説明

Fibrillarin保有細胞増殖抑制剤

【課題】ヤママリンおよびヤママリン誘導体の新規な利用方法を提供すること。
【解決手段】ヤママリンおよびヤママリン誘導体によって、Fibrillarin保有細胞の増殖の抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fibrillarin保有細胞の増殖抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、ヤママユガ科(Saturniidae)の天蚕(Antheraea yamamai)に関する研究の中で、アミノ酸配列、アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシン(DILRG)を有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959である新規なペプチド(DILRG−NH2)を見出し、このペプチドの休眠制御作用、癌細胞の増殖抑制作用を明らかにすることで、特許を取得している(特許文献1、2)。なお、このペプチド(DILRG−NH2)は、本発明者らによって、「ヤママリン」と命名されてもいる。
【0003】
また、本発明者らは、前記ペプチドの細胞浸透性を向上させるために、ペプチド誘導体についての研究を進め、パルミチン酸との結合体(「C16−ヤママリン」と命名されている)による顕著な肝癌細胞の増殖抑制活性を報告している(非特許文献1)。
【0004】
しかしながら、これまでの研究で、ヤママリンおよびC16−ヤママリンが癌細胞に対して上記活性を発揮することは明らかになったものの、癌細胞以外の細胞に対する活性については具体的な検討がなされていなかった。そして、現状では、ヤママリンおよびC16−ヤママリンによる癌細胞への作用機序等も明らかにされておらず、ヤママリンおよびC16−ヤママリンによる細胞増殖抑制活性が、癌細胞に対しての特有の効果であるのか、あるいは、その他の細胞に対しても何らかの効果を発揮するのかは、全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3023790号
【特許文献2】特許第3579711号
【特許文献3】特開2009-72186号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yang et al. (2007): A palmitonyl pentapeptide of insect origin induces growth arrest in mammalian cells and insect embryos. J. Insect Biotechnol. Sericology 76, 63-69.
【非特許文献2】T. Schimmang et al., A yeast nucleolar protein related to mammalian is associated with amall nucleolar RNA and is essential for viability, EMBO J. 8 (1989) 4015-4024
【非特許文献3】K. Newton et al., Fibrillarin is essential for early development and required for accumulation of an intron-encoded small nucleolar RNA in the mouse, Mol. Cell Biol. 23 (2003) 8519-8527.
【非特許文献4】M. Abdullahel Amin, et al., Fibrillarin, a nucleolar protein, is required for normal nuclear morphology and cellular growth in HeLa cells, BBRC 360 (2007) 320-326.
【非特許文献5】Jansen RP (1991) J. Cell Biol. 113, 715-729
【非特許文献6】Reichow SL (2007) Nucleic Acids Res 35, 1452-1464
【非特許文献7】Tollervey D (1997) Curr Opin Cell Biol. 9, 337-342
【非特許文献8】Yang et al., Growth Suppression of Rat Hepatoma Cells by a Pentapeptide from Antheraea yamamai, J. Insect Bio. Seri, 2004, 73, 7-13
