任意の量の蒸留水中に、L−バリンとL−フェニルアラニンをそれぞれモル比が1:1になるように混合させ、70℃で溶解させた。その後、10℃あるいは45℃まで冷却し結晶化させた。結晶は吸引濾過によって固液分離し、乾燥機中で乾燥させた。回収した結晶の結晶構造同定は、粉末X線解析装置によって行った。
得られた結晶のPXRDパターン(図9)より、いずれもL−フェニルアラニン・1水和物結晶のものと一致していたことから、L−フェニルアラニン・1水和物が析出していることが分かり、L−バリンとL−フェニルアラニンの錯体は形成されていないことが分かった。
【0016】
また、これらの結晶をHPLCによって評価したところ、いずれの結晶もL−バリンが約10%取り込まれていた。このことは、結晶のピークが低角度側にシフトしている原因であると考えられ、L−バリンの取り込みが結晶格子の膨張に起因していることを示している。また、L−フェニルアラニン・1水和物は、冷却法の場合、結晶化温度が37℃以上では無水物として結晶化することが報告されているが、今回の実験では、L−バリンが取り込まれることでL−フェニルアラニン・1水和物が結晶化温度37℃以上においても析出していた。この結果より、L−バリン分子がL−フェニルアラニン結晶格子内に置換することで、無水物より1水和物の方が安定化すると考えられる。
【0017】
(実施例1)
冷却・結晶化によるDL−バリンラセミ化合物の光学分割。
50mLビーカーに蒸留水40mLと、DL−バリンとL−フェニルアラニンのモル比が2:1になるように、DL−バリン2.0gとL−フェニルアラニン1.41gを投入し、80℃で溶解させた。その後、冷却速度0.8℃/minで10℃まで冷却することによって結晶化させた。そして、冷却開始から6時間後に結晶を吸引濾過によって固液分離し、乾燥機中で乾燥させた。回収した結晶構造の同定はPXRDによって行った。また、得られた結晶全体の組成及びD−バリンとL−バリンの組成評価については、HPLCによって評価した。
結晶解析の結果、得られたPXRDパターン(図1)は、D−バリン/L−フェニルアラニン錯体の計算値とほぼ一致していた。
また、HPLCによる結晶の組成(図2)は、D−バリンとL−フェニルアラニンの組成がほぼ等しいことから、錯体形成に成功していることが分かった。また、D−バリンとL−バリンのエナンチオマー過剰率は約90%と高く、D−バリンとL−バリンの分離に成功したと言える。
【0018】
(実施例2)
50mLビーカーに蒸留水50mL、DL−バリン2.67gを加え、スターラーで攪拌を行い、20℃で完全に溶解させた。その後、攪拌を続けながら、L−フェニルアラニン1.88gを溶媒に加え、DL−バリンとL−フェニルアラニンのモル比を2:1にし、20℃攪拌系にて結晶化を行った。結晶は、L−フェニルアラニンを投入してから、3時間、12時間、24時間後にそれぞれ採取し、吸引濾過によって固液分離し、乾燥機中にて乾燥させた。結晶形については、走査型電子顕微鏡(SEM;S−2250N、Hitachi)で観察し、結晶構造の同定は、PXRDによって行った。また、得られた結晶全体の組成およびD−バリンとL−バリンの組成評価については、HPLCによって評価した。
結晶解析の結果、得られたPXRDパターン(図3)を見てみると、L−フェニルアラニン投入から3時間では、5.5°付近にL−フェニルアラニン無水物のピークが確認できるため、L−フェニルアラニンはまだ溶け残った状態であることが分かった。しかしその一方で、錯体のピークも確認できることから、もうすでに錯体形成が始まっていることが分かった。そして、24時間後には、ほぼ完全に錯体結晶となった。
【0019】
図4は結晶のSEM写真であり、(a)はL−フェニルアラニンの結晶、(b)はモル比DL−バリン:L−フェニルアラニン=2:1の沈殿法で24時間反応させて得られた結晶、をそれぞれ表す。
図4のSEM写真を見てみると、24時間攪拌後、得られた結晶(図4(b))は薄片板状の結晶であり、L−フェニルアラニン(図4(a))およびバリンの結晶と類似していることから、形状での判断は困難であることが分かった。
【0020】