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、ヤママリン(DILRG−NH2)およびヤママリン誘導体の新規な利用方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
今回、本発明者らは、細胞内でヤママリンおよびC16−ヤママリンと結合する物質についての研究を進め、ヤママリンおよびヤママリン誘導体が、Fibrillarin(フィブリラリン)に結合するという新たな知見を得、本発明を完成させるに至った。
【0009】
Fibrillarinは、細胞核の中の核小体に局在するsnoRNP(核小体低分子リボ核酸タンパク質)の構成成分であり、その役割としては、rRNAのメチル化に関与し、DNAから転写後のrRNA前駆体のメチル化を行うことが知られている。
【0010】
さらに、酵母では、Fibrillarinは細胞の生存に必須であること (非特許文献2)、マウスのFibrillarin欠損変異体は発達の早い段階で胚性の致死すること (非特許文献3)、Hela細胞においてはRNAiによるFibrillarinのノックダウンにより細胞増殖抑制効果を示すことも報告されている (非特許文献4)。
【0011】
また、実際に酵母におけるFibrillarin遺伝子の欠損をヒトのFibrillarin遺伝子を導入することにより機能的に補完することができることも実証されている(非特許文献5)。さらに、多くの脊椎動物のFibrillarinのアミノ酸配列は公知であり、その機能としては、リボソーム生合成、核小体低分子リボ核酸タンパク質の生合成やmRNAのプロセッシングに関与することが知られている(非特許文献6、7)。
【0012】
図1に示すように、進化系統分類では、Fibrillarinは、真核生物間で広く保存されていることが分かる。ヒト由来のFibrillarinは321個のアミノ酸からなる蛋白質であり、サル、ウシ、イヌ、ラット、及びマウス等の哺乳動物では、アミノ酸配列において約90%以上の相同性があり、さらに、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、線虫、シロイヌナズナ、酵母等の非哺乳類由来、非脊椎動物由来のFibrillarinを含めても、アミノ酸配列において約75%以上の高い相同性があることが確認されている(特許文献3)。
【0013】
このような状況の下、本発明は、上記の課題を解決するため、以下の細胞増殖抑制剤、治療薬および細胞培養抑制方法を提供する。
<1>DILRG−NH2を含有する、Fibrillarin保有細胞増殖抑制剤。
<2>DILRG−NH2は、N末端にアシル基を有する前記第1の細胞増殖抑制剤。
<3>アシル基は、炭素数が6〜28である前記第2の細胞増殖抑制剤。
<4>Fibrillarin保有細胞が、非癌細胞である前記第1から3の細胞増殖抑制剤。
<5>Fibrillarin保有細胞の増殖に起因する疾患の治療薬であって、DILRG−NH2を含有する治療薬。
<6>DILRG−NH2は、N末端にアシル基を有する前記第5の治療薬。
<7>アシル基は、炭素数が6〜28である前記第6の治療薬。
<8>癌以外の疾患の治療薬である前記第5から7の治療薬。
<9>Fibrillarin保有細胞の増殖に起因する疾患は、赤芽球前駆細胞の増殖に起因する真性多血症、巨核球前駆細胞の増殖に起因する本態性血小板血症のいずれかである前記第5から7の治療薬。
<10>Fibrillarin保有細胞を含む培地に、前記第1から3のいずれかの細胞増殖抑制剤を添加するFibrillarin保有細胞の増殖抑制方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Fibrillarin保有細胞の増殖を抑制することができ、Fibrillarinを有する細胞の増殖に起因する疾患の治療薬として、本発明者らが従来報告している癌細胞の増殖抑制剤の他に、例えば、慢性骨髄増殖性疾患、具体的には、赤芽球前駆細胞の増殖に起因する真性多血症、巨核球前駆細胞の増殖に起因する本態性血小板血症などの治療薬が提供される。
【0015】
また、Fibrillarin保有細胞を含む培地において、培養細胞の物質生産の効率化を図ることができる。さらに、培養細胞の増殖を抑制することで、培地中の細胞を所望の数に調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】Fibrillarinの進化系統分類を示す図である。
【図2】A)電気泳動後及びCBB染色によって確認されたC16−ヤママリン結合タンパク質、B)Fibrillarin抗体を用いたウェスタンブロッティングを示す図である。
【図3】C16−ヤママリンによるマウス骨髄細胞の増殖抑制効果を示す図である。
【図4】C16−ヤママリンによるBaF3-Bcr/Abl細胞の増殖抑制効果を示す図である。
【図5】C16−ヤママリンを添加したショウジョウバエ胚子由来細胞(S2 Cell)の各細胞周期における増殖細胞割合を示す図である。図5(A)は、C16−ヤママリンを添加した場合の96時間後の細胞増殖抑制効果を示す。図5(B)は、図5(A)のS2細胞中のG0/G1期の細胞周期にある細胞の割合を示す。図5(C)は、図5(A)のS2細胞中のS期の細胞周期にある細胞の割合を示す。図5(D)は、図5(A)のS2細胞中のG2/M期の細胞周期にある細胞の増殖の割合を示す。なお、図(B)、(C)、(D)の割合の合計は100%となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のFibrillarin保有細胞増殖抑制剤は、従来、本発明者らの研究によって見出された、ヤママリンと呼ばれるペプチド、すなわち、「アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシンを有し、C末端がアミド化されたペプチド」(以下、「DILRG−NH」と記す)を含有する。このペプチドの化学式を以下に示す。
【0018】
【化1】

【0019】
DILRG−NHは、例えば、天蚕(Antheraea yamamai)の幼虫から単離、精製したものを使用することもできるし、公知のペプチド合成法により製造したものを使用することもできる。またその他の方法によって取得することもできるが、経済性、大量生産性等を考慮すれば、ペプチド合成法による取得が好ましい。
さらに、より好ましくは、本発明の細胞増殖抑制剤は、N末端アシル化DILRG−NHを含有することができる。N末端アシル化DILRG−NHは、DILRG−NHに比べ細胞透過性が高く、より顕著な細胞増殖抑制効果を発揮する。以下に、N末端アシル化DILRG−NHの化学式を示す。
【0020】
【化2】

【0021】
この化合物における式中のRは、アシル基を示している。N末端アシル化DILRG−NHは、上記DILRG−NHのN末端に、アシル基を導入することで合成することができる。アシル基の導入は、公知の方法で行うことができ、N末端アシル化DILRG−NHにおけるアシル基の炭素数は、細胞浸透性の観点から、6〜28とするのが好ましい。特に、炭素数16のパルミトイル基が好ましい。なお、N末端アシル化DILRG−NHは、上記DILRG−NHと混合して使用することもできる。
【0022】
そして、真核生物におけるほとんどの細胞は核を有し、上記のとおり、Fibrillarinは、核内の核小体に存在することから、本発明の細胞増殖抑制剤は、多くの真核細胞に対して増殖抑制効果を発揮する。また、N末端アシル化DILRG−NHは細胞透過性に優れるため、核内に到達し、さらに、顕著な細胞増殖抑制効果を発揮する。また、例えば、発現ベクターを利用してFibrillarin遺伝子を細胞に導入した場合には、Fibrillarin量を高めた細胞に対して増殖を抑制することも考慮される。したがって、本発明における「Fibrillarin保有細胞」は、必ずしも真核細胞に限定されるものではない。
【0023】
なお、本発明の細胞増殖抑制剤は、DILRG−NHおよび/またはN末端アシル化DILRG−NHの作用を妨げないものであれば、用途に応じて、その他の物質を配合することもできる。
【0024】
また、本発明における細胞増殖抑制活性は、特許文献2に記載されているように、DNA複製期に相当するS期を短縮し、静止期を延長することで細胞の増殖を抑制するものである。すなわち、本発明は、アポトーシスを引き起こすことで細胞の増殖を抑制するものではなく、細胞周期を制御することによって細胞の増殖を抑制している。
【0025】
このように、DILRG−NHおよび/またはN末端アシル化DILRG−NHは、Fibrillarin保有細胞の増殖を抑制することから、本発明は、本発明者らが創案している癌細胞の増殖抑制剤の他に、例えば、慢性骨髄増殖性疾患、具体的には、赤芽球前駆細胞の増殖に起因する真性多血症、巨核球前駆細胞の増殖に起因する本態性血小板血症などの治療薬も提供する。なお、本発明は、Fibrillarin保有細胞の増殖に起因する疾患であれば治療薬として有効であり、上記の疾患に限定されるものではない。
【0026】