次に、HPLCによる測定結果(図5、図6)から、L−フェニルアラニン投入から3時間後には、すでにD−バリンとL−バリンの分割が、高いエナンチオマー過剰率で達成できていることが分かり、L−フェニルアラニン投入から72時間後まで、終始90%を維持していた。しかし、錯体が析出しきった24時間後でも、L−フェニルアラニンがわずかに過剰であり、L−バリンもわずかに含まれていた。
【0021】
そこで、この結晶のPXRDパターンについて、更に詳しく検証してみた(図7)。その結果、結晶中にわずかにDL−バリンのラセミ化合物のピークが確認できた。よって、結晶中に含まれているL−バリンは、わずかに析出したDL−ラセミ化合物のL体ではないかと推察される。一方、若干過剰に含まれるL−フェニルアラニンについては、PXRDパターンより、結晶中にL−フェニルアラニン無水物が含まれていなかったため、L−フェニルアラニン・1水和物である可能性が示唆された。L−フェニルアラニン・1水和物の強度が大きいピークは、錯体のピーク位置と重なるため、PXRDパターンによる確認は出来ないが、L−バリンとの等量混合溶液において、L−フェニルアラニン・1水和物が析出することから(図9)、L−フェニルアラニン・1水和物であると考えられた。室温でのD−バリン/L−フェニルアラニン錯体の形成が可能な理由は必ずしも明確ではないが、D−バリンとL−フェニルアラニンの親水性基であるカルボキシル基及びアミノ基は水素結合により(図10)錯体の内側に閉じこめられ、錯体外側は疎水性になっており、そのため混合するだけで錯体の沈澱が生じるからではないかと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、ラセミ化合物の光学分割の分野で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】モル比DL−バリン:L−フェニルアラニン=2:1の冷却法によって得られた結晶のPXRDパターン。
【図2】モル比DL−バリン:L−フェニルアラニン=2:1の冷却法によって得られた結晶の結晶組成。
【図3】モル比DL−バリン:L−フェニルアラニン=2:1の沈殿法によって得られた結晶のPXRDパターン。
【図4】結晶のSEM写真であり、(a)はL−フェニルアラニンの結晶、(b)はモル比DL−バリン:L−フェニルアラニン=2:1の沈殿法で24時間反応させて得られた結晶、をそれぞれ表す。
【図5】モル比DL−バリン:L−フェニルアラニン=2:1の沈殿法によって得られた結晶の、各攪拌時間による結晶組成。
【図6】沈殿法で、24〜72時間反応したときの、D−バリン及びL−バリンの光学純度。
【図7】沈殿法によって得られた結晶と、DL−バリンおよびL−フェニルアラニン・1水和物とのPXRDパターンによる結晶構造の比較。
【図8】モル比がD−バリン:L−フェニルアラニン=1:1の冷却法で得られた結晶のPXRDパターン。
【図9】モル比がL−バリン:L−フェニルアラニン=1:1の冷却法で得られた結晶のPXRDパターン。
【図10】L−バリン、DL−バリンラセミ化合物、及びD−バリン/L−フェニルアラニン錯体の結晶構造図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DL−バリンラセミ化合物の光学分割方法であって、L−フェニルアラニンを用いることを特徴とするDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法。
【請求項2】
DL−バリンラセミ化合物とL−フェニルアラニンを混合、溶解した後、冷却して結晶化することを特徴とする請求項1に記載のDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法。
【請求項3】
DL−バリンラセミ化合物溶液にL−フェニルアラニンを加え、室温でL−フェニルアラニンを溶解させながらD−バリン/L−フェニルアラニン錯体結晶を形成させることを特徴とする請求項1に記載のDL−バリンラセミ化合物の光学分割方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−255010(P2008−255010A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−95359(P2007−95359)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】