この場合、治療薬には、上記DILRG−NHおよび/またはN末端アシル化DILRG−NH以外に、任意の製薬上許容される担体、賦形剤または安定化剤と混合することにより調製され保存される。許容される担体、賦形剤、または安定化剤は、用いられる用量および濃度において患者に非毒性であることを条件として、剤形や投与経路に応じて適宜に選択することができる。例えば、リン酸、クエン酸、および他の有機酸などのバッファー;アスコルビン酸およびメチオニンを含む酸化防止剤;防腐剤(オクタデシルジメチルベンジルアンモニウムクロライド;ヘキサメトニウムクロライド;ベンズアルコニウムクロライド;ベンズエトニウムクロライド;フェノール;ブチルまたはベンジルアルコール;メチルまたはプロピルパラベン等のアルキルパラベン;カテコール;レゾルシノール;シクロヘキサノール;3-ペンタノール;およびm-クレゾールなど);低分子量(約10残基未満)ポリペプチド;血清アルブミン、ゼラチン、または免疫グロブリン等のタンパク質;ポリビニルピロリドン等の親水性ポリマー;グリシン、グルタミン、アスパラギン、ヒスチジン、アルギニン、またはリシン等のアミノ酸;グルコース、マンノース、またはデキストリンを含む単糖類、二糖類、および他の炭水化物EDTA等のキレート剤、スクロース、マンニトール、トレハロースまたはソルビトールなどの糖;ナトリウムなどの塩形成対イオン;金属錯体(例えば、Zn-タンパク質錯体)またはトゥイーン(TWEEN)(商品名)、プルロニクス(PLURONICS)(商品名)、およびポリエチレングリコール(PEG)等の非イオン性界面活性剤等である。
【0027】
なお、体内に投与される薬剤は無菌でなければならない。これは、滅菌濾過膜を通した濾過により容易に達成される。また、徐放性製剤を調製してもよい。徐放性製剤の好適な例は、固体疎水性ポリマーの半透性マトリクス(例えば、フィルム、またはマイクロカプセルの形状)である。除放性マトリクスの例は、ポリエステルヒドロゲル(例えば、ポリ(2-ヒドロキシエチル-メタクリレート)またはポリ(ビニルアルコール))、ポリアクチド(米国特許第3,773,919号)、L-グルタミン酸およびγ-エチル-L-グルタメート、非分解性エチレン-酢酸ビニル、LUPRON DEPOT(商品名)(乳酸-グリコール酸コポリマーと酢酸リュープロリドの注射可能な小球)などの分解性乳酸−グリコール酸コポリマー、ポリ-(D)-3-ヒドロキシブチル酸等である。
【0028】
このようにして製剤化した薬物は、例えば、疾患の種類や症状に応じて、経口投与、局所投与、あるいは静脈等を介して全身投与することができる。投与量は、患者の体重、症状等に応じて決定することができ、例えば、1回当たり約0.1〜50mg/Kg体重程度とすることができる。
【0029】
また、本発明の細胞増殖抑制剤は、Fibrillarin保有細胞、主に、真核細胞の培養において、その増殖を抑制するのに利用することができる。すなわち、Fibrillarin保有細胞を含む培地に、上記DILRG−NHおよび/またはN末端アシル化DILRG−NHを、細胞に応じた濃度で添加することで、培地中のFibrillarin保有細胞の増殖を抑制することができる。
【0030】
一般的に、培養細胞を用いた有用物質生産においては、細胞毎の細胞周期が一致しないため、有用物質の生産が非効率的であるという問題が指摘されるが、培地に、DILRG−NHおよび/またはN末端アシル化DILRG−NHを添加することによって、Fibrillarin保有細胞の増殖が抑制され、細胞周期を同調化することができるため、培養細胞の物質生産の効率化を図ることができる。
【0031】
また、培養細胞の製造において、上記DILRG−NHおよび/またはN末端アシル化DILRG−NHを使用して細胞の増殖を抑制することで、所定の数の細胞数に制御することもできる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0033】
<実施例1>ショウジョウバエ胚子由来細胞(S2 Cell)の培養とタンパク質の抽出
ショウジョウバエ胚子由来細胞S2 Cellの培養は無血清培地のExpressFive(R)SFM(インビトロジェン社製)1,000 mLに200 mMのLグルタミン酸溶液90 mLとペニシリンストレプトマイシン混合溶液(ICN Biomedicals社製: 16‐700‐49) 1 mLを添加したものを用い行った。3〜4日間培養し細胞がコンフルエントに達した後、細胞を培地ごと遠心チューブに移し、遠心分離機(H‐9R、株式会社コクサン)により4℃、1,000×g、3分間の遠心で細胞を回収、氷冷したPBSで細胞を3回洗った。次に、回収した細胞に両性イオンバッファーであるHEPESバッファー{50 mM HEPES-KOH (pH 7.8), 420 mM KCl, 0.1 mM EDTA, 5 mM MgCl2, 20 % glycerol}を5倍量加え、チューブごと凍結融解を3回繰り返し細胞を破壊・タンパク質の抽出後、4 ℃、16,000×g、10分間の遠心を行い、上清を回収して可溶性タンパク質とした。
【0034】
<実施例2>N末端アシル化DILRG−NHの合成
ペプチド合成装置(PSSM−8、(株)島津製作所製)を用いて、通常の方法によってペプチド、アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシン−NH(DILRG−NH)を合成した。ついで、樹脂上でパルミトイル化した後に、切り出し反応に付し、下記の化学構造からなるC16−DILRG−NHを得た。
【0035】
【化3】

【0036】
なお、精製は逆相カラム Develosil−ODS HG-5(20mm×250mm、野村化学(株)製)をHPLCのシステム(ガリバー(株)日本分光)に接続して行った。溶出は、4ml/分の流速で、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)の存在下でアセトニトリルの濃度勾配(0〜120分で0〜100%)を用いて行い、活性画分を溶出せしめた。吸光度は220nmで測定した。ペプチドは、サンプルプレート上で等量のマトリックス(40%アセトニトリル/0.1%TFAα−CHCAを飽和させたもの)と混合した後乾燥させ、MALDI−TOF MS(Discovery、島津製作所社製)によって構造確認した。
【0037】
また、上記以外の手法としては、一旦、遊離のDILRG−NHを得た後に、そのN末端に、炭素数16のパルミチン酸を結合させてパルミトイル基を導入して(アシル化)、C16−DILRG−NHを合成することもできる。
【0038】
以下、実施例として、C16−DILRG−NH(C16−ヤママリン)を用いるが、本発明は、この例に限定されるものではない。
【0039】
<実施例3>アフィニティーカラムの作製
アフィニティーカラム作製の前段階として、CNBr活性化sepharose 4Bパウダー(GEヘルスケア社製)を1 mM HClに懸濁し、室温で15分間膨潤させ、グラスフィルター(ポアサイズ30μm)付のカラムに添加した。カラムに添加後の担体は、3ベッド量の1 mM HClを加え、カラムを密閉して懸濁させることで洗浄し、この操作を2回繰り返した。次に、当該担体へのS2 Cell内結合タンパク質のリガンドをカップリングするため、3ベッド量の25 %エタノールを当該カラムに流した後、3ベッド量の50 %エタノールを流しカラムを平衡化した。
【0040】
リガンドは、実施例2で得たヤママリン(DILRG−NH)を用い、2 μmol / 1 mL-Gelとなるように50 %エタノールに溶解してゲルと混合させ、ローテーターでゆっくりと撹拌しながら、4 ℃で一晩反応させカップリングを行った。カップリング反応後の担体は、まず3ベッド量の50 %エタノール、その後、3ベッド量の25 %エタノール、3ベッド量のMQと順次流していき洗浄した。リガンド結合後の担体は残った反応基をブロックするため、3ベッド量の0.1 M Tris-HCl (pH 8.0) を加え、ローテーターでゆっくりと撹拌しながら、4 ℃で一晩反応させた。最後に、3ベッド量の洗浄バッファー<1>(0.1 M acetic acid / sodium acetate [pH 4.0] containing 0.5 M NaCl)、次いで3ベッド量の洗浄バッファー<2>(0.1 M Tris-HCl [pH 8.0] containing 0.5 M NaCl)を流し、この操作を合計3回繰り返してカラムの洗浄を行った。
【0041】
<実施例4>アフィニティー精製
上記により作製したアフィニティーカラムを4 ℃のインキュベーターに設置し、3ベッド量の平衡化バッファー{50 mM HEPES-KOH (pH 7.8), 20 % glycerol}を流して、カラムを平衡化した。その後、リガンドと結合タンパク質を反応させるため、S2 Cellより抽出した可溶性タンパク質サンプルをカラムに添加し、担体とサンプルを懸濁させた後、ローテーターでゆっくりと撹拌しながら、4 ℃で一晩反応させた。反応後の担体の洗浄は、それぞれ3ベッド量の平衡化バッファー、0.5 M NaClを含む平衡化バッファー、平衡化バッファー、25 % エチレングリコールを含む平衡化バッファー、平衡化バッファーを順次流して行った。洗浄後の担体からの結合タンパク質の溶出は0.1 M Glycine-HCl (pH 2.5)を添加することにより行い、回収後直ちに2.5 M Tris-HCl (pH 8.8)を適量加え中和した。
【0042】
<実施例5>C16−ヤママリン結合タンパク質の電気泳動
アフィニティー精製より得た結合タンパク質を限外ろ過(ミリポア社製、Microcon YM-3)で濃縮した後、電気泳動用のサンプルバッファーで調整し、12.5 %ポリアクリルアミドゲルで電気泳動を行った。電気泳動後、CBB染色によりC16−ヤママリン結合タンパク質を確認した(図1A)。なお、図1Aの左レーンは、低分子マーカーを示している。
【0043】
<実施例6>目的バンドのトリプシンによるゲル内プロテアーゼ消化
C16−ヤママリン結合タンパク質の同定のため、トリプシンによるゲル内プロテアーゼ消化を行い、ペプチド断片を回収した。回収したペプチド断片の質量分析は、LC-MS/MS {HCTultra ESI-ion-trap mass spectrometer (Bruker Daltonics社, Leipzig, Germany) equipped with an Agilent 1100 CapLC system (Agilent社, Wilmington, DE, USA)}を用いて行った。
【0044】
次に、分析データをもとに、Mascot Search
(http://www.matrixscience.com/cgi/search_form.pl?FORMVER=2&SEARCH=PMF)で検索を行い、C16−ヤママリン結合タンパク質が、344アミノ酸からなる分子量34673のrRNA 2'-O-methyltransferase fibrillarinであると同定された。
【0045】
<実施例7>ウェスタンブロッティングによる確認
C16−ヤママリン結合タンパク質がFibrillarinであることを確認するため、抗体{Fibrillarin antibody (ab4566)}(abcam社より購入)を用いて、アフィニティー精製物へのウェスタンブロッティングを行った結果、シグナルが検出された(図1B)。よって、C16−ヤママリン結合タンパク質がFibrillarinであることが確認された。なお、図1Bの左レーンは、低分子マーカーを示している。
【0046】
<実施例8>マウス骨髄前駆細胞アッセイ
エーテルによって深麻酔を施行されたddYマウス(SLC、静岡)の大腿骨の片方を摘出し、5mlの注射器の21 ゲージの注射針を挿入し、ヒトリンパ球培養メデイウムであるRPMI1640メデイウム(Invitriogen, Carlsbad, California)を注入し、骨髄細胞を他方から清潔なペトリ皿に押し出した。注射器に吸引し、押し出ししたりして、ばらけた骨髄細胞を得た。骨髄細胞は、Fibrillarin保有細胞である。
【0047】
骨髄細胞をRPMI1640メデイウムで2回洗浄後した後、細胞濃度を2x105/mlに調整した。MethoCult(登録商標)(rm IL-3、rm SCF、 rh IL-6、rh EPO、fetal bovine serumを含む、StemCell Technologies社、Vancouver, BC, Canada)4mLに対し骨髄細胞液を0.4 ml加えた。ヴォルテックスを用いてよく混ぜた後、注射器にMethoCult(登録商標)を吸引して、35mm培養デイッシュに1.1mLずつ分注した(最終細胞濃度2x10/35mm培養デイッシュ)。培養器(37°C、5% CO2、95%の湿気)で12日間培養した。そこで、コロニーの数を倒立顕微鏡にて測定した。一般的に、マウス骨髄細胞2x10に含まれる、造血前駆細胞数は50前後である。この前駆細胞の1個1個が12日間に刺激因子に刺激され、分化・増殖して細胞数が50〜1000個の細胞数からなるコロニーを形成する。この測定系にDMSOに溶解したC16−DILRG−NH(0〜50 μM, DMSO最終濃度0.5%)を加え、その抑制効果を比較検討した。
結果は、図3に示す通り、C16−DILRG−NHは濃度依存性に骨髄前駆細胞の分化・増殖を抑制することが判った。
【0048】
<実施例9> BaF3-Bcr/AblのMTTアッセイ
BaF3細胞(ATCC, Manassas, VA 20108, USA)は、BalbCマウスから発生した急性リンパ性白血病の細胞株であり、Fibrillarinを保有する。高力価のヘルパーフリーレトロウィルスを得るために、ヒト慢性骨髄性白血病の責任遺伝子であるfull lengthのBcr-Ablのプラスミド(pSRa-p210Bcr-Abl)をBosc23 cellsに感染させ、48時間後に上清を回収した。BaF3細胞にrm IL-3存在下でこの上清と混合し、BaF3細胞にヒトBcr-Ablを組み入れた。細胞が安定化したところで、rmIL-3を除きrmIL-3無しで増殖する細胞株を得た。これらの細胞(BaF3-Bcr/ABl)がBcr/Ablの転写産物であるp210(分子量:210KD)が発現しているか否かを、ヒトAblのモノクロナール抗体を用いてウエスタンブロットで確認した。
【0049】
BaF3細胞は増殖にrm IL=3を必要とするが、BaF3-Bcr/ABl細胞は必要としない。つまり、慢性骨髄性白血病の増殖シグナルと同じ系で増殖するものと考えられる。
【0050】
BaF3-Bcr/ABl細胞を96穴マイクロプレート上のまき(2.5x105/200μl/穴)、10% 牛胎児血清下で24,48,72時間、37°C、5% CO2、95%の湿気の培養器で培養した。MTTを加えて3時間後に、マイクロプレートを遠心し、フリッキングをして上清を除き、公知文献(Denizot, F. And Lang, R.(1986) Rapid colorimetric assay for cell growth and survival. Modifications to the tetrazolium dye procedure giving improved sensitivity and reliability. J. Immunol. Methods, 89: 271-277.)の記載に従って、MTTアッセイ方法により生細胞数を測定した。
【0051】
そして、C−16ヤママリンを加え、BaF3-Bcr/Abl細胞の増殖抑制効果を比較検討した。
【0052】
結果は、図4に示すとおり、C−16ヤママリンは、濃度依存性にBaF3-Bcr/Abl細胞の増殖を抑制することが判った。
【0053】
<実施例10> S2 Cellによる各細胞周期における細胞増殖の比較試験
実施例1の培養方法で培養したショウジョウバエ胚子由来細胞(S2 Cell)を用い、実施例2で合成したC16−ヤママリンを添加した場合の各細胞周期における増殖細胞割合を分析した(図5)。比較例として、パルミチン酸(濃度:12.5uMと25uM)、実験区として、C16−ヤママリンを用い、その濃度は12.5uMと25uMとした。なお、プロトコルは非特許文献8に示すプロトコルに従った。図5(A)は、C16−ヤママリンを添加した場合の96時間後の細胞増殖抑制効果を確認できる。パルミチン酸を添加したS2細胞は、96時間後、細胞は増殖しているものの、C16−ヤママリンを添加したS2細胞の増殖がほぼ停止していることを示す。以下に、図5(A)におけるS2細胞がどの細胞周期の状態にあるかを比較する。図5(B)は、図5(A)のS2細胞中のG0/G1期の細胞周期にある細胞の割合を示す。図5(C)は、図5(A)のS2細胞中のS期の細胞周期にある細胞の割合を示す。図5(D)は、図5(A)のS2細胞中のG2/M期の細胞周期にある細胞の増殖の割合を示す。この図5(B)〜(D)により、C16−ヤママリンの添加は、昆虫の細胞周期の特定の周期で細胞増殖を停止させるのではなく、どの細胞周期においても細胞増殖を停止しながら細胞増殖抑制効果を示していることを表している。なお、同図(B)、(C)、(D)の割合の合計は100%となる。
【0054】
なお、各細胞周期における細胞数の計測は、フローサイトメーター(BDFACSCanto(登録商標)、ベクトン・ディキンソン社)を用い、培養細胞から得られたDNAヒストグラムから細胞数を求めた。
【0055】
以上の通り、ヤママリン誘導体(C−16ヤママリン)は、Fibrillarinに結合することが明らかになるとともに、Fibrillarinを有する細胞であれば、癌細胞以外の細胞であっても、ヤママリン誘導体(C−16ヤママリン)によって、どの細胞周期においてもその増殖を抑制できることが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DILRG−NH2を含有することを特徴とする、Fibrillarin保有細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
DILRG−NH2は、N末端にアシル基を有することを特徴とする請求項1の細胞増殖抑制剤。
【請求項3】
アシル基は、炭素数が6〜28であることを特徴とする請求項2の細胞増殖抑制剤。
【請求項4】
Fibrillarin保有細胞が、非癌細胞であることを特徴とする請求項1から3のいずれかの細胞増殖抑制剤。
【請求項5】
Fibrillarin保有細胞の増殖に起因する疾患の治療薬であって、DILRG−NH2を含有することを特徴とする治療薬。
【請求項6】
DILRG−NH2は、N末端にアシル基を有することを特徴とする請求項5の治療薬。
【請求項7】
アシル基は、炭素数が6〜28であることを特徴とする請求項6の治療薬。
【請求項8】
癌以外の疾患の治療薬であることを特徴とする請求項5から7のいずれかの治療薬。
【請求項9】
Fibrillarin保有細胞の増殖に起因する疾患は、赤芽球前駆細胞の増殖に起因する真性多血症、巨核球前駆細胞の増殖に起因する本態性血小板血症のいずれかであることを特徴とする請求項5から7のいずれかの治療薬。
【請求項10】
Fibrillarin保有細胞を含む培地に、請求項1から3のいずれかの細胞増殖抑制剤を添加することを特徴とするFibrillarin保有細胞の増殖抑制方法。


【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−51917(P2011−51917A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−200972(P2009−200972)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